観劇日記〜2006年02月〜
03日(金) 15:00 宝塚歌劇団宙組「THE LAST PARTY」 日本青年館
03日(金) 18:30 藤原歌劇団「プッチーニ:蝶々夫人」 東京文化会館
09日(木) 11:00 東京藝術大学「2005年度 第13回 奏楽堂 モーニングコンサート」 東京藝術大学奏楽堂
11日(土・祝) 10:55 映画「PROMISE」 サロンパス ルーブル丸の内
13日(月) 18:30 東宝「屋根の上のヴァイオリン弾き」 日生劇場
23日(木) 18:30 二期会「プッチーニ:ラ・ボエーム」 オーチャードホール
24日(金) 18:15 東宝芸能「アンナ・カレーニナ」 ル テアトル銀座


2006年02月03日(金)15:00-17:45
宝塚歌劇団宙組「THE LAST PARTY」@日本青年館

 B席 4000円 2階-D列-6番 (パンフレット:600円)
 演出:植田景子

 スコット・フィッツジェラルド:大和悠河
 ゼルダ・フィッツジェラルド:紫城るい
 シーラ・グレアム:五峰亜季(専科)
 マックスウェル・パーキンス:美郷真也
 アーネスト・ヘミングウェイ:遼河はるひ
 ローラ・ガスリー:美風舞良
 エドゥアール・ジョザンヌ:月丘七央

 フィッツジェラルドがゼルダと出会ってからの半生を描いたミュージカルなのですが、ロンドンだと、どこかのバーを改造したような小さな劇場で上演してそうな、ウェルメイドのお洒落な作品でした。机とソファ以外にこれといった装置はなく、バンドもピアノとシンセサイザーの二名だけ(ピアノが良い味だしてました〜)。もちろん、宝塚なので、会場に合わせてショーアップされていますし、青年館にはバーカウンターなんてありませんけれど、宝塚の現役の若い子たちでなく、ちょっと枯れてきたベテラン俳優が100〜200席の劇場で上演なんてのも可能じゃないかしら、なぁんて思いながら帰路につきました。ちなみに、作・演出は植田景子女史。修ちゃんの影響をかなり感じますけど、この作品だけを眺めればなかなかの作品です。宝塚のオリジナル作品って外部で上演されることはまずないけれど、外部の俳優が演じたら、また違った面白さがありそう。素敵な出会いでした。
 20世紀前半のジャズエイジというのは、ロココのコスプレ、軍服での大芝居と並んで、実は宝塚に似合う題材だと思うんです。男性はひたすらエレガントにキザで、女性は人工的に作られた美しさを競っているのは、まさにタカラジェンヌの日々の修行そのもの、なぁんて考えてしまいます。実際、あの当時の独特な衣装を美しく着こなし、滑らかに動き回れるということにかけて、日本では宝塚の右に出るものはないことでしょう。たった15人という少人数公演ながら、非常にゴージャスな舞台でした。(青年館はやたらと大きいので、PARCO劇場あたりで上演されたら小屋と芝居がよりマッチしたかも)。元々東京公演の予定のなかった公演で、装置や衣装はいかにも予算のなさが垣間見られ、膨大な台詞を観客が消化していかなければならないというハンデがありましたが、お馴染みな題材が次から次へと登場するのがまた楽しかったりします。「華麗なるギャツビー」「失われた楽園」「ヘミングウェイ・レビュー」など大劇場公演での予備知識があるので、ついつい昔の名舞台を思い出したり、勝手に時代背景や環境を瞬時に引用したり、何かと便利(笑) 第一幕ではバブルな時代を謳歌した人間たちのドラマが、第二幕では「いかに生きるべきか」に悩み苦しむ人間たちのドラマが描かれていて、小規模な作品ながら、テーマは大きく、ドラマティックな仕上がりとなっていました。でも、登場人物一人一人の書き込みが丁寧になされていて、かつそれらがエピソードの羅列にならず、一つに集結するとあって、非常に見ごたえのある作品となりました。最近の宝塚のオリジナル作品の中では一番好き!
 さて、主演=大和悠河となっていますが、第一幕での主役は紫城るいであることは明白でしょう。世間や慣習にとらわれない、自由なオンナを実にスケール大きく歌い演じていました。かつての男役の経験が生きたのか、大きさと迫力がありました。彼女は声の通りが良いので、音響の悪い日本青年館公演にもかかわらず、客席に台詞も歌詞もはっきり伝わってくるのはありがたいところ。宝塚の主演娘役としては甘さ不足の面があるかもしれませんが、この作品においては強さと脆さのコントラストがはっきりしていて、非常に見ごたえがありました。花總まりとは個性は全く違うけれど、今後の宙組トップ娘役としての活躍に期待が膨らみました。
 第一幕ではしどころのない台本ゆえ、紫城るいに押されっぱなしだった大和悠河は、第二幕になって「ゼルダを幸せにすること、一流作家になること」と夢(とそれに伴う葛藤)を語りだしてからは俄然精彩を放ちだしました。元々の芸風が暖かい人なので、ハードな題材の作品なのに、大和悠河が語り演じることで、ほっとした空気が流れるのが印象的でした。もちろん、現在の大和悠河では技術的に手も足もでない部分もかなりあり、思わず「カリンチョさんだったら、マヤミキさんだったら、マリコさんだったら」と脳内修正してしまいました。学年的にもそろそろ大和悠河には哀愁漂う芝居もこなして欲しいなぁ。でも、非常に華やかな人なので、舞台栄えはナカナカのものです。彼女は足が長くてラインも綺麗なので、パンツ姿が非常に美しいですね。後ろ姿が女性を思わせてしまうのは今後の課題!?
 専科の五峰亜季と組長の美郷真也がキリリと引き締まった安定感ある舞台っぷりで、若い主演コンビを大いに盛り上げていたのが印象的でした。続演となる月組公演では、まったく個性の異なる二人が主演となりますが、どんな舞台になるのか楽しみです。宝塚ってニンの違う役者に同じ役をふっちゃうのが面白いですね。


