観劇日記〜2006年03月〜
02日(木) 19:00 ペーテル・ヤブロンスキー「ピアノ・リサイタル 2006」 東京オペラシティコンサートホール
04日(土) 11:00 宝塚歌劇団星組
「ベルサイユのばら〜フェルゼンとマリー・アントワネット〜」
(アンドレ:柚希礼音)
東京宝塚劇場
04日(土) 18:00 来日カンパニー「THE WHO'S TOMMY」 東京厚生年金会館
11日(土) 14:00 新国立劇場オペラ研修所「プッチーニのパリ」 新国立劇場中劇場
13日(月) 18:30 ODミュージカルカンパニー「ジキル&ハイド」初日 ゆうぽうと簡易保険ホール
20日(月) 13:30 宝塚歌劇団星組
「ベルサイユのばら〜フェルゼンとマリー・アントワネット〜」
(アンドレ:立樹遥)
東京宝塚劇場
20日(月) 18:00 宝塚歌劇団月組「THE LAST PARTY」 東京芸術劇場中ホール
23日(木) 19:00 新国立劇場バレエ団「ナチョ・ドゥアトの世界」 新国立劇場中劇場
24日(金) 11:00 竜小太郎三月浅草特別公演
「華客賑浅草春宵(かかくのにぎわいあさくさははるのよい)」
浅草大勝館
24日(金) 18:30 新国立劇場「ヴェルディ:運命の力」 新国立劇場オペラ劇場
29日(水) 11:30 宝塚歌劇団狸組「桜合戦狸囃子」「ショー・イズ・オン'06」千秋楽 梅田芸術劇場メインホール
29日(水) 18:30 劇団四季「MAMMA MIA!」 大阪四季劇場
30日(木) 11:00 宝塚歌劇団宙組「Never Say Goodbye」 宝塚大劇場


2006年03月02日(木)19:00-20:50
ペーテル・ヤブロンスキー「ピアノ・リサイタル 2006」@東京オペラシティコンサートホール

 A席 5000円 2階-L2列-32番 (パンフレット:無料)

 ショパン:ポロネーズ第2番 変ホ短調 Op.26-2
 ショパン:ポロネーズ第3番 イ長調 Op.40-1「軍隊」
 ショパン/リスト編:「六つのポーランドの歌」より第5曲「私のいとしい人」
 ショパン/リスト編:「六つのポーランドn歌」より第6曲「家路」
 ワーグナー/リスト編:「トリスタンとイゾルデ」より「愛の死」
 パガニーニ/リスト編:「超絶技巧練習曲集」より第2番 変ホ長調
 リスト:ハンガリー狂詩曲第3番 変ロ長調
 リスト:ハンガリー狂詩曲第11番 イ短調
(休憩)
 ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

 何をかくそう、若手(僕と同い年!)ピアニストの中では一押しのヤブロンスキーのリサイタル、おまけに僕の好きな曲ばかりとあって、鍵盤の良く見える席を確保して、期待に胸躍らせながら着席しました。残念ながら客入りは半分といったところでしたが、非常にコンサート慣れした人ばかりのようでして、マナーといい、応援といい、会場が一体となって気持ち良い空間を作り出していました。もちろん、ヤブロンスキーもいつも通り本気で勝負! 本気なのに必死なのではなく「楽しい〜」とご本人さまが一番エンジョイしているのと、どんなに崩そうともギリギリのところで品を保つバランス感が最高!!
 前半はショパン〜リストというピアノの二大巨匠の作品が登場。ラフに弾き始めた割りに、結構重厚な音で「おぉ、変貌している?」と思わせるのは単なるフェイントでした。こちらの予想を裏切って、羽で鍵盤をなでるかのような軽やかなタッチを披露してみたかと思うと、今度は鮮やかなオクターヴ奏法を披露したり。オリンピックでいうと、ジャンプにスピンにスパイラルといった具合に、あの手この手が繰り出されるのです。一曲ごとにまるで別のピアニストが登場しているみたいで、のっけから乗り出してしまいました。それにしても、音色の豊富さ、ダイナミックレンジの広さがますます凄いことになっていまして、ささやくようなppから爆発するようなffまで自由自在。どんなにppになろうともかすれず、どんなにffになろうとも汚れない音にただただ唖然。どんな音域でも、どんなテクニックを駆使しようと、常に最上級の美しい音なのが圧巻でした。決して音が濁らずに、決して力いっぱい鳴らせようなどせず、ピアノを慈しむことによって産まれる音楽に魂を抜かれてしまいました。演奏者の名演と僕のテンションがぴったり一致した時のみに味わえる快楽。
 休憩をはさんでの「展覧会の絵」ともなるともう自由自在。ピアノ一台だけで、おじさんが黒の上下を着ての演奏という、シンプルなステージのはずなのに、演奏が終わった時はオペラかバレエを観終わった時のような充実感を感じました。「今日はリサイタルだったよね!?」と自問自答しちゃいそうに興奮しまくり。非常に色彩感覚とリズム感覚の冴え渡った演奏で、非常にゴージャスなことこの上なしなんですもの。音楽を聴いているだけなのに、目の前に絵が浮かんでくるんですよ。それもカラー! おまけに、絵の一枚一枚にドラマがあり、それに影響されつつ次の絵に向かう足取りまでクッキリ。いやはや、耳タコになりそうな程、ほとんどのピアニストが手がける曲ではありますが、これほどまでに僕に訴えかける演奏は初めてです。キエフの大門なんてあまりに輝かしくて、気が付いたら姿勢を正してお祈りポーズしてましたよ>自分。ピアノの能力を限界まで駆使して会場を支配したヤブロンスキー・ワールド。熱演が終わると同時に「ブラボー」の声が飛び交ってましたよ。いやぁ、こんなに素敵なピアノを聴けて幸せです。
 ヤブロンスキーはこれまた同い年のキーシンとは全然個性が異なり、その演奏はかなりスリリングです。超絶技巧を持ちながらも、感覚派の演奏なので、時に音が抜けてしまったり、はたまた新たな編曲(笑)を施してみたり、実は結構ドキドキさせられます。でも、今日はそんな技術だとか正確さなんていうのはどうでも良いんです。だって、神様が降りてきた演奏だったんですもの。ひたすら音楽に奉仕し、自分の世界を表現しきったヤブロンスキー。そんな場面に居合わすことが出来て、とっても幸せです。


2006年03月04日(土)11:00-14:05
宝塚歌劇団星組「ベルサイユのばら〜フェルゼンとマリー・アントワネット〜」@東京宝塚劇場

 A席 5500円 2階-9列-52番 (パンフレット:1000円)
 演出:植田紳爾、谷正純

 ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン(スウェーデンの伯爵):湖月わたる
 マリー・アントワネット(フランス国王ルイ16世の妃):白羽ゆり
 オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(男装の王妃付き近衛隊隊長):安蘭けい
 アンドレ・グランディエ(オスカルの幼馴染):柚希礼音
 ブイエ将軍(オスカルの上官):汝鳥伶(専科)
 マリア・テレジア(オーストリアの女帝。アントワネットの母):邦なつき(専科)
 メルシー伯爵(アントワネットの後見人。オーストリアの伯爵):未沙のえる(専科)
 モンゼット侯爵夫人(オスカルの取り巻きの貴婦人):出雲綾(専科)
 ルイ16世(フランス国王):英真なおき
 シモーヌ(フェルゼンの姉):万里柚美
 ベルナール・シャトレ(革命派の新聞記者):立樹遥
 ジェローデル(近衛少佐):涼紫央
 アラン・ド・ソワソン(衛兵隊士):綺華れい
 ロザリー(ベルナールの妻):陽月華

