観劇日記〜2008年03月〜
05日(水) 19:00 渡猛
「DEFENDING THE CAVEMAN」
浜離宮朝日ホール小ホール
07日(金) 18:30 藤原歌劇団
「ロッシーニ:どろぼうかささぎ」日本初演初日
東京文化会館
08日(土) 20:45 映画「魔法にかけられて 〜Enchanted〜」先行上映 TOHOシネマズ錦糸町 Screen4
13日(木) 18:30 新国立劇場オペラ研修所
「モーツァルト:フィガロの結婚」
新国立劇場中劇場
15日(土) 11:00 宝塚歌劇団花組
「舞姫」
日本青年館
16日(日) 14:00 新国立劇場
「ヴェルディ:アイーダ」
新国立劇場オペラパレス
18日(火) 18:30 宝塚歌劇団雪組
「君を愛してる−Je t'aime−」
「ミロワール−鏡のエンドレス・ドリームズ−」
東京宝塚劇場
19日(水) 19:00 渡猛
「DEFENDING THE CAVEMAN」
シアターサンモール
22日(土) 14:00 神奈川県民ホール・びわ湖ホール
「R.シュトラウス:ばらの騎士」
神奈川県民ホール
25日(火) 19:00 渡猛
「DEFENDING THE CAVEMAN」
船堀タワーホール小ホール
28日(金) 18:30 新国立劇場バレエ団
「カルメン」
新国立劇場中劇場
30日(日) 13:55 映画「犬と私の10の約束」 TOHOシネマズ市川 Screen3


2008年03月05日(水)19:00-20:35
渡猛「DEFENDING THE CAVEMAN」@浜離宮朝日ホール小ホール

 無料 全席自由 (パンフレット:なし)

 演出:マイケル・ネイシュタット

 出演:渡猛

 CAVEMANとは原始人とのこと。男と女はそもそも違うタイプの思考回路を持ち、その根源はなんと原始時代にまでさかのぼるという、奇妙にして説得力のある仮説に基づくコメディ。男女のすれ違いの原因は原始時代の役割分担に基づくと、一つ一つを実に丁寧に解説してくれる、1時間半の一人芝居。お芝居自体は二重構造、三重構造になっていて、この仮説が夢の中で語られるのですが、このあたりは別に多重構造にしなくても面白いのではないかと(逆にあまり意味を感じない)思いましたが、元々ブロードウェイ(たぶんブロードウェイではなく、オフかオフオフ)のお芝居を、かなり日本人向けに作り替えています。
 なんでも思考回路は、獲物をしとめるために「狩り」の本能が発達した男性と、食物の採取など「収穫」の本能が発達した女性は本質的に異なるらしいです。短期集中型の男性と、長時間同時進行型の女性。言われてみれば納得!なんです。静けさ(無口)をもって最高の愛情表現とする男性vs細々としたことまで確認しあい共有することによって愛情表現とする女性。ね、どこか身に覚えがありますでしょ。根本の思考回路がことなるのですから、おのずと表現方法も、ポイントを置く箇所も違ってくるわけでして、非常に面白いんです。根本の違いですから、男女の言動を入れ替えてみればこれまた違和感ありまくりでとんでもないことになりますし、何でこんな簡単なことに今まで気づかなかったんだろう?と目から鱗が落ちまくり。このお芝居、大人が観てももちろん面白いけれど、中学生の性教育の授業でぜひ取り入れるべきだと思います。何しろ、男女の違いを説明した上で、その違いを受け入れ、共存しましょうという締めくくりが何とも爽やかではありませんか。ま、日本人の感覚でいうと「それ位、察しましょうよ」という部分まで、徹底的に言葉に直して説明するあたり「アメリカのお芝居だなぁ」と東洋vs西洋のカルチャーショックもあったりして、なかなか見どころ満載です。
 この作品、ブロードウェイ公演を観ていないので、比較は難しいのですが、仕上がりから感じたことは「日本人向けにエロス部分はかなり爽やかに作り変えられているんだろうな」ということ。現地のまま演じると人種の特性もあってか、セクシーな部分がいやらしくなってしまうのは致し方ないところ。そりゃ、男と女がテーマですから、やたらとセクシーな単語が飛び交いますが、観客を酔わせるのではなく、勢いで流してしまうのは、物足りなくもあり、ホッと一安心でもあります。とかくセックスアピールは弱いです。そして、もう一つの特徴が「かなりお笑いテイストを加えているな」ということ。ジェスチャーや表情でのコメディが出来る男優となると天然記念物状態ですので、このあたりの日本向けアダプトも「なかなかやるな」と。正直、お笑いという世界は僕は好きじゃないのですが(ファンの人ごめんなさい。でも、好みなんで…)、吉本に陥るスレスレのところで踏みとどまり、お芝居と しての笑いに踏みとどまったことが嬉しいところ。ここでいうお笑いは、作品の面白さではなく、芸人の勢いで無理やり笑わせることとでも言いましょうか。その場の勢いで笑うことはあっても「どこが面白いの?」という舞台は僕は興味なくって、きちんと計算されたコメディが好きなんです。で、シニカルな笑いならば任せておけ、でありながら、観客にもかなりの知識やひねりを求めるブロードウェイのコメディを、日本向けに消化し磨かれた、1年近くのトライアウトにまずは喝采を送りたいと思います。
 昨年の5月からトライアウト公演を行っているそうで、来月からの本公演に向けての最後のブラッシュアップ期間。さすがに、お芝居がかなりこなれていて、役者も台詞をしゃべるのではなく、自分の言葉で話しているかのよう。今回はバスケットボールコート位の広さの会場でしたが、学校の教室位で、役者と観客が一体化できるような会場だともっと面白いと思います。できれば、50人位で、ビールでも飲みながらアットホームに楽しみたい舞台。欲を言えば、ホームデリバリーしていただいて、我が家のパーティで上演していただきたい、そんな小ぢんまりとしたお芝居です。すべて台本があり、演出に基づくお芝居だとわかりつつ、あまりに台詞が役者の体に入っているので、何だかその人の経験談を聞いているかのような気持ちになったのは僕だけではありますまい。僕が普段観ているお芝居とは別のジャンルではありますが、プロとして、きっちり観客を魅了する、素晴らしい仕事ぶりを見せていただきました。せっかくの無料公演期間ですし、改めて細部を観たいということもあり、新宿公演の手配もしちゃいました。楽しみ〜〜〜。仕事帰りにフラリと立ち寄るにちょうど良いサイズのお芝居。この手の作品が増えると東京のナイトライフがもっともっと素敵になるんですけどね。ロンドンのフリンジや、NYのソーホーあたりが好きな方はきっと気に入る舞台だと思います。


2008年03月07日(金)18:30-22:10
藤原歌劇団「ロッシーニ:どろぼうかささぎ」日本初演初日@東京文化会館

 E席 3500円 4階-L3列-14番 (パンフレット:1200円)

 指揮:アルベルト・ゼッダ
 演出:ダヴィデ・リヴァーモア
 東京フィルハーモニー交響楽団

 ニネッタ:チンツィア・フォルテ
 ジャンネット:アントニーノ・シラグーザ
 代官:妻屋秀和
 フェルナンド:三浦克次
 ルチーア:森山京子
 ファブリーツィオ:若林勉
 ピッポ:松浦麗
 イザッコ:小山陽二郎
 アントーニオ:青柳明
 ジョルジョ:坂本伸司
 エルネスト:小田桐貴樹
 裁判官:安藤玄人

