観劇日記〜2005年03月〜
05日(土) 18:30 二期会「モーツァルト:魔笛」 新国立劇場オペラ劇場
12日(土) 14:00 新国立劇場オペラ研修所「モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ」 新国立劇場中劇場
17日(木) 14:25 中村勘九郎 改め 十八代目中村勘三郎襲名披露
三月大歌舞伎「一條大蔵譚」
歌舞伎座
19日(土) 21:10 映画「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月」 TOHOシネマズ市川コルトンプラザ
8 SCREEN
21日(月・祝) 12:30 映画「いぬのえいが」 TOHOシネマズ市川コルトンプラザ
PREMIER SCREEN
21日(月・祝) 17:30 東宝「レ・ミゼラブル」 帝国劇場
25日(金) 19:00 新国オペラ「モーツァルト:コジ・ファン・トゥッテ」 新国立劇場オペラ劇場


2005年03月05日(土)18:30-21:50
二期会「モーツァルト:魔笛」@新国立劇場オペラ劇場

 D席 5000円 4階-3列-48番 (パンフレット:1000円)
 指揮:下野竜也
 演出:実相寺昭雄
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 弁者:多田羅迪夫
 ザラストロ:黒木純
 夜の女王:飯田みち代
 タミーノ:望月哲也
 パミーナ:井上ゆかり
 パパゲーノ:萩原潤
 パパゲーナ:岩槻量子
 モノスタトス:青柳素晴
 侍女:悦田比呂子/渡邊史/橋本恵子
 武士:種井靜夫/畠山茂
 童子:中嶋周子/瀧上美保/前田真木子
 僧侶:福山出/羽山晃生

