観劇日記〜2008年04月〜
01日(火) 18:00 宝塚歌劇団星組
「赤と黒」
日本青年館
08日(火) 18:30 宝塚歌劇団宙組
「黎明の風―侍ジェントルマン 白州次郎の挑戦―」
「Passion 愛の旅」
東京宝塚劇場
09日(水) 19:00 梅田芸術劇場/ホリプロ
「トライアンフ・オブ・ラブ」
銀河劇場
16日(水) 18:30 東宝
「レベッカ」
シアタークリエ
17日(木) 18:30 宝塚歌劇団宙組
「黎明の風―侍ジェントルマン 白州次郎の挑戦―」
「Passion 愛の旅」
東京宝塚劇場
18日(金) 18:30 新国立劇場オペラ
「ウェーバー:魔弾の射手」
新国立劇場オペラパレス
19日(土) 15:00 「ヴェルディ:アイーダ」 オーチャードホール
29日(火・祝) 17:00 東宝
「ラ・マンチャの男」
帝国劇場


2008年04月01日(火)18:00-20:40
宝塚歌劇団星組「赤と黒」@日本青年館

 B席 5000円 2階-G列-49番 (パンフレット:600円)

 脚本:柴田侑宏
 演出:中村暁

 ジュリアン・ソレル:安蘭 けい
 レナール夫人:遠野 あすか
 ラ・モール侯爵:萬 あきら(専科)
 ピラール校長:磯野 千尋(専科)
 シェラン司祭:英真 なおき
 ヴァルノ氏:にしき 愛
 ナピエ大司教:紫蘭 ますみ
 フリレール副司教:美稀 千種
 レナール氏:立樹 遥
 ヴァランタン夫人:百花 沙里
 ノルベール伯爵:涼 紫央
 ベルジュ夫人:毬乃 ゆい
 サンクレール夫人:星風 エレナ
 デルヴィール夫人:琴 まりえ
 門番:美城 れん
 フーケ/コラゾフ公爵:柚希 礼音
 ラパン:天霧 真世
 クロワズノワ侯爵:和 涼華
 ラ・ジュマート男爵:彩海 早矢
 貴族の女:花愛 瑞穂
 フェルバック元帥夫人:華美 ゆうか
 看守:天緒 圭花
 貴族の女:初瀬 有花
 マリアンヌ:純花 まりい
 サンジャン:水輝 涼
 マチルド:夢咲 ねね
 アドルフ:如月 蓮
 スタニスラス:白妙 なつ
 ミリアム:花風 みらい
 エリザ:稀鳥 まりや

 大滝子主演の大劇場公演、涼風真世終演のバウホール公演に続き、安蘭けいによるドラマシティ公演の東京でのステージです。それぞれ、劇場や座組みに合わせて手が入れられています。オリジナル版が30年以上前の版なので、かなり時代を感じさせる作りです。最近の宝塚はセリフ量が膨大で、スターたちはとにかくしゃべりまくりなのですが、ゆったりとした台詞回し、しっとりとした間など、逆に新鮮な空気を感じさせます。となると、生徒によっては割り当てられる台詞がかなり少なくなるのですが、そこは柴田台本。どんなに短いシーンでも、全体のバランスで見ると、かなりのチョイ役であったとしても、なぜか印象に残るんです。出番少ない→役者は一瞬にエネルギーをかける→短いながらも映えるシーンがさらに輝く、という台本の勝利です。文芸物ということで、自然体の台詞や芝居からはかけ離れますが「芝居を観たぞ」というタップリの満足感に浸ることができます。観客に媚びることなく、観客を芝居に引き付けるパワーは名作ならではといえるかもしれません。
 もちろん、時代の流れとともに、作品の仕上がりも違います。最近の芝居に比べれば、コッテリ濃厚ではありますが、台詞回しといい、歌い方といい「コスプレの星組」といえども、サラサラ感があります。でも、これ以上コッテリ演じると宝塚の観客の主流を占める若い女性には拒絶感が出てしまうのかもしれませんね。このような形式ばった芝居、外部の舞台だと、衣装や台詞回し、雰囲気づくりなどで、どの女優さんも苦労する姿を良く見かけますが、宝塚の面白いところは、デビュー間もない学年の生徒ですら様になってしまうこと。もちろん、芸の拙さはキャリア相応にでてしまいますが「様になる」という意味ではなんとも恐ろしいことです。
 通常、東宝劇場以外での宝塚公演は、組が何チームかに分散しての公演となるため(トップチーム、二番手チーム、新人チームなどなだお)、トップ主演の公演ともなると「トップさんと新人たち」と層が薄くなりがちですが、今回はほとんど「上級生選抜チーム」という陣営。主な配役だけですと、東宝劇場公演と大差ありません。舞台人にとって場数というのは素晴らしい財産だと思うのですが、実際、上級生揃いとなると、一緒の芝居に慣れているせいか、相手の出方にすんなり対応した流れ。下級生を引っ張ろうだとか、自分一人が頑張らなくては、という気負いもなく、作品に集中。スターシステムの宝塚としては、珍しく媚び媚びした生徒の見当たらない舞台に感じました。
 ジュリアン・ソレル:安蘭 けいは、東宝劇場だとスケールの小ささを感るトップさんですが(芸風がエネルギー発散タイプではなく、内向的なのが原因かと思われます)青年館公演だと過不足なく劇場中にエネルギーが伝わってきます。今回は若気の至りと言いましょうか、あまり後先を考えずに、自分の意のままに生きていこうとする、下手したら悪役にもなりうる人物を、品位を保ったまま実に魅力的に表現。コンプレックスを抱えた、悩める人物を演じさせると実に上手い生徒ですね。華奢で小柄で女性的(体格も声質も)なのですが、それを克服しようと、様々なテクニックを駆使するのも見ものです。ポーズや仕種、表情付けなど、ちょっと前までは必死さが見えて観ているこちらが恥ずかしくなることもありましたが、さすがにトップのキャリアを重ねるにつれ、そのようなことも減り、安心して観られるスターになりました。「俺は悩んでるぞ〜」と大きな芝居ではないので、観る側も集中力が必要なのですが、今回は作品自体が「じっくり観ましょう」な作りなので、文芸大作にもかかわらず、気づけば集中、気づけば「もう幕ですか?」と。とにもかくにも、昭和の香りのするトップさんですので、作品は選びますが、他トップさんとは違う個性を持っているって強いですね。
 レナール夫人:遠野 あすかは大人の魅力、マチルド:夢咲 ねねは若いお嬢さんの魅力で魅せる役で、Wトップ状態。遠野あすかにとっては出番の少なさや、いったん舞台を去り、ジュリアンとマチウドの芝居が盛り上がったころに再登場するまでの時間が長いなど、かなり難しい役だったと思うのですが、トップ娘役としての貫録で魅せきりました。これでこそ宝塚ってもんです。舞台にいない時ですら、存在感タップリ。トップ就任まで時間がかかり、やきもきさせられたスターですが、若い頃にトップになっていたら、気の強さばかりが前面に出てしまったことでしょうが、今や素敵なトップさんになりましたね。上手い下手を超越した「スター」としての見せ方が素敵でした。
 マチルド:夢咲 ねねは星組に組替えになって初めての公演。周囲の期待や役の重みに負けてしまった感じ。美味しい役なのに、もったいないです。芝居、苦手なのかな。若手娘役で強く印象に残ったのはエリザ:稀鳥 まりや。今回の公演の最下級生にも関わらず、声の通りの良さ、セリフ回しの自在さ、上級生相手に物おじしない舞台度胸など、今後大物になりそうな予感がしました。彼女がマチルドを演じた方が面白かったんじゃないかなぁ。って、まだ下級生なので、出番の多い役でどう演じるかは未知数ですけど。でも、遠野あすかに次いで強い印象を残した生徒です。


