訪問日:2004/11/15
興福寺に来ると、いつも雨空。昨年も一昨年もそうでした。
もっともこの日は早朝に降っただけで、境内にいる時にやられることはありませんでした。けれども、空一面厚い雲に覆われたままで、隙あらばいつでも降り出してやるぞと言わんばかり。実際、この後別のお寺に行った際には少しやられました。
別段雨が似合うお寺とも思わないけれども、こうまで重なるといつの間にか興福寺というと雨のイメージが付きまとうようになってしまいました。
雨色興福寺。いつの間にか僕は、このシチュエーションを楽しむようになっていました。
境内には雨になると俄然美しく見える建物があります。北円堂です。
北円堂が雨に映えるのはなぜか。それは孤高だからです。人を寄せつけず、一人で寂しく佇む興福寺のニヒリストなのです。
僕は北円堂から滲み出る寂しさが大好きで、いつも長い間この建物を眺め続けます。北円堂は、孤独に耐えることの強さや美しさを教えてくれます。雨ならばその孤独は一層引き立ち、耐え忍ぶと言うよりも、もはや悟りきったようにさえ見えるくらいです。
雨が降ったら北円堂。僕の鉄則です。
北円堂とよく似たフォルムを持ちながら、雨になると逆にしょぼくれちゃうのが南円堂です。こちらは人と戯れるのが大好きな社交家です。
南円堂は人気者です。燦々と照りつける太陽の下、たくさんの人に囲まれて賑わっている姿がよく似合います。もちろん雨空の下でも人は訪れるのだけれど、その姿はやはり寂しそう。早く雨上がらないかなぁと、てるてる坊主でも作りかねない勢いなのです。
快晴ならば南円堂。これも鉄則です。
北円堂と共に孤高の存在を思わせるのが三重塔です。境内の外れに一人で佇んでいます。
けれども、三重塔は柵に囲まれてない分開放的で、どこかのほほんとした明るさがあります。一人で思索すると言うよりも、一人でいることの開放的な気分を楽しんでるといった雰囲気です。
この日は雨上がりの曇り空でしたが、三重塔は雨でも晴れでも関係ないやといった具合でのん気に立っているように思えました。
ちょっと羨ましいなと思いました。