訪問日:2006/02/28
この日は、いいものを見せてもらいました。
ご存知龍安寺の石庭。でも、なんだかいつもと様子が違います。
よく見ると、石庭を囲む油土塀が白布で覆われ、隠されています。そう、この日は28年ぶりとなる油土塀の葺き替え工事のまっ最中だったんです。
しっとりとした美を紡ぐ油土塀から、なんとも素っ気ない白布へ。でも、実はこれが新鮮でした。
四方を白と白と白と白に囲まれて、お馴染みの光景であるはずの石庭が、がらりと姿を変えて、まるで現代アートの作品のようになっていました。【無題(2006)】なんてタイトルのつけられたプレートがそばに置いてあっても、何らおかしくはありません。
その無機的な光景はとても新鮮で、ちょっと他に類を見ないような美しさがありました。
これは、僕の知っている龍安寺石庭ではありません。丸っきり初めて見る庭でした。
石庭を見るためには、まず大きな庫裏を通っていかなければいけません。僕はこの庫裏が昔から大好きで、京都にある中でも一、二を争うほどの美しさではないかと思っています。
趣のある石段を上がると、目の前にどーんと待ち構えています。揺るぎない自信を持って、力強く立っています。まるで、アルプスに聳え立つ山のように。
山に例えるなら、透き通るような美しい白壁は、永遠に溶けることのない万年雪です。“純白”という言葉がぴったりの、清楚な白。
僕の場合、中にある石庭よりもこの庫裏の方がよほどじっくりと見入ってしまうような気がします。形、色、どこを取っても非の打ち所のない名作だと思います。
この日は石庭が工事中ということもあって、通常は非公開となっている西の庭を見せてもらうことができました。昭和時代に作られた新しい庭だそうです。
もともとたくさんの人に見てもらうつもりがないせいか、凝ったようなところがまるでありません。
でも、たくさんの人に見てもらってない分、変な気取りもまるでありません。
つまりは、とっても親しみやすい庭なんです。“まあ、難しいことは石庭に任せるから、ここではのんびりくつろいでいきなよ”と、そういう空間なんです。
世界的に有名なこのお寺で、こんなざっくばらんな庭を見せてもらうと、それだけでなんだか嬉しい気持ちになってきます。
ガイドブックなどでは“四季を通じて、さまざまな花が彩る”なんてことを書いてある鏡容池ですが、さすがにこの時期ともなるとなぁんにもありません。でも、穏やかな風を受けて立つさざ波が、日に照らされてきらきら、きらきら。とても美しい。
波って、水の語る言葉だと思います。さざ波だから、ささやき声だ。
“広々として、気持ちがいいよ”
“広々として、気持ちがいいよ”
僕にはそのさざ波が、そんなことを繰り返しささやいているように思えました。一定のリズムを持って、やさしい歌を謳うように。
見ている僕も、つられていい気持ち。