映画「人狼」のラスト2(00.07.30)


ネタバレなので注意!



















前回の「人狼」をアップしてからすぐ、NIFでお世話になってる
夜幻宇宙さんから電話をもらった。
(ネタバレなので、掲示板に書くのを避けて電話にしてくれたそうです、
お気遣いありがとうございます)

宇宙さんもこの映画を見ており、そして宇宙さんはこのラストを、疑問の
余地無く「伏が撃った」と解釈したそうだ...さすがである。
さらに、宇宙さんもモーゼルの遊庭が下がっていたことには気が付いて
いたらしい。

宇宙さんが言うには、、映画冒頭で伏が自爆姉ちゃんを撃てなかったことは、
特機隊のメンバーとしては欠陥で、ラストで雨宮圭を撃てたことはその欠陥の
克服であり、同時に圭も「伏の心にいつまでも残る」という想いがかなったの
だから、伏が撃つ以外にハッピーエンドにはなり得ない...と教えてくれた。

なるほど...
確かに、あそこで小屋のオヤジが撃ったことになっていれば、一見(少な
くともてんにとっては)救いがあったような気にはなるが、冒頭に続いて
2度も欠陥を見せてしまった伏の人狼での立場は無くなるだろうし、圭だ
って知らないオヤジに撃たれたのでは成仏できまい...

「でもやっぱ、狼だった伏が人間になったことで、最後に引き金を引けな
かったちゅうラストも捨てがたいじゃないすかあ(泣)」とうったえると

「てんさんって、意外とロマンティストだったんですね(はあと)」
「そんなに、ゲロ甘な映画が見たけりゃ、ハリウッド映画を見て下さい」
と、サンザンいじめられる(笑)
しかし、いじめつつも
「そんな見方をする人がいるのは、こちらも驚いています」
「映画なんて、自分の見たいものを見るものだから、それ(てんの解釈)
でも良いと思いますよ」
と、最後にフェアに締めくくってくれた。

電話を切ってよくよく考えてみると、たしかに「コミュニケーションを欠
いた主人公」が登場した時点で、デフォルトでの「人間味復活」を物語の
焦点に勝手に据えてしまっていたのは、こちらの勝手な思いこみだ...
これが最初のミスであろう。

陳腐な例だが、エヴァで他人との交流を拒絶している綾波レイが登場した時に、
最初に「彼女が他人に心を開くか?」を物語の重要な焦点の一つとした人は多
かったと思う、しかもそれはキャラを見てかなり早い段階で(たぶん過去のド
ラマから経験的に作られたデフォルトを当てはめて)形成されたハズだ、
そして、綾波レイの場合それはおそらく正しかった
ヤシマ作戦後、シンジに笑顔を見せてしまった後のレイを、監督自身「興味を
失った」と、何かのインタビューで述べているし、シリーズのラストでは、
シンジに心を開いたレイを途端に爆死させることで、それを悲劇として描いて
いる。
悲劇として描いた以上、制作サイドは、視聴者が「レイが他人に心を開くか?」
を物語の重要な焦点としていることを知っていたか、ドラマ中で意図的にそう
誘導していたことになる。

つまりは、俺はエヴァにも当てはめて成功した経験則(宇宙さんにいわせれば
「ゲロ甘ハリウッド流映画を見て積み上げた経験即)を、なんの疑いもなく
「人狼」にも当てはめてしまったんだろうな。
言い訳がましいが、日本のドラマではこのデフォルトの焦点は、多くの場合
その後のドラマ展開と一致する、日本人はこーゆーのが好きなんだろうな、
作り手も受け手も。

そして最も大きなミスは、モーゼルの遊庭を見落としたこと。
もし遊庭が下がっていたのなら、このラストは
「観客の想像にお任せします」型ではなくなる。
あしたのジョーの最後で、白くなったジョーに心電図が当てられたようなもんだ。
観客の希望とは無関係にどちらかに確定する。

しかしながら、遊庭を見落とした以上、てんにこれ以上思考を進めることは
できなくなった...ので、7月29日にもう一回Kと「人狼」を見てから
考えることにした。

すまん、続く(笑)


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