随心院(京都市山科区)

訪問日:2006/02/12

その視線の導くもの

随心院のご本尊は、目のとろーんとした如意輪観音さま。どこか空想にふけるようで、どこかに心を置き忘れてきたようで、どこか病的で繊細、そして静けさの中に現実と夢をくるくると交錯させているような、そんなお顔をされた仏さまです。
大きな厨子の中に入って小首をかしげ、いつも虚空をぼんやりと見つめている。その不思議な佇まいは限りなく魅力的です。
おそらくこの仏さまの見つめるものは、目の前に広がるのどかな庭園ではないのでしょう。その虚ろな視線の先に何があるのか、僕はその謎を解き明かそうと、じっとその不思議なお顔を眺め続けます。

優しさにもたれかかる

随心院の庭。僕の場合、じっくり眺めると言うよりも、清楚で優しい雰囲気にもたれかかると言った方が近いかもしれません。僕は、この庭のしなやかさな美しさが大好きなのです。
廊下に陽射しがぽかぽかと温かかったので、部屋から出て廊下に座って本を読みました。陽射しは廊下だけでなく、庭園にも惜しみなく降り注ぎ、明るい緑のコケが喜びにきらきらと輝いていました。
時折、大きなカメラを手にした人や、案内人つきのカップルや、中年のご夫婦など、さまざまなタイプの人が訪れては通り過ぎていきます。みんな、あまり長居はしないようです。
風が冷たかったせいもあるのかも知れません。ほんの少し雪も降っていました。

語らずとも、通う心

この庭を前にしていると、優しい気持ちになれるからいいんですね。気持ちがどうしようもなく荒んでしまったとき、ここに来ると心に潤いを取り戻すことが出来るような気がします。
言うなれば、何も言わずに傍に寄り添っていてくれる恋人のような存在でしょうか。語らずとも、心通い、やがて訪れる安心感。
僕も何も言わない。庭も何も言わない。その無口な時間が、限りなく心地良い。
この日の随心院では、もうほとんどの時間をこの庭の前で過ごしました。めいいっぱい、優しさに甘えさせてもらった気がします。

ざくざく、ざくざく

境内の白砂利の道。ざくざく、ざくざく、歩くと音がします。この日初めて意識した音。
時折、自転車に乗った人が境内を抜けていく以外は、静かなものです。
ざくざく、ざくざく、この音で随心院とコミュニケーションを取っているような気分になってきました。

ざくざく、ざくざく、お元気ですか
ざくざく、ざくざく、お元気ですよ

そうやってしばらくの間、僕と随心院は、静かな会話を楽しんでいたんですよ。

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