2006年02月03日(金)18:30-21:20
藤原歌劇団「プッチーニ:蝶々夫人」@東京文化会館

 E席 5000円 4階-L1列-4番 (パンフレット:1000円)
 指揮:アラン・ギンガル
 演出:粟国安彦、松本重孝
 管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団

 蝶々夫人:カルラ・マリア・イッツォ
 ピンカートン:グスターヴォ・ポルタ
 シャープレス:牧野正人
 スズキ:森山京子
 ゴロー:小宮一浩
 ボンゾ:彭康亮
 ヤマドリ:清水良一
 神官:坂本伸司
 ケイト:小林厚子

 半分伝説となっていた粟国安彦による美しいプロダクションの再演です。幕が開けば帝劇で登場しそうなエキゾティックでお金のかかった美術、下男たちは歌舞伎座から借りてきた役者さんのように舞台に馴染んでいますし、蝶々夫人が引き連れる友人たちは宝塚の日本物ショーのように華やか、といった趣。非常に豪華で見ごたえのある舞台です。(新国は栗山演劇部門芸術監督によるプロダクションを引っ込めて、この粟国さんによるプロダクションをレパートリーにして欲しい!!)
 しかし、ざっと見たところ、客入りが半分というのが信じられない。多分、主演がイッツォというのがあったのではないかと思ってます。確かに、登場した瞬間、可憐な15歳ではなく、相撲界の力士のようなボリュームだし、着物は着崩れてだらしないし、何よりも、ちょっと気を抜くとガニ股&大股になってしまうのですから、和物にうるさい方には突っ込みどころ満載でしょう。でも、そこはイタリアオペラ。ピンカートンとは着物がグチャグチャになるのも気にせず抱き合って激しいKISSを交わし、スズキのことは突き飛ばしまくり、ゴロー相手には大立ち回りを披露しちゃえども、感情表現の豊かさはそれを補って余りある特筆もの。「私はこんなにもピンカートン一途に愛してるのよ!!」という情熱がヒシヒシと伝わってきました。運命に耐え忍ぶけなげな蝶々さんではなく、自ら自分の運命を定めていく力強い蝶々さん。歌も最後までパワー前回で非常にドラマティック。よって、そんな彼女がケイトに息子を委ね、恨み言どころか「アナタはとっても幸せなのよ」と声をかけて、自分は身をひくところで「なんて格好良いオンナなんだぁ」と(ま、この部分の音楽も素晴らしいんですけど)思わず涙がポロリ。いつの間にやら、怪しい所作なんて全然気にならなくなり、蝶々夫人の魂に触れたような気がしました。日本人だと髪振り乱して、着物も滅茶苦茶にしてまで歌うってないでしょ。外人さんが演じることによって、思わぬ発見が沢山あって面白かったです。
 ということで、どんなに登場シーンからかっ飛ばそうと、ピンカートンはひたすら「嫌な奴」に見えて、舞台に駆け上がって蹴り入れたくなるほど(良い意味で)イライラさせてくれました。ま、しょっぱなから言動が軽くて軽くて、シャープレスが心配するのもむべなるかな。3年後に来日したシーンでは、自分が住んでた家だというのに土足で畳の上をズカズカ歩いちゃうし、嫌な役は全てシャープレスやスズキに押し付けて自分は逃げちゃうし、なんでこんな奴に蝶々夫人が惚れちゃったのかがナゾです。でも、蝶々夫人は結婚当時15歳、恋に恋しちゃったのかしらん? そして、ピンカートンと並んでゴローが素晴らしくイライラさせてくれました。いっときもジッとしておらず、常に舞台の上をちょこまかちょこまかして落ち着かないので、蝶々夫人が毛嫌いするのも納得。人の話は全然聞かないし、それでいて、人の嫌がる話を持ち出す天才。いやぁ、小宮一浩って印象に残るのは初めてですが、かなりの実力者とみました。メイクも凝ってて、コミカルがかっていて実に芸達者! コミカルといえば、ヤマドリなんて漫画から抜け出してきたかのような好色親父。蝶々夫人にぞっこんのクセに、ちょっと連れなくされただけで、出されたお茶を突き返しちゃうようなガキっぽさがあってカワイイ奴でした。
 情熱的な蝶々夫人と、ドタバタな脇役陣の中、たっぷりした芝居を見せたのが牧野正人と森山京子。歌は安定しているし、抑えた演技の中から苦悩だとか思いやりの心がにじみ出てきて、舞台の引き締め役となりました。今まで「蝶々夫人」というと動きの少ない、退屈なオペラだと思っていたのですが、結構ドラマティックに仕上がっていて、つまらないどころか、舞台のあちこちを観るのに忙しいプロダクション。オペラグラスも大活躍。オケはプッチーニならではの、水の中からブクブクと泡が湧き出てくるような幻想的なサウンドを気持ち良く響かせていましたし、指揮者がここぞという場面でドラマティックに盛り上げてくれて実に僕好み。東フィルが良い仕事してました。歌手もみなさん声量豊かで、オケに負けじとスケールの大きな歌唱。派手さはないけれど、観終わった時に「来て良かった」と思える時間でした。