2008年04月08日(火)18:30-21:35
宝塚歌劇団宙組
「黎明の風―侍ジェントルマン 白州次郎の挑戦―」
「Passion 愛の旅」
@東京宝塚劇場

 当日B席 2500円 2階-16列-28番 (パンフレット:1000円)

 演出:石田昌也(黎明の風)/酒井澄夫(Passion)

 白洲次郎:轟 悠(専科)
 ダグラス・マッカーサー:大和 悠河
 白洲正子:和音 美桜(陽月 華の代役)
 吉田茂:汝鳥 伶(専科)
 近藤文男:美郷 真也
 ロビン:寿 つかさ
 里村キク:鈴奈 沙也
 アー・チュ:彩苑 ゆき
 辰美英次:蘭寿 とむ
 東京ローズ:美風 舞良
 テレビャンコ:天羽 珠紀
 グルーパー中佐:悠未 ひろ
 熊澤天皇:夏 大海
 ブレストン大佐:北翔 海莉
 武藤速太:風莉 じん
 ジーン:美羽 あさひ
 ラッセル少佐:十輝 いりす
 ブギの女:音乃 いづみ
 打田友彦:七帆 ひかる
 吉田和子:藤咲 えり(和音 美桜の代役)
 宮川喜一郎:早霧 せいな
 ポーラ:花影 アリス

