観劇日記〜2008年05月〜
02日(金) 22:15 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「115 シンフォニア・ヴァルソヴィア」
庄司沙矢香/ボリス・ベレゾフスキー
東京国際フォーラム ホールA シュパウン
04日(日) 16:45 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「335 シュテファン・ゲンツ」
東京国際フォーラム ホールB5 テレーゼ・グロープ
04日(日) 21:30 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「316 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団」
ネマニャ・ラドゥロヴィチ
東京国際フォーラム ホールA シュパウン
05日(月・祝) 12:15 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「412 東京都交響楽団」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン
05日(月・祝) 16:45 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「454 デジュー・ラーンキ」
東京国際フォーラム ホールD7 ヒュッテンブレンナー
05日(月・祝) 16:45 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「414 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン
06日(火・祝) 09:15 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「541 オーケストラ・アンサンブル金沢」
東京国際フォーラム ホールC マイアーホーファー
07日(水) 18:30 東宝
「RUDOLF」
帝国劇場
10日(土) 14:00 新国立劇場オペラ
「ツィンマーマン:軍人たち」
新国立劇場オペラパレス
18日(日) 14:00 新国立劇場バレエ団
「ラ・バヤデール」
新国立劇場オペラパレス
20日(火) 19:00 来日カンパニー
「Riverdance」初日
赤坂ACTシアター
23日(金) 13:30 「WIEN MUSICAL CONCERT」 梅田芸術劇場
27日(火) 18:30 宝塚歌劇団月組
「ME AND MY GIRL」
(ジャッキー:城咲あい)
東京宝塚劇場
30日(金) 18:30 東京藝術大学
「学生オーケストラ演奏会I」
東京藝術大学奏楽堂


2008年05月02日(金)22:15-23:15
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「115 シンフォニア・ヴァルソヴィア」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン

 S席 3000円 1階-20列-48番 (パンフレット:無料)

 指揮:ヤツェク・カスプシク
 管弦楽:シンフォニア・ヴァルソヴィア(ポーランド)
 ヴァイオリン:庄司沙矢香
 ピアノ:ボリス・ベレゾフスキー

 シューベルト:ロンド イ長調 D438(ヴァイオリンと管弦楽版)
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」

 唯一、前売りで購入していたチケットです。庄司沙矢香&ベレゾフスキーの連続コンチェルト。昨年はチャイコ×チャイコでしたが、今年はシューベルト×皇帝。
 シューベルトはコンチェルトというには、ソリスティックではなく、冒頭なんて、1stヴァイオリンとソロが一緒のメロディを奏でるのですが、それでも、庄司沙矢香の音だけ際立って聞こえてくるのは大したものです。それにしても、相変わらず、庄司沙矢香の貫録は凄いです。誰よりも小さなソリストなのに、誰よりも偉そうwww でも、それがゆるされるスケールの大きさを持ってます。
 一方、誰よりも大きなソリストがベレゾフスキー。超絶技巧が売りの人なので、皇帝レベルのコンチェルトだとエネルギーが有り余ってしまう感じ。カデンツァを決めたものの、弾くべき鍵盤がなくなってしまうので、空中で円を描くこと多々。それでいて、ダイナミックな演奏の直後に、これでもかっていうほど繊細なパッセージをサラリと弾いてしまうのですから、同行者いわく「私はあんなに苦労しても弾けないってのに、いとも簡単に凄いことするんだから、頭にきちゃうワ!」と。同感です。でも、スタインウェイのピアノの性能をこれほどまでに引き出せるピアニストとして、圧巻の演奏でした。個人的にはロマン派の曲の方が彼にはあっている気がしますけどね。
 再三書いていることですが、ピアノという楽器はヨーロッパの男性のために作られた楽器なわけで、体格やテクニックは彼らを基準に作られているんです。よって、大きな手で、鍵盤をなでるように、それでいて、一つ一つのタッチは勢いではなく筋肉でしっかり弾き込むことを前提に作られてます。よって、女性や東洋人の手や体格、タッチとは全く別世界。もちろん、その違いを活かした名演は多々ありますが、王道の至芸を見せつけられると、感服すると同時に、同行者と同じく「頭に来ちゃう」わけです。


2008年05月04日(日)16:45-17:35
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「335 シュテファン・ゲンツ」
東京国際フォーラム ホールB5 テレーゼ・グロープ

 全席自由 1500円 (パンフレット:無料)