2006年02月09日(木)11:00-12:30
東京藝術大学「2005年度 第13回 奏楽堂 モーニングコンサート」@東京藝術大学奏楽堂

 全席自由 無料 2階-BL3列-11番 (パンフレット:無料)
 指揮:松尾葉子
 管弦楽:藝大フィルハーモニア

 ヴァイオリン:守屋剛志(4年)
 ピアノ:秋葉敬浩(3年)

 ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.18

 今年度のモーニングコンサートの最終回です。某雑誌で宣伝されてしまったせいか、もしくはヴァイオリン科とピアノ科という二大花形専攻の登場ゆえか、はたまた「のだめ」に登場しそうな人気コンチェルトが登場するからか、開演直前になっても学外にまで伸びる長蛇の列。僕が入場したと同時に予鈴が鳴るもんだから、椅子取り合戦も力が入ります。「東京藝術大学の学生は一般のお客様が一人でも座れるように席を立つように」というアナウンスもビシバシ。さすが、演奏家育成の学校です。(「宝塚歌劇団の生徒は一般のお客様が一人でも座れるように席を立つように」というアナウンスが某劇場で流れるのは聞いたことないけど・笑) ということで、藝大の奏楽堂は満員御礼、立ち見もズラリという、まるで千秋真一でも登場しそうな雰囲気になったのでした(わからない方は「のだめカンタービレ」読んでね)。ギリギリに入場ゆえ、今回はバルコニー席。オペラグラスを持参し忘れたのが悔やまれます。
 まず登場するのはヴァイオリンコンチェルト。今回はたまたまソリストが二人とも男性。守屋剛志は裾を出した黒シャツを着こなし、ちょっとのぼぉちゃん風に登場。学生らしい若々しさに満ちていて良い感じ。学生とはいえ、プロフィールには各種受賞歴がズラリと並ぶ折り紙付きだし、そもそも全然知らない子だし(笑)、ワタクシはかなりお気楽モードなのですが、さすがにご本人様はそんな心境ではないようで、第一楽章はかなり固い印象。いかにも優等生の模範演奏でした。それが、楽章が進むにつれ、少しずつ伸びやかな演奏に変わっていくのが印象的。弦のメロディを書かせたら最右翼のブラームスのコンチェルトとあって、ヴァイオリンはアノ手コノ手で聞かせどころ満載。ヴァイオリン弾きにとってはかなり重量級の難曲だと思われますが、割とサラサラとしていたのは彼の持ち味なのかしらん? 個人的にはも少し個性が表に出てきた方が好みです。余談ですが、藝大のモーニングコンサート、女性ソリストの方が大胆で力強い演奏、男性ソリストは意外と大人しく小さくまとまる演奏、となることが多いのはなぜなんでしょうね? とはいえ、好みの問題こそあれ、見事に弾ききった彼に対して盛大なるブラボーの声が飛び交っていました。
 休憩もなしに続いて登場したのがラフマニノフのピアノコンチェルト。なかなか個性的な曲ゆえ、好き嫌いが激しく分かれる曲ですが、天才ピアニストによる曲だけあって、ピアノの性能をフルに生かしたアノ手コノ手が楽しくて、僕は好きです。でも、ラフマニノフは末端肥大症だったゆえ、ほとんどのピアニストが楽譜通りなんて手が届きっこないというひねくれた曲でもあります。もしも僕がソリストだったら、弾いてて一番気持ち良いだろうなぁ、と思える曲です。ロシアン・クネクネも含めて(笑) さて、プロでも四苦八苦のこの曲を学生ながらに弾くなんてどんな人だろうと思っていたのですが、登場する秋葉敬浩は正装をキリリと決め込んだ、ラフマニノフも真っ青の長身の青年。