 夢を提供するのがショービジネス。中でも夢夢しいことにかけては右に出るものなき宝塚歌劇団…ではあるのですが、何気に昭和の歴史を扱った作品が発表されているんです。今回はそれらの作品の中でも最硬派と思える作品が登場。なんと、白州次郎が主人公です。よくぞ上演許可が降りたもんだと、いろんな意味でビックリ。幕開きはいきなり焼け野原ですよ。ボロボロの衣装を身につけ、敗戦の苦悩を述べ合う出演者たち。おおよそ宝塚らしからぬ光景です。でも、宝塚だなぁと思うのは、当時の日本人にしてはみなさんスタイルが良いんです。足長い!顔小さい!!悲壮な場面でありながら、隠しきれない華やかさは流石ってもんです。貧乏臭さが似合わないんですもの。ま、そんなこともあってか、暗い時代の重いお話ではありますが、すんなり観れてしまうのが、劇団四季の昭和三部作とは違うところかもしれません。
 宙組はトップトリオが歌えない代りに、下級生に歌える人材が揃っています。よって、スターといえども、大和悠河や蘭寿とむはほとんど歌が与えられず、歌の得意な下級生に役と見せ場が与えられています。このあたり、日向薫時代の星組公演のような作劇。それにしても、宙組の娘役のレベルの高さは特筆モノです。宝塚の娘役は細く小さな声で歌うというイメージが強いのですが、しっかり地声で高音まで歌ってます、クラシカルな曲も芯のある声で劇場中に響かせます。そんな生徒が一人や二人ではなく、ソロ担当が次から次へと登場するのですから、今まで、なんて宝の持ち腐れだったことか! そりゃ、出番は短いかもしれませんが、みなさん大きな見せ場を与えられて張り切っていること、張り切っていること。ただ、実力はあるものの、今までスターの扱いを受けてないだけに、華やかさに欠けるのが惜しむべきところ。東宝劇場ではなく、新橋演舞場や明治座の舞台が似合いそうな女優さんだらけなのですから。
 歌唱においては、男役はちと部が悪いです。そして、揃ってスーツで登場、軍服で登場と色分けされているので、アピールが難しいですね。そんな中、専科の轟悠の男優っぷり(男役ではなく男優です!)と安定感、大和悠河の華やかさと美しさ(登場シーンの足の長さとシルエットの美しさに感嘆!)が互いの良さを引き立て合って、学年差はあれど、素晴らしきWトップぶりでした。もちろん、下級生男役の役の少なさ、舞台美術やストーリーの華やかな展開に欠けるので、多くの観客が宝塚に対して求めるものとは違うでしょうし、実際「わざわざ宝塚で上演しなくても」と思う作品ですが、実は「もう一回観たいな」と思うお芝居でもありました。
 正直、ドラマとしては今一つ盛り上がらないんです。「マッカーサーと白洲次郎との対立」なのか「日本の独立」なのか、はたまた「時代を描きたかった」なのか。一つ一つのエピソードは興味深いのに、淡々と流れてしまう残念さがありました。娘役シンガーの出番は多いけれど、無くても良い役ばかり次る次に登場といういうのも影響しているのかも。また、轟悠特別出演公演ということもあって、本来の主役=白州次郎だけでなく、宙組トップが演じるマッカーサーや、二番手、三番手あたりの生徒までの見せ場作りという制約もあるんでしょうね。とはいえ、通常の組公演でのスターの序列を排除し(だって、結局は脇役の中での序列になってしまいますから。。。)白洲次郎:轟悠とマッカーサー:大和悠河、吉田茂:汝鳥伶の三本柱にとりあえずは絞り込み、この三役のうち二役を専科生がガッチリと固めることにより、空中分解してしまいそうな若手たちをしっかり抑えつけたのは圧巻。客入りこそ良くないけれど、轟悠と汝鳥伶のベスト・ステージと個人的には言い切ってしまいましょうぞ。男役というフィルターを通すことにより、男性政治家のギラギラ感じが弱まり、ちょっと綺麗に描き過ぎの気もしますが、日本の未来に向けてのそれぞれの思い入れが浮かび上がり、方法論の違いで対立することはあっても、最後に一つの思いで結ばれる、という作劇はすがすがしい感動を与えてくれます。
 面白いなぁと思ったのは音楽の使い方。宙組のお家芸ともいえるコーラスをほとんど封印し、多数の生徒のソロによる昭和歌謡のオンパレード。その雑多さが混乱を強く印象付け、アメリカ帰りの白洲正子のナンバーはリリカルで垢ぬけた響きに新鮮さと清涼さを感じます。意見の対立の場面では各自がバラバラに歌っていたソロが、いつの間にか重唱になり、ハーモニーが生まれ、クライマックスでようやく宙組コーラスが登場して幕。多人数の生徒のさばき方、十八番テクニックの使いどきと効果を熟知した使いどころなど、座付作家の強みを活かしまくってます。正直、前半のまとまりのなさはかなり観ていて居心地が悪いのですが、それが戦後の混乱に対する思いにリンクし、音楽のまとまりと共に政治(そして日本の行き先)がまとまるのが同時進行だなんて粋な事をなさいます!
 ショーでも轟悠が活躍です。ダンスも歌も得意な人ではないし、年齢的なものを感じる箇所も多々あるのですが、特別出演でトップ扱いという立場の面目にかけて響きの良い声を活かしてしっかり地に足をつけたいぶし銀ぶりを披露するので、大和悠河はトップのプライドにかけて、キラキラした王子キャラの華やかさで勝負。宝塚のショーではたまにセンス最悪の派手派手衣装が登場するのですが、そんなケッタイな衣装をいかに格好良く見せるかがトップの腕の見せ所。大和悠河は、歌や踊り以前に「登場すりゃスター」で、技術的に上の下級生がわんさかいても、なぜか真ん中が似合ってしまうという才能にかけては、ここ最近のトップの中でダントツ。もちろん、時折行方不明になる音程や、ハウリングを起こす雄たけびは顕在ですが、それでも、ソフトに歌う場面に関しては、他組トップと比べてもさほど遜色はないレベルになったのでは? とりあえず、声の通りが良いので、クリアに聞こえるのは強み。も少し安定度がUPすると良いんだけどな。
 二番手の蘭寿 とむはダンス・キャプテン状態で、大階段では下級生男役を率いて中央のポジションを務めるし、三番手の北翔 海莉はただ一人歌える男役として美味しいポジションを確保。特別出演から三番手にいたるまで、それぞれの売りが異なり、お互いにその実力を認めあっているので、誰もがセーブすることなく実力発揮。「この場面は私が守る!」とばかりに張り切ってて、観ていてワクワクします。「一応、トップ〜○番手まで序列はあるけれど、私たち仲良しなんです」な舞台より「この場面では私が主役!」という食うか食われるかのギリギリ感あった方が舞台が輝くってもんです。
 残念なことが一つ。せっかく生徒が盛り上がってバリバリ踊っている場面に限って、カラオケになってしまうんです。生→録音へと急に切り替わるので、音質の違いに戸惑うのと、何よりも生徒の盛り上がりとは関係なく、カラオケ伴奏って冷静な音楽なので、舞台に水を差す気がするんですよねぇ。舞台と一緒に、オケも暴れてくれなくっちゃ!!


2008年04月09日(水)19:00-21:40
梅田芸術劇場/ホリプロ「トライアンフ・オブ・ラブ」@銀河劇場

 S席 10500円 1階-Q列-15番 (パンフレット:1500円)

 演出:小池修一郎

 プリンセス・レオニード:朝海ひかる
 アージス王子:武田真治
 コリーヌ(王女の侍女):瀬戸カトリーヌ
 アルルカン(教授の従者):tekkan
 ディマース(教授の庭師):右近健一
 エルモクラテス(ヘジオニーの兄、哲学者):藤木孝
 ヘジオニー(アジスの伯母、哲学者):杜けあき

