訪問日:2005/05/22
唐招提寺では、もう随分前から金堂の解体修理が行われていて、元々金堂のあった場所はでっかいプレハブですっぽりと覆い隠されています。
最初はとても違和感のあったこの光景も、何度か訪れるうちに見慣れてくるから不思議なものです。むしろ、リフレッシュした金堂がお目見えした時には、すっかりプレハブの方に慣れ親しんでしまって、逆に新金堂の出現に違和感を覚えるかもしれません。
そうは言っても、やっぱり生まれ変わった金堂を早く見てみたいものです。完成の予定は平成21年。うへぇ、まだまだ先ですね。なんだか随分気の長い話のような気もするんだけど、実は唐招提寺の長い歴史からしてみれば、これってほんの一瞬の出来事なんですよね。
そんなわけで金堂は只今お休み中なのですが、心配はご無用。唐招提寺には、金堂にまったく引けを取らない最強の建築がちょうど真後ろに控えています。
それが講堂です。こちらは、金堂の解体修理などどこ吹く風。いつの日も変わらぬ堂々たる佇まいで訪れる人を迎えてくれます。
僕が“天平時代”と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、いつもこの講堂です。簡素で大らか、泰然として物事に動じない。きっと天平時代って、この建物のような大らかな時代だったんですよ。細かいことにとらわれず、いつも広い心で過ごしている。今なんかよりもずっとずっとゆっくりと時間が流れていた、優しい時代だったんだと思うのです。
この時期は金堂の解体修理中ということで、宝物館が常時開放されています。ここには、僕の大好きな首なしの仏さま、東洋のトルソとして知られている如来形立像があります。
首がもげて手が落ちて、その姿は確かに痛々しい限りですが、それでもきりっとした流麗な立ち姿は力強い威厳に満ちています。悲しみはかばんにしまって鍵かけて、傷だらけの身体を苦にせず堂々と振舞っている。僕は、その健気な姿に心打たれます。
この仏さまが僕に教えてくれることは、本当にたくさんあります。
決まっていつも最後に訪ねるのが、境内の奥に佇む鑑真和上の御廟です。
唐招提寺って緑のイメージがあまりないのですが、ここは四方を美しい緑に包まれています。どこかでカエルがでっかい声で鳴いています。チチという鳥の声も聞こえてきます。
鑑真というお坊さんは、生前は人知を超えるような苦労をした人だったけれども、たぶん今はここで穏やかで美しい時を過ごしているんじゃないかな。