バスケット選手としてもきっと生きていけそうなほどで、フルコンのピアノがおもちゃのように見えちゃいました。何しろ肘から先をちょこっと動かすだけでピアノの端から端まで届いちゃうのですから「すっごい難曲なんだよ〜」と連れと話していたのがまるで嘘ついてたみたいな気分。いやぁ、こんなに簡単そうにラフマニノフを弾く人をはじめて見ました。左手がかなり力があるようで、低音がものすごく綺麗に響いていて惚れ惚れ。そして大柄なのに小回りもかなり効くピアニストでして、ピアノ能力の博覧会状態。圧巻の演奏でして、終演後はかなりの歓声が飛び交いましたさ。でも、ピアニストにとって、足が長いというのは決して良いことではないのを認識。膝下がとっても長いので、鍵盤の下に収まらないので、椅子を低くして、かつ鍵盤から離れて座らないと演奏不可能。それでも座った時の足は「へ」の字型だし、背中は真ん丸。それゆえかどうかは知りませんが、熱演というよりはクールな演奏。あぁ、クネクネして欲しかった〜。
 ということで、本日のソリストはお二方ともテクニックはかなりのものを持っていますが、観客を熱狂させる何かが足りなかった気がします。まだ学生なんだから、もっと元気のある演奏を聞かせていただく方が僕好み。今から小さくまとまってしまうのはもったいない気がするんですよねぇ。千秋先輩か、のだめちゃんの登場を期待していましたが、坪井先輩だった〜(ってまたもやのだめネタ・笑) モーニングコンサートは全13回もあるので、ピンポイントでしか聴いちゃいませんが、今年は若さ溢れる爽やかな演奏に沢山触れられたものの、演奏技術云々前に「この人は売れる!」と思える、スター性に満ちた生徒さんとの出会いがありませんでした(って単に僕のタイプの演奏家がいなかっただけですが)。でも、このシリーズ楽しいです、来年も楽しみ。


2006年02月13日(月)18:30-22:00
映画「PROMISE」@サロンパス ルーブル丸の内

 全席自由 一般前売 1300円 N列-9番 (パンフレット:600円)
 監督:チェン・カイコー

 光明(大将軍):真田広之
 昆崙(奴隷):チャン・ドンゴン
 傾城(王妃):セシリア・チャン
 無歓(北の侯爵):ニコラス・ツェー
 鬼狼(刺客):リウ・イェ

 宝塚に登場しそうなストーリーでした。思わず配役を考えちゃったもの(笑) 真田広之(日本)、チャン・ドンゴン(韓国)、ニコラス・ツェー(香港)、リウ・イェ(中国)とアジアの美男が勢ぞろい。俳優それぞれにぴったりの役が振られていて、誰のファンでも満足の作品かと思われます。ま、CGが滅茶苦茶で、NHKの「おかあさんといっしょ」に登場しそうな処理だったのには思わず笑ってしまいましたが、「愛は運命を変えられるか」というテーマが実に僕好みで、ドロリとした感触を堪能したのでした。真田広之もチャン・ドンゴンも中国語での参加なのですが、あれ、そういえば違和感なかったなぁ。以下、妄想劇場。バランス的にもぴったりだと思うんだけどなぁ。ジュリアス・シーザーなんかよりもこっちが良いなぁ。それにしても、やたらとスケールの大きな映像だから何となくだまされたまま見終わってしまいましたが、突っ込みどころ満載の作品です。楽しく観終わりますけれど、リピートはしなくて良いや。
 真田広之→轟悠
 チャン・ドンゴン→瀬奈じゅん
 ニコラス・ツェー→霧矢大夢
 リウ・イェ→大空祐飛
 セシリア・チャン→彩乃かなみ