 前回公演時に大評判を取った実相寺監督演出による「魔笛」 です。残念ながら、前回公演は未見なのですが、今回はリニュ ーアルということで、前回とまったく同じ演出ではないとはい え、非常に勢いのある素晴らしい舞台でした。ここ数年、二期 会はスター出演のオペラではなく、演出家の人選に凝った、ド イツの歌劇場を彷彿させる、アンサンブル重視のオペラの上演 が多いのですが、かつて散見された「舞台上で照れちゃう」役 者が減り、「ノリノリで楽しむ」タイプの役者が増えたのも頼 もしい限り。いつの間にやら、スター・オペラの藤原歌劇団( 宝塚タイプ?)、アンサンブル・オペラの二期会(劇団四季タ イプ?)、ゴージャスでオーソドックスな新国(東宝タイプ? )と棲み分けが確立し、同じ作品でもさまざまなタイプの上演 に接することができるという、素敵な状態になりましたねぇ。 二期会、良い感じに独自のポジションを確立した感があります 。そして、世代交代が確実に進んでいることを感じさせる公演でした。
 舞台は大階段だけの一杯装置。が、この大階段は回り 舞台いっぱいに作られていて、正面のみならず、側面や背面も 利用されるのです。宝塚でも「パッサージュ」で回り舞台上で 仮設の大階段を回転させましたが、あれのパワーアップ版と思 っていただければわかりやすいと思います。新国というと、プ ロセニアムのタッパが高〜〜〜いのですが、大階段背面の場面 なんて、三階建てのセットとなり、迫力満点。合唱団が居並ぶ シーンなど圧巻でした。
 さて「魔笛」というと、フリーメーソンがどうのこうのとい った、宗教が絡んでくる部分が僕には苦手だったのですが、今 回は照明によっておなじみのフリーメーソンマークが登場する だけで、これはオペレッタかミュージカルか?とすら思う程の スピーディな展開とお遊び満載。遊び重視ではなく、演出上必 要とされる遊びなので、下品にならないのが嬉しい限り。ウル トラセブンの監督によるプロダクションだけあって、男の子が 喜ぶ要素も満載。序曲からカーテンコールまでワクワク感が持 続する舞台というのも珍しいけれど、そういえば、衣装も展開 も少年マンガのノリですわ。
 さて、序曲中に登場する大蛇は、今回はまるで「銀河鉄 道999」ばりのSF列車。光るわ、蒸気を噴出すわで会場中大喜び 。そこに登場する王子タミーノは衣装やカツラ、立ち回りが松 平健を意識しているとしか思えません!! 台詞回しも似た感じ 。マツケンさんのファンかしらん?>望月氏 凛々しくて貫禄のある武士でした。ナカナカ格好良いです。そして、個人的 な大ヒットはパミーナ姫。オカマバーの女装として登場(あ、 歌っているのは正規の女性ですけど)。「オタク」という言葉からイメージするコスプレ喫茶のような、100歩譲っても、宝塚でしかお目にかか れないようなか〜わいい衣装やリボンが感動的に似合わず(衣 装から背中がはみ出てたぁ〜・絶句)、メイクもケバケバ、台詞 回しもいわゆる「オクターブ上の声」。おまけに、タミーノが (修行の関係で)口をきいてくれないからと、「人生私だけが ヒロインよ」とステレオタイプの芝居を見せてくれるので、後半なんて登場するだけで笑えました〜。いまだかつて、ヒロインがこ んなにも侮辱を受けたオペラがあったでしょうか!? それにし ても、この衣装・演出を受け入れた井上嬢は偉い! 一時期は やった舞台上で脱ぐ位ならまだしも、女を捨ててオカマに徹した のですから!! 女装のパミーナにマツケンなタミーノ。凄い 並びでした(爆)
 同じか〜わいい衣装でも、イメージに沿って完璧に着こなし、ニコニコ笑顔とキビ キビ所作がぴったりはまっていたのはパパゲーナの岩槻嬢。老 婆姿からティーンエイジャーに変身した途端に「かわいいっ! 」と声がもれた(今回は客席は結構にぎやかです)程で、まる で80年代のアイドル。そんな彼女にパパゲーノがぞっこんにな り、挙句の果てには尻に敷かれてしまうのも大納得。登場シー ンは少ないのにとても美味しい役でした。さてそののパパゲー ノはコマ劇場での吉幾三を彷彿とさせるメイク&お芝居。この手のコメディ・リリーフはオペ ラ歌手が演じると結構痛いことが多いのですが、サラリと楽し く演じる萩原氏がこれまた凄い。二期会オペラでの台詞回しと いうと、独特の抑揚による棒読みが多かったのですが、彼の台 詞は通りが良いのに緩急があってとても自然。わざとらしいと イライラするキャラでしょ、パパゲーノって。決して派手な歌 手ではないのですが、歌役者として頼もしい限り。ちなみに、パパゲーノが好きなのは「ワインよりも日本酒」、「おつまみには明太チーズ揚げ」、「女の子はEカップ」でした(笑)