 終演コンビに良い意味で生活感がなく、おとぎの国の物語にふさわしいビジュアル。二人とも少女漫画的なルックスなので、この手のお話にはピッタリ。実年齢はともかく、初々しさがあります。(武田真治はマッチョを目指すのではなく、素直にチビでカワイイという路線を極めた方がスッキリすると思います。顔と体のギャップに違和感を感じます。)そして、この二人のお芝居は大劇場よりも、今回のような小劇場サイズの方が生きるのではないでしょうか。芝居もセリフ回しも歌も、大空間用のスケールを示すタイプではなく、空間サイズに関係なく自分のやりやすいサイズに徹底してます。正直、帝劇クラスだとかなり不安があります(年末の「エリザベート」は大丈夫でしょうか!?)
 あくまで僕の意見ですが(1)楽譜通りの音やリズムが取れない、(2)歌詞をクリアに客席に届けられない、(3)フレーズに感情を込められない」のは、ミュージカル俳優の三重苦だと思ってます。そんな意味で、今回はかなり音楽面で不満がありました。音域の広さ、コード進行の複雑さ、アンサンブルの難しさもあり、いかにも難しそうなナンバーに出演者は四苦八苦。主演のお二人は、正直お金とって聴かせるレベルではないです。無理やり音を押し出すのと、ポジション・チェンジの差があり過ぎて、初見では歌詞が聞き取れない朝海ひかる、声量がなく、また歌い回しのスケールが小さい武田真治、低音はともかく、テンポの速い部分や高音になると絞り出す声になりこれまた音が散ってしまう杜けあき、リズムが取れず、また棒読みならぬ棒歌いな藤木孝。正直、椅子からずり落ちそうな歌の連続に、非常に居心地が悪かったです。バラードではなく、軽く歌う曲でもなく、それでいて聴き映えのするタイプのナンバーがほとんどない、今回のような作品は、役者の実力がモロにさらけ出されてしまい、気の毒で気の毒で。。。ま、このあたり、欧米人のために作られた曲を、体格も声帯(音域含む)も違う日本版キャストが演じる無理というのがあるわけでして、大なり小なり、どのカンパニーも抱える問題なんですけど(ミュージカルだけでなくオペラもね)。
 とはいえ、ロマンティック・コメディをいかにもお伽噺らしくまとめ上げたのはこのカンパニーならでは。各自にやる気が満ちていて、どうにかして観客を楽しませましょうぞというサービス精神はアッパレ。だてにキャリアある面々ではありません。台詞の間合いや掛け合いなどはなかなか。アンサンブル扱いの三人組も大健闘(主要キャストの歌が…なので、実は音楽面の盛り上げでもこの三人の功績は大きい!) 武田真治のキャリアはかなり長いと思うんだけれど、いかにも世間知らずな王子様な、たどたどしいしゃべり方や、誰に聞かせるでなく、思いついたことを独り言みたいにしゃべってしまうあたり(って、お芝居だからなんだけど)、役にフィットしててなかなか。朝海ひかるも、元男役トップとはいえ、中世的なのが売りだった人だけに、女らしいシナを作ってもお笑いに走ることなく、逆に女の子が頑張って男に変装しているという、元男役には難しい役どころも何なりとクリア。藤木孝の一人だけ勝手に高いテンションや、杜けあきの真面目そうにしていながらボソッと鋭い突っ込みなど、お約束の芸もちゃんと出てくるし、複線張りまくりの第一幕では「キッツイなぁ」と帰宅すら(コッソリ)考えていたものの、第二幕になるとたたみかけるような展開に気付けばお芝居にドップリ。
 して、そうなった際に問題になるのが観客のノリ。アメリカ産のミュージカルとあって、かなりセクシーな(というよりも露骨な)セリフやリアクションが登場するのですが、大多数が宝塚ファンという客層はこの手のものに慣れてないので、ザッブーンとひきまくり。本当は面白いと思っているのかもしれませんが、観客にもすみれコードがあるようで、セックス関連の箇所になると笑いは皆無。って、この作品は哲学や文学てんこもりの真面目ぶりと、隠そうにも隠しきれない登場人物の性への関心のギャップが面白さの一つなわけで、まだ朝海ひかるのファンには時期尚早な作品だったかもしれません。朝海ひかるも、この手のセリフになると途端に流しちゃうもんだから、ところどころ倍速にしながら鑑賞しているビデオみたい。ヒューヒューと口笛吹いたり、拍手したり、そうだそうだと掛け声かけながら観たかったなぁ。って、日本で上演する場合、文化の違いやシアターゴーアーの層の違いなどがあるので、特に翻訳作品の場合は難しいですね。


2008年04月16日(水)18:30-21:30
東宝「レベッカ」@シアタークリエ

 全席指定 12500円 2列-26番 (パンフレット:1500円)

 演出:山田和也

 マキシム:山口祐一郎
 [わたし]:大塚ちひろ
 ダンヴァース夫人:シルビア・グラブ
 フランク:石川禅
 ファヴェル:吉野圭吾
 ベン:治田敦
 ジュリアン大佐:阿部裕
 ジャイルズ:KENTARO
 ベアトリス:伊東弘美
 ヴァン・ホッパー夫人:寿ひずる