 序曲は有名だけれど、そういえばオペラの舞台としては観たことないなぁと思っていたら、日本初演でした。通常、滅多に上演されない=駄作ということが多いのですが、何の何の、今回はなかなか楽しい作品に巡り合えたことに感謝! 生存中は使い回しやら二番煎じやらで問題児だったロッシーニですが、今となれば才能の前にすべて恩赦です! ロッシーニとしては大人し目の音楽ですが、メロディの美しさやアンサンブルの楽しさで、休憩一回で、三時間半超という上演時間にもかかわらず、あっという間に終演という嬉しさ。時間が短く感じる=舞台にのめり込んでるわけでして、これは何とも嬉しいコト。藤原歌劇団も歌手を揃え、何かと力の入った公演でした。
 ストーリーはシンプルです。窃盗容疑により死刑宣告されたニネッタですが、真犯人はかささぎだった、で一件落着。ニネッタとジャンネットがラブラブですが、ジャンネットの母・ルチーアはニネッタが気に食わんという、そしてニネッタの父親は上官侮辱罪で指名手配中(「カルメン」のドン・ホセみたい?)。そんな中、よりにもよってお代官様がニネッタにセクハラ&パワハラで迫りまくりというサブストーリーが加わります。気になったのがニネッタとルチーアの関係。ルチーアはニネッタのことをさんざん中傷しまくりでしたので、一応ハッピーエンドの形にはなっているけれど、ニネッタは今後幸せに暮らせるのかなぁと余計な心配を、ね。腹を割って話し合うのは理想だけれど、他人同士が一緒に暮らす時って言っちゃいけない一言ってあると思うんです。ただでさえ瞬間湯沸かし器的人物がずらりですので、おじちゃんかなり心配。。。
 さて、歌手とは何とも不安定な職業でして、名声のある面々を集めても歯車が噛み合わないこともあるのが難しいところ。ニネッタ:チンツィア・フォルテも登場最初のアリアは今一つ声が立ち上がらずせっかくのコロラチューラ満載のアリアも不発。後でパンフを確認したところ、非常に歌いにくい音域の難しいアリアとのことですが、最初の印象って大事ですよねぇ。でも、進行と共に存在感を発揮していったのはさすが。ジャンネット:アントニーノ・シラグーザは、ホールの音響を利用して、声を響かせるのではなく、直接音を一人一人の観客に放射するという歌手なので、今回も馴染むのにやや時間が必要でしたが、細い声であってもきっちり客席に声を届けるのは大したもの。ロッシーニ歌いとしての面目躍起です。決して絶好調ではなかったと思いますが、一定の基準をクリアして抜きんでた歌唱だったと思います。外来歌手起用の責任を全うしてました。
 日本人歌手は男性不調、女性好調といったところでしょうか。代官:妻屋秀和は色悪の役なので、もっと遊んでも良かったのではないかと。生真面目に演じているので、舞台がいま一つ盛り上がらないんです。せっかくのおいしい役なのにもったいない。そして、フェルナンド:三浦克次とイザッコ:小山陽二郎のお二人は好きな歌手で、キャスト表にお名前を見かけると嬉しい面々なのですが(それだけに)声に恵まれてないのが残念。無理して押し出す声が聴いてて苦しい。。。ルチーア:森山京子は第一幕では「アタシが認めない子は結婚を許さないよっ!」と嫁(候補)イビリ、第二幕では心を改めニネッタの無罪を願うという、調子が良いというか自分勝手というか、それゆえに魅力的な役ですが、やはり第一幕がまだまだぬるいわぁ(って、僕がとっても人でなしみたいですねぇ)。でも、第二幕でのアリアがとっても立派で存在感もタップリで、劇団の看板メゾソプラノとしての意地を見せてました。素晴らしいです。そして、ピッポ:松浦麗は中音〜低音という響かせにくい音域で、日本人離れした実に立派な、それでいてリリカルな美声を響かせて、鮮烈な印象。ニネッタとの二重唱あり、ジャンネットとの絡みあり、下々同士でのアンサンブルあり、もちろんソロもあるので、もしかしたら、一番活躍している役かもしれません。そして、こんなにもオペラの舞台で走りまわる歌手というのを初めて見ました。東京文化会館の横長の舞台を活かして、とにかく本気で舞台をあっちこっち走り回ってました。体力勝負です。
 演出は「つまんない」の一言。舞台両端がE字型の壁になっていて、壁が床まで倒れてまっ平らな空間になったり、E字の隙間からスライディング・ステージに乗ってキャストが登場したりはけたりするのですが、動きとして面白いわけでもなく、何か効果なわけでもなく、無駄に動いているだけで、舞台での歌手の立ち位置がスカスカになるのが僕は気になってしまいました。シンプルでスッキリした舞台を目指すなら、それはそれで構わないのですが、手持無沙汰に棒立ちで歌手を歌わせるならば、他に処理できるでしょうに。装置の趣味も、使い方もイマイチです。リモコン飛行のかささぎ君(フィナーレでは、ピーターパンのように客席まで飛び回ります!)は面白かったけれど。ま、今回は音楽の邪魔をしない、という意味では良かったのかな(時に装置が音響反射板みたいな配置になりましたし、コンサートオペラみたいな舞台処理も多々ありましたから)。
 とはいえ、日本初演の作品をかなりのレベルで見応えあり、聴き応えありの高水準で上演したあたり、藤原歌劇団の底力を感じました。素敵なプロダクションです。二期会が4回公演が標準となった中、藤原歌劇団も3回公演ではなく公演回数を増やすと、キャストも育つのではないでしょうか。あ、衣装の色合いがなんとも爽やかでカラフルで、僕は好きでした。ジャンネッタの衣装の柄遣いや色遣い、日常生活じゃ絶対着られないけれど、でも、着てみたいものが何着か♪


2008年03月08日(土)20:45-22:45
映画「魔法にかけられて 〜Enchanted〜」先行上映@TOHOシネマズ錦糸町 Screen4

 全席指定 一般前売1300円 E列-21番 (パンフレット:600円)

 監督:ケヴィン・リマ

 ジゼル:エイミー・アダムス
 ロバート・フィリップ:パトリック・デンプシー
 エドワード王子:ジェームズ・マースデン
 ナサニエル:ティモシー・スポール
 ナンシー・トレイメン:イディナ・メンゼル
 モーガン・フィリップ:レイチェル・コヴィー
 ナリッサ女王:スーザン・サランドン
 ピップ:ジェフ・ベネット(アンダレーシア)/ケヴィン・リマ(ニューヨーク)
 ナレーション:ジュリー・アンドリュース
  サム:ジョディ・ベンソン
  昼メロのヒロイン:ペイジ・オハラ
  昼メロの相手役:ジェリー・オーバック
  妊娠中の母親:ジュディ・キーン

 自らをパロディに出来るのは一流のあかし。誰かにパロディにされて目くじらを立てるのではなく、自分で自分を笑ってしまう余裕こそ大人のエンターテインメントってもんです。今回登場のディズニー映画は、過去の作品のオマージュにしてパロディ。自己突っ込み満載の、ディズニー・ファンには何とも嬉しい一品。何しろ、ディズニーの世界の骨格を自ら解体・解説してくれるのですから! まるで、ディズニーランドで新しいアトラクションを体験する時のような気分。ほら、未知なるものへのワクワク感と、ディズニー・テイストへの安心感がブレンドされたあの気分ですっ♪
 上映開始後の数分は新作アニメであるかのようなお決まりのディズニー・アニメ。でも、王女と王子が結ばれていざ結婚式という瞬間、妖精の世界とは対照的な「現在のニューヨーク」へ送り込まれてしまったジゼル。カルチャー・ショックの連発で大笑いさせてくれます。が、そんな笑いの中から、現実に目覚めるジゼル、現実の中で夢を成就させるジゼル、夢を超えた現実での幸せをつかむジゼルと、気がつけば、またもやディズニー・マジックに酔わされます。
 本来ならば完全無欠であるはずの王子の世間離れした様は、おとぎ話のヒロインたちの恋愛が「恋に恋するお話だったのか」とほろ苦い後味を残しますが、逆にキャリア・ウーマンとして格好良くバリバリだったナンシーがロマンスに目覚めて、妖精の国へと旅立つエンディングが救いとなります。
 それにしても、名のあるスターたちが、数分どころか数秒のシーンに脇役として登場する豪華さはさすがのディズニー・ブランド。いきなり主役以上のスターが登場するのですから度肝を抜かれます。時に「今、ちょこっと登場した人って……誰だっけ?」と考えているうちに次のスターが登場したりして、記憶力が悪いとかなりパニックになりますwww
 いずれにせよ、いかにもニューヨーカーなシニカルな笑いと、ディズニーランドのパレードを彷彿とさせるミュージカルシーン、さらには豪華な衣装などなど、僕としては「とっても好き!」な一本です♪♪♪