 さて、そんなパパゲーノと漫才コンビを組んだのが僧侶の羽 山氏。いえね、僧侶は二人登場するのですが、福山氏はタミー ノ担当なので、声が上ずってしまうのも微笑ましい位の真面目 な役。が、タミーノ担当の羽山氏がはじけちゃってます。修行 が始まるとタミーノはだんまりだし、パミーナはうつ病になっ てしまうので、実質的に芝居を進めていたのはパパゲーノと僧 侶の二人。羽山氏の芝居は大地真央系統で、澄ましていると整 った顔なのに、スイッチが入るとそれが急にお笑い芸人になっ てしまう、という切り替えが圧巻。二枚目と三枚目を自由自在 に行き来できるのが見事! 修行に関しては落ちこぼれのパパ ゲーノに対しても、叱り飛ばしたり、冷たく接したりするので はなく「こっちの世界はこ〜んなに素敵なんだよ」と優しく誘導。元気付ける時には「ハッスルハッスル」とフリ付きでアニマル浜口のモノマネが飛び出すわ、急にオケピの中の下野さんと漫談をはじめるわ、パパゲーノとパパゲーナが予定よりも早く意気投合しちゃった時には、舞台の端から「ダメ〜〜〜〜〜〜ッ!」と滑り込んで引き裂くなどなど、NODA MAP入ったかのような縦横無尽の大活躍。今回の助演男優賞は文句ナシに羽山氏でしょう。聖職者のはずなのに、色気はあるし、遊び心はあるし 、素晴らしい役者っぷりでした。
 さて、対する夜の女王チームですが「銀河鉄道999」の大蛇 をやっつける侍女たちは「スターウォーズ」状態。大柄でキャリアウーマン風で、ライトセーバーだの銃だのを持つポーズもバッ チリ決まってます。対照的に童子たちは「キャンディーズ」のような小公子三人組。童子たちの小 道具(笛やグロッケンシュピールね)は「ピンポンパン」に登場しそうな手作り風楽器というの もまた楽しい。演出家だけでなく、美術担当のアイデアにも脱 帽です。そして、タミーノ達の邪魔をするモノスタトスは「ド ラゴンボールZ」のような衣装ではあるのですが、僕の印象と してはデーモン小暮閣下。では、そんな雑多&派手な部下達を 従える夜の女王はといえば、小林幸子か美川賢一(日向薫時代 の宝塚星組のショーでの衣装、ともいえます)。インパクトが ありました〜。でも、残念だったのはお歌。「夜の女王のアリ ア」は超難曲ですが、高音はことごとく外れる、声に鋭さも音圧もないわで、貫禄まったくナシ。頭上には巨大なかぶりもの、ドレスはゴージャスなので、下手に動けないんですよ。ということで、今回のプロダクションの中で唯一歌で勝負、という女性だったので、とっても損な立場が可愛そうなんですけどね。でも、たくましい女装パ ミーナのお母様には見えなかったじょぉぉ〜。
 そんなこんなで、にぎやかな座組の中、割を食らったの は、真面目にしか役作りできないザラストロ。役の上では最高権力者なので、真っ赤なカツラを始めとした、派手な格好をさせてもら っていましたが、夜の女王とは反対に低音が出ず、これ また弱々しい音になってしまい、迫力と貫禄不足。大階段のてっぺんに、ジャジャーーーンと登場してもオーラがないので目がいかないんです。ま、この役が映えるように演じるの は今回のプロダクションでは難しいですね。もう少し設定をい じっても良かったのでは?>監督 そして、同じ真面目ですが、衣装まで地味だったのが弁者。大御所の多田羅氏とい えども、どうにもこうにもしどころのない、損な役回りでした。もちろん「名歌手は台詞の声も美しいなぁ」ですけどね。そして、若手が居並ぶ舞台上では、とてもやつれて見えました(階段が多くて疲れちゃった?)


