観劇日記〜2007年11月〜
02日(金) 18:30 テレビ朝日/梅田芸術劇場 「蜘蛛女のキス」 東京芸術劇場中ホール
04日(日) 14:00 新国立劇場バレエ団「牧阿佐美の“椿姫”」プレミエ 新国立劇場オペラパレス
10日(土) 14:00 NISSAY OPERA 2007「ベッリーニ:カプレーティ家とモンテッキ家」 日生劇場
11日(日) 11:30 明治座/東宝「女ねずみ小僧」 明治座
17日(土) 17:30 マテ・カマラス×姿月あさと×武田真治「SUPER LIVE」 銀河劇場
18日(日) 15:00 ナタリー・デセイ「オペラ・アリアの夕べ」 東京オペラシティ・コンサートホール
20日(火) 18:30 宝塚歌劇団花組「アデュー・マルセイユ」「ラブ・シンフォニー」 東京宝塚劇場
23日(金・祝) 14:00 古川展生×菊池洋子「デュオ・リサイタル To the Second Decade」 第一生命ホール
24日(土) 15:00 二期会「オッフェンバック:天国と地獄」 日生劇場
25日(日) 14:00 新国立劇場「ビゼー:カルメン」プレミエ 新国立劇場オペラ劇場
28日(水) 19:00 タナボタ企画「TANA-GALA」 文京シビックホール
30日(金) 19:00 ホリプロ「ウーマン・イン・ホワイト」 青山劇場


2007年11月02日(金)18:30-21:40
テレビ朝日/梅田芸術劇場「蜘蛛女のキス」@東京芸術劇場中ホール

 S席 12000円 1階-E列-23番 (パンフレット:1500円)

 演出:荻田浩一(ハロルド・プリンス)

 モリーナ:石井一孝(市村正親)
 蜘蛛女/オーロラ:朝海ひかる(麻実れい)
 ヴァレンティン:浦井健治(宮川浩)
 モリーナの母:初風諄(大方斐紗子)
 刑務所長:藤本隆宏(高品剛)
 マルタ:朝澄けい(大浦みずき/麻生かほ里)
 ガブリエル:縄田晋(森田浩貴)
 看守マルコス:ひのあらた(笠原竜司)
 看守エステバン:伊藤明賢(遠藤麦太)

 ( )は(96年10-11月アートスフィア公演/98年5-6月青山劇場公演)

 9年ぶりに登場の「蜘蛛女のキス」です。今回は演出、美術、振付、出演者とすべてが一新。参考までに前回公演のキャストを併記してみましたが、プロダクションが違うので、何の意味もありませぬ。第一印象として思ったのは、芝居の流行。劇場ならではの大芝居ではなく、テレビでもそのまま通用するようなサラリとした肌ざわり。胃もたれしない代わりに、濃厚さや猥雑さに関してはかなり後退。すっきりとした印象に。
 ハロルド・プリンスの演出は、抑圧された狭い監房と、舞台装置がパッとはけ、オーロラ色に染まる幻想シーンの対比が見事でしたが、荻田演出は二つの世界がミックスされています。舞台下手にハの字型に配置されたベッド、舞台上手は数段の階段があって、簡素な装置が出たり入ったり、そして舞台奥には「ライオンキング」のプライドロックのような階段装置が。ちょこちょこと小さな装置の出入りはありますが、基本的には定位置があり、たとえば映画の中の幻想シーンであっても、舞台下手ではヴァレンティンたちが芝居をしています。よって、全編が幻想と現実の区別なく同時進行。革命家vs制圧者のハードで乾燥したドラマに、幻想的な雰囲気を出したのは、荻田浩一の面目躍起。蜘蛛女/オーロラも幻想場面だけではなく、やたらと舞台に登場します。現実の世界を眺めていたり、時には人間として登場して小さな役を演じたり。このあたり「エリザベート」におけるトートのような役割を担っている印象。全体の味わいはかなりソフトです。ブロードウェイ・ミュージカルではありますが、しっかり荻田ワールドを展開させるあたり、流石の実力者です。が、ご自身のオリジナル作品でも思うことなのですが、最後のツメが甘く、カタルシスを感じないまま「へ、終わり?」な尻つぼみさもそのまんま出てしまいました。ま、カタルシスを感じさせるには、何か大きな変化が必要なので、もしかしたら、変化なしというのは、荻田ワールドにとっては譲れないところなのかも。
 蜘蛛女/オーロラの朝海ひかるは、宝塚退団一年目に選ぶ作品として、この役が良かったかどうかは微妙なところ。蜘蛛役は退団公演でも演じていますし、人間離れした雰囲気作りには定評のある人ですが、逆に「退団しても同じようなことしてる」という感想を抱いてしまいました。衣装も、ドレスは脱ぎっぷりも着こなしもいま一つだし、パンツルックだと男役に戻ってしまい、女性が後退してます。女性として魅力的が意外に乏しく、色気だとか大きさはまだまだ。宝塚の中では女性っぽい男役でしたが、外部に出れば色気のない女。。。ナンバーのキーは低めだし、一見、退団してすぐの役にぴったりそうですが、その類似性が足かせになってしまったかも。
 もちろん、現在の朝海ひかるの力量やキャリアに合わせてかなりアレンジしたのだと思います。蜘蛛女が舞台を包み込みコントロールするのではなく、舞台の一部としてやたらと登場し、モリーナの人生の周辺に漂う感じ。宝塚の演出家との仕事なので恵まれてますね。ただ、彼女がこれからどんな方向に向かいたいのかが見えないのが残念。今後も宝塚関係の人との仕事ばかりだし。女優としてのステップアップにはどうなんでしょう。
 心配していた歌唱力はかなりひどいです。まず歌詞が聞き取れない、ナンバーの難しさにのまれてしまい曲表現ができてない、中音域の支えが利かず常に声がふるえてしまうなど、彼女のウィーク・ポイント大放出。正直、彼女が歌い出すと「……ガッカリ」です。一本調子だから表情も出ないし(もともと歌も芝居もノッペラボウの人ですけどね)。宝塚の中では「男役」というフィルターがかぶせられるので「個性」として許される歌唱も、一般の舞台だとかなりテクニック面で補強しないと使い物にならないかと。。。年末の「エリザベート」に向けて、かなりヴォイストレーニング積まないとヤバイです。悪いけれど、彼女の歌にはお金払うんじゃなくって、お金貰わないと!
 良かったのは、まずはダンス。男性のダンサーと合わせるにはまだ時間がかかりそうですが、歌や芝居だと大根なのに、踊りだすと急に表現豊かになります。一人の人間の感性なので、歌も踊りも表現したいことは一緒だと思うのですが、やはり、思った事を表現するには、まずはテクニックを身につけないとお話にならないんだな、と再認識。小柄ながら、ドレスの数々を着こなしているのも立派。ここは彼女の性転換ぶりを信じて、中途半端ではなく、もっと女性らしさ(体のラインね)を出しても良かったかと。このあたり、衣装スタッフの予測以上の変化を遂げたかと(パンツルックは女性でなくなるので要注意)。そして、舞台の雰囲気を彼女一人で幻想的なものに変えてしまうのはアッパレ。って、これら良かった点は宝塚時代の売りとほとんど一緒ですね。でも、男役としてではなく、女優としても発揮できるのは素晴らしい。
 ヴァレンティンとモリーナは「配役逆じゃない?」という意外なキャスティング。ヴァレンティンの浦井健治は、今までの頼りない役から、革命のリーダーへと大変身。髪の毛はワイルドにボサボサ、肌を黒く焼き、不精ひげも蓄え「ゴダイゴ」のスティーヴみたいな風貌。よくぞここまで化けました! オペラの場合は声で役が決まりますが、ミュージカルの場合は声が細くても太い声が似合う役に平気であてがいます。浦井健治は「歌の人」ではないので、高音になると急に声が細くなり、もともと軽く細い声というのもあって「DAY AFTER DAY」なんかは正直力不足。本人もそこは自覚しているようで、ひときわ熱唱。一部の観客は盛り上がっていたけれど「熱唱しても曲としては盛り上がらない」ので僕はパス。荒れて、時にエキセントリックな男が、モリーナと触れ合うことによって変わっていく様が見せ場ではありますが、もともとが優しい雰囲気なので、ドラマティックな変化には感じられず。演出の非ドラマティックだけでなく、こういった歯車の一つ一つが「盛り上がらない舞台」の一因になるんでしょう。僕としては、肝心なところを盛り上げられない人、ということで心惹かれないけれど、男臭さを出そう、強さを出そうともがいて芝居をしているのがとても印象的でした。男役あがりの恋人役や、男っぽいオカマ役を相手に「男の魅力」を前面に押し出すのはさぞしんどかろうと。
 で、男っぽいオカマの石井一孝ですが、意外に良かったです。くどくてしつこくて(そして上手くない)芝居も、オカマということで、細かな表現を付け、キュートに芝居しようとしたら……逆にスッキリして観やすくなりました。「力入れすぎっ!」ではオカマにはなれませんものねぇ。目鼻立ちのはっきりした人なので、ちょっとした表現でもちゃんと感情が伝わるのがお得。まだ野郎野郎していて、モリーナとしては繊細さはないけれど、今回の経験は今後の「男」の役にも大きく影響するのではないかと思っています。政治には興味ないの〜〜〜とイヤイヤしたり、心と裏腹の台詞を発する時の感情表現など、実に愛らしく「石井さんですよね!?」というサプライズの連続。
 ニンの合う/合わないや、実力の問題はあれども、主演三人は頑張っていました(プロは結果が全てですから、良かったとは言えないけど)。そんな中、足を引っ張っていたのが刑務所長:藤本隆宏。彼の芝居は本人が酔ってる割に、細かな表現が客席にまで伝わってこなくて、観ていて実に歯がゆい。ガタイが大きく声もかなりハスキーでかすれているのに、小柄でピリリとスパイスの効く芝居を目指しているので、見た目と芸風がチグハグなんですよねぇ。やりたい役とやれる役、求められる役って違うんですが、彼の中で自分を客観的に見えてないんでしょう。今回も悪役で、大きさと貫禄が必要なのにもかかわらず、やたら落着きがなく、主役の浦井健治の熱い芝居をまったく無視。背中を丸めてセコセコ歩き回らず、でんっと構えてれば、美味しい役をもっともらえると思うんですけど。そして、ハスキー・ヴォイスの人はあれこれ声で遊んじゃダメです。聞き苦しいだけ。聴きやすい声のパレットの中からだけ芝居の際はチョイスしてくださいな。劇団四季出身としては意外な程、台詞が汚いです。
 そして、マルタ:朝澄けいはキャスティングされた経緯が気になります。ほとんど女優してない人ですよ!? メイクは一人だけ宝塚調なので、舞台で一人だけ浮きまくり。その姿が美しいなら良いけれど、マッチ棒みたいで女性としての色気はないし、歌やセリフはいまだに男役、動きもがさつ。。。宝塚退団間もない朝海ひかるに恥かかせないように、もっと酷い人を連れてきてみました(なんてことはないでしょうが)とうがったことを考えたほど。単なる客寄せ用、宝塚ファンサービス!?
 スタッフ頑張ってました。キャストも健闘してました。それぞれの現在持っている魅力は振りまいてました。でも、公演としての出来は良くないです。「蜘蛛女のキス」という素材と、宝塚臭プンプンのカンパニーは相性が悪いから仕方ないのかな。宝塚を退団してかなり期間を置き、演劇界で確固たるポジションを築いた麻実れいや、宝塚を退団後お芝居に目覚めた大浦みずきらと違い、まだまだ宝塚を引きずっている人たちによる「清くない、美しくない」舞台は、かなりブレーキかかりまくりで、アルゼンチンの太陽もマイルドになってしまいました。勿体無いなぁ。


2007年11月04日(日)14:00-16:10
新国立劇場バレエ団「牧阿佐美の“椿姫”」プレミエ@新国立劇場オペラパレス

 D席 3150円 4階-3列-6番 (パンフレット:1000円)

 指揮:エルマノ・フローリオ
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 マルグリット・ゴーティエ:スヴェトラーナ・ザハロワ(シーズンスペシャルゲスト、ボリショイ劇場バレエプリンシパル)
 アルマン・デュヴァル:デニス・マトヴィエンコ(シーズンスペシャルゲスト、ボリショイ劇場バレエゲスト)
 デュヴァル卿(アルマンの父):ゲンナーディ・イリイン
 伯爵:ロバート・テューズリー
 プリュダンス:西川貴子
 ガストン:イルギス・ガリムーリン
 ナニーヌ(召使):神部ゆみ子
 村人:小野絢子、井倉真未、福田圭吾
 ジプシー:川村真樹
 メヌエット:マイレン・トレウバエフ、八幡顕光
 アラブ:真忠久美子、中村誠
 チャルダッシュ:遠藤睦子、西山裕子、丸尾孝子
 タランテラ:高橋有里、吉本泰久、江本拓