 クンツェ&リーヴァイのコンビ最新作で、シアタークリエ初のミュージカルということで、非常に楽しみにしていました。シアタークリエは元芸術座だけあって(舞台機構もほぼ踏襲でしょうか)、コンパクトにまとめられた小劇場。舞台袖はほとんどなく、ウィーン版と比べるとかなりシンプルな舞台装置で、クライマックスの屋台崩しもなかったかな。オケピがない劇場らしく、上手の舞台装置の上で演奏してました。
 出演者は日本におけるクンツェ&リーヴァイの作品の常連で、仕上がりは予想通り。予想以上でも予想以下でもないのがちと寂しいけれど、舞台上で破綻する人がいないのは何より。演出は回り舞台を多用していましたが、装置がほとんどないのと、いかんせんサイズが小さい、そして何よりも僕としては前すぎる席なので、舞台転換の醍醐味は感じられず。もっと舞台全体が見える席だと違う感想を抱くかもしれませんが。
 マキシム:山口祐一郎は舞台化粧と舞台衣装でかなり化けました。スーツが実に似合う方ですね。無表情で地味に登場しても舞台がパッと華やかになるのは流石です。でも、相変わらず「歌う電信柱」で、セリフは恐ろしいまでの棒読み。聞かせどころの大ナンバー(第二幕)では、足をチョキの形で踏ん張り、両手でツッパリ。小ナンバーでも腕を両横に広げてブラブラと(胸開いて響きますけどね)。初見だと作品を追うのに精いっぱいなので、まだ許容範囲ですが、リピーターは気になるだろうなぁ。。。そういえば、マキシムと[わたし]の馴れ初め部分や新婚旅行場面がバッサリなくなっていたのは、もしかして祐さんの演技力が影響している!?!?(真相は知りませんよっ!) 音域のせいか、歌い回しのせいか、久しぶりの一般人メイクのせいか、後半はなぜか松平健に見えてしまいました。体型!?!?
 [わたし]:大塚ちひろはブロンドのカツラが似合わないのが残念ですが、18歳のおぼこ娘のオドオド感が出ているのが良かった。新人女優がオドオドしていると、芸の拙さでイライラするのだけれど、一定水準の技術を持っている人なので、二幕で「レベッカ」の幻想に押しつぶされそうな女→「レベッカ」の幻想をぶち壊す女への変貌が見事でした。ダンヴァース夫人に対抗するシーン、マキシムを守ろうと凛々しく立ち上がるシーンなど、大人の格好良い女性で、僕好みの役。ちょっと「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアみたいな役どころですね。少女から大人の女への脱皮あり、素敵なナンバー歌いまくりで、良い役です。
 そして、[わたし]の引き立て役とでもいいましょうか、ダンヴァース夫人:シルビア・グラブが素晴らしかったです。無表情で、不気味で、謎に満ちていて、声色や歌声に独特の癖があって、最後にはプライドと信念がズタズタにされる、ある意味、主役以上においしい役。[わたし]とマキシムの関係が演技の上では変化に乏しいだけに、[わたし]とダンヴァース夫人の関係の変化がドラマティック。いかにも小池修一郎作品に登場しそうな「崩壊の美学」を表現した役……って今回や山田和也演出でしたっけ。
 フランク:石川禅の温か味のある歌と芝居(男優の中で唯一ほっと客席をなごませてくれる役どころ&お芝居)、ファヴェル:吉野圭吾の憎々しさと芝居歌としての歌唱力アップ(歌の技術的には相変わらず絞り出すような声ですが)、ベン:治田敦の精神薄弱ぶりはそれぞれ印象的。でも、お友達になるならば、ベアトリス:伊東弘美のサバサバしたお人柄が一番かな。カラッとした台詞の中にこもる情感が何とも良い味を出していました。お育ちに問題があるのではないか、という恐ろしい不安すら抱きそうになるマキシムの役どころを見事に軌道修正してくださいます。愛情たっぷり、でも、そんな彼女ですら、レベッカに騙されていたという恐ろしさにぞっとします。助演賞狙いの役回りですね。ヴァン・ホッパー夫人:寿ひずるはおっかないのかお笑いなのか、演技の上で難しそうな役ですね。一幕冒頭では主役以上の活躍ぶりですが、あっという間に出番がなくなってしまうのが残念。アメリカン・ウーマンのナンバーでは、元宝塚トップ候補として、もっと華やかに盛り上げてほしい気もします。アメリカ人役にしては奥ゆかしい雰囲気があります。回りが濃いメンバーなだけにまだまだはじけて良いかと。
 それにしても、クンツェ&リーヴァイ作品に慣れているはずの面々をもってしても、掛け合いのようなナンバーはまだ「難しそう」に歌ってました。実際、歌うスタイルも発声も違う面々なので、カンパニーとしてまとまった形になるには時間がかかるんでしょうね。ただ「エリザベート」や「モーツァルト!」のように、歌えない人がキャスティングされているということはなく、日本のミュージカルとしては、かなりの高水準のカンパニーだったのではないかと思っています。でもまぁ、今回のカンパニーを演出する山田和也のご苦労……お察しいたします。
 今のところ、二回目の観劇は未定ですが、ストーリーを把握した今、あらためてもう一度観たい舞台です。できればもっと後ろの席から全体が観たいです。


2008年04月17日(木)18:30-21:35
宝塚歌劇団宙組
「黎明の風―侍ジェントルマン 白州次郎の挑戦―」
「Passion 愛の旅」
@東京宝塚劇場

 当日B席 2500円 2階-16列-26番 (パンフレット:1000円)

 演出:石田昌也(黎明の風)/酒井澄夫(Passion)

 白洲次郎:轟 悠(専科)
 ダグラス・マッカーサー:大和 悠河
 白洲正子:和音 美桜(陽月 華の代役)
 吉田茂:汝鳥 伶(専科)
 近藤文男:美郷 真也
 ロビン:寿 つかさ
 里村キク:鈴奈 沙也
 アー・チュ:彩苑 ゆき
 辰美英次:蘭寿 とむ
 東京ローズ:美風 舞良
 テレビャンコ:天羽 珠紀
 グルーパー中佐:悠未 ひろ
 熊澤天皇:夏 大海
 ブレストン大佐:北翔 海莉
 武藤速太:風莉 じん
 ジーン:美羽 あさひ
 ラッセル少佐:十輝 いりす
 ブギの女:音乃 いづみ
 打田友彦:七帆 ひかる
 吉田和子:藤咲 えり(和音 美桜の代役)
 宮川喜一郎:早霧 せいな
 ポーラ:花影 アリス

