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年頭の所感というようなおおげさなものではないが、2008年の年始にあたり強く意識せざるをえなかったことに、体調のケアがある。そのわけは、そもそも・・

大晦日の深夜、突然に五十肩が始まる

12月31日の夜のことだ。

寝ていると突然左肩に激痛が走り、左半身のそこかしこに痛みが渦巻いた。

そして翌朝には、左腕を微動だに動かすことが、ままならなくなった。

次第に増していく痛みのために、肩を持ち上げることも、何かを握ることもできない。

左の腕が斜め下位置に固定、それ以外に、どの方向にすら動かすことも、曲げることもできないのだ。

あ・・・これが、いわゆる五十肩か。

というのが、そのときの実感であった。

どっかの本に五十肩をわずらった女優だったか、女性社長だったかの談話があって、背中に手を回すことなど丸2年も不可能だったとあった。

当時は、2年間も手を後ろに回せない・・とはどういう状況か?疑問に思ったが。

歳をとると、そういう想像できないことも、ありえるのだなあ・・と、読みながら考えた。

そういう記事をぼんやり思い出したが、差し迫ってあまりに痛むので、シップはどこかな?鎮痛剤はどこかな?座薬はどこいったかしらん??と戸棚を探し回った。

そのときはまだ、さほど深刻に考えていなかったが、というか痛みをとる方向に気が走ってそれ以後のことは憂慮する余裕がなかったのだが、事態は相当深刻であることが、次第にわかってくる。

私は耳鼻科医であるから、左手がイノチ!なのだ。

医者は本来、右と左の両手づかいが原則であるが、精神科医や内科なんかは、あんまり両手を自在に使わねば診療できないふうでもない。

まあ、ちょっとぐらいなら片手でもいけそうやな・・・

が!しかし!耳鼻科医は左手が利かないとまったく仕事にならない。

右手だけでは絶対に診察ができない。両手が必須なのだ。

1月4日の仕事初めに間に合うように、何がナンデモ左手が動かせるように、ならねばならない。これが、そうそう簡単でないことが、次第にわかってくる。

あと3日でちゃんと動くようになるのか??

元旦は、なんとかしのいだが翌日になると痛みはますますひどくなり、トイレでパンツを自分であげることも、かがんで靴下をはくことも困難なのだ。

情けないが、服を着替えるにも、一人ではできないのだ。

ようやく左腕を動かせるようになるのが、1週間後のことである。

2008年は、年明けから「老化がなんであるか」

歳とって関節の痛みのために自在に腕を動かせないってことが、実際のところ(たとえば一人で服を着替えられないとか、寝返りもうてないとか、起き上がるにも、うつ伏せに寝るにも、介助がいるなど・・)非常に不自由であることを体験。

この教訓をもとに・・・

カラダが資本。この金言を肝に銘じ、カラダのケアをしっかりしよう!

医者は体力勝負の世界である。

よく勘違いされるが、医者は知的労働者だから、頭脳だけが資本と思われているやもしれん。そりゃあ違います!それは間違いです。

頭は当然使いますが、それ以上に、頭を使う瞬間の集中力が大切であるから、長時間の集中力を支えるものが、体力なのである。一に体力。二に体力。カラダあっての知能生産だといえる。知能を支えるのが体力。体力がないと、一日10時間ちかい診療のあいだず〜〜っと途切れずに集中して思考を働かせることが出来ない。手術だって集中力が要やし。

逆に、トラックの運ちゃんとか、土木作業のお兄ちゃん、宅配のおじちゃん、なんかは、体力資本の世界だと思えるやもしれんが、あの世界はそりゃあ体力がないとチットモ話にならないが、実際は知能プレーではないか?

知能が巧く作動しないと体力が空回りするから、体力を効率よく作動させるものが知力。つまり知力勝負の世界だと思う。

運ちゃんも、アンちゃんも、頭をフル回転させて仕事してはると思う。本質のところ彼らは知的生産者だと思う。

カラダ以上に知能が大事なオシゴトなのだ。

世間の予想とは裏腹に、カラダを使う仕事は知力が勝負。

アマタを使う仕事は体力勝負の世界なのだ。

だいぶ横道にそれた話を元に戻すに・・結局、医者って、根底は体力勝負の世界ですから、カラダが資本なのだ。

そこのところを、日々おろそかにしてきたために、積年の蓄積疲労が爆発したのが、今回の五十肩なんでしょうなあ。

あまりカラダを養生してこなかったし、メンテを怠ってきたこと著しい。

そこで、今年の年頭所感は『カラダのケアをこまめにする』である。

この歳になると、カラダのケアといっても『カラダのために***しよう!』ではない。

逆に『カラダのために***してはならない!』というような、護身っぽいケアになる。

たとえば、体力増進のためにジムに通って水泳とマシンを毎日かかさず、ジョギングも10キロペース・・っていうことじゃなく。

そういうことを必死でやると逆に早死にしそう・・・よけいにアカン。

『カラダのために***は、やめましょうね!』というような・・控えめな意識である。

簡単に言うと、『カラダのために年寄りの冷や水はヤメたほうがよろし!』『自分の歳を考えなさい。というかオノレの歳を悟りなさい!むちゃはヤメよ!』ってことでしょう。

50歳以降の「お年寄りむけ体力増進計画」

その1:カラダを暖める。

その2:ストレッチ

その3:早く寝て十分睡眠をとる。

その4:摂取カロリーをやや少なくする。

その5:必死で勉強しない。

何事も必死でやると、あとあと疲労困憊するから、6割で引き下がる。

勉強するときも、追究しすぎず、ほどほどでやめる。運動もちょっとだけボチボチやる。

 

その1:カラダを暖める。ですが、温めることは大事です。

今まで「カラダを温めて免疫力を高める」とか、「カラダを温めると病気が治る」とか、うさんくさい本やなあ・・これって邪道やんか・・と思ってきましたが、たとえば、今回味わった激痛の10日間。

五十肩を医学的に対応するとしたら、肩甲骨周囲の筋の付着部の腱鞘が断裂したような感じですから、患部を安静にして、消炎を図る。腱鞘炎ですよ。お大事に。はい!さいなら!というような対応になると思う。

医者に行くと、レントゲンとって、シップもらって、痛み止めを処方される。

温める・・などという注意は、あまり出てこない。言葉として出できても処方箋にはない。

でも、しょっちゅう五十肩になったら困るわけで、そこをどうやって防ぐか?となると。

医学的対応では、カバーしきれない日常的な、生活指導なるものがいる。

習慣を変える知恵というか工夫というか。

これは医学ではイマイチ対処できない領域ではないか?

個人の生活はひとさまざまですから、ケアの実態もさまざま。

処方箋いちまいでは単純にカバーしきれない分野ではないか?

結局、えら〜〜く簡単なケアではあるが、温める。無理な運動をしない。適度にストレッチする。よく寝る。・・・頑張りすぎない!これに尽きるわけです。

そのなかでも、カラダを温める。これに尽きる。筋肉と関節の柔軟性は、なによりまず、温めることでよくなる。

 

その4:カロリーを控える。これは胃が疲れると、どういうわけか?筋力も低下する。

独断かもしれないが私はそういうふうに感じる。私の偏見?

胃が疲れないように、あまり食べすぎない。ほどほどのカロリー摂取。そうすると筋肉も快調に動くような気がする。やってみると実感できる。

 

その3とその5:勉強しすぎないで、早く寝て、睡眠を十分とる。

 

五十肩の予防策として、筋力をつけるとか、運動するとか、巷にはイロイロ諸説あります。巷の養生訓のなかで、体操はいいと思うし、歩くのもいいと思うが、私は、自分の経験のみで言いますと、よく寝る。よく温まる。あまり食べない。頑張らない。ということかと思います。

そして、この一年、これを守ろうと考えております。

これは、50をとっくに過ぎて、老化に直面した私の対策の基本であります。

たいへんショボイ年頭所感ではありますが、ケアというのは、継続できてナンボでありますから、実行可能な範囲を超えてはいけないと思います。

具体的には、

JR尼崎駅前に「あま湯」という温泉があります。

70歳前後のご老人たちが、日々利用なさっています。

この温泉に通って、湯につかり、マッサージを受け、岩盤浴する。

これを今年は実行するつもりです。

フルコース(マッサージとあかすりと岩盤浴)合計で、700010000円ぐらいです。

何度も利用すると、そのつど特典がつくので、割引が利いて、たいてい7000円前後で収まると思います。まめに通うと10002000円ぐらい値引きが利用できます。

しかし、7000円も毎回支払うのは厳しい(でも御老人たちは、気前よく払っているよね)だから、自宅で長風呂に入り、ストレッチして、さっさと寝る。

を日々実行するのであります。

 

ストレッチについて

ストレッチはやったほうがよろしいで。あたりまえやけど。

 

食事について

私は結構コンビニを利用していた。

というか、たいてい帰路はコンビニに寄り道していた。

私は毎晩、家にかえるや、即座に夕飯の支度にとりかかるが、あらかじめ、なにか一品でも出来上がった惣菜があると、ガツガツするこどもを目の前にして、料理の時間にも、ちょちょっと余裕が出来るから、ちらほらコンビニで買いあさって、少しばかりの惣菜を求めてから帰宅するのが常であった。

一品はコンビニで調達し、残りの数皿は料理する。

・・・・というか、何も買うあてのない日でも、コンビニでストレス解消して帰る。

若者のトレンドなる流行の食べ物なんかを、ずらっと眺めるのが日課であった。

新しモン好きだから。

しかし、三人のこどもがめいめい自活するようになると、コンビニに立ち寄らずにまっすぐに帰宅することが増えた。

そこで、毎日の献立をメモするようになった。

えっ!?なぜだ??なんのこっちゃ??

なんで?献立をメモするかというと、その日の食材を記載して献立が偏らないようにする意味もあるが、今までせっせとコンビニに費やしてきた金額がイッタイいくら?節約できているか?確認する意味もある(そっちがメイン)というセコ〜イ目的であった。

よーするに、寄り道で無駄金を使わずに、財布にいくら貯金できているか?知りたいため。

メモってみると。コンビニに立ち寄らずにまっすぐ帰宅するだけで、ずいぶん節約になっているし、驚くべきことに、メニューがヘルシーになっている。

これは驚きである。

つまり、素材から調理するほうが、コンビニの出来合いの惣菜を買って半加工(かってに我流に手を加える)よりも、ヘルシーなのだ。しかも安い!

またコンビニで新しいデザート(娘たちはデザートが好物)を3〜5個も買うと、それだけで1000円はかかる。それが要らなくなった。

ということは、即、カロリーダウン、コストダウンしたことになる。

早い話が毎日1000円節約できた。とも言える。

財布にやさしく、カラダにやさしい。

コンビニ排除を続けることが今年の目標。

コンビニによらずにまっすぐにおうちに帰ろう!

 

睡眠について

早く寝ています。

私は、なんでも、さっさと素早くやってしまうほうなんで、家事すべてが超早業。

掃除、洗濯、炊事。全〜部やって、本は一日10冊程度は読むが、それでも9時か10時には、さっさと寝てしまう。寝つきも、すこぶる良好。根っこがノー天気なのだ。

夜更かしでがんばるよりも、

早起きして前日にやり残した勉強なり家事を片付けたほうが時間効率がよい。

これは、30年近くもキャリアウーマンをやってきた知恵というか工夫である。

 

たべものについて・・・ヘルシー料理といえば・・・

コンビニお惣菜コーナーの半加工品を買わなくなってから、『買ってはいけない』なんたらとか言う、たとえばチャイナフリーだの安全性が問題になっている[食べないほうがよい食品]たら。毒性度が、直感でわかるようになった。

こーゆーのは、危ない食品なんだろーなー・・・ヘンな化学物質が入ってそう〜と予感が働く。素材から調理した食事を続けると、そういった直感がどんどん鋭くなる。

自然食オタクとか、ナチュラルフードフリークなど、ああ・・かなわんなあ・・と、何もそこまで徹底してやると食べることが苦痛じゃないのか?などと感じてきたが、コンビニを排除するだけでカラダの声が自然に聞こえるようになる。

だからコンビニをやめてから、食による体調管理ができるようになった。

 

ところで、最近ふと気がついたことだが。

私はデパートで買い物をしない。

よく考えると、ここ10年近くデパートに足を運んでいない10年も!ちょっと驚きだ。

(ただし昨年絵画はデパートで買ったけどね)

神戸大丸だの、神戸そごうだの、梅田の阪急百貨店だの、阪神百貨店だの、なんば高島屋だの。週末となると、どのデパートにも必ず足を運んだ。

そうだそうだ・・・思い出した・・・

以前、といっても10年前には、毎週足を運んでいたと思う。連日通い続けたこともある。

洋服を買うのもデパートのバーゲンがほとんどだった。

トコトンお金が無かった研修医の時代に、毎週デパートに行くのは、いつかこういう洋服が買えるようになったらいいなあ・・というようなストレス解消法だったのかもしれない。ギリギリ忙しいときほど、ちょっとの時間でもデパートで過ごしていたような・・・

とはいえ、今でも芦屋大丸の地下食料品売り場(デパ地下)には、よく立ち寄るのだが、洋服なんかは、デパートでは一切買わなくなった。一切買わない。

この理由は何なのかしらん?

ひとつは、芦屋駅前の商店街の品揃えが、デパートより格段上ってことかもしれない。

芦屋周辺のおしゃれなショップのウインドウを毎日眺めて足早に通勤すると、自然に目が肥えて、デパートにわざわざ歩を運ばないのかもしれない。芦屋大丸は意外にショボイ。

それに比べてJR芦屋駅周辺は、上質のショップがひしめいている。値段もいい。

デパートでなく、セレクトショップのよさに目覚めたとも言える。

あるいは、デパートの「売りたい精神」に踊らされる消費に嫌気がさしたともいえる。

ネットの利用も大きい。

気がつくと、洋服もネットで買い物するようになっている。

ここにきて、デパートの生き残り方・・これからの消費者のマインド。みたいなものに、ちょっと関心がある。

これは、病院の淘汰。診療所のありかた。専門病院のすみわけかた。

と、ちょっと似ている問題である。

デパートみたいな大病院志向の患者さんの大学信仰は、あいかわらず根強いけど、なんでもかんでも大病院へ行こう!ではない時代になった。

いまでも大病院しか信用しないヒトもいるし、大病院の看板に窺える安心感の信奉者は多い。白い巨塔ばりの名誉教授の信者さんも半端な数ではない。

しかし巨額の赤字経営の大病院から、専門特化されたセレクトショップ型病院なり、近所のコンビニ的診療所なり、ネット医療相談なりへの、患者サイドの選択肢が増えた時代である。どこに行こうが患者の勝手なのだから。

 

私を例にとろう。

なぜ?私はデパートで買わないのか?

答えは、ショップの美人のお姉ちゃん(店長という若くてトッテモトッテモキレイナ女性たち)にある。

私のお気に入りの芦屋店の店長さんは、テラモっさんの好みを熟知しているから、奨め方もうまい。何月ごろに、もっと適当な価格でセンスのいいものが入荷されるから、しばし待て!今買うべきでない!とか、この商品は一点モノで関西にも在庫がゼロだから、イチオウ近畿支店で問い合わせてみるが、この時期で在庫がなかったら補充困難とか。

今年はこのデザイナーは、この方向で頑張るから、気に入ったものがあれば取り置きしましょうか?!

コレこそ!いま旬のデザイナーでバイヤーからはイチオシ!とか。

なぜ?今、この商品に人気があるのか?わかりやすく、でも深く、説明してくれる。

商品の魅力を心得て話してくれるのだ。

どの美人店員さんも、商品の価値や特性には、非常に詳しく、説明にも無駄がない。

パンクっぽい厚化粧のキレイナ外観に似ず、厳しく売れ筋をつかむし、商品管理も正確。

とにかく仕事が確実で的確なのだ。仕事がデキル女性たちである。それに値引きも上手。

こういうサービスは、デパートでは、おそらくトップキャリアの数人にしか望めない。

それ以外の店員さんは、ぼ〜〜っとしている。ぼーっと立っているだけ。

自分の部署にどういう商品があって、何が人気かも関心すらない売り子さんがいる。

私は、アホな店員に接客される(というか簡単な質問=このサイズはワンサイズですか?色ちがいは、どういうバリエーションがありますか?)すら、その場で即答できない店員と付き合うのが苦痛である。

何で?そんなことも知らないの?と、いらつく。

わしゃ忙しいんだ!

結局、デパートの店員には、危機感がない。立っているだけで給料はもらえるんだしね。

セレクトショップのお姉ちゃんは、必死である。売り上げが自身の報酬を左右するからね。

その意識の違いは、随所にあらわれ、そこに客である私たちは、満足できるか。いらつくだけか。の違いを感じる。

セレクトショップは、客の満足度を見逃さない。

デパートは、客がいらついても、われ関知せずだ。

病院を例にとると・・・

大学病院にいくと、そういったモロモロのいらつきから解放されることは永遠にない。

アタマがブチキレル患者さんも、多いと思う。

ところが、セレクトショップ型、もしくはコンビニ型の診療所に行くと、患者を熟知した職員と医者が対応してくれるし、説明も適切で無駄がない。

少なくとも不快にはならないですむ。

いらつきは最小ですむであろう。

それに、いらつく診療所には、二度と行く必要はない。さっさと、別の診療所に行くべし。

ところが、大学病院は簡単に転院できそうもない。縁を切りにくい。

そういう心理的な苦痛もありえる。

 

病院も個人を知る接客が求められる。

マンツーマンの医療。

患者と医者やスタッフが互いの顔を知り、一人ひとりの履歴を深く知る医療が求められる時代である。

 

ですから、デパートも大病院も安穏としていては赤字を免れえない時勢かもしれない。

 

門前列をなす・・黒ぬりのハイヤーが車寄せにずらっと並んでいた百貨店の栄華。

富豪の得意客が固定して来ているから安泰・・と考えていたんだろうね。三越も高島屋も。

この成功体験を捨てきれずに、三越も高島屋も衰退した。売り上げは激減、店舗撤退。

今、デパートは三越、高島屋の名門ブランドだけで繁栄する時勢ではない。

大学病院も同じく、ブランドで生き残る時代ではない。

どの業界も生き残りをかけて必死である。

そこで・・・私の診療所は、どういう特性を生かすべきか?

セレクトショップか?コンビニか?

そういうトコロにちょっと感じるものがある。

 

病院がデパートと違うのは、たいして用事もないが、ちょっと立ち寄るだけで、あるいは素通りして見てるだけで楽しい・・っていう場所でないこと。

病院とは、できる限り足を運びたくない場所だ。

一刻も早く立ち去りたい、あるいは縁を切りたい場所だ。

そんな場所って楽しいはずがない。

何もしなくても(とは言い過ぎでも)受付をくぐるだけでお金を取られる。

いや〜な場所には違いない。

コンビニ型診療所、セレクトショップ型診療所は、そこをなんとか頑張る必要があるんでしょうなあ・・・立ち寄って楽しい場所にする工夫とか・・・

そうですなあ?どうでしょう?うちの医院は?・・・楽しくはないでしょうなあ・・・うちの耳鼻科診療所にやってきて楽しめるヒトはあんまりいないと思う。

そこが工夫の余地ありのポイントで、われわれ開業医の努力目標なんだと思う。

今年いちねんは、その目標に向けて頑張るつもりであります。

 

ロンドンで学んだこと

 

昨年2日間だけだが、ロンドンに滞在した。

そのとき、学んだことを箇条書きにする。

1、ロンドンに住む邦人すべてが、英国人とフレンドリーに生きているわけじゃない。

2、たいていは誰とも(というか生粋の英国人と)親しくせずに、孤立して生きている。

3、極論を言えば邦人は現地でも相手にされずに孤立しているマイノリティーのみと親交している。これは日本人がマイノリティーだから自然とそうなるのかもしれないが。

4、在英邦人が、英国人に尊敬される生き方をするのは、よほど困難と感じる。

5、ロンドンの住宅はさすがに、頑丈な構造で重厚。しかし中の調度はよほどの金持ちでもなければしょぼい。しょぼすぎる。というか汚いというべきか。

6、ロンドンで学ぶ(と称する)邦人学生は、外国で学ぶ以前にもっと日本で勉強するべし。きちんと勉強した経験のない学生が外国に行ったところで英語が身につくはずがない。日本人学生だけで集合しても英語の勉強にはならない気がする。

7、結局、英国で暮らす、あるいは勉強する日本人は「日本では暮らせない」「日本で学んでも身につかない」人種かもしれない。彼らの性格の問題なんだろうね。

海外で生活することは、刺激的な体験だといえる。

しかし、危険もあるし、文化の違いにももまれる。生活するだけでストレスフルだと思う。

そのあげく、やっぱり同じ国籍人種どうし、あるいはマイノリティー同士で集合していく傾向にある。

つくづく感じたのは、かえる国、故国である日本に根っこを持って、それを維持する努力をしていないと、外国で迷子になって、放浪していく日本人がいる。ってこと。

帰る故郷は、それを維持する気持ちがないと、いつのまにか、かえる国をなくした異邦人になってしまうのだと思う。そういう日本人がうじゃうじゃいた。


五十肩

大晦日に突然、左肩に激痛が走り、腕を上げることも、手を動かすこともできなくなる。

私は、自分が医者だから「これは、もしかして五十肩では?」と、うっすら診断するわけであるし、しばし冷静に考えてチラホラ自分の腕を触りながら「ひょっとすると肩甲骨と筋の付着の腱鞘の断裂かいな?」と、おぼろげにわかるわけであるが、フツウのヒトには、ふってわいた災難であり酷な現象だ。

ある日、突然に起こる。

なにがなんだかわからないうちに、腕をまったく動かせなくなる。

世間イッパンのヒトは、どうするんだろう?