 「またベルばらかぁ」と思いながら劇場に足を運んだのですが、なんのなんの、結局楽しんできました。思うに、主演の湖月わたるの芸風が、最近はやりのあっさりサラサラではなく、大芝居が似合う一昔前のタイプなので、宝塚歌舞伎と呼ばれるこの作品にマッチ。おまけに「コスチューム物の星組」が健在で、ワッカのドレスも軍服も下級生に至るまで良く似合っていて、なかなか見ごたえがありました。今回の星組公演は、前回の宙組公演を踏襲したものなのですが、組カラーの違いを感じさせられました。あ、組カラーという言葉が出てくるあたり、時代遅れ発言!? 
 演出はいつもの通りです。いきなり電飾キラキラのオープニングで小公子・小公女が登場して「御覧なさい♪」と始まり、日向薫版以来となる漫画のイラストが描かれた背景画の中から主要人物が出てくる仕掛け。その後もミュージカルというよりも、歌舞伎でいう「○○の場」が順番に繰り広げられる流れ。「ベルばら」は、再演のたびにスタッフが入れ替わり、新しい場面や曲が挿入されている作品なので、はっきりいって、場面ごとのつながりはかなり唐突です。ミュージカルというよりも歌入り芝居。音楽も、演歌だったりシャンソンだったり、はたまた最新の曲だったりで、作品としてのまとまりは全然ないのですが、それぞれの場面内では統一されているから良しとしちゃいましょう。何しろ、既に昭和の初演で4パターン、平成の再演で4パターン、21世紀のベルばらで2パターン、その他、役替わりだ地方公演だで、いろいろなベルばらがあるので、脳内で勝手に補足したり、修正したりが可能なんですもの。よって、アンドレの出番がいかに少なかろうが、ジェローデルがまるでストーカーのように登場人物の状況や心情を把握していようが、ロザリーの登場が唐突だろうが、ノープロブレム。とりあえず、「ベルばら」通し狂言としてまとまっている公演だったかと思います。「うひゃあ」という突拍子もない展開もなかったし。よって「ベルばらは原作も知らず、宝塚版も初めて観劇します」だとか「スターの○○さんが観たい」、はたまた「ミュージカルとして完成されたものを観たい」という人にとっては色々言いたいこともあるでしょうが、「宝塚"歌舞伎"としてのベルばら」という認識で、場面場面を楽しめば良い、という人には悪くない公演かと思いました。名場面とされているお約束のシーンが次から次へと登場しますし、フィナーレも有名ナンバーがをきっちり押さえられているので、フルコースをいただいたかのような満足感。
 さて、主演の湖月わたるですが、半年前の市川公演とはうってかわって、すっかりフェルゼン役に馴染んでました。いきなりピンクの衣装で登場し、お客さんをびっくりさせたりせず、オーソドックスに凛々しい姿での登場というのも嬉しい(笑) 彼女はタッパがあるので豪華な衣装が似合うし(ただし宮廷服はイマイチ)、恋愛ボケのでくの坊ではなく、オスカルやアントワネットの心中を酌もうとする、受身ではあるけれど大人のフェルゼンを作り出していました。どんなに上演が重ねられようと、役者が変わると新しい解釈、表現というのが何かしら出てくるというのは面白いですね。そして、その違いが出せるというのはやはりスターならではの力量でしょうか。今回の彼女の役作り、関わる人への愛に溢れているところ、男からみても格好良く、好きですね〜。フィナーレでは発散場面の少ない芝居のうっぷんを晴らすかのように暴れまくり、「小雨」も「ボレロ」も非常に情熱的。苦手な歌もなぜか「ベルばら」だとキーがあうのか、さほど気にならず(2001年版もそうでしたね)、素晴らしい主演ぶりでした。とはいえ、個人的にはやはりわたさん=アンドレの方が似合うかと。。。
 そして、アントワネットの白羽ゆりは「トップお披露目だよね?」と疑ってしまいそうな名演。実年齢よりも10近くも上の役にもかかわらず、そして独特の台詞回しによる大芝居にもかかわらず、潤いのある台詞回しとゴージャスな存在感で、実に臈たけた女王様でした。歌も期待以上で、最近の宝塚のトップ娘役でここまで張りのある声で歌い上げる生徒は珍しいです。「プリマの誕生だ〜」という感じでした。ほら、歌が得意とされる生徒でも、月組のかなみちゃんはもっと軽い声だし、宙組の紫城るいだと線が細くて鋭い声なので、プリマドンナの迫力とは別の魅力でしょ。よって、大きな芝居のわたさんとの相性も良く、コンビ一作目にして、ラブラブ状態。幸せなスタートですね。
 オスカル役には、大劇場ではアンドレを演じていた安蘭けいが登場(2001年版ではフェルゼンだったので、主要男役を本公演で制覇!)。第一声が高めの声だったので「アイーダ」を彷彿とさせるものがありましたが、考えてみれば、オスカル=女性なので納得の声作り。声だけでなく芝居も場面や状況、感情に応じて自在に使い分ける実力に舌を巻きました。男役としては小柄なのも、オスカル役としてはちょうど良く、実に見事! 出番が少ないので、各役とのからみ具合だとか、感情の遷移を表現するのは難しいかと思いますが、表情で、ちょっとしたしぐさで、あれこれ芝居をしていたのにはぶらぁぼ。フィナーレでは周りの濃さにやや埋もれてしまった模様。彼女は最近女性化が進んでいるのが気になるところです。
 ちょっと話がそれますが、今回の「ベルばら」はテンポがかなり早いんです。感情の溜めがあまりなく「はい、次の場面」と次々に場面が変わってしまうので、ちょっと昔の版に慣れている者としてはやや違和感があります(2001年の宙組版ほどではありませんけれど)。その分、ストレートに台詞で状況や感情を説明してくれるのですが、おかげで国王陛下の御前だろうが、表立っては話せないであろう裏話であろうが、とにかくしゃべっちゃう、しゃべっちゃう。もう、秘め事なんで無理なんです。アントワネットとフェルゼンの不倫話も国王陛下の前で平気で話題にしちゃうし、兄弟喧嘩だって家庭内ではなく職場(=ベルサイユ宮殿ですね)で平気でしちゃうし。ま、芝居の進行を考えるともっともな処理ではありますが、すべてが表ざた、あまりの裏表のなさにビックリさぁ。
 さて、トップトリオの三人はなかなかの熱演でしたが、下級生にはちと不安が残ります。現在の星組には単独三番手が不在で、トリプル状態。ベルナールの立樹遥、ジェローデルの涼紫央、アンドレの柚希礼音はそれぞれは好演だけれども、抜きん出た存在ではないのがちょっと歯がゆいです。「ベルばらはスターを生み出す」と良く言われますが、今回に限ってはそのように感じる生徒はいなかったなぁ。この三役はほとんど書き込みされておらず、おまけに出番も少ないので損な役どころですけどね。もちろん、立樹遥の大らかさ、涼紫央のひたむきさ、柚希礼音の歌と芝居の急成長(ことに声が良くなりました)とそれぞれ頑張ってはいるのですが、大劇場と違って他組からの特別出演なしの公演にもかかわらず、フィナーレでも個別の場面なしというのはちょっと寂しい。そういえば、昔は必死に演じ、踊っているように見えた「バスティーユ」ですが、今の生徒さんたちは基礎レベルが上がっているので、必死に踊っている(=戦っている)ように見えたダンスも「こんなの簡単」とこなしてしまうので、熱さが伝わってこないのです。かといって、今の生徒に合わせた振り付けに直すべきかとなるとまた別問題なので、これは今後も「ベルばら」を上演し続けるのであれば、大きな問題になるような気がします。必死という姿は美しくはないけれど、戦いに散るような場面ではそれが非常に効果的だっただけに、その難しさを感じました。それと、やはり最近はリアルな芝居が多かっただけに、大芝居特有の説明調だったり、文語調だったりする台詞回しに苦しんでいるような若手も見受けられました>頑張れ〜。
 さて「ベルばら」への出演が○回目の専科の面々は、かつてオスカルのパパだった人が今回はオスカルをいじめる上官だったり、宙組公演では浮きまくるほど濃い芸風だった人が古巣の星組だとすんなり馴染んでいたり、出番がプロローグ直後とパレードのみで、その間の二時間半は何してるの?という方もいたり、個人的に気になる方が多かったのですが、台詞の通りの良さ、動きの無駄のなさ、芝居の安定感はさすがです。割と適材適所に使われていて、見せ場もちゃんと用意されていて、専科冥利につきるのではないでしょうか。上級生特権を引き算したとしても、脇がこれだけ自由に芝居できるというのは「何があっても真ん中は安泰」というトップがいるからということもあり、今後トップが替わった場合、彼女たちがどう芝居するようになるのかが興味あります。これは、芝居では押さえまくりフィナーレでは大爆発の組長や、脇でありながら大きな表現で場をさらおうとするキンさんにも言えることなのですが。芸を持つベテランがどこまで芸を発揮できるかというのは難しい問題ですね。
 トップが替わるといえば、もちろんそれが宝塚の特性であり、活性化の要因であるのはわかっているのですが、わたさんの退団には「時代の変わり目」を感じさせられました。大芝居のできるトップさんが皆無になるんです、今後。そもそも大芝居に無縁のスター(&組)多くなります。もちろん、ファンが宝塚に求めるものも時代とともに変わってくるでしょうし、演出家の世代交代があったというのも大きいでしょうが、次に宝塚が「ベルばら」を上演する時はどのような公演になるのかなぁ、などと思いをはせておりました。