2006年02月13日(月)18:30-22:00
東宝「屋根の上のヴァイオリン弾き」@日生劇場

 B席 3000円 2階-F列-34番 (パンフレット:1500円)
 演出:ジェローム・ロビンス、寺ア秀臣

 テヴィエ:市村正親
 ツァイテル(長女):匠ひびき
 ホーデル(次女):剱持たまき
 チャヴァ(三女):安倍麻美
 巡査部長:石波義人
 ラビ(司祭):青山達三
 アヴラム:石鍋多加史
 イエンテ:杉村理加
 フルマセーラ:富田浩路
 ツァイテル婆さん、キャロル:塚いおり
 ヴァイオリン弾き:日比野啓一
 パーチック:吉野圭吾
 モーテル・カムゾイル:駒田一
 ラザール・ヴォルフ:鶴田忍
 ゴールデ(テヴィエの妻):浅芽陽子

 日生劇場に「ヴァイオリン弾き」が30年ぶり戻ってきました! もちろん、当時の舞台はワタクシは観ておりませぬ。思えば、この作品はずーっと帝劇で上演されていたのに、昨年急に芸劇中ホールという小劇場で上演。そして今回は中劇場の日生劇場に登場。森繁時代から回数だけは観ているけれど、実はこの作品はかなり苦手なんです。救われない「レミぜ」、もしくはアナテフカ版「男はつらいよ」なこの作品。照明は終始暗いし、音楽も結婚式の場面ですら陰々滅々としたもの、おまけにストーリーはこれでもか!という位、苦難が続くんです(余談ながら、アナテフカを追われて、長女夫妻はポーランドのクラクフへと移動するのですが……ナチスのガス室に送られるというのを観客は知っているわけで、後味がとっても悪いんです)。黄昏時の結婚式にはトート閣下は登場しないし、「最後のダン」スの代わりに披露されるは地味〜な「ボトルダンス」(ダンサーたちは素晴らしかったけれどね)。実は苦手な作品。お金出してわざわざ嫌な気分になるなんて! しきたりの問題は親子の愛情によって克服したテヴィエも、人種問題だけは許すことができなかったんですよね。あ、これは今も同じ問題が世界各地で起きていますね。解決する日は来るのでしょうか? 文化・習慣の違いを理屈ではなく、感情的に納得できるのは難しい問題だぁ。
 帝劇公演の時は世界共通の賑やかなプロセニアムをともなった装置だったのですが、芸劇より美術がだいぶ変わり、すっかり簡素なものになりました。日生劇場ですら大きいと感じるまるで地方公演用のもの。ただし、基本演出はロビンスのものなので、舞台上、大道具が右へ行ったり、左へ行ったリと、スタッフさん大忙し。そして、上演時間もだいぶ短縮。この短縮は「レミゼ」のように、あちこちちょっとずつ削ってあるので、時折「あれ、もう次の台詞に行っちゃうの?」ということも多々。でも、それでもかなり長さを感じさせる作品です。恐らく、作品の規模に対してミュージカルナンバーが少なく、歌入り芝居に近いものがあるのも原因かもしれません。座長の腕に全てがかかってしまうような。
 して、テヴィエ役の市村さんですが、素晴らしかったの一言につきます。「ニンに合わない役だなぁ」なんて危惧していたのは嬉しい誤算。市村さんが大車輪で舞台を引っ張っていました。市村テヴィエは神と語り合うというよりも、自問自答しているような印象を受けました。「神様〜」とすがるのではなく、自分の不幸を自嘲的に笑い飛ばす感じ。 相談せずに自分で解決方法を見出している姿に、今までとは違う「強いテヴィエ」を感じました。パンフを見たら「モーツァルト!」のレオポルト役の芝居によってテヴィエ役への起用が決まったとか。良い仕事が次の仕事を呼ぶなんて素敵ですね。修ちゃんとの仕事やん!と誇らしく思いましたさ。市村テヴィエは、何といってもちゃんと歌えるし、踊れる人なので動きが大きくて綺麗なのが特徴。