整形外科の本(といっても一般読者むけにかかれた)わかりやすい解説書など「五十肩かんけいの本」を読めば、50歳に起こるが、6070歳代では起こらない。とある・・・

40歳でも、あまり起こらない。とある・・・

知的労働者に多い。とある・・・

カラダを使う仕事をしている人は、普段筋肉を使っているから、あまり起こらない。らしい・・・

カラダのケアをこまにして、リハビリせよ。とある・・・

ケアとは、すなわち体操で、基本的なリハビリ体操のイラスト入り解説書もある・・・

ふむふむふむ・・・

 

ここで、深刻に考える。

私は耳鼻科医だから、どちらか片方の手を動かせないだけでも仕事においては致命的だ。

その日から職を失うわけである。

ある日を境にプッツリ仕事ができなくなる。

常ひごろ「いつまでも同じ力量で仕事を続けることができないよなあ」と覚悟してきたが、まさか、ある日、突然職を失う事態に陥るなんて、あまり予測してこなかったことだ。

60になったら定年するべし。とか想像していたが、まさか52歳で仕事を失うのか??

 

そうやったのか・・・

片手が使えないだけで、耳鼻科医というのは耳鼻科の職を失うのか・・・

ちょっと呆然とする。

あまりに早すぎる!もうちょっと待ってくれ〜〜

  ・このように、愕然と残酷に、しかし心のどこかで覚悟してきたことが起こる。

それが老化である。

つまりアタマで予測してきたが、カラダがなじんでこなかったことが、ポックリ、イキナリおこることが、老化なのだ。

「老化」を迎え撃つでもなく、諦めるでもなく、逆らうでもなく、ありのままを認識して身体の残りの部分の能力を使えるだけ使って、できるだけ長持ちするように、なんとか対処する。これが、今年の目標である。

ホンマのところは、そう簡単に悟るもんでもなく、

心情は、実際のところは、まだまだあがいているとも言えますが。

でも、そうしないとしかたがないなあ・・・壊れて使いものにならなくなるまで、少しずつ少しずつ可能な限り使っていく。

ちびた鉛筆みたいに・・先をなめなめ・・・少しずつ・・というのが実感である。

これが加齢の現実なんだ。

せこい話で恐縮だが、私が老化に直面して、まっさきに考えたのは「あと何年稼げるのか?」でした。

「あとどのぐらい食い扶持を稼げて、いくら貯蓄できるの?」

貯金はいったいナンボ必要なんだ??

あと、どのぐらい貯めねばならんのだ??

年金もあてにできない。

とか、介護保険は破綻する。

とか、健康保険も枯渇する。

とか、日本の未来が暗黒に彩られるなかで、頼みの綱は(自分が健康でいつまで働けて、いくら稼げるのか??)に尽きる。

この先、お金はいくら稼げるのかしら?

そっ!そうですがな・・・そこが肝心ですがな・・・って話。

でも、五十肩で左手を動かせなくなる、その日まで、私はあまり真剣に考えていなかった。

自分がもらえる年金すらも確認していない。

「消えた年金問題」とか・・・国会論議の新聞記事も真剣に熟読してこなかったのだ。

そこで、にわかに、自分の老体をちょっとでも長持ちさせるべく、なんとか手をうたねばならない!と考えた。(なんだか消えかけのろうそくの芯をケチってるみたいな・・)

考えたのではなくて本能でそう感じた。と言うべきか・・・

 

私の場合、老化の本質が更年期障害であることを発見。

発見と呼ぶにふさわしく、コウネンキ障害は、ある日、突然やってきた。

朝起きられない。

眠気がひどくカラダがだるい。

肩と腰が痛む。

冷えがひどい、ひどすぎる。背中がみしみしと音をたてて冷える!(へんな表現だが事実)

視力の急激な低下。

そして左肩の関節痛。動かせないほどの激痛。

集中力の低下

うつ?気が落ち込んで抜け出せない。これって、たぶん精神疾患だと思う。

 

以前に、コウネンキ障害関係の本を読んで「ホルモン補充療法」と「漢方薬」を試そう!と決めていた。(キチンとした医学書ですよ!しかしイマイチの内容だけど)

私は、迷わず、絶対にホルモン療法で行く!漢方も併用するのだ!と決心していた。

あっ・・ そういえば、更年期障害の漢方薬を数年間も飲み続けた期間があったのだ。

今頃思い出した。

すっかり忘れていたが、す〜っと前から私は漢方薬を何年も飲んでいたわけです。

3年ほど、いや5年ぐらい前の話。しかし、しらぬまにやめているが。

なんとなく効いたか効かないかよくわからなかった記憶がある。

まあ、とにかく飲むのだ!

さらに!そいじゃ、今度はホルモン剤で行くぞ〜っ!

そう決心して産婦人科を受診(婦人科の友人に電話)するまえに、まずはっ!

サプリを試そっ!と、大豆イソフラボンとすっぽんエキス購入。

なぜ?すっぽんなのか?

う〜〜ん・・・でも、なぜ?すっぽんなんでしょうか??

大豆は、まあ、わかるとしても、すっぽんが出てくるのは?ちょっと?よくわからんのですが、そこが、それ、もうすでにコウネンキなんではないでしょうか?

判断の軸が医者モードと微妙にずれているわけ。

かんぜんにおオバハンしているっ!

クロワッサンや婦人公論なんかのコウネンキ特集なんかを見て、ふむふむねるほど・・と唸っている。

この態度は医者っぽくない。

 

というわけで、大豆とすっぽんを試しております。

すっぽんエキスなんて、うそっぱちでしょ?と言われるのは重々承知ですが、もっかのところ、なぜか?すっぽんエキスに頼っているのです。

そして、偶然かもしれないが、すっぽんエキス(通販で購入)を飲み始めて3日目には、左肩もよくなって、冷えからも開放され、気分も爽快になった。

コウネンキ全快とは言わないまでも、まあまあ、ぼちぼち、やっていけるような感じだ。

3日で効果が現れた!

すっぽんパワー恐るべし!

すっぽんパワーが、ほんとうかどうかわからないが、当分飲み続けるつもりだ。

 

アンチエイジング作戦

老化防止と関係あるか、ないか、自分でもよくわからないことに。

サツマイモを毎日たべ。

十六雑穀(やずや)のご飯をたべ。

トマトを毎日かかさずに食べ。

越海青魚(やずや)と、千年ケフィア(やずや)のサプリを毎日飲む。

を、かれこれ半年続けております。

十六雑穀は一年以上トマトも早くも一年は続けている。

こういった食がカラダにいいかどうか?は、わかりません。

雑穀といっても(やずや)から販売される雑穀のコブクロを炊飯器にチョチョット混ぜて炊くだけだし。

サツマイモは、朝と昼にかかさず食べるだけだし。

がこれは、自分が老化してきたから、こういった食事に偏向してきたとも考えられるし、逆にアンチエイジングの試みとして、無意識ながらもこういった食事で頑張る傾向にあるとも言える。

気分は、はやりのデトックスとか。・・・では、ありませんよ。

ただし本気で食事に気をつけるつもりなら、もっと徹底しないと、たいていの食材には加工品や添加物がドッサリ含まれると思う。

私はトコトンずぼらだから、無添加に徹底することは到底できないと思う。

ラベルで調味料なんかの含有物を確認しないで買っている(賞味期限も切れていたり・・)

これでは、自然食に徹することは無理だ。

自然食オタクなんてのは、留意しようと意気込めば意気込むほど、水すら(よく見たら天然じゃなくって加工品やんか・・・)という現実にひしゃげるのがオチじゃないのか?

私が食している雑穀とは、

雑穀とはいうものの(やずやの十六雑穀の袋)を振り掛けるだけ。これじゃぜ〜んぜん。

ホンモノの雑穀米とはほど遠い。

幼稚園弁当のふりかけご飯みたいなものだ。

やずやの雑穀米を食べてるだけで、食に気を遣っているなどとは、気軽に口にできないと思う。しかし・・1年以上は食べていますヨン。

さらに突然!コウネンキに入ってからは、

その食事に、大豆食品!ってのが加わり、最近では豆腐料理ぜめ!の毎日である。

 

2008年の目標!

できる範囲で、加齢からくるカラダの不調を少しずつ調整して、老化と向き合うのがこれからの働き方だと思う。

 

阪神大震災の朝

自宅の時計で545分前後のこと。

ガタン!という激しい揺れに、神戸市にあった当時の賃貸住居は激しく揺れ、柱はかしげ、壁はゆがみ、あちこちからもうもうと土煙が上がった。

天井が落ちるような気がした。

天井から砂がざ〜〜っと降ってきた。

そのとき(6時前の暗がりの中で)私はすでに半分ぐらい洗濯をすませ(ゆれた瞬間に洗濯機は停止したが)、脱水された洗濯物を取り出そうとしていた矢先。

そして、その時刻にはすでに、三人分の幼稚園弁当をつめ終え、めいめいのこどものかばんに弁当と水筒と体操服の上着をつめ終えて、玄関に3個並べて置いていた。

大きく揺れたその瞬間に電気も、水道も、ガスもストップした。

それからライフラインが復旧するまで、数ヶ月を要するのだが、当座はその時刻に我が家にあった、ほかほかの炊飯器のご飯と、水筒のお茶と、弁当3個はずいぶん助かった。

洗濯が終わっていたことも大きい。

なにしろ、そのときから、3ヶ月あまり洗濯は一切できなくなるのだから。

 

今ふりかえると、当時は5時に起床して、弁当を作り、洗濯を干し、6時には夫とこどもを起こしてほかほかの食事を用意し、6時半には子連れで出勤していたことになる。

通勤に片道1時間半は優にかかる生活で、こども3人を保育園に送ってから出勤していたのだ。冬ともなれば、真っ暗ななかで、洗濯を干していたっけ。

今・・・そういうことができるのかしらん?

NO!あのころの馬力はないと思う。

たぶん、二度とできない気がする。

もう一度あの生活をやるとなると・・マジ?勘弁してほしいなあ・・・と気弱になる。

当時は私も若かったのだ。

大震災の当時を思い出しても、あ〜〜歳をとった。いまさらだが・・・そう感じる。         

ほんまに歳とった。と実感せざるを得ない。

しかし過去を振り返って、今の老化をなげいても、元に戻りません!

加齢というのは、一方向にしか進まないんだからね。

当時を振り返って、このままじゃイカン!運動して、鍛えて、若さを取り戻せ!と頑張るヒトもいる。たしかにそういう頑張りやさんは、いると思う。

でも、私は、頑張るつもりがない。

頑張らないほうが、これからの年月、カラダが長持ちするように思うからだ。

 

そして、そういうふうに客観的に自分の老化を判断できることが、私の余裕なんだろう。

いつでも、どんなときにも、根底に余裕がある。

これは私の本質かもしれない。(根っこがノー天気だ)

 

加齢に対して余裕でいられる理由は、

(まあ・・・すっぽんエキスで、たった3日で体調が戻ったことも大きいが・・・)

一つは、私が医者やっていることとチョット関係あるかもしれない。

日々外来で私は、多くの患者さんと向き合うが、どのヒトもなんらかの不調の根底に老化がある。(たとえ30歳の主婦でも!40代の働き盛りでも!)

もちろん急な病気でやってくる患者さんばかりですから、老化は病気の原因ではない。

れっきとした病気で受診されるのだ。

あたりまえだが「老化」っていう病名ではない。

別のちゃんとした「病名」があります。

しかし、不調の根底には、なにがしかの老化が潜んでいる。加齢がからんでいる。

そして、そのことにシッカリ気がついている患者さんは、少ない。

彼らはとまどう。

今までなら簡単に治っていた、いや、簡単にこなせていたことが、簡単でなくなる。

何日も何日も不調が続いたり、こんなはずではなかったのに・・・と。

前なら、もっと早く回復していました。おかしい。と訴える。へんだな・・と。

どのひとも、自分が年老いていくことには、無頓着だ。

あまり自覚しない。

こんなに治らないのは、おかしい。

どっか悪いのかしらん。病気に違いない!とくる。

悪いところは、ある。治るところもある。だから病院に来るのだ。

そして、たいていは治る。

しかし、前と同じ、きっちり同じに回復しなくても、いたしかたない部分もある。

そこそこ治ればまあオーケーだと思うときもある。

でも、たいていの患者さんは「以前と違う自分」を病気だと考える。

絶対に、元に戻らないとイケナイ。と思ってしまう。

なかなか、ぼちぼち治ったらいいよな・・・というあいまいな現状を受け入れられない。

いっておくが、人間いつもいつも絶好調ではない。

でも絶好調だった時期を取り戻そうとあくがれる。もがく。あせる。

そういう人々と接するうちに、

人間にとって老化を意識するのは病気になったときが多いが、人間は老化に無頓着であり、意識することが苦手である。受け入れることも下手。と感じるようになった。

健康も同じ。

人間にとって健康を意識するのは病気のときが多いが、ひとは日々健康というものに無頓着であり、意識することが苦手。

不健康だが、病気ではない・・という状態を受け入れたくない。

 

そういう姿を毎日見ているせいか「老化っていうのは、日々進行しているんだが、認識しないだけ。それを突然意識せざるをえないのが、病気のとき。完璧にもとどおりにならなくても、ぼちぼち、そこそこ、まずまず、治ればオーケーとし、あとはゆるゆる体調とおりあいをつけて進むべし」というような感慨が私の脳裏にしみこんだのかと思う。

 

 

もう一つは、

20代、30代、40代の自分の歩みを振り返って、もうあれ以上頑張ることは、できなかったなあ・・と思えること。

同世代の女性を見て、私以上に24時間フル回転で頑張ったヒトはいるだろうか?

(もちろんおられますよ)

いや?他人はどうあれ、

自分はあのとき、自分の限界以上に、もっと頑張ることができただろうか?

と自問しても、絶対にあれ以上頑張れなかったと、思えるからだ。

203040代を、自分の能力をめいっぱい使って生き抜いた自信がある。

舅の介護と闘病生活のあいだ、保育園の送迎と職場の往復と、家事、育児でどんなに疲れていたか。

それでも、仕事はどれほど充実していたか。

家事にどれほど疲弊しながらも楽しみと成果を見出したのか。

学会発表と論文の数々を振り返っても、やっぱり、そうとうがんばったよな。と思う。

あれ以上がんばることなどできなかった。そう思う。

そういう頑張れた時間の積み重ねがあるから、今の老化をすんなり受け入れられる。

ちょっと、ヘンなんだけど。

老化にたいして、自分の心のどこかに余裕がある理由は、203040の自分に自信があるからだと思う。

 

 

さらにもう一つ

いつのことか・・・・

さあ、たぶん、こどもたちめいめい中学生になったときから。

こどもが、自分を完全に追い抜いたと感じた。

すべての面で自分を超えてしまったと感じた。

そのときから、ヒトはみな、老いるし、若者は日々成長する。

若者の成長は限りが無いし、すべての面で自分をきっちり、踏み台にして追い越していく。

それを認めたことにある。

私は、厳しく事実を認めることに徹した。

それからだと思う。

老化に対して、あせらなくなった。

こどもが、自分を踏み台にして超えていく。

若者の踏み台になること。

それが歳うえの人間の責任なんだ・・とわかったので。

だから私は、いつでも心に余裕があるのだと思う。

老化を認めることができるんだと思う。

一月末の日記から

今日は、めずらしく、いちにちの日記を記します。

あまりに忙しい一日だったので(ま、そうでもないか?・・・)チョット書き記しておく。

私は土日も診療しているので、週休1日である。

たった一日の貴重な休みであるから、たいていまとめて用事をすます。

まずは、郵便局に行き、銀行に行き、食料買いだめをして、ジムに行く。

これが、フツウの休日のパターンであった。

が、今日は、ジムにも郵便局にも銀行にも行くひまがなかった。

それどころか、まともに食事するヒマもなかった。

その理由は、朝起きて、掃除をしながら、フッと浴室のカビを発見!したことにある。

風呂場は、たいてい毎日カビキラーを大量に振りまいてから掃除するから、カビさんも、あんまり目に付く場所には、はびこっていなかった。

いっつも、いつまでも、ピカピカの浴槽だと信じていたわけだ。

しかし、なにげなく見上げた 天井にポンポンとしみが・・・

あっ!

カビだっ!

カビに違いないっ!

よく見ると、タイルの目地にもうっすらカビが・・・

にわかに、カビ掃除を始めた。ごしごしごしごし・・・

やりだすと、馬力でシャニムニやってしまうタチであるから、

風呂場だけじゃない。

マンションは冬場にはどの場所にも、湿気がこもりやすいので、カビはトイレにも台所にも、目立たない場所にじ〜〜っと棲息しておるのだ。

ステンレスの流しのすみっことか。

たぶん押し入れにも。

そこで、風呂場から始まった大掃除は、台所、トイレ、押入れと突き進み。

ついには、クローゼットを全部まるごと、すみからすみまで中味を取り出して、掃除することになった。

なぜ?ここまで行くのか??・・・性分で、掃除しだすと途中でとまらないのだ!

うちは、クローゼットの中味が、服ではなくって、すべて本棚なので、

本を全部ほうりだして、掃除するはめになった。

本をクローゼットの外へゴッソリ投げ出して、がんがん掃除するわけだが、

掃除がすめば、本をまた元の位置に、せっせと戻さねばならない。

しかし・・・

あまりにも、要らない本が多すぎる。

たいていは、こどもの図書だ。

これってホンマに要るのかなあ?・・と思うような昔の本まで大量にしまいこんであることに気がつく。

えら〜〜いおくの奥のほうに、なにやらわけのわからん本が積まれている。

これじゃ、本があっても本の存在に気がつかない。

本がないのと同じではないか?

場所を占領するだけ無駄であろう。

私は、毎日10冊ぐらい読む。

一月に100冊は読む。

読んだら全て処分する。

友人にあげるとか、外来の待合室に置くとか、売るとか。

徹底的に処分する。

絶対にためておかない。

ですから自分の本はインプットとアウトプットが相殺されて、あんまり増えない。

というか、狭いマンションがモノであふれると、さらに狭くなるから、増える本数をコントロールして増えないように規制してきたといえる。

しかし、こどもの本は処分されないままず〜〜っとクローゼットを占領している。

よしっ!!

片付けようっ!

2時間ぐらいかけて、要らない本と要る本を厳密に分離。

「要らない」に分類された本を「古本市場」に売りに行く!と決めた。

「要らない本」は、ダンボールに8箱。

どうりで2時間かかるわけだ。

おかげで、どの部屋もピカピカになった。

掃除というものは、ピカピカをつねに維持するためには、いったん、トコトン、ピカピカにしなければならない。

半端にちゃちゃっと掃除すると、ちょっと見はキレイだが、薄汚れた状態が残る。

ず〜〜っと半端な掃除が続くのだ。

イッタン、トコトン、ピカピカ。これがコツである。

2時間で本を分類して、さてっ!古本市場に売るぞ!と、出かけるしたくをする。

ふっとベランダを見ると。あれっ?庭のコンテナガーデンが元気がない。

冬に水をやりすぎるとしおれる・・・と考えて、水やりを控えていたのが原因か?

脱水症状かもしれない。

急いで水をやる。

普段の2倍ぐらいタップリやる。

ふっと見るとコンテナの横のみぞに枯葉が吹き溜まっている。

こりゃ、アカン。掃除しないと溝がつまってしまう!