2006年03月04日(土)18:00-20:05
来日カンパニー「THE WHO'S TOMMY」@東京厚生年金会館

 S席 10000円 1階-5列-42番 (パンフレット:2000円)
 演出:ダニエル・スチュワート

 トミー/ナレーター:ジョン・コンヴァー
 ウォーカー夫人:ジェシカ・フィリップス
 ウォーカー大佐:マイケル・ヴァーゴス
 アーニーおじさん:クリス・ヴァン・ヴリート
 従兄弟のケヴィン:ブライアン・G・ギャラガー
 アシッド・クイーン:ヴァル・モラント
 少年時代のトミー:ジェイミー・ケルトン

 厚生年金会館はミュージカルを上演するには横広すぎる会場なのですが、今回は一階席の両端のブロックはすべてカバーをかけて閉鎖。土曜日の公演だというのに、それでも空席が目立ち、会場入り口では割引チケットや招待券が飛び交っていました。やはりトニー賞を取ってから10年以上たつ作品ともなると「なして今さら"TOMMY"なの?」というのはいかんともしがたいものがあります。厚生年金で客入り悪く上演するならば、青山劇場あたりで満員のお客さんで上演した方が出演者も観客も嬉しいと思うんですけどね。
 さて、僕はロックは詳しくないので、ザ・フーも名前しか知りませんし(ロックバンドの人たちって、みなさん同じに見えちゃうので、誰が誰だか見分けもつきませぬ)、ピンボールなんてゲームも知らないので、個人的にはちと入りにくい作品でした。母親の浮気相手を父親が射殺するのを目撃してしまったものの「アナタは何も見てない、聞いてない、誰にもはなさない」と言い聞かされたトラウマにより三重苦になってしまった少年のお話。ここまでの序盤は結構テンポ良く展開して面白かったのですが、そこから先が僕には難解でした。なぜピンボールに惹かれたのか、ピンボールの才能はいかに培われたのか、三重苦からの回復はいかようになされたのか、約30年もの間、日光東照宮のお猿さんしていて、いきなり現実社会に適応できたのか、なぜいきなり教祖様になっちゃったのか、ナドナド、消化不良の部分がたくさんあるのですが、英語上演につき、歌詞の大半が理解できないというのも原因だったかと思われます。もっとも、キョードー東京主催のミュージカルにありがちなのですが、結構音が割れていたので、たとえ日本語で上演されていたとしても、歌詞を聞き取れていたかは疑問ですけど。結局、登場人物の一人一人の心情や状況の説明が甘いので、お芝居として観るのは無理がある作品なのでしょう。
 アンサンブルの面々は場面は場面ごとにあの役この役と忙しく登場していましたけれど、役の一つ一つが書き込まれていないので、割とステレオタイプな人物だらけでした。レベルはかなり高いんです。足なんてぽーんと頭上に蹴り上げちゃうし、柔軟性を生かして難易度Cのダンスを軽々しくこなしちゃうし(振付はスッゴクつまんない)。すごいな、と思ったのは、中年で舞台上で暴れるのは苦しそうなオジサマたちが、歌いだすといきなりロックスターになってしまうこと。日本のミュージカルも歌えるオジサマが増えてはきましたが、この手の曲を鮮やかに決めることのできる役者さんって思いつかないなぁ。声量といい、リズム感といい、抜群でした。日本にこの手の役者が現れるのは20年後?30年後??
 恐らく、この作品は「フーのファンに向けた作品」というノリなのでしょう。芝居としての出来や、ミュージカルとしてのダンスシーンといったことよりも、ストーリー性のあるロック組曲を楽しむという姿勢の方が楽しめるかと思います。曲ごとに扱うテーマは結構普遍的なもので、40年近く前の作品にもかかわらず、今でもそのまま通用する話というのは驚異的です。でも……客を選ぶ作品ですね。そして、僕はかなり苦手です、この作品(汗)


2006年03月11日(土)14:00-16:25
新国立劇場オペラ研修所「プッチーニのパリ」@新国立劇場中劇場

 全席指定 3000円 1階-8列-56番 (パンフレット:無料)
 指揮:ジェローム・カルタンバック
 演出:ロベール・フォルチューヌ
 管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

「つばめ 第1幕」
  マグダ:吉田珠代(6)
  リゼット:田島千愛(8)
  イヴェット:松井敦子(7)
  ビアンカ:前嶋のぞみ(8)
  シュジィ:山川知美(7)
  ルッジェーロ:河野知久(7)
  プルニエ:岡田尚之(6)
  ランバルド:町秀和(6)
  ゴバン:村上公太(6)
  ペリショオ:青山貴(賛助出演・4)
  グレビョン:森雅史(8)
「ラ・ボエーム 第1・4幕」
  ミミ:吉田珠代(6)
  ムゼッタ:山川知美(7)
  ロドルフォ:村上公太(6)
  マルチェッロ:町秀和(6)
  ショナール:青山貴(賛助出演・4)
  コッリーネ:森雅史(8)
  ベノア:松本進(賛助出演)

 「ドレッダの素敵な夢」というシンプルだけれどとっても美しいアリアがあります。リサイタルなどでは良く耳にする僕も大好きな曲の一つです。「つばめ」自体は滅多に上演されない作品なので、第1幕のみの上演ではありますが、非常に楽しみにしていました。が、いきなりドレッダの曲を歌いだすはプルニエ氏。「オペラの中ではテノールのアリアだったの!?」と思いきや、途中からマグダが引き継いで歌い上げるのでホッ。吉田珠代が傑出した上手さで(いつ本公演で主演してもおかしくないと思います!)「えぇ曲やぁ〜」と聞きほれてしまいました。同じ旋律でも、違う人や声域で歌われるとなんだかとってもゴージャスな感じがします。そういえば「ラ・ボエーム」の「冷たい手を」は第1幕ではロドルフォが、第4幕ではミミが歌うのですが、第2・3幕がカットされているにもかかわらず、時間の流れを感じさせられ、涙腺ウルウル。ということは、リフレインが弱点?>自分 客席からも結構すすり泣きの声があちこちから聞こえてきました。
 新国研修所の公演は毎度のことながら予算のなさが一目瞭然で、舞台装置に関しては芸大オペラと1・2を争うシンプルさ。舞台の大きさや奥行きでなんとなく見せていますけれど、やはり初見のオペラだと物足りなさを感じます。「つばめ」の幕開きはパーティシーンなのですが、ちょいとショボイんです。二期会のオペレッタでもありがちなのですが、正装した紳士淑女のみなさんが地べたに座り込むというのば個人的にどうもダメ〜。でも、ピアノを斜めに配置したり、ドレス姿のレディたちを前後左右に配置したりで、ゴージャス感を出そうとしていたのは演出家の才能。ちょっとしたアイデアですが、さすがプロです、素晴らしい! 「ラ・ボエーム」については貧乏芸術家の話なので予算のなさが妙にしっくり。背景代わりに舞台奥にパリの建物のシルエットが設置されているのですが、これまたちょっとした予算でありながらパリの空気を感じさせてくれ、なかなか素敵な空間でした。ちょっと映画「ムーラン・ルージュ」を思わせます。「ラ・ボエーム」は屋根裏が舞台なのですが、屋根裏を感じさせる装置には滅多にお目にかかれないのですが(何しろ劇場の舞台の上ですから。。。)今回は見事に成功。第1幕と第4幕は同じ場所ではありますが、貧乏度の変化を表すためか、第4幕では部屋の中がさらに簡素化。ベッドもなくなっているので「神田川」の世界。でも、これはやりすぎでしたー。せっかくのパリの空気がなんだか御茶ノ水の空気になってしまったんですもの。おまけに瀕死のミミが寝たり起きたり重労働。ベッド位残しておいても良かったのに! 地べたは鬼門ですわ。
 今回の作品はどちらも若者の話ということで、登場人物は多いけれど、一人だけが目立つのではなく、コーラスもく、研修所公演にはピッタリ。よくもまぁ見つけてきたものです。「つばめ」は舞台奥でのお客同士での歓談している芝居が、「ラ・ボエーム」は仲間同士での悪ふざけや信頼関係というのが、実に見事に表現されていたのは研修所ならではなんでしょうね。よそよそしさ皆無で、アイコンタクトもビシバシ。室内楽と比べるのも変ですが、ストリング・クヮルテットARCOの演奏を彷彿とするものでした。おまけに、出演者全員が若いので、部屋の中で騒ぎまくる様が実に自然。おじ様・おば様方による公演だと「無理して若ぶっている」のが観ていて辛いこともあるのですが(例:先月の二期会公演)、若さと勢いに関してはベテランの追随を許しませんね。もちろん、音大オペラ以上の水準とはいえ、新国や二期会の本公演に比べれば音楽面ではかなり格差があるのですが、そんなことは気にならない非常に爽やかな公演でした。そういえば、数年前にNYはブロードウェイで「ラ・ボエーム」がロングラン公演されましたが、やはり若手による公演だったとのこと。オペラはいろんな見せ方があって楽しい!