 新国バレエ団のシーズンオープニング作品です。毎年力の入った作品を発表しれるのが楽しみですが、今回は牧阿佐美芸術監督が振り付けの「椿姫」が登場。オペラがあまりにも有名だからと、音楽はヴェルディではなく、舞台と同じ時代のベルリオーズ。イタリア・オペラの情熱的な音楽から、フランス物の淡い色が水彩のようにまじりあう繊細な音楽へと変更。同じラテン系とはいえ、かなり印象が違います。ちなみに、オペラだと「ラ・トラヴィアータ=道を誤った女」ですが、バレエは「レディ・カメリア=椿姫」と表記されています。とはいえ、ストーリーはオペラとほとんど一緒。一幕+二幕で休憩、三幕+四幕で終演の二時間コース。オペラ式に言いますと、一幕と三幕はパーティシーンですし、二幕と四幕は芝居心満載の心理劇。なかなかバランスがよろしゅうございます。
 「白鳥の湖」や「ドン・キホーテ」は同じバレエでも振り付け重視のようなところがあり、もちろんストーリーはあるけれど、独立したダンスが魅力。それに対して「ロメオとジュリエット」や「こうもり」なんかはストーリー重視とでも言いましょうか。オケだったらメロディが魅力のチャイコやブラームスに対し、響きを楽しむマーラーみたい(って書くと乱暴?)。今回の「椿姫」も後者のタイプの作品。伯爵(ドルフォール?)とガストンがオペラよりも大きな役になりやたらと踊ります。アルマン(アルフレート)は何だかマルグリット(ヴィオレッタ)の相手役どまりに見えたのは、男性ソリストの見せ場が分散してしまったせいかもしれません。そして、バレエで表現ということもあり、心理描写はかなりサラサラ。「えっ、もうくっつくの?」「もう別れるの?」「へ、死んじゃった!?」と、あらかじめあらすじを押さえておかないと、感情が付いていかないうちに終わってしまいます。
 パーティシーンはオペラ以上に賑やかです。だって、全員踊れるんですもの。三幕(バレエでは二幕)冒頭のバレエシーンは、ディヴェルティスマン風で、新国のソリストたちそれぞれに見せ場が作られていて、座付き作者ならではの作り。歌舞伎の顔見せ興行じゃないけれど、新国バレエ団の今年の顔ぶれってな雰囲気が楽しいです。出てくる人、出てくる人、ほか公演ではトップを務める方ばかりなだけに、みなさん魅せるのがお上手。無駄な力がはいってなくて、リラックスしている分、余裕を感じます。ただ、賑々しいパーティシーンに比べ、主要キャストによる芝居(オペラだと二幕や四幕ね)はあっという間に過ぎ去ってしまい、主役が際立たなかった印象を受けました。個人的には、主役の見せ場はもっとタップリ&コッテリみせて欲しかったなぁ。ま、これは作品がダンサーの体にしみついてないというのもあるけれど、初演時の「ロメジュリ」も「マノン」もかなり衝撃的だただけに、作品の力の差を感じました。幕あきが華やかなだけに、盛り上がらないうちに幕が降りてきて尻切れトンボ。
 群舞は複雑な動きや、立体的なフォーメーション、高度なテクニックを駆使し、ちょっとマクミラン作品のような印象。手兵たちを踊らせるのですから、有無を言わせず、とにかくしんどく躍らせてます。亜門さんの演出じゃないけれど、良くも悪くも牧阿佐美のバレエ団に対する、ダンサーに対する愛情がありすぎるんだと思います。身分の差を越えて、平等路線。たぶん、全員が「私はソリスト」と思って踊っていたに違いありません。スターはもちろん本人の輝きもありますが、下々が盛り上げてナンボの部分があると思うんです。今回はザハロワ&マトヴィエンコという「ザ・トップ」扱いのお二人が主演でしたが、お二人をもってしても、主役の存在感をキープするのは難しかったかと。オペラみたいに、タイトルロール(今回はザハロワね)が出ずっぱり、踊りっぱなし、おまけに超絶技巧バリバリを期待していただけに、作品カラーの違いには戸惑ってしまいました。
 ということで、レパートリー作品としては、個人的にさほど魅力を感じませんし、今後上演する場合はかなりの改訂が必要だとは思いますが、新国バレエの、新国バレエによる、新国バレエのための作品としては悪くないです。お目当てのダンサーがいれば、かならず見せ場があります。舞台はとても華やかです。オペラだと忘れてたけれど「パリの話だったよねぇ」と垢ぬけた空気も楽しめます。装置もゴージャスではないけれど、印象画の絵がそのまま舞台に登場したかのような「よそいき」の華やかさは満載。舞台の奥行きといい、衣装の質感といい「新国にフラリと立ち寄り、気楽にバレエを観ちゃた」というのにはピッタリですし、満足すると思います。あくまで「シーズンオープニングの大作で、バレエ団の代表作」として期待しなければですが。
 ちなみに、僕は未見ですが、おはなちゃん(酒井はな)によるマルグリットは心理描写が絶品で、非常に泣けたそうです(by母)あぁ、おはなちゃん流石です。観たかった〜〜〜。。観に行く時は「私が観る日はなぜおはなちゃんなのよぉ! 飽きたわ!!」とブーブー言ってたくせに、帰宅してみれば「おはなちゃん、スゴイわよぉ」と大興奮。もしかしたら、日本人による作品ということもあるのでしょうが、日本人にはどう魅せるか、という点ではおはなちゃんの方が一枚上手だったのかもしれませんね。もちろん、ザハロワも素敵でしたよ。細いんだけれど、弱々しくなくて、しなやかさと強さが共存していて、僕のタイプなんです。ここ最近のプリマの中でイチオシ♪


2007年11月10日(土)14:00-16:30
NISSAY OPERA 2007「ベッリーニ:カプレーティ家とモンテッキ家」@日生劇場

 D席 5000円 2階-J列-15番 (パンフレット:800円)

 指揮:城谷正博
 演出:田尾下哲
 管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

 カペッリオ:長谷川顯
 ジュリエッタ:砂川涼子
 ロメーオ:林美智子
 テバルド:小原啓楼
 ロレンツォ:黒田博

 ベルカント・オペラの第一人者、ベッリーニによるオペラ。日本での上演はめったにないです。僕の記憶に残っているのは、アグネス・バルツァがロメオを歌った来日公演と、森山京子がロメオを歌った藤原オペラ位。どちらもかなり昔の話でして、正直、人気作品とは言えません。あえて知名度の低い作品を選ぶのがNISSAY OPERAの魅力なんですけど(ここ最近だと「ルル」「女狐」なんぞが上演され、来年は宝塚ファンにだけなぜか有名な「マクロプロス事件」が登場予定だとか)。ま、正直申しあげまして、上演頻度が低い作品というのは、それなりに理由がありまして、ベッリーニの「ロメジュリ」についてはストーリーに問題があるんだと思われます。
 シェイクスピアが原作と思われている「ロメジュリ」ですが、実は原作がありまして、オペラ版は「“シェイクスピアの”ロメオとジュリエット」ではなく「“イタリア民話の”ロメオとジュリエット」の物語なんです。よって、グノーのオペラでも、プロコのバレエでも、バーンスタインのミュージカルでも、もちろんシェイクスピアの戯曲でも、ハイライト場面となる「おぉロミオ、あなたはどうしてモンタギューなの?」の独白も、「バルコニーでのラブシーン」も、若者同士の挑発や殺し合いもありません。それどころか、ロミオとジュリエットの出会いの場すらありません。「ウェスト・サイド・ストーリー」で説明すると、第一幕は見事にカットされています。登場人物も表題カップルの他、ドクター(ロレンツォ)/ジュリエットの父(カペッリオ)/ジュリエットの婚約相手(テバルド)の5人だけ。すっきりしてます。
 ゆえに、ジュリエットは既に処女でも少女としてでもなく、大人の女性として登場。愛だの恋だの浮かれてなんぞロマンティックなことはさておき、自分の幸せだけでなく、キャピュレット家のお嬢様としての立場を考慮し苦しんでいるんです。そこに(オペラでは既に父もなく、家長となっている)ロメオが登場し、能天気に「一緒に駆け落ちしよう」と誘ったところで、そうそうジュリエットがOKするはずもありません。シェイクスピア版だとジュリエットは司祭様に相談して…と話が大きくなるのですが、オペラ版での相談相手はお医者様。今だったら、カウンセラーにってところでしょうか。で、相談相手がお医者様なので、自殺ごっこも、あやしげな薬が登場するのも納得。あ、個人的にはシェイクスピア版よりも、ベッリーニ版の方がストーリーに違和感がないかも。でも、正直、いきなり主人公たちが悩み苦しんでいるわけで、舞台の華やかさにかなり欠けます。これは致し方ないです、作品の性質上。
 かつてトレヴァー・ナンはフレンチ・ミュージカル「レ・ミゼラブル」をロンドンで上演する際、イギリス人でも知っているエピソードがばっさりカットされているからといって「プロローグ〜監獄やら銀の食器やらが登場して、バルジャンが改心するまでの15分〜」をスタッフに作らせて上演、世界的ヒットに作り替えましたが、さすがに田尾下哲がベッリーニたちに作り直しを命じるわけにもいかず、序曲の間、舞台上のスクリーンに無声映画が上映され、例の有名シーンが再現されています。蛇足ながら、この映画も日生劇場で撮影され、客席の壁なども装置として利用されているのですが……客席までも装置にするのはやりすぎかも。いつまでたっても劇の世界に入り込めないんですもの。おまけに、ミュージッククリップ風の落ち着かないカメラ回しは「どうせ知ってるストーリーだし、始まる前からイライラさせないでっ」と僕には合いませんでした。NISSAY OPERAが学生のための公演という側面もあるので、もしかしたら、若い子には受ける手法なのかもしれませんけどね。
 一般公開は本日・明日の二回公演ですが、本日は割と本公演でも活躍している面々、明日は比較的新人でキャストが組まれています。日生劇場は音響は良いけれど、残響があまりなく、非常にドライな響き。おまけに、オケピットが薄く、70人収容ではあるものの、オケが3-4列に横並びなので、開演当初は音がまとまらない印象を受けました。一つ一つの音はクリアだし、音圧も高いのですが、てんでバラバラ。緊張もあってか、ジュリエッタはキンキンしているし、ロメオも表情からして固く「ヲイヲイ」状態だったのですが、そこは場数を踏んでいるみなさん、途中から急激に熱を帯びてきます。砂川涼子はもともとお姫様タイプじゃないので、花總まりばりのゴージャスドレスは着こなすどころか、扱い滅茶苦茶だし、カツラもグチャグチャのまま平気で登場するなど、庶民っぷりが僕好みではなかったけれど、自殺ごっこを決意するあたりや、墓場の場面での、身の振りかまわずロメオとの愛に生きていこうとする決意にはフィット。林美智子は男役を演じるには小柄で、昭和の香りのする役者ですが、壁面よじ登りあり、チャンバラありの激しい演出も果敢に取り組み、声が散らずに最後まで歌いきったのには脱帽。テバルドは今回かなり良い役です。ロメオと敵対しているはずが、すぐに我に帰り、頭に血が上っているロメオをなだめようとしたり、カプレーティ家とモンテッキ家の争いを収拾させようとしたり、かなり理知派。今回はもちろん、ロメオとジュリエットが主役ですが、テバルド編があってもかなり面白いキャラクターかと思います。小原啓楼は声は正直興味を持ちませんでしたが、舞台での存在感はなかなか。もっとも、彼の存在感も昭和の香りがぷんぷんとしていて、どちらかというと松健のノリ。終幕の両家の争いをいさめる場面も、本来は感動的なシーンのはずが、歌舞伎の、それも市川家の大見得そっくりで、ベルカント・オペラながら、いきなり拍子木がパン・パパンと鳴り出しそうで、一人笑いをこらえてしまいました。(二日後に映像で改めてみたけれど、やはり隅どりが似合いそうなお芝居。きっと歌舞伎ファンなんだろうなぁ、つい芝居に出ちゃったんだろうなぁと想像してます)。
 さて、日生劇場は客席の雰囲気や音響は良いけれど、舞台裏はかなりとんでもないことになっています。舞台袖はほとんどないし、奥行きはホリゾント裏の通路が作れないほどペッタンコ。ミュージカルと違って、セリやスライディングステージを利用しての舞台転換は出演者の慣れや適正を考えるとかなり危険ですし、なかなか難しいんです。が、今回は美術と演出がかなり頑張りました。基本装置は三つ。まずは歩道橋を真っ二つに割ったような装置×2。そして「風と共に去りぬ」のバトラー邸に登場するような二階に繋がる階段の小ぶりの装置×1。これらの装置が縦横自在に動き、時には真ん中で合体し、時には一列に並び、はたまたそれぞれ分離して舞台に散ったり。照明や装飾も相まって、意外と貧乏臭くなく、逆にお洒落な雰囲気。おそらく、このプロダクションを東京文化や新国で上演していたら文句タラタラでしょうが、日生劇場の空間にはピタリとフィット。舞台のサイズとセットのサイズのバランスが取れていました。(このバランスの問題があるので、来日公演や地方公演になると、感動が半減してしまうんでしょうね)。そして、豪華な衣装の数々。前述のように、ヒロインが扱いかねるほど重くたっぷりとしたドレスの他、男役の専門じゃないのにきちんと男に見せるロメオの衣装、おっちゃんたちが着用しても珍しく恥ずかしくなくダンディに見せてくれた貴族の衣装たちなど、日本のオペラとしては、かなり高レベルのものが用意されました。適度に華やか、そして、適度に装置とのバランスの良い衣装たち。後に聞いたところによると、スタッフがかなりディスカッションを重ねてこのプロダクションを制作したとのこと。確かに、演奏と演出、装置と衣装と照明など、どれもこれも丁寧にこしらえられていて、好感のもてる公演でした。