 バリトン:シュテファン・ゲンツ
 ピアノ:ミシェル・ダルベルト

 ベートーヴェン:歌曲集「遥かなる恋人に寄す」作品98
 ウェーバー:「私の歌」作品15-1
 ウェーバー:「なぜ君の魅惑の環に惹かれるのだろう」作品15-4
 ウェーバー:「それは苦しみなのか、喜びなのか」作品30-6
 ウェーバー:「輪舞」作品30-5
 シューベルト:「ガニュメート」作品19-3 D544
 シューベルト:「プロメテウス」D674
 シューベルト:「魔王」作品1 D328
(アンコール)
 シューベルト:「白鳥の歌」より「鳩の使い」

 今年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は「シューベルトとウィーン」がテーマ。シューベルトだけでなく、周辺の作曲家の作品が紹介されるのが嬉しいところ。今回はベートーヴェン、ウェーバー、シューベルトの3つのグループに分けての演奏。ベートーヴェンのカッチリした作風は、歌曲ではありながら、人間の声がまるで楽器のように感じられる作り。そして、ウェーバーは僕はたぶん「はじめまして」の作曲家ですが、爽やかなサウンドと、変化に富んだメロディで、かなり僕好み。曲のタイトルも、あまりひねってないところがとっつきやすいです。そして、シューベルトの歌曲は一人芝居の世界。
 ゲンツの歌唱はソフトな弱音を効果的に用いて、実に色彩豊か。オペラでお馴染みの「バリバリ歌いまくるバリトン」とは異なり、繊細さが魅力で、小さなホールで、一同息をつめて、一音たりとも聴き逃すまいというホールの一体感が心地よかったです。演奏には関係ないといえば関係ないのですが、自分の世界に入り込む演奏ではなく、客席をゆったりと見渡しながら「どう?」と反応を探りながらの演奏。何度も目を合わせてくれて、曲間のごあいさつではにこやかにわらいかけてくれ、LFJでは珍しくアンコールあり、終演後はロビーに出てきてサインに応じてくださるなど、なんだか「僕のための公演!」という気分にさせてくれるのが嬉しい限り。


2008年05月04日(日)21:30-22:20
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「316 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン

 S席 3000円 1階-12列-67番 (パンフレット:無料)

 指揮:クワメ・ライアン
 管弦楽:フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団
 ヴァイオリン:ネマニャ・ラドゥロヴィチ

 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61

 ネマニャ君というと、フワフワの髪の毛を翻し、細身の体を強調させるパンツで、体をのけぞらせて、まるでロックミュージシャンみたいに演奏する異端児、というイメージが強いのですが、確かに演奏する姿だけだとかなり特異なヴァイオリン弾きです。が、演奏自体はひねくれたことをしでかすわけではなく、しごく正統派。それでいて、唯一無二の超個性的な演奏なのですから「天才」と呼ぶくとに何の躊躇もありません。
 とはいえ、今まで聴いてきたのはロマン派ばかりで、自由が許される曲を楽しんでいましたが、今回は古典派の王道も王道、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とあって、楽しみ半分、ドキドキ半分で着席。重厚な前奏が流れる中、ニコニコとオーケストラの方向を向いて聴き入るソリスト。
 が、いざ、ソロが始まるとネマニャ節が炸裂。今は若いから良いけれど、メタボの国の方なので、そのうちギックリ腰を痛めそうだなぁ、と要らぬ心配をしてしまいましたが、ちょっとしたフレーズでの節回しといい、勢いの良さといい、もうノリノリ。今でこそ古典のコンチェルトですが、初演当時はきっと今回僕が感じたような斬新さを聴衆は感じたんだろうなぁと感じつつ聴いてました。これほどまでに生き生きとした古典の演奏も珍しいことです。
 演奏終了と同時に真っ先に大喜びしてたのがオケのメンバー。サポートしながら、ネマニャ君がかわいくて仕方ないっていうのがアリアリ。聴衆もスタンディングする人多数で、カーテンコールが何回あったことやら。音楽祭としての華やかな高揚感と、若手ヴァイオリニストの生きの良さ、そして演奏の高いクオリティで、素晴らしい時間を頂戴しました。
 今回は12列目とはいえ、上手サイドの一番端の席。国際フォーラムのホールAは横幅があるので、舞台中央がかなり遠いです。こんなんで音響は大丈夫かいな?と心配したのは杞憂でして、まるで音響反射板の中に一緒に座っているかのような素晴らしい音響。重厚な音から繊細な音まで、くっきりはっきり聞こえて、通常、オケの演奏に埋もれる箇所も珍しくないヴァイオリン協奏曲にもかかわらず、まるでCDを聴いているかのようにクリアな音空間。良い席でした♪


