訪問日:2004/11/27
紅葉の季節がやってきました。
この日の石山寺でも、日本の美しい秋を満喫すべく、たくさんの人が足を運んでいました。
紅葉も、そんな人々の期待に応えようと、境内の至る所で鮮やかな色彩を振りまいています。
人も賑やかだし、紅葉も賑やか。何もかもが浮かれている、そんな一日です。
つまりは、紅葉ってお祭なんですよね。
本堂の仏さまを見せていただいた後、廊下に出て外の風景をぼんやりと眺めていました。
背の高い木々の隙間を、紅葉が鮮やかな色で埋めています。みんな歓声を上げて、この美しい景色を楽しんでいました。
ふと耳を澄ますと、どこからともなく水の音が聞こえてきます。たくさんの小さなガラス玉が緩やかにこすれ合っているような、透明感のある清らかな音でした。僕は紅葉そっちのけで、目を閉じてその清流の音に耳を傾けていました。
なんだか、とても安心できる世界に自分がいるような気がしました。
特に意識して捜していたわけではなかったのですが、清流の姿を実際に目にすることはありませんでした。残ったのは音の記憶だけ。さらさら、さらさら気持ちのいい音。
目に映るものの記憶は写真が補ってくれるけれども、耳に残った記憶はその場限りのものです。僕はこの音をずっと記憶の中にしまっておきたいと思いました。
忘れそうになったらまたここを訪れればいいとも思うのですが、その際にこの日と同じ気持ちで水の音を聴くことが出来るかどうかはわかりません。
だから、境内をぐるっと一周した後、最後にもう一度本堂に上がって、再び清流の音に耳を傾けたのです。
そんなわけでこの日は紅葉よりも水だったのですが、もちろん紅葉の美しさも格別でした。
石山寺の紅葉を一言で表現すると、それは“勢い”です。
まるで境内を占領すべしと言わんばかりの勢いでもって、一面を埋め尽くしているのです。
それは、「この時のために一年間力を溜めてきたんだ」という紅葉の大爆発だと思いました。騒げ騒げ。最初にも書いたように、これは紅葉と人が一緒になって作るお祭なのだから。