にわかに庭のはきそうじ。これがしんどいのだ。

コンテナを一つずつずらしながら掃除するわけで。

さ〜〜て。売りに行くぞ。

ところが・・・

古本市場はJRで二駅ぐらい離れた場所にある。

ダンボール8箱であるから、JRに乗って運ぶことはできない。

JRにそんなもん乗せて運んだら異常だ。

キャリー(おばあさんが持っているような荷物を運ぶやつ、ガラガラと手押し車みたいな)に載せて3箱ずつ運ぶしかない。キャリーには3箱がぎりぎり。

JR二駅ぶんを歩くのである。

ガラガラガラとダンボール3箱乗せて。

寒さでこごえながら古本市場に到着。

古本市場のおにいちゃんは、しばし換金換算の時間がかかるという。

本が多すぎるらしい。

二往復して、次の3箱をとりにもどって出直すあいだに換算できるのかなあ・・・

一往復で40分かかった。

ということは、二往復で80分。詰め込み作業に30分ずつ。

3時間半かかって往復した。

わかったことは。

私のような専門図書はハナカラ売り物にならないらしい。

はやりのマンガとかDVDとか売れ筋のCDとかがいいんだそうな。

うちのは数万円、数千円もする、高額な専門書ばっかりなんだぞ。

「難しいお堅いホン」は引き取れない!らしい。

かわりに千円以下のマンガのほうが需要があるから引取り価格もイイらしい。

結局ダンボール6箱で2000円にしかならなかった。

引き取れない本が9割を超えていたのだ。

すごい肉体労働だった。

へろへろで家にたどり着いたときには、もう一歩も動けない気がした。

冷えきっていたため、お腹がペコペコで足が棒みたいだった。

こりゃ、ジムに行くより、よっぽどエクササイズできたのでは?

まだ残っているダンボール2箱ぶんの本は古紙リサイクルの日に捨てることにした。

どうせ古本市場に運んでも無駄であろう。

専門書は引き取らないのだから。

さあ、もう、一歩も外には出たくない。

・・・気分だった。

しかし帰る途中で自然食品の店に立ち寄って、

ごま油と、梅酢と、煮干と、天然味噌と、ひよこ豆と、鰹節と、モンゴル岩塩と、オリーブ石鹸を注文してしまった。

とほほ・・・いまから店まで、とりに行くしかない。

自然食の店は、おっちゃんの気分次第でしょっちゅう休業だし、店が開いている時間帯に行くことは至難の業だし。

なぜか?ふらっと早く閉まったり、あれっと思うほど遅くまで開いていたりする。

今日は偶然開いている時間帯にとおりかかったのだ。

この機を逃したらイカン!

自然食品の店にいくと、豆乳のいいのが入荷されていた。ちりめんじゃこも。

またまたそれも購入。

ついでに、駅前商店で冬物ファイナルバーゲンも見る。

この神経がどうなんだろう・・・

疲れていても、バーゲンには出かける。

家がすっきり片付いてさっぱりしたから気をよくしたのか?

クローゼットと押入れの整理ができて満足しためか?

駅前までルンルン歩く。

さっきまで、重い荷物を1時間半も運んだために、手ぶらが心地よく感じられたのかもしれない。なにしろダンボール8箱でっせ!

1月末といえば50%OFFの時期ではないか。

私は70%OFFになるまで待つことも多い・・・

店頭に春物がならぶ2月には、たいてい70%OFFが店のすみっこにカタマッテイル。

半額セールでセーターとジャケットを購入。

この買い物は納得できた。

たぶん待っていても70%OFFにはならない気がした。

それに、これから3月下旬まで、冬物を着るしかない。

ショップのウインドウは、1月からこぞって春の気分かもしれないが、現実は今からが厳冬の本番。大寒だから、本格的に寒い季節だ。

丹波は2月から吹雪の日々が始まる。

私は冬物は1月末か、2月中旬に買うものと決めている。

急いで帰宅して夕飯を作る。

夕飯をととのえながら外を見る。真っ暗だ。

ずいぶん暗くなってから、そういえば洗濯モノを取りいれていないことに気がついた。

・・・というわけで、忙しい(そうでもないが・・・)一日であった。


2月

2
10日の大雪の日

29日の夜半から降り続いた雪は、10日の朝にはたくさん積もりました。

9日の夕方にはログハウスに出かけ、そのまま近くの温泉に雪見にでかけ、そしてその夜はログハウスに泊まって、山の木々に雪が降り積むさまを眺めました。

露天風呂には、雪が降りしきり、遠くの山々は白く曇って見えず、視界ゼロ。

目の前にうかぶ白くけむった湯気のなかで、手を伸ばせば届く枝に積もり行く雪を眺めながら、温泉につかるのは、ホントにい〜い気持ちであります。

 

雪の日は・・・

 

暖炉にくべるまきが大量に要ります。

ほや(木立に落ちている枯れた小枝)だけでは、パチパチっと勢いよくはぜ、次にぼ〜〜っと突然火勢を増し、そしてゴーゴー、メラメラと燃え立って、すぐにシュンと消えてしまいますので。

あんまり長持ちしません。

ほやは、すぐに消えるし、熱量が少ないため暖をとるには、ちょっと物足りない。

大きな熱量が長く持続する火をおこすには、かなり大きな太い丸太がいる。

ゴロ〜ンとしたブロック状の太〜いマキが完全にいこるまで、暖炉の前で、しばし火の管理が要ります。

そのうえ次々に火を継ぎ足して、絶やさぬように、お守りしなければならん。

暖炉の前で。

じ〜〜っと、火が絶えないように、しんぼう、しんぼう。

その時間がしんきくさい!

と感じる人は、雪の日の愉しみを逃している。

これは、簡単に着火できて、ほっておけるし、ぜんぜん手のかからない、たとえば石油ストーブなんかでは味わうことができない、上質の時間である。

石油ストーブは便利には違いないが、暖炉の火という、わがままな暴れん坊をおとなしくなだめ、すかし、従わせるっていう醍醐味を知らずに過ごしてしまう。

そして、目の前で赤々と燃えさかる火の個性を知るだけでも、楽しい寛いだ時間となる。

暖炉の前で、何もしないで、何も考えないで、火を眺めて、ちょっと座っている。

ぼんやりしている。

うとうとしている。

でも、ちょっとだけ気をつけて火の番をしている。

そういう時間が人生には大切だと思う。

 

雪の日は・・・

 

車の運転に注意。

ちょっとの傾斜でいきなりスリップするから、気を引き締めて運転。

車との信頼関係を新たに問い、築く機会なんて、こういう雪の日が最適であろう。

普段クルマさまの存在を気に留めずにに運転してきたことを、ちょっと反省。

クルマさまさま。

助かったなあ・・・

PRADOさまのおかげで、傾斜もすべらずに上り下りができる。

あ〜〜このPRADOさまを、大金はたいて無理してでも(中古車)買っててよかった!

と感じる瞬間である。

心強い味方だ!PRADOさまは、すごい!!さすがだ!

そういうPRADOさまの真価を実感する瞬間である。

クルマさまに対する信頼がなければ、雪の日は運転しないほうがいいと思う。

 

雪の日は・・・

 

つるっと滑って骨折!

足を滑らせて転落!

いろんな状況で、おもいがけない事故があるから、なれた動作にも細心の注意がいる。

都会にいるとそういう細心の注意って喚起される機会がない。

ほとんど無い。

だから、都会人が雪のなかでフラフラ歩くと危ない!

雪の日こそは人間の本能を研ぎ澄ます機会ではあるが。

危機に対する本能に自信がない人は、雪の日は出歩かずに、じ〜〜っと部屋にこもって、ひたすら雪がとける午後を待ったほうがヨロシイ。

おとなしくしておくのがヨロシイ。

骨折事故が多発する天候であります。

「細心の注意力」って、都会でフツウに生活していると、どんどん鈍くなって行くから、いきなり雪道なんかは歩かないほうがいいね。

いかにニンゲンが退化しているかっていう現実を悟るチャンスだ。

 

雪の日は・・・

 

窓の外の雪を眺めながら、暖炉の火で本を読む。

分厚い毛布をかぶって、湯を飲みながら・・・

それが雪の日の愉しみ。

 

マクロビオテックはじめました

 

私のは、正確なマクロビオテックではない。

厳密にいえば、マクロビオテックでも、自然食でも、ベジタリアンでもないと思う。

しかし、マクロビオテックの本なんかを読めば、私の手抜き料理ですら、それにいくぶんなりとも近い食生活には違いない。

私は、あらゆるジャンルで、いいかげんに手抜きをする性分であるから、厳格にマクロビオテックに徹することなぞ、はなから困難な話である。

そんな私が、なぜ?マクロビオテック(以後ビオと略す)にはまってしまったのか?

というと・・・

 

中国製冷凍ぎょうざで重態者が出た!ということも時期的には一つのきっかけではある。

新聞の記載をよーく読めば、冷凍ぎょうざ、もしくは冷凍ロールキャベツで重態にいたった人って、状況しだいでは、死亡していてもおかしくない気がする。

この人、よくぞ生還できたよなあ・・・というのが、記事を読んだときの医者としての感想であった。

死なずにすんでヨカッタ人って、実際にはもっとたくさんいると思う。

たぶん、報道される数字の数百倍はいるだろう。

 

中国製冷凍食品でヒト一人が死ぬほどの農薬(毒薬と解釈できる)が検出される・・・

ということは、致死量に及ばない程度の濃度なら常に検出されていても、当然なんではないだろうか?

たいていの農作物には農薬がごっそり・・・土壌も農薬まみれ・・・包装にもどっさり・・

防腐剤とか色素とか・・・と誰もが感じる。

つまり農薬=毒薬の分量が、そうとう過激にドバーっと入っているから、中国製野菜なんかは、強烈瞬間冷凍で輸入され、倉庫に長期間置かれても、びくともしない商品たりえる!ピンピンなわけだ。薬漬けの助けによって。

さらに、レストランなんかで出てくるメニュー(たいてい業務スーパーなんかのブロック冷凍材料)にも、農薬がドバドバ・・・これも想像に難くない。

農薬なくして、中国製品は、絶対に語れない!のではないか?

 

私は、こどもが巣立ってからの一年『スーパーでの見切り品食材大量調達作戦!』をめでたく免役され、今は調味料にしろ、ラベル裏面の「成分、製造場所、日時」なんかをしばし眺める余裕もできている。

見切り品を特急で買い込むほど忙しくなくなったのだ。

だから、スーパーの地下食料品売りばの棚の前で、しばしのゆとりをもって、ラベルを調べているわけだ。

医学部5年で習う「発ガン成分の表記:人工甘味料、保存料、着色料」の添加物の種類に関する講義内容をいまでも覚えているほどだ。

ここで公表したら、のけぞる人が続出するほど、たくさんの発ガン成分が、食品添加物に存在する。

いっぱい忘れた講義もあるのに、そういうところを際どく覚えているのは、主婦だからか?

 

ふむふむ・・・人工着色料、人工甘味料、人工調味料、保存料たら・・ふみふみ・・とか。

医者の着眼が、チョットは発揮されている瞬間である。

 

子育てで、ハードスケジュール(なにしろ料理しながら塾のお迎えチョイとすっぱしり!!)なんかを三人分こなしていた日々には、裏ラベルなんか読むヒマは全くない。

腹につめこみさえすればOK。

湯気のたつ温かいメシならOK。

材料が中国製でも、なに製でもゼンゼンOK。

だったのだから・・・

我が家では、つい最近までそんな状況だったのだ・・・

つまり、これは、中国がいけないっていう理論じゃあない気がする。

中国では、農薬ドバドバッ!!でまかりとおっているし、現に私も「腹いっぱいになれば何製であれOK」っていう時代には、中国製食材をどんどん購入してきたのだから。

中国の人は

「何を日本人が騒いでいるのだ?腹いっぱいになれずに死ぬ人すらいる時代に?日本人はわけがわからん!食糧自給率がゼロに近いくせに!だったら輸入しなけりゃいいのに?!自分の責任で購入しておきながら勝手なやつだ」

って考えるかもしれない。

国が違えば、生活と生命に関する理論が違って当然なのだ。

裕福な国家にとって生活と生命は同義語ではない。

しかし貧富の差が大きい国家では、生活イコール生命なのだ。

中国だけを非難するのは、筋違いな気がする。

これは日本の問題であり、日本人の甘えの構造に悖る。

食を生命危機として論じるなら、日本人は日本の立場を明確に認識しなければならない。

食を輸入しなければ生きていけない日本国の現状なのだ。

中国からの輸入に頼ってきた日本の責任であって中国の責務ではない。

そう思う。

 

話をもとに戻して・・・

 

私がマクロビオテックをはじめた理由は「中国農薬まみれ事件」だけではない。

マクロビオテックによって便秘症が改善されたことが大きい。

私は過去35年来、下剤をかかすことができないほど重症の便秘症であった。

中学時代から一日もかかさず下剤をのみ、研修医時代には、過酷な労働(当直勤務がほぼ毎日)によって下剤の量は増量の一途をたどり、フツウの容量では、いっこうに役をなさず、常用量の10倍は飲んでいたと思う。30倍のんでも無効だったこともある。

今思えば、そうとう異状だ。

当直あけのふらふらのアタマで遠隔地の外来に出張に出かけ、病院に帰るやいなやOP。

そして、その晩も当直。というのが研修医の日常であったから、下剤はかならずバッグに入れて持ち歩いていた。

へんな時刻に排便しないためには(OP中とか回診中とか)前もって、下剤を大量に飲んで用を足しておく必要があったから。

あるとき病棟に当直バッグを置き忘れた私は、親切な看護婦さんに「大量の下剤が入っているバッグだからたぶん先生のでしょう?」と、届けてもらったりした。

今ほど「研修医の過労死」が問題視されなかった時代であるが、あの時代に便秘症は極限までエスカレートしたのだ。

それが!

その重症の便秘症が!

治ったのだ。

35年も治ったことのない、強烈な便秘症が治った!

玄米を食べることで。

玄米に雑穀(こうりゃんとか、はと麦とか、豆類)を混ぜて炊いてもOK。

便秘症が完全に治った!

これがマクロビオテックにはまる最大の理由である。

 

そこから私のビオ実践の日々が始まった。

マクロビオテックの実践レシピであるが、

おすすめは「岸本葉子の暮らしとごはん」昭文社(1600円)

これが一番。

ダントツ一位!

ただし、岸本葉子さんは、厳密にいうとクロビオテックではない。

岸本葉子さんは、40歳で大腸がん(虫垂にできた癌が大腸浸潤)のOPを受け、それ以来漢方医の指導のもと、免役を高める食事療法を実践している。

岸本葉子さんの著述が秀逸な理由は、働く主婦でもフツウに実行できそうな点である。

というか、フツウに働く女性がフツウに料理できてフツウの食材なんだが、いたってかんたんですよ〜。

と、さりげなく、しかし、ポイントをはずさないで解説している点である。

岸本葉子さんの食に関する著作は、非常にたくさんあって、どれもこれもお勧めできるが、なぜ?こういった料理法がよいのか?なぜ?こういった調理法で行くのか?ちゃんと文章のどこかに述べられているのだが、ぜったいに難しく解説しない。

ツボは随所にちりばめるんだが、表には出さない。

さら〜〜っと述べる。

ややこしい手順も一切書かない。

たぶんあえて書かないのだろう。

読者に「こんなん無理だよな。健康オタクじゃないんだぜ。ここまでこだわれるかよ!わたしゃ働いているんだ!忙しいんだ!」などと絶対に思わせない。

誰にでもできそうに(ホントはチョット気を入れる必要はあるのだが・・)書かれている。

その頭脳明晰な文章力が、彼女が東大出の才女である所以。

なのに、岸本葉子さんは、東大出!才女!をぎらぎらさせない。

岸本さんが確信犯的な知能犯なのは、読者が「マクロビオテック」と聞くだけでめげそうな、というかしりごみしそうな点を、さも自身がめんどくさいのよ〜とか、私もできないのよね〜〜っと、共感を誘うように解説することで、私のような手抜き主婦をファンにしてしまうことだろう。

テキストは「岸本葉子の暮らしとごはん」この一冊で十分だと思う。

話しはチョットそれるが、

岸本さんの著書「がんから始まる」「40歳でがんになって」は、医師にとって、癌患者がどのような精神の試練にさらされ、どのようにして生きる意味を求めるか?の教科書である。

癌についての彼女の記載はすごい!すごい!に尽きる。そして立派である。

まねのできないことだ。

やっぱり才媛なんだ。このひとは・・・

マクロビオテックについて、そのほかの著作では、

ビオに関するクロワッサンの特集も、幕内秀夫さんの「粗食のすすめ」シリーズもよろしいかと・・・・

しかし、働く主婦が手抜き家事をしながらマクロビオテックを実践するには、

やはり岸本葉子さんがお手本

もひとつ、「マクロビオテックはじめました」アスペクト(オーガニックベース編)もよいと思う。これも、実行しやすく書かれている。この本一冊でも十分だなあ。

 

しかし・・・

 

もっと『激しくずぼらなキャリアウーマン向け』マクロビオテック実践方法!

私が指南するマクロビオテックもどきの手抜き料理法!

 

まずですな・・

 

@基本は玄米を炊く。

これでマクロビオテックっぽくなります。

白米を玄米に変えるだけ。これは、誰でもできると思います。

ここから始めます。

今すぐにでも実行できます。

これだけで一挙に90%吹っ飛んで、マクロビオテックっぽくなります。

バリエーションに、こうりゃん、はと麦、ひよこ豆、小豆を入れることもあります。

黒米とか赤米とかも売っていますし。

なんたらかんたら

水の分量だの、炊飯時間だの、米をつけておくだの、火加減だのイロイロ解説されていますが、いっさい無視。まったく無視!何も考えません!そんな難しいことは無視!

何回か炊けば調整できます。

というか、一度も失敗しないで玄米をふっくら炊くコツなどはありません!

何度でも失敗して、何度でもくりかえすことで、会得できます。

が、こりずに何度でも失敗するのであります。そこがヨロシイ。

(私は毎回炊き具合が微妙です。早い話が毎日失敗です)

なんどでも言いますが、玄米を炊くのはコツもしかけもいりません。

誰にでも簡単に炊けます。鉄なべでも土鍋でも炊飯器でも。

ただし水加減は、自分で失敗をかさねながら会得したらヨロシイ。

失敗したって、どってことない。食べることはできる。食品には違いないんで。

こげすぎたら、こげを味噌汁の中にほりこんで雑炊にする。

べっとりねっとり水っぽくなったらカリカリチャーハンに入れて水気をぶっとばす。

あるいは冷蔵庫に入れておくと、固くなってちょうどいい具合にしまる。

 

つぎに・・・

A調味料を醤油、油、酢、塩、砂糖、味噌に限定する。

化学調味料をやめる。

これだけでも、ぐんと!!マクロビオテックっぽくなります。

マクロビオテック20%は、調味料で決まる!

それじゃあ?だしをどうするか?

私は、ちゃちゃっと、ふりかける「シマヤだしのもと」「ほんだし」「すがきやうどんスープの素」こういうのにず〜〜っと!頼ってきたし、

コンソメ顆粒、中華あじのもと。

こんなんも、さっさと使ってきたのだ。

主婦暦30年は使い続けてきたと思う。

これが、化学調味料づけでなくてなんであろう。

それらを一切やめるとなると「だしをどうするのか?」が切実に差し迫った問題となる。

 

まず!

味噌汁。

これをイリコ、鰹節、こんぶでだしを作る。

これは、世間一般の清く正しい料理本にある基本の基本。

「イリコは煮立つまえに引き上げよ」とか、「昆布はつけおきし煮ないこと」とか一切無視。まったく無視!沸騰まえに引き上げよ!だと?そんなの無視!無視する!

イリコであれ、鰹節であれ、昆布であれ、具と一緒にぐつぐつぐつぐつ最後まで煮て、味噌汁と一緒に、ぜ〜〜んぶ食べてしまう。

イリコもカツオもだしをとったら引き上げるだと??もったいない!

「おしん」を忘れたのか?

日本人の起源である「大根メシ」を忘れたのか??

ダシを捨てていいわけないじゃん。もったいない!

昆布は煮込んでではいけないだと??

うまみが逃げるだと?

フンッ!そんなもん関係ない。ぜんぶ一緒に食べるのだ!ごちゃまぜでヨロシイ。

一番ダシ、二番ダシなんてプロっぽいこと言うけどね、「老舗吉兆」ですら偽モンで偽造していたんでっせ!?