曲数こそ少ないものの、一曲一曲のドラマが浮かび上がるので、作品が一回り大きくなった気がしました。歌入り芝居じゃなく、ちゃんと歌の場面も芝居になってました。そして、芝居の緩急は相変わらず自在で、普段はフニャフニャしているのに、いざとなると実に力強く、家族の幸せを第一に考える、格好良い父親でした。いたずらっ子のような顔つきでおちゃらけたかと思うと、一瞬にして家長としての貫禄を見せ付ける切り替えの鮮やかさ、圧巻でした。とはいえ、あまりに市村さんだけが傑出しているので、座組みから浮いてしまうという贅沢な悩み症状があらわれてしまいました。
 というのも、その他の面々はお話にならないんです。大根&音痴をよくまぁこれだけ集めたもんです。市村さんがいなかったら途中退席してました。歌も芝居も必死な方ばかり。ゴールデは「普段は恐妻家だけれど、いざという時には家長の貫禄を発揮」のテヴィエと対照的に「普段は家のことを仕切っているけれど、実は小心者」というのが持ち味なのに、貫禄がないのでキリリとしたシーンがマッタク締まらず、おまけに歌も「あれ!?」というほど音が取れないんです。もっと歌える&迫力ある人だと思っていたのですが。。。もっと家族から頼られる母親の強さというものを出さないと、せっかくの市村さんの恐妻家の芝居が全然際立たなくなるじゃないですか〜。娘たちもひどいもので、匠ひびきなんて歌えない芝居できないという、宝塚元トップの名前が恥ずかしい体たらく。彼女でミュージカルはかなり厳しいものがあります。それでも、彼女にはダンスで鍛えた大きくて綺麗な動きと姿勢がありますが、剱持たまきと安倍麻美にいたっては素人さんの域。剱持たまきなんて「愛する我が家を離れ」を歴代一、二を争えるであろうヒョロヒョロ歌を披露。国立音大の声楽科出てるんですよね?安倍麻美はお金取れるレベルじゃないです。なんでこんな子がキャスティングされちゃったんだろう??? 男性陣も似たり寄ったりで、歌は全滅、台詞は棒読みで間もへったくりもありませぬ。さらさらと台本が読まれているだけ。確かにこのメンバーじゃ帝劇の空間は埋められないなぁ。帝劇よりも音響がはるかに良い日生劇場なのに、ここまで歌に迫力を感じさせない公演もあんまりです。あ、フルマセーラのいっちゃったメイクと、イエンテのミュージカル専門家としての安定感はさすがでした。
 演出は基本的に今までのものと同じ。舞台機構やセットの違いによって、登場位置が変わったり、前述のように装置が左右に移動しちゃうので芝居する位置が動いたりしています。が、一番の違いはというと、照明ではないでしょうか。「神様〜」とテヴィエが苦悩するシーン、今まではピンスポットだったのですが、今回は舞台上に青いライトで輪が描かれるのです。駒田一のオドオドぶりも自然な感じで「こんな人いるいる〜」と笑わせていただきました。ヴァイオリン弾きの日比野啓一は動きがとっても滑らかでダンサーとしての実力を感じさせましたが、ボーイングが音楽と全然あってなくて、音楽的感性には疑問を抱いております(今回は無言役ですが、音痴ではなかったと記憶しております)。
 ということで、座長のおかげで予想外に楽しませていただきましたが、その他の面々が余韻の残らない芝居だったので、幕切れのせつなさ、やるせなさが半減してしまったきらいがあります。東宝ミュージカルなのに、劇団四季を観に来たかのような錯覚に陥ってしまいましたさ。そういえば、市村さん主演で日生劇場といったら、僕の世代だといまだに四季をイメージする人も多いのでは? あ、でも、浅芽陽子の優しい母親像や、匠チャーリーの動きの美しさは格別でしたし、剱持たまきや安倍麻美は別の役だったらもっと映えるのではないでしょうか(この二人は現代物の方が良いかと)。