2008年03月13日(木)18:30-途中退席
新国立劇場オペラ研修所「モーツァルト:フィガロの結婚」@新国立劇場中劇場

 B席 2000円 2階-3列-31番 (パンフレット:無料)

 指揮:アリ・ペルト
 演出:飯塚励生(アニカ・ハラーの代役)
 トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ

 アルマヴィーヴァ伯爵:岡昭宏(第10期生)
 伯爵夫人:中村真紀(第10期生)
 フィガロ 森雅史(第8期生)
 スザンナ:山口清子(第9期生)
 ケルビーノ:林美智子(第1期生・賛助出演)
 マルチェッリーナ:小林紗季子(第9期生)
 バルトロ:北川辰彦(第5期生・賛助出演)
 バジリオ:糸賀修平(第10期生)
 ドン・クルツィオ:中川正崇(第8期生)
 アントーニオ:能勢健司(第9期生)
 バルバリーナ:前嶋のぞみ(第8期生)

 登場人物は一人一人良く書き込まれていて魅力的だし、芝居としてもすぐれたダ・ポンテの台本、おまけにモーツァルトの音楽はソロ良し・アンサンブル良しで変化に富んでいるし、個人的にオペラ作品の最高峰だと思っているのが「フィガロの結婚」です。登場人物の多さもあいまってか、ほとんどの音大オペラにも登場する定番作品。おそらく、声楽を勉強した方で、この作品に触れてない人なんていないのでは? とにかく、上演すればそこそこの結果がついてきて、満足な作品なんです。
 ……と思っていたのですが「絶対」なんてあり得ないのが世の常。まさか、上演途中にして睡魔と闘うことになり、後半(一幕+二幕で休憩、三幕+四幕は連続上演)をボイコットして帰途につくことになろうとは思いませんでした。一流の公演であれば、その至芸に酔いしれます。音大生公演であれば、技術的なことはさておき、若さと勢いで楽しめます、アマチュア公演であれば、作品に対する熱意が魅力的です。が、今回は何もかもが中途半端で、正直「売りのない公演だなぁ」と。音楽は中途半端、舞台経験はそこそこあるので初々しさはなく、舞台の熱気も感じられず。要するに「私を見て〜、俺の歌を聴けっ!」という歌手不在の、僕にとって一番興味のない舞台。毎年5人が入所するオペラ研修所は、音大卒のエリートの集まりな割に、なぜか毎年「なんで試験に合格したの?」な人が見受けられることがありますが、その代わりスター性を感じる人もいるんです。今年は壊滅的な歌手はいない代りにスターも不在な印象。あらら。
 序曲に合わせて、客席から歌手が登場し「今からオペラを上演しますよ」とごあいさつをするのは、ともかくとして、楽屋着で登場した歌手たちが舞台の準備をガタガタする演出はいかがなものかと。せっかくオケが演奏しているのに、舞台上の芝居とは関係ない動きで気が散っちゃうし、そもそも夢を売るのが仕事の方々が舞台裏をこうも見せてしまうのはいかがなものでしょう? 舞台装置の裏側のベニヤ板なんぞを見せられて嬉しい人なんているのやろか? 観客として観に来ているのに、スタッフとして仕事に来ちゃったかのような無粋な演出。この手のは嫌いだなぁ。歌手の浴衣姿やジャージ姿、舞台監督さんを本番でも見せられてもなぁ。御馳走に行った先で、下ごしらえ風景を見せられたかのようで気分悪いです。お金払って劇場に来た時くらいは夢を見せてくださいっ!
 現在のオペラ研修所のレッスンの成果なのか、今回の演出家の指導の結果なのかはわかりませんが、出演者の芝居心のなさにも「!」で、伯爵は無表情な上に心ここにあらずの段取り追っかけ芝居で感情表現のバリエーションが少なすぎ、フィガロも動きがやたらギクシャクしていて表現も硬いまま。何よりも、この二人、歩き方が非常に汚く、スリッパひきずっているかのような足取り。動きが汚いので衣装のラインも崩れまくりで、だらしないことこの上なし。劇中劇として「今どきの若者が演じているんですよ」という演出だとしたら(好みはともかくとして)アリかもしれませんが、とにかく、主役の二人がアップアップ状態なので芝居として盛り上がりようがありませぬ。せめての歌ですが、ソロはさすがにかなり練習した感がありましたが、その他の部分の手抜き具合があんまりで、そもそもアンサンブル部分では全然声が飛んできません。上手い下手の前に、客席に声が届かなくてどうするんでしょう?(ワーグナーではなくモーツァルトですよ!?) そして、研修所の仲間としてアンサンブルの訓練を積んでいるはずなのに、なぜかてんでバラバラ。まったく、モーツァルト先生が聴いたら嘆きますよ。
 結局「観客を楽しませよう」という、舞台人としての基本が全く無視された公演。正直、技術はあるに越したことはないけれど、現在ある技術を最大限に活かし、あとはサービス精神の程度が大事。これに関してはプロもアマチュアも一緒です。技術なのか、勢いなのか、熱意なのか、どの部分でサービスするかはそのカンパニーによって違いますけどね。少なくとも「予算がないから普段着で出しちゃえ」だとか「とりあえず習った動きをさらえば良いんでしょ」だとかいう舞台を喜んでくれるのは知人だけ。関心のなかった人の心をグワシとつかみ取る心意気を望みます。正直、今回の面々で今後第一線での活躍が期待できそうな人が見受けられませんでした。中途半端に歌えるだけの歌手ならゴマンといらっしゃいます。いかに個性を発揮するか、いかに観客を魅了するか。申し訳ないけれど、最後まで観なければならない義理もなければ知り合いが出演しているわけでもないので、途中で失礼させていただいた次第です。
 指揮とオケはかなりフォロー役に徹してました。歌手が苦しい部分はテンポをあげてさっさと通り過ごしてくれますし、低音が聞こえないとなると、コンバスやチェロは鳴りを潜めてくれますし、歌手がオケとずれれば、プロンプターのように管楽器が旋律を歌いあげてくれますし。オペラ専用オケというわけではないけれど、実に素晴らしい仕事ぶりでした。プロの仕事とはこういうもんだよ、という良いお手本。合唱団は二期会合唱団が登場という豪華版でしたが、そういえば、第二幕でアルマヴィーヴァ伯爵が「フィガロたちのために結婚式を挙げてやろう」と提案して、合唱団がはける際、なぜか伯爵に向かって花を投げつけ、非常に攻撃的な態度を村人たちがとるのですが、なんでそんなことするんでしょう? 大枠も、細かな芝居も謎の多い演出でした。終幕まで観ると「な〜るほどっ!」とひざを打つようなどんでん返しがあったんでしょうか? いずれにせよ、新国の「フィガロの結婚」は、オペラ劇場でのホモキ演出版も、今回の研修所による飯塚励生版も、僕とは相性がよろしくないようです。ポネルでもシェンクでも良いけれど、オーソドックスに演出してこそ、革命性や貴族制度の崩壊が浮かび上がるんですけどねぇ。。。


2008年03月15日(土)11:00-13:35
宝塚歌劇団花組「舞姫」@日本青年館

 B席 4000円 2階-H列-45番 (パンフレット:600円)

 演出:植田景子

 太田豊太郎: 愛音羽麗
 エリス・ワイゲルト:野々すみ花
 天方伯爵:星原美沙緒(専科)
 ローザ・ワイゲルト:光あけみ(専科
 太田倫:梨花ますみ
 太田清:舞城のどか
 相沢謙吉:未涼亜希
 原芳次郎:華形ひかる
 ドクトル・ヴィーゼ:紫峰七海
 マチルダ・フォン・ヴィーゼ:舞名里音
 岩井直孝:日向燦
 黒沢玄三:白鳥かすが
 丹波照磨:夕霧らい
 大河内勲:祐澄しゅん
 フラウ・シュミット:愛純もえり
 マリィ:華月由舞
 ホットワイン売り/青木英嗣:彩城レア
 アーニャ:瞳ゆゆ
 ケティ:白姫あかり
 カール:輝良まさと