高級料亭「船場吉兆」で、ありがたがって偽者のくずを食べさせられていた食通には気の毒だが、

所詮日本人の味覚なんぞ、その程度のシロモノであろう。

カツオもイリコも昆布も一緒に煮込んでこりこり食べる。

このほうがカルシウムもたんぱく質も食せて一挙両得ではないか。

ついでに、煮物なんだが・・・

私は味噌汁を作るときに、一緒にほりこんで煮てしまう。

そうするとダシがしみこむ。

煮物だけ、もうちょっと濃い味付けにしたいときはごま油と醤油をちょちょっと振りかける。ポイントはよい醤油を使うことにある。

醤油とごま油にはお金をかけたほうが味がよくなると思う。

 

さらに・・・

チャーハンとか「いためもの」全般について。

この味付けも、化学調味料なしでできます!

おじゃこ、桜海老、きざみしいたけ、カットわかめ、干し海老。

こういった素材など、もともとだしが染みこんでいる材料を一緒にいためると、自然に調味料が引き出されて味が濃厚になる。

いためるときに醤油、ごま油をちょっちょっとたらす。

しいたけと、たまねぎと、にんじん、ごぼう、なんかを一緒にいためると、そこからも味がひきだされてうまみ成分が抽出されるから、化学調味料なくても十分おいしい。

塩はモンゴルかアンデスの岩塩を使っている。

 

Bあま〜い味には、メープルシュガーとオーガニックレーズン、プルーン。

毎朝紅茶を飲む。

このとき、きな粉黒豆(丹波特産!)と、しょうが粉末(冷え症予防!)と、豆乳(コウネンキ対策)をまぜます。

これを『きなこしょうが紅茶の豆乳入り!』と名づけます。

毎朝たくさん飲みます。

さらに!おやつには、

オーガニックシリアルに豆乳をかけたものを食べます。

そのとき、甘みがチト足りないな・・と感じた場合は、レーズンをひとつまみ(プルーンでもメープルでもOK)を入れます。

市販のお菓子をやめると、こういう素朴な甘みには非常に敏感になります。

人間本来の味覚が研ぎすまされると、とくに甘みには敏感になるような気がする。

きなこ、レーズン、プルーン、メープル・・それぞれ微妙に甘みが違うことに気がつく。

こういう経験って、人生ちょっと得した気分になります。

まあ、市販のお菓子が強烈におせおせの甘みで迫ってくることにも驚きますが・・・

 

C野菜と魚と肉

これは簡単。

最近のスーパーには産地と有機を個別に明記した野菜が豊富にある。

芦屋大丸のデパ地下にもある。

自然食の店も芦屋駅前には、わんさとある。

探せば、まだまだ、たくさんあります!

そこには加工物や添加物なしの肉と野菜がちゃんとそろっています。

肉と魚も産地直送(肉なら飼料も有機)のものがちゃんとある。

だから、わりと入手は簡単です。

問題はお金。

値段が高いかどうか?なんですが、あまり高くないですね。はて?不思議・・・

野菜も肉も魚も、日本産で加工物なし、添加物なしで、表示は信用できるものであって、しかも値段は高くない。

フツウは、もっと高いと想像するんでしょうが・・実際は高くない。はて??

ヤフーのオークションでも有機野菜は売られていて、送料無料、代引き手数料なし、でも、結構手ごろな価格。案外やすかったりする。

ヤフーでオークションしている店って、同時に楽天にも出していたりするが、自然食の履歴がかな〜り厚い老舗もある。その意味で、非常に信用できるお店もあります。

そういう店からちょくちょく調達しても、かえってスーパーより安上がりだったりする。

どうしてかなあ??・・・・不思議やなあ・・・

たぶん、これはね。

コープやコンビニに出かけると、いらないものをついでにイッパイ買ってしまうからかも?

私は、買い物でストレス解消しているところもあって、お菓子とかスナックとか、おつまみとか、ビールとか・・・めずらしいモンを一緒に買ってしまうから高くつく?かな?

その点、自然食の店に行くと、そういう要らないモンをまったく買わないで、料理する目的だけで買うから、安い?かな?

お金は、逆に、かからなくなったと思う。買い物に行くときに。

 

ここに、本日の、寺本院長のマクロビオテック講座をまとめます。

お金をかけずに、手間をかけずに、神経を使わずにマクロビオテックを実践するには

@    玄米を炊くだけでもよい。

A    調味料(ダシ)を、イリコ、昆布、鰹節でとる。これだけでもよい。非常によい。

B    煮物は、味噌汁のダシを兼用する。炒め物は、じゃこと桜海老を一緒にいためて染み出すだけでもよい。醤油が上等でありさえすれば味は結構イケル。

C    自然食の店はどこにでもある。スーパーにも有機栽培の肉と野菜はある。そして値段は手ごろである。だから、そういう店を覗くだけで一段とマクロビオテックっぽくなる。

D    マクロビオテックのために「***」する。というより、マクロビオテックのために「***」はしない。というスタンスがヨロシイかも。そのほうが手軽やしね。

つまり、スナック菓子をやめ、出来合いの惣菜をやめ、お酒とタバコをやめるだけで、なまじマクロビオテックを死守するよりも、よほど健康に留意していると思うけど。

***する!よりも***しない!姿勢が大事。

これは、私が手抜き主婦の極意として感じる点であります。

E    そうそう・・飲み物だけど、番茶がよい。きなこ茶もよい。らしい・・・

以上・・・本日の講義は終了いたしました。

 

老人問題はとっても深刻

私は、丹波市の介護保険認定医をやっているので、老人問題はそうとう深刻やなあ・・と感じる。

深刻というよりも、せっぱつまって切実というべきか?

(老人問題とひとくくりに述べるのは、ご高齢のかたがたに対して失礼かもしれませんが)

老人問題が、非常に深刻で切実な理由は、予算(つまり市の財源)と、税金を納めうる労働人口と、その予算を使って介護を受ける老人人口(正確には介護を受けるのは老人だけではない)の割合が、年々、急ピッチで逆転して、その傾向が加速されているからだ。

そして、その逆転の構図は、このさき永久に反転しないであろうことが、確信できるためでもある。なぜなら・・・

労働人口は、これからも、ますます減少するであろう。

税金を納めうる若者(というかお金をちゃんと稼いでいるニンゲン)は、どんどん減る。

ニートとか、フリーターとか、ネットカフェ難民とか、若者にかぎらず中高年のホームレスって急増中ですから、税金を納めることができるニンゲンは、少子化という人口問題をこのさい除外したところで、減じているのは確かである。

税金は、頑張ってあっちこっちで***税たらたら増税したところで、さほどに増えない。

60歳以下のニンゲンが少なすぎるためだ。

一方、介護を受ける老人は、急激に増加して、そのまま激しい勢いで増え続ける。

介護費用は勢いよく増加し、

介護の財源は、これまた急速に減少し、

そして、まもなく破綻する。

そういう構造が、目の前の現実として認識できる。

介護保険認定医をやっていると、毎週、毎週、そういう審査をつきつけられ、私はそのたびに、なんだか自分の預金残高がゼロに必死で近づいていくのを、ぼ〜〜っとなすすべも無く眺めているような、悲惨な心境になるのだ。

心が寒々とする。

日本にお金がなくなる日・・って、そう遠くなんじゃないか?

と、なんだか、心もとなくなってしまう。私は根が貧乏性なんだ。

 

そして、日本の危機は、どこにあるかというと・・・

単純計算で1分で推計できる結果(いったいいつ?介護保険の財源は破綻し、税金は枯渇するのか?)に、国民のほとんどが無関心で無防備な点にある。

他力本願とでもいおうか?

そんなん知らんぜっ!・・・っていう、他人事としてやりすごす無知にある。

 

介護老人を抱えている家庭は、毎月いったいいくらお金がかかり、

いくらは、介護保険(つまり税金)から支払われているのか?

毎月の金額を知っている。

当然ながらヘルプや食費、オムツ代もオムツ交換費用もいくら支払うのか?

介護保険の負担率をきっちり知っている。

でも、そうでない家庭は、老人ひとりを生かすのにいくらかかるか?

おそらく知らないと思う。

いずれはやってくる自分の問題として、とらえないと思のだ。

 

私は介護保険認定医として、毎週認定する要介護者が25人として、

月〜金で週に125人、ということは月に500人。

費用が一人につき平均30万円支給として(48万以上もありえるが)月1500万円かあ・・・

と、そして一年だと、18000万円かかる。

仮に、毎週の認定が30人なら21600万円なのかあ・・・

つまり一年におよそ2億かかるとして、10年では20億円かあ・・・

と、漠然と20億円という数字を眺める。20億円・・・

田舎の丹波市でこうなんだから、都心では、もっと高額だろうね。

大都市ほど人口密度が高いし、要介護老人も多いし、ほとんどが核家族だし。

そして、老人なんだから介護保険だけではなく、医療保険はモチロン必要な人が多い。

病状の悪化したときに医療保険も使うとなれば、その倍、もしくはその2〜3倍余分にお金がかかる。

ということは、足すことの40億円から60億円かあ・・・と、その数字を眺める。

こんなに老人の扶養に予算がかかるんなら、財政が苦しくてあたりまえ。

われわれの世代って、受け取れる年金なんて、夢のまた夢・・ってことではないのかなあ・・年金をあきらめるべきか・・

と、かなり不安になる。私は、根が心配性なのだ。

でも、年金はもらえると信じている。信じるしかない。

そうでなくっちゃ、こんなに年金をごっそり搾り取られている私としては、踏んだり蹴ったりなんだぜ!

 

ここで、ちょっと、ブレイク。

老人にまつわる人口問題は、たとえば余生がいくらあるのか?

これは、平均寿命まであと何年生きるか?平均寿命と単純比較するのでなく

現在70歳の人の平均余命はいくらか?

現在80歳の人の平均余命はいくらか?

という計算式で出すべきだと思う。

 

70歳、80歳、90歳のそれぞれの余命は、日本の全人口一般の平均寿命からの試算よりも、かなり大きいと考えられる。

そういう超高齢者の介護と医療が、労働者である我々の肩にかかっているのだ。

そして、肩にかかる重量は、年々重くなり、

いっぽうで、支えることができる肩の数は年々少なくなる。

少子高齢化社会の厳しい現実である。

でも、たいていの人は、そういう財政危機を、真剣に憂えていないように思う。

気にとめている人って、果たして何人いるのかしらん?

 

私が、日本人って自分が(というか自分の家族が)直面しないと、絶対に、ぜーんぜん考えないんだなあ・・シミュレーション力はトコトン!ゼロだなあ・・・と思ったのは。

職員が要介護者をかかえたときの、彼女たちの反応を見たときだ。

うちは職員が13名いる。

年齢は30歳後半から40歳後半だ。

そのうち毎年、誰かの夫、姑、舅あるいは実家の両親のいずれかが突然に倒れている。

開業していらい、子育て中の主婦だけを採用したので、職員たちは家事をこなしつつ出勤してくれる。

ず==っと専業主婦だったおばチャンが、頑張って出勤してくれるのだ。

そして、彼女らが仕事にようやくなれたなーと思いきや!介護が始まる!

職員たちは、こどもが巣立って、あーやれやれ・・・・と、手がかからなくなったとたんに、

こんどは、姑、舅、夫、もしくは実家の両親が倒れる。

毎年、誰かが必ず倒れる。毎年かかざずだ。

それは、職員全員が、そういう年齢だからしかたがない。

なにしろ40後半だもんね。

ということは身内となる老人は70歳後半から80歳後半だ。

ありえる話なのだ。

 

そして、驚くのだが!

職員たちは、家族にそういった要介護者がある日、突然、ほんとに突然!出る!っていう事態をまったく予測せず、これっぽっちも想像せず、そしてある時をさかいにふってわいた要介護の現実を、ほとんど受け入れられないことだ。

彼女らは激流に、唯々諾々として押し流され、のみこまれ、そのまま翻弄される。

ある日突然!

老人は倒れる!

前夜まで元気に、翌週の畑仕事の段取りを語っていた老人が、次の朝には倒れるのだ!

そして、そのまま、寝たきりとなる。

それは、そういうもんだろうと思う。

人間なんだから誰でも歳はとるのだ。

老人の責任では決してない。

老人が非難される話では絶対にない。

老人が倒れるのは、なにびとも予測も予想もできない話に違いない。

あたりまえだ。

突然のできごとである。それは、どの職員にとっても・・・

しかし、心の中で、予測も予想もしてこなかった職員たちの心は、その日からバランスを失い、倒錯したまま右往左往する・・・そして、二度と帰ってこない平安な日々の名残を惜しんで悲嘆にくれる。

 

これが、日本の現実なんでしょう。

これが日本人なのだ。と思う。

なんで?ちょっとでも、そういった事態を予想するなり、心の準備ができないんだろう?

チットハ、いつかこういう日がくることを、覚悟していてもよかったのではないのか?

日本人とは、燃えさかる自宅を目の前に、火の粉が髪の毛をこがしつつ、めらめらと上がらなければ、木造家屋は燃焼する!っていう事態を想像できない民族かもしれない。

老人がいつまでも元気なまま長生きできる?そういうありえない話。

絶対にありえない話だ。

それを「そんなのありえない!」ってきっぱりと否定できる人。

「いやいや、元気なのは今だけで、いつ寝たきりになるかもしれん。それが明日でもおかしくない」

「いつ痴呆にいたっても不思議ではない」

「もし介護が必要になって、寝たきりになって、ボケたらどうする?誰がめんどう見る?」

「舅と姑が同時に介護が要るときは、どうしたらいい?」

と、せめて心のなかだけでも、準備できた職員は一人もいない。

いなかったなあ・・・ただの一人も・・・

それが日本の日本人の現実なんだと思う。

職員たちは、ある日、突然、介護をつきつけられ、動転し、翻弄され、濁流にのみこまれる・・・さかまく激流にさおさして泳ぎきる職員は多くない。たいていは水底に沈む。

でも、

それが主婦が子育てしながら働くっていう厳しい現状なんだと思う。

明日を予測して心構えできる余裕なんて、子育て中の主婦には存在しないんだから。

そして、もっともっと突き詰めれば、自分たちの老後はどうするのか?

シミュレーション計画(資金を含めて老人施設まで)できている職員は、もっと少ない。

 

そうなんですよ・・・

そういうわけなんですよ・・・

なぜ?うちには13人も職員がいるのか・・・

その理由は・・・

 

うちの耳鼻科医院のような零細診療所(患者数もわずかなヒマ〜〜な田舎医者)に、

なんで??13人も職員が要るの?うそでしょ?その半分でも多すぎるわ。

面と向かって私に言う先輩もいる。

私は実際いわれました。

「オタク職員が多すぎますよ」「オタクみたいな田舎医者って半分でも十分でしょ」

そうです。

そのとおり!

ヒマすぎる医院ですから・・・

半分の人数でOKかもしれません。

多分5人でも6人でもOKだと思う。

でも、私は女が家事をしながら、子育てしながら、働くっ!て現実の厳しさを知っている。

さらに舅の癌末期の闘病生活の地獄をくぐってきた。

ひと一人が最期を迎える断末魔の臭気と怨念の恐ろしさを体験している。

闘病生活が何年も何年も長引くと、家族の心がどこまで疲弊し、すさみ、どん底にいたるか?先の見えない暗闇の苦痛をわかっている。

どん底が、どん底だと自覚することすらできなかった。

日々を乗り越えるのにせいいっぱい。

一人の老人の末期が、いかに家族の気持ちをしめつけるか、その重苦しさを知っている。

そして、そのとき女だけの肩にかかる重力がいくらのものかを知っている。

子育てと、家事と、老人の介護、モロモロの重力に耐えて、そのうえで働くことが可能なのは、ごくごく限られたニンゲンだけだと思う。

@仕事の実力と、A家事の段取りと、Bタフな精神力と、C強靭な肉体をもつ女だけ。

その、どれかがかけても、仕事は絶対に続かない。

どの一つがかけても仕事を続けることなど到底できない。

仕事の実力と知能、精神力、体力。

女は、この4つを絶えずキープしブラッシュアップし、蓄えねば働けない。

4つをかかさずに維持しなければ、介護老人をかかえたままで働くことができないのだ。

 

職員と私の年齢を考えると(平均値が50歳に大きく近づきましたしねえ)・・・

13人の職員の家族が、たった一ヶ月のあいだに、その半数がばたばたと同時に倒れることだって、まったく不思議じゃない。

だからこそ、

うちは、職員が13人でも14人でも多すぎるとは、ちっとも思わないのである。

 

さて、その理由であるが・・・

話は、少子高齢化社会の危機!から、だいぶ横道にそれたが、

働く女性が、老人介護に迫られて職場を去る現状は、めずらしくないと思う。

介護に女手は必須である。

どの職員も、仕事をやめて介護に専念しなければ、いたしかたのないことだと思う。

そのとき、私は、職員に仕事をやめずに、たとえ週に1回でも、月に2回でもいいから働きに来てほしいと願っている。たった一時間でもいいから、仕事しに出てきてもらいたい。

どんなにほそぼそとでもいいから、仕事を続けてくれるように祈っている。

 

あーーこれじゃ、13人も職員が要る理由が、ミナサマにわかっていただけないですよね?

なんで?13人も雇っているのだあ??って思いますよね?

 

う〜〜ん・・・わかりやすく言うとですねえ・・・・

たとえば、5人の職員に働いていただくとする。

ある日、そのうちの1人が介護せねばならない事態になったとする。

欠員は5分の1だから20%の欠如となる。

20%の欠如を、のこりの4人でまかなうことは不可能だ。そうとうハード。

即座に1人雇うだろう。介護の職員には辞めてもらうかもしれない。

しかし、もし13人の職員に働いていただく場合なら、

1人が介護事態に陥ったとする。13分の1=7%の欠員である。

残りの12人で7%の欠如をうめることは難しくない。1人あたり0.5%の補充である。

しかも介護中の職員には、週に1回でも2回でも状況が許す範囲で仕事を続けてもらうよう、楽な条件をすすめることができる。都合のいい時間帯を提案することも可能だ。

きっぱり首をきって、新たな職員を雇うよりも、いい。と思う。

 

なんで、こんなおおがかりなことをやるのか?というと・・・

老人介護ってね。

ず〜〜〜っと、それに24時間かかりきる体制だと、介護する人間の精神がもたないと思うからな。

神経がすりへるのだ。人間性が、ごっそりもっていかれる。

それほど介護ってものは健全な人間の魂をそぎとっていく。

まあ、誰しも、暗〜くみじめになる。・・・と思う。

知らぬまに気が滞る。

私も、お金に猛烈に執着するガン末期を見てると、じと〜〜っと気がめいった。

そんなとき、週にたとえ数時間でも働く!

たった一日でいいから現場に出て労働する!

これがオンナにとって、精神衛生的にヨイと思う。

介護する人間にも、自分を取り戻す時間が要ると思う。

24時間ず〜〜っとしばられないで、ちょっとだけ外にでて働く。

そのとき、やっぱり、人生って何か?って気持ちのどっかでフッと悟ることがある。

ニンゲンが老いるってことの本質を理解できる気がする。

現場を離れて、その瞬間に垣間見える真実とでも言おうか?

それって、ず〜〜っと家の中にいると、なかなかアタマで理解できない(どっぷり漬かりすぎて消耗するだけ)ような気がする。

要介護者と、ず〜っと接していると、嫌な面しか見えないこともある。

でも、不思議だが、外に出て働いているさなかに、オッと理解できたりする。

人生についても、老いる意味についても。ちょっとワカッタ気になる。

明るい思考が生まれるような気がする。

どんなオンナにも労働哲学はあり、どれほど些細であろうともオンナにも人生哲学はあるのだ。ただ、それを表現するのが的確でないか、表現できる場を与えられなかっただけかもしれない。オンナが働くっていう現実のかげで。

仕事と自分という存在との、関係をたしかに理解できて初めて人生が輻輳する意味を持つ。

それが、オンナが仕事して、家事して、子育てして、介護するっていう事実ではないか?

10年、20年の長丁場(老人介護は長い長い長いくりかえし)を、仕事を通じた仲間と一緒に、ぐちや不満、心配事をだべりながら、なんとか気を取り直して、よしっ!明日も頑張ろう!ぜっ!!なっ!!と、思う。

互いに友情で支えあいながら・・・

だから、どの職員にも仕事をやめてほしくないし、細々とでもいいから、仕事は続けてほしいと願っている。

仕事が職員たちのカウンセリングになる。私の体験からいえば。

 

まーーーそういうわけで、それやこれやで13人!