2007年11月11日(日)11:30-15:20
明治座/東宝「女ねずみ小僧」@明治座

 B席 5000円 3階-2列-28番 (パンフレット:1500円)

 演出:岡村俊一

 紅緒:大地真央
 浅黄:紫吹淳
 葵:彩輝なお
 竜庵(上総之助):川ア麻世
 お種:山村紅葉
 お千代:三倉茉奈
 お小夜:三倉佳奈
 近山越前守:松山政路
 亀蔵:渡辺徹

 明治座と東宝が組んでの特別公演。大地真央が明治座に登場するのは今回が始めてなんだそうです。共演は大地真央の次(剣幸)の次(涼風真世)のそのまた次(天海祐希)のまだまだ次(久世星佳)のさらに次(真琴つばさ)のトップ(ふぅ〜)の紫吹淳、そして紫吹淳の次のトップの彩輝なお(宝塚時代は彩輝直)が登場。月組トップ勢ぞろいです。大地真央が気張らなくても、そこは宝塚の伝統。自動的に年功序列で、トップ:大地真央、二番手:紫吹淳、三番手:彩輝なおという図式が浮かび上がり、下級生は真央さんを持ちあげ、真央さんは下級生を可愛がるといった微笑ましい空気が流れています。蛇足ながら、星組トップ勢ぞろいという公演「狸御殿」が新宿コマ劇場などで何度も上演されていますが、かなり雰囲気が違うのは組カラーでしょうか。
 「ねずみ小僧」なので、あらすじはシンプルです。もっとも、チラシに書かれていたあらすじと、実際に上演されたストーリーが異なるのはご愛敬。~三人美人姉妹がは身分を隠し、恋する相手は警察官(岡っ引きや幕府の役人ね)~というのは、どこかで見聞きしたストーリー……あ「キャッツ・アイ」だぁ〜〜〜♪ 明治座公演ともあって、三幕四時間という超大作ですが、ひたすら観客を楽しませることに徹した、娯楽作品です。とびっきり手間暇かかってます。そして、宝塚のスタッフでない人物が元タカラジェンヌをここまで生かして書いた劇作家ぶりにシャッポを脱ぎました。
 まずは装置・演出が素晴らしいです。幕あきは彩輝なお→紫吹淳の大たちまわり。男たちを相手にダンスで鍛えた動きの良さを生かして、気持ち良く決めまくるのですが、幕がバサッと上から落ちて登場するのは、大ぜりを使った江戸の長屋の屋根で大見得を切る大地真央。彼女は退団後も散々男役を披露していますが、今回が最高! そもそも、宝塚歌劇のお芝居は見得の連続みたいなもので(最近はちょっと違ってきてるけれど)、セリフの強弱やテンポを自由自在に駆使して、一気に大地真央が舞台を制覇。当時はトップさんが何もかもじゃなく、トップさんは登場するだけで君臨してナンボの時代。このあたり、元トップといえども、若い二人は足元にひれ伏すしかありませぬ。実際、彩輝なおなんて、大地真央に甘える可愛い妹になってました。ちなみに、この屋根、八段の階段になってまして……ご想像通り、セリ下がるとそのまんま大階段になります! 階段の上での芝居や立ち回りなど、かなり怖い状況の芝居なのですが(何しろ屋根ですからせり上がってるわけですし)、階段ならお任せの三人、実に安定した芝居っぷり。
 そして、大地真央の扱いが最高。男役で登場した後は、おしとやかに猫をかぶっている新妻とタンカ切りまくりの江戸っ子との二重人格芝居あり、お得意のダジャレあり、男役時代よりも切れ味するどい殺陣あり、楽屋落ちあり、宝塚ネタも知らない人は気づかないけれど元ファンにはヨダレもんの小ネタをあちこちにちりばめての大活躍。おまけに、この劇場でここまで舞台機構を使いこなせる座長はいるかしら?の大セリ小セリ回り舞台などの舞台機構使いまくり。早変わり程度で驚いてなんていられません。ここ最近、気取った作品が多かった大地真央ですが、破れかぶれに舞台上で大暴れする作品は実に久しぶり。共演の二人もしっかりそのノリに付いてくるもんだから、真央さんますます張り切りまくり。真央さんの舞台の集大成。ってか、サヨナラ公演以上に充実の四時間。ど〜〜〜っぷり浸かって来ました(≧∇≦) ミュージカルももちろん歓迎ですが、彼女はやはり大衆芝居の大スターが似合います。お客を沸かせてナンボって世界ですが、自由自在に客席を操れる座長ってホント貴重。今回は劇場柄もあってか、通常のミュージカル公演と異なる客層で、年齢層がかなり高かったけれど、みなさんお腹を抱えて大笑い、休憩時間も幸せそうなお顔で語り合っているのが嬉しくなります。江戸の芝居小屋ってこんなんだったのかもしれないなぁ、と。
 さて、真央さんの相手役は渡辺徹。正直、第一幕では苦手だったんです。元タカラジェンヌの面々と並ぶと顔は二倍は大きいし、ハスキーな声でのセリフはかなり聞き苦しいし。青年座ってこんなもん?とタカをくくっていたんです。が、二幕からは、それらの不満を逆手にとっての大逆転。真央さんの正体を見破ろうが、お上の不正に心痛めようが、そっとそれらの辛さを心にしまい、人前ではいつも「馬鹿っ」と言われるほど陽気で元気溌剌。真央さんが犯罪を犯さないようにと、盗みに出ようとする真央さんを引きとめるために真夜中に披露宴をいきなり催しちゃったりして、すっごく良いヤツ。ねずみ小僧との対決シーンでさえ、正体をわかっていながら、必死で家族愛を説いて罪をあがなうよう説得(「罪と罰」みたい)。そもそも「最初にこの屋根の下を通りかかった男と結婚するっ」とタンカを切っただけで結婚しちゃった真央さんに、しまいには「私は引きが強い幸せ者だ」に言わしめる大熱演。クライマックスは「幸せの黄色いリボン」ネタで、流れはバレバレだというのに、落語じゃないけれど、芸の力でキッチリ泣かせてくれます。決して主役の座を脅かすタイプの役者ではないと思いますが、助演者として、作品をしっかり支えてくれ、青年座の底力を見せつけられました。
 さて、紫吹淳は、現役時代は「無理して男になってるなぁ」な人でしたが、意外と女性への性転換には手こずってます。その不器用さが、今回の役に反映されています。が、宝塚時代はテクニックの面で紫吹淳には太刀打ちできなかった彩輝なおが大健闘。宝塚で下手っぴと言われる歌や踊りも、外部に出てみりゃ上手な部類。持ち前の美貌も相まって素敵なお嬢さんでした。殺陣のシーンなど、ついつい男役に戻ってしまう(&ガニ股になってしまう)紫吹淳ですが、彩輝なおはしっかり女優芝居。劇中で男装して近山越前守をたぶらかす場面があるのですが、そんな場面でも男役ではなく、女優が演じる男の子になっていたのはアッパレ。それにしても、常に男色に迫られる美少年役が回ってくるなんて、彼女の宿命なんでしょうか。。。美しいけれどね。
 ハッピーエンドのお芝居の後はしっかりフィナーレ付きです。こちらは元宝塚の三名の世界。歌にダンスに実力躍起。が、恐ろしいことに、最年長の大地真央が一番生き生きしているんです。現役時代から彼女の魅力というと「気持ち良さそうに演じている舞台」なんですが。とにかく、大地真央の魅力満載、底力フルパワーのとてつもない公演でした。宝塚退団後の彼女の舞台のベストと言いきってしまいましょう。一人よがりに見えがちだったお芝居も同窓愛によって情感たっぷりだったし、ブリッコ台詞もお笑いの道具として使ってしまうし、何よりも二枚目→一気に三枚目→すっと二枚目といった切り替えの鮮やかさは他の追随を許しませぬ。大地真央ファンならばきっと成仏、ファンじゃなくても魅力に納得の、一世一代の名公演です。こうなら、コマvs明治座で、松健との対抗試合…じゃなかった競演をして欲しい位。派手派手でコッテコテだけれど、ちょこって垢ぬけてるのが大地真央。魂抜かれました。素敵です。ただし、オペラグラスはなくて良いかも(あ、書いちゃった・汗)


2007年11月17日(土)17:30-19:35
マテ・カマラス×姿月あさと×武田真治「SUPER LIVE」@銀河劇場

 S席 9000円 1階-E列-16番 (パンフレット:1500円)

 演出:広崎うらん

 マテ・カマラス、姿月あさと、武田真治
 関仁史、西田健二(ダンサー)
 祐輝薫(通訳)

 PARADISE CITY(マテ×姿月×武田asSAX)
 Sweet Transvestite〜ロッキー・ホラー・ショー〜(マテ)
 I feel Pretty〜ウェスト・サイド・ストーリー〜(マテ×姿月)
 Die unstillbare Gier〜ダンス・オブ・ヴァンパイア〜(マテ)
 愛と死の輪舞〜エリザベート〜(武田)
 I'm alive 〜マテ オリジナル曲〜(マテ×姿月×武田)
 SHE 〜ノッティング・ヒルの恋人〜(武田asSAX)
 You're beautiful〜マテ オリジナル曲〜(マテ)
 罪な遊戯/ Dangerous Game 〜ジキル&ハイド〜(マテ×姿月)
 It's a Shame(武田)
 COPACABANA〜コパカバーナ〜(マテ×姿月×武田)
 Don't let the sun go down on me(マテ×武田)
 生きる Vivre(姿月×武田)
 最後のダンス〜エリザベート〜(マテ×武田)
 闇が広がる〜エリザベート〜(マテ×姿月)
(アンコール)
 愛と死の輪舞〜エリザベート〜(マテ×姿月×武田)

