訪問日:2004/12/19
本当はこの日、霊雲院へ行くつもりはありませんでした。
最初は東福寺と塔頭の芬陀院だけ行っておしまいにするつもりだったのですが、その二つがあまりに楽しかったのでもう一つ別の塔頭へ行ってみようという気持ちになったのです。
そこで足を向けたのが霊雲院。実は、この日が初めての訪問でした。
靴を脱いで書院に上がった途端、ひんやりとした空気が僕の身体を包みました。いよいよ冬が本格化してきたんだなぁ、と思いました。
霊雲院にいて最も印象に残ったのが、水を打ったような静けさでした。何も動かないし、何も聞こえない。すべてが動きを止めて、まるで絵の中の世界にいるようでした。
それでも寂しいという雰囲気はまるでなくて、あるのはどこか浮世離れした美しい透明感ばかりでした。
そんな不思議な世界です。心地よい非現実感の中で、僕は静かに庭を眺め続けていました。
さて、庭の真ん中辺りに変わった形のモニュメントが立っていました(右の写真)。
これは、遺愛石という大変有名な石だそうです。なんだかオリンピックの聖火台みたいだなぁと思いました。ただ、生命力の象徴のようなオリンピックの聖火とは対称的に、このモニュメントで燃えているのは無機質な冷たい炎です。
僕はこの石の炎を見て、このお寺の透明感や非現実感はすべてここから出ているのではないかと思ったのです。
僕はお寺で本を読むことを趣味にしているのだけれども、霊雲院にいるとそういった気軽な行為が憚られるような粛々とした空気が流れていました。
だから境内を出た瞬間、思わずホッとしたというのが正直な気持ちでした。だけど、久しぶりに気持ちが引き締まったという思いも同時にあったのです。
言うなれば、大人のお寺です。今回ばかりは、僕の遊び心は一回休みといったところでした。