2006年02月23日(木)18:30-21:20
二期会「プッチーニ:ラ・ボエーム」@オーチャードホール

 E席 2000円 1階-35列-4番 (パンフレット:1000円)

 指揮:ロベルト・リッツィ・ブリニョーリ
 演出:鵜山仁
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 ミミ:大岩千穂
 ロドルフォ:福井敬
 マルチェッロ:大島幾雄
 ムゼッタ:飯田みち代
 ショナール:宮本益
 コッリーネ:斉木健詞
 ベノア:村林徹也
 アルチンドロ:境信博
 パルピニョール:森田有生

 ミュージカル・ファンには「RENT」の元ネタ作品と言うとわかりやすいかもしれません。アメリカではなくイタリアの話なので役名は変わっていますが、なんとなく、どの役とどの役がリンクするか想像付く役名でしょ!? これといってドラマティックなストーリーが展開することはなく(痴話喧嘩が中心?)、ヒロインも「椿姫」などと違って、ひっそり死んでしまうので、昔は好きな作品ではなかったのですが、何度も観ているうちに、そして、ミュージカル版で別の視点で役を眺めたりしているうちに、いつの間にか大好きな作品に。登場人物の一人一人の感情が結構丁寧に描かれていて、喜んだり涙したりするようになりました。
 二期会の上演というと「歌うべき人に歌わせよう」というよりも「今後のために、今、この人に歌わしておこう」という、教育機関的印象を持っています。ここ数年急激に進んでいる世代交代もあってか、主役級ソリストを育てなくては、という焦りすら感じることがあります。何しろ、ちょっと前まで「若手」として売り出していた多々羅迪夫や福井敬がいつの間にやらベテラン扱いなんですもの。ということで、今回も積極的に(!?)若手を組み入れた公演でした。今が旬で、このところ二期会の主役は総なめの感がある福井敬は、しょっぱなの登場時から伸びやかな高音が響き渡って、別格の貫禄。何しろ、彼が歌いだすと、まるで10列位先で歌っているかのように、クリアにはっきり聞こえるんですもの。ロドルフォって結構出ずっぱりの役ですが、最後の最後までスタミナ切れせず、たっぷり歌い上げちゃうあたり、福井敬ショー状態でした。ファンにはたまらない状態でしょう。ルックスの問題もあってか(実際ものすごいラッキーを履いてました)、男性歌手で海外で活躍している日本人って女性に比べて非常に少ないようですが、声だけだったら、外来歌手にも負けてないと個人的には思っています。相変わらず芝居はそっちのけの方なのですが、その不器用さが、ロドルフォのぎこちない恋模様とリンクして、なかなか趣がありました。でも、福井ロドルフォはそろそろ見納めかなぁ。
 でも、福井敬だけが浮かないようにマルチェッロに大島幾雄をキャスティングしちゃうんだから、うまいもんです。さすがに全盛期の声は失っていて、ロドルフォと一緒に歌う場面だとかなり聞き劣りしてしまうのですが、たとえ声量はなくなっていても、味のある歌唱で勝負できるのはベテランならでは。若手歌手とは一味違う存在感でした。若手はねぇ、隣りの部屋で歌っているのを聞いているようなもどかしさがありました。声が客席後方まで飛んでこないんですもの。それでいて、力いっぱい歌っているのはわかるので、客席の僕まで手に汗を握ってしまいます。今後、彼らの中から一人でも二人でも、看板歌手が生まれますように!
 大岩千穂というと「気の強そうな歌手」というイメージを持っているのですが、その大きな目を生かした、非常に可憐な芝居に意外な驚きを喜びを感じました。うさどんを彷彿させるパッチリお目目が実に表現力豊かなんです。そして、どんなに弱声になっても、ホールの隅々まで響き渡る声の美しさといったら! 非常にリリカルで素敵でした。ffはちと僕の好みじゃなかったけれど、まこのあたりは好き好きでしょう。反対に、目一杯めかしこんで、張り切って歌い上げているのに、貧相で地味&声が全然飛んでこないのが飯田ムゼッタ。フルパワーで歌い演じているのがわかるだけに、痛々しいんです。飯田みち代という歌手は最近やたらとキャスティングされているのですが、スミマセン、大の苦手なんです。音程怪しいのとリズム感がないのが致命傷で、聴いてて落ち着かなくなってしまうんですよねぇ。どこから見ても酒太り&出演者の誰よりも健康そうなミミと、今にも死にそうで肺病が似合いそうなムゼッタ。。。この二人、配役が逆の方がピッタリだと思うんですけど。あえてお勉強のために苦手な分野の役を振ったのかと勘ぐってしまいます(って、宝塚の新人公演ですね、それじゃ)。
 装置はツアー公演もにらんでいるのか、質素で小ぢんまりとしたもの。これで、バズ・ラーマンのような豪華な装置だったら面白いのでしょうが、まるで東欧のオペラハウスのようないかにも予算がなさそうなもの。ゴージャス大好きな僕としてはかなり物足りない感じ。幕がひらいても「おぉ〜」なんてどよめきは起きやしません。オペラグラスで一部を拡大して見ると悪くないけれど、舞台全体を眺めると藝大オペラみたいなんですもの。そういえば、キャスティングだとか、客席の雰囲気(歌手ごとの応援団がいるけれど、全体的に大人しい)部分、大学オペラを彷彿とさせる公演でした。あ、それで余計に爽やかな印象を受けたのかもしれませんね。でも、後方とはいえ、一階席なのに2000円だなんて、破格のチケット代!! 新国オペラや藤原オペラを観にいく時のようなワクワク感はないものの、リーズナブルに普段着でオペラを観られるという意味で、二期会のオーソドックス路線(別に前衛的演出路線もあります)は、これはこれで趣があります。