 マテのためのショーと言っても過言ではありません。マテの強烈な個性に共演者は乗せられ、観客は毒にやられました。登場するなりロック・テイストで、舞台を飛び回り、走り回り、シャウトしまくるので、咄嗟に「このノリについていかないと今日の舞台は取り残されるっ!」と感じこちらも飛び跳ねるようにスタンディング。歌いあげるんじゃなくって、ギャオーと雄たけびをあげるとでも言いましょうか、非常に動物的で、狙われたら逃げられませぬ。舞台と会場が一体になってのジャンピングで、一曲目から汗びっしょり。「マテは頑張ってるよぉ」のMCに会場は「ウォー」と盛り上がります。して、二曲目ではROLLYさん顔負けの女装でロッキー・ホラー・ショー。毒強すぎです。いかんせん、骨格が欧米人なので、正直女装はグロいです。肌はボロボロだし、毛深いし、汗だくだし、ブヨブヨのデブだし……客席降りして女性の膝の上に腰かけてあれこれ迫るのですが、嬉しいやろか!? でも、本人はノリノリ。その後も曲ごとに衣装を変えて大熱演。コパカバーナでは黄金の着物に身を包み「マテケン・サンバ」まで登場。サービス精神が旺盛なのか、やりたい放題なのかわかりませんが、とてもエネルギッシュです。一曲ごとに表現から雰囲気まで変わるのは圧巻で、動物的→女装→耽美→ラフ→危険な香り→お笑い→ジェントルマン→妖艶→体育会系と、七変化も八変化も見せてくれました。まずは、彼のパフォーマンスが見られただけで元をとったも同然です(招待席でしたけど)。
 して、マテに負けずに大健闘だったのが姿月あさと。宝塚時代の彼女は無表情・無感情のノッペラボウな歌で、退団後も色気のない歌い回しで、実だ昔は大嫌いだったんです。感情の盛り上がりのない人形みたいで不気味でしたし、トークはやたらとベタベタ子供っぽかったし。「歌う電柱のどこが良いんじゃい、大声なだけじゃん」とけちょんけちょん、客席と目を合わせようとしない不気味さがとっても苦手でした。が、本日、シャッポを脱ぎました。この人、気取ってるよりも、おばちゃんテイスト入った方が断然良いです。一曲目から大口開けて、大熱唱。客席もしっかり睨み、若ぶることもなく、今のパワーを全開。元々声量たっぷりの人ですし、ロック調になると、なまじ感情込めるよりも、立ち上がりの良い鋭い声でバリバリ歌う方が聴き映えするってのもありますが、スローナンバーでも情感がこもってました!! マテと拮抗するためには、すましてなんていられず、負けずに暴れ本能をさらけ出さなければならなかったとう事情もあるのでしょう。が、とても魅力的でした。お澄ましポーズも一度崩してしまえば何のその。感情のおもむくままに各ナンバーをタップリきかせてくれました。宝塚退団後だいぶ経ちますが、彼女の場合、すっかり歌唱法のリニューアルが完了していて、発声に、歌い回しに自信がみなぎってます。舞台上で大きく見せるコツはお手のものですし「何で在団中からこうしなかった〜〜〜っ」とハンカチ噛み締めちゃいました。中でも「ジキル&ハイド」での切なさと色っぽさは今すぐ彼女のために上演してほしくなりましたし、「闇が広がる」では無性別の役なんだし、女性のトートでも良いやんかっと東宝の制作陣にお手紙書きたくなった程。それでいて「ウェスト・サイド・ストーリー」ではすっかり女の子。高音も無理なく自然にグイグイ伸び「ヴォーカリスト」の看板に偽りなしです!
 で、ちょいと分が悪かったのが武田真治。SAXをのけぞって吹くオープニングは「blast!」みたいで格好良いですわ。銀河劇場は舞台間口は狭いけれど、タッパがあるので、まるで空に向かって吹いているみたい。が、いかんせん、スケールが小さいのが痛いです。というか、共演者が強力すぎたのですが、太刀打ちできませぬ。一応、トート・トリオとしての登場ですが、ミュージシャンが場つなぎとして歌っちゃいました、みたいな感じかなぁ。マテ×姿月が互角に渡り合って、ステージ上での存在感を競い合う中、彼なりに頑張ってはいましたが、取り残されている感は否めません。ま、空気を読んで「弟キャラ」で貫き通したのはアッパレ。実年齢は三人とも大差ないのですが、なぜか武田真治のみ20歳の若者みたいでした。とにかく、二人を前にした時の緊張感は客席にまでビシバシ伝わってきて、「エリザベート」へのデビュー初日以上にガッチガチ。実は「姿月エリザだって良いやん」と密かに思ったのですが、武田トート相手だと無理だぁ。でもね、芸能人としてのキャリアがある人なので、緊張している中、どんなに失敗しようと、完敗しようと「ニコッ」と笑って観客を煙に巻くのは上手いです。最近、男性度が増していますが、舞台上では、そしてマテや姿月と並ぶと、まだまだ中性的と言えますし。でも、彼のSAXは意外にハスキーで男性的な音色でした。パオ〜ンと音をうねらす部分がとてもセクシー。得意・不得意はあっても、自分の見せ方を心得ている方のステージは安心感がありますね。
 通常、このような感想を書いていると、ダンサーについて言及するのでしょうが、本日は通訳に触れないわけにはいきますまい。元・宝塚月組の男役、祐輝薫が舞台に登場して、マテのMCを通訳するのですが、パフォーマンスしながらのマテの、そのパフォーマンスも真似しながらの通訳なので、マテが面白がっちゃって、舞台上でますます遊びまくり。女性にやらせるのはどうよ!?なロックテイストのパフォーマンスも臆することなく、堂々とやり切っちゃうあたり「祐輝薫も舞台人よのぉ」と妙に関心。実際、あまりのマテのシャウトぶりにどう通訳しようか困っても「こんな感じかな」と堂々と適当な訳をつけちゃうあたり大したタマです。すっかり温和な顔のお姉さんになっていましたが、とっさの判断といい、パフォーマンスといい、舞台で鍛えられている人は違いますねぇ。ま、全員がノリノリだったおかげで、上演時間は1時間45分に収まるはずもなく、二時間超コース。でも、あっという間でした〜。舞台も客席も幸せな笑いに包まれていました。


2007年11月15日(土)15:00-17:05
ナタリー・デセイ「オペラ・アリアの夕べ」@東京オペラシティ・コンサートホール

 D席 4000円 3階-R1列-8番 (パンフレット:500円)

 ソプラノ:ナタリー・デセイ
 指揮:エヴェリーノ・ピド
 東京フィルハーモニー交響楽団

 ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より序曲
 ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より「友よ、ありがとう」
 ヴェルディ:歌劇「椿姫」より前奏曲
 ヴェルディ:歌劇「椿姫」より「ああ、そは彼の人か…花から花へ」
(休憩)
 ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」より序曲
 ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」より「あたりは沈黙に閉ざされ」
 ドニゼッティ:歌劇「ロベルト・デヴリュー」より序曲
 ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」より「狂乱の場」
(アンコール)
 プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より「ムゼッタのワルツ」
 マスネ:歌劇「マノン」より「ガヴォット」

 ディーヴァ降臨でした。髪の毛をアップにして、水色のドレスで登場しただけで神々しいことといったら! 格好良いお姉さん大好きな僕としては、これだけで「ギャー」と叫びそう。まずは軽〜く「友よ、ありがとう」で喉ならし。彼女の声って、通常聞きなれたイタリアの方のものとは違うと思うんです。パイプオルガンがなっているような、そんな響き。そして、歌い回しがやたらと色っぽいことといったら! 耳ダコの部類のヴィオレッタのアリアも、たった一言、たとえばそれが「おぉ」だけでも非常にエロティック。DVDでも歌における芝居が凄いと思っていましたが、生はそれ以上。舞台真横の席だったので、歌っている表情は全然わからないのに、感情がビシバシ伝わってきます。とりあえず、この時点で会場が爆発するかのような「ぶらぁば」の嵐でしたが、まだまだ序の口だったことを程なくして知るのです。
 はい、圧巻の「ルチア」でした。テクニックに関しては、正直、スゴイことをしているなんて全然思いません。あまりに楽々歌っちゃうので、どこが超絶技巧なの?とすら思ってしまう位。その分、表現力がもの凄いんです。スケートじゃないけれど、音楽も技術点と芸術点があると思うのですが、技術点はほとんど満点。それでいて、芸術点も抜群なものですから、たった一人でオペラ上演に負けないだけのドラマを表現。会場は一音すら聴き逃すまいと、シーンと静まり返って恐い程。そんな中、徐々に狂乱度を増していくデセイ。コロラチューラの歌い回しって、勢いで歌っちゃう人、一音一音鋭く決める人など、様々ですが、彼女の場合、一音一音遊んでいるのがビックリどころ。どんなに早いフレーズであろうと、キラキラと飛び散ろうと、パッセージの中間の音まで丁寧に色付けされているので、説得力が段違い。クライマックスで最高音を決めた瞬間に涙がドッと出てきたのには、自分で自分にビックリ。静かに涙ぐむんじゃなくって、ほとばしるように涙が出て来るほどの衝撃って久しぶり。衝撃を受けたのは僕だけえはないようで、会場中が大熱狂。クラシックコンサートでは珍しく、あちこちでスタンディングする人も!!
 そんなんだから、アンコール一曲目で「私が街をあるけば、みんなが振り返るの」と歌われちゃうと、そうじゃろ、そうじゃろ、とみんなでウンウン。この曲はオペラの中で歌われるので、ソロナンバーとしては尻切れトンボの部分があるのだけれど、最前列に陣取ったダンディなおじいちゃまの「ぶらぁば」のタイミングといい、ハスキーな響きといい、非常に洒落てて、おフランスの香りがプンプン。「あんこーる、さんきゅー」の間延びした掛け声に思わずデセイもププッと吹き出し、二曲目に歌ってくれたのは、非常にシンプルな「ガヴォット」。こちらは日本唱歌じゃないけれど、短いメロディの繰り返し。どこで拍手して良いかわからずに、2コーラス歌い終えたあたりで、客席から拍手が沸き起こったのですが「まだよ、まだよ、あと1コーラス歌うわよ」とジェスチャーでデセイが主張するもんだから、演奏途中にもかかわらず、ここでもみんなで大笑い。舞台と客席が一体化した、素晴らしいコンサートでした。
 デセイの本調子と、会場の雰囲気に飲まれたのか、東フィルもノリノリの名演奏。コンマスさんなんて、ウィーンからシュトラウスおじさんを連れてきたかのような、楽しげな演奏で、おみ足は調子が良い時ののぼぉちゃん状態。三階から見下ろしながらこれまたプププ。ほんの出来心で聴きに行ったコンサートですが、すっかりやられてしまいました。できれば、お隣の劇場でオペラ全曲に出演していただきたいけれど、もちろん、コンサートでも大満足です。惚れました〜、ハート射抜かれました〜。ま、考えてみれば、オペラシティの大ホールを3公演も埋められる動員力を考えれば、僕が今さら興奮することもないんでしょうけど。ぞっこんです。


2007年11月20日(火)18:30-21:30
宝塚歌劇団花組「アデュー・マルセイユ」「ラブ・シンフォニー」@東京宝塚劇場

 S席 8000円 1階-6列-34番 (パンフレット:1000円)

 演出:小池修一郎(アデュー・マルセイユ)/中村一徳(ラブ・シンフォニー)

 ジェラール:春野寿美礼
 マリアンヌ:桜乃彩音
 シモン:真飛聖
 フィリップ:立ともみ(専科)
 ペラン:星原美沙緒(専科)
 リシャール:夏美よう
 マドレーヌ:梨花ますみ
 モーリス:壮一帆
 ジャンヌ:愛音羽麗
 ジオラモ:未涼亜希