 白洲次郎を昭和のヒーローと呼ぶのはやぶさかではありません。が、黒子に徹していて決して前に出てくる人ではなかったので(だから余計に格好良い!)、正直、ミュージカルの主役に据えるには難しい人物だと思うんです。誰もが知っている派手な業績がないので、どこにお話の山場を持ってくるかが難しいところ。今回は、マッカーサーとの対立と共感を大きく持ってきてはいたけれど、吉田茂の業績に頼る部分が大きかったと思います。実際、クライマックスで客席の涙を誘ったのは吉田茂ですし。トップの大和悠河はもとより、特別出演の轟悠も脇へ押しやって、いかにも助演タイプの汝鳥伶がお芝居を引っ張っていくことになり、このあたりが宝塚ならではのキラキラ感を求めて劇場に来た人にとっては微妙なところなんでしょうね。
 とはいえ、白洲次郎ファンにとっては、遺書を利用した幕に始まり、有名な台詞やエピソードのオンパレードに「ここでそれを言わすか!」というテンポの良さに膝を打つ事多々です。それに、白洲次郎が相手とするのが国家だったり、天皇やマッカーサーなど、激動の時代を生きる英雄たちだったりするので、スケール感が通常の宝塚歌劇とは段違い。一本物大作を観たかのような充実感です。重くなりがちな暗いストーリーはさわりだけ触れておいて、さっさと次の場面に飛ばしてしまうあたりも、この時代の重苦しさが苦手な僕としては共感できる処理(お金払ってまでみじめな気持ちになるのが嫌なんです)。音楽のテイストとしてはどうかと思うけれど、流行歌を舞台転換の際に挟むのも、時代の香りが漂ってきて、趣があります。
 と、骨太な作品に引き続くせいか、レビューがいつも以上に華やかに感じられます。ここ最近のレビューの中では、構成の明確さやスターの使い方が抜群に上手く、酒井澄夫のベテランぶりが感じられます。重厚な轟悠と、さわやかで軽い大和悠河のコントラストがクッキリしていて、場面ごとのメリハリがつくので作品にテンポ感があります。今回は久しぶりに「覚えられる主題歌」に恵まれ、パ〜ッション♪の歌声に血が沸き立ちます。良い主題歌です。濃厚なプロローグに続くのは、大和悠河を中心とする「愛と青春の旅立ち」みたいな若々しいシーン。ダンスは切れ味が悪くてぬるいのが僕好みではなかったけれど、まずはこの対比がお見事。そして、いきなり銀橋に轟悠が登場しての「イーゴリ公」のシーン。衣装といい、振り付けといい、なんちゃって「ダッタン人」なのですが、オリエンタルな空気を一瞬に醸し出す宝塚の底力を見せつけられます。舞台の上をいくつかのチームのダンサーがフォーメーションを組んだり、万華鏡のように混じり合ったりするのだけれど、その都度、目に焼きつく色が変化するのが面白いシーンでした。目に入る衣装の数は同じなのに、配置によって、単色が際立ったり、深みのある色あいにミックスされたりするのがお見事。続く中詰めシーンはやはり色の洪水ではあるのですが、けばけばしい色の反乱で、色遊び的面白さは半減。その代わり、ラテン・ナンバー・メドレーのはずが、いつの間にか主題歌にすり替わっている音楽面の遊びで魅了。中詰以降は轟悠の男役の集大成のようなシーンの連続。好き嫌いはともかく、最近の「癖はないけれど、個性が感じられない」トップさんたちとは段違いの「個性を売る主役」としての力量を見せつけられました。決して上手くないし、宙組男役に囲まれると小さな男役のはずなのに、存在感の巨大さは圧巻です。
 今回はトップ娘役の陽月華が休演でしたが、逆に「トップコンビの一時的解消」が回避され、場面ごとに代役が彼女のポジションを務めることにより、轟悠特別出演のバランスが取れたかのような印象を受けました。ことにショーに関しては、本来であれば、ほとんどのシーンで陽月華がヒロインパートとして登場するわけで(それはそれで観てみたかったけれど)、大和悠河が「相手役を奪われた可哀想なトップさん」という役回りから解放され、純粋に轟悠と大和悠河の世界が展開されたのがスッキリしていて良いなぁ、と。たまにはトップ娘役不在の好演も良いのかも。ショーも中途半端に美羽あさひをトップ扱いにしない方が納まりが良かったのではないかと(パレードでトップ娘役扱いなのにビックリ!) そういえば、通常はトップコンビにより踊られる大階段前でのデュエットダンス。今回は轟悠&女役に回った大和悠河で披露。大和悠河の女役は綺麗でスタイルが良くて可愛くて大好きなのですが、今回は中途半端。素肌を隠すでなく、さりとて出すでなく、スカートの合間から短パンはいた足が見えるだけという、脱ぎっぷりの悪さにガッカリ。どんなに露出してもいやらしくならないという彼女なのですから、ここは大胆な姿を披露していただいてこそ「パッション!」ってもの!!!


2008年04月18日(金)18:30-21:30
新国立劇場「ウェーバー:魔弾の射手」@新国立劇場オペラ劇場

 C席 7350円 3階-L4列-3番 (パンフレット:800円)

 演出:マティアス・フォン・シュテークマン
 指揮:ダン・エッティンガー
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


 オットカール侯爵:大島幾雄
 クーノー:平野忠彦
 アガーテ:エディット・ハッラー
 エンヒェン:ユリア・バウアー(リディア・トイシャーの代役)
 カスパール:ビャーニ・トール・クリスティンソン
 マックス:アルフォンス・エーベルツ
 隠者:妻屋秀和
 キリアン:山下浩司
 花嫁に付き添う四人の乙女:鈴木愛美、田島千愛、高橋絵理、中村真紀
 ザミエル:池田直樹