 明治時代を扱う作品、そして日本とヨーロッパが登場する舞台となると、なかなか上演が難しいのです。和物に慣れている団体だと、ヨーロッパでの場面がお笑いになってしまうし、かといって、西洋の芝居に慣れている人たちは和物の芝居にあまりご縁がありませんし。そんな意味で、時代劇からヨーロッパの宮廷までそれらしく演じられるという意味で、宝塚歌劇団ほどこの作品にふさわしい劇団もありますまい。文明開化の日本を引っ張っていった歴史上の人物の青臭さと、若手中心の今回のカンパニーの爽やかさが素敵にフィットして、清々しい後味が残りました。
 と、いきなり特性を褒めてしまいましたが、今回のカンパニーのほとんどが若手と呼ばれる生徒たち。数年前はまだ中学生や高校生だったわけですから、広く浅くとはいえ、それとなく芝居してしまう宝塚の人材育成能力には舌を巻きます。もちろん、一つ一つの芸はそれなりです。でも、きちんと訓練を積んだ歌や芝居、ダンスというものは、観ていて安心。上手い・下手以前のこのレベルに達してない舞台人がいかに多いかってことでもあるんですけどね。そして、ドイツでの舞踏会場面はまさに宝塚スターの実力を発揮。ドレスさばきといい、ダンスのラインの美しさといい、そして、なんとなく外国人に見えてしまうあたり、伝統の型を持っている劇団は強いですね。
 明治という時代もあってか、今回の音楽はクラシック調とでも言いましょうか、フレーズの一つ一つが大きくて、訓練された人でないと歌いこなすのは難しいであろう曲がズラリ。終演の愛音羽麗は歌唱力としては大したことないけれど、堂々たる歌いっぷりで「宝塚だもの、ここまで出来ればOK」と納得させられてしまいました。音の立ち上がりが悪いので、テンポの良い鋭い曲よりも、芝居歌としてとつとつと感情を込められる今回のようなナンバーが向いているのでしょうね。高音が苦しく、女声になってしまう傾向はあるけれど、中音〜低音にかけての安定度があるので、安定して聞こえるのは彼女の強み。そして、気弱な役=女性に戻ってしまうことの多い宝塚のコメディ芝居の中で、男役として演じきった岩井直孝:日向燦や、いかにもお涙頂戴の役をサラリと演じて臭さを感じさせなかった原芳次郎:華形ひかるを始め、若手の芝居力UPを頼もしく感じることができたのが今回の公演の大収穫。相沢謙吉:未涼亜希も、いつもの寂しげな不幸顔がこの役には生きて、悩める親友を好演。
 それにしても、登場人物はみな悩みを持っています。仕事と恋愛のどちらを選ぶかの太田豊太郎をはじめ、精神病と現実の生活の合間を漂うエリス・ワイゲルト、娘の幸せを祈りつつ、異国人との結婚に不安を隠せないローザ・ワイゲルト、武士の家柄として息子の日本人離れした感覚についていけない太田倫、友情と(もしかしたら嫉妬)、秩序との間を行き来する相沢謙吉、夢と現実のギャップに溺れてしまう原芳次郎、調和と主張のコントロールに悩む岩井直孝などなど。原作の良さもあるのですが、登場人物の一人一人が実に良く書き込まれていて、主役からチョイ役にいたるまで、この芝居に参加していて楽しいだろうな、充実しているんだろうなという、強いパワーを感じてホクホク。若手一人一人が実に伸びやかに役に没頭してます。
 各々の立場で信念を持ち、夢に向かって突き進む若者達。憎まれ役はいれども、悪役がいない舞台ですが、ちゃんと意見の対立があり、それぞれの立場をきちんと述べているので、主役脇役に関係なくどの場面も魅力に満ちてます。役者の勢いと日本という国家も文明国家へと脱皮しようと勢いがリンクして、苦い後味を残しつつも、実に爽やかな青春物語です。100年後の日本を夢見た彼らが今の日本を眺めたら何と言うんでしょうね。
 もちろん、かじ取りが必要でして、天方伯爵:星原美沙緒、ローザ・ワイゲルト:光あけみ、太田倫:梨花ますみの三人がアダルト代表として大活躍。貫禄といい、芝居の余裕と言い登場するだけで安心です。中でも光あけみのいかにもドイツ女(移民とのことですけど)的固さでの「ナイン、ナイン」ぶりと、ぶっきらぼうな中からにじみ出る愛情表現が絶品で、実に素晴らしい出来。太田豊太郎への当てつけも、彼を責めているようで、実際の責めポイントは別にあるということをはっきり示した声色といい言い回しといい、彼女がいてこそ主役が輝いた、と思ってます。組長経験者による助演、ただものじゃないです。
 植田景子演出は、音楽の使い方のうまさが光り、コード進行と照明の変化のリンクや、効果音の挿入タイミングが絶品。耳の良い方だと思います。そして、舞台の奥行きの浅い日本青年館にあって、ワゴンを使った横方向への舞台転換や、パネルの移動による視覚的空間の広がりを上手く利用して、目の前に海や空が開けていく感覚を再現。舞台と客席の一体感が得られにくい日本青年館という小屋において、グイグイと観客の心を掴む術にシャッポを脱ぎました。芝居における情報量やミュージカル処理など、宝塚歌劇団における作・演出の王道を歩まれてますね。同じラブシーンを、劇中の中詰めと最後に持ってくることにより、観客の心を一気にタイムトリップさせる手法自体は珍しくないけれど、余計なことをしゃべらせず、それでいて情感たっぷり伝える演出術にすっかり酔いしれて、心地良い余韻に浸りながら帰路についたのでした。素敵な作品です。


2008年03月16日(日)14:00-18:05
新国立劇場「ヴェルディ:アイーダ」@新国立劇場オペラ劇場

 C席 9450円 3階-L8列-2番 (パンフレット:1000円)

 演出:フランコ・ゼッフィレッリ
 指揮:リッカルド・フリッツァ
 管弦楽:東京交響楽団

 アイーダ:ノルマ・ファンティーニ
 ラダメス:マルコ・ベルティ
 アムネリス:マリアンナ・タラソワ
 アモナズロ:堀内康雄
 ランフィス:アルチュン・コチニアン
 エジプト国王:斉木健詞
 伝令:布施雅也
 巫女:渡辺玲美