ま、そういうわけです。

これが、田舎のヒマ〜な医院なのに、13人も職員さんがいる理由であります。

 

話を老人問題の危機!へと、やっとこさ戻します。

1、これからますますヘルパーさんが不足する。

2、近い将来、介護保険の財源がショートする。

3、家庭にオンナ手が必要。でも、それだけに頼る介護でホントに長続きできるのか?

4、人生の後半戦にむけて「親の介護と自分の老後」計画をしっかり立てるべし。

5、老人介護つきマンションの月額と、自分の年金額と、貯金をシュミレーションする。

6、明日いきなり介護が要る!って少しでも心の中で予測してみる。想像してみる。そのとき、具体的にどうやって乗り切るのか?まずは、紙に書いて考えてみる!

 

以上、院長の「老後作戦ことはじめ」でした。

 


KOOSのブーツ

この冬は、毎日まいにち、KOOSのブーツをはいている。

KOOSの特徴は、ぺたんこの靴底にある。

靴底が、ものの見事にぺったんこで、ゴムぞうり(ビーチサンダル)を履いている感触といえば通じるだろうか。

水平な靴底で地面をなでる、というか「すり足」で歩いている感じ。

靴底から、地面のでこぼことか、じゃりの感覚までじかに伝わってくるので、まるで裸足でサバンナをあるいている感触(歩いたことないが)に近い。

うすっぺた〜い草履で、ぺこたんぺこたんと歩く感覚なのだ。

KOOSのブーツはすべてヒールの高さがまったくなく、

ぺったんこの底に薄〜いゴムが張ってあるだけである。

そういうブーツなのである。

 

こういう幼稚園児の雨靴っぽいブーツを、若い子ならまだしも、50過ぎたオバハンが年がいも無く履いてても許されるのか?という議論はさておき。

なぜ?私がKOOSのブーツを好んで履くのか?と言うと、

その理由は、厚手のタイツをはいて、その上にニットの長めのハイソックスをはいて、そのうえでブーツをはくためには、ふくらはぎの部分と甲によほどのゆとりが必要なためだ。

その条件を満たすブーツこそが、KOOS!というわけだ。

KOOSは、ふくらはぎも、甲もぶかぶかである。だぼだぼなのだ。

私は今まで、ブーツをはくというと、足には薄手のナイロンストッキングだった。

それが、どうしたものか、最近はタイツとハイソックスをはいて、その上にブーツを履く。

ひとたびタイツをはきなれると、朝でがけにストッキングを引き出しから取り出そうとして、その手をひっこめ、無意識に厚手のタイツを引っ張り出している。

ストッキングは、やめたやーめた。ぬくいほうがいいモン。となる。

もはやタイツなしでは、吹雪の舞う丹波では不経済だ!と、思う。

な、な、な、なんで経済がここで出てくるのか?イキナリ?不経済??だと??

その理由は、

ブーツの下にタイツをはいて、手袋とマフラーをして、ダマールのシュミーズを着るだけで、それだけで体感温度が3度ぐらい違って感じられるからだ。

凍てつく丹波の吹雪の朝も寒さを感じない。

これが、薄いストッキングでは、どうだろう?いくら手袋とマフラーとダマールがあったところで、足元から冷えが上ってくるに違いない。体感温度3度の違いは大きい。

診療中にもタイツをはいていると、それだけで暖かいから暖房費用を節約できる。

これは事実だ。

ですから、かりに薄いストッキングで素足っぽく診療するとなると、室温を3度余分に上昇せねばならず、暖房費用がかさむ。電気代が跳ね上がるのだ。

KOOSを履くようになった理由の一つは、

暖房費用を節約するべしっ!っとの経済性にめざめたことによる。私はけちな性分なんだ。

この冬は、石油の値上げやらで厳しいからな。

しかし、本音はだなあ。やっぱり、冷え症だな。

更年期障害によると考えられる冷え症が、年々深刻になるからだ。

いや、違う!もっと正確に言うと、

今年から更年期障害が突如として激化したためだ。今年、突然、冷え症が激化!

だから、タイツをはいてKOOSのブーツを履いて出勤する。

 

ブーツの下にタイツとハイソックスをはくようになってから(オバハン武装完了!)

ふと通勤電車の車内を観察すると・・・

(みなさん、イッタイどんな足元で仕事にでるのかしらん?)

とりわけ、OLたちの足に、なにげに視線がいくようになった。

他の女性たちの足元が気になりだしたのだ。

通勤電車に乗るでしょ。

すると、女性専用車両なんかではですね。

ヘアスタイル、メイク、バッグ、コートの次に靴に目が行くでしょ。ほかの女性がどんなカッコで勤めに行くのかチラッと見るとも無く見るじゃないですか。ちょっとね。

(ブランド時計とか、アクセサリとか、そういうモンはもちろん目ざとくチェック)

その結果、わかったことだが、もろ肌ストッキングでパンプスといういでたちは、冬の車内では皆無だということ。

これは意外であった。

満員の通勤電車ですよ〜〜・・こんなにオンナがいっぱいおって、びしっとスーツで決めて足元はヒールの高いパンプス!

といういでたちのキャリアウーマンは一人もおらんのかいな?

いない。いないのです。一人もいない。これは衝撃の事実であった。

みんな、しっかり、ブーツをはき、な、な、なんと、半数はタイツではないか!

私はそれまで、通勤=キャリアウーマン=ヒールパンプス=ボデイコンスーツ!と勝手に思い込んでいた。通勤OLは必ずハイヒールを履いていると信じ込んでいた。

通勤電車の女性たちは、意外にもタイツとブーツ派が主流であることに気がつくや、本当にピンヒールちゃんが乗っていないのか?ハイヒールはおらんのか??

一人もいないことを確認するために、しつこくしつこく毎日観察するようになった。

そしてわかったことだが、私が乗る電車(一番混雑する朝の時間帯:殺人ラッシュとも呼ぶ)には、ハイヒールはほとんどいない。ストッキングもまず見かけない。中ヒールに厚手の靴下っていう女性はいるし、スラックスからのぞく厚〜い靴下に短ブーツとワークブーツの中間みたいな足元もある。しかし圧倒的にタイツが多い。そしてゴム底。

その時刻に「すけすけのストッキングにハイヒール」は一度も見かけなかった。

このことを、まだ信じきれない私は、意地でもハイヒールを見つけようと、数ヶ月は通勤列車で目を凝らして頑張った。

女性たちの足元をすばやく、しかし、ちゃっかりチェックし続けた。

しかしハイヒールは、この季節であるためか?一度も見つけることはできなかった。

私は自分の先入観を否定せざるをえなかったのだ。

結局は、私の思い込みだったんだ・・・働く女がハイヒールにスーツで出勤するなんて・・

勘違いもいいとこだったんだ。

 

タイツ派は電車と時刻にもよるが(女性専用車両なんかだと60%はタイツ?)少なくない。

もしかして、女性たちは派遣?寒い戸外でのバイト?駅から自転車??外勤ですかあ?

それとも、職場でブーツをパンプスと履き替えるの?たぶんそうに違いない。

う〜む・・

たいていのキャリアウーマンがブーツで出勤している事実に、いまごろ気がついたのだ。

そして!もっともっと意外な発見は、ブーツのヒールが高くない!

極端にぺたんこではないが、決して高いヒールではない。低めのヒールで出勤する。

 

たしかにな・・そういわれれば、そうやなあ・・・

駅の階段を猛スピードで上り下りするラッシュアワーでは、高いヒールでよたよたしていたら、突き落とされて、ころんで骨折しかねない。

低いヒールで用心しないと怪我のもとだと、誰もがこころえているということか・・・

私みたいにJR乗り換え、乗り継ぎに、階段を猛スピードで上下するもんにとって、一人でものっそり前を歩く人がいると、タッチの差で乗り遅れることもあるから、ラッシュアワーではすべての通勤客が歩調を合わせて必死で急ぐことが、暗に要求される。

一秒が大事なのだ。

ハイヒールなんぞ、はいていてはころんで大怪我する。

しかし・・・

これだけ、低いヒールとタイツが主流になったということは・・・

う〜〜む・・世の中は「無理してええカッコしない!」方向に進んでいる。のかもしれないな。寒いのに薄いストッキングでハイヒールパンプスなんて、無理してカッコつけてることになるのかもな?実益が肝要なのだ。

 

ここでわかったことですが。

@    OLたちは(OLなんて言葉がすでに死語だ)仕事に専念する。真剣だ。

A    OL(今はOLとは言わないよな?)たちは、仕事に行くのにちゃらちゃらカッコつけない。質実剛健。

B    OLたちは、カバンに弁当、書物、書類、新聞を入れ、けっしてブランドでないが趣味のいいいでたちで通勤する。耳には英会話のポッド。無意味に金を浪費しない。

C    仕事に出るには、足元がおぼつかなくても、寒くてもいけない。したがって防寒実益のタイツとブーツをはくのだ。外観よりも自己の内面に投資ということか?

 

じゃあ、夏の車内だったら、よろけそうなハイヒールの華奢なサンダルははかない?

ぺたんこぺたんこと音のうるさいミュールもはかないのだろうか?どうなんだろう?

こうなったら、トコトン夏の足元も観察しなければいけないぞ。

 

オンナが強くなったな。と思う。

たくましいオンナが多くなったなあ。と思う。

足元をしっかり防寒武装して、怪我も風邪も未然に防ぎ、しっかりと仕事に急ぐ。

よたよた歩かないのだ。目立たないがしっかりと力強い足取り。

 

ちなみに午前10時ごろにJR芦屋駅から電車に乗ると、

閑散とした車内では、おけいこに出かける奥様たちや、観劇やデパートの催しに行くマダムや、こどもの学校行事に参加するお母様たちの、お出かけ着にヒール。といういでたちを見かける。

そこではヒールが主流だし、スーツも見かけるし、バッグはブランドだし。

そうなんだ・・・

ハイヒールはキャリアファッションではなくって、お出かけルックなのか・・

 

そういえば、男性用防寒肌着!これもユニクロで発売とか・・・バカ売れしたそうな・・

おしゃれな防寒着が老若男女とわず、しっかり定着してきた。それは、しっかり生きる、というかキチンと仕事する男女をサポートする点で共感を得たのかもしれない。

 

さて、私はどうなんだろう?・・・

私は、去年まで「ちょっと高めのヒールブーツにストッキング」で出勤してました。

コートのなかには、スーツではなく、パンツとセーターとダウンコートです。布のトーとバッグには弁当と水筒を入れ、新聞と本と書類を入れて満員電車に乗っています。

しかし今年は、KOOS(ぺたんこブーツ)でタイツ出勤である。

その理由は、

@    冷え症対策

A    暖房費節約作戦

B    50もとっくに過ぎると(べつだんええカッコしよう)とは思わなくなる。

C    これは、カッコなどこの歳になれば、もうどうでもいい・・っていう感情とはチョっと

違う。自分のオバハンスタイルに自信ができた・・・っていうのとも微妙に違う。あっちこっちにエネルギーを分散しないで仕事だけに集中するためには、仕事以外のパーツには、できるだけ手を抜いて安全、健康、安心の3つだけを重視するようになった。

ということかもしれない。集中するポイントが、仕事に偏重してきたという話。

つまり、仕事以外に気を配るのがしんどくなった。これを人は老化とよぶ。

 

 

 

寺本院長の「明るく楽しい節約生活のすすめ」

わが身を反省しつつ・・・こういうタイトルになってしまった!

私は節約家では決してない。

浪費家に属すると自分でも思う。

思いっきり、みさかいなくお金を使いまくっている。と思う。ものすごく浪費してる。

たとえば、本代。

アマゾンで毎月100ぐらい買うし、新刊書も本屋で毎月3万円ぐらい買う。

その中で、これはと思う書物を残してたいていは、処分(あげる、外来におく、売る)するから手元には幾冊も残らず、あとになってもう一度同じ本を買うことすらあるぐらいだ。

これは浪費と呼ぶべきかもしれない。いや、浪費に間違いない。

アマゾンの本は1円〜300円でも送料は高いし、新刊は一冊10002000円はするのだ。

毎朝必ず本屋(JR構内)で立ち読みするから新刊はいやでも目に入り、深く読みたいものは、迷わず買ってしまう。これも浪費であろう。

新刊はアマゾンでもほとんど値引きがないのだ。

 

ビデオ代

毎月10本ぐらい借りる。3500円ぐらいかかる。

私は家でテレビをまったく見ないから、ときどき(映像が見たい〜〜っ)という発作に襲われる。映像渇望症だ。

そこでテレビをつけても、じ〜〜っとテレビの前に座っている時間がない。

ものの3分もテレビ画面に正座できずに、次々と押し寄せる家事に追いまくられる。

ひょいひょい腰が軽いのだ。

ですから映像=DVDになってしまう。

自宅には録画できるTV(店頭展示品のTVだ)がないからレンタルするしかないのだ。

 

骨董品

私のドウラクです。骨董屋さんには、ちょくちょく立ち寄り、よれば必ず何かを買ってしまう。骨董品というのは、出会いの瞬間の直感で買わないと、逃したら二度と会えないシロモノであるから、パット見てサット買う!の繰り返しなのだ。

これもやっぱり浪費である。衝動買いというやつだ。一個500円〜2000円ぐらい。

ちょくちょく立ち寄るから、総額月に1万円か、少ない月で5千円か、そのぐらいは必ず使っていると思う。これはヤッパリ浪費でしょうね。

 

洋服

これもバーゲンで50%OFFと書かれていると、サット買ってしまうこともある。

数日考えてやっぱり買うこともある。

迷ったあげくに買わないこともある。

ずいぶん考えて、さて買いに行くと、売り切れていて買えなかったこともある。

でも、ぶらりと通りがかって、ちょっと立ち寄って、さっさと買った。というのが多い。

私は手帳に今年の洋服計画(いくらの、どういうものを、いつ買うか)なんて立案しないで、その場の直感で決めて迷わず買ってしまう。これは浪費というべきだろう。

 

そんな私が節約していると思うこと。

食費

三人のこどもが自立してから、コンビニでデザートや惣菜パックを買わなくなった。

デパ地下や、地球家族ロックフィールドの惣菜屋にもイッサイ行かなくなった。

惣菜パックは、ちょちょっと買っても5人家族だと1500円〜2000円ぐらいぶっ飛ぶ。

こどもに手がかかった時期は、メシのしたくに追われる帰宅直後の奮闘中に、1〜2品でも惣菜パックがあれば、大助かりだったから、ついつい出来合い惣菜のチカラを借りていた。それがなくなった。

今ではまったく惣菜を買わない。

ついでに、弁当(私は朝、晩)を特急列車の中で食べるから、仕事の合間に食べる昼の弁当も含めて、朝、昼、晩の三食分の弁当を持参する。水筒には紅茶。

弁当は節約生活の第一歩だと思う。かれこれ20年近く、弁当持参で頑張っている。

食費は加工品でなくて、まるごとの素材(野菜なら一個まるごと、魚なら切れ身ではなくまるのままの鮮魚)がもっとも安い。一週間でも、調理方法を変えれば使いまわせるから。

そしてスーパーに行く回数も減った。これが節約効果としては、もっとも大きい。

 

化粧品

基本は百均。口紅などは100キンで半年はもつ。

シャンプーとリンスは買わない。

今まで固形石鹸で髪の毛を洗って、なんら問題なかったのでシャンプーもリンスも買ったことがない。私の髪の毛は、美容院でほめられるほどつやつやさらさらであるが、本数が足りない。本数が激減している。はげ一直線!そこが問題だ。

石鹸は、オリーブオイル100%の450円の固形石鹸を使っている。

固形石鹸でも、とりわけ大きく固いので4〜5ヶ月は十分もつ。

肌にぬるクリームは、BODYSHOPと、食用のエクストラバージンオリーブオイル。

食料品の食用油コーナーに売っているやつね。500円ぐらいの。特価で380円ぐらい。

これは、化粧品として使用してなんら問題なかったので今まで使ってきた。

合計すると化粧品関係として、年間で2000円程度かなあ・・・

 

掃除用洗剤

家庭用品売り場には、ナニナニ洗剤・・と称して、用途別にたくさんの種類の洗剤が売られているけど、必要ないと思う。

裏ラベルの成分表示を見てみなよ。たいした成分なんて何もないよ。まったくない。

なかみはカスだよ。

私は、洗剤は使わないで掃除する。

タオルで拭くだけで、相当きれいになる。洗剤を使わないと汚れは落ちない!っていうのは、間違っている。タオル一本できれいにできるよ。やってみなよ。

重曹(ベーキングパウダー100円ぐらいの)だけでいいし、固形石鹸で十分きれいになる。

石鹸と重曹だけでピカピカにすることはできる。

あとカビキラーを100キンで買うこともあるが、基本は重曹とタオルと固形石鹸。

フローリングはアルコール(80円ぐらいで薬局に売っている)をスプレーして拭くだけ。

洗剤の合計が年間に1000円ぐらいかな。

 

クリーニング代

私はこどもたちのセーラー服もメルトンのコートもスーツも綿のトレンチも、すべて自分で洗濯する。できますよ。やってみなよ。誰でもできるから。私にもできたんだし。

素材にレーヨンなどの化繊が含まれていない(絹でも毛でもOK)なら、自宅でちゃんと洗濯できます。レーヨンは難しいなあ。ぺれぺれ、てれてれになってしまうから。

ですから洗濯の前に、ランドリーのタグはしっかり確認。

セーラー服のようにプリーツが多いと腕力勝負。生乾きの状態でアイロンをかける。

脱水しても重いし時間がかかるし、けっこう重労働ですが、その分やりがいが実感できる。

きれいに洗いあがったときには、ヤッターと叫びたくなる。

日傘も自分で洗濯できるよ。

クリーニング代はゼロ。

 

クルマ

山峡の集落である丹波市では、どこに行くにもクルマは必需品なので、中古車は必須。

私もJRを乗り継いで、さらに車も運転して、毎日通勤する。

クルマがなければ大きく節約できるが、クルマがなければ仕事に行けないから、どうしてもクルマなしで生活することはできない。ここが問題だ。

都会ではクルマなし!で生活することが節約の第一歩だと思うけど。

 

洋服その他

私が、めいっぱい衝動買いするのが洋服だとして。

もっともインパクトの強いアイテムにドカン!!と大金をつぎ込む。恐ろしい金額だ。

コートとかジャケットとか。高額でも躊躇せずに買ってしまう。10年は着るから。

目立つところに、ドバっと大金を注ぎ込み。

それ以外はユニクロか、ヤフーのオークションで500円〜1000円。

冬は、ブーツを履くからショートパンツとセーター、下にはシャツ。このパターンが多いが、ちなみにショートパンツはユニクロで500円。300円のウールパンツもある。

オークションでnitca ?(なんて読むかわからん)メーカーの短パンツを3枚購入。

シャツはバーゲン。セーターも半額。

それにしても、いったいNitcaはどういうメーカーなんだろうか・・・ダボダボ短パン。

KOOS のブーツも中古をオークションで購入。

靴はブランドを履かない。雪でぐちゃぐちゃになるから。しかしKOOS はよかった。

カバンもブランドは買わない。弁当の汁でべちゃべちゃに汚れるのが目に見えているから。

しかし10年以上着るもんには、大金を投入して、もとがとれるまで着る。もしかして、

15年ぐらい着ることもできそうに思う。だめかなあ・・・

50歳から65歳まで同じカッコでもいけそうだし・・??ちとまずいか・・・)

安くても済むアイテムは、とことん安いものを。

その使い分けがポイントだと考える。

 

エクササイズのウエア

これはですねえ。私は、芦屋マダムから見たら、みっともない・・ダサイ・・・と顰蹙ものの格好でジムに行きます。

ジム用のウエアは数年前(たぶん4年前?だったか??)に、新しいのをドッサリ買いまして、その前に買ったのが確か15年以上前でしたから、あ〜〜これで、ずいぶん新しくなった!と勝手に思い込んでいましたが、芦屋マダムは毎月?新しいウエア??で運動なさっていますから?4年も前のものを着てたら顰蹙ものです。

芦屋のジムは最新のいでたちの方が多いです。

靴も真っさらの新型、まだまだ履けそうなのになあ・・・

私の水着は15年以上前のものでして、こりゃイカンと思いました。

私のカッコは、誰がどう見ても時代遅れです。

そこで、もう、こうなったら、フツウの運動服(ピチピチのレオタード風ではなくて、Gパンもどきにトレーナー)でエアロビクスをしています。ほっといてくれ!!

私の勝手です!っと。

これが、また、これでもできるんです。できます!

