大野寺(奈良県宇陀市)

訪問日:2006/01/03

雄大な自然に囲まれて

大野寺は小さなお寺だけれども、取り巻く世界は果てしなく雄大です。
僕はいつもお寺に入る前に、すぐ傍を流れる宇陀川のほとりに立ち、この雄大な世界を思う存分堪能します。
目の前をゆったりと流れる川、そそり立つ絶壁、さわさわと風に揺られる木々、広い広い空。すべてが大らかで圧倒的です。
この光景を目にすると、もう何も考えられなくなります。心がぽかーんとしてる。僕の気持ちは、まるでゆりかごに揺られた赤ん坊のようです。

幸せな本堂

本堂はそれだけ取り出してみれば、実にシンプルなお堂です。むしろ、故意に目立たないようにしているかのようにも見えます。きっと、主役はあくまでも自然だということを、この本堂はよくわかっているのでしょう。
けれども、室生の美しい自然を毎日心ゆくまで眺めていられるこのお堂は、見るからに幸せそうです。僕も本堂の前に立って、このお堂がいつも目にしている光景を一緒に眺めてみました。
“きれいだね”“きれいだろ”
僕も本堂も、目立つことの嫌いな傍観者。なんとなく、気持ちが通じ合っているような気がしました。

なんにもない気持ちよさ

枝垂桜で有名な大野寺ですが、お正月のこの時期ではどこを見ても裸木ばかり。花のお寺って、冬に訪れるといつもそうなんですよね。「準備中」の看板がかかってるラーメン屋を、こそっと覗いちゃったような気持ちになるんです。
閑散とした境内、なぁんにもない。
なんにもないから、なんにも考えずに、ぼーっと境内を眺めます。
宇陀川の音が優しく耳を撫でる。肌寒い空気の中、時折雲間から射し込んで来る日差しがとても温かい。なんにもないのに、この気持ちよさはいったいなんだろう。

なんにもない気持ちよさ。大野寺の大いなる魅力だと思います。

優しさでできた仏さま

お寺を出て、も一度宇陀川のほとりに立ちます。今度は、磨崖仏を見るためです。
絶壁の縦幅をめいいっぱい使って彫られた、大きな大きな仏さま。でも、不思議と圧倒されるようなところはありません。流麗な立ち姿。柔和な彫線。これは仏さまを彫ったんじゃなくて、優しさを彫ったんだと僕は思っています。
僕の目には、いつもこの仏さまがにこにこ笑っていらっしゃるように見えます。それは、心の底から楽しそうな優しい優しい笑顔です。
一年の最初にこの笑顔を見ると、僕はとても安心します。“大丈夫、今年もがんばれる”そう思います。

Copyright (C) hasegawa neco.All right reserved.