 新国立劇場の多々あるプロダクションの中でも一番人気の一つ。チケット入手難必至のメガ人気状態です。今回もあっという間に完売、そしてキャンセル待ちの長い行列が開演直前まで出来てました。凄いことです。あまりの豪華絢爛なプロダクションとあって、アンチの方が多いのは100も承知ですが、僕は大好き。日本におけるアイーダでこのプロダクション以上のものを観たことないですもの。
 フランコ・ゼッフィレッリというと、コスプレ物の演出をさせたら、現在右に出る者のいない別格演出家。装置から衣裳まで一貫して手掛けることと、豪華絢爛な貴族趣味、そして、細かな突っ込みを許さぬ大芝居を得意としています。それでいて、スペクタクルと対照的な「静」の場面で感動を呼んでしまうのですからズルイお人です。「ラ・トラヴィアータ」「トゥーランドット」「ラ・ボエーム」など(これらはメトとでも提携して、新国のプロダクションに持ってきてほしい!)、多人数を駆使しての大スペクタクルと、主人公の内面をしっとり見せる場面のコントラストが実に素晴らしく「これぞオペラ」の醍醐味を楽しみたい方にはイチオシ。大がかりな舞台機構が必要なこと、プロダクションにお金がかかることが上演のネックになりますが、贅沢してこそオペラの華。お金を節約すりゃ良いってもんじゃありませぬ。お金はかけるべきところにはとことんかけなくては!
 とはいえ、新国版の「アイーダ」の装置は意外とシンプル。柱や壁を上手に使い回しているし、凱旋の場も舞台前面でちんまり行われているので、紫禁城やヴィオレッタのサロンが登場した時のような衝撃はありません。でも、歌手だけでなく、ダンサーに助演、馬使い、子役にいたるまで、人件費無視!とすら思える登場人物の多さではありますが、フォーメーションの豊かさや、立体的な配置、色遣いのセンスで雑多な感じを残さず、まるで美術館で絵画を眺めているかのような落ち着きを与えるのは圧巻。このあたり、演出家の生まれ育ちや文化を感じさせます。ただし、やはり奥行きある配置ゆえ、一階席からだと表面的にしか見えないので、ぜひとも二階席or三階席からの鑑賞をオススメします。このあたりの処理はレビュー的なものもあって、主役以外は動く舞台装置となります。良いんです。だって、ヴェルディのオペラは脇役なんてそもそも大して書き込まれていませんし。それに「アイーダ」は王族たちと奴隷たちのお話ですもの。王族たちの人生に奴隷たちが絡む必要なんてこれっぽっちもありません。もしくは鳳蘭とその他大勢で良いんです。ヴェリズモ・オペラになるとまた話は変わってきますが、ヴェルディ作品においては、ソリストと合唱団の差はそれ位あって当然ではないでしょうか。新国の舞台装置は最新式を取り入れた割に、回り舞台もセリもワゴンも動きがスローモーションなので、ちとイライラするのですが、スピード調節はできないものなんでしょうか!? もっとたたみかけるような舞台転換だとより効果的だと思うんです。今のテンポだと、転換ごとにだれてしまいますので。
 と、レビュー的処理ばかり褒めてしまいましたが、主役たちの心情ドラマの場面になると、ソリスト以外はすみやかに舞台から姿を消し、じっくり歌と芝居に集中させてくれるので、全体を観るべきシーンとオペラグラスをかまえるシーンがはっきりしていて、観ていてストレスがたまらないのが何より。第一幕ではアムネリス・ラダメス・アイーダの三角関係の心理戦が、第二幕ではアムネリスとアイーダの恋愛バトルが、第三幕ではアイーダがアモナスロへの親子愛とラダメスとの恋愛との狭間で苦しむ様が、そして、第四幕でのアムネリスの権力と愛情の両方からズタズタにされる様を、立ち位置だとか衣装捌き、見得切りなどで表現していて、このあたり歌舞伎を観ているかのような心地良さ。思わず「○○屋っ」と掛け声を入れたくなる程。徹底的にショーアップした宝塚的部分と、形式美で見せきる歌舞伎的要素を兼ね備えているので、僕としては「面白いなぁ」の連続なのです。
 とりあえず、演出が一番の売りのプロダクションなので、歌手については二の次になりがちですが、今回はちとレベルが落ちたかも。新国初演よりこのプロダクションを支え続けているアイーダ:ファンティーニはまずまずの出来でしたし、ラダメス=ベルティは、体のラインを隠す衣装にチェンジしてもらったのが災いしてか、遠目だと浴衣着てくつろいでいるおっちゃんにしか見えなくて、武将の貫録がないのはアチャチャ…でしたが(コスチューム物に慣れてないのかも)、歌声はナカナカ。アイーダとラダメスのオケや合唱を突き抜けて客席に飛んでくる鋭い歌唱は耳心地が良いです。アムネリス=タラソワは逆に衣装の着こなしといい衣装さばきといい抜群のセンスを見せ「長身で衣装映えしてこそ主役!」と幕開きでは喜んだのですが……歌が全然ダメでした。メゾなのに、高音以外は聞こえないんです。急に声が響かなくなり、芯のないボワボワした歌。聞かせどころで聞かせられないと客席でストレスがたまります。ランフィス:コチニアンとエジプト国王:斉木健詞は声質といい響きといい音圧といい「もっと聴きたい!」という耳の快楽。アモナズロ:堀内康雄は衰えが著しいかも。無理して声を押し出していて、聴いているこちらのノドが痛くなってきます。彼に限らず、ここ最近、主役経験アリの日本人歌手の不調が著しい気がします。どうしたものでしょうねぇ? あ、僕の一番好きな「お馬さんがヒヒ〜ンのポーズ」ですが、今日はちと大人しく、さっさと舞台袖へ連れ去られてました。機嫌が悪かった!?


2008年03月18日(火)18:30-21:35
宝塚歌劇団雪組「君を愛してる−Je t'aime−」「ミロワール−鏡のエンドレス・ドリームズ−」@東京宝塚劇場

 A席 5500円 1階-23列-64番 (パンフレット:1000円)

 演出:木村信司(君を愛してる)/中村暁(ミロワール)

 ジョルジュ・ドシャレット:水 夏希
 マルキーズ:白羽 ゆり
 フランソワ・ドビルパン:一樹 千尋(専科)
 団長:飛鳥 裕
 副団長:灯 奈美
 レイチェル:美穂 圭子
 レオン神父:未来 優希
 アルガン:彩吹 真央
 パンセ:ゆり香 紫保
 エレーヌ・ドビルパン:天勢 いづる
 フィラント:音月 桂
 ウイエ:麻樹 ゆめみ
 リュシール:山科 愛
 ラヴァンド:舞咲 りん
 公証人:奏乃 はると
 シャルル:彩那 音
 ジャサント:森咲 かぐや
 イリス:花帆 杏奈
 レザン:柊 巴
 ロズィエ:神 麗華
 ミミ:涼花 リサ
 アナナ:谷 みずせ
 カメリア:穂月 はるな
 アルセスト:凰稀 かなめ
 スリーズ:真波 そら
 クレアント・ドシャレット:緒月 遠麻
 アンジェリック:晴華 みどり
 スカパン:沙央 くらま
 アザレ:鞠輝 とわ
 ジャコモ:衣咲 真音
 クレザンテーム:早花 まこ
 ロドルフォ:大凪 真生
 ペルシル:大湖 せしる
 マルチェルロ:彩夏 涼
 ショナール:葵 吹雪
 コルリーネ:紫友 みれい
 オルタンシィア:千 はふり
 ベノア:祐輝 千寿
 セリメーヌ・ドビルパン:大月 さゆ
 ムゼッタ:純矢 ちとせ
 フローラ:花夏 ゆりん
 アンニーナ:沙月 愛奈
 アイユ:蓮城 まこと
 ペッシュ:千風 カレン
 アブリコ:悠月 れな
 クレマンティーヌ:愛原 実花
 プワール:美乃 ほのか
 ピエロ:彩風 咲奈