2008年05月05日(月・祝)12:15-12:55
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「412 東京都交響楽団」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン

 全席指定 1500円 1階-36列-10番 (パンフレット:無料)

 指揮:小泉和裕
 管弦楽:東京都交響楽団

 ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲
 シューベルト:交響曲第3番 ニ長調 D200

 着席後、ほとんどのプレイヤーが譜面台を眺めている中、やたらと客席を見上げてきょろきょろ顔が動いている人がいるなぁ、と思ったら……のぼぉちゃんでした。最近は大人しくなったと思っていたけれど、大きな会場だと結構目立ちます。こんなんだったら、前方席を抑えるべきだった!?!?
 オーケストラにも個性がありまして、ラテン系のオーケストラを聴いた後に日本のオーケストラを聴くと、端正で繊細な響きにホッとしたりします。都響の弦セクションは今日も爽やかです。でも、いきなりホルンの音が…割れてる!? こんなにひどいのに何でみんな冷静なんだろう??と思っていたら、今度はフルートの音もガッタガタ。どうやら、演奏ではなくて、僕が座った席の音響がよろしくなかったみたいで、そういえば、各楽器のバランスがかなり悪いわぁ。やはり、巨大ホールということで、席によって音響がバラバラなようです。残念。


2008年05月05日(月・祝)15:00-15:50
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「454 デジュー・ラーンキ」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン

 全席自由 1500円 (パンフレット:無料)

 ピアノ:デジュー・ラーンキ

 シューベルト:3つのピアノ曲より 変ホ長調 D94-2
 シューベルト:3つのピアノ曲より ハ長調 D946-3
 シューベルト:ピアノ・ソナタ第16番 イ短調 作品42 D845

 ハンガリーの三羽鳥のお一人、デジュー・ラーンキ。いつの間にやら頭も真っ白。巨匠の雰囲気を漂わせて登場です。常に無表情で、演奏中も前後のご挨拶もポーカーフェイス。全般的に「お祭り」の空気が漂うラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのコンサートとしては珍しく、アカデミックな雰囲気の会場となりました。
 ベレゾフスキーの時も思ったのですが、ラーンキの演奏も、体格を活かしての男性的な奏法。指を鍵盤に下ろすなんてとんでもない。なでるだけです。しなやかさだとか、勢いなど使わなくても、筋肉のみで、的確に指が動き回ります。結局のところ、ピアノは打楽器みたいなものですから、このタッチの差による音色作りは、出せない人にとっては逆立ちしても無理ってもんです。ヴェルベットのようななめらかな響きの中で、音色の違いが次々と繰り広げられ、二列目という至近距離で眺めたせいか、ただただ唖然としてきました。たとえて言うならば、高速道路を時速100kmで走る際、軽自動車と3ナンバー車とでは、同じ速度であっても乗り心地が段違いなのと共通するのではないでしょうか。
 と、演奏技術については、勉強を通り越して、なんだか練習拒否を起こしかねないほどの至芸を見せていただきましたが、正直、シューベルトのピアノ曲って猫に小判なんです、僕にとっては。テクニックなどはさておき「この曲弾きたい!」とも「この曲をいろんなピアニストで聴き比べてみたい!」とも思うことはなく、あまり興味を持てないんです。難しそうな割に演奏効果はなさそうだし、血が沸き立つような音楽でもないし、何よりも音大の試験に登場しそうな曲だし……てなわけで、今回のラーンキが適任だということを再認識。


2008年05月05日(月・祝)16:45-17:45
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「316 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団」
東京国際フォーラム ホールA シュパウン

 A席 1500円 2階-16列-28番 (パンフレット:無料)

 指揮:クワメ・ライアン
 管弦楽:フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団

 シューベルト:交響曲第8番 ハ長調 D944「グレイト」

 昼間のコンサートでは音響に不満のホールAですが、二階席はさすがに快適。距離がある割に意外と音圧があり、音がビンビン飛んできます。適度にブレンドされたサウンドが心地良い空間です。でも、さすがに一日中フラフラ歩き回っていると、この時間になってどっと疲れが出てくるのも事実でして、睡魔に襲われることはないのですが「気持ち良いなぁ」というトランス状態になって頭空っぽにして快感に浸る1時間。1500円という破格ならではのコンサートのお楽しみ。