 「アデュー・マルセイユ」は小池修一郎のオリジナルミュージカル。今回は太田健が全編の音楽を手掛けたため、作品としての統一感が取れています。既成の曲の寄せ集めや、多数の音楽家が関わるのではなく、一人の作曲家が担当した方が、ミュージカルとしての満足度は高いです。老若男女向きというにはかなりアレコレ知識が必要とされる台本ですが、そんなことは、次々に背景がひらくオープニング、大階段をマルセイユ駅前の石段に見立てたアイデア、群衆芝居による舞台各地で様々な情報が同時進行するなど、目に耳に楽しい進行でカバー。小池修一郎の面目躍起の見事なミュージカル処理です。舞台中央で歌い踊るスターの立ち位置が徐々に舞台奥になるのと、観客が舞台に集中していく気持ちとが見事にマッチするので、宝塚歌劇におけるプロローグは「確か、前物はミュージカルだったよね?」といぶかる位、浮いた場面になることが良くある中で、プロローグとストーリーが見事にリンクさせちゃったのは特筆モノ。そもそも、プロローグ後に延々とセリフで状況を説明するのでなく、プロローグの歌とダンスでサラリと状況を説明しちゃうあたり、ミュージカルの魅力に溢れていて、爽快です。東宝劇場の舞台は間口に対して奥行きがないのですが、回り舞台を駆使して、舞台装置の角度を変えるので、視線の行方も舞台正面奥から舞台そでへと移動するので、いつも以上に奥行きを感じますし、劇中ショーの舞台も花道や銀橋を利用して観客の注意を左右に振り分けるなど、かなりの高テクニック。舞台の奥行きを生かした演出は良く目にしますが、舞台の横幅を生かした演出は宝塚ならでは。劇場機構を知りつくしているだけに、鮮やか!の一言に尽きます。名演出です。
 対して「ラブ・シンフォニー」は「切っても切っても中村一徳」な堕作。定番と手抜きは違うと思うんですけど。。。装置も衣裳も構成も、彼のショーは作品による変化はほとんどありません。今回「も」せり上がった大迫りに小さい階段が三か所、トップが一号セリでせり上がったり迫りおりたりした後、延々とスターが主題歌を歌い継ぐプロローグ。あまりの平板さ、金太郎飴状態に飽き飽き。岡田敬二あたりだと、1フレーズごとに曲調を変化(ワルツやボレロ、ロックに編曲)するのと衣装や照明で変化をつけるのですが、同じ編曲、似たような衣装で延々とやられると、個性の乏しい最近のスターさんでは場が持ちませぬ。その後の場面も、トップが延々と歌うだけで「ここは印象的に歌いあげるシーン」「ここは激しいダンスシーン」ということもなく、さりとて、パンフで説明されているほどのストーリーを感じることもなく、かなり不満な作品。どの場面も破たんなくキレイですよ。でも、ショーの見せ場を聞かれた時に「楽しそうにしている私」と主役に言わせるようじゃダメでしょ。「見せ場が全部」なんて、誉めどころがない時の常套句ですもの。傑作ショーの場合「○○の場がすごいんです」と言うでしょ。メリハリのつかない作品なだけに、編曲も振り付けもこれといって印象に残るものなし。スタッフもかなりやりにくかったのではないでしょうか。
 さて、今回は春野寿美礼のサヨナラ公演。あ、僕はこの人の芸は嫌いなので、かなり辛口になります。ファンの方は読み飛ばしてくださいませ。。。公演チラシを見た時「華奢だし首が細いからスーツ姿はかなり変なのにまたスーツ物なの?」と演出家を恨んだものですが、着なれた衣装というのも親心なんでしょうね。コートや帽子で感情表現をするのはお手の物ですから。似合わないけれど、扱いは上手(複雑やなぁ。。。)そして、芸名にちなんでか、スーツはすみれ色のものが多かった気がします。今回は芝居もショーもとにかく「寿美礼、寿美礼、寿美礼」これでもかってほどにまた「寿美礼」な舞台です。一応、歌の人と呼ばれているので、やたらと歌ってます。彼女はセリフは低音で良く響く声をしていますが、歌になると(特に今回は高音のナンバーが多いせいか)急に女声化してしまうので、タモリじゃないけれど「いきなり歌いだすのが変」という違和感を感じることが多いんです。芝居の感情が歌になるとプッツリ切れてしまいます。彼女の歌は、音圧と声色を音によって変えすぎ、フレーズとしてのまとまりがイマイチなので、余計に芝居と歌がかけ離れてしまう印象を受けるんですよねぇ。また、セリフとして歌声を(&歌詞を)客席に伝えよう、というのではなく、まず自分が音楽に酔ってしまうタイプなので、歌詞が聞き取れない場面が多々。フレーズの頭はそーっと入り、真中で音質をくぐもらせ、時にシャウトし、最後は裏声にて音を消すので、観客として聴覚のレンジ調整が難しいスター。このあたりを「気持ち良い」と思う人は「歌の上手なスター」と感じ、「気持ち悪い」と思う人は「歌が下手なスター」と感じるのでしょうね。かなり好き嫌いが分かれるタイプだと思います。素材は悪くないのですが、宝塚ならではの、癖が強いので、退団後は意外と歌で苦労するタイプかも。なお、ショーの衣装もジャケット物ばかりなのと、もともとショースターではないので、印象に残る場面はナシでした、僕にとっては。
 トップ娘役の桜乃彩音は気持ち良さそうに演じていますが、まだこれからの人ですね。歌もセリフ回しも、ショーでのアピールも「新人さん」でした。正直、彼女の歌はかなり苦手です。歌が下手と言われるスターは数いれども、許容できるスターと許容できないスターの差ってなんでしょうね。このあたり、こんどじっくり研究してみたいと思っています。
 儲け役だったのは真飛聖。芝居ではサヨナラを意識した、同士愛や、引き継ぎの演出、今後に向けてのピラミッド作りなど、かなり美味しい扱い。このあたり、座付き作者によるオリジナル作品はお得ですね。ショーでは、トップよりもある意味目立っていました。「花の愛」の場面では、ショーを通じて最も一番華やかでキラキラした衣装を着せてもらい、登場した瞬間に「プリンス登場」の空気に劇場を染め変えたあたり圧巻。ま、ルックスに関してはトップさんは太刀打ちできませんから、当然といえば当然なのですが「あ、星組!」というコスプレぶり。そういえば、花組のショーは衣装がイマイチな事多いですものね。今後のショーは派手になるんでしょうか? 今まで「地味なスター」という印象が強いのですが、今後かなり化けるのではないかと期待しています。
 もう一人注目しているのが愛音羽麗。芝居での女役は若央りさが若いころに雰囲気ソックリじゃないですか? スターとしての押し出しの良さといい、お色気といい(共演の若手ダンサーは色気ナシで物足りない)、とても素敵なスターぶり。パリやアメリカのショーってこんな女役スターが出てくるなぁ、と楽しく堪能。正直、今回の公演の娘役・女役の中ではもっとも色っぽい存在だったかと思います。そして、ショーでは美貌を生かして「出てくれば華やか」な存在で、ちょっとシメさんチック。女役との行来のせいか、いつもほどには声が伸びてない印象だけれど、割と暗めな表情のスターが多い花組の中では、健康的な笑顔のスターとして貴重な存在ですね。


2007年11月23日(金・祝)14:00-15:55
古川展生×菊池洋子「デュオ・リサイタル To the Second Decade」@第一生命ホール

 全席指定 4500円 1階-2列-11番 (パンフレット:無料)

 チェロ:古川展生
 ピアノ:菊池洋子

 カサド:無伴奏チェロ組曲
 ヒンデミット:チェロとピアノのための3つの小品 Op.8(1917年)
(休憩)
 ショパン:チェロ・ソナタ ト単調 Op.65
 ショパン:序奏と華麗なるポロネーズ Op.3
(アンコール)
 サン・サーンス:白鳥
 ピアソラ:ル・グラン・タンゴ

 前回、この二人のカップリングが素晴らしかったので、期待していたのですが、さらにアンサンブルが強化されて素晴らしいコンサートでした。と書くと、熱演のようだけれど、その逆。肩の力がいままでになく抜けていて、実にリリカルな演奏。カサドは先日ブルネロに浮気したばかりなので、ちょっとドキドキしていたのですが、全く違うアプローチ。今までののぼぉちゃんだと、力任せに弾いてしまう事が多々ありましたが、今回は自分の音を生かす表現で勝負。一つ一つのフレージングを短めに取り、決してがなり立てない音。ヒンデミットで菊池洋子が加わってからもその姿勢は変わらず。菊池洋子はスタインウェイの蓋を全開にして演奏しても、チェロの演奏を邪魔しない音量で、それでいて各種音色や音圧を変えられる弱音の名手なので、これまた力むことなく、音の伸びを信頼した演奏。ピアノが遊ぶ分、チェロだって遊んじゃいます。楽章間や演奏後には「楽しかったね!」とほほ笑みあっちゃって、好調が伝わってきます。幸せ。
 ショパンになると、菊池洋子が素晴らしいピアニズムを披露。しばらく前に聴いた、どこかのピアニストと段違い。ショパンの旋律の、ハーモニーの美しさをあの手この手で表現。細やかなパッセージでも一つ一つの音がキラキラしているし、指をくぐらせて高音から低音まで鍵盤の上を滑るように動き回る際も、フレージングを美しく表現。低音のバランスも的確で、繊細だけれど芯はしなやかで強い、そんな音たち。コンサートの途中から「早く帰ってピアノを弾きたい〜、面白そう〜、いじりたい〜」とウズウズしちゃいました。のぼぉちゃんもピアニストを引っ張る必要がないので自分の演奏にだけ集中。昔から、のぼぉちゃんの演奏に関しては「誰かを引っ張る時よりも、自由に泳がせてもらう時の方が魅力的な人」と思っていますが、今回もその通り。pizzもここ最近の荒々しく汚い音が影をひそめ、僕がのぼぉちゃんに惚れた頃の美しい響きに戻っていたのも嬉しい限り。テクニックや聴かせ方はここ10年でだいぶ変わったけれど、演奏の質に関しては10年前に戻ったような気がします。アグレッシヴな演奏ではなく「この曲好きなんです。演奏して気持ち良いんです」な演奏。音の扱い方が全然違いました。そういえば、かつては「この曲好きなんです」だけの曲目解説だけでも満足な時があったのですが、今日の演奏もそれで満足。レパートリーに関しては、古典よりもロマン派〜近代のものが彼の音には合ってるのかなぁ。
 To the Second Decadeという素敵なサブタイトルの付いた今回のコンサート。初心返り、なぁんて書くとご本人様は不満かもしれませんが、久し振りに心洗われるようなのぼぉちゃんの演奏。アンコールのサン・サーンスもこってり味付けせず、サラリと弾くあたりが小洒落てます。で、やっぱり最後はピアソラを弾いちゃうあたり、ヤンチャっぷりを発揮してますね。とはいえ、実に優しい、優しいコンサートでした。「ぶっらぼー」と叫ぶのではなく「ぼへぇ〜」とほのぼの気分で会場を後にしました。やっぱりのぼぉちゃんはリリカル路線が似合います。
 それにしても、固定ファンはともかくとして、コンサート会場によって、ここまで客層がガラリと入れ替わる人も珍しい。。。


2007年11月24日(土)15:00-17:20
二期会「オッフェンバック:天国と地獄」@日生劇場

 D席 5000円 2階-J列-31番 (パンフレット:1000円)

 指揮:阪哲朗
 演出:佐藤信
 管弦楽:東京交響楽団

 神々の王ジュピター:久保和範
 音楽院長オルフェウス:近藤政伸
 その妻ユーリディス:澤畑恵美
 地獄の大王プルート:高橋淳
 恋の神キューピット:赤星啓子
 酒の神バッカス:峰茂樹
 ジュピターの妻ジュノー:竹村靖子
 狩猟の女神ダイアナ:小林菜美
 愛と美の女神ヴィーナス:菊地美奈
 軍神マルス:吉川健一
 プルートの召使ハンス・スティックス:羽山晃生
 神々の使いマーキュリー:岡本泰寛
 智の女神ミネルヴァ:松尾香世子
 世論:岩森美里