 木村信司=反体制派の演出家というイメージがあります。常に作品と政治を結びつけるタイプで、僕としてはちと苦手な演出家。今まではオペラを原作とした作品を発表していましたが(「さまよえるオランダ人」「トゥーランドット」「薔薇の騎士」「アイーダ」「イル・トロヴァトーレ」など)これらもかなり政治色が強くて、拒絶反応を起こしがちでした。今回はオリジナルのファミリー・ミュージカルなので安心……と聞いていたのですが、いざ観てみれば、宝塚歌劇団に対する問題をぶちまけるという恐ろしい作品でした。よくぞ上演許可がおりたもんだとビックリです。表向きは、斜陽のサーカス団の曲芸師と上流階級の女性との結婚しか許されない貴族の御曹司との恋模様を描くおとぎ話ではありますが、サーカス団と宝塚歌劇団が巧妙にリンクされているのです。飛び交うセリフも「時代遅れのサーカスはやがて飽きられる」「変わらないから良いのよ」「もっと豪華に大規模にするべきだ」「サーカスは助け合って生きる家族のようなもの」「お客様に少ないお金でたくさんの感動を味わってもらう」……なんだか、ここ数年の宝塚歌劇団の状況を思い起こしませんか? おまけに、身売りの話になった際も「スターはともかく、若手はどうなるの?」だなんて、妙に真実味を帯びているので、コメディの形をとってはいますが、かなりドキドキする台本です。今回はヒロインに爵位を与える助っ人が現れるし、経営難の話はいつの間にかうやむやになってしまい、めでたし、めでたしとなるのですが、観終わった後に「宝塚歌劇団は大丈夫だろうか?」とドヨーンとした気分になります。宝塚にもパトロンが現れると良いのですが。
 表向きの作風は一見、80年代の宝塚歌劇調ですが、演出家が演出家なので、味わいはかなり異なってきます。主役の芝居をじっくり見せるのではなく、下級生にまで役を沢山こしらえ、さすがに役が多すぎて処理しきれないのか、気がつくとコーラスになってます。かつての宙組のように、コーラスが売りならば良いのですが、雪組のコーラスはレベルが格段に落ちるので、聴かせどころではなく、なんだか舞台が平坦になってしまう印象が強かったです。「とりあえずみんなで歌って一体感を出してみようか」もみたいで、ドラマの盛り上がりにはあまり貢献していなかったのが、今までの作品と違うところ。上記の配役表は転記していて気が遠くなりそうでしたが、ほとんどの役が「その他大勢」なわけでして、実はほとんど意味がありませぬ。メインキャストと呼ばれるスターたちもなかなか登場しなかったり、逆にいつの間にか出てこなくなっていたりと、大して書き込まれてなんていません。……ま、ストーリー性の強いレビューを観ていると思えば良いのかと。盛り上がりませんけどね。幕切れは「RENT」の「SANTA FE」に似たナンバー。この曲は男性が加わって低音を効かせた方が盛り上がりそう。でも、このところ転換がチンタラした舞台ばかり観ているので、吊ものが飛ぶ速度、装置の出入りのタイミングやスピード、セリの早さなどなど「音楽に合わせるとこのテンポだよなぁ」と改めて宝塚の良さを認識。キャストの暗転時におけるはけ方なんて、ゴテゴテ衣装を着こんでるというのに早いのなんのって。出演者によっては舞台人歴まだ数カ月だというのに素晴らしいことです!
 水夏希はロビーで流れている稽古場風景の映像だとかなり魅力的ですし、果敢にコメディ芝居にも取り組んでいましたが、東宝劇場での主演としては表現が小さい気がします。このあたり、昨今のスリムで小顔のスター共通の弱点。表情が客席に伝わりにくいので、それをカバーする何かが必要なのではないかと思ってます。様式美で見せる芝居ではなく、サラサラした芝居というのも影響しているのかもしれません。テレビではないので、大劇場芝居として、あまたのスターが築き上げたメソッドは継承していただきたいな、と思ってます。歌舞伎の独特のセリフ回しやテンポ、オペラやミュージカルの歌いあげだって、必要に応じて生まれたわけですし。現在、宝塚ファンが少しでも前の席を希望するのはこのあたりに原因があるのかもしれません。しかし、ショーになると俄然精彩を放つのですから不思議なものです。歌は相変わらずひどいけれど(発声が苦しいので、聞いているこちらのノドまで苦しくなってきます)、トップとして中心を務めることに関しては余裕が出てきたのではないかと。宝塚とは不思議な所で、トップになってからのスキルアップが目覚ましいのですが、水夏希に関しても、魅せることに関してかなり自信をつけてきたのではないかと思います。ガツガツ演じたり歌い踊るタイプではないし、テクニックで見せるタイプでもないのですが、ストンと真ん中に納まってます。そして、この納まりの良さゆえに、久々のオーソドックスなショーが誕生したのではないかと。
 中村暁のショーは「金太郎飴」と揶揄される程、どのショーも似たり寄ったりな構成で、印象に残る場面すらないというスランプ状態でしたが、今回ようやく元気を取り戻したようです。スターが次々に歌い踊るプロローグは、平均点スターが揃っているとかなりつまらないのですが、現在の雪組は生徒によって得意分野がかなり異なるので、同じ曲であっても「面白い!」となるのが幸いしてます。スターの個性に合わせて音楽のアレンジも変わるので変化が出てきますし、なによりも「ここは私が引っ張らねば!」と生徒たちが張り切るので、エネルギーに満ちてます。芝居では「団体で頑張ろう」でしたが、ショーでは一人一人がキラキラしてます。今回は芝居もショーも若手大売り出しの様相でしたが、水夏希、彩吹真央は頭一つ抜けてますね。登場するだけで空気を作れるのはスターの証。お互いを引き立て合うバランスも心地良い限り。プロローグに引き続き、彩吹真央の場面、水夏希の場面、中詰め、新人たちの出番、水夏希と彩吹真央が共存する場面、フィナーレとレビューの王道の香板。役割がきちんと設定され、それを全うされるのって安心感があります。
 今回、僕にとってのベスト・キャストは未来優希。一人位、歌の上手な生徒がいないと、締まるものも締まりません。芝居にショーに、聞かせどころをしっかり押さえて、公演の土台を支えてました。彼女がいなければ芝居は収斂しませんし、ショーも空中分解してたかも。とにもかくにも、ぶらあぼ、です。
 全般的に男役は頑張っていましたので、娘役ももっと個性だして頑張りましょう。すっかり書き忘れてましたが、白羽ゆりはヒールをもっと高くした方が良いと思います。中途半端にぺったんこ靴なので、足が綺麗に見えませぬ。男役もハイヒールを履いているので、一人だけ足が短く見えちゃいます。せっかくのドレスがもったいない。。。


2008年03月19日(水)19:00-21:05
渡猛「DEFENDING THE CAVEMAN」@シアターサンモール

 無料 全席自由 B列-6番(パンフレット:なし)

 演出:マイケル・ネイシュタット

 出演:渡猛

 3/5公演はコンサートホールが会場だったので、ちょっと落ち着きのなさがあったのですが、今回は小劇場が会場とあって、求心力が高まりました。餅は餅屋、芝居は劇場! 観客とは怖いもので、アクセスの便利さは大差なく、どちらも平日公演なのですが、浜離宮公演の何倍もの観客動員。劇場の場所がらもあってか、若い観客が目立ちました。集団での観劇は、笑いが笑いを呼び、舞台と客席との一体感や熱気は今回の方が強く感じました。劇場って生き物だなぁと思う瞬間です。
 浜離宮公演では一幕物として上演していましたが、今回は途中で休憩が入り、二幕物として上演。役者の負担や観客の舞台への集中力、何よりもちょっとした腹ごしらえ対策もあるので、平日夜公演は休憩ありの方がありがたいです。
 さて、前回は芝居について行くので精いっぱいでしたが、二度目になると結構冷静。とはいえ、勢いではなく計算した笑い(落語みたい)なので、同じネタせもゲラゲラ大笑い。渡猛の緩急自在な事、客席の空気をキャッチして芝居の間を自由に操る力にぶらぁぼです。2m位の距離でじーと観察していると、実に観客の反応を探りながら演技をしているかがうかがえます。時として、どちらが観客なんだろう、という錯覚に陥ることも。このあたり「僕のために芝居してくれてるのね」と王侯貴族気分になれて、実に快感です。それでいて、観客に媚びて、力技で笑わせようというのではないので、かなり頻繁に出てくる18禁ネタもいやらしくならずに、爽やかに流れます。照れるでなく、開き直るでなく、ごく自然に「性」について語れるという意味で、屈指の実力派俳優なのかもしれません(他作品での観劇記憶がないので定かではありませんが)。
 実は今回は母&嫁に挟まれての観劇という「それで良いのか?」な環境でしたが、さほど照れることなく(単に恥じらいがなくなっただけ?)、二世代同時観劇も楽しい時間を過ごせました。実は来週も別メンバーで観劇予定。


2008年03月22日(土)14:00-18:30
神奈川県民ホール・びわ湖ホール「R.シュトラウス:ばらの騎士」@神奈川県民ホー

 D席 5000円 3階-9列-57番 (パンフレット:無料)

 指揮:沼尻竜典
 演出:アンドレアス・ホモキ
 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

 元帥夫人:佐々木典子
 オックス男爵:佐藤泰弘
 オクタヴィアン:林美智子
 ゾフィー:澤畑恵美
 ファーニナル:加賀清孝
 マリアンネ:渡辺美佐子
 ヴァルツァッキ:高橋淳
 アンニーナ:与田朝子
 警部:黒木純
 テノール歌手:上原正敏