2008年05月06日(火・祝)09:15-10:00
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2008
「541 オーケストラ・アンサンブル金沢」
東京国際フォーラム ホールC マイアーホーファー

 S席 2000円 2階-1列-54番 (パンフレット:無料)

 指揮:井上道義
 管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢

 シューベルト:序曲 ニ長調 D590「イタリア風」
 シューベルト:序曲 ハ長調 作品170 D591「イタリア風」
 シューベルト:交響曲第6番 ハ長調 D589

 連休だというのに、仕事の日よりも早く家を出ることになろうとは! でも、そんなお仲間も約1000人。指揮者のみっちーからは「もの好き」扱いされてしまいました。でも、実はラ・フォール・ジュルネ・デ・金沢が5/3〜5/5は開催されていて、レジデンス・オーケストラとして夜まで公演があったとかで「このホールは初めてなのに、ゲネプロする余裕もない強行スケジュールなんです」と。過密スケジュールの中のぶっつけ本番。
 人間、疲れがたまると妙なハイテンションになりますよね。オーケストラも客席もそんな感じ。前半の二つの序曲はどちらも「シューベルトではなくロッシーニ作曲では?」という軽やかで楽しい曲なのですが、その曲が終わる前に、何を勘違いしたのか「ブラボー!」の掛け声が。たぶん、声質からいって、子供なのですが、睨みつけるでなく、シーと掛け声が飛び交うのでもなく、なんと舞台も客席も爆笑。マエストロ・みっちーなんて、本当の終わりの際は、オケへのキュー出しよりも、三階席に向かって「これが本当のお終いだよん」と大アピール。
 もはや、シンフォニーともなると、朝のコンサートなのに、アンコール、もしくは打ち上げコンサートのノリ。プロに対して「伸び伸びとした演奏」なんて言うのは失礼でしょうが、無駄な力皆無の、それでいて、余裕しゃくしゃくの何とも素敵な演奏。このコンサートが僕にとって、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのマイ楽なのですが、素晴らしいフィナーレに、思わず涙。幸せな音楽祭でした♪


2008年05月07日(水)18:30-21:25
東宝「RUDOLF」@帝国劇場

 B席 4000円 2階-L列-22番 (パンフレット:1500円)

 演出:宮本亜門

 皇太子ルドルフ:井上芳雄
 マリー・ヴェッツェラ:笹本玲奈
 ステファニー:知念里奈
 ラリッシュ:香寿たつき
 フランツ・ヨーゼフ:壤晴彦
 ヨハン・ファイファー:浦井健治
 ツェップス:畠中洋
 ウィルヘルム:岸祐二
 エドワード:新納慎也
 ブラットフィッシュ:三谷六九
 ターフェ:岡幸二郎