 日生劇場は規模といい、内装といい、新国や東京文化に比べてアットホームな雰囲気。中規模なオペラやオペレッタにはピッタリで、ここ最近、定期的に二期会が使っているのは嬉しい限り。逆に、この小屋でワーグナーを上演する時、オケはどうなっているんでしょう。そして、何よりも、楽屋に全員納まるのやろか?
 さて、オッフェンバックの「天国と地獄」というと、25年前に僕が初めて自分から観にいった舞台。萩本欽一演出、立川澄人&島田祐子のゴールデンコンビによるの舞台は、楽しい笑いに溢れていて、大満足の記憶があります。その後、二期会主催ではないけれど、ほぼ同じチームがNHKホールで上演したりもしましたが(ビデオ、探せば出てくるハズ)、二期会の本公演としては今回が四半世紀ぶりの公演です。歌詞もなかにし礼のものから佐藤信のものにチェンジ。社会風刺が持ち味なオペレッタなので、この部分は致し方ありませぬ。もっとも、矢部夫人は何を歌っているのかサッパリ聞き取れないので、歌詞が何であれ全く問題なかったし(←嫌味)。
 さて、今回の公演ですが、大失敗と呼んで良いと思います。感動的にコメディセンスのない舞台。つっまんね〜(-"-;) 知人が終演してなかったら途中で劇場を去ってます。演出家の問題ありすぎです。そもそも、コメディを得意としてない人に「天国と地獄」を任せた時点で、二期会の制作スタッフにも怒り心頭。風刺もなければ、パロディ色も伝わらず、あげくの果てには、大勢の登場人物の交通整理すらできない演出で、合唱団は棒立ちだし、役者は自分の見せ場以外は芝居放棄。もっと演出家がコントロールしなくては! こういう作品ほど、宮本亜門(今さら「トラヴィアータ」ですと!?)や小池修一郎(本人にやる気なさそうだけど)の出番だと思うんですよ。ハチャメチャな台本をどうにか形にし、風刺を盛り込みつつ、交通整理に長けた演出家。
 「オルフェオとエウリディーチェ」は新国での上演しか観たことありませんが、パロディとして今の日本で扱うには難しい素材だと思うんです。そんな中、わかる人はクスッと笑い、わからない人も問題なく楽しめるような舞台を作りあげるには、佐藤演出はマニアック度もサービス精神も力不足でした。あ、太田哲則あたり上手そう。
 演出家が野放しなので、歌手もひどいもの。何しろやる気がないんです。オペレッタなので、歌った踊って芝居しては当たり前なのに、私は踊りませんっ芝居もしませんって、それはあんまり。メンバーの中で大御所であればあるほどその傾向がみられますが、それが許されるのは主役だけです(それも脇役によるカバーが必要)。大御所であっても、脇役の人は脇役。稽古できない役者は出演を控えるべきだと思います。そして、歌手なのに、リズム感の悪い方たちって、音楽家としてどうよ!? そういえば、パンフの中に「今の二期会は人材豊富ゆえ、なかなか出番が貰えず、個々の歌手の印象が薄くなる」云々という言い訳が書かれていましたが、スターは育てるもの。場数を踏ませずにいきなりスターになんてなりえません。そして、どんなに人材がいても、スターとはおのずと輝けるもの。役のボリュームにメリハリつけることなく、のんべんだらりと登場しては去っていく舞台……発表会じゃあるまいし。今回の公演、なんだか勘違いさんが多い気がします。客席を楽しませようというエネルギーが届きませんでした。
 そんなわけで、振り付けに謝珠栄が起用されてはいるものの、歌手は全く動いてくれず、ダンサーのみ頑張っていて痛々しいです。電柱の間で謝珠栄のキザな振り付けが踊られるのをご想像ください。かなり浮きますよぉ。演出のスタイルと振付のスタイルがまったくかみ合っていませんが、このあたりの打ち合わせってどうなっていたんでしょう。今回のように、動けない面々の中でのダンスの場合、若央りさのような振付の方がしっくりくると思うんです。特に際立った振りはなくても、エレガントできれいに漂うタイプ。たぶん、謝珠栄は歌手の分もダンサーを動かしてしまったがゆえの空回り。普段、彼女の振り付けは大好きと思っているのですが、今回ばかりはよろしくないです(隣の劇場のスタッフと交換したい感じ)。ダンサーも取り立てて目につくタイプはいないので、クライマックスのフレンチカンカンも掛け声ばかりがムナシイ限り。今までのオペレッタ公演でちゃんと盛り上げ場面を作っている二期会なだけに、今回の不調はハラハラもん。
 さて、歌手の面々ですが、登場人物が多いにもかかわらず、役の個性が付けられていないので、誰が主役かすらもはっきりしません。では、アンサンブルで魅せるかというと、それもないので小粒感があります。世論:岩森美里はオケピから登場の美味しい役ですが、おっそろしい程の棒読み。まるで駅のホームで流れるコンピューターによるアナウンスみたい。(彼女に限らず、セリフの掛け合いの間の悪さ、タイミングの悪さは演出でもっとカバーできたはず。) 歌も全盛期と違って堅いです。ピッチの悪さは矢部夫人と並んで双璧かも。矢部夫人は、高音を自在に操るのはさすがですが、ffになると途端に音程が悪くなるので、オケとピッチがあわないのが気持ち悪かったのと、芝居も群衆の中に埋もれてしまってさすがに和服やチャイナ服のシーンは目に入りますが、白ドレスになった途端、「プリマはどこ?」なのがイタタタタ。ジュピターとプルートは主役のニンではない方たちなので、期待はしていなかったけれど、いっぱいいっぱい感があり、あてこすりやさやあて、男の見栄や愛らしさは表面に出てこなかったかな。オペレッタなのに、まるでオペラのように立派に歌っちゃうので、芝居と歌とで違和感ありすぎ。だって「三文オペラ」じゃないけれど、胡散臭い人たちの集団なわけでしょ。毒々しさのないパロディというのも味気ないです。せっかくセリフで「変な人」を装ってても、歌い出したら「音大の先生みたい」になるのは、まだ役になり切ってないってことじゃないかなぁ。プルートは前回公演がカウンターテナーの方なので、歌がやはり苦しく感じるのと、せっかくカンフーのコスプレをしているのに、それだけなのが勿体無いです。んー、美味しくできる役を美味しく膨らませないのって歯がゆい。。。
 ということで、芝居も歌もかなり不満足な公演でした、僕にとっては。良かったのは、舞台装置。16mしかない日生劇場の奥行きをカバーするために、下から5段目に踊り場のある大階段がセットされ、舞台が立体的に組んでいるので見栄えしますし、視線が斜めになる分、奥行きが感じられます。そして、大階段の最上段にはミラーが配置、客席が映るため奥行きが何倍もに見えます。この際、全面ミラーだと安っぽくなるけれど、柱との交互なので、深紅の壁紙が大階段の白に映えてとても美しいです。紗幕と通して、美しく大がかりな装置が登場するのはワクワクしますね。あの手この手が使われるあたり、日生劇場利用の経験がある演出家のさっすがなところ
 さて、知人が出演と書きました。ミネルヴァ:松尾香世子です。役名をうかがって、前回公演のパンフレットをひっくり返してみたのですが……「誰?」状態。以前の公演では登場してないんですけど(汗) 「こうもり」のイーダや「蝶々夫人」のケートのように、ほとんど歌のない役かと思ってたら、いきなり芯を取って歌いだしちゃうし、ま、活躍の場があるのは嬉しい限り。彼女で嬉しかったのはドレス姿が美しかったこと。ドレス負けしていません。モデルの経験もお持ちなので、昔取ったなんちゃらかもしれませんが、膨らんだスカートの処理や、胸を張った姿勢など、他キャストとは段違い。モノトーンの舞台の中で、カラフルなドレスを着ている人は他にもいれど、その中でも、ひときわ色の濃いドレスをあてがわれ、見せ場のボリュームに対して、かなり目立ちます。名前は出さないでおきますが、ピンクのドレスや紫のドレスを着た人が、ドレスを全然着こなせず、スカート揺れまくり、上半身はラインが崩れまくりで悲惨でしたもの。彼女は既に東京オペラプロデュースではプリマ扱いで、主演経験も豊富なので、あれこれ小芝居に挑戦しているのも嬉しい(他キャストはみならってね!)。ただ、動きはも少し大きくて良いかも。日生劇場は1階席、グランドサークル、2階席と3層構造なのですが、視線の飛ばし方や、見得の切り方が、2階てっぺんまで届いてない感じ。せっかく細かな芝居までしているだけに勿体なかった〜。ま、これで大芝居されたら、主役陣からクレーム来ちゃうでしょうけど(それはそれで主役陣がなさけないわな)。
 ほとんど固定メンバーでオペレッタを毎年上演していた、前回のチームと今回のチームを比べるのは無意味ですし、他プロダクションの舞台との比較だって「よそはよそ、二期会は二期会」と言われちゃうでしょうが、オペレッタとしての完成度はかなり低いと思います。藤沢市民オペラなんて、コーラスからソリストまで、全員が一丸になって踊り狂ってのフィナーレでしたが(音友に写真が掲載されましたよね)、カンパニーの公演にかける勢いが段違い。踊る歌手、和製ヘアスプレー歌手の「まりぃさん」ぷりぃずなのであります。例えコーラスの一人であっても、彼女がいれば全然違う雰囲気になったでしょうに。ショーストップになることもなく、カーテンコールも早々に終了となった今回の舞台。二期会、大丈夫やろか!?!?
 オペレッタって難しいですね。面白いプロダクションになかなか出合えないのが残念。歌と芝居とダンスのバランス、観客の乗せ方、役者の見せ方、セリフ術など、もしかしたら、お隣りの某大劇場の劇団のシステムを導入するとだいぶかわると思うんですけど。女性のみということで馬鹿にする人が多いけれど、常時何千人も集客できる劇団って侮れないですよ。そして、スタッフも出演者も舞台人として、もっともっといろんな舞台に触れないとダメ。ほかジャンルに比べて、クラシックの世界は好奇心が足りないぜよ。


2007年11月25日(土)14:00-17:45
新国立劇場「ビゼー:カルメン」プレミエ@新国立劇場オペラパレス

 D席 3780円(ATRE会員割引) 4階-4列-20番 (パンフレット:1000円)

 指揮:ジャック・デラコート
 演出:鵜山仁
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 カルメン:マリア・ホセ・モンティエル(マリーナ・ドマシェンコの代役)
 ドン・ホセ:ゾラン・トドロヴィッチ
 エスカミーリョ:アレキサンダー・ヴィノグラードフ
 ミカエラ:大村博美
 スニガ:斉木健詞
 モラレス:星野淳
 ダンカイロ:今尾滋
 レメンダード:倉石真
 フラスキータ:平井香織
 メルセデス:山下牧子