 しつこいようですが、大好きで大好きでたまらないオペラです。設定も音楽も豪華絢爛、貴族物でありながら庶民の下剋上も楽しく、本音と建前を行き来する人間の二面性、官能的なエロス、皮肉の利いた風刺や笑い、そしてほろ苦い涙と寂しさなどなど、僕の好みがギューっと詰まった夢のような作品。四時間半なんてあっという間に過ぎ去ってしまいます。  2003年7月の二期会公演のキャストがそのまんまスライドしてます。かつて「ばらの騎士」を上演となると、スペシャル感に落ち着きをなくしてしまうほど興奮したものですが、活躍し続ける歌手たちとは恐ろしいもので、すっかり日常のオペラとしてリラックス。もちろん、上演が大変な作品には違いないけれど、リラックスした舞台です。上演と上演との間に期間はあれども、経験者の強さをまざまざと見せつけられました。オクタヴィアン:林美智子も、ゾフィー:澤畑恵美も出だしこそ「!?」でしたが、ジワジワと調子を上げ、最後の女声三重唱では、実に見事な歌いっぷり。集中力といい、自信といい、普段の修行の賜物なんでしょうね。突出したソロはなかったけれど、全体のまとまりの良さはキャリアある面々が揃ったからこそのもの。制作プロダクションこそ異なるものの、出演歌手もコーラスもほとんど二期会なのですが、今回はさすがの層の厚さを感じました。
 今回はアンドレアス・ホモキの演出が売りの一つ。舞台装置が盆に乗ってぐるりと回転するのは良くありますが、今回はなんと時計が回転するかのように、天地が逆になるような回転。こんな演出は初めてみました。面白いです。そして、単なる面白がらせで回しているのではなく、貴族社会の崩壊を表現する一つの手法なのが素晴らしいんです。登場人物はロココの衣装で始まりはしますが、徐々に現代調の服に変わっていきますし、全体的にシャープでモダンな印象ではありますが、オーソドックスな仕上がり。動きの一つ一つが音楽とぴったりフィットしていて、目に耳に納まりの良い上演。一幕の最初なんて、かなり凄い性交シーンなのですが、下品になるスレスレでまとめ上げてしまうあたり、舌を巻きます。おかげで、芝居がかなり細かく演出されていて、出演者はさぞリハーサルに時間をかけたであろう仕上がり。ウェルメイドな公演って感じで、スタッフや出演者の作品に対する愛情に満ちていて嬉しいこと。
 元々、ベルリン・コーミッシェ・オーパー用のプロダクションなので、神奈川県民ホールの横長の舞台とは正直不釣り合い。舞台間口を半分に狭めてもまだ余る……ということは、装置幅は10m未満なわけでして、さすがに一階席サイドブロックからは見切れるのでしょう。客入れなしでの上演でした。このあたり、劇場とホールの違いを感じる部分ですが、オケピの大きさの問題がなければ、今回のプロダクションは日生劇場あたりでの上演だとより効果的だったかも、と思ってます(日生のオケピは小さいので、今回の編成のままではオケが納まらないとは思いますが。。。)
 なお、セットは小規模ですが、オケピはホール常設なので、奥行きは浅く、幅は広くという、まるで宝塚劇場のオケピみたいな細長さ。新国や東京文化と違い、オケピの中まで良く見えるのは楽しいけれど。それにしても、神奈川県民ホールは三階席といえども舞台が近い! おまけにオケピが良く見える=直接音が飛んでくるわけで、なかなかクリアなサウンド。良く、オーケストラのコンサートではホールによる響きの違いが話題になりますが、新国のやわらかく客席全体に響く音響、東京文化会館のパワフルに迫ってくる音響に対し、神奈川県民ホールはクリアで軽く爽やかに響く音響。大編成でありながら、繊細な表現を求められる「ばらの騎士」にはぴったりではないでしょうか。
 それにしても、照明効果が素晴らしいんです。白一色のセット、白やベージュを基調とした衣装(全体的にモノトーン)とあって、強烈なライティングによる影絵効果や、逆光、間横からの光など、歌舞伎座で見られるようなのっぺりした照明とは対照的に、実に雄弁に登場人物の心情を表現してくれるんです。それでいて、芝居や音楽の邪魔にならず、説明過多なんて思わせないバランスの良さにスタッフのセンスを感じます。通常、三流お化け屋敷のようで白ける第三幕も、強烈なフラッシュ効果で実にドキドキ。
 とにかく、演出も衣装も照明も、強い自己主張はないにもかかわらず、必要どころではきっちり良い仕事をしてくれるので、目が離せない舞台です。オペラグラスで誰か一人を追っていると肝心な変化を見落としてしまうし、かといって全体ばかり見るにはメイン・キャストのお芝居が細やかに丁寧に描かれているし……色々な席から何回も観たい気分になります。小規模ながら、まるで宝石のように大切に、美しく扱われたプロダクションに拍手!
 前回の二期会公演では登場せず、今回から参加の警部:黒木純は必見です。チョイ役なので、三幕の後半に登場するだけなのですが、オックス男爵をギャフンと言わせる存在感と貫録が求められる難役。何しろ、貴族社会の没落に対して、新パワーの台頭を強烈に印象つける役なのですから責任重大(ちなみに、ファーニナル&ゾフィー親子は成金貴族ではあるけれど、由緒ある貴族の家柄へのあこがれ度が高いので対抗馬としては弱いんです)。オックス男爵:佐藤泰弘相手に一歩も引かず、逆に時代の流れを強烈に感じさせてくれました。この役をこんなにも大きく感じたのは初めてです。ザラストロ歌手というイメージの強い黒木純ですが、静かなたたずまいの中から醸し出す迫力が圧巻。立派なつけひげがお似合いのファーニナル:加賀清孝は日和主義な物腰がなんとも素敵。オックス男爵:佐藤泰弘は前回もですが、どんなに傍若無霊にふるまおうとも、醸し出してしまう貴族の品位が欲しかった! 前回よりかなり良くなったとはいえ、単なる下品なおじさんじゃダメだと思うんですよね。そういえば、今回の演出では、登場するたびにカツラを外してしまうので、三幕でのファーニナルによるオックス男爵認証の面白さは半減。でも、白ブリーフ一枚になるストリップ・ショーがなくなってて一安心。演出家は違えども、あのいきなりのストリップは衝撃的悪夢でトラウマになってます。。。
 2003年版と2007年版で、演出の違いやキャストの変化っぷりが実に楽しかったので、また今回のメンバーでの上演が企画されると嬉しいです。その時の演出は誰になるのかなぁ。(余談ですが、林美智子と澤畑恵美の並びはバランスが悪いです。澤畑恵美のヘアスタイルや歩き方・姿勢が少女ではなく中年女性なので、オクタヴィアンとマルシャリンみたい)。


2008年03月25日(火)19:00-21:00
渡猛「DEFENDING THE CAVEMAN」@船堀タワーホール小ホール

 無料 全席自由 (パンフレット:なし)

 演出:マイケル・ネイシュタット

 出演:渡猛

 個人的なファンでもなく、関係者でもないのに、友人知人に声をかけた手前、今月3度目の観劇です。本日はお芝居に厳しい面々で最前列に陣取ったので…かなり演じにくかったのではないかと思ってます。そして三度目の観劇ともなると作品の弱点もかなり見えてくるものでして…あ、嫌な客!!! でも「この人また来てる」という空気を感じました。新宿公演は満席だったので、客席の反応も相乗効果でパワフルでしたが、今回はかなり入りが悪く、観客が受けていても、笑い声がカラカラと響くのが寂しかったです。笑い手もソリスト気分になって緊張してしまうんです。コメディは密集地帯で、ギャーギャー騒ぎながら観るのが良いなぁ。
 「DEFENDING THE CAVEMAN」の公演に先立って、演出家のマイケル氏が挨拶に登場しますが、役者がプライベートをしゃべる、という錯覚を楽しませる作品に対し、しょっぱなからネタバレとでもいいますか「私が演出しました!」と言い切ってしまうので、なんだか役者が操られている、という風に見えてしまいます。これが、終演後にごあいさつに出てきたら「ぶらぁぼ」だったハズ。そして、映画も…ない方がすっきりすると思うんですよね。せっかくの一人芝居、渡猛がカメレオン状態で、多彩な役を演じ分けているのに、マミの部分だけ、映像に登場していたマミが目の前に浮かんでしまうんですもの。タケちゃん&仲間たちの話でありながら、実は自分の身近な事とイメージしながら観ているのに、肝心なところで嫁の顔ではなくマミの顔がどーん。役者がやりにくくなること必至。
 でもって、今日は渡猛の出来も良くなかったんです。マチネ&ソワレの一日二公演の疲れが出たのか、明らかに集中力が途中で切れてました。すでに形がついている状態に仕上がっているのと、役者としてのカンや演技力で持たせていましたが、台詞が流れてこないことや、表情のつくりや声のトーンなど、もしも一回限りの観劇がこの状態だったら嫌だなぁ、と。「DEFENDING THE CAVEMAN」の公演は一回上演するとしばらくお休みで、また一週間後にもう一回といったスケジュールのようですが、連続公演になった場合、スタミナが持つのかどうか、ちと心配。観客を引っ張るエネルギー保持は、出ずっぱりの一人舞台でキープするのは難しいでしょうが、この山を越えると一回り大きな役者になるのではないかと思ってます。何しろ、表現力はあるし、独特の個性を持っている方なので、フォローしすぎの演出は逆効果。
 ところで、今回の「男と女」をテーマにしたお芝居。「あなたの身近な誰かのことではないですか?」と観客に問いかけるのですが、どこかで観たことあるような聞いたことあるようなイメージがあって悶々としていたんです。が、「THE AD-DRESSING OF CATS(邦題:猫にごあいさつ」の歌詞そのまんまって感じで、思わずクスッと笑ってしまいました。もちろん、規模もストーリーも全然違うのですが、イギリス人が皮肉たっぷりに作ったミュージカルと、アメリカ人が笑いたっぷりに作った一人舞台。そのテイストの違いをタップリ楽しんできました。この題材、フランス人がコメディにしたらこれまた面白いものが出来上がりそう。とりあえず「DEFENDING THE CAVEMAN」のフランス公演については語られてなかったのですが、渡猛による字幕付き公演でも良いので、たとえばパリで上演したら、東京以上に受けるのではないでしょうか。