2006年03月13日(月)18:30-21:20
ODミュージカルカンパニー「ジキル&ハイド」初日@ゆうぽうと簡易保険ホール

 A席 8400円 2階-6列-31番 (パンフレット:2500円)
 演出:David Swan

 ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド:チョ・スンウ(鹿賀丈史)
 ルーシー・ハリス:キム・ショニョン(マルシア)
 エマ・カルー:イ・ヘギョン(鈴木蘭々)
 ダンヴァース・カルー卿:キム・ボンファン(浜畑賢吉)
 ガブリエル・ジョン・アターソン:キム・ソンギ(石川禅)
 ※参考。( )内は2005年12月東宝公演のキャスト。

 イギリスを舞台としたアメリカ人によるミュージカルを、韓国人が日本人の前で演じるというややこしい来日公演です。本日が初日とあって、ホール周辺には韓国のテレビ局のカメラが、そしてロビー内はうざったいほどに沢山の取材陣が! 劇団の意気込みを感じます。そして、韓流ミュージカルの来日公演はいつものことですが「ここは日本!?」と思ってしまうほど、ホール内に飛び交うのは韓国語〜。
 韓国のカンパニーの公演はまだ数回しか観たことがないのですが、特徴的なのは、芝居やダンスはうっちゃっていること。はっきり言ってこれらに関しては下手っぴです。役者同士での丁々発止な芝居や、切れの良いダンスなんぞは期待してはいけません。そして、女優陣は、どんなに布の少ない衣装を着ようともお色気ゼロで情感なし。その代わり、感情の高まりとともに我を忘れてしまうような(ついでに芝居していることも忘れてしまうような)シャウト歌唱は圧巻です。ミュージカル=芝居として見ると違和感がありますが、これはこれで見事と言うしかないです。もう、みなさん歌い上げること歌いあげること。声色や発声を変えたり(これ、この作品ではとっても大事。年はとってても、鹿賀さんは上手かった!)、感情豊かに芝居歌を聞かせるということはなく、コンサートのノリなんでしょうね。姿月あさとタイプの役者が勢ぞろいというとわかりやすいでしょうか? よって、ジキルとハイドを行ったり来たりするような演技力の必要なナンバーや、ラブシーンのように雰囲気で見せる場面は今ひとつですが、派手な曲が登場すると途端に映えます。それに伴う客席の盛り上がりも特筆モノです。それにしても、韓国の皆さんの喉の強さはタダモノではありません。ファンの応援に応えて、最後はなぜか大盛り上がりとなりました。そういや、ソロだと上手いのに、コーラスになるとなんでバラバラなんだろう!?!?
 演出は宝塚の地方公演レベルのもので、ブロードウェイ公演や東宝公演と比べるとかなり見劣りします。あ、韓国サイドからすれば、東京公演=地方公演なので、ツアー用簡略装置なのは当然か。。。数段の階段が常設で、階段上や階段下で演技が行われます。家具以外の道具がないので、初見の方は「今、何の場面!?」となるかもしれません。おまけに、字幕が暗い上に文字数が多く(=小さい字)、二階席からだとほとんど意味なし状態。(一階席で観劇の知人によると、文字数が多すぎてネタばれだらけ!とのことでした)。すでに何度も観ている舞台なので、そんな見にくい字幕は見捨てて舞台に集中。照明は、初日ということもあってか、フェードイン・フェードアウトのタイミングが甘く、舞台上で殺された人が立ち上がってはけていく姿がばっちり照らされてしまったり、舞台の奥行きどころか劇場の設備まで披露してしまうような素明かりフラッシュにはお口あんぐり。
 とはいえ、昨年末の東宝公演の記憶が新しいうちに、同じ作品を別カンパニーに観られるのは、非常に面白い体験でした。今回来日のODミュージカルカンパニーは若い役者が揃っているようで、年配役にも若手がキャスティングされていました。芝居に奥行きがないというのはこのような部分も影響しているのかもしれませんね。今後、脇役が育っていくとまた趣の違うカンパニーになるかと思います。今の段階では、ソリストとアンサンブルの温度差が大きくて、ソリストと合唱団みたいな感じでした。


2006年03月20日(月)13:30-16:35
宝塚歌劇団星組「ベルサイユのばら〜フェルゼンとマリー・アントワネット〜」@東京宝塚劇場

 B席 3500円 2階-13列-14番 (パンフレット:1000円)
 演出:植田紳爾、谷正純

 ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン(スウェーデンの伯爵):湖月わたる
 マリー・アントワネット(フランス国王ルイ16世の妃):白羽ゆり
 オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(男装の王妃付き近衛隊隊長):安蘭けい
 アンドレ・グランディエ(オスカルの幼馴染):立樹遥
 ブイエ将軍(オスカルの上官):汝鳥伶(専科)
 マリア・テレジア(オーストリアの女帝。アントワネットの母):邦なつき(専科)
 メルシー伯爵(アントワネットの後見人。オーストリアの伯爵):未沙のえる(専科)
 モンゼット侯爵夫人(オスカルの取り巻きの貴婦人):出雲綾(専科)
 ルイ16世(フランス国王):英真なおき
 シモーヌ(フェルゼンの姉):万里柚美
 ベルナール・シャトレ(革命派の新聞記者):柚希礼音
 ジェローデル(近衛少佐):涼紫央
 アラン・ド・ソワソン(衛兵隊士):綺華れい
 ロザリー(ベルナールの妻):陽月華

 東宝劇場の公演は録音使用の場面も多いけれど、一応、生演奏が売りなのです。が、管は引っくり返るし、弦楽器は歌わないし「オイオイ」なんです。特に管楽器に関しては、あまりのひどさゆえ、舞台忘れてオケピを覗き込むなんてこともしばしば。あまりに頻繁だと、椅子からずり落とされているので、今では怒りを通り越して楽しみになっていたりします。幸か不幸か、今回はちゃんと演奏(^_^)b しかーし、弦楽器奏者が減っていて、シンセサイザーが代奏しているので何だか響きが変!! そりゃ劇場の立て替え前に比べてオケピは小さくなったし、編成も縮小されましたが、現在は弦楽器奏者がほとんどおらず、代わりにシンセが多用されているのです。(蛇足ながら、宝塚大劇場もつい最近、オケの規模が縮小されました。おまけに東宝オケよりもひどいらしい……月末の観劇が楽しみ♪)。そういえば、宝塚管弦楽団、東宝オーケストラという呼び名もいつの間にかなくなりましたね。名は体を表すと言いますが、弦楽器アンサンブルが組めない編成というのはかなり音楽面で影響を及ぼしてます。今回の「ベルばら」においても、プロローグでの主旋律が立ち上がらず、まろやかさや色彩感も皆無。こんな演奏じゃ、歌い手も一本調子に歌っちまいます。やはり音楽はかけあいあってこそではないしょうか。よって、雅なはずの宮廷のシーンの趣がなくなり、軽い印象に! これが音楽座ならば、公演規模からしても、作品の作りからしてもシンセの音がなじみますが、宝塚や大劇場ミュージカルには生でタップリした音が必要だと再認識。客席内での音の振動や広がりが全然違いますもの。大劇場は大掛かりなセットだけではなく、大掛かりなオケぷりぃず。シンセが年々進化しているのは認めますが、弦の音に関してはまだまだ酷いもので、音の立ち上がりも悪ければ、キレもなく、ましてや音色やフレージングははなから無視! 新作ならばともかく、再演物でこれはかなり痛いなぁ。盛り上がるべき箇所が盛り上がらないんだもの。作品によって編成変えて欲しい(-_-#
 さて、出演者ですが、前回の観劇時には風邪をひいていたとかで、喉の調子が悪かった安蘭オスカルも、本日は絶好調。最近、女声化が進んでいる彼女の歌声はまさにオスカルにぴったり。それにしても、これほどまでにオスカルを「女性」として演じられるのを観るのは初めてです。アンドレ→オスカル→フェルゼン→アントワネットという一方通行の恋が際立っていました。そして、それゆえに、あまりに唐突なアンドレとオスカルのラブシーンが際立ったように思いました。そうそう、同行者は「初ベルばら」だったのですが、オスカルとアンドレの関係について劇中で説明が不十分だったせいで「兄妹」と解釈していたそうです。今宵一夜の場面で、「近親相姦!?」という感想を聞かされた時には思わず笑い死にしそうでした(あらら)。「オスカルのお兄さん」ではなく「オスカルの乳母の孫」であるアンドレを本日演じたのは立樹遥。出番が少なく、見せ場もほとんどないために(本当に安蘭けい=星組二番手の役だったのかと疑いたくなる台本!)、場面ごとのつながりが難しかったようで、最初の登場では、やたらと能天気に軽い男になっていました。彼女の陽性の笑い声は爽やかで好感が持てるのですが、あまりにアンドレが悩みなき男になっていて、逆に常に悩みまくりのオスカルが陰気なキャラクターに見えてしまいました。バランスって難しいですね。
 