 素晴らしい「カルメン」でした。タバコ工場前の広場でスタートするのですが、生活感の生き生きとしていることといったら! 今回はソリスト、合唱団、ダンサーの他に役者もかなりの人数登場しているのですが、一人一人が細かな芝居をしていて、あっという間に舞台の上=現実となって引きこまれます。観客が思わず白けるような芝居をする人は一人としておらず、全員が一丸になって行う集団芝居の醍醐味ここにあり、です。屋台のおっちゃんやおばちゃんのセールスぶり、売れなくってふてくされて寝ちゃう人、値切る人、品定めする人、喧嘩する人、ネギ背負ったカモ、金持ち家族内のトラブル勃発などなど、どこから眺めれば良いのか悩む位賑やか。観光でスペインの地に降り立った初日のような気分に浸れること請け合いです。おまけに子役たちがかなり本気で暴れまくってくれます(レミゼのバリケードのシーンを彷彿させる箇所も散らばっていてmyツボ)。新国は舞台も舞台袖も広いので、心おきなく走り回るので、本舞台に登場した時の勢いの良さは格別です。それでいて、ソリストたちの芝居を邪魔をせず、場面によってはスーッと存在感を消させ、それでいて、舞台奥で密かに小芝居を行う茶目っ気は忘れないなど、舞台の奥行きを存分に生かした名演出。今回の第一幕に限っては、傑作の誉れ高いゼッフィレッリ版に負けていません。映画から抜け出したようなスペインの昼下がり。
 コーラスメンバーももなかなか健闘しています。元々、日本人は制服モノがなぜか似合うのですが、今回だって例外ではありません。それでいて、全員がピシッと揃うのではなく、着崩す人あり、アレンジする人ありで、個性漂わせるのがオペラの舞台では珍しい。そして、嬉しいことに、兵隊さんたちは全員がスターブーツ着用。これ、かなり動きにくくなるんですが、絶対、衣装を着た時のラインは奇麗だし、足だって長く見えます! 一部のキャストがまだこのブーツに慣れてなくて、オカマちゃん歩きになっていましたが、今後も是非ともこのブーツは採用していただきたいです! そして、タバコ工場の女たちはスカートを振り振りして登場するのが何ともお色気があって、ラテンの香りに満ちています。「どう?私って素敵でしょ!?」という自信たっぷりさ、ストレートヘアーの人はセンターパーツ、それ以外の人はフワフワにパーマをかけたロングヘアーをなびかせて、かなりなり切ってます。ハバネラなんて、通常ニタニタした男たちが棒立ちになってて気持ち悪いという演出が多い中、小さい動きながらかなり男たちを動かすので、いかにも「女好きなスペイン野郎たち」になっててこれまた楽しいナンバーに。演出の指示が細かかったのか、それとも「適当にやって」という指示だけで経験豊富なメンバーが自分たちで作り上げたのかわかりませんが、毎月のようにオペラに出演するということの重みを感じたシーンです。脇役(というかその他大勢)だけれど決して手を抜かず、一人一人が自分をアピールするので、人数以上に舞台上での生命力が強くなること、それでいて、ソリストの事は立ててくれるので、決して主役芝居の邪魔にはならないこと(よって、芝居のできないソリストと共演だと額縁にすらなってくれますっ)など、劇場合唱団の誉れであり、ソリストによってはかなり怖い存在ですね。第二幕の「ジプシーの歌」なんて、振り付けはないくせに、体をゆすって一緒に踊っちゃうので、数人のダンサーしか踊ってないはずの場面が、大ダンスナンバーに様変わり。第三幕はちょっと息切れしたのか、演出が生き届かなかったのか、急にトーンダウンしてましたが、全体的に歌・芝居・踊りと、なかなか立派です。
 さて、期待のタイトルロールはいきなりの代役発表。今までですと、脇役の交替ですら、希望者は払い戻しの対象になるのが新国流でしたが、今シーズンは主役が交替になっても払い戻しせずに続行の強気の姿勢。でも、この代役さんが素晴らしかったんです。メイクは「赤いほっぺの女の子」でかなりケバかったけれど、歌は愛らしい女の子。肉厚の声なので、決してドラマティックな表現で歌うのではないけれど、ppからffまで通ること通ること。かといって、ロシア人歌手のようなネットリ感はなく、あえて例えるならば、生ハムのような、瑞々しく粘り気もあるけれど、オイル過多ではないという(かえってわかりにくい?)実に味わい深い声。自分の魅力を感覚的に認識し、それに誇りを持っているんだけれど、それ以上に、ちやほや褒められるのが大好き!というカルメンでした。感覚で生きているゆえに、一度でも侮辱されたらそれっきり。実に素直で恋に一直線です。計算とは無縁なので、不必要に炎を燃やさない、スクスク伸びやかな女性。実に魅力的でした。なお、三幕からは、殺されるのを待っているカルメンと言いましょうか、ホセの恋路に決着をつけるべき、母性愛まで発揮しちゃって「もしかして、好きなんだけれど、ホセのためにわざと別れようとしてない?」とすら思ったほど。それを裏付けるかのように、終幕のクライマックスでは、ホセから逃れて闘牛場に入ろうとするのではなく「さぁ、殺しなさい!」とばかりにホセに挑むのが何とも壮絶。エリザベートがルキーニに殺される時のように、最後は自らナイフに向かって進むように見えました。少女→女への変化っぷりに弱いという僕の好みもあるんですけど!
 さて、そんな素敵なカルメンに立ち向かうドン・ホセは、新国には何度か出演しているテノール。正直、今までは「声も体も大きいだけの大根歌手」と思っていました。声と体は相変わらず大きいです。が、ドン・ホセという不器用な役に彼の個性はピッタリ。身近すぎたとはいえ、今まで家族のように愛情を注いでくれたミカエラを無視して、ミカエラの前でカルメンへの愛を叫んじゃうようなデリカシーのない男ですが、それだけに、どんくさいところ、無骨なまでに純粋な傲慢さは男の子なまんま。逆に、ミカエラ&(今回の)カルメンという、出来た女に恵まれたことがこの男の不幸だったのかもしれません。「父ちゃん、ぐだぐだ言ってないで稼いでらっしゃい」という、カカァ天下だったら上手くいったでしょうに。彼みたいな男は追い詰めちゃいけませわ。上手にコントロールすれば良く働く夫にななりますって。なまじ挑発なんてしちゃうから、意気地もないのに見栄はっちゃったり、愛する女を殺すはめになったり、散々な目にあわせてしまうのです。聞かせどころの「花の歌」もいかにもフランス・オペラという繊細さは欠けましたが、細やかに音色を調整することなしに、無骨なまま高音まで、弱音まで歌いあげちゃうあたり、切実さがビシバシですよ。終幕なんて「殺してやる〜」と叫びながら「殺したくないっ!」という心情が表現されていて「自由にしてよっ」と叫びながら「殺されるのを待つカルメン」と見事な対比。この腹芸の勝負、トドロヴィッチにはちと荷が重かったようですが、演技力ではなく存在感で何となくカバー。オペラ歌手って技術だけじゃなく、何が幸いして、何が災いするのかわかりませんね。なお、今回の公演、指揮者がやたらとテンポを崩すため(ブーイングがなかったのが不思議)、カルメン殺害後なんて、いつもの半分ののろ〜〜〜い伴奏だったにもかかわらず、腐ることなく、タップリとその遅〜〜〜いテンポで歌い切り、挙句の果てにカルメンをお姫様だっこして幕。フリースケートの最後の一分で3回転-3回転を決められたような、そんな感動を覚えました。
 そして、前回に引き続き登場の大村博美のミカエラ。ある意味、一番強い役だと思うんです。自分を愛してないとわかっても、男のために一人で旅し、山奥まで探検し、ひたすら男の母のために尽くす女。ヤワな精神だったらブチ切れてますって。でも、キリキリすることなく、そんなことを超越した愛情でホセを包むあたり、大村博美のスケールの大きなソプラノが冴えわたります。時にカルメンよりもドラマティックで、三幕第一場では、女同士で意思の疎通が行われているのがお見事。互いを信頼し、互いの役割を認識して別れる二人。男たちがだらしなく喧嘩をしているそばで、女たちは壮絶なる精神面での駆け引きが行われているので、これからご覧になる方はぜひチェックしてみてください。そういえば、今回のカルメンって、カルメンvsホセではなく、カルメン&ミカエラvsホセといった印象が強いんです。カルメンとミカエラが光と影になってホセに寄りそうペアになってます。それだからこそ、ホセは婚約しているはずのミカエラからカルメンに切り替えられるのではないかと解釈しましたがいかがなものでしょう。「タンホイザー」のヴェーヌスとエリーザベト、「白鳥の湖」のオデットとオディール、「風と共に去りぬ」のスカーレットとメラニーのごときです。
 さて、一番有名なクプレを歌う割に、大した出番もなく、実は格好良く決まることも少ない難役がエスカミリオ。勢いで歌えちゃう曲なので、盛り上げに難しいし、出番も少ないので、結構印象に残らないんです。が、今回はまず登場しただけでスターの輝きに満ちていました。光り素材の上着で颯爽と登場する様は、宝塚やミュージカルのスター。端正なルックスとスマートな体型に、キザなポーズや仕草が決まりまくり、フラスキータやメルセデスがキャーキャー騒ぐのも納得。ただ、カルメンはさほどゾッコンというわけではないようで、舞台上でも、くっつきはするけれど、距離を置いてます。通常、公私混同で闘牛場へのパレードも2ショットで登場する二人ですが、今回はカルメンはひっそり物影から登場しますし、この二人の関係もわけあり風です。残念なのは発声。いかにもロシア人という独特の小回りのきかない荒っぽい発声で、通りはするんだけれど、それまで格好良く見えていたエスカミリオが、歌いだした瞬間野暮ったくなっちゃったもの。でもまぁ、それもアリかな?
 アンサンブルメンバーはかなり強力です。スニガ:斉木健詞は美声NO.1で、声量だって日本人離れしています。肺活量がものすごい主役カルテットに負けず劣らず。無理せずに楽々響かせるという意味では、日本人歌手の中で彼ほどの方を知りません。凄い人材がいるもんです。ジプシーたちは二期会メンバーで固められ、日頃のアンサンブル訓練の成果を発揮。バランスの取り方といいますか、音量だけでなく、声色だとか、遊びどころだとか、実に息がピッタリ。「藤原の人がいないの!?」とパンフを開いた瞬間に思った違和感も、その理由を見せつけられれば納得。ただ、歌う俳優たちによる合唱団、濃厚な主演カルテットの前だと、芝居はもう少し大きく鋭くて良いかも。時に合唱団にすら存在感で負けていましたから。うさんくささが一番不足している人たちでした。持ち味なのかな。
 ということで、今回は演出とそれに応えた歌手陣に大拍手。決してお金がかかっているわけじゃないんです。装置はどの幕も共通でしたし。闘牛場だって、衝立のような装置で扉があるだけ。きっと装置だけ見たら、あまりのシンプルさに淋しくなってしまうでしょう。が、そこに集い、うごめく人々の息吹、鼻息、エネルギーに脱帽。新国演劇部門の前監督は最後まで僕とはウマが合わなかったけれど、新監督はもしかしたら良い関係になれるかも。芝居としてのオペラをキッチリみせてくれましたし、スケール感もありました。もっとも、一階席で観た人によると、また違う印象を持たれたそうです。なまじ舞台が大きく、奥行きがあるので、全体を見渡せない人には不利なんでしょうね。それにしても、評判が流れる前からチケットはほとんど完売。腐っても「カルメン」ですね。でも、今回は人気に見合った、素晴らしい公演です。「レパートリー作品にしたい」と毎回リリースしている割に失敗公演の続いた新国版「カルメン」。二度あることは三度ある、ではなく、三度目の正直として、カウントいたしましょうぞ。


2007年11月28日(水)19:00-21:30
タナボタ企画「TANA-GALA」@文京シビックホール

 A席 7000円 1階-30列-30番 (パンフレット:無料)

 演出:忠の仁

 キャスト:林アキラ、岡幸二郎
 ゲスト:石井一孝、山崎育三郎、伊東恵里、吉岡小鼓音、樹里咲穂
 ダンサー:園田弥生、坂本法子、高橋千佳

 音楽監督・編曲・指揮:藤野浩一
 東京ニューシティ管弦楽団
 GUEST MUSICIAN:松本茂(Bass)、広瀬徳志(Dr)、斉藤聡(Key)

○第1部 日本の名歌篇
 この道
 からたちの花
 小さい秋みつけた
 野口雨情メドレー
   青い目の人形
   赤い靴
   シャボン玉
 里の秋
 宵待ち草
    ピアノ:林アキラ
    歌:岡幸二郎、伊東恵里、吉岡小鼓音
○第2部 ブロードウェイ・ミュージカル篇
 「42nd Street」〜「42nd Street」
    全員
 「I Could Have Danced All Night」〜「My Fair Lady」
    吉岡小鼓音
 「Can You Feel the Love Tonight」〜「The Lion King」
    山崎育三郎
 「Soliloquy」〜「Carousel」
    石井一孝
 「Song on the Sand」〜「La Cage aux Folles」
    岡幸二郎
 「Being Alive」〜「Company」
    林アキラ
 「Cabaret」〜「Cabaret」
    樹里咲穂
 「The Sound of Music」〜「The Sound of Music」
    伊東恵里
 「One Night Only」〜「Dreamgirls」
    林アキラ、岡幸二郎、石井一孝、山崎育三郎
(休憩)
○第3部 ヨーロピアン・ミュージカル篇
 「Prologue」〜「Sunset Boulevard」
    オーケストラのみ
 「Don't Cry For Me Argentina」〜「Evita」
    伊東恵里
 「The Last Night of the World」〜「Miss Saigon」
    山崎育三郎、山崎育三郎
 「The Phantom of the Opera Medley」〜「The Phantom of the Opera」
   The Phantom of the Opera
    吉岡小鼓音、林アキラ
   The Music of the Night
    岡幸二郎
   The Point of No Return
    石井一孝、伊東恵里
 「I Don't Know How to Love Him」〜「Jesus Christ Superstar」
    樹里咲穂
 「Leaning on a Lampost」〜「Me and My Girl」
    林アキラ
 「Die Schatten WerdenLanger(闇が広がる)」〜「Elizabeth」
    岡幸二郎、石井一孝
 「Any Dream will Do」〜「Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat」
    山崎育三郎
 「All for Laura」〜「Woman in White」
    吉岡小鼓音
 「Anthem」〜「Chess」
    岡幸二郎
 「Bring Him Home」〜「Les Miserables」
    石井一孝
 「One Day More」〜「Les Miserables」
    テナルディエ:林アキラ
    アンジョルラス/ジャベール:岡幸二郎
    バルジャン:石井一孝
    マリウス:山崎育三郎
    エポニーヌ:伊東恵里
    コゼット:吉岡小鼓音
    テナルディエ夫人:樹里咲穂