2005年03月12日(土)14:00-17:10
新国立劇場オペラ研修所「モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ」@新国立劇場中劇場

 全席指定 2850円(会員割引) 1階-19列-39番 (パンフレット:無料)
 指揮:フォルカー・レニッケ
 演出:マイケル・マカフェリー
 管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
 合唱:新国立劇場合唱団

 ドン・ジョヴァンニ:桝貴志(第5期生)
 レポレッロ:北川辰彦(第5期生)
 ドンナ・アンナ:吉田珠代(第5期生)
 ドンナ・エルヴィーラ:林美智子(賛助出演)
 ツェルリーナ:中村恵理(第5期生)
 マゼット:町秀和(第6期生)
 騎士長:長谷川顯(賛助出演)

 ドン・ファン伝説のオペラです。女ったらしのプレイボーイのドン・ジョヴァンニは、反省などせず悪行を繰り返したため、地獄に落とされた、というお話。あらすじは好きなのですが、実は音楽と台本に関しては、あまり僕好みのオペラではないのです。全体に平坦なのが原因かしらん?……って天下のモーツァルト様に向かって何たる暴言(笑)
 さて、今回は研修所公演というものの、出演者はみなさん音大を卒業後すでに楽歴を重ねていらっしゃる面々ですので、なかなか立派な公演でした。本日は第5期生が中心のため、卒業公演色が強かったのですが、「ドン・ジョヴァンニ」はどの役にも見せ場・聞かせどころがあるので、研修所公演にはぴったりの作品ですね。そして、騎士長以外は「若者達の話のオペラなんだなぁ」と、通常の公演ではついつい忘れてしまいがちな事に気付かされました。
 舞台装置は半円形につられた幕があるだけ。そのところどころが緞帳のようにあげられることによって、別室への入り口になる仕組み。そして、時には幕の反対側から影絵のように窓や人物を映し出す仕組み。材質が何の幕かはわからないのですが、ちょっとテントの中で上演されているような印象を受けました。とりたててお金がかかっているものではないけれど、アイデアに溢れた演出は楽しいですね。でも、この装置では、クライマックスの「地獄落ち」はどうなるのかと思いきや、新国お得意の舞台全面がそのままセリ下り。いきなり高速で舞台上巨大な穴になったものですからビックリしました。
 さて、出演者ですが、全体的に安心して聴くことができました。特に重唱部分は素敵なアンサンブル。フィナーレ部分は他のどの公演と比べても遜色ない! そして、芝居については、表情は豊かだし、細かな動きもしているし、非常に生き生きしていました。何年も一緒に過ごしてきた仲間たちということもあってか、「私を見て〜」のアピールがあまり感じられなかったので、今後どのように変わっていくのか楽しみです。
 個人的に嬉しくなっちゃったのが女性陣3人組。ドンナ・アンナは輪っかドレスの着こなしが堂々として大人の女の美しさで、ドンナ・エルヴィーラは半年前にツェルリーナを歌った人と同一人物とは思えない変身ぶりで、ツェルリーナはとってもおきゃんでした。合唱団は相変わらず音が散ってしまい、塊として客席に飛んでこないのが残念。場数を踏んでいるので、舞台上での動きは楽しい集団なのですが。。。


2005年03月17日(木)14:25-15:50
中村勘九郎 改め 十八代目中村勘三郎襲名披露
三月大歌舞伎「一條大蔵譚」@歌舞伎座

 一幕見席 1200円 立見 (パンフレット:1500円)