2006年03月20日(月)18:00-20:40
宝塚歌劇団月組「THE LAST PARTY」@東京芸術劇場中ホール

 A席 5000円 1階-T列-20番 (パンフレット:600円)
 演出:植田景子

 スコット・フィッツジェラルド:大空祐飛(大和悠河)
 ゼルダ・フィッツジェラルド:彩乃かなみ(紫城るい)
 シーラ・グレアム:五峰亜季(専科)(五峰亜季)
 マックスウェル・パーキンス:嘉月絵理(美郷真也)
 アーネスト・ヘミングウェイ:北翔海莉(遼河はるひ)
 ローラ・ガスリー:青葉みちる(美風舞良)
  ( )内は2月宙組公演での配役

 宝塚としては、客席が1000席に満たない東京芸術劇場中ホールはかなり小規模な公演となりますが、芝居の規模と劇場の規模がマッチして、運良く観劇できた僕としては贅沢な時間を過ごすことができました。先月の宙組公演では主演コンビが共に派手なタイプの生徒だったので、日本青年館の横に広がる空間がマッチしましたが、今回の月組公演の主演コンビは役を深く掘り下げるタイプなので、実に劇場空間と芸風が心地よく収まった気がします。演奏はピアノとシンセのみによるシンプルなものですが、中でもピアニストが素晴らしかったー! シンプルなフレーズであっても非常に神経を配った演奏で、ことにタッチの細やかさは歌曲リサイタルの伴奏を彷彿させるものでした。ギャラ高かったのではないかな? 低予算&カラオケ公演が主流のバウ・ミュージカルとしては画期的な人選です。どなたが引っ張ってきた人材か存じませんが、公演のクオリティを大きくUPしていたのは確か。生徒もどんなに助けられていたことか! スタッフの人選って大切ですね。残念なのは、ピアニストのお名前がパンフに記載されてないこと。ああ、もったいない!
 大空祐飛はここ最近の抜擢続きもあってか、いつの間にやら大きなスターになりました。技術点はともかくとして、自信と安定感があります。ただ、表情が常に暗く、やたらと眉間に皺を寄せているのと、歌や芝居が内向しているため、華やかさにはかなり欠けます。個人的にはトップ路線ではなく、脇役路線の人という印象が強いです。月組公演と同じ台本、同じ演出にもかかわらず、フィッツジェラルドの役が小さくなってしまった感じ。
 対して、トップ娘役としての公演を終えた彩乃かなみは「ウェルカム!」の一声から観客を惹きつけます。典型的な「娘役」の容姿の可愛い人にもかかわらず、その芸風はかなり芝居志向が強く「綺麗に可愛く収まろう」ということがないので、起伏に富んでいてかなりドラマティックです。時に声を低くしすぎてカツゼツが悪くなることはあるものの、かなり大胆な役作りは僕好み。第一幕でのやたらハイテンションに浮かれ騒ぐのも、第二幕での精神を病んでしまって「生のエネルギー」を失っていくのも、実に鮮やかに演じ分けていました。これほどまでに大胆に芝居に取り組むトップ娘役というのも珍しい。。。
 有名人がわんさか登場し、また宙組生と月組生で同じ役を演じる生徒の個性が違うにもかかわらず、「これって当て書きの作品?」という錯覚にとらわれてしまうのは、それぞれの生徒が役をしっかり掘り下げていたということですね。「見比べてやるー」とちょっと意地悪な気持ちで劇場入りをしたのですが、あっという間に月組ワールドに巻き込まれてしまいました。それにしても、宝塚の生徒ってジャズエイジ時代のメイクや衣装が実に良く似合うもんです。


2006年03月23日(木)19:00-21:00
新国立劇場バレエ団「ナチョ・ドゥアトの世界」@新国立劇場中劇場

 C席 2992円(会員割引) 2階-3列-25番 (パンフレット:500円)
 振付:ナチョ・ドゥアト

 「ドゥエンデ」
   酒井はな、本島美和、高橋有里、西山裕子、遠藤睦子、湯川麻美子
   山本隆之、八幡顕光、吉本泰久、グリゴリー・バリノフ、中村誠、陳秀介
 「ジャルディ・タンカート」
   厚木三杏、遠藤睦子、湯川麻美子
   貝川鐵夫、井口裕之、山本隆之
 「ポル・ヴォス・ムエロ」
   湯川麻美子、本島美和、遠藤睦子、丸尾孝子、酒井はな、西川貴子
   末松大輔、吉本泰久、陳秀介、市川透、貝川鐵夫、冨川祐樹

 ナチョおじさん振り付けの小品三本を一気上演、というコンセプト。コンテンポラリーっぽいけれど、あくまで「バレエ団公演」なのて、馴染みやすい作品でした。音楽がドビュッシーだったり、民謡だったり、バロックだったりと、耳に違和感がなかったのも反・拒絶反応に作用したのかも。出演者がコンテンポラリー専門のダンサーじゃないせいか、観客を「楽しませよう」というノリだったし、非常に観やすい作品です。芝居もダンスも音楽も、観客あってこそなのだから、サービス精神のない公演だとガッカリしません? 自己の世界に閉じこもっても許されるのは一部の天才だけにしてほしいもんです。もちろん、今宵は一流のサービスを受けたかのような気分です。小劇場などで上演される、コンテンポラリーのシリーズとの最大の違いは、音楽の扱いではないでしょうか。コンテンポラリーにありがちな、音楽の無機質な取り扱いではなく、一曲、一曲丁寧に扱っているのが心地良いです。ナチョの振付の特徴というと、水中の魚たちのように休みなく動き続けること、万華鏡のようにフォーメーションが入れ替わること、人間が動けるであろう限界までダンサーの体を使いまくることでしょうか。摩訶不思議なポーズやステップで舞台中を移動するのですが、それがスケート靴を履いて踊っているかのような優雅さ。衣装はシンプルなレオタードだったり、地味な民族衣装だったりするのですが、そんなことを忘れさせてしまいます。ダンサーの輝きで魅せる舞台です。もちろん、並のダンサーにこんなことを要求できるわけもなく、新国も主役級ダンサーが総出演での上演です。酒井はなや湯川麻美子が群舞の一員として登場しているのだから、その贅沢さがわかろうってものでしょ!?(宝塚でいうと、トップスター総出演でラインダンスを踊っちゃうみたいな感じ)。そんなわけで、ソロの部分はキラキラと、群舞の部分はビシッと揃ってて実に見事。酒井はなも湯川麻美子も、山本隆之も「私を観なさいっ」と踊った直後に存在感を消して群舞に埋もれることができるという、名人芸を披露したのでした。ふだん一緒に踊っているメンバーだからか、アウンの呼吸を感じました。クラシック・バレエの公演ではありえない、アクロバティックな技の連発なので、信頼関係がなければ踊れないんですけどね。
 して、そんな危険な作品にもかかわらず、舞台から客席に放たれるのは「楽しい〜〜〜」という陽性のエネルギー。どんなにしんどそうな振付も「こんなポーズはじめて見るでしょ?」「こんなに動けちゃってHAPPYやねんっ」というのが伝わってきて、面白いのなんの。スケート選手って、試合中でも、調子が乗ってくると思わず笑みがこぼれるでしょ。今回の公演はまさにそんな感じでした。並居る「今が旬」のスターたちとの共演に抜擢された新人ダンサーの面々たちは「同等に」踊るポジションを与えられたゆえか、実にやる気に満ちていましたし、長身揃いの新国バレエ団ダンサーズの伸びやかな身体を極限まで生かした、まさに今の新国バレエ団にうってつけのプロダクションで、実に気持ちの良い公演でした。それにしても、新国は男性ダンサーが育ってきましたね。健康的な勢いと、陽性の華やかさを感じます。女性ダンサーズは人材豊富ですし、来年度の主役デビューラッシュが俄然楽しみになってきました。
 「ドゥエンデ」は、ドビュッシーの流れるような音楽と、メリハリの効いた振付の対象が面白い作品で、初演の時に一目ぼれしたものです。男×女、男×男、女×女といった組み合わせの妙あり、男たちvs女たちの対比あり、舞台中央でダンサーたちが衝突した瞬間にフォーメーション(組み合わせ)が入れ替わったり、いきなりのハイライトシーンの連発で、いきなりトップギア。特に女性ダンサーが似たような衣装と役のボリュームにもかかわらず、個性の違いをくっきり見せて、変化に富んでました。男性ダンサーは名サポーターぶりの競演!
 「ジャルディ・タンカート」は、もはやバレエというよりも、人間の動きの極致を見ている気分。曲と曲の合間にダンサーの荒い息遣いが聞こえてきて「酸欠にならないの?」と心配してしまうほど。それにもかかわらず、休みなく次から次へと超絶技巧に挑戦するダンサーたちの姿が、仕事に精を出す労働者の姿に重なって、エキゾティックな空気が流れていました。今回の三作品の中ではもっとも哲学的な肌触りの作品で、虚無感が流れていたような。。。(ぜんぜん違ってたりして・汗)
 トリの「ポル・ヴォス・ムエロ」になると、シェイクスピアの芝居を観ているかのような芝居性があり、一回みただけではどのように解釈して良いのか消化不良の部分が僕にはありましたが、単に動きをなぞるのではなく、芝居心を感じさせるダンスに感銘を受けました。
 カーテンコールではもちろんナチョも登場してご挨拶。三つの作品それぞれ色合いが違い、観客としては非常に面白い一夜を過ごすことができましたが、いかんせん観客動員がよろしくなく、盛り上がりきらないうちに幕となってしまいました。でも、僕個人としては、非常に元気をもらえた公演です。トリプル・ビルとしてでなくても良いので、今後も上演を続けて欲しい作品たちでした。それにしても、今の新国バレエ団はレパートリーの多彩さ、ダンサーの充実度、ともに実に凄いことになってますね。少人数の公演にもかかわらず「どこを観れば良いんだ〜〜〜」と嬉しい悲鳴を上げてしまいます。