やってみると、意外にも、フード付トレーナーと、だぼだぼGパンでチャンと動けます。

レオタードでなきゃ動けない!伸縮自在でないとアカン!のびのび化繊でなきゃダメ!

というのは思い込みだったのです。やってみなよ。できるから。十分動けるよ。

というわけで、私だけフツウのTシャツとトレーナーで運動しておりまして、なんら不都合はありません。それに、ヨガも、そういうフツウのカッコでやろうと思えばできるんですよ。できます。できました。できるのだ。

ですから、フツウの街着でいいんですよ。ジムでの運動なんて。

私はトレーニング用に最新式のウエアをそろえるのは無駄だと思います。節約するべし。

 

下着

これは、ダマールの下着を20着ています。

20年もちますよ。大丈夫です。破れていても繕えば着られます。

実際、あっちこっち破れていますがヨロシイ。まだまだ着られます。ちょちょっと繕う。

ちなみに、ストッキングはセシールのスーパーハードサポート

これは12680円で5年はもちます。

ただし夏はGパンで通勤するからソックスとスニーカーしか履かないし、冬はタイツなので、おもに秋と春にストッキングをはくわけで、45ヶ月の着用期間ですが、それが2680円で5年はもちこたえる。優れものです。

 

以上ですねえ。反省点は多々あります。なにしろ浪費癖がド派手ですから。

しかし節約のポイントは、見えてきました。

 

なんといっても自炊(弁当持参)がポイントです。食材に半加工品を買わずに、まるごと素材から買って料理すると、かなり節約できます。弁当持参も大事です。

私は料理がぜんぜん苦にならないから、これで節約度数はかなり上昇!

あと、冷蔵庫を毎日掃除する。冷蔵庫をちょちょっと覗きます。

これは真剣に奥のほうまで覗かないと、ときどき迷子が発生します。

奥に隠れております。

迷子が・・・

その点、ちょっとの手間でいいから毎日、冷蔵庫をサット拭き掃除すると、奥のほうにあった残り物を発見できたり。

あーーまだ使っていない食材が腐っていくう〜〜早く使わねば!という具合に、無駄な買い物を未然に防げる。隅っこに、忘れられた食材が腐っていくのを発見できます。

私は大型冷蔵庫を使わないので、おくのほう、すみっこのほう、と言ってもたかだか知れている。半径30センチ程度の守備陣営でしょうが。

なんせ小型のチビ冷蔵庫だもんね。にもかかわらず迷子は必ず発生するのだから不思議だ。

もっと不思議なのは、冷蔵庫が毎日ものすごく汚れること。

 

つぎに、本とビデオと骨董は私のドウラクなので、本はなんとかして続けるとして、骨董屋に足を運ぶ回数を減らす!これがポイントです。

そうだよなあ。行かなきゃいいんだよな。近寄らないようにするべし。

なるべく骨董屋さんには行かないようにしよう!

ふっと見てしまうと、ついつい衝動買いしてしまう!!行く回数を減らす!

 

つぎに、洋服を買わない!これはかなり厳しい!ついつい買ってしまうだろうなあ・・

たぶん買ってしまう。これって病気だろうなあ・・・バーゲン中毒・・・

そこで!毎日掃除するときに、ちらっと押入れの中も掃除して、どんな洋服をいくつ持っているのか?自分で把握する。手帳に書く。そして、常にその紙面を眺める!

(うちはクローゼットに本を収納しているため、洋服は押入れのブックケースにたたんでしまっている。本を取り出す回数が洋服を取り出す回数よりも多いため、こうなった)

これを繰り返すと、どういう種類の洋服をいくつ持っているか?常に常に脳にインプットされますから、次第に、似たような洋服は買わなくなると思います。

それと、手帳を眺めつつ「私ってこんなにいい洋服をたんま〜り持っているんだ」って満足感にひたれるから、それだけでひそかにニンマリほくそ笑みながら、心理的に自己満足できてしまう。新たに買わなくても満足できる心理状態を保つべし。

まあ・・もっと追求すると

そもそも洋服の絶対数を減らす(長らく着ていない服を処分)と、さらに整理が簡単になるから、数を減らす効果は加速されると思うので、

初歩的な節約法としては、

洋服の絶対数を減らし、かつ減らし続け、そして増やさない。

ということだろう。

自分の洋服の内容と数をきちんと把握するべし!これが節約のポイントでしょう。

 

さらに!

なぜ?節約するのか?節約が必要なのか?節約しなければナランのか??

そのあたりを心に整理して、手帳の紙面に記載し、日々決意を新たにする

これが重要であります。深層心理を極めることがポイントでしょうか?

ということは、節約はダイエットなんかと共通する「深層心理作戦」とも考えられる。

 

世間にある節約本

ベストセラーとかいう、電気代、水道代、ガス代、携帯費用の節約関係の本ですが・・

そういう小さい小さい「チマチマとちりも積もれば山となる」ふうの節約バイブルって、読むには読むけど、そのとおり実行できない(ワタクシは特に)人っているんじゃないの?

ワタクシは絶対にできません。めんどくさい。長続きしない。ので、こう考えます。

「ちりも積もれば山」っぽい節約が好きで好きで大好きでハマッテやる人は別として、

ちりは無視。ちりは関知しない。そんなもん!どうでもイイ!と割り切る。

ワタクシはそうします。無視します。だってしんどいモン。

でっかい山でっかい山だけを重点的に節約する。

ワタクシの場合は、でっかい山すなわち「洋服と骨董の衝動買いをやめる」

でっかい山を節約するために必要なことにだけ集中作戦を練る。

ワタクシの場合は、ひとことで済む。

まずショップに行く回数を減らす。

そして、自分が所有する洋服と骨董の数々を手帳に書き出し、写真にとって紙面に貼り付け、日々眺める。これだけでOK。

 

つぎに・・・

家事をこまめにやる。これが節約の初歩。

家事といっても、正統派の家事ではない。

たとえば暮らしの手帖なんかにある「昔ながらの家事」っていう伝統的家事の達人たちの名著なんかを読むとヘコムので、絶対に読みません。でも見ますよ。イチオウ。

暮らしの手帖の写真は、じーーーっと眺めますが活字は読まない。絶対に読まない。

気がめいる。

いやになる。

しんきくさい。

わたしゃ無理だ〜〜っとヘコム。

だって「達人の家事」「鉄人の家庭料理」なんかが書物として売れる現実を考えてみよ!

いまどき誰も、正統派の家事をやらないから、そういう「おばあちゃんの昔ナツカシまぼろしの家事シリーズ」みたいな本が売れるんでしょ?違うかい??

働くオンナがちょちょっと家事をやるんだから、そういう「正統派」では疲れて長続きしない。最初から、チットモやる気になれない。できるわけないじゃん。

ワタクシは、清く正しく美しい家事はできません。気が短いのだ。というか時間がない。

できないものはできないのだ。

沼野正子さん(私が好きな絵本作家)の著書「文句があるなら自分でおやりッ!」

私の家事物語(草思社)1400がイイと思います。

こういう働く女性(絵本作家として抜群の力量)が、すきでもないのに、いつのまにか家事をやってきて(沼野さんの年齢は73歳)

ふっと振り返って「自分にとって家事って何だったのか?ここらで考えようかなあ・・長い家事の歴史を・・よくもまあ長らく家事とつきあったよなあ」みたいな本が好きである。

沼野さんの本を何度も読み返して、ふんふんとうなずいている。

沼野さんの家事は必要最低限なのにモレがなく、達人じゃないのに真理をついている。

家事の達人ではない(働く主婦の片手間)

だから、真理(家事に真理があるとするならば)に到達できるのか?

あるいは、70歳なのに30代と変わらぬ感性だから真理が読めるのか?

 

ワタクシは沼野さんの家事哲学に深く同感するとともに、そこに節約という概念を付加すると、もっともっと現代風にアレンジできると考える。

つまり家事=節約という概念は、その根底に人生哲学をはらんでいると思うのであります。

 

結論です。

節約するには、ちりも積もれば山となる・・ではなく。

最初から、デッカイ山だけに重点的節約作戦を講じるべし。ちりは、この際どうでもイイ。

節約の基本は、自分でまめに家事をやる。につきる。

その根底には人生哲学が必須。

哲学があいまいだと、「なぜ?なんのために?どうして?」節約するのか自覚のないままに終わるから、達成感も成功率も低い。と思う。

働くってことも同じかな?

なぜ?なんのために?どうして?自分は働くのか?簡単でいいから「哲学」がいると思う。

 

私は、価値ある浪費(そんなもんがあるならばの話)は否定しない。

が、価値のない節約もありえると思う。

節約のすべてに、無条件に価値があるとは考えにくい。

節約なんかしないほうがハッピーなら、しないほうがイイ。

 

さて、私の節約哲学ですが・・・

ニンゲンって、最後の最後まで生きるためにお金が要るんですよね。

私が、節約に意義と人生哲学を求めるようになった理由ですが・・

夫の父親の最期を家族でのりこえたとき、ニンゲンって、きれいに死ねないものなんだなあ・・と、しみじみ考えたことが大きい。夫の父親に続いて、夫の叔父、夫の義理の伯父なんかが続いて亡くなり、いくつかのニンゲンの死に親族として対面した。

ニンゲンの最期は、生臭く気炎をあげ、断末魔の臭気は周囲のものすべてをなぎ倒し、巻き込み、家族をも疲弊させ、身体と精神をともに病ませ、そしてなかなか終末を迎えない。

見苦しい最期。そう・・おおげさな醜態である。

それがニンゲンである。ニンゲンの最期なのだ。ニンゲンのもつ執念。

ニンゲンの業と魂の怨念がごうごう、めらめらと、周囲を焼き尽くす。

それがニンゲンの最期である。

そういう地獄の入り口を、もっとも身近に体験した私は・・

ニンゲンの本質が見えたと感じた。そして・・・

人生の後半戦に入ったら、最期までのプログラムを心で準備して、いくらの貯金でどういう人生の終焉を送るのか?ちゃんと(なかなかちゃんとはできないが)計画しないと、人生って、終わってからも輝かないんだな・・と感じた。終わってから輝く・・・

人生が輝くのは、なにも壮年期の業績だけではない。

人生は、その人の最期の迎え方、過ごし方によって、残された人々のこころのなかで、いつまでも美しく輝くのだ。

逆に、最期が醜いと、残る家族にきれいな印象を残さない。

いつまでも断末魔の気炎と臭気が残るような気がする。

若いときには、まったく考えなかったことだ。ぜんぜん思いもしなかった。

これらは、

夫の父親と親族の最期を見送らなければ、悟ることができなかった真実だろう。

最期のけじめのつけ方だが、貯金の多寡で決まるわけではない。もちろん金額は関係ない。

とも思うし、いや貯金がないと人生の最期が決まらないよな。とも思う。

というか

後半戦に入ったら、最期までのプログラムを自身の心に用意して、なんども軌道修正しながら自分のシアワセのかたちを探らないといけないと思う。

その軌道修正のプログラムの一つに、貯金があって、その背景には節約がある。

シアワセのかたちは、年々変貌する。

その変貌にあわせて資金計画があって、それを支える手段の一つにシアワセな節約がある。

 

 

まあ・・そういうわけで・・・

これからは、節約!暗い節約ではなく「明るく楽しく美しく」

シアワセな節約生活に励もう!と考えている。人生後半戦の貯金を準備しながら。

そして、貯金ってのは、こどもが全員独立して、はじめて計画できるんだなあ・・と悟っている。


3月


運について

私は、自分ほど「くじ運」のない人間はいないと、生まれてこのかた信じてきた。

そう固く信じるにいたった理由は、幼稚園と小学校の受験で「くじびき敗退」した経歴による。私は、くじ引きで、幼稚園受験を2度、小学校受験を1度敗退している。

私は幼少のころ、奈良女子大学付属幼稚園と付属小学校を受験した。

当時は(いま52歳だから約4050年前の話)幼稚園と小学校「お受験」は、めずらしかったかもしれないが、それなりに志望者はおり、受験勉強も重ね、筆記と口答試験で合格したのちに最終関門として「くじびき」があった。

私は、試験や面接では順当に合格へと進み、どういうわけか最後のくじ引きで必ず落ちた。

ちなみに幼稚園受験では、くじ引きで2度落ちたため、3度やりなおし最後の最後で合格。

5歳ではじめて付属幼稚園に通うことになった。それまでは地元の幼稚園で待機。

すでに3年間通っている園児と、3年から編入合格してきた私が、幼稚園最終学年で同期となる。かなりのプレッシャーであった。

そして、幼稚園から小学校に進むさいにも、試験があって面接があり、その後やはりくじ引きがあった。

当時、付属幼稚園に通うものはめったにくじ引きでは落ちないといわれていた。

つまり不合格のくじ札は、現実には、ほとんど存在しなかったのだ。

全員合格できるようなくじの配置だったらしい。(不合格のくじはまれ)

父兄の間では、くじ引きは、単なる形式的なもので、付属幼稚園に通園している園児は、ほぼ全員小学校に合格するだろうと、公然とうわさされていた。

私はおぼろげな記憶に受験勉強(数字の大小や図形の類似、100を超える数字の桁など、文章構成や、理科の常識、文学の心得などなど)を幼稚園に通いながら、せっせとこなし、受験当日(これも、しっかり記憶しているが大きなガランとした講堂で受験した)私はずいぶんと早く試験をこなし、終わるまで待っていた母と一緒に歩いて帰ったような気がする。寒い日であった記憶がある。

そして翌日のくじ引きで、私は見事に落ちた。

同級生のなかで、たった3人しか落ちないくじ引きで、その3人の1人に私は入ったのだ。

確率にして3%以下の不合格率ではなかったか?

残り97%の同級生は奈良女子大付属小学校に進むわけだが、突然わが子だけが付属小学校に入学できないという事態に直面した両親はまさか・・と絶句した。

めったに起こらないことがわが子の身に起きたのだ。二人とも唖然とした。

急遽、両親は非常に進学率の高いエリート小学校に進学させるべく私の住民票を移した。

当時、奈良市の中心には著名な進学小学校があって、ナニガナンデモその小学校に私を送り込んだのである。私の住所をその小学校の校区に移して。

1年生の私はえらく長い長い市街地を歩いて通学した。

重いランドセルをしょって、ひたすら市街地を横切って、こどもの足ではとほうもない遠路を通学したのだ。

 

平成20年になった。吹雪の舞う如月のある日。

どんよりとした曇天に、ときおり霙か氷雨が混じる。

ふきすさぶ寒風のなか。

私は、小学校のときに通った奈良市の旧市街を歩いてみた。

驚いたことに、40年前とまったく変わらない風景がそこにあった。

奈良漬の店、漢方薬のきくおか、もちいどの商店街、元興寺、興福寺、東大寺、南円堂、東向き商店街・・・・戒壇院、正倉院、二月堂・・・

 

私は結局、幼稚園、小学校とくじ引きで敗退し続けたことから、付属中学受験に再度(というか3度目の)チャレンジをするべく、奈良市の中心にある、進学率随一の「超お受験」小学校を卒業して、競争率(当時で10倍ほどだったろうか?)奈良女子大付属中学を受験して合格し、無事に付属高校へと進学した。

ちなみに中高の受験にはくじ引きはなかった。

筆記試験のみだ。あーーやれやれ・・・

 

奈良女子大付属中高は奈良公園のはずれにあったため、またまた奈良公園を横断して、旧市街をぬけて通学することになる。

当時の私は健脚だったんだ。

公園をぬけて、東大寺と興福寺をぬけて、元興寺と猿沢池をぬけ、浮見堂をぬけ・・・

10代のころは気にもとめなかったけれど、国宝の前を毎日歩いて通学していたのだ。

 

凍えそうな氷雨のなか、52歳の私は、中高の通学路も歩いてみた。

40年たっても変わらない町並み。

道路など整備されて少しは変化が窺えるも、変わっていないことのほうが多い。

そのことが意外でもあり、やはりそうなのか・・・とも思う。

というか、変わらないでいてくれてありがとう・・・というような気持ちであった。

 

かっての「超お受験難関小学校」は、いまでは、ただの平凡な公立小学校だろうな。

びっくりしたのは、小学校の正面向かいの「粉やさん」と、学校の隣にある「帽子屋さん」が、昔とちっとも変わらないそのままの姿で営業していたことだ。

ひえ〜〜っ!まだやってるの??

いまどき「粉や」の粉源さん(その店の子と同級生)で小麦粉を買う客がいる?・・・だれが買うの?・・・小麦粉なんてスーパーで買うんじゃないのか?

粉を量り売りで買う客って、まだいたんだ・・・

 

いまどき「帽子屋さん」で(美智子皇后がかぶっているみたいな)帽子を買う?だれが買うの?・・・40年前にタイムスリップしたような。

急に麦藁帽を買った日々がよみがえった。

毎年この店で、夏休み前の1学期の終業式の日に、麦藁帽子を買うのだ。

 

小西町では、アツギの下着(ぼってり肉厚の肌着)を売っている店も、ベッチンのもんぺを売ってる店も、質屋(私は質屋の赤や緑のお姫様みたいな宝石を見るのが楽しみだった)も、豆菓子屋の(ぜいたく豆という店)もあった!

変わっていない。

40年前、いやもっと前からそのままの姿でそこにあった・・・

小学校の同級生の瀬戸物屋さんも、

仕出し屋さんも、

骨董やさんも、

写真館も、

草履の「ほていや」も、なんと・・・そのまんまで存在した。

 

そのとき、私は、突然に、しかし、はっきりと悟った。

私は世界一「くじ運」のよい人間だったのだ。

くじ引きで受験に失敗したからこそ、世界遺産や国宝級の社寺仏閣のいくつもの前を通学できた。

12年間もだ。

歴史遺産の町並みを視界におきながら12年間も通学できたのだ。

 

6歳から18歳までの多感な時期に、ホンモノの持つ輝きを日々視界におさめつつ青春を送った。

人生観の基礎を形成した12年を重厚な文化財にふれて過ごした。

さほどに貴重で価値のある建立物だとも意識せずに、目もくれずに足早に境内を通り抜けた。当時の私は医学部受験勉強で必死であったから。

よく見なかった。

いや、それが国宝であろうと、なんであろうと関心がなかった。

気にもとめない。

でも、確かに青春の背景には、社寺仏閣の風景が、しっかりと存在した。

なんとも贅沢な時間であったことよ。

 

意識しようとしまいとも、国宝も世界遺産も、私の学校生活の背景に必ず存在した。

この価値は、私だけの生涯の財産であった。

もし「くじ引き」で受験に失敗しなければ、私の心の奥底に、ひっそりと、しかし強固に根を張る古都の社寺たちは存在しなかった。

12年間も毎日まいにち、一日も休まずに、その前を歩き、夏の照り返しも、冬の氷雨も、秋の紅葉も、春の満開の桜吹雪も、いにしえの太古の神木のなかに溶けていく風情を見つめながら、歴史と人間のつながりを感じることができた。

 

この財産は、くじ運のなせる業ではないのか。

私は、くじ運のよい人間だったのだ。と思う。



エッセイについて

 

私が、気軽に読むエッセイには、女性作家が多い。

肩がこらずに、気軽に読めて、気分転換にちょうどよい口あたりの爽やかなタッチの作家として、

岸本葉子さんと、群ようこさんの二人がある。

この二人は、たいして強い社会批判も風刺もないせいか、

視点が、ごくささいな日常から絶対にはずれないために、ふん、あっーそー、さいですかいな・・フムフム・・それがどうした・・・で、

しんどくないお話ばかりがチョコチョコっと羅列されて終わる。

なるほどなあ・・と感嘆するところまでは、とうていいかない。

ぱっと読む限りにおいて、感嘆するほどの強烈な教訓が含まれない。

そこが彼女らなりに計算しつくされたミソかもしれない。

教訓めいた結論に至るまで、読者の心を支配しない。

あくまで、す〜〜っと春風のごとく通り過ぎるのみ。

彼女らの実体験から、寸部もはみでることなく、日々の出来事が連綿とつづられている。

しかも彼女らの行動範囲は、会社勤めのOLよりも狭いかもしれない。

その日常から、はみでることなく、お手軽な話が即席で、できあがるのだ。

気軽も気軽も、ほんとうにお気軽なお話である。

日常の行動半径がOLよりも、いやいや、ひょっとして主婦よりも狭いとなれば、

思考の洞察範囲も、そうそう深くない・・・ように、読者には受け取られる。

そこも、彼女らが計算のうえで演じる、売れっ子作家たる所以ではないだろうか?

 

岸本葉子さんは、自分のエッセイを「毒にも薬にもならない」などと述べているけど。

たしかに、似たような毎日が、ずら〜〜っと出てくると、ふっと飽きることもある。

ワタクシのように気の短い読者としては、ぶっ飛ばして読むことも多い。

でも・・

私は、医学関連の最新情報やら学術論文やら時事論争やら、シンキクサイ文章ばっかり読む毎日(読まざるを得ないというべきか)だから、こういう「害の無い」エッセイは息抜きには、ぴったりくる。

あーー疲れた・・と思うとき、アタマを空っぽにしてくれる、

この二人のエッセイは、風呂上りに何杯でも飲めるほうじ茶みたいに、ありがたいのだ。

お茶のあじわい・・・とでもいうべき存在であって、やはりなくてはならない著作である。

 

ちょっと気合が入るエッセイというか、論評には樋口恵子さん俵萌子さんなどがある。

この二人は議員選挙に出馬したぐらいだから、社会への提言が理路整然としている。

国政への政策提起がきっちり把握できて、その上での説得であるから、緻密であいまいさがない。

かといって、肩がこらずにす〜〜っと一気によどみなく読めるのは、彼女らの文章力のゆえか?

あるいは、彼女らも長らくの日々主婦をこなしてきた歴史によるものか?年季でしょうな。

主旨を進めるに、段取りのよい文章である。

女性作家ならではの、日常生活から飛躍しない提言が、さすがだと思う。

 

もうちょっと、というか、さらに気合が入る作家には、東大教授上野千鶴子さん。

東大の教授って、へえ〜こーなんだなー・・・さすが・・と、

勉強が勉強だけに終わらず、大学がなんたるものかを、(というか大学で教授たちが何を日々切磋琢磨して極めるべきか)を、我々に知らしめて、かつ、彼女は文章を、読者(というか講義の対象者)に応じてたくみに使い分けている。

あの手この手で、大衆に受け方を知っている。

学生には学生さん向け

(東大には東大向け、三流校にはそれなりに・・・)

教授連には識者むけ

文芸雑誌にはそれなりに・・・

幅広い読者を想定して、それぞれの知的レベルの平均値にあった論調で書いている。

 

私は、上野千鶴子さんを読むまで、東大教授の文筆には、二極しかないと思っていた。

非常に難しい、こてこてにこった文章か、

その反対に、一般人は総じてアタマの程度が低い・・といわんばかりに非常に低級な文章。

東大教授が書く低級な文章というのは、わかりやすく、読みやすく、しかしおくが深い・・などというもんではないのだ。

その逆だ。

低級な文章っていうのは、ワタクシみたいな素人さんにも、わかりにくく、読みにくく、難解でさっぱりワカランというもんである。

彼らの文章がこなれていないため。

何が言いたいのか理解できない。ものもあったりする。

オッサンの東大教授が、文芸雑誌や経済誌に載せる文章は、

たいてい難解で、どうやったら素人さんにわかりやすくできるのかがワカラン

というような文章だ。

たぶんオッサン教授たちは、わかりやすく書く方法を知らないのだろう。

しかし、上野千鶴子さんは、相手のレベルに応じて、文章を使い分ける。

だから、彼女はトコトン知力で闘う相手には論戦で負けない!完膚なきまでにに論破する。

勝たなくてもいい相手には、するりと土俵を変える。

うまいことすりぬける。

巧みなエッセイ・・というか、なんとも巧妙な文章の走らせかただな。と感じる。

根っこに、ミーハーな乗りがあるせいかもしれない。

上野千鶴子さんは、敵の多いけんかっぱやい人みたいだが、老境に入ってからは敵が減っているようだ。

 

エッセイが本領ではないが

小説家の佐藤愛子さんと、上坂冬子さん、曽野綾子さん

このかたがたは、そうとうスゴイ!

日本の激動のなかを翻弄されずに、むしろ時代を先取して歩んでこられた、その人生に非常な重みがあるが、さらに思考と思想の柔軟性にはド迫力がある。

80代後半にして、このパワーにはうならされる。

90近い御年にして、まれなる知力は、ますますパワーアップ。

こういう老人がいるとは驚きだ。といえば失礼よね。老人っていう言葉が失言。

しかし、老人には違いないぞ!

なんせ80過ぎてるのだし・・・ぜったいに老人には違いない!

でも、老人って、こういう女傑タイプと、そうでない老人との違いって、どこから生じるのだろう。どの老人も同じ時代を生きたのにね。

違いがでるんだよね。歳のとりかたで。

たぶんこの老人たちは、若いころから、一冊の本を仕上げるに、膨大な資料を読破して、現地調査を重ね、なみの人間には到達できない深さの他人の歴史を追体験しているから、猛者なんだろうね。一言でいえば、集中力と馬力の差。

 

ワタクシは自分がどういった老人になるのか・・見当もつきませんが

ワタクシは、80歳まで生きたとしても、こういう御仁には、とうていなれないと思う。

ワタクシには根性がありません。

50歳にして、すでに、ワタクシは集中力と馬力を喪失しつつあります。

ですから、こーゆー老人を見るとワタクシは脅威です。

 

 

もっとほかにもエッセイストはいると思うが、男性作家では林望さんの文章をよく読む。

イギリスはおいしい・・は、何度もぼろぼろになるまで読んだ。

林望さんもいいが、須賀敦子さん、戸塚真弓さんもいい。

林望さんのイギリス、須賀敦子さんのイタリア、戸塚真弓さんのパリ。

日本人が外国に住む。そしてその地の文化を愛する。

っていうことは、その国でちゃんと生活することであるってことを、さらりと理解させてくれる。林さんも、須賀さんも、戸塚さんも、その地で日々のありふれた生活を送る、すべてのシーンを大切にしているのだ。

異国の文化とは、こうやっ手で触れて会得するモンかな。

毎日ふつうに生活しながら・・・

 

 

エッセイは、我々の目にふれる機会がもっとも多い一つの著述のジャンルだと思うが、

あっこの人の視点はいいな・・と感じるものは、読む人の、個々の好みにそうかどうかにかかっていて、1人ひとり、人間が異なれば、気に入る作家も異なるから

ワタクシの、おきにいりのエッセイストは、案外に限られているような気がする。

相性の問題なのか?

 

 

そこで、ようやく最初に紹介した二人に話はもどるが・・

岸本葉子さんと、群ようこさんは、

じゃあ、簡単な日常しかかけないのか?

人畜無害でお気軽な作家なんですか?

膨大な資料の検証から現地調査すらしないから、全然たいしたことない作家ですか?

議員にも立候補しないし、社会に提言すらできないオンナかいな?

半世紀を体験しても老獪ではないから、あくまで軽〜〜い、中年オンナの独り言かいな??

教授ではないから、ただの市井の人かいな??

 

という話なんですが。

私は、岸本さんも、群さんも、そうとうスゴイ!と思います。

 

この二人のことを、私が気に入った理由を書きます。

 

まず・・・

エッセイを大量生産できる作家というものは、机に向かって日々書くことを肉体労働&知的生産物とわりきってると思いますが。

彼女らは、日銭を稼ぐ手段として、ず〜〜っと途切れずに書き続け、収入確保の道をえんえんと続けている。

この姿勢はキャリアウーマン!

作家が、きちんきちんと、もくもくと、ひたすら目の前の仕事を片付ける、ただのキャリアウーマンであるって現実を、われわれはあんまり認識しないけど、

岸本さんと群さんの書く作業は、キャリアウーマン的な単純作業です。

デスクワークのOLと同じ。

だから、彼女らの著作は芸術ではない。文芸でもない。

原稿用紙を淡々と埋めていって日銭をコツコツ稼ぐ。これは日雇いキャリアと同じ。

ただの単純労働です。

でも、出版社から、コンスタントに書く仕事がやってくる根底には、二人ともきちんと締め切りを守り、時間厳守であって、いいかげんな仕事をしないからだと思う。

キャリアウーマンの基本をきっちりと律儀に抑えている。

だから編集者の評判はいい。かしこい優等生だ。お金になる著作法を会得している。

そしてコンスタントに何がしかの文章を途切れずに書く才能こそが、作家だと思う。

 

つぎに・・・

性格がいい!

岸本さんも、群さんも、すっごく性格がいいと思う。

気品のある人格だと思う。

育ちがいい。

家庭できちんとしつけられた品格とも言える。

そして、よい友人関係を持ち、それを長らく維持できている。

これって、そうとうスゴイ。

どんな仕事においても言えるけど

性格がよくて、よい親友がいて、交友関係が上質の人って、キャリアウーマンとしての仕事も超優秀。いい人生はいい仕事と同格である。

それはどの世界でも同じだと思う。

ホンモノの交友関係という財産を築いたキャリアって、やはり才能があるってことだよ。

 

さらに・・・

二人とも結婚していない。

二人とも結婚しないかもしれない・・と、漠然と感じ、そしてそういう人生(夫もこどももいない生活)を愉しみ、自分の生き方を自分で認めている。

あせらないし、妥協しないし、他人と自分を比較して落ち込まない。

他人は他人、自分は自分だと、若い時代から心に実現できている。

しかし孤立するでもない。二人とも、仲間と一緒に歩調をあわせる処世術に長けている。

今の時代に、これは結構スゴイと思う。

これって、ただなりゆきで作家になって、なりゆきでシングルの人にはない

人生の重みがあるよね。

二人とも、エッセイの中味以上に、しっかりしている。

これは、背伸びしたり虚栄の強い作家連にあって、稀有な存在では?

 

そして・・・

生活が地味。ものすごく地味。ごくフツウ。

群さんは着物三昧のエッセイから、度派手な浪費癖を想像するが、群さんの自宅のマンションのインテリアを見よ!すごい地味。ソファなんか、すごく地味。

岸本さんも、あたりまえに節約できる人。

二人とも、この対象(たとえば家賃とか、食材とか、洋服など)にこの値段は妥当でしょうか?という金銭感覚が、まっとうである。

『なんぼなんでも、高すぎる!』と思うものには手を出さない。

群さんの着物ドウラクでもそう。金銭感覚が、すこぶるまっとうである。

そして、自宅で自炊しているが、二人とも料理上手だと思う。

岸本さんは「暮らしとごはん」という調理写真つきの本も出しているし、料理はお手の物みたいだが、A級グルメっていう方向での料理上手ではなく、手際よく短時間で栄養価と味付けの両方を満たす料理を仕上げるっていう意味で料理上手だ。

群さんも自分では手抜きといいつつ短時間で上手に何品かを作る。

こういうフツウの生活がきちんとできるお金を大事に節約する作家であることに、ワタクシちょっと気に入っているのでアリマス。

 

そして!ここがポイントであるが!

群さんは、猫を描かせたら、右に出るものは絶対にいないと思う。

椋鳩十なんてなんちゃない。シートン動物記もなんちゃない。

群さんの猫ちゃん記、トラちゃん、ビーちゃん、しいちゃんに関する著作を、絶対に超える作家は出てこないと断言できるほど見事。

猫をいきいき描ける作家である。

岸本さんも、『癌からはじまる』『40歳でがんになって』『がんから5年』などの

癌を体験した著作は、私が医者の視点で読むせいかもしれないが、

ここまで患者の心理を詳細に描ける作家はいないと思える。

そして・・・群さんの猫ちゃん、岸本さんの癌体験

この2つのテリトリーは彼女らの他の追随を許さない独壇場である。

群さんは、作品の材料にしたいがためにもくろんで、猫好きなわけではない。

岸本さんは、著作に反映したいがために意図して癌になったわけではない。

偶然である。

でも、このテリトリーは、彼女らが作家であるゆえに、貴重な素質を開花させた神の恩恵みたいな気がする。

群さんの猫ちゃん日記

岸本さんの癌体験記。こういう作品は、やっぱりこの二人の筆力あってのものだと思う。


4

ログハウスは、山岳地方に位置するから、3月の中旬まで雪が見られる。

じっとしていると非常に寒い。

テラスからの庭の眺めも、周囲の山並みも、寒々としている。

3月の末の寒波の日。うすぐもりの空は、まだまだ冬の気配。

ひさしぶりに、ログハウスを訪れた。

驚いたことに、一見すると枯れたまま眠っているように見える庭の木々だが。

まさか・・・こんな寒い時期に芽が出ているなんて・・・

よーく見ると、あちこち芽が出ている。

時期が来れば、いっせいに花を咲かそうと、植物は自分で準備している。

う〜〜ん・・・

そういう力は偉大だ。

 

ちょっと驚いたのは、ラムイヤー

これは昨年の梅雨時分に5株ほど植えたのだが、

長雨にたたられて、水浸しの中でうちひしがれたような、哀れな格好だったから、この地方には向かないのか・・・と、諦めていたのだ。

この草って、ピーターラビットの絵本に出てくるような具合には、勢いいっぱいに育たないんだな。

と、あきらめていた。ところが・・・

なんと勢いよく育っている。

これはちょっと意外だった。

そのほかにも、昨年植えた時期には、無残な状態で、『育つ環境が悪くて実力が発揮できませ〜〜ん!』というような、惨敗状態のハーブが多数。

ところが!

結構がんばっている。今年はそうとう頑張っている。

そうか・・・

時期があるのだ。

伸びる時期があるのだ。

自然の摂理にそった時期に、昨年の惜敗をきっちり挽回するのだな。

 

まともな庭にするには、最低でも三年はかかる。

そう思う。

その植物の個性と本来の実力を、こっちが把握するのに、三年は十分かかる。

そういうことなのだ。

 










ログハウスの庭は、昨年ようやく手を入れたばかりで、3年まえに購入したとき、その庭は雑草にまみれた荒れ野であった。

どこから手をつけたらよいか・・・途方にくれるほど、そこは草ぼうぼうの斜面であった。

土の底から壊れた土器の破片やら、鉢植えの朽ちたのやらが、半分顔を出して、雑草がその下から押し上げていたりした。まあ・・そうとうヒドイ状態で放置されていた。

 

造園のプロを頼って整地したのが昨年のこと。造園のプロでも急斜面でおまけに土と岩だらけの泥の整地には、半年以上を要した。

プロが地ならしした地面にあれこれと手当たり次第に植えたのが、昨年のこと。

そして今年は、2年目に入る。

3月の中旬までは、凍えるような寒い夜もあったので、芽が出るのはずっと先であろうと

想像していたが、

4月も半ばを過ぎると、突然いっせいに芽が出始めた。

芽吹きは、突然である。

遠くから眺めると、さほど変化が窺えないが、じっくり近づいて見ると、たしかにぐんぐん新芽が伸びている。

 

さて・・・

 

地面をよーく見ると、たくさんの芽がにょきにょきと出ているが、どれが雑草で、どれが去年うえたものなのかよくわからないのだ。

去年植えた草花の多く(90%以上)が、多年草で宿根草だから、翌年芽を出すのはあたりまえなのに、その当たり前のことを、私はすっかり忘れていた。

いや、もっと極端な話だが、去年その場所には、何を植えたのかしらん?何も植えていなかったのかしらん?どっちでしょう??植えたか植えていないか?

そこんところを、どうしても思い出せない。

どう頑張っても記憶がさだかではない。

自分で植えておきながら、なんとも情けない話だが。

まあ・・・しばらく芽が育ってきたら、いずれ何かがわかるやろう・・・

私は根がものすご〜〜くズボラでイイカゲンなタチであるから、深く考えないことにした。

こういうとき、園芸家のスケッチブックなんかを見ると、きっちりと図面に植えた植物が記載されている。

そうなんですよ・・・記録しておくべきなんですよ・・何をどこに植えたのかを・・・・そこがポイントなのよ・・・

ところが!ズボラな私にとって幸いなことに、 

雑草と、宿根草の違いは、深く考えなくても一目瞭然であった。

宿根草は、ある時期から厳然とした、強い意欲をもって、ぐんぐん伸びるのである。

そんじょそこらの雑草と一緒にしないでもらいたい!といわんばかりに、強く伸びる。

その力強さに、私は、はっと胸をうたれる思いである。

確固たる強い意志と意欲をもって、きっぱりと伸びる。

雑草とは厳然と区別される育ちかたである。

こういう姿勢は、雑草と自身の血統の違いをしっかり認識させる「出自の違い」というものを、宿命として、なだたる植物は持っていることを、私に知らしめる。

私は驚いた。

へえ・・・そうなんか・・・宿根草は、力強く、翌年も芽を出す。

それも、昨年ふるわなかった分を挽回するかのような勢いで。ぐんぐんと伸びる。

結局、庭のあちこちに植えた昨年の宿根草は、時期がくると過たずにキチンと芽を出し、昨年よりも見事に繁る様子を見せている。これは、私にとっては、かなり衝撃的でしたわ。

去年イマイチだったから、今年はしょぼくれて、生えてこないのとちがうの??枯れたのでは??

などと、あまり期待していなかったのに、この勢いが宿根草たるものなんだ。

私は、ガーデニングというものが、2年後、3年後、4年後そして10年を想定して進むものだと感じたのだ。

ガーデニングは、壮大な長期計画のもとに実行するべきなのだ。

私のように行き当たりばったりのニンゲンには、やや性分にあわないプロジェクトかもしれない。

 

日本にイングリッシュガーデンを伝導した、造園家のケイ山田さんは、

『お金はぜ〜〜んぶ庭にうずめました』と述べているが、

う〜〜その意味も気持ちも、ちょっと理解できるぞ〜〜・・と思う。

翌年も、その翌年もきちんと期待にこたえてくれる園芸という植物の魅力にはまってしまったら、全財産をつぎこむケイ山田さんも、ありえる。

例は悪いが、数十年後の投資みたいな。

さほど不思議ではないような気がする。わかるなあ・・・その気持ち。

でも、私は、全財産なんてつぎ込まないけどね。

 

『庭はもうひとつの部屋である』

これは真理を言い当てていると思う。

ランドスケープデザインというのは、ごく普通の生活でいきる感性である。

 

ところで・・

・・・・・振り返れば、50歳ジャストで山小屋と庭を手に入れた意味は大きいと思う。

都会の自宅と診療所を往復していたのでは気がつかないであろう

自然の効用と、都会の利点のどちらの大きさにも改めて気がついた。

ニンゲンにとって、自然も都会も、両方ともに大事な環境である。どちらを軽視しても豊かな人生はなりたたない気がする。

さらに・・

そして、こうやって毎年、庭が育っていくと同時に、

自分はしだいに年老いていくことに、気がついた。

私は、あらためて周囲の医者仲間たちを見回した。

自分の老後をきっちり覚悟している医者って何人いるのかしら・・・

漠然と年をとる現実を素通りしているだけかもしれない。

庭を整えながら、私は自分の医者としてのありかたを次第に考えるようになった。

それって、

やはり

庭があっての自覚だと思う。

自然にじかに触れないと、ニンゲンは自分も生き物であって、日々しぜんに老いることを悟らない性なのか・・もし、都会と田舎の往復で診療を終わっていたら、そういう老いるという日常に、無頓着に過ぎたかもしれない。

 

医者なかまを見回して感じるのは、確かに開業医は定年がない。

ず〜〜っと死ぬ直前まで開業の看板をかかげて診療することは可能だ。

80歳でも、90歳でも診療し続ける医者もいる。

でも

もう10年早くリタイアしていたら、もっと別の人生後半戦があったのではないか?

そう思える先輩がいる。

先輩のなかには、70歳定年者が多いが、

あと10年、せめてあと10年早く定年できたら、その先輩にとって、もっと違う生活はなかったのか?

そう思うことがある。

医者なかまだけではない。

ログハウスで別荘ライフを愉しんでいる熟年世代を見るに

もう10年早く別荘ライフを始めたら、よりいっそう愉しむことができたのでは。

と思うことがある。それは、やっぱり、別荘(山でも海でも)ってのは体力が必須だからである。あたりまえのことだが、山の斜面をぼ〜〜っと動くだけでも体力はいるのだ。

 

 

ある日

非常に風の強い、しかし頼りない日差しにも春の訪れを感じるある日・・・土を耕しながら、吹きすさぶ突風に、帽子を飛ばされまいとして、しゃがみこんで、ふと地面を見た。

地面には無数の芽立ちがあった。

その瞬間、突然のことだが。

自分が何歳でリタイアするべきか。

ちゃんとタイムリミットを決めるべきだと気がついた。今すぐに決めるべきではないか?

そして、リタイアの刻限から逆算して、今、どういう準備をするべきなのか、気がついた。

というか、決心した。

これは庭と山小屋のおかげで手に入れた人生設計の礎だと思う。

自然と寄り添って生きることがなければ、漫然と歳をとっていたかもしれない。

都会は人生の時針を無為に狂わせるから。

都会の白昼夢のなかで、自分のタイムリミットを見極められないだろう。

都会では、何歳であれ、老人も若者もさほどリアルに体力の違いを自覚できる機会がない。

 

人生の一幕目

人生の二幕目

そして第三幕は・・・どう切り開くべきなのか。急に視界が拓けて霧が晴れたように見通せたと感じた午後。よし!第三幕はどうやって過ごすにせよ、自然から学べる環境にしよう!自然から教えを請おう!などと、あいまいだが、その午後に決心したのだ。

 

まあ・・老化現象の第一歩は、老化を現実のものとして受け止めるところから始まるわけでして、私の場合は、それが早くリタイアして自然に学べ!ということだったのか。

2008年は元旦から五十肩で幕をあけ、白内障と更年期障害を驀進し、突如として老化がぐんぐんと迫ってくるのを感じた。

老化の気迫は、なまはんかではなかった。サーフィンでいうところの、何年かに一度遭遇する、ものすごい波!っていうような感じである。ワタクシはサーフィンなど一度もしたことないから、推測にすぎないが、まあそんなもんではないかな??

 

ある風の強い春の午後

私は、よし!!10年早くリタイアするっ!そして自然と親しむのだ!と強く決心した。


5月

ランドスケープデザイン

4月から、京都造形芸術大学ランドスケープデザイン学科の通信3年次に編入。

がんばって、勉強を始めている。

まず手始めに・・・4月中旬には・・・

送られてきたダンボール2箱分のシラバスを一通り読むだけで2日がかり。

いんにゃ、ダンボール箱から本を取り出すだけで1日かかった。

たくさんある教材を確認するのに、またまた2日かかり。

(それにしても、たくさんあるなあ・・・ダンボール箱2箱ですから)

何が書いてあるか内容をざっと確認するために、教科書に簡単に目を通すに、またまた2日かかって、さて課題の内容をワープロに写す(課題を、そのまんま書き写すだけですよ!)のに1日かかってしまった!

通信の場合は、課題がわからないと勉強のしようがないのだ。

とっかかりがない。なにせ授業がないのだから。

まずはじめに、課題をきっちり写すしかないのよ。しかし、途中でダウン。

巻末の参考図書などなど文献の検索の方法などは、もう、メチャしんどくてパスしてしまった。

学校に行ってから教務学生課で聞いてみよう・・・メチャしんどい。もうっ!やめたっ!

そして・・・つい・・・こういうしんどい作業の途中にて、

あ〜〜そうやった・・・と、3年前の記憶がよみがえった。

3年前に英国MBA修士課程を修了するまでに要した莫大な勉強量の密度を、思い出して、ちょっとだけヘコンダ。

あ〜〜また、あの勉強が始まるのかしらん・・・と思うと、多少はメゲタ。落ち込む。

 

というのも、私は根がノー天気なタチであるから、MBAのしんどい勉強の日々をけろっと忘れていたのだ。

そういえば、そんなこともありましたよねえ・・・など、すっかり忘れておった。

あの勉強の毎日を、なんとかして思い出そうとしても、思い出せないほど遠い記憶になっちゃったような・・そういった超お勉強漬けの日々が、一瞬だが、思いもかけずによみがえった。

しんどかったよなあ・・・またしんどい日々が始まるのか・・と、しばしヘコンダ。

でも、まあ、なんとかなるやろ。

なにしろ、MBAのときも、寝るヒマもなく勉強したのに、今ではすっかり忘れているぐらいだから、なんとかなる。

 

芸大の勉強も、いずれまた、楽しく過ぎるのではないかいな・・・やればなんとかなる。

このようにして、ノー天気な私は、またもや大学生に変身したのである。

4月から、3回生として大学に通っている。

ワタクシは、そもそも懲りない性格ですよねえ。

医学部博士課程の大学院で4

このときも、そうとうしんどい目をしてメゲタ。チカラつきてダウンした日々もあった。

その前に医師国家試験に合格するための勉強でふらふらになった。

そのうえ

MBA修士課程で2

これは、医学部に比べれば楽勝!超楽勝!お気楽な生活!

であったが、自身も20歳は年取ってるから、ハードには違いなかった。

そうそう・・・医学部博士課程のときより20年以上年老いていたのだ。

でも内容が平易だし、文献検証もMBAは、きっちり論証しなくてすんだから、医学部博士課程に比べればなんということはなかった。

そして52歳にして芸大のランドスケープデザイン学科に入学。

これは、3年から編入なので、2年間で、最初の2年分をぶっ飛ばしてやることになる。

52歳でっせ〜〜

MBAのときよりも、もっと年取っているからメゲルに違いない。ヘコムだろう。

でも、まあ・・・なんとかなるだろう。

 

私は勉強が好きなのだ。

そして勉強を実地で生かせる領域が好きなのだ。

なんと、わくわくするではないか・・・分厚い教科書を前にルンルンしている。

 

MBAは、英国の出先大学院だからキャンパスはない。

ビルの狭い部屋を借りての授業と、ホームワークのみ。

ほとんどが、自習のスタイルをとる。

大学独自のキャンパスがないとイマイチだ。

 

芸大は、京都瓜生山にキャンパスがある。

キャンパスのある大学に通うことは、ちょっと胸がわくわくする。

どんな世界が待っているのかしらん・・とドキドキする。

 

ここまで書くと、えらい優等生みたいですなあ。

本当は違います。

 

課題を読んで、教科書に目を通して、何が書いてあるか?ざ==っと読み進んで、

きっちりバテタ。

ちょっと嫌気がさした。

でも、数秒後には、また気を取り直して、読み進んだ。

何度も読むうちに、ようやくランドスケープの世界が開けてきた。

ま、がんばろう!

 

MBAは、学問ではない。資格でもない。しいていえば、よりよく生きるためのスキルを磨くための自分探しか。

論文はない。確立された学問ではなく、その時々の経済事象を分析し検証するのが経済学だとすれば経営学は、それを戦略として提案するプランか?

プランであるから、たかだか3年前にMBAを修得したときに王道であった戦略が、今、現在は、まったく的外れな議論であったりする。

それは、そういうものであろう。

株価も為替も予測不可能な世界だから戦略も、失敗は必定。

MBAは、そういった予測不可能な事象から先手を読み取る算段を、学術っぽく議論する場所であって、学問体系ではない。

芸大は、驚いたことに学問体系だった!

これはちょっとスゴイナ!と思った。

それに・・・

MBAでは、勉強すればするほど、日本の未来が暗礁に思える、負の要因に満ちている。

日本に未来はないのか・・・と、めげてしまう。

芸大は、ここでも驚くのだが人間、人類の未来が、希望に満ちていることを、うっすらと教えてくれる。

そして、なにより、芸術に国境がないこと。言葉が要らないこと。地球環境が人類全体の財産であることを、教えてくれる。

これって、ちょっと、明るい!たしかに明るい未来なのだ。

 

じゃ!勉強!

 

5月・・・

京都造形芸術大学通信学部の課題をかじり始めた。

課題を完成して提出した!・・というのではなく、ちょこっとかじり始めただけ。

いまだ、提出できた課題はひとつもない。

どれもこれも難しくて、どこから手をつけたらいいのか、さっぱりワカラン・・・

ぱっと見たところ、この分野の学問は、かじっても、かじっても歯が立たない領域だ。

歴史が深い。

哲学が深淵。

建築と、美術と、科学と、環境と、心理と・・あらゆる領域が複雑にからんで一筋縄ではいかない感じ。

農学と植物生態学みたいな側面もあるし、

デッサンや製図の能力が要求される側面もあるし、

景観と、風景と人生とのかかわりみたいな哲学的な精神性も要求されるし、

人間が生きる意味みたいな禅チックな領域もある。そうかと思えば

植木屋さんみたいな実技もある。植木の剪定実習とか。

エコロジーもかかわってくる。

 

植物日誌をつけるだの、スケッチ50枚提出だの・・・できるのかしらん・・50枚も。

 

なんといっても通信ですから、かじってかじってかじって・・・

しかし、どっかでテキトウに折り合いをつけて課題を終了しないと、次のステップには

チットモ進まないわけであるが、そのテキトウなラインが、どのあたりなのか?

サッパリわからない。

つまり、私が今までどっぷり浸ってきた世界と肌の感触が異なるため、折り合いのつけかた(まっ一言でいえば手をぬくところ)、引き際が見えないわけである。

ラインが読めないというか・・・

これって学問的に、そうとう深いなあ・・・というのが正直な感想。

 

MBAなんぞは、ある意味、まったく深くなかったから、レポートなんかは、半日もあれば、ちゃっちゃちゃっと自信作が書けた。

筆先が滞ることなく、すらすらレポートは書けた。

そして、返却されたレポートには、たいていの講座でストレートA判定がずらっと並んだ。

A判定でないレポートのほうがまれだ・・などと感じていたほどだ。

でも、ランドスケープデザインは、そういうわけには行くまい。

Aどころか、DやEもありえるなあ・・・絵も下手やしなあ・・・

MBAは、私が今まで生きてきた世界と近い。

ランドスケープは、これまで私が生きてきた世界との共通項が見えない。

 

あ〜〜やれやれ・・・

ちょっと気がめいったが、MBAと違って提出期限がないから、何度でも再提出したらいいのだ。Dでも、Eでも、Fでも気にしないぞ!と割り切ることにした。

 

そうは言うものの、ほんとうは、提出期限はある。

あるにはあるが、死守せねばならない!という話ではない。

MBAは、期日に遅れたら失格。完璧にアウト。

その点は、厳しかったなあ・・

でも、これは、私にとって、ちょっとした進歩だ。

なんせ、割り切って手を抜くことが、下手な性分でしたからなあ・・・

私は、おおげさに言えば、芸大生になって初めて「おりあいをつける」「ぼちぼち」などと、気を抜くコツを見つけたと思う。

どこに集中して、どこは気を抜けばいいのか。

気を抜くのは、どこに集中するべきかを図るためだということも悟った。

肩の力がぬけたと感じた。

これって、チョットした変化だ。

ニンゲンは何歳になっても変わるのだ!芸大生になって、私はちょっとだけ変化した。

 

「提出期限も、遅れたら遅れていいじゃんか」「納得できる作品がかけるまで気長に行くぞ」と、ゆっくり構えることにして、あまりガツガツしなくなった。

 

そして5月・・・私は、1回目の芸大の授業に出席して

人生で初めて「学校の価値とは何か?」に気がついたと思う。

いまさら?目からうろこ!・・・の感慨なのであるが、電車を乗り継いで、学校に行って、まず自分の席に座って、あたりを見回し、臨席の同級生と話しをして、教官にいくつか質問をして、授業を聞く。

たった90分の授業での、これだけの単純なプロセス、今までさんざん経験してきたはずの授業という90分のプロセスを通して、

私は、自宅学習だけでは(かじってもかじってもおぼろげな片鱗さえ姿を現さない巨大なまっ暗い塊)と感じていたランドスケープなる学問の全体像をつかんだ気がした。

その日、私は、たった1日で、全体像を把握した。

大きな真っ暗な塊が、透明なカーテンの波のようにはるか遠くまで見通せた。

授業とは偉大な空間作業だと思う。

自宅の机で教科書や参考図書を幾冊読んでも、ち〜〜っともアタマに響かなかった文章が、

90分!たった90分!の授業というフィルターを通じると、いきいきと語りかけてくる。

あ〜〜これって、そういう意味だったのか・・・

ヘレンケラーが「ウオーター」と叫んだ心境(というとエラクおおげさになるが)で、

わかったぞ〜〜!!と叫びたい気がした。

自宅で本を読んでも、まったく歯が立たない閉鎖空間と感じていたランドスケープを

急に開かれた視界で遠景まで見通せる高台に立って眺めている、そんな気分になった。

これは教官の講義だけではない。

同級生の授業への関わりだったり、

同級生との、帰途でのたわいもない会話だったり、

教官がなにげなくもらした雑談だったり。

そういう要素が「学校の価値」であり「学問を提供する場」なんだと悟った。

これは通信に入学しなければ、実感できなかった現実であろう。

私は、いままで何気なく見過ごしてきた「学校とは参加するすべての要素で構成される価値」ってことに気がついた。

そうだったのか・・・そうだよなあ・・・授業に出てはじめて理解できるんだよな・・・

 

芸大って授業を通じて多くを学ぶ場所である。人生を学ぶ場所かな?

 

もうひとつ・・・

芸大の構内をすいっと歩くだけで、いつもの自分から解放される。

この感覚は不思議だ。

今まで経験したことのない新鮮な世界だ。

ここは大学の構内だ。学問の場だ。しかも何かの作品を生み出すところだ。

だれもが製作にうちこんでいる。

そういう緊張感があふれている。

ここでは、テラモッサンは、ただの生徒である。

フツウのおばさんである。

どこにでもいる、フツウのおばさんである。

今まで、どこに行こうとテラモッサンにはドクターという肩書きがついてきた。

ここでは、そういう肩書きは、ない!

そう感じた瞬間!す〜〜っと気持ちが楽になって、なんだか自由を得た気分になった。

わあ〜〜い!ここでは、テラモッサンはドクターじゃないのだ!

なんて自由なのだろう!私は、この空間は手放したくない気がした。


6

京都造形芸大のランドスケープデザイン学科の宿題に、連日連夜苦しむ。

 

宿題は、いろいろあるのだが・・・

まずは、50枚のスケッチ。

これが、難儀なんだわ。

なにしろ私は12歳を最後に、絵筆をもったことがない。

お受験専門!進学校で学んだため、まともにお絵かきの授業をこなした記憶がない。

受験問題なんかは、今、この歳でも、すらすら解ける。これは不思議なんだが。

数学Vでも物理UBでも化学Uでも解答できたりするのだ。

しかし!!

絵を描くなんて、40年もやったことがない。

だから1枚もかけない。

絶対に描けない。

 

ものすご〜〜い!下手。へたくそな絵しかかけないのだ。

絵とは、よべないシロモノ。

 

それが50枚でっせ!

 

もう不可能な枚数ではないか。なんですって!50枚だと〜〜

めげて、へこんだ。悩んで寝込んだ。

知り合いの画家に悩みを相談すると

(ワタクシが、絵がものすご〜〜く下手で下手で、しかも12歳から一回も絵をかいたことない・・・という話)

彼は、40年間絵をかいたことがない・・という話には正直ギックリとのけぞっていたが。

『なんでもいいからスケッチを続けると、ものを見る見方が変わってくる』

『ものの見え方が変化する』

と言った。

そして、その言葉は、すぐに実感できた。

スケッチを始めて1週間もたつと、周囲を見る自分の視点が確実に変化している。

これは、新鮮な驚きである。

 

ところで・・・

 

『ランドスケープなんかやって、何がわかるんですか??』

と聞くヒトがいる。

そういう質問には『さあ〜〜何がわかるんでしょうねえ??』と答えるしかない。

まともに相手をするだけ時間の無駄。

めんと向かって、真剣に答える気にはなれない。

どうせわかりっこない。

 

ただし、私は、こういう質問に対し、自分のなかで、明確な答えを持っている。

それが歳をとるってことだと思う。

 

ランドスケープデザインに限らず、何かを学べば、着実に自分のなかに成長できる引き出しが用意されていて、その方向に芽を出し、いずれ開花する。

それは、学ぶ前から確実に予測できるようになった。

それが歳をとるってことだと思う。

学ぶことから、自分のなかに何が起きて、自分はどう変化するか?

予想できるようになった。

哲学を学べば、哲学の方向に。

政治学を学べば、政治学の方向に何かが芽を出す。

 

スケッチを学べば、人生の引き出しからは、スケッチによって発芽する要素がぐんぐん伸び、なにかのカタチで花が開く。

この歳になれば、そういう人生の引き出しがいくつも蓄積されて、何かのきっかけで、ぐんぐん伸びる。

その道程が人生を豊かにしてくれる。

愉しい時間である。

しかし、きっかけを作らないと芽はでないのだ。

それが現実だ。

きっかけを与えないと、引き出しは開かない。引出があっても錠は閉じたまま。

そのためには、何かを始めねばならない。

何であれ、何かを学べば、その瞬間から自分のなかで、何かが芽生えて、ぐんぐん伸びる。

そういう実感がある。

 

でも・・・そこまで到達するに、人生50年はかかったよな。と思う。

あと10年若くても引き出しが準備されていない。

あと10年老いても、引き出しが閉鎖されているかもしれん。

 

『ランドスケープなんかやって、何がわかるんですか??』と聞く、その若い世代に戻りたいか?というと、私は戻りたくない。

やっとここまで来たのだ。

やっとの思いで、ようやくここに来た。と思う。

若いということは、何の引き出しも持たない。ということで、

何かを学んでも、それはそれで、その時点でとまってしまう。発芽まで、まだまだなのだ。

引き出しが準備できていないからだ。

そういう年代に戻りたいとは思わない。

 

ワタクシの場合、モノを所有して豊かになる時代は過ぎて、

今からは、モノを理解できて豊かになれる時代に入る・・・

「知る幸福」そういう気がする。


7

京都造形芸大の3年次に編入してから3ヶ月になる。

通信教育であるから、自分で勉強して自分で解決しないと、スクーリングに出席して座っているだけでは、何も得るところがない。

スクーリングというのは、寝ていても出席していさえすれば単位が取得できる。

まあ、これは通学でも同じことが言えるけど。

 

 

提出した課題

その1 

50枚のスケッチ 絵を描いたことがない人間が初めて絵を描くとなると、なんともはや死に物狂いになってしまった!歩いていても、何かを眺めていても、あっ!!これを描こう!よしっ!描くぞ!!今から描こう!というようなせっかちな意気込みになってしまって、毎晩3時間以上もスケッチに徹す。

翌朝もその続きを描くわけで。毎日連続でひたすらお絵かき。お絵かき。お絵かき。

 

その2

製図 ランドスケープであるから図面を書く。数学とくに幾何学が好きであった私は、紙のうえに図形を書くのは、ちょっとだけ好きであるからこれはすばやく出来た。

が、イマイチ。かなり下手である。絵が下手すぎる・・ってことは図面も下手ってこと。

 

その3

植物図鑑 30種類  これは、すぐにできたが、やっぱりイマイチ。図鑑を調べたり植生を勉強するのは、図書館に出かければすぐに出来る。1時間で充分なのだが、植物の写生がへたくそで話にならない。芸大はナニゴトモ絵を描かないといけないのが厳しいですね。

まあ、いいか・・・30枚で提出。

 

その4

造園用語の説明 50項目

これも事典で猛烈に調べまくる作業であるが、用語説明なんぞ3時間で終了できるではないか。すぐに出来る。なんていうのは大きな間違い!

ごくごく基本単語50項のはずが、えっつ?ぎょえっ!よくわからないぞ。

何?何ですかこれは?というような単語もあって調べるのに1週間かかってしまった!

 

その5

色彩の科学

これはレポート課題もあり、レッスン(色彩レッスン)もあり、へとへと・・・

(色をめぐる114のレッスン)っていう課題なんぞは、1ヶ月以上はかかってしまった。

 

その6

模型の制作

工作が徹底的に下手な私は細かい作業が苦手。しかも、作製した模型を写真にとってレイアウトしろだとっ!?A3で提出しろだと!?

デジタルカメラを持っていない私にどうしろというんじゃあ?!買えというのか?!

お金がないというのに・・・芸術って思いっきり金がかかるってことかいな?

しかも太陽光や蛍光灯はつかわず、フラッシュも絶対にたくな!?

そんな写真とったことないぞ!

光と影のアースワークを作製せよ!だとぉ〜・・・

ひえ〜〜っ!幼稚園児みたいな模型が出来てしまった・・・

この模型は、誰がどう見ても幼稚園児の工作だ。不細工だ。

まあ、ヨロシイ!いちいちめげていては、先に進まないのだから。

前だけを向いて歩かないとね。

振り返ってはイカンのよね。

ダイイチね。ものすご〜く模型だの絵だのが上手な人がいたとしませう。

もし、そーゆー人がいるなら、芸大の通信なんかに通学する必要はありません。

そーゆー人はそれを生業にすべきだし、プロとして仕事すべきだし、講師として活躍してもヨロシイ。とにかくそーゆー特技を仕事として活かすべし。社会で評価を問うべし。

そーゆー人が通信に学ぶ意味って全くないと思う。

学生なら正規の学生さんすべきだ。社会人なら仕事に活かすべし。

通信ってとこは、その道のプロがやってくる場所ではありません。

あくまで通信。プロのいる場所ではない。