 一條大蔵卿:勘九郎改め勘三郎
 吉岡鬼二郎:仁左衛門
 お京:玉三郎
 鳴瀬:小山三
 八剣勘解由:助五郎改め源左衛門
 常磐御前:雀右衛門

 平治の乱で平家に負けたため、源義朝の妻だった常磐は、一時は平清盛の女にされ、今は一條大蔵卿の妻に納まっている。そして一條大蔵卿は、舞にうつつを抜かす阿呆ゆえに誰も相手にされない……。個人的に阿呆を演じさせたら天下一の勘三郎ですが、これがもう似合うこと、似合うこと。雀右衛門と玉三郎が真面目に芝居している横で、アドリブだかお約束事だか知りませんが、阿呆の限りをつくして笑わせてくれるのです。この人のおふざけは下品スレスレのところで品格を保つ際どさが見ものですね。適当にやっているように見せてちゃんと計算されているのが凄い!
 つづく中盤ですが、実はここは辛かった〜。義太夫さんが大活躍なのですが(今日は、年末の「桃太郎」で出演者一同が踊り狂うシーンで大活躍されたあの方でした!)、舞台上の役者さんはほとんどフリーズ状態。個人的に、せっかくお芝居を見に来ているのに、言葉だけで説明されてしまい、舞台上の動きが止まってしまうのは嫌いなのですが、これが歌舞伎の伝統とあってはいたし方ありますまい。でも、このシーンになってそそくさと劇場を後にされる方も見受けられたので、苦手なのは僕だけではないみたい。次回はイヤホンガイドを借りてみます。
 そして終盤はまってましたの「ぶっ返り」。実は一條大蔵卿は本当の阿呆ではなく、平清盛に命を狙われないよう、わざと阿呆を装い、クーデターの機会を狙っていたという、ちょいとハムレットのようなストーリー展開。前半のコメディとは打って変わって迫力満点のお芝居が繰り広げられます。個人的に二重人格物は結構好きなので、さっきまでの立ち寝しそうな睡魔はどこへやら、ワクワクドキドキ楽しみました。「蜘蛛女のキス」のチタ・リベラのような(日本版だと麻実れいのような)扮装で本性を現すシーンはいきなり武術にもたけてしまい悪者まで退治してしまう変身振り(いつ剣術の修行をしてたのでしょう?)。そのまま見得を切って幕になるのかと思っていたら、何事もなかったかのように作り阿呆に戻って幕というのが新鮮でした。マシュー・ボーンだったら、ドラッグがらみの演出をするんでしょうね(笑)


2005年03月19日(土)21:10-23:10
映画「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月」
@TOHOシネマズ市川コルトンプラザ 8 SCREEN

 全席指定 1300円 J列-4番 (パンフレット:なし)
 監督:ビーバン・キドロン

 ブリジット・ジョーンズ:レニー・ゼルフィガー
 マーク・ダーシー:コリン・ファース
 ダニエル・クリーヴァー:ヒュー・グラント

 僕はラブ・コメディ映画が大好きなのですが、先月観た「プリティ・プリンセス」に引き続き、今回も続演物です。前作は、出版社勤務のブリジット・ジョーンズ、32歳、独身が、お酒とタバコと体重が減らせないながら、ようやく素敵な男性と落ち着くまでの物語。
 今回は「サウンド・オブ・ミュージック」のオープニングのパロディで始まったのですが、「恋人が出来て幸せいっぱいです!」とはならず、結構ネガティヴにお話は進行。あぁ、とってもイギリス人♪ 「恋人がいるがゆえの悩み」だなんてとっても贅沢だと思うのですが、素直に幸せを受け入れられない取り越し苦労気質というのは自分にも当てはまるので、ちょっとシニカルに自嘲する形ではありますが、ナカナカ笑えます。ゲラゲラでもクスリでもなく、ダハ〜って力が抜ける笑いです。ん〜、この映画を「くだらない」と切り捨てられるのは幸せな人、そして「わかるわかる」と同感しちゃう人は負け組予備軍です(爆)。観る人の恋愛事情がばっちりわかるシビアな映画ですよ〜。もちろん、次から次へとふりかかる災難にアタフタするブリジットの奮闘振りがキュートなのですが、先月の「プリティ・プリンセス」がおとぎの世界の夢物語だとしたら、「ブリジット・ジョーンズ」は等身大のお話。年齢や置かれた立場が今の僕と共通する部分が多いというのもあって「理解したくな〜い」と思いつつ「とっても共感しちゃう」という自分が悔しい!
 ちなみに、ブリジットを囲むマークとダニエルも、とっても魅力的な男性なのにもかかわらずツメが甘いと言いますか、ブリジットとの恋愛(口説き!?)に関しては不器用を極めています。でも、実際社会で、プレイボーイやエリートも含めて、恋愛に器用な人ってどれ位いるんでしょうね。個人的に、この分野に関しては、器用=幸せとはならない気がします。映画「ブリジット・ジョーンズ」は、ドリフターズが登場しそうなドタバタ喜劇なのにもかかわらず、どのエピソードも妙にリアルに感じられるのは、この人間臭さが原因なのかもしれません。でも「落ち込むような事件は幸せの前触れさ〜」とノンビリ・ポジティヴな気分で映画館を後にすることができるので、僕としてはとても好きな作品です。小さなエピソードの寄せ集めのような台本なのですが(四コマ漫画を原作にした映画の台本といえばわかりやすいでしょうか)前作よりも面白いかも。
 なお、今回は版権の関係とかで、パンフレットは制作されないそうです。そして、前作とは監督が変わってます。「ハリー・ポッター」の時のような急激な変化がないので、実はたった今、気付きました(汗)