2006年03月24日(金)11:00-14:35
竜小太郎三月浅草特別公演「華客賑浅草春宵(かかくのにぎわいあさくさははるのよい)」@浅草大勝館

 A席 3000円 ヲ列-15番 (パンフレット:なし)

 第一部 浅草人情芝居
 第二部 お芝居「瞼の母」
 第三部 歌謡舞踊ショー

 すっかり春の定番公演となった竜小太郎一座。大勝館公演は毎回パンフがなく、よって、芝居の配役もあらすじもスタッフもわからないという、シアターゴーアーにとっては残念な状況なのですが、予習なくとも大丈夫なように作られているので、のんびりモードで楽しく観劇。実はこの劇場、前方は靴を脱いで座布団の上に座るスタイル、中ほどの席もあぐらをかいて座るような座椅子、そして後方席になってようやく普通の椅子、という不思議なつくりなのですが、足の長い&スタイルを気にする僕としては(あ、この部分は突っ込み不可です不可っ)S席ではなくA席をお願いしておきました。おまけに上手端だったので、座高を気にすることもなく、足も斜めに放り出して観劇という楽チン体勢。何しろ上演時間が長いので、リラックスしてみられるかが結構重要。
 第一部は小太郎さんではなく、茶・銀座の柿崎大将に似た役者さんが主演でした。実は小太郎さんはクライマックス場面でこっそり芝居に参加してい「た」のですが、第三部でご本人様によるネタばらしがあるまで全然気づきませんでした! 第二部はこのカンパニーでの二回目の観劇となる「瞼の母」ですが、前回よりもスッキリとまとまっている印象を受けました。定番作品としての安定感があります。そして、お楽しみの第三部では、ちょっとマンネリのネタが多い気もしましたが、和服で歌い踊る姿ってなんだかとってもおめでたい気分になりませんか? 今年度も良い年になりそう、というエネルギーをもらえる気分になります。フィナーレも悪魔たちの怪しい踊りではなく、華やかに踊り倒すスタイルになりHAPPY度がアップしていました。やっぱり小太郎一座は華やかに終わらなくては!
 小太郎さんは今回は出番少な目です。立ち回りもちょこっとだし、トークも短めでした。個人的には洋物の女装はあまり好きではないのですが(ウエストがないのでドレスが似合わない。。。)和物の女形はさすがに色っぽいなぁと見ほれてしまいます。着物さばきの美しさと、二枚目と三枚目の切り替えの鮮やかさは何度見ても素晴らしいです。みさこちゃんはすっかり安定度のある中堅スターとなり、芝居もショーもあちこちの場面でアクセントを与えていました。今回びっくりしたのは、野暮ったい役もちゃんとこなしちゃうこと。僕の知っているみさこちゃんはバリバリ働く都会派のキャリアウーマンなのですが、舞台の上だと、田舎娘そのもので、いつもとは別人格に! 役者さんなので、当たり前のことといえばそれまでなのですが、やはり知っている人がいきなり知らない人になっている姿はインパクトがあります。ことに第一部は日常会話がそのまま舞台上で語られているものなので(=芝居がかってない)いっそうドキドキ感がありました。次回はどんなみさこちゃんに出会えるのか楽しみです。


2006年03月24日(金)18:30-22:00
新国立劇場「ヴェルディ:運命の力」@新国立劇場オペラ劇場

 S席 21000円 1階-12列-35番 (パンフレット:800円)
 指揮:井上道義
 演出:エミリオ・サージ
 管弦楽:東京交響楽団

 レオノーラ:アンナ・シャヴァシンスカーヤ
 ドン・アルヴァーロ:ロバート・ディーン・スミス
 ドン・カルロ:クリストファー・ロバートソン
 プレツィオジッラ:坂本朱
 グァルディアーノ神父:ユルキ・コルホーネン
 フラ・メリトーネ:晴雅彦
 カラトラーヴァ侯爵:妻屋秀和
 クッラ:鈴木涼子
 マストロ・トラブーコ:加茂下稔
 村長:タン・ジュンボ
 軍医:片山将司

 ドン・アルヴァーロは数あるオペラの主役の中でももっとも「ツイテナイ奴」と言えましょう。本来は結構なお坊ちゃまらしいのですが、いざレオノーラと結婚しようとしたら、「身分違いだ」と一族総猛反対にあってしまうのが発端。それならばレオノーラと駆け落ちしちゃうもんね、と一大決心したものの、当のレオノーラはなかなかOKしてくれず、あげくの果てにはレオノーラの父親が登場。仕方がない、降伏しようと銃を捨てたらそれが暴発してレオノーラの父親殺しの犯人に。その後偽名で軍隊に入るが、友情を結んだ相手がよりにもよってレオノーラの兄のドン・カルロだったために復讐の対象として狙われてしまう。かくなる上はと、修道院に入って隠居しようにも、しつこく追い続けるドン・カルロと決闘になり、結局、恋人の父親だけでなくお兄さんも殺してしまうことに。しかし、トドメをさしておかなかったため、タイミング良(?)く再開できたレオノーラがドン・カルロに殺されてしまう。……ね、踏んだりけったりの人生でしょ。これは、僕が宗教的なしがらみなく生きているからかもしれないけれど、本来人間を救うべき宗教が、逆に人間を苦しめているような重苦しさを感じます。そして、古今東西、解決することのない人種差別についても。
 支離滅裂なことをわめき続けるドン・アルヴァーロ、終始身の不幸を嘆いているレオノーラ、復讐してやる!しか台詞はないんか!?のドン・カルロ。誰一人としてよそ様の話を聞こうという人はおらず、一方的に自分の主張を述べるばかり。歩み寄りのない関係に解決はありませぬ。「相手の話を良く聞きましょう」なんて感覚、彼らには皆無です。偏見だけで世間を生きていこうだなんてそんなこと出来っこありません。なしてこんなひどい話をオペラにしちゃったのか、ヴェルディ先生の感性をも疑ってしまいます。ま、不幸度に関してはレオノーラもドン・カルロも似たり寄ったりですね。結局、恋人たちは愛し合っているようには見えず、宗教心もちょっとした挑発で崩れ去るし、観ていて結構イライラするんです、この手の話。自分であれこれ考えるのではなく、プライドと偏見(なんかこんな名前の小説ありましたね)だけで生きている人たちなので、人間的魅力ナシ! あまりにも「あんまりな」作品です。
 例外はフラ・メリトーネ。人間の本質が良く描かれていて、嫉妬したり拗ねたりいじめたり、実に人間臭く、実に魅力的でした。重苦しい舞台の清涼剤です。そして、ストーリーにはほとんど関係ないのですが、サポーターとして登場して小気味良く応援歌を歌い上げるプレツィオジッラ。この二人の場面があるがゆえに、上演時間がとっても長いという弊害もあるのですが、かといってこれらをカットしてしまうと、あまりに息詰まる内容に辟易してしまいそうですし、難しいところですね。
 歌手陣はおおむね好調でした。レオノーラは時おりピッチが怪しくなりはしたものの、劇場中に響き渡るドラマティックな歌唱はそれを補って余るものでした。シャヴァシンスカーヤのお顔はNOMIちゃんのように愛らしいのに、歌いだすと野太い声! たっぷりと歌い上げられる時の快感といったら滅多に体験できないものです。ただし、ドン・アルヴァーロ、ドン・カルロ、プレツィオジッラのお三方はと〜っても地味なので、コンサート歌手としてはともかく、オペラ歌手としては好きになれないなぁ。上記のようなとんでもないストーリーであっても、観客を満足させるのは歌手の力量だと思うのですが、歌手としても役者としてもカリスマ性ナシ、求心力なしとあって、作品の弱点を浮き彫りにしてしまったんですもの。どんなに情けない人生であろうとドン・アルヴァーロはヒーローとしての輝きが欲しかったし、ドン・カルロは色悪の危ない魅力が、プレツィオジッラは別格スターのオーラが欲しいのですが、三人とも学校の先生が登場しているみたいで、面白くないんですもの。声量は落ちるものの、フラ・メリトーネの晴雅彦は歩き方一つ芝居心があって面白かったです!
 このメンバーで上演するならばもっとハッタリの効いた演出が必要でしょうし、この演出で上演するならばもっと華のある歌手が必要だったかと思います。それにしても、オペラの歌詞って歌手によって変えるわけにはいかないものでしょうかね? 「魔笛」でパパゲーノが肖像画のパミーナと本物のパミーナを見比べて歌うシーンはほとんど「歌詞と全然違うやんっ」ですし、今回も終幕で「太った方でない」修道師のお呼び立てがあったのに、登場したのは出演者の中でも1、2を争うふくよかな歌手。こんな時、僕は客席で呼吸困難に陥ってしまいます(笑)
 とはいえ、オーソドックスな演出や歌唱だったので、大きな拒絶反応はなく(これだけ書いてて拒絶してない、と言い切る自分も自分ですが。。。)、歌唱も好みの差はあれども、全体的に落ち着いていたし、新国らしい安定したプロダクションだったと思います。そうそう、長く重いこの作品で、一番ホッとする瞬間は、指揮者のご挨拶でした。井上みっちーの明るい笑顔が一番「華」があり、客席の空気を動かしていたかと思います。適度にカリスマ性ありますし。指揮者、恐るべし。


