訪問日:2006/01/27
天寧寺の三重塔。元々五重塔だったものを、無理から改造したものだそうです。
だから寸詰まりでちょっと不恰好。まるで、その姿を恥じるかのように、他のお堂からひとり離れた高台にぽつんと寂しく立っています。
けど、場所がとてつもなくよかった。
眼下に拡がる、尾道の町並み。どこまでもどこまでも続いていきそうな、無限の美しさ。
“誰も知らない、とっておきの場所だよ”三重塔が、僕の心にこっそりと耳打ちします。“君だけに教えるんだから”
僕が、尾道でもっとも美しいと思った場所です。
冬の朝です。大きな大きな本堂の中で、ひとりぼっち。誰もやってきません。がらーんとしています。
落ち着きます。生来寂しさの棲家となっている僕の心は、やはりこういう寂しい場所を一番求めているようです。
いつものような読書はせず、だらーんと足を伸ばしてくつろいでいました。
Why does the sun go on shining?
Why does the sea rush to shore?
Don't they know it's the end of the world
'Cause you don't love me anymore?
なぜだか、ふいに心をよぎったメロディ。
何の前触れもありません。
なんだか涙がじわっと出てしまいました。お寺に来て泣いたのは、随分久しぶりのことです。
言いようのない寂しさが、心の中に巣食っているような気がしました。
本堂のすぐ脇に建っているのが羅漢堂です。“五百羅漢”と書かれた額が掲げてあります。
中に入ると、それはたくさんの羅漢さんが、思い思いのポーズでずらりと並んでいます。さすがに、これだけ揃うと壮観です。
どの羅漢さんも、ユーモラスで明るい。見てるだけで、楽しい気持ちになってきます。そう、なんだか五百人でいっせいに“寂しかないさ。元気出せよ!”と言ってくれているような気がしましたよ。
先ほど僕の心は寂しさの棲家だと書いたけど、きっと羅漢さんたちの心は楽しさの棲家なんだろうな。
庫裏の遠く向こうに、先ほどの三重塔が見えます。相変わらず寸詰まりの不恰好。
でも、この時僕はまだ三重塔から見る尾道の美しい景色を知りませんでした。この後、風情のある石段、坂道を上がって三重塔の元に行ったわけです。
そして、お話は最初に戻ります。高台に立つ三重塔と一緒に、尾道の風景を眺め続けました。そろそろお昼が近づいてきました。朝の肌寒さも消え、次第に温かくなってきました。
先ほど心の中に巣食っていた寂しさは、どこに置いてきたのだろうかと思うくらい、僕の心は気持ちよさでいっぱいでしたよ。