2005年03月21日(月・祝)12:30-14:20
映画「いぬのえいが」
@TOHOシネマズ市川コルトンプラザ PREMIER SCREEN

 全席指定 1300円 I列-8番 (パンフレット:600円)

 「A Dog's Life : good side」(監督:黒田昌郎)
 「うちの子No.1」(監督:袮津哲久)
   渡辺えり子/佐野史郎/吉川ひなの
 「CMよ、どこへ行く」(監督:黒田秀樹)
   伊東美咲/中村獅童/高橋克実/北村総一郎/戸田恵子
 「ポチは待っていた/思い出」(監督:犬童一心)
   中村獅童/石坂良磨/菅野莉央/木村多江
 「恋するコロ」(監督:佐藤信介)
   佐藤隆太/乙葉/荒川良々
 「ポチは待っていた/唄う男」(監督:犬童一心)
   天海祐希/川平慈英
 「犬語」(監督:永井聡)
   田中要次
 「ポチは待っていた/病院」(監督:犬童一心)
   清水美那/松岡璃奈子
 「ポチは待っていた/空き地」(監督:犬童一心)
   中村獅童/小西真奈美
 「A Dog's Life : bad side」(監督:黒田昌郎)
 「ねえ、マリモ」(監督:真田敦)
   宮崎あおい/利重剛

 50種90匹のワンちゃんが一挙にスクリーンに登場する映画です。はい、僕にとってはそれだけで十分満足なのです。メインとなるのはポチ役の柴犬なのですが、ボールをくわえて尻尾を振りながらご主人様のところへ戻ってくる姿だけで僕は幸せ〜。ということで、アニメの二本「A Dog's Life」は興味なし、そして、字幕と人間が交互に出てくる「ねえ、マリモ」も蛇足状態。生き生きとしたワンちゃんが登場してナンボなのです。
 「うちの子No.1」は、4匹のヨークシャー・テリアを引き連れた渡辺えり子とアイリッシュ・セッターを散歩する佐野史郎がハチャトゥリアンの「剣の舞」に乗せて早口で唄い踊る犬馬鹿ミュージカル。初めはお互いの犬を褒めあうものの、次第に相手の犬の悪口を言い出す始末。僕は大型犬派なので、佐野氏を応援。
 「ポチ」シリーズでは忠犬物語には涙し、「犬語」では、どこまでフィクションかわからないバウリンガル発明秘話にクスクス笑ったのでした。映画本編90分にして11のストーリーが登場するので、一つ一つの作品は短いのですが、監督も異なることもあって、非常に変化に富んだ映画で楽しかったです。でも、ワンちゃん大好きなな僕にとって、一番印象が残ったのは、自分でも意外なのですが、「ポチは待っていた/唄う男」に出演の天海祐希と川平慈英なのです。二人ともスクリーンからはみ出してしまいそうな大熱演。あぁ、舞台の人は表情が大きいな、と感じ入った次第です。結局、あまりに台本に懲りすぎて、犬の可愛さをあまり感じられなかった映画ともいえます。くぅーんと人間を見上げる表情だけで十分魅力的なのに、コント風の台詞や、人間へのメッセージを込めるというのは、結局、人間ドラマやん、となってしまい、ずっと見ているとあきます。
 なお、この映画はすでに続編のが製作が決定しているそうで、公開は2006年夏を予定。今回はそこそこ楽しかったけれど、DVDは欲しくないし、続編が待ち遠しい映画とはなりませんでした。残念。やはり、犬は本物が良いです、はい。映画>犬。


2005年03月21日(月・祝)17:00-20:10
東宝「レ・ミゼラブル」@帝国劇場

A席 9000円 2階-F列-58番 (パンフレット:2000円)
演出:トレヴァー・ナン、ジョン・ネピア

 ジャン・バルジャン:山口祐一郎
 ジャベール:今拓也
 エポニーヌ:新妻聖子
 ファンテーヌ:マルシア(本田美奈子の代役)
 コゼット:知念里奈
 マリウス:藤岡正明
 テナルディエ:徳井優
 テナルディエの妻:森公美子
 アンジョルラス:小鈴まさ記
 ガブローシュ:大久保祥太郎