 区制60周年記念のコンサートです。そんなこともあってか、第1部は文京区にゆかりのある方たちの曲のコンサート。名前の通り、名門大学が密集する文京区だけあって、錚々たる作品があつまります。そんな曲たちに敬意を表してか、林アキラのピアノ伴奏により、タナボタ準レギュラーの女性二人も加わり、格調高く歌われます。
 そんなこんなで、休憩なしに始まる第2部からがいつものタナボタ調。賑々しく42ndで始まり、まずは出演者全員で歌い継ぎます。そして、一曲ずつまずは喉ならし。が、そんな大人しく幕となるはずないのがタナボタ企画。お約束の女装コーナーは、男性キャスト全員がゴスペルシンガーのような衣装で登場。この手の衣装を着るブラックのシンガーたちって結構ごっついので、実は……違和感なし。そして、早変わりでマーメイドドレスになっても……普通にキレイ。林アキラはお笑いに徹してるし、岡幸二郎は女装というより女性になり切ってるし、石井一孝も「蜘蛛女のキス」の直後のせいか、結構ノリノリ、山崎育三郎は、強烈な三人についていくだけで精一杯。ゆえに、誰も照れてません。恥らってません。お約束の場面なので、会場は盛り上がります。でも、スペシャル感ではなく、日常感を感じてしまいました。ブラックのお姉さんたちが雄々しいのか、日本人が華奢なのかわかりませんが、何と言うのかな。宝塚の男役を観ているような気分。冷静に考えればお笑いなんだけれど、真面目になり切ってやられると美しい、みたいな。
 林アキラは見かけに反して、声は軽く明るく柔らかく響きます。結構僕は好きな声。今回は「カンパニー」や「ミーマイ」など、絶対、彼には回ってこない役を披露。アンサンブルでは「ファントム」と「レミゼ」に参加。声の質が役に対して軽く明るいので、合ってないといえば合ってないのですが、狂いのない音で明瞭に歌われると、普段聴きなれているものとは違うイメージが沸き起こり、コンサートならではの楽しさ。
 岡幸二郎は「ラ・カージュ」や「ファントム」「エリザベート」「チェス」と、これからぜひ参加していただきたい作品がズラリ。「闇が広がる」は石井一孝とのデュオでしたが、声量といい、歌の駆け引きといい、聴きごたえタップリ。ルドルフ、彼でも良いやんねぇ>東宝制作部
 ゲスト筆頭の石井一孝は「ゲスト」という言葉がとにかく不似合い。「レミゼ」という絆は強いですね。10年前から参加してますって顔してました。彼の歌は緻密に歌うよりも、感情で歌うタイプなので、コンサートよりもミュージカルの中で聞く方が僕は好き。たぶん、オケをバックに歌い上げるというのは、PAを通してはいても、合う歌唱法、合わない歌唱法というのがあるのでしょうね。林アキラと山崎育三郎は音大組ですし、岡幸二郎も晋友会出身なので、このあたり、ちょっと場数の差というか、響きに慣れてないような印象を受けました。彼の声には鋭いバンド系の方が合うんじゃないかなぁ。
 山崎育三郎はホント良い声をしています。若手ミュージカル俳優の中でもピカイチじゃないでしょうか。響きの充実といい、テクニックの安定度といい、耳に心地良い歌声です。残念なのは姿勢が悪いこと。猫背で首を前に突き出しているので、衣装がとことん映えない! 姿勢をシャキっとすることと、靴を引きずらずに颯爽と歩くようにするだけでかなり見た目の印象が変わると思うんだけどなぁ。愛想の悪さ、表情のなさ/硬さは緊張してたのから仕方ないと100歩譲ったとしても、なんだか、一人だけアマチュアの音大生がまざちゃった、そんな感じ。そして、チラシやパンフの写真……こちらもかなり野暮ったいんですよね。最近の若い子のはずなのに、何だか昭和の俳優さんの雰囲気を持ってます。せっかくの素質を持っているのに売り込み下手でもったいない。
 伊東恵里は急激に音程が良くなりましたね。伴奏と歌との微妙なうねりがなくなり、とても聴きやすくなりました。時に幼稚に聞こえるベタベタした発音も影を潜め、歌が引き締まりました。地声での力強い歌からクラシック発声へのチェンジもかなり自在で、ミュージカル女優としてのクオリティが一つ上がった感じ。クリスティーヌもエポニーヌも、今すぐ出演してらっしゃい、なクオリティ。持ち役でない歌をここまで持ってこれるのは大したものです。
 対して、不調なのが吉岡小鼓音。発声が変になってます。声が全然飛んでこないのを本人も意識していて、かなり無理やり張り上げてて、最近レッスンを怠っているのがバレバレ。もちろん、今までのキャリアをもって、何とか持ちこたえていますが、正直、テクニックはかなり落ちました。ファントムでもクリスティーヌのがどんどん高音域に歌う箇所はバッサリカット。それでもかなり苦しそうに歌ってました。でも、持ち役なので、中低音での表現はかなり自在。また「全てをローラに」は同じフレーズの繰り返しという、聴かせるのはかなり難しいナンバーですが、一曲の中でドラマを表現する力量はなかなかなもの。トレーニングで声を取り戻し、ぜひともまたミュージカルの舞台で活躍していただきたいと思ってます。
 樹里咲穂はとにかく舞台を楽しんでますね。登場のたびに衣装を取り換え、どの曲もパンチを聴かせて頑張ってます。リズム感のある、力強い歌声、登場するだけで陽気な空気に会場を染め上げる力量はミュージカルには貴重な人材で、個人的な願望ではありますが、彼女にはぜひ「マンマ・ミーア」のドナを演じて欲しいなぁと思ってます。
 一名を抜かして、既にかなりのキャリアを持っている集団なので、自分の魅力もきちんと把握していて、きっちりお客を楽しませてくれるあたり、今が旬のメンバーのたくましさでいっぱいです。クラシック出身で、役者としての力量もかなりな歌手って結構いると思うのですが、タナボタも含め、このようなメンバーでオペレッタを上演したら、かなり楽しいでしょうね。オペレッタだから、クラシックじゃないけれど、樹里咲穂のようなメンバーが加わってももちろんOKですし。動けて、セリフが立って、歌えて遊べる(!)今回のようなカンパニーだったら、人気でるぞぉ〜。
 フィナーレの「One Day More」は、かなり不完全燃焼だった、今年のレミゼの不満を吹き飛ばす素晴らしい出来。この曲、タナボタではすっかりおなじみで三人で全役歌っちゃうヴァージョン、四人で全役歌っちゃうヴァージョンもありましたが、今回はほとんど一人一役。重唱に厚みがありました。
 どんなにシンセサイザーの性能が良くなれど、今の段階では生との差は歴然。今回は嬉しいことに生オケが登場。東京ニューシティ管弦楽団は2管編成、弦楽器は8型(の割に響かなかったけど)で参加。薄っぺらい響きに泣いてた場面の音が、厚く表情豊かになっているととても幸せ気分。帝劇のオケピもこの人数が入ればかなり違うんだけどなぁ(注:現在の帝劇のオケピだと今回の半分の人数しか中に入れない)。昨日初日、今日千秋楽という短期公演でしたが、このために生オケ採用にこだわったスタッフに感謝!です。


2007年11月30日(金)19:00-21:45
ホリプロ「ウーマン・イン・ホワイト」@青山劇場

 B席 3150円 2階-E列-7番 (パンフレット:1500円)

 演出:松本祐子

 マリアン・ハルカム:笹本玲奈
 ローラ・フェアリー:神田沙也加
 ウォルター・ハートライト:別所哲也
 パーシヴァル・グライド卿(男爵):石川禅
 アン・キャサリック:山本カナコ
 フェアリー氏(ローラの後見人):光枝明彦
 フォスコ伯爵:上條恒彦

 泣く子も黙るミュージカル界の大巨匠、ロイド・ウェバーですが「サンセット大通り」以降はヒット作に恵まれていません。バブリー時代な作品に比べ、小ぶりでウェルメイドなのですが、ちとイギリス臭がプンプンしすぎて、アメリカですら敬遠されている始末ですから、文化や慣習の全く異なる日本での上演状況もむべなるかな、な状況。ヨーロッパの階級社会を描いた作品という部分は結構日本人好みではありますが、宗教や政治問題が絡むととたんにトーンダウンしてしまいますから。また、音楽もドラマティックに盛り上げるよりも、繊細にメロディを積み上げていく作風ゆえ、難しい上に演奏効果をあげにくい、というのもあるかもしれません。でも、変拍子や不協和音がキッチリ仕上がった時の独特の音空間は格別のものがあります。「オペラを書きたい」と公言しているロイド・ウェバーですが、作品の小劇場オペラ化を強く感じます。そんなわけで青山劇場という小屋のサイズ、歌唱力や芝居についての不安は的中。音響がいま一つな青山劇場では、ハーモニーの美しさを堪能するのはおぼつかなく(オケは日本のミュージカルとしては好調だっただけに残念)、それ以前に「ちゃんと歌えるキャストがいない」というのが致命傷でした。
 笹本玲奈は中年女性の雰囲気を良く出していました。オペラグラスを忘れたので、表情は全くわかりませんでしたが、遠目だと落ち着いた良い雰囲気。そして、かなりのレベルで歌っていましたが、まだ本番の数が少ないので「頑張り」が表立ってしまい、感動にはまだまだ。「WIKED」における濱田めぐみのように、歌いこんで歌い込むとかなり化けると思うのですが、いかんせん、短期公演のため、不完全燃焼のまま幕になるのが勿体無いです。もっと小さな小屋で長期の公演だと良かったんですけどね。迫りや盆を使うわけではないので、それこそ、新国小劇場のような小屋だとちょうど良かったかも。そして、これはもしかしたら役者ではなく役の問題なのかもしれませんが、主役が魅力的には見えなかったんです。そもそも「私がローラを守るわっ」と見得を切った直後もただ腰抜かして泣き叫ぶだけだし、「ローラのために復讐するわ」とドラマティックに歌った直後に「あなたが必要なの」とじゃけんに扱ったウォルターを利用するし、それでいておいしい場面になると「私一人で行くから、アナタは“私が叫んだら”来て頂戴」ですよ。さらに「私の気持ちは隠しとおさなくては」と言ってたはずなのに「アナタが好きでした」とウォルターに告白しちゃうし。プライド高くて威張ってる割に「何様なのアンタ!?」なんで。この部分「貴族だから仕方ないな」と観客が許してしまうようなオーラや貫禄が不可欠なのですが、役の大きさにまだ手も足も出ないのが苦しい。でも、素材としては笹本玲奈にあっていると思うので、出来れば公演を積み重ねて、せめて10年後にもう一度演らせてあげたい役です。
 神田沙也加と山本カナコは論外。歌が下手という以前に訓練してない声。お金取ってるんだから、これは失礼です。ミュージカルをやるからには、最低限の訓練は積んでいただきたい! 表現以前に音を取るのがやっとの沙也加、音取りをあきらめてがなってしまう山本カナコ。舞台が盛り上がらなかった原因はこの二人の存在が大きいかと。
 かといって別所哲也も相変わらず一本調子の歌。彼は役になり切るのではなく「俺は別所哲也だ」という二枚目志向が芝居でも歌でも邪魔をして、何を歌っても何を演じても同じになってしまうので、破たんはなく、一定のレベルは保っているけれど、それ以上にはならないタイプ。歌も喉で無理やり音を押し上げる歌唱法なので、力んでいる割に音が飛んでこなく、くぐもってしまうのが難点。ベージュのコートや、相手役をリフトしてブルンブルンまわっちゃうあたり「レミゼ」みたい。平民のくせに、貴族より偉そうだしwww 一度、彼が壊れるような芝居や歌に接してみたいです。
 良かったのは脇役の男優たち。石川禅は石を投げたくなるような憎らしい悪役ぶり。エキセントリックな壊れっぷりは好き嫌いはともかく、別所哲也もちと彼から学んで欲しいです。声の伸びやかさも広がりも申し分なし。音大出てなくても、ここまで歌えるぞ、という好例。光枝明彦はさすがに年齢を感じさせ、技術面の衰えを感じますが、それでも、時折見せる輝きはさすがのキャリアです。何かかくしている胡散臭さ、頑固で気難しい老人ぶり、自分勝手な貴族の傲慢さなど、正直見た目はとっても日本のおっちゃんなのに、芝居でここまで見せられるのって演劇のマジックだと思います。「アスペクツ」の経験も生きているんでしょうか。そして、圧巻なのが上條恒彦。イタリア人の怪しくて敵だか味方だかわからない、そして女性が大好きという色男(エロオヤジ!?)という素敵な役を素敵に演じてました。登場しただけで、イギリスの重い空気がイタリアのカラリと明るい空気に変えてしまう彼のキャラクターに乾杯。わがままと甘えが共存するボンボンぶり、誰に媚びるでもなく自分の世界を自由気ままに生きるボヘミアン気質など、ザ・伯爵でした。舞台での存在感といい、各ナンバーを遊んでしまう余裕など、ミュージカル界の重鎮ここにあり!!
 今回は日本版オリジナルとして松本祐子が演出でしたが、場面転換がやたら多い今回の作品にはかなり手こずっている模様。オリジナルだというので、たとえば文化や宗教、政治について、日本の観客に分かりやすいようにしているかというとそうでもなく、舞台装置やその動かし方も、作品にあわせて小ぢんまりしたわけでも、劇場にあわせて華やかにしたわけでもなく、中途半端。音楽と場面転換のスピードもマッチせず、転換は終わっているのに音楽がまだなので、舞台は暗転したままで、観客は白けてしまうなど、不完全燃焼ぶりが目立ちました。前述のような、アンビバレンツなヒロインの言動を昇華させるためにも、何かに向かって突き進むような演出だとか、青山劇場で上演なのだから、セリや盆を駆使して音楽に乗って流れるような演出だとか、もう一ひねりも二ひねりも欲しかったなぁ。青山劇場公演なのに、観劇後は小劇場芝居を観た気分になるとは思ってもみませんでした。
 作品に合った小屋をチョイスする、歌える(せめて訓練している)役者を揃える、小屋や作品にあったスケールの演出を行う、オリジナルで攻めるか日本向けにアダプトするかコンセプトをハッキリさせる、というのが今回観劇しての僕の希望です。……書いてて、あまりに初歩的要望なことに愕然。こんな作品こそ、新国の演劇部門で上演してほしいんだけどなぁ。「ALL FOR LAURA」など、耳に残る佳曲はあるし、何よりもハーモニーが美しい作品ですから。