2006年03月29日(水)11:30-15:00
宝塚歌劇団狸組「桜合戦狸囃子」「ショー・イズ・オン'06」千秋楽@梅田芸術劇場メインホール

 B席 4500円 3階-2列-55番 (パンフレット:1000円)
 演出:植田紳爾、酒井澄夫、三木章雄

 満月城狸千代:鳳蘭
 お千代の方(御台所の妹):鳳八千代
 狸小路右近(狸千代の家老:榛名由梨
 千畳敷狸衛門(狸千代の家臣):順みつき
 腹鼓狸吉郎(狸千代の家臣):峰さを理
 巴御前(狸吉郎の妻):高汐巴
 文副狸之介(狸千代の家臣):平みち
 若葉の局(狸衛門の妻):若葉ひろみ
 南風の局(狸之介の妻):南風まい
 玉梓姫(狸千代の婚約者):麻野佳世
 御台所(狸千代の母):淡島千景

 すっかり春の定番舞台となった「狸組」ですが、今回はツレちゃんの出番がかなり少なくなり、各出演者の見せ場が増えていました。とはいえ、オトミさんやマリコさんといった、動員力のある(と言って良いのやろか?)強力な二番手不在ということもあり、動員はかなり苦戦している様子。千秋楽だというのに、ガラガラ状態でさびしい限り。でも、舞台もちとマンネリしているんで仕方ないのかも。ツレちゃんはあいかわらずの芝居(というか遊びすぎてて勝手放題。台詞も思い切り飛ばしちゃうし)だし、脱・すみれコードの部分が多いので、オールドファンはひいてしまうし、かといって新規ファンを獲得しうる何かがあるわけでなし、ちと中だるみを感じた公演でした。でも、べるばら四強色が弱まり、ヒトちゃん、峰ちゃん&ペーさんコンビが大活躍。ちょっと新しい空気を感じることができました。中でも、僕が楽しみにしていたのが元星トップ娘役だった、南風まいの舞台復帰。現役時代は峰ちゃんと「優等生同士のまじめなコンビ」というイメージがあり、おもろくない印象でしたが、なんのなんの、スミレコード無視!の狸組の公演では、いきなり妊婦姿で登場。ヒトちゃんと一緒に猥談に興じたかと思えば、いきなり陣痛が始まったとかで、ソプラノの美声を駆使した「ヒー、ヒー、フー」で、出雲綾やレイザーラモンも真っ青な怪演を披露し、満場の拍手をかっさらったのでした。18年ぶりの舞台ということで、年齢を感じる部分もありましたが、歌は相変わらず素敵でしたし、ダンスもバリバリ。彼女で「ミーマイ」が観たかったなぁ。。。
 榛名由梨は芝居のみの参加でした。なぜショーは出なかったんだろう!? ま、体型や現在の芸風が順みつきとだぶるので、実はフィナーレまで彼女不在に気づかなかった程なんです。あらら。ペーさんは女装すると(女性なのに女装に見えちゃうって女としてどうよ……)美輪明宏にそっくり。音程のない歌声まで同じでちょっとゾクゾクしちゃいました。とはいうものの、男役でちゃんと歌えるのが峰ちゃんだけとあって、盛り上がる以前に手に汗握ってしまうことが多かったです。娘役はおおむね現役時代のまま、安定した技術を保っていました。やはり、男役というのは、特殊(=無理した)な技術で成り立っているんだということを再認識。でもね、どんなに歌が叫び声になっていようと、キメのポーズだけ参加で踊りなんて拒否していようと、ツレちゃんが登場するだけで「ザ・トップ」となるのはオモロイもんです。。
 余談ですが、バックダンサーの中に高柳ポッポさんを発見。パンフの写真は眉毛がなくてヲイヲイ……でしたが、舞台上では相変わらずのキザりまくり&ベッピンぶりで、ファンとしてはとっても満足な公演でした。


2006年03月29日(水)18:30-21:00
劇団四季「MAMMA MIA!」@大阪四季劇場

 A席 9450円 1階-M列-38番 (パンフレット:1500円)
 演出:フィリダ・ロイド

 ドナ・シェルダン:保坂知寿
 ソフィ・シェルダン:谷内愛
 ターニャ:前田美波里
 ロージー:青山弥生
 サム・カーマイケル:渡辺正
 ハリー・ブライト:味方隆司
 ビルー・オースティン:松浦勇治
 スカイ:鈴木涼太
 アリ:丸山れい
 リサ:宮崎しょうこ
 エディ:川口雄二
 ペッパー:大塚道人

 東京公演と入場料が一緒なのにカラオケ公演。いきなり音楽が流れ出して客席が「ビクッ」となるのがオモロイ(笑) でも、前奏部分は結構みなさんオシャベリしちゃうんですよね。確かに、録音演奏をかしこまって聴くのって変な感じだから、おしゃべりしたくなっちゃうのもわかる気がします。大阪四季劇場は四季の劇場としてはめずらしく、客席床がしっかりしていて、掘っ立て小屋っぽくなく、ちゃんとした普通の劇場、というイメージを受けました。東京にもちゃんとした劇場が欲しいぞぉ〜。でも、大阪も常設劇場だし通常料金を取るのであれば、ちゃんとオケによる公演を打っていただきたいものです。カラオケ公演というのは、音の盛り上がりが生演奏とは段違いなので、観る側のテンションにも影響するものなんだけどなぁ。
 さて、東京公演以来のマンマなので……数年ぶり!?なのですが、さすがに回数を重ねると出演者もうまくなるもんですね。いつもの棒読み芝居もさほど気にならずに観終わってしまいました。相変わらず、保坂知寿のハイヒールでの歩き方や、ドレスさばきの下品なことにはあきれてしまいましたが。(基本的に四季onlyの女優さんは自分を綺麗に見せようという意識がなさすぎて困ります。) 保坂〜前田〜青山のトリオの中では前田美波里が初見だったのですが、彼女が加わることによって、ショー場面のゴージャス度が段違いにアップしたのはさすが。不定期ではあっても、ビバさんが四季に復活してくれることは劇団員にとっても刺激になるのではないでしょうか。おじさん三人組は全員が初見。おばさんトリオと並ぶと若さが際立つのはご愛嬌。でも、それぞれの個性が出ていて、温かみのあるチームワークも感じられて素敵な雰囲気でした。実は四季版の「マンマ・ミーア」はアクの弱さ、エネルギーの小ささゆえに違和感があったのですが、今回は「日本人が演じるもの」としてアダプトされた版の完成を感じることができました。押し出しの弱さ、線の細さをきちんと把握し、出演者同士でのアンサンブルを考慮し、バランス良く演じられると、これはこれで満足を得ることができました。やはり、資質が違う役者が同じ土俵で競演するのは難しいんですね。四季ならではの作品に仕上がっていましたし、ここ最近の四季の舞台の中では完成度がとても高かったと思います。
 嬉しいことに、今回は「おばさんたちvs新人たち」とはならず、新人さんたちがおばさまトリオに負けずにイキイキと舞台上で生きているのに勢いを感じました。東京ではわざとらしさが前面に出て、客席がシラ〜っとなていた幕開きのソフィの芝居も、ごく自然に若いお姉ちゃんがはじけている感じで、実に爽やかでした。谷内ソフィは大芝居を打つわけではないのに、かといって細やかな芝居を打っているようにも見えないのに、「こんな子、いるいる」と思わず納得してしまうような、無鉄砲さと若者ならではのテンションの高さがありました。今回の収穫。それにしても、この作品、大阪に向いているような気がします。エネルギーがあるし、派手派手だし「ライオンキング」じゃないけれど、大阪弁での上演があったらもっと面白いかも(笑)