2006年02月24日(金)18:15-途中退席
東宝芸能「アンナ・カレーニナ」@ル テアトル銀座

 A席 8000円 26列-5番 (パンフレット:2000円)
 演出:鈴木裕美

 アンナ・カレーニナ:一路真輝
 アレクシス・ヴロンスキー:井上芳雄
 コンスタンティン・レイヴィン:葛山信吾
 スティーバ(アンナの兄):小市慢太郎
 キティ・アレクサンドロヴィーナ(アンナの義理の妹):新谷真弓
 プリンセス・ベッティ(ヴロンスキーの従妹):春風ひとみ
 ニコライ・カレーニン(アンナの夫):山路和弘
 セリョージャ(アンナとカレー人の息子):夏目卓実

 散々、良くない評判は聞いていたのです。えっと、この作品は役得がありまして、台本もスコアも曲も触れてはいたのですが……ギブアップして途中退場してしまいました。役者も演出も作品も見事に三病死揃って(三拍子だなんて言えませぬ)、実に退屈な作品でした。何しろ、客席がザッブーンと引きまくりで全然盛り上がらないのですから、恐ろしいものがあります。まだ二月だというのに、もしかしたら今年のワーストかもと思える舞台と出会ってしまいました!!
 まずはキャスティングに問題ありすぎなんです。幕開きのコーラスの部分からけたたましい叫び声が飛び交っているんですもの。ま、ナンバーがどれもこれも難しくて音域も広ければ音も取りにくいということを差し引いたとしても、歌が得意と言われている主役の二人も含めて、全員が必死で余裕のない状態。こんな中、歌に芝居を乗せるなんて不可能ってものです。いやはや、先日「屋根の上のヴァイオリン弾き」で音痴云々の日記を書いているのですが、今回の座組みに比べたら、名演奏でしたさ。そりゃ、歌に不安のあるカンパニーって今までいくらでもありましたが、今までで一、二を争う低レベル。チラシを入手した段階で「知らない名前が多いなぁ」と思っていたのですが、失礼ながら、他のミュージカルではまずキャスティングの段階で落とされるであろうカタガタ。上手い、下手以前に、プロとしての訓練を受けていないのがアリアリとしていて、音は外れる、声はならない、リズムも滅茶苦茶。ソロの中に主旋律と内声があって、それを歌い分けることが必要と思われるナンバーばかりなのですが、こんな難曲、素人さんには手も足もでませんって!
 鈴木裕美の演出がこれまたひどいものでして、ロシア貴族の許されざる愛についての、官能的な舞台だというののに、色気ナシ&下品極まりない舞台に唖然。ロシア人に見せたら激怒必至ですわ。最初は違和感を感じるだけでしたが、次第に怒りを覚えてしまいました。貴族としての品位なくして、どうして禁断の愛を語ることができましょうか。単なる色欲オバチャンと性欲坊やの話にしか見えないんですもの。いえね、ドタバタ芝居に置き換えても良いんですよ、説得力さえあれば。それが、ひたすら下品に安っぽくを極めるばかりとあって「この人は何を表現したかったんだろう?」と頭の中で疑問符が飛び交ってました。
 そして、何よりも、わざわざ高い版権を払ってまで上演する作品とも思えないんですよねぇ、このプロダクション。音楽は難しいだけで、聞き映えのする曲はないし、場面場面で(台詞もナンバーも)メリハリがないし、おまけに主役以外の余計な枝葉の場面が多いので、中央の二人が全然際立たないときたもんだ。植田景子の「アンナ・カレーニナ」は傑作だったなぁ。ちゃんとエンターテインメントしていたもの。ブロードウェイから二流の作品を仕入れずに、日本国内の一流作品を繰り返し上演した方が演劇界のためだと思うんですけど。
 ちょっと嫌な予感がしたので、今日は劇場入りと同時に売店で買い物するのは控えたんです。日本版CDにアメリカ版CD、2000円のパンフ、予約制だけれど今回の公演のDVD。。。全部買うと福沢さん一枚では足りない金額になるのですが、今回はパンフすら購入せず。無駄遣いしなくて良かった! それにしても、一幕ですら最後まで観てしまった自分が信じられません!!
 でもね、もちろん素敵な部分はあったんです。回り舞台を設置して、舞台いっぱいの装置を回転させるのには迫力がありましたし、井上君は軍服姿が宝塚スターっぽいスッキリ感で年齢を重ねるにつれ、どんなスターに変化するのか楽しみを感じさせました。 でも、ベストキャストはというとセリョージャの夏目卓実。子役につきもののわざとらしさやぎこちなさは皆無。あれこれ与えられた芝居は多いのですが、流れ良く次から次へと技を繰り出すあたり、天才!! 僕が今まで観てきた子役の中で最高・最強。