 指揮者が拍手で迎えられ、劇場が静寂に包まれると「さぁ、序曲が始まるぞ」と耳を澄ますのですが、いきなり隠者のうなり声で幕があがるのにビックリさせられました。でも、その後は非常にの〜んびりした空気に満たされます。スローテンポなセリフ、素朴でゆったりとしたナンバー、芝居としてはしどころのないコーラスなどなど、時代がかった作品で、正直「上演頻度が低いのも無理はない」と思わせる、古めかしさに満ちているのですが、しばし居心地の悪さを我慢しているうちに、いつの間にかそのテンポに慣れてきてしまうのですから不思議なもんです。
 演出はひたすらオーソドックスです。ト書き通りとでも言いましょうか。前半の見どころはキリアンの魔力を示す、七つの魔法のシーンだと思うのですが、動物たちやら火の玉やら、幽霊やらが真面目に登場します。森の装置は、段ボール紙のように板のような布のような不思議な動きで、舞台上で一か所に固まらず、やたらと動き回り「森は生きている」のを視覚で表現。想像の余地を一つ残らずつぶされ、この作品を初めて観る人が、たとえ字幕を見そびれようと、子供であろうと、絶対理解できるハズ。実に親切な演出です。僕の好みではないけれど、徹底してます。マイナーなオペラを上演する、一つのお手本みたいな公演。
 ただ、舞台全体に今一つ覇気がなく、アガーテとマックスもラブラブというより、かなり醒めたカップルだし(よって、カスパールのアガーテに対する横恋慕も盛り上がりません)、役の感情も「みなさま、わたくしは今、○○な気持ちでございます」とクール。丁寧だし、良くできたプロダクションではあるけれど、僕にはちと退屈な公演でした。穏やか続きなアリアやコーラスもちょっと……ね。穏やか過ぎて、フレーズ支えたり、観客に聴かせる歌作りという面では、非常に難しい作品だとは思います。演奏が大変な割に、聴き映えしないタイプとでも言いましょうか。
 なお、ジンクシュピール(セリフ入り歌芝居)というと、モーツァルトの「魔笛」が非常に有名ですが、二期会の実相寺昭雄演出版は、セリフは日本語にして、芝居部分をもっと練り上げるなど非常に良くできたプロダクションだったんだな、と改めて他の舞台に思いをはせてしまいました。ま、そもそも「魔弾の射手」のストーリーって、クライマックスがいま一つわからないのです。アガーテがいきなり「その鳩は私です」って叫ぶけれど、僕がその場に居合わせたら「アンタ、何言ってんの?」と突っ込み入れちゃいますし、昨今のワイドショーに登場するようなドロドロ事件に慣れていると、魔弾を使ったカスパールやマックスをめぐる人間模様や欲望のドロドロなどの表現に「レポーター交替しろっ」とテレビ局に電話したくなるような気分。ドイツで人気があり、評価も上演頻度も高い作品だとは存じておりますが、僕の中で「また観たいオペラか?」となると、かなり順位が低いです。


2008年04月19日(土)15:00-18:00
「ヴェルディ:アイーダ」@オーチャードホール

 C席 13000円 3階-3列-3番 (パンフレット:2000円)

 演出:ペーター・コンヴィチュニー
 指揮:ウォルフガング・ボージッチ
 管弦楽:東京都交響楽団

 アイーダ:キャサリン・ネーグルスタッド
 アモナスロ:ヤチェック・シュトラウホ
 エジプト王:コンスタンティン・スフィリス
 アムネリス:イルディコ・セーニ
 ラダメス:ヤン・ヴァチック
 ラムフィス:ダニロ・リゴザ
 巫女:ウルリケ・ピヒラー=シュテフェン

 新国のゼッフィレッリ演出版とは対照的に、シンプルの極みな舞台でした。博品館劇場サイズにプロセニアムの幅を奥行きを狭めた空間に、ソファが置かれているだけ。舞台装置はこれだけです。大スペクタクルなオペラという印象の強い「アイーダ」ですが、何もかもかミニマム。何しろ、たった7人のソリストしか登場しないのですから、コンヴィチュニー恐るべしです。
 コンヴィチュニー本人はスコアや台本を読み込んだ結果のシンプルな演出だ、とキッパリ言い切ってますが、やはりかなり捻った解釈だと思います。そりゃ、オペラの台本ですもの、リアルなお芝居は難しいと思うんです。その隙間をゴージャスな雰囲気で埋めるか、理屈で埋めるかが何とも対照的。どちらも中途半端でなく作り込んでいるのに好感を持ちますが、正直、コンヴィチュニー版は、ビギナーや子供には見せたくない作りです。初めての「アイーダ」がこれでは絶対混乱します。よって、カーテンコールではブーイングの嵐ではあったのですが、コンヴィチュニーにとってはブーイングが褒め言葉のようで「してやったり」の表情を浮かべ、何とも幸せそうにしているのが印象的でした。
 舞台設定は古代エジプトではなく、現代のアメリカかどこかです。身近な設定になっているせいか、非常に身近な世話物として展開します。ラダメスはマザコンなメタボ野郎ですし(なぜか象のぬいぐるみを抱えてます)、アイーダは王女としての片鱗もなくメイド服で登場。アムネリスは一応有産階級のマダムとして登場はしますが、いかんせん部屋が真白で雑風景なので、どことなく病院に隔離された患者のようにも見えます。白壁に映し出される、登場人物の黒い影が何とも不気味。ラダメスは英雄ではなくマザコン気味だし、アムネリスは情緒不安定、アイーダも愛に対してコンプレックスを持っているかのよう(ラダメスに対する愛情もかなり???)。人生におけるロマンスを捨て去り、非常に辛口な展開です。
 そんな中、一番衝撃的だったのが凱旋の場。凱旋のパレードなんてありませぬ。客席あちこちに都響のブラス・セクションの面々が登場しファンファーレを吹き鳴らしますが、舞台は相変わらず空っぽのまま。勝利のニュースに酔いしれたアムネリス・エジプト王、そしてラムフィスが乱交パーティすれすれの乱痴気騒ぎを繰り広げます。父&娘、王女&聖者というかなり危険な組み合わせで、抱き合い、酔っ払い、ふざけ合い、喧嘩して、ととんでもない光景が広がり……そういえば、音楽の印象が残ってないです。そして、舞台奥の壁が割れて、椅子に腰かけたコーラス&小田切さんらブラス・セクションの面々が登場するのですが、これは何を意味しているんでしょうね。合唱指揮者が客席に背を向けて指揮しているのですが(本指揮者とよくぞテンポやタイミングがあったもんだ!)、そんな中登場するラダメスは血だらけの軍服に身を包み、人殺し直後ゆえか、心ここにあらずの呆然状態で登場。凱旋将軍の面影も貫禄も、そして周囲からの尊敬なんてこれっぽっちもありません。
 また、終幕で、本来石牢に閉じ込められるのはラダメスとアイーダなのに、宮殿という名の狭い部屋に閉じ込められるのはアムネリスで、ラダメスとアイーダは夜景のきれいな高層マンション風の部屋に移動(ついでに、舞台を狭くしていたプロセニアムがはけて広い空間が出現)するなど、なんとも意味深な幕切れ。ちなみに、グラーツやウィーンの公演では、舞台裏の搬入口が開いて、終演カップルは街の喧噪の中へと消えていくという演出だったそうです。オーチャードホール用に作り替えられたものなのですが、演出形態や規模を考えると、お隣のシアターコクーンで、オリジナル通りの演出を再現した方が、しっくりきたかもしれません。細やかな演出に対して、オーチャードホールはちと大きすぎました。コクーンはクライマックスで舞台奥の搬入口の壁を開放することも多々ありましたし、ぴったりだと思うんですけど。
 蛇足ですが、本日のチェロパートのトップは田中さんでした。