2008年03月28日(金)19:00-21:10
新国立劇場バレエ団「カルメン」@新国立劇場中劇場

 A席 5250円 2階-2列-34番 (パンフレット:500円)

 指揮:大井剛史
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 カルメン:湯川麻美子
 ホセ:イルギス・ガリムーリン
 ミカエラ:川村真樹
 エスカミーリオ:市川透
 スニーガ:冨川祐樹
 フラスキータ:遠藤睦子
 メルセデス:真忠久美子  パスティア:ゲンナーディ・イリイン

 元々、ビゼーの「カルメン」というオペラは踊りの曲がやたらと登場するので、バレエに利用できそうな曲を集めたバレエは、中品の一つとして既に定番化していますが、今回は「アルルの女」や「真珠採り」といった、他作品の音楽も流用して、一本物として上演。オリジナル・バレエとしては、音楽の力や、ストーリーのドラマティックな変化、わかりやすい台本などにより、異例と言っても良い人気プロダクションとなりました。この手の公演が再演となるのも喜ばしいことですが、中劇場公演とはいえ、全公演完売というのも素晴らしいこと。高い評価が伺えます。
 音楽こそクラシックですが、振り付けはコンテンポラリーなので、かなり「成人指定」になってます。誘惑といい、愛の駆け引きといい、オペラやお芝居と違って、言葉のないお芝居なので、ひたすら感情のみが表現されます。となると、思わず赤面してしまうような、きわどい場面が次から次へと登場します。でも、下品になる手前で美しくまとまるのは湯川麻美子あってこそ。格好良い大人の女性を演じさせたら新国一の彼女ですが、キリリとした男役的な踊りっぷりで、甘ったるさを排除し、実にキッパリとした意思の強いカルメンです。群舞を引き連れて、舞台前面で先頭切って踊る姿は実に惚れ惚れ。その群舞も、人間としてだけでなく、時には動く舞台装置として、複雑なフォーメーションによる人間壁やら、人間オブジェまでスピーディな変化っぷりから目が離せません。どのバレエ作品も楽ということはないでしょうが、ステップの複雑さや運動量に関しては、新国のレパートリーの中でも最もシンドイものの一つではないでしょうか。でも、出演者一同、素晴らしく踊り込んでいて、動きに自信と勢いがあり、ジプシーのパワー溢れる素晴らしい公演でした。定番レパートリーの一つとして大切にしていただきたい作品です。これで、上演を重ねることにより、より自己主張が強くなれば国際的にも通用するプロダクションになるのではないでしょうか。
 残念だったのはオーケストラ。いえ、東フィルですし、カルメンですし、通常のオーケストラ・パートは安心なんです。ひどかったのは歌唱部分を受け持った管楽器の方々。恐る恐る吹いているのがアリアリとしていて、音はフラフラ、表現もノッペラボウ、あげくの果てには有名曲のメロディの長調と短調を逆にしてくれたりで、もう散々。なまじ耳馴染みのある曲なだけに「もしかして初見ですか?」な不出来にビックリ。中でもトランペットとトロンボーンは何とかしてほしかったです。色気も覇気もないカルメン演奏なんて……(涙)


2008年03月30日(日)13:55-16:05
映画「犬と私の10の約束」@TOHOシネマズ市川 Screen3

 全席指定 一般前売1300円 E列-18番 (パンフレット:600円)

 監督:本木克英

 斉藤あかり:田中麗奈
 斉藤祐市:豊川悦司
 星進:加瀬亮
 斉藤あかり/少女時代:福田麻由子
 井上ゆうこ:池脇千鶴
 星真一:布施明
 斉藤芙美子:高島礼子
 星久美子:相築あきこ
 星進/少年時代:佐藤祥太
 高橋朋:海老瀬はな
 岡田友里:大沢あかね
 皆川:笹野高史
 コンビニおじさん:岸部一徳
 中野:ピエール龍
 ミチ(海辺の女子高生):藤井美菜
 坂本:矢島健一

 タイトルだけでチケットを購入し、公開を今か今かと待ちわびていた映画です。犬モノ映画は実は当たり外れがあるのですが、今回は大当たり。ハートを射抜かれました。子犬が普通に歩いているだけで転んでしまう様や、無邪気に走り回ったり、イタズラしたりするシーンでは大笑いし、家族の一員として愛し、愛される時には目を細め、息を引き取るシーンでは号泣。実際、上映中は笑い声が絶えず、ラストシーンではみんなで鼻ズルズル。とりたててドラマティックな展開があるわけでなく、ごくごく平凡な、そしてどの家庭にでもありそうな日常生活を描写しているだけに、感情移入出来ること、出来ること。犬から飼い主へのメッセージが、いわゆる「犬と私の10の約束」なのですが、完璧に守るでなく、裏切ることもなく、ちょっとした愚痴や当てつけはたまにすれども、感謝と愛情に包まれていて、その人間臭いドラマに思わず泣き笑い。映画の中では「ソックス!」というセリフが飛び交っているにもかかわらず、「ちびちゃん!」と勝手に脳内変換。最後の20分なんて、呼吸不全になるわ、喉は痛くなるわ、涙と鼻水が止まらなくなるわで、いやはや参りました。人間が「ドラマティックに演出しよう」と力まず、素直に犬との暮らしを描いてくれたのがツボ。
 キャストの面々も「犬好きですっ!」というのが画面からも伝わってくる面々で、しょっぱなでは犬を怖がる豊川悦司なんて、一本のソーセージを一口ずつ交互にソックスと食べ合うという、溺愛ぶりを披露。今まで、二枚目の俳優さんだと思っていましたが、僕の中で彼の株は急上昇です。妻を娘を、そして犬を、大切に大切に扱い、自分の人生を家族のために費やせることに幸せを感じる(そして時折弱気になってしまう)父親を飄々と演じてました。これが、父親の愛情を前面に押し出されたり、家族愛を大仰に構えられるとドン引きですが、医師や夫、父親や飼い主ではなく、一人の人間としてさりげなくさりげなく生きている姿でしたのでこれまた絶品。この映画、犬と飼い主との愛情についてだけでなく、人間と人間との信頼関係にも話が及んでいるので、観客の想像の余地・感情を登場人物に重ねられる余地が残されているバランス感覚が素晴らしいです。
 と、勝手に静かに興奮しておりますが、犬を飼ったことのない人にとっては「人間のストーリーは大したことないし、ペットが老衰で死んだだけでしょ」なお話になってしまう危険大です。ペットの死を看取った経験のある方はバスタオルを持参の上(僕個人としては酸素ボンベも欲しかった!)劇場までおでかけください。