 ミュージカルが苦手、という方は良くいらっしゃいます。「急に歌ったり踊ったりするのが変」という気持ち、わかります。でも「変」と思えるのは駄作だったのか出演者が良くなかったのかどちらかです。というのも、ミュージカルは台詞のみでなく、音楽で、ダンスでストーリーが語られ、感情表現がなされるので、どちらも必要不可欠な要素なのですから。したがって、作曲家が神の力を借りて楽譜にしたナンバーには不必要な音はありませんし、台詞も必要以上のことをしゃべっててないのです(レミゼは全編歌なので台詞はナシですが)。演出や振付も以上のことを踏まえてなされている……はずですが、ま、時にはとんだ駄作となってしまうこともあります。それがショービジネスというチームでの仕事の恐ろしいところですね。
 「レミゼ」のスコアはワーグナーとまではいきませんが、ライトモティーフを用いていて、あるメロディを耳にしただけで、無意識のうちにその役や場面の状況を体で理解できるようになっています。登場人物のバックグラウンドによって、求められる声や歌唱法が異なるというのも、幅広い音楽を扱うことのできるシェーンベルクならではの素晴らしいスコア。身分が高くなればなるほど、クラシックの歌唱になり、下層階級になるにしたがって、歌のフォームが崩れてくるなんて、よくぞ思いついたものです(司祭様はベルカントのクラシック、テナルディエは歌と語りの中間、というのが両極になるのかな?)。そして、前述の状況に応じた同じメロディも、歌唱法が異なるがゆえに別の曲に聞こえる、というのも作品に奥行きを与えているかと思います。ミュージカルの有名作品のほとんどは、ピアノ譜付きのヴォーカルスコアであれば山野楽器やYAMAHAで購入することができますが、指揮者用のフルスコアなんて発売したら、役者にとっても観客にとっても便利なことこの上ないと思うのですがいかがでしょうね。「レミゼ」のように、途中からオーケストレーションやメロディが変わった作品は「○年版」と、ストラヴィンスキーの「火の鳥」みたいにいくつも版を出したら、きっと今よりももっとミュージカルについて研究がなされるかと思うのですがいかがなものでしょう。もちろん、出演者には音楽稽古がありますが、一部分しかわからないで演奏するのと、全体を把握して演奏するのとでは、表現力が段違いのはずなのですが。。。
 さて、「レミゼ」の音楽ですが、ノドで唸るような囚人たちの合唱の中からバルジャンの声が浮かび上がるプロローグから、いきなり魅力が爆発します。すぐに登場するジャベールはバルジャンとは裏表の性格であり、実は同じメロディを歌うことが多いので、この二人は、声質的には似た役者によって演じられるのが理想的。あくまでオーソドックスに歌いきるジャベールと、ところどころワイルドさが見え隠れするバルジャンの歌唱だと完璧。(初演時、バルジャンとジャベールが役代わりで演じられたのは面白い試みですね)。本日の祐さんですが、実は今までで最高の歌唱を披露してくれました。目茶目茶やる気モード、本気モード。彼があんなにも感情表現をする姿はここ数十年で見たことない!聴いたことない!! いつもの照れ屋の祐さんはどこへやら、舞台上にはバルジャンの喜怒哀楽が色濃く反映されたのでした。ファントムではないけれど、バルジャンが登場しないシーンですら、彼の存在を感じる舞台。失礼ながら、まさか祐さんでこんな舞台が観られるとは思いもしませんでした(笑) 対するジャベールの今さんは今ひとつ殻を被ったままの固い歌唱と演技ですが、ま、この役についてはその固さが魅力でしょう。でも、祐さんがあれだけ昇華してしまうと、完全に取り残されてしまった模様。今日の祐さんに拮抗できるとしたら、今井ジャベールか村井ジャベールかなぁ、貫禄的にも。とにかく、祐さんとその他大勢では、舞台における大きさが段違いでした。
 そして、女性で絶好調だったのが新妻エポニーヌ。「ミス・サイゴン」を経て一皮向けました。歌に芝居に、自信を持って表現しているのが二階席からも読み取れて頼もしい限りです。舞台姿が大きくなり、スターオーラを発揮し始めました。地味で惨めで報われることのないエポニーヌなのに、一番輝いていたのは面白いものですね。人気役とはいえ、とにかくキラキラ眩しい!
 では、華やかで幸せでハッピーエンドとなるコゼットはというと完全なミス・キャスト。リリコもしくはリリコ・レジェロ(わからない人は辞書引いてね)の声で形式感のあるクラシカルな歌唱がふさわしい役にもかかわらず、まったく曲のラインを表現し得なかったのですから彼女こそ「ああ、無情」でした。出番が少ないなりに、強い印象を残す必要があるにもかかわらず「いつの間に出てきたの?」状態で鳴かず飛ばず。これは彼女をキャスティングした東宝の責任でしょう。そして、ファンティーヌは、その精神性の高さとコゼットの母という立場からクラシカルな声を求められつつも、若い頃の行動や下層階級に身を落として生きていたというキャラクターからして、コゼットよりもややPOPな歌唱がふさわしいのですが、マルシアの場合は元の個性が強いがゆえに、終始表現を押さえ込んだ歌唱と芝居で不完全燃焼。どの役であれ、たっぷり演じている、という満足感が薄いのはちょっとイライラしますね。では、期待のモリクミさんはというと、今日は声の粒が立たずアララの不調(こんなの初めて)。本来、モリクミさんの声だとマダムにはあわないのですが、彼女の演技力と多彩な歌唱法、通りの良い声によって成り立っていた役だけに、自由自在に声を操れない状態となるとこれまた魅力減。芝居とメイクをいつも以上に頑張っていましたが、好調状態を知るだけにこれまた痛々しい。
 では男性陣はとなると「ボロボロ」でした。あ、新人にしていきなり大役の藤岡マリウスは高音域の輝きや甘い雰囲気はマリウスにピッタリ。ただし、衣装の着こなしのひどさは特筆もの。上着のサイズが合わなくて、舞台姿がモッタリ。燕尾を着ているのに、腰履きジーンズがイメージできてしまうのは若さゆえ? そして、大劇場用の発声にまだ慣れていないようで、エネルギーが二階席に届く前にスコーンと抜けてしまう印象を受けました。とはいえ、まろやかな声と歌唱は貴重ですし、「素敵なミュージカルスターになりそう」という予感がします。藤岡君が小柄で童顔ということもあり、小鈴アンジェルラスはすっかりおじさん。彼は目が細く、歌っている時「笑い顔」に見えてしまうので、革命のリーダーとしては押し出しが弱いですね。そして歌も芝居も存在感もどれをとっても「超地味」で、立ち位置0番がひたすら似合わない。音楽面では、立ち上がりの悪い声で、スピントの強さも持ち合わせてないので埋もれてしまう上に、音域が合わないのか、高音も低音も音程がなくなってました。音程がないといえば、徳井テナルディエも無調音楽でしたわぁ。いえね、テナルディエ役はこの作品の中で唯一自由気ままな芝居と歌が許されるのですが、彼の場合はオーソドックスな表現のままアウトローを演じようとするので、観ているこちらが気恥ずかしくなります。舞台で暴れることができるのと、みじめなほどに無理をしているのとは段違い。恐らくご本人もそれがわかっているのか、必要以上にオーバーな表現を行ってしまい、悪循環に陥ってました。残念。
 ということで「表現を小さく押さえてしまった女性陣」と「表現を大きくすることのできない男性陣」による公演で、全体的にちんまりとまとまってしまった印象があります。帝劇ではなく日生劇場サイズ。でも。その分、主演者が大きく輝き、「スター不在」の作品なのに、東宝ならではの「座長芝居」に落ち着いたのが偶然とはいえ面白い体験となりました。