2006年03月30日(木)11:00-14:05
宝塚歌劇団宙組「Never Say Goodbye」@宝塚大劇場

 B席 3500円 2階-14列-92番 (パンフレット:1000円)
 演出:小池修一郎

 ジョルジュ・マルロー(パリの風俗を撮影した写真集で一世を風靡したカメラマン):和央ようか
 キャサリン・マクレガー(社会派の新進劇作家)/ペギー・マクレガー(キャサリンの孫):花總まり
 ヴィセント・ロメロ(闘牛士):大和悠河
 マーク・スタイン(映画プロデューサー):立ともみ(専科)
 コマロフ(ソビエト文化省の諜報員):磯野千尋(専科)
 パオロ・カレラス(ラジオバルセロナのプロデューサー):美郷真也
 マックス・ヴァン・ディック(オリンピックのレスリング選手):寿つかさ
 フランシスコ・アギラール(オリンピアーダ組織委員会の宣伝部長、PSUCの幹部):遼河はるひ
 エレン・パーカー(ハリウッドの女優):紫城るい
 ビル・グラント(イギリスの高跳びの選手):悠未ひろ

 和央ようかは6年、花總まりは13年という在位を誇る、トップコンビのサヨナラ公演。どんなに派手なことをやらかすのかとドキドキしておりました。が色彩が乱舞していた「ベルばら」直後のせいか、いきなり木が一本ポツンと立っているだけのシンプルな装置にあっけに取られてしまいました。そして、小池作品のいつもの手ではありますが、ザ・宝塚なプロローグではなく、いきなり芝居が始まるので、「……地味」とも。慣れとは恐ろしいものです。結局、サヨナラ・イベントとしてではなく、クオリティの高い作品を作りましょう、というのが今回のコンセプトのような印象を受けました。そういえば、宙組ってゴージャスな公演は多かったけれど、派手な芝居には縁がありませんでした。今回の二人の退団作品もそれを象徴しているような気がします。状況説明が多いせいか、贔屓目を加えても一幕前半はかったるく、贔屓目を引いても一幕後半は素晴らしかったです。どちらかというと、宝塚よりも東宝ミュージカルに向いた作品の印象ですが、東京公演に向けてどれだけ練り上げられてくるか楽しみー。
 さて、ではどこが宝塚っぽくないかというと、何といっても音楽にワイルドホーンが入った事でしょう。全編通じて音楽に統一感があるのがミュージカルファンには嬉しい状況。彼の曲はフレーズが大きく、音域も広いので、オリジナル作品とはいえ、宝塚用にかなり手が加えられているようです。そしてもちろん、生徒たちもいつも以上に頑張っていました。幕開きのハリウッドの部分ではアメリカン・ジャズ色が濃く、そしてスペインに移動してからは民族色の強いエスニックな味付けをと、場面場面での書き分けが実に素晴らしかったです。おかげで、いつもになく重厚な音の重なりを堪能することができました。ただ、ワイルドホーン起用の時点から危惧していたのですが、宝塚の省エネ歌唱と、オペラティックなワイルドホーン用歌唱との温度差がかなりあり、盛り上がって欲しい部分で裏声に逃げられてしまったり、芝居歌の部分が棒歌いになってしまったり、まだ両者の間の温度差が大きい状況。和央ようかも花總まりも歌を苦手とするスターなので(二番手、三番手も歌は得意じゃないんですよねぇ。でも歌の組♪)かなり手こずっていました。曲の変化と歌唱法の変化が追いつかないんです。特にアメリカンな場面は。よって、音取りだけで精一杯になってしまい、感情表現だとか歌詞を伝えようという意欲は東京公演に持ち越し(大劇場での公演はまだ一ヶ月ありますけど、my楽なので)。ストーリー自体はかなりシンプルなので、技術が伴ってきたらどんな味付けがなされるのか、今からとっても楽しみです。
 宙組というと、トップコンビ(&せいぜい二番手位)までがあまりに活躍しすぎてしまい、中堅以下の生徒はその他もろもろ、というのが今までのパターン。しかし、今回はちょっとずつではありますが、かなりの下級生までソロや芝居の見せ場が与えられています。よって「アンタ誰?」という場面もしばしば。舞台脇に解説の電光掲示板を用意してあったら、とすら思っちゃいましたもの。宝塚初心者に戻ったような(っていつよ?>自分)不思議な気分が体感できます。「リピートしてね」という作品かしら?(こんど確認しておきます)。でも、今まで使われていなかったのが勿体ない実力者が何人も控えているようで、今後も宙組は実に頼もしいです。ことに下級生が中心のコーラスは宝塚のレベルを越えてました! 低音はしっかりしているし、ソプラノもppからffまで表情豊か。僕が耳にした宝塚のコーラスの中では歴代最高のものを披露してくれました(音響さんも頑張った!) そして、ダンスに関しては、和央ようかの昨年末の骨折事故の後遺症でほとんど動けず、狸組におけるツレちゃん状態でしたが、その分まわりの生徒が踊りくるってます。でも、打倒ファシスト、打倒専制政治のお話なだけに、歌にダンスに盛り上がれば盛り上がるほど複雑な気持ちに(主演の二人が宙組におけるファシストなだけに……ね)
 和央ようかは今までになく音域の広い曲があてがわれていて、とにもかくにも熱唱・絶唱でした。戦場で白いスーツをお召しになるというのはTPOとしてもカメラマンとしも疑問でしたが、トップさんの役にリアルを追いすぎないのが宝塚。襟元にファーのついた皮ジャケットは非常に格好良かったです。彼女は首が細く、芸としても「ザ・男役」ではないので、普通のスーツだとどうしても「女の子」に見えてしまうのです。首隠しした方が男役っぽくなりますね。花總まりは意外にも「普通の娘役だ〜」という役どころ。登場場面こそエキセントリックですが、その後は大芝居もなく淡々としたお芝居。クール・ビューティーなお二人なので、最後の公演も壮絶な愛が燃え上がるでなく、かといって王子様とお姫様のような予定調和な愛でもなく、淡々とした中での駆け引きがなされていました。この手の芝居はお二人の真骨頂ですね。感情表現が表に出ない淡白な芝居が宝塚でも成り立つ、ということを実証したということでは、異色かつ稀有なスターコンビでした(僕の好みじゃないけれど)。でも、この二人の芝居は大劇場だと客席後部までエネルギーが届かず、中劇場〜小劇場で真価を発揮するタイプだと思っています。(よって、退団後に帝劇で芯を張るという姿は考えられないでしょ?) 大和悠河は今までよりは歌の進歩がみられ、自分用の曲に関してはかなりのレベルまで歌いこんでいました。でも、芝居終了後、フィナーレへの導入となる「主題歌の歌手」としての起用はかなり可愛そうでした。和央ようかと同じ曲を歌っているとは思えない(汗) でも、見せ所は多いし華やかだし、素敵なスターぶりでした。そして大和悠河と並んでW2番手扱いの遼河はるひ。「低音は出ないし、高音はひっくり返るし、W音痴だよ」と脅されていたのですが、一週間たってみるとすっかり声は落ち着き、唯一の悪役として黒光りする美味しい役を美味しく演じていました。この公演終了をもって月組に組換えが発表されましたが、今後の活躍が期待できる好演でした。でも、今の段階でのベスト・パフォーマーは和音美桜。強い喉を生かして、宙組生全員を従えての歌い上げは実にお見事。「こんなに目立っちゃって、楽屋でいじめられやしないだろうか?」というのが第一印象。そして、ここまで熱の入った歌やダンスはミュージカルとしては素晴らしいけれど、宝塚の娘役は男役の個性を消さないというのが鉄則なだけに「トップ娘役路線から降りたな」という彼女の決意を感じました。実際彼女の芸風は宝塚のお嬢様よりも、劇団四季あたりで「エヴィータ」なんぞをやってくれた方が映えるのではないかと思います。もちろん、タカラジェンヌとしての華やかさは持っているのでどう転ぶかはわかりませんが。