 日本のミュージカル・ファンにとっては、「うたかたの恋」「エリザベート」「恋人たちの肖像」etc...でお馴染みの登場人物がズラリです。実在の人物を舞台化する時は、その人の生涯のどの部分をクローズアップするかによって、観客の受ける味わいが変わってくるものですが、様々なアプローチによって表現されることにより、一人の人物を多面的に眺める事が出来、普遍的な部分とクローズアップされた部分が際立つというのが面白いところです。
 今回の「ルドルフ」はウィーンの人物をアメリカ人が絡んで作り上げたミュージカル。僕の偏見かもしれませんが、顔で笑って心で泣いてといた、複雑な感情表現よりも、シンプルで直線的な表現げ目立つような気がしました。一曲ごとにブツ切りのクンツェ&リーヴァイ作品に馴染んでいると、何ともなめらかな音楽運び。アメリカン・テイストが加わっていて、耳馴染みはかなり良いです。でもって、印象に残る曲は…正直ありません。クライマックスで歌いあげられる「TRUE LOVE」はいかにもワイルドホーン節ではありますが、ロッシーニじゃあるまいし、使い回しも甚だしいですし。(同時期に「スカーレット・ピンパーネル」が上演されるのは、阪急東宝グループとしての確信犯なんでしょうか)。  とりあえず、ルドルフもマリーも瞬間湯沸かし器のように、激昂し、叫びまくります。正直、立場だとか大人としての言動や苦悩があまり描かれてないので、KY=空気読めない、困ったチャンたち、と僕には見えてしまいました。権利意識に芽生えた中学生が、自分のスキルや回りへの影響を考えずに、わがまま言いたい放題状態。これが、登場すれば一同思わず「ははぁ」とひれ伏すような品位あるルドルフならともかく、妻のステファニーをこれでもかっというほど邪けんに扱う男が「オーストリア国民のために」と息巻いたところで説得力なんてありません。父親の話もちゃんと聞けない男が一人一人意見の違う国民をまとめあげられるなんて、本人がいくら声を張り上げたところで説得力ゼロです。
 もちろん、これらは持ち味の部分が大きいので、本人たちの非ではないのですが、何ともミスキャストの印象が拭えず、そして主人公たちに感情移入できないままフィナーレとなるのが残念。皇太子ルドルフ:井上芳雄は中音域の発声がかなり改善され、ちょっと前までフラフラ音を取るのがやっとだったポイントでもしっかり感情を込めて歌詞が乗せられるようになっていて、危なげない出来。ただ、東宝の「貴公子」としての売りとは裏腹に、庶民的な井上芳雄という役者のキャラクター(マンション暮らしの庶民ってイメージありません? お屋敷のお坊ちゃんタイプじゃないんですよねぇ)も影響してか、庶民の考えを超越したピュアな二人という、甘いムードは皆無。マリー・ヴェッツェラ:笹本玲奈もパワフルな歌声で、一幕ラストなどかなり聞かせますが、そのたくましさが災いして、煮え切らない台詞の数々が似合わないったらありゃしません。「レミゼ」においてコゼットではなくエポニーヌが割り振られるキャラクターということで、いくら格が落ちるとはいえ、貧乏貴族なのに婚姻申込のある令嬢には見えないのが痛い。ラリッシュ:香寿たつきが「みんながあなたの決断を待っているのよ!」とマリーを叱り飛ばすのもむべなるかな。難題に屈してルドルフからの心中に同意するのではなく、煮え切らないルドルフのおしりをひっぱたいて、アメリカあたりに亡命しちゃいそうなイメージです。(余談ですが、映画「タイタニック」における、ディカプリオ&ウィンスレットを思わせるカップルですね。
 さて、久しぶりに東宝ミュージカル、大型ミュージカルに登場の亜門さんの演出ですが、登場シーンは天然色映画から抜け出してきたかのような、ゲイゲイしい美術におののき、岡幸二郎扮するターフェが登場する劇場の場面の黄金の額縁の眩さに目がくらみ、久々のヒット!という予感だっただけに、何とも尻切れトンボでした。盆もセリも使っているのですが、今一つ豪華さに欠けます。舞台床面が下品なグリーンというのも影響しているのでしょうか。装置も舞台も上記シーン以外はバランス今一つ。コスプレ作品にもかかわらず、細かく激しく動かしてしまう振り付けも、作品の品格落としにつながってしまったのかもしれません。多彩な登場人物の一人一人に見せ場を与えて、役者を大切に扱うあたり、相変わらず亜門さんのお人柄を感じるのですが、下々がどう頑張ってもトップの位取りがびくともしない、大地真央・座長公演とはことなり、個性薄めのサッパリ味の若手主演公演でこの気遣いは観客にとっては有難迷惑。群集劇でもありますまいに、せめてタイトルロール位は絶対の扱いをしていただかないことには、最近好調とはいえ、ベテランが揃ったカンパニーですもの、井上芳雄&笹本玲奈は手も足も出ますまい。
 とはいえ、急な作品変更にもかかわらず、主要キャストはうまくリンクさせ、それなりにみせきったことはスゴイことです。ステファニー:知念里奈はアイドルとしての輝きを「私はアンタ(=マリー)とは違うのよ」という凄味に昇華させ、ラリッシュ:香寿たつきは大人としての分別と遊び心が、ある意味一番共感を呼び、フランツ・ヨーゼフ:壤晴彦とツェップス:畠中洋は苦手な歌もそつなくこなし、ヨハン・ファイファー:浦井健治は斬新な役作りで新たな境地を開き、エドワード:新納慎也、ブラットフィッシュ:三谷六九は短い出番の中で強い印象を残し、ターフェ:岡幸二郎は憎まれ役としては中途半端な台本ながら、庶民のコンプレックスをルドルフの挑発へと向けることに成功などなど、みなさんなかなか健闘。(あ、ウィルヘルム:岸祐二は動きはロボットで、表情も硬く、オーストリア貴族というよりも、甲冑着せて戦国武将を演じさせた方が似合いそう、と思ってました)。
 ……でも、みなさん頑張ってるのに、集団としてのパワーにはつながらず、今一つ印象の薄い舞台なんです。ここはやはり元の台本が良くないと言わざるを得ません。ルドルフ&マリーの恋愛なのか、ルドルフvsターフェの政治物なのか、はたまたルドルