あひルンは、我が家のマスコット。るんるんアヒルの分身として、今日の出来事を記します。

HOME
2005年3月の日記

3月27日(日) 復活の主日
今年も復活祭を迎えた。春の訪れは喜ばしいことではあるけれど、別れの季節でもある。山手教会でも、11年にわたって主任司祭を務められたアルフレッド・バーク神父様が戸塚教会に転任されることになり、今日がお別れの日。山手教会信徒に心から慕われていた神父様がいなくなることは本当に寂しいし、悲しい。あの優しい笑顔と語り掛けに、どれほど救われたことか。転任が公に発表されたのは2月。私が奏楽当番の日で、その動揺のあまり、私はミサの閉祭と後奏で、ペダルを踏み外したり、ミスタッチ続出…。それほどにショックは大きかった。
今日はミサの後、神父様にサインを頂き、握手していただく。「今日のオルガンはあなたでしたか。いつもありがとうございます。活躍をお祈りしています」といつもと変わらぬ笑顔でおっしゃる神父様。オルガニストとして、とても大事にしてくださっていたことを実感する。ありがとう、バーク神父様。私にとっては大好きな神父様の筆頭です。きっとこれからも…。

3月25日(金) 聖金曜日
卒業/修了式の日を迎えた。私は4月以降も大学に残るとはいえ、一応、区切りの日である。 学部生の大半は袴or振袖という着物姿が目立つが、院生ともなると、洋装が多い。
学長式辞は長かったけれど、良いお話だった。平山郁夫学長は広島の被爆者であり、平和への思いは強い。未だ紛争と混乱が続くこの世界にあって、芸術はどのように寄与できるのだろうか。そんな問いかけとメッセージが巣立っていく卒業生たちに贈られた。
さて、修士の学位記と一緒に成績表ももれなくくっついてくる。(笑) ちゃんと取り組んだものには、それなりの評価をしてくださっていることが嬉しい。一番嬉しいのは、やはり論文関係ですね。(^_^)
今日は聖金曜日。夜7時から山手教会で奏楽をし、10時前に帰宅。アヒル旦那に、感謝の言葉とともに学位記と成績表を差し出し、頭を下げた。

3月20日(日) 枝の主日
アヒル旦那両親の記念すべき金婚式を横浜中華街の萬來軒で盛大に祝う。50年という歳月を ともに仲良く歩んできた両親。50年を振り返り、感無量の二人。一家を支えるために働いてきた父、家庭を立派に守った母。それぞれに多くの困難があったことと思う。孫たち、子供たちの幸せをいつも祈ってくださっていることに感謝したい。
母からこの日の御礼に記念の品を…とのことだったので、ちょっと高級なワインを購入して、大事に保管して、8年後の私たちの銀婚式にそれを開ける…ということになっている。

3月18日(金)
フェリスで林佑子先生のバッハ演奏会。先生の演奏も、フェリスのオルガンも久々に聴けて嬉しかった。美しい音(今回は手動ふいごを使ったのでいつにも増して音も澄んでいた)、先生らしい演奏。やっぱりパッサカリアはすごい曲だなぁ…とあらためて思う。
しかし。花粉症が辛い。とにかく辛い。今日は今季最悪。意識朦朧、くしゃみ、鼻水、耳も喉も痛い。(T_T) ここ数年、軽くなっているとはいえ、辛いものは辛い。ティッシュの消費も激しい。我が家はくしゃみの二重唱状態である。

3月16日(水)
カザルスホールにて、ヤン・ヴィレム・ヤンセン氏(トゥールーズ国立音楽院教授)の公開マスタークラス。アクティブ受講生は私を含めて3人。聴講は40人くらい。テーマは『マニフィカト』。きわめて私向きの内容である。(笑) 私は修論テーマがマニフィカトだったから、非常に明快に内容が理解できたのが嬉しい。それだけに典礼に関しては質問もあったので、自分が弾いた後、質問。「ヒエロニムス・プレトリウスとシャイデマンのマニフィカトでは、同じハンブルグの作曲家でありながらスタイルが異なる。これは何故か」「両者の時代は少し離れているが、その音楽の違いは、ハンブルクの典礼スタイルそのものが異なっていたからと考えていいのか」「先生が引用されたハンブルクの典礼書は1699年とのことだが、1599年ではないのか」。きちんと答えてくださったが、時間も迫っていたし「これ以上のことは、e-mailアドレス教えてくれたら、あとで調べて連絡するよ」でおしまい。打ち上げの後、彼のお弟子さんが「アヒルさんの質問が面白かった。先生、ボクだってたくさん勉強して準備してきたのに、どうしてそんなに突っ込むんだぁ〜(T_T)って感じでしたよ」と。(大爆笑) この1年余り修論指導を受けてきたせいで、突っ込み癖までついてしまったか。だって知りたかったんだもん。

3月15日(火)
今日から図書館にも入館可能になった。美術学部が入試期間のせいで、入構チェックは厳しいけどね。守衛所で学生証を提示し、カウンターで記名してバッジをつける。
来月、またドイツに行くことになったので、向こうの図書館で閲覧する文献の調査が本日のおもな目的。それと、博論のためにまず読みたいと思っていた文献の閲覧と…。さすがに今日の図書館は空いていて、ゆったりした雰囲気。いくつかの資料を複写し、文献をひとつ借りようとカウンターで手続きしたら…。「あれ…。修士ですよね。修了の人は、貸し出しができないんです。」「4月から博士ですが…」「身分が変わるので…」「そうすると、いつから借りられるんですか?」「えーと…、入学式の日(4/11)からですね」「えぇぇ…?」。これは、春休みに勉強するなと言っているな。(笑)
夕方、博士課程で引き続きお世話になる楽理科の論文指導教官の研究室を訪ねる。先生は私が訪れる予定のテュービンゲン大学図書館のことに詳しい。とても丁寧なアドバイスをいただき、ついでに、日曜日の礼拝に出るならどこの教会の典礼音楽が充実しているか…等の情報も教えていただく。(^_^) 夕方〜夜はまたオルガンの練習…で1日は終わった。

3月14日(月)
入学手続きに出かける。手続き会場に向かう途中、教務の掲示板で今年度の卒業・修了者決定名簿で自分の名前を確認する。あった。(爆笑。なかったら、どうするつもりだったんでしょう?) すでに手続き会場は長蛇の列。両親と一緒なのは学部のヒト。一人で来るのは大学院のヒト。すぐわかりますね。(笑)
手続きを済ませ、夕方〜夜までオルガンの練習。明後日、公開レッスンがあるから、ほけほけと入学完了の余韻に浸っているわけにはいかないのであった。

3月13日(日)
東京湾アフタヌーン・クルージングを楽しむ。クレジットカードのポイントがたまったので、クルージングのクーポンに引き換えたのが2年前。有効期限が今月末だということを思い出し、あわてて予約したのが2週間くらい前?(笑) ランチはシオサイトの41階フレンチ・レストラン。 うーん、いい眺め…。でもメインディッシュにさしかかった頃、にわかに雲行きが怪しくなり、気がつけば、外は吹雪!!! 最初は虫でも襲来したのかと思ったら、雪なのだ。41階の高さだから風も強いので、雪はぶわぁ〜と乱舞している。すごい。これからクルージングなのになぁ。
汐留からゆりかもめで日の出桟橋へ。まだ雪は降り続けている。でも、お日様も顔を出し始めた。ほどなくして、吹雪が嘘のように、青空が見えてきた。良かった。クルージングは、コーヒーとケーキつきで、50分というもの。デッキに出てみると気持ちが良い…。東京って広いんだなぁ…とあらためて思った。良い休日でした。

3月11日(金)
卒業式まであと2週間。毎年、古楽科では卒業生一同から研究室に卒業記念品を贈る慣わしになっている。今年は成り行き上、私がそれを取りまとめることになった。先生方の希望を伺って、急須+湯呑みセットを選ぶことになったのだが、うーむ。瀬戸物は壊れるものである。古楽科のヒトビトの行状を見ていると、楽器以外のモノの取り扱いは非常によろしくない。きっと3年のうちに、すべて割れてしまうに違いないと確信している。(笑) だから高価なものでなくてよいと先生方もおっしゃる。でもね、実はね、意外に思うかもしれないけれど、私は焼き物が好きなのである。それは茶道教授である母の影響でもあるのだが、織部、萩焼、志野…好きなのよね。できることなら気に入ったものを贈りたい→でも、心無い扱いで割れてしまったら悲しい→でも、イマイチのモノを贈るのも気が引ける…の堂々巡りなのである。あぁぁ。

3月8日(火)
私の主な演奏レパートリーは、16世紀はじめからバッハくらいまで。そして、特に自分自身でも好きなのが、バッハ以前の作曲家たちとその時代。これからの研究テーマそうだし、演奏会で取り上げる曲もそれらが多いのだけれど…。どうやら最近、気付いたのですが、一般の方々には、とてつもなく「遠い存在」なのですね。私にとって16世紀、17世紀はとても魅力的な時代なのですが「そうやって、ものごとを世紀ごとで考えることってないよ」とか「なにやら難しそうだねー」とか言われることがあります。加えて最近は、昨日の日記にも書いたように、古代の宇宙観だのハルモニアだのに興味が出てきて…。私はますます世の中の流れに逆らっているのではないだろうか…と思ったりします。でも、それらはね、中世・ルネサンス・バロック時代の思想や音楽観の土台となったものだと考えられるのです。それをもっと深く知りたいんです。

3月7日(月)
合格発表から1週間。皆さんからメールや掲示板で祝福のメッセージをたくさんいただいて、とても嬉しいです。新学期からは、どんな科目を 履修しようかなぁ。記譜法、ラテン語、ドイツ語、古楽のゼミ、音楽学のゼミ、できれば応用音楽学のゼミ…。読みたい本もたくさんあるし。最近、興味を持っているのは古代〜中世の宇宙観と音楽観。プトレマイオス(天動説のヒトです)とかボエティウスとか…、面白そうなのよね。
修士の時には、合格から入学まで半年近くあったので、なんとなく気が抜けてしまったところもあったのだけど、今回は修士論文を書いたばかりだし、入試も終わったばかりだし、研究目的もはっきりしている。授業が始まるのを待つまでもなく、文献リストを作ったり、本を読んだり…と動き出したいと思ってる…けど、まだ学部の入試期間で登校禁止期間なので来週以降ですね。

3月1日(火)
あぁ、ようやく3月1日がやってきたよ…。合格発表は14時。それに先立って11時からは卒業者・修了者名簿が発表されるが、そんなのはどうでもいい。午前中は家で落ち着かない時間を過ごす。「トイレ掃除をしたら受かるかなぁ…」と突然思い立って掃除を始めてしまったり、そのトイレで陶器製の小さなアヒルの置物の首が折れているのを発見し、「あぁ〜不吉な!」と、あわてて瞬間接着剤で修理し、首に赤いリボンを巻いてやり、「大丈夫かい? 合格させてよ」とアヒルの頭をなでたり。(…やや異常)
14時少し過ぎに到着するように出かける。この中途半端な状態から早く解放されたいという思いと、結果を見たくないという思いが、交互にというよりはごちゃまぜに頭の中を行き交う。もぉ受験なんてやだやだ…と思いながら上野公園を歩く。校門の手前で水色の封筒を持った人とすれ違う。ああ、この人は合格したんだな…。守衛所で受験票を見せて、掲示板の前へと急ぐ。3列にわたって受験番号が掲示されている。まず左側の列…ない。右側…もない。えぇぇ…と、真ん中の列を見たら、そのど真ん中に=古楽研究領域 24=!「あったぁ!」
まずはメールと電話で家族に合格報告をし、その足で教務係に行き、教務のお姉さんから「おめでとうございます」と水色の封筒(入学手続き書類一式)を手渡される。ああ、嬉しいなぁ。(T_T)
ずっと応援し続けてくれた年上の友人がお祝いしてくれるというので、御茶ノ水の山の上ホテルのワインバーにて、シャンパンで乾杯。(まだ午後3時半である…) 夕飯は家でゆっくり過ごす。メニューはグラタン、ごぼうサラダ、オータムポエムのおひたし、お刺身。もちろん家でもシャンパンで乾杯。(私、好きなんです!)
…というわけで、4月からまた3年間、演奏と研究に取り組むことになりました。以上、ご報告まで。m(_ _)m

2005年2月の日記

2月28日(月)
淡々と試験結果を待つ日々が続いたけれど、さすがに今宵あたりは、少し気分がとんがっている感じ。明日は入試結果発表の前に、卒業・修了決定者の発表がある。今日、その判定会議の教授会があったはず。私は単位に関しては、修士演奏&論文以外は必要単位を昨年度までに満たしているから、何も問題はないはず…。(初年度に科目を取りすぎて、もう今年度はいくら履修しても単位がもらえないんです)
夜明けも早くなり、花粉も飛び始め、徐々に春の気配…。明日、満開気分になれるかな。なれるといいな…。

2月27日(日)
明日で2月も終わり。明後日はいよいよ合格発表である。試験が終わってからというもの、自分の受験番号だけが抜けていて、 前後が合格していて、「これは悪い夢だ、夢に違いない」とつぶやくシーンが頭に繰り返し浮かぶ。でも、その一方で、 ここ1ヶ月あまり、ネット友達からは、婚約、おめでた、難関試験に合格…と、喜ばしいニュースが相次いで寄せられていることに気付き、 その流れの中で「私にも良いことあるかも♪」なんて考えたりもする。私は入試というものに1度だけ失敗したことがある。それは、明らかに大きな ミスを重ねたためで、入試結果を見るまでもなく、落ちたという自覚があった。(あの時は、この世の終りのようなどん底状態だったなぁ…)今回は失敗したとは思っていない。その感触を信じたいんだけどな。
今となっては、もはや私にできることは何もない。念じたからといって、結果が変わるわけではない。もしも期待した結果が得られなくとも、それは、もっと良い道が用意されていることだと思うから、気を取り直して、また歩き出すのだろう…。とはいえ。やはり合格を祈らずにはいられないのであった…。

2月23日(水)
部屋の片付けくらいしか、とりたててすることがないのだが、どうも落ち着かない。 大失敗をした憶えはないし、あのミスが命取りになったとも思えない。まさかドイツ語で落ちるわけもないだろうし、小論文/口述試問でも取り立てて問題はなかったはずである。可能性は少なく見積もって6:4あるいは7:3? でも不安なものは不安である。金メダルを確実視されていたオリンピック選手だって予選敗退するではないか。

2月19日(土)
ああ、スケジュール表が真っ白だ。う、嬉しい。昨日から、家の中の片付けに追われているけれど、旅行雑誌を広げては「うーん、イチゴ狩り、いいなぁ♪」なんて眺めたり…。房総半島に伊豆半島…。菜の花の黄色いじゅうたん…。ああ、春を楽しみたい。…けど、博士入試の結果が出るまでは、あんまり楽しい予定を立てる気にもならない。あと10日かぁ。長いなぁ…。なんでそんなに待たせるかなぁ。

2月16日(水)
博士入試実技試験および口述試問当日の記録。

*実技試験* 実技試験直前、極度の緊張から咳き込み、吐き気をもよおしてトイレへ駆け込む。(怖い本番のときには、よくこうなる。だから演奏前に何も食べられない。ま、儀式みたいなもんですかね。極限状態に自分を追い込むと、余計なことを考えなくていいし、結果的に良い演奏ができることが多いので。)
  誘導官が「落ち着いてからでいいですよ」と気遣ってくださり、呼吸を整えて、予定時間より少々遅れて、実技試験に臨む。課題は、 「60分前後のプログラムをリサイタル形式で演奏する」。そのうち30分までは修士演奏と同じ曲でも可。先生方も忙しいし、師匠の性格を考えると(笑)、修士演奏で弾いた曲はカットされるのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、見事に裏切られ、全曲弾くことに。ああ、昨日、「念のために」と全曲通して弾いておいて良かった…。かなりのパワーを消耗する。ふだん3時間くらい続けて練習することは珍しくはないとはいえ、極限状態で1時間はやはりキツイですわよ。広い奏楽堂に聴衆は5〜6人の試験官だけという異常なリサイタルである。(笑)  細かいミスタッチ、ちょっとコケた2小節…どれくらい採点に響くのだろう? もちろん私なりの演奏をしたとは思うけれど…。最後の曲を弾ききり、椅子から降りると、足がガクガク、体はへろへろ。

*口述試問* とりあえず控え室に戻り、椅子に腰掛けると、アシスタントの子が「次は頭を使うから…」とアーモンドチョコレートをくれる。それを口に入れた途端「すぐ口述試問でーす、来て下さい」と呼ばれる。うぅぅ。まだ口の中にアーモンドがごろごろしてるぞ。なんとか飲み込み、試験官の待つ部屋へ。口述試問は、実技試験と同じく5人の先生方(古楽、オルガン、楽理)。 先日の小論文の 内容に沿って質問される。過去の受験者から「重箱の隅をつついてつついて壊されるような」追及を受けると脅かされていたので、それなりの覚悟をして臨んだのだが、先日の修士演奏・論文の口述試問と同様、なんか和やかなムード。先生の冗談まで飛び出す。「???」。質問にはきちんと答え、約15分ほどで終了。

*打ち上げ* 夕方から後輩の家で宴会。学部生は昨日、演奏会があったので、私の博士試験終了を兼ねての打ち上げである。私は昼過ぎに試験が終わってしまい、暇だったので、買出し&調理係。肉じゃがと、おこげの中華風あんかけ、その他、こまごまと調理。10人くらい集まったところで乾杯。ああ、幸せである。でも疲れもあったし、アヒル旦那と待ち合わせをしていたので、早めに帰途に就く。あー、やれやれ。今後のスケジュールは、見事なほどに空白。ようやく平穏な日が久々に戻ってくる…はずである。ふぅ。我ながら、よく頑張ったと思うよ…。

2月13日(日)
やばい。また発熱…?! 朝からなんとなく寒気がして気持ちが悪くて…、少々、咳がでる。ミサで奏楽した後は学校で練習する予定だったのだけれど、大事をとって夕方まで家で静養。夜はまた某所で練習の予定なんだが、今は微熱だけど、きっと今晩、熱が上がるよなぁ。先日の修了試験のときと同じ状態。なんだってこう大事なときに。体は熱を出したがっているのだから、無理やり解熱剤で下げるのは避けたい。でも、そうも言っていられませんねー。うーん。

2月9日(水) 灰の水曜日
博士入試学科の日。 つ、疲れた…。ひたすら3時間半にわたって、シャープペンシルを握り締め、小論文とドイツ語に取り組む。もー、へとへと。PCで文章を書くことが多くなり、ふだん、いかに字を書く機会が少なくなってしまったかってことですね。親指の爪の生え際がシャーペンに当たって痛い…。(T_T)
小論文の課題は、毎年同じで、「1.予備的研究について、2.先行研究への批判、3.具体的な年次計画、4.期待される学術的成果とその意義」について2400字以内で記すというもの。もちろん、こんなものは事前に準備しないと書けない。むしろ指導教官の指示を仰ぎながら書くべきものだと思う。私は古楽科の論文指導教官にチェックしていただいた。詰めの甘い小論文を書くと、口述試問のときに、楽理科の先生から厳しく追及されるそうですからね…。おお、こわ。
今日から四旬節。苦行と節制に相応しい1日でした。(笑)

2月4日(金)
腰まで伸びていた髪をばっさり切りました。気分転換がしたかったので。長さは肩くらい。シャギーを入れて、前髪をおろして…。美容院から直接、学校に行き、オルガン練習室に顔をだす。学生たちが「きゃー!」「かっわいい!」「すっごい、似合う〜!」「若返った〜!」と叫んでくれる。ああ、このリアクションがたまらない。(笑) 友人の行きつけのお店を紹介してもらったんですが、これがアタリでした♪
髪を切ったついでに、友達に銀座で新しい洋服を見立ててもらい、ついでに化粧品コーナーでメイクをしてもらった。で、今年の春の新色、オレンジ系のキレイな口紅、買っちゃった。時には、私だって世間の女性がやっているようなこと、してみたいのよ…。髪はふわっと柔らかい感じに仕上がりました。うーん、気分がいいな。(^_^) アヒル旦那には「お嬢ちゃん、いくちゅ?」と言われた。

2月2日(火)
修了演奏会が終わって、まだ幾日も経っていませんが、昨日から次の予定に向けて練習を始めています。
えー、具体的に何かと申しますと、博士後期課程入試でございます。修士論文をきっかけに研究が面白くなり、良い先生も揃っているし、研究を続けたいと思いまして。もちろん音楽学専攻ではなくて、あくまで演奏学科なので実技もしっかりやらないといけません。(と先生からは念を押されている…。)来週、再来週と、学科試験、実技試験、口述試問が続きます。
修了演奏の感想をメールや直接に、いろいろな方々がお寄せ下さいました。どうもありがとうございます。どの曲もまんべんなく肯定的な(?)ご感想をいただき、ホッとしています。私自身も修了演奏に向けての準備期間に自分の中でどんどん変化が見られたし(特に最後の1週間)、終わってみると、またひとつ階段を上ることができたような気がします。
修士論文ではシャイトのマニフィカトをアナリーゼ(楽曲分析)しましたが、そのことによって、演奏する上でも、曲の構造を見る目が開かれたのを感じます。夢中でのめり込んでしまった分析。約60曲(マニフィカトだから1曲は短い)を楽しみながら分析するうちに、知らず知らずのうちに分析する目を養うことができたようです。そしてこれは今後の私にとってひとつの財産。目の前にある作品が、これまで以上に説得力を持ったものとして存在するようになったのです。シャイトだけでなくバッハであっても…です。

2005年1月の日記

1月28日(金)
3年間の修士課程学生生活の締めくくりの日、すなわち学位審査会および修士論文口述試問の日である。
午前中は古楽科の同級生の演奏があったけれど、それを聴いている余裕はないので昼過ぎに学校に到着。マスク姿で登場した私に驚いた学部生たちが「客席から、パワー送りますから」と掌を広げ、可愛いことをいってくれる。嬉しいな。少しだけ練習室で指慣らしをして奏楽堂に向かう。同級生2人は、それぞれとても良い演奏をしたらしい。私だけ失敗したら、やだなー…。12時半から最後の試奏。開演は14時半。

*演奏会* 定刻どおりに開演を告げるベルが鳴り、しばらくして場内は暗くなり、出番。あとは覚悟を決めて弾くだけ。途中、背中に暖かいものを感じる。そうだ、今日は私がこれまでお世話になった方々、友人、家族も会場で聴いてくれているんだ…。弾き出してしまえば、あっという間。バッハのパッサカリアでは曲のパワーに引っ張られ、最後まで弾き切る。椅子から降りかけようとすると、拍手。あ、なんだか力いっぱい拍手してくださっている。嬉しいな。感謝を込めてお辞儀して、舞台袖へ下がる。…終わった。
ロビーに出ると、20年ぶりの再会!という友人や、友人の両親、などなど懐かしい顔ぶれ。 それに聖歌隊の方々や、私の家族…。聞けば、110部ほど刷ったプログラムは開演前になくなったという。平日の昼間なのに足を運んでくださった方々に感謝。

*口述試問* 演奏の後に待っているのが、修士論文の口述試問。研究室に呼ばれて入る。先生方は5人。主任教官から「論文の内容について2分で話してください」と言われ、どんなことを書いたか、どこに力点を置いたか、なぜそのテーマを選んだかを述べる。その上で、先生方との質疑応答。口述試問では、誤りをチェックされたり、修正、書き直しの指示をされるのが常らしいけれど、幸いなことに、一切、それはなかった。「こういう視点があっても良かったのでは?」というご意見はいただいたけれど…。(でも先生、それを書くと、あと30ページは増えますよ…笑)それにしても、先生方は超多忙な毎日の中、いくつもの論文査読を抱えていらっしゃるのに、私の超大作論文をよく読んでくださいました…。m(_ _)m 全体的に今後の研究へのアドバイスが多く、和やかな雰囲気のうちに約20分の口述試問は終わり、先生方に御礼を述べて、研究室を出る。オルガン練習室に顔を出すと後輩たちの「お疲れさま〜」の拍手。うーん、いい子たちだ。(笑)
友人の一人がメールに「修士に行って本当に良かったね」と書いてくれた。私もそう思う。いろいろなことがあって落ち込んだり、学校辞めようかと思ったこともあったけれど、粘り強く勉強に取り組んで良かったな…と心から思える。応援してくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました。m(_ _)m

1月27日(木)
昨日の晩から今朝にかけて38度の発熱。真夜中に師匠にゲネプロ時間の確認がてら「熱出しました」とメールをしたら、「足湯をして、早く寝るように」と即座に返事が。うぅ、いい師匠だ。(T_T) 足湯、気持ちがいいですねぇ。アロマオイルなどをたらして、あたたかい飲み物をいただきながら…。今朝9時からのゲネプロは、熱で手に力が入らないので放棄し、解熱剤でどうにか熱を無理やり下げて、午後から1時間半ほど師匠立ち会いのもと弾く。熱で体力を消耗している分、余分な力みやをせず、余計なことを考えなくていいかも…。GPが終わって即刻帰宅すべきところだが、明日の曲目解説の印刷が終わっていないので、夕方、学生課で印刷。紙を半分に折る作業は、オルガン科の学部生たちが手伝ってくれた。感謝。

1月24日(月)
今日一日、体調がいまいちで家から一歩も出ず、修了演奏の曲目解説を書いていた。でも、お友達から美味しい生牡蠣が届いたので、夜まで待てず、「試食♪」。せっかくだから、白ワインと一緒に…。と、昼間から一人でご馳走を楽しむ。いいよね、気晴らしになるし。んー、幸せ。
あまりに曲目解説の筆の進みが遅いので、約1ヶ月前まで書いていた修士論文を読み返してみる。「え? これ、ワタシが書いたの???」。やっぱり、論文に取り組んでいたときは特殊な精神状態にあったのだな…と思う。今の私のモードじゃ無理だよ。…という話を友達にメールしたら、たしかに論文を書いている頃の私は、シャイトが憑依したようだった…と言われてしまった。(^_^;)

1月23日(日)
修了試験前なので、昼の0時から夜9時まで学校にいた。ずっと弾いていたわけではないけれど、でも5時間近くは弾いていたかな。合間に持参したノートパソコンで曲目解説を書く。1ヶ月前まで論文を書いていたから、スムーズに筆が進むと思いきや、頭が演奏モードになっているので、なかなかうまく文章が書けない…。うーん…。
帰りの電車の中で練習の録音をMDで聴く。悪くはないのだけど、まだまだまだまだまだまだ思い通りに弾けていないなぁ。でも、ここ数日で音の捉え方というか、表現の仕方というのか、ま、とにかく変化があった。より意志を持った弾き方とでも言ったらいいのかな。

1月19日(水)
久しぶりに午後から超落ち込みモード。アヒル旦那に泣き言をいい、少し年上の友人に長いメールを書いているうちに、ようやく落ち着きを取り戻す。やれやれ…。およそ12時間で回復。っていうか、落ち込んでいる暇などないのよー。ここはもう開き直るしか…。
私って自己解決型なのかなー、やっぱり。反省すべきことは反省し、うまくいかなかったのは何故なのかを自分で納得する。。。ただし、この性格が裏目に出ると、自分に降りかかった悪いことの原因はすべて自分にあると思い込んでしまうんですよね…。(今回のケースは違います)

1月13日(木)
ゼミ発表も何とか終わり、あとは修了演奏を残すのみ。あ、修了演奏会のプログラムの曲目解説はちゃんと書かなくちゃね。
さて。今年に入ってから「卒業したら、どうするんですか?」という質問を受けることが増えてきた。…どうなるんでしょうね?(笑) 何をやりたいかが決まっていないわけじゃないです。むしろ、はっきりしてきている。ただ、公表できる段階ではない。と、今はそれだけしか書けないね。それを実現するためには…、うーん、やっぱりこれもある種の「闘い」ではあるな…。というわけで、当分、気の抜けない生活は続くのであった…。
ちなみに私の「計画」に対するアヒル旦那のコメントは…「家庭内の環境をきちんと整備できるんだったら、やってもいいよ」。これが一番難しかったりして…(^_^;)

1月7日(金)
早いもので、もう七草。今年も朝食に七草粥を作って食べる。毎年、これを食べないとどうもお正月が終わったという感じがしないのよね…。
午後から学校へ行き、2時間ほど練習。その合間に若い友人たちとお菓子を食べたり、お喋りしたり。それもまた楽しい。オルガンの練習もサクサクと進んでいるほうではないかな…。今のところは。
来週のゼミ発表のために電車の中でハイデッガーを読んでいるのだけれど、すぐに眠くなる。(笑)やっぱ、難しいですわ、ハイデッガー…。好きなんだけど、難しすぎ。(T_T)

1月6日(木)
ホスピスの仕事始め。年末年始に天に召された患者さんが何人もいらっしゃったことを知る。さらに今日は、親類の訃報と、知人のご家族の訃報が相次いで届く。残された家族は、どれほど胸のつぶれる思いでいることだろう…。それを思うと、言葉もない。残された人々の上に、神の慈しみと慰めが注がれるよう祈るばかりである。
本当は今夜、証明書の写真を撮るつもりでいたのだけれど、悲しげな表情になってしまうような気がして明日に延期。
もちろん、悲しい出来事ばかりではなく、ホスピスでは新たな患者さんとの出会いもある。患者さんを囲んで歌うご家族の歌の輪はあたたかい。嬉しそうな患者さんの笑顔。病室にはじける笑い声。そんなひとときのお手伝いができるから、私はやはりこの仕事が好きである。

1月5日(水)
昨日も今日もオルガンの練習。調子は悪くない。…っていうか、論文を書き終えて、モードが切り替わったのか、とにかく月末の修了演奏に向けて、音楽作りをしていこうという意識になったということか。ま、いつまでも論文の余韻に浸っているわけにいかないしね。
昨年は災害の多い年だった。台風、地震、そして津波…。多くの命が奪われ、今なお多くの人々が悲しみと嘆きと困難の中にある。幸いにも命のある私たちは、各自ができることをしなければ。(「国境なき医師団」は寄付が集まりすぎたとかで、受付をストップしたらしいが…)

1月3日(月)
みなさま、あけましておめでとうございます。
ゆっくり寝て、昼風呂に入って、ゆったりとおせち料理を食べて、近所のホームセンターの初売りで新しいガステーブルを新春価格5000円で購入し、帰ってからコーヒーを入れてひと息ついて、年賀状の返事&まだ書いていなかった分を書いて、夕飯を食べて…。これにて我が家のお正月はおしまい。夕食後は、それぞれにPCに向かって、アヒル旦那は仕事、私はゼミ発表のレジュメ作成に着手。テレビでは、昼間からずっと韓流ドラマ(ホテルを舞台にしたドラマ)をやっていて、噂の「ヨンさま」が出ていたので、物珍しさでついつい見てしまう…ので、気がつくと私のPC画面はスクリーンセーバーになっていて、レジュメ作成は『ハイデッガーの芸術論』とタイトルを入れただけで捗らなかった。




過去の日記帳はこちら
March 2001April 2001May 2001June/July 2001August2001 September 2001October 2001November 2001December 2001
January 2002February 2002March 2002April 2002May 2002June 2002Summer 2002 November/December 2002
January/February 2003 March/April/May 2003 June - December 2003 January/February/March 2004 April/May 2004
June/August 2004 September - December 2004


★お喋りしたくなったら「るんるん亭談話室」へ!★
ココをクリックしてジャンプ!



HOMEリンク集


ご意見/ご感想はこちらまで…