2008年04月29日(火・祝)17:00-19:15
東宝「ラ・マンチャの男」@帝国劇場

 B席 4000円 2階-L列-43番 (パンフレット:1500円)

 演出:石田昌也(黎明の風)/酒井澄夫(Passion)

 セルバンテス&アロンソ・キハーナ&ドン・キホーテ:松本幸四郎
 アルドンサ:松たか子
 サンチョ:佐藤 輝
 牢名主:瑳川哲朗(上條恒彦の代役)
 カラスコ:福井貴一
 アントニア:月影 瞳
 神父:石鍋多加史
 家政婦:荒井洸子
 床屋:駒田 一

 牢獄における劇中劇とあって、舞台は暗いです。哲学的な台詞が多く、さびついた頭をフル回転させての観劇が求められます。宗教問題だとか、身分問題だとか、気がめいってしまう問題が多々登場します。……正直、僕好みの作品ではないんです。でも、上演される度に「とりあえず観ておくか」と劇場に足を運び、ちょっとずつ作品世界に馴染んできた感があります。
 そもそも、ミュージカルとしての魅力をあまり感じてないんです、ワタクシ。「ドルシネア」や「見果てぬ夢」といった有名ナンバーはありますが、音楽がお話を進めるというより、格好良い台詞の合間に音楽が入る感じとでもいいましょうか。実際、台詞の存在感があまりに大きくて、音楽の魅力がいま一つ伝わってこないもどかしさがあります。ナンバーを歌い終わると拍手はあるのですが、その拍手すら無視して台詞が始まってしまうなど「もっと音楽やダンスに酔わせてよ」と思ってしまうのですが、この硬質な肌触りが「ラ・マンチャの男」の魅力なんでしょうね。
 キャストはすっかりレギュラーメンバーです。上條恒彦が病気の為、牢名主及び宿屋の主人役を代わって瑳川哲朗が務めていたり、アントニア役に月影瞳が登場したり(宝塚退団後、初めて彼女の舞台を観るかも)といったマイナーチェンジはあれども、他キャストはいつもの面々。……と言い切ってしまうほど、松たか子がすっかりアルドンサに変貌してました。上月晃→鳳蘭(それ以前は草笛光子や浜木綿子も…観てませんが)といった濃〜い面々のイメージが強い役ですが、三演目にして、すっかり松たか子色に染まりました。それどころか、松たか子が舞台を引っ張っていたと言っても過言ではありません。
 アルドンサは、当初ドン・キホーテに反発していて、ようやく理解し合えたと思ったら、それが原因で集団レイプされてしまう、という壮絶な役で、今まではその痛々しさが観ていて辛かったんです。が、今回は「魔笛」におけるタミーノの修行じゃないけれど、アルドンサ→ドルシネアに変貌する修行のように思えたんです。セルバンテスも、詩人として宗教裁判にかけられるまで、戦争で友人が自分の腕の中で息絶えたり、貧困や飢えなど、生きて行く上での辛い現実を嫌というほど体験しての浄化でした。しかし、劇中でドン・キホーテが「夢に溺れて現実を見ないのも狂気かも知れぬ。現実のみを追って夢をもたぬのも狂気だ。だが一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ。」と宣言するように、いかがわしい旅籠で下働き兼娼婦として生きている自分の人生から「私はドルシネア」とキッパリ言い切り、アロンソ・キハーナ=ドン・キホーテの遺志を継ぐあたり、なんだか「ラ・マンチャの女」誕生シーンのようで、実に神々しかったです。台詞の間といい、声色の転がし方といい、静かな中の決意が実に鋭くて「この女優さんって凄い!」と印象的でした。
 折しも、松本幸四郎から松たか子へと、高麗屋のトップが移動したかのような(染五郎ファンの方、ごめんね〜)印象を強くした瞬間でもありました。娘の初ミュージカルは父親主演の「ラ・マンチャの男」で、新人色が強かったけれど、あれよあれよという間に、カンパニーを率いての舞台っプリに成長。いつの間にやら、父親の強力な右腕になり、時にフォローまでしてます。
 芸の深まりはあれども、松本幸四郎はさすがに年で、息の長さや、歌声の張り、動きについては、さすがに衰えが目立ち、台詞の癖も年々強くなっているような。。。とはいえ、動きや台詞を「型」として見せてしまう技術は他の追随を許しません。技術的な傷はあれども、ドン・キホーテが騎士としてどう生きてきたかが、松本幸四郎が舞台人としてどう生きてきたかにリンクされ、どんな「負け戦(byアルドンサ)であろうと、常に真摯な姿勢である素晴らしさを思い起こし、終盤では涙・涙。セルバンテスが宗教裁判に向かおうと、長い階段を上っていく姿は、さながら男役芸を極めて、大階段を上っていくトップスターの姿のようで、あれこれ考えさせられました。そろそろ、幸四郎の「ラ・マンチャの男」もラスト・ステージがいつになるのかを考えさせられるようになりましたが、こうなったら、最後の最後まで見続けようと思ってます。とっつきにくいけれど、観る度に発見がある作品なので。