當麻寺(奈良県當麻町)

訪問日:2004/10/18

この寂しさが大好きなのです

雲ひとつない快晴だ! という日に訪れても、心ウキウキ、スキップしたいくらい気分がいい! という日に訪れても、當麻寺はいつでも寂しげに僕を迎えてくれます。
それは寂しさと言うよりも、緩やかに時間が過ぎていくことからくる静けさといった方が近いかもしれません。決して気持ちを暗くするものではありません。
僕はいつも一通り見て回った後、境内のベンチに腰を下ろします。そして、しばらくの間じっとしています。人もさほど訪れないし、音もさほどしない。うまくいくと、自分がお寺に同化して石にでもなったような不思議な感覚に陥ります。これは他の静かなお寺でも経験できない當麻寺独特の感覚です。僕の密やかな楽しみになっています。

當麻曼荼羅は楽しさいっぱい

初めて當麻寺を訪れた時、ご本尊が當麻曼荼羅という図絵だと知って意外な気がしたものです。しかし、この絵は大変楽しい。中央に大きく描かれた阿弥陀三尊の周囲に、小さな仏さまが賑やかにひしめき合っています。
僕はこれを仏さまのピクニックと名づけました。それも一番楽しいお昼時。みんなでお弁当広げて、さあ食べましょうといったところです。
もちろん、本当はもっと難しい意味がこの絵には含まれているのだけれども、それを知るよりも、楽しいピクニックと思っていた方が良さそうな気がします。だって、どの仏さまも本当に楽しそうだもの。言うなれば、これは仏さまの休日。日ごろの厳しさを忘れてめいいっぱい遊んでいるところなのです。

多聞天の悲哀が胸に沁みます

金堂にはどっしりとした弥勒仏が中心に座っていらっしゃるのですが、僕の注目はその周囲を固める四天王です。四天王は異国情緒溢れる白鳳時代の傑作として知られていますが、そのうちの一体だけ鎌倉時代の後補となっています。
その後補というのは多聞天で、実は僕の大好きな仏像なのです。お顔を見ると、苦しいような哀しいような切なくも力のこもった表情をしています。僕がこの仏像から受けるのは、怒りではなくて悲しみです。見えない血を吐くとでも言うのでしょうか、鬼気迫るような強い強い悲しみが伝わってくるのです。

武骨な兄、洒落た弟

當麻寺の二つの塔は、造られた時代が違うので見栄えも幾分違ったものになっています。
武骨で荒いイメージなのが東塔(左の写真)、洗練された都会的なイメージなのが西塔(右の写真)です。先に造られたのが東塔で、後発が西塔です。
いわば農村育ちで、家業を継いだのが兄貴の東塔、都会に出て洒落た男に変わっていったのが弟の西塔といったところでしょうか。まったく性格の異なるこの兄弟ですが、並べてみるとちゃんと調和が取れているから不思議なものです。やはり當麻寺という同じ親から生まれてきた血のなせる業なのでしょうか。

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