2005年03月25日(金)19:00-22:30
新国立劇場オペラ「モーツァルト:コジ・ファン・トゥッテ」@新国立劇場オペラ劇場

 ランク7 5670円(ATRE割引) 4階-2列-11番 (パンフレット:800円)
 指揮:ダン・エッティンガー
 演出:コルネリア・レプシュレーガー
 管弦楽:東京交響楽団

 フィオルディリージ:ヴェロニク・ジャンス
 ドラベッラ:ナンシー・ファビオラ・エッレラ
 デスピーナ:中嶋彰子
 フェルランド:グレゴリー・トゥレイ(ジョン・健・ヌッツォの代役)
 グリエルモ:ルドルフ・ローゼン
 ドン・アルフォンソ:ベルント・ヴァイクル

 モーツァルトというと「胎教にオススメ」と言われる程に穏やかで高貴な響きが取り上げられますが、彼は今でいえばロック・ミュージシャン。形式的な音楽を打ち破り、当時としてはスキャンダラスな題材を取り上げ、おまけにパトロンをパトロンとも思わない反逆児でした。そういえば、上演直前まで作曲を続けていたとのことですが、あら、なんだか新作ミュージカルの制作現場のお話みたいですねぇ(笑)
 さて、「フィガロの結婚」「魔笛」「ドン・ジョヴァンニ」と並ぶモーツァルトの四大オペラの一つ「コジ・ファン・トゥッテ」は、出演者全員の比重が比較的平均していることと、アンサンブル重視なことなどから、オペラ研修所や音大オペラで取り上げられることが多いので、比較的上演頻度は高いものの、一般的な人気は1ランク落ちる印象があります。誰もが知っている有名ナンバーがあるわけでなく、群を抜いた個性的人物が登場するわけでなく(対になって使われることが多い)、舞台面も地味とあって、どんなにアンサンブルが美しかろうと、モーツァルトの音楽の完成度が高かろうとこれが現実。そもそもパンフレットに「台本がひどいと言われ続けているけれど」という言い訳の論文がいくつも掲載される時点で「台本が良くない」と言い切っているようなものです。いえね「良くない」と決め付けるのは正確ではありませんね。あまりに当時の流行だとか状況にピッタリの作品だったゆえに、現代の日本人にとっては予備知識がやたらと要求されるのがツライのです。そして、知識がなくても楽しめるか、となるとハッタリの効かない作品ゆえ、客席が盛り上がらない、とでも言いましょうか。
 さて、あらすじです。フィオルディリージ(S)はグリエルモ(Br)と、ドラベッラ(Ms)とフェルランド(T)はラブラブなカップル。が、哲学者のドン・アルフォンソは男達に向かって「女なんてねぇ、貞節を誓っておきながら、すぐに浮気するもんなんだよ」などとのたまうからさあ大変。さっそくフェランドとグリエルモは「戦争に行くことになった」ということにして恋人の前から姿を消すことに。そして、なぜか怪しい外国人に変装して、お互いに相手の恋人を口説くことに! フィオルディリージとドラベッラは当然のごとく男達の誘惑を拒絶するけれど、メイドのデスピーナの活躍もあって!?(使用人は主人が身を持ち崩すのを見るの好ですよねぇ。いわば「家政婦は見た!」の市原悦子状態)そしてあえなくドラベッラはグリエルモの、フィオルディリージはフェルランドのプロポーズに乗ってしまい、あっという間に結婚式。はしゃぐ女達に落ち込む男達。そして、ネタばらしとなるのですが、あの幸せだった日々は今いずこ。。。人様の幸せをぶち壊しておきながら「困難を乗り越えてこそ本当の愛だよ」などとドン・アルフォンソが、聞いてるこちらがあっけに取られるようなな演説をして、なぜか元のカップルに戻って幕。
 ね、もうあまりに現実味のないノーテンキな作品でしょ。そもそも、恋人たちが変装したところで、普通バレますわなぁ。。。今回の演出ではフィオルディリージとフェルランドが新カップルになり、ドラベッラとグリエルモはシングルになる、という新しい解釈の演出でしたけど、個人的には「状況に無理があるのはわかってるの。でも、わからないフリをしているだけで、あくまで"if"のお話なんですよ」という解釈が好きです。「女はみんなこうしたもの」という幻想を抱いている男達って馬鹿よねぇ、と女達が逆に男たちを騙している、というスタイル。ほら、ドン・アルフォンソは学者馬鹿ということにしておけば、こちらの方が無理がないでしょ!? 実は……あえて独断と偏見で言い切ってしまいますが、そもそも、モーツァルトたちは、スワッピングに浮気、略奪愛、コスプレを楽しみたかっただけなのですヨ! いわば当時の貴族向けアダルトビデオ。ほら、そうすると、ベタな芝居にも、不自然なほどに急激な展開にも納得でしょ。でもって、ストーリーとは裏腹に、演奏されるのはこれ以上ないって程高貴な音楽というのがミソ。これが免罪符となって、堂々と上演できる……という皮算用だったものの、あまりに台本がえげつないがために、さすがの貴族達も拒絶反応。仕方がないからあれこれ理屈をつけて言い訳していたら、何とも難解な作品として人気なくなっちゃった、というのが真相だと思うのですがいかがなものでしょう?(あ、音大の論文試験でこんな回答を提出したら、きっと"F"が付けられて答案が戻されることでしょうね(笑)
 さて、本日はオケも好調、歌手も好調で、非常に締まったアンサンブルを聴くことが出来ました。個人的には好きなオペラではないのですが、モーツァルト作品の中で最も美しい響きのオペラなのは認めます。フィオルディリージは格調高く、ドラベッラはちょっと崩れて色っぽく、デスピーナはチャキチャキと役と声が一致。フェルランドは真面目でまだまだ背伸びしている青年で、グリエルモはちょっとは男女の駆け引きを経験しているお兄さん、というキャラクター分けがクッキリ。それでいて、誰一人として飛び出すことがなく、歌に芝居に掛け合いの美しさを満喫しました。謎の外国人のシーンの衣装は、ほとんど裸に近いのですが(グリエルモはストリップを始めて、トランクス一枚にまでなります)、二人ともセックスアピールが乏しいので、脱いでも健全(笑)トゥレイなんて、お腹ボッテリの中年体型ですが、それでも若さが勝るので、フィオルディリージとは「お姉さまと坊や」状態。ま、それゆえに今回のカップルのお相手入れかえという演出が決まったとも言えるのかな。これが、ジョン・健だったらどうなってたことやら。想像ですけど、結構ヤラシイ雰囲気になったかも。かつてはダンディだったヴァイクルも今や枯れたおじいちゃんですし、デスピーナの中嶋彰子は色気がないので、結構サッパリ味。モノトーンを基調とした舞台美術と相まって「お遊びなんですよ、コジは」の茶目っ気に欠けていた気がします。来年の再演が決定している公演ですが、同じプロダクションで、お色気ムンムンのメンバーでの上演も観てみたいものです。