訪問日:2004/07/16
三十三間堂に来ると、いつもお堂に入る前に庭園で一休みします。
「三十三間堂に庭園なんてあったんだー、ビックリ!」という人も、いらっしゃるかも知れません。なにしろとっても控え目な庭園ですからね。だけど周囲の風景と絡めて眺めてみたとき、それは魔法のように美しい光景となって目の前に現れます。
ことに塀の向こうの町並みと絡めて見たとき、この庭園があまりにも現代に馴染んでいるので、思わず“うわぁ”となっちゃいますね。少し安っぽくて少し幾何学的。クールなスタンスが街の風景にうまく馴染んでるんですね。
三十三間堂といえば、ずらりと並んだ1001体の観音さま。
いつ見てもただ一言、“圧巻”。特にお堂に入って最初に目にする瞬間、思わず「ふわぁ」と声が出ます。
美術的鑑賞だとか歴史的背景だとか、ここでは何の役にも立ちません。ただただ目の前の光景に圧倒され、そしてそこに素直な感動が生まれます。
仏像観賞の一番おいしい部分がここにはあるような気がします。
二十八部衆を見ていると、実にバラエティに富んだ集団であることがわかります。筋肉隆々のマッチョマンや楽器を奏でる雅人、あるいは痩せ衰えた老人など、いったいこの者を集めてなにをやらかそうというのか、皆目見当がつきません。
すると、脳裏に“ショーマンシップ”という言葉が浮かんできます。どうもこの者たち、自分たちのポーズを見て楽しんでもらおうと考えているのではないか。ポーズのとり方なんかもやけに大げさで芝居がかっています。
言うなれば、それはオペラのようなもの。1001人のオーケストラをバックにパフォーマンスを繰り広げる見応えのある舞台なのです。
一般的に南大門というのは正門で、“お寺の顔”扱いされていることが多いのだけれども、三十三間堂はちょっと事情が違います。人の目から逃れるかのように目立たない場所に立っているのです。
時折車が通り抜けますが、あとは静寂の中。人通りもほとんどありません。
切ないなぁと思います。だって、必要以上に立派な建物だもの。本当は、たくさんの人がここを通り抜けるために作られたはずなんです。この門も「大きいなぁ」「立派だなぁ」と数々の賞賛の声を聞きたかっただろうなぁと思うのです。
それを思うと、なんとなく切ない気持ちになってくるのです。