訪問日:2006/06/26
嵯峨野のはずれの鹿王院。
小さなお寺だし、別段目を惹くような何かがあるというわけでもない。いつも、どこかのお寺を訪ねた後にちょこっと寄っていくような“ついで”のお寺です。この日も、太秦の広隆寺を訪ねたついでに、ふと寄っていこうと思ったのでした。
でも、いつもいつも“来てよかったなぁ”と思うんですよ。ホッとします。心は昼寝、頭も昼寝、ただぼーっと庭を眺めている、いつもそんな感じ。ここにいると、とてもいいリフレッシュになるんですよ。
鹿王院の庭は、まさに“苔むした”という表現がぴったり。大人の世界だなぁと思います。
僕も座ってじっと眺めていたのだけれど、少しはなれたところに若い外国の男の人が、やはり同じように静かに座って眺めていらっしゃったんですよ。時折、僕のなんかと比べ物にならないほど立派なカメラを構えて、庭の写真を撮っています。僕よりもずっと前に来て、じっと静かに庭と対峙していらっしゃるようでした。
日本人でもなかなか名前を知らないようなお寺です。この地味な庭は、外国の青年の琴線にどのように触れたのでしょうか。じっと見つめるその眼差しはとても澄んでいて、目の前に庭の美しさをそのまま照り返しているような気がしましたよ。
本堂の中央にいらっしゃるのは、小ぶりのお釈迦さまと十大弟子のみなさん。後ろにもお坊さんの像だとか、何らかの仏さまなどいろいろな仏像が置かれているのですが、なにしろ堂内は暗いのではっきりとお顔を見ることが出来ません。この薄暗い堂内は、思いのほか不気味です。
ましてやこの日は雨。堂内は普段より一層暗さを増し、寒々とした雰囲気に包まれています。
そそくさと堂内を一周して外に出ました。でもその出た瞬間、目に入った庭のなんと美しいこと! ちょうど真横から庭を見るような角度になるのですが、奥行きが出来て敷地が広々と見えます。植え込みがぴょんぴょんと跳ねるような軽快なリズムで配置されているのがわかります。
もしかすると本堂の暗さは、この飛びっきりのサプライズのための演出なのかもしれません。
鹿王院でもっとも有名な建物は、庭からもよく見える舎利殿ではないかと思います(二枚目の写真に写っている建物がそうです)。鹿王院は足利義満が建てたお寺なのだけれど、そういえば同じ義満が建てた金閣にどことなく形が似ているなぁと思います。もっとも、こちらは金箔もまるでない地味さだし、辺りの賑やかさもまるで正反対。“口数の少ない金閣”といった印象です。
ただ、こちらは金閣と違って中に入ることが出来ますよ。中央には、仏舎利が安置されているという多宝塔が建っています。華麗な装飾と勇ましく四隅を護る四天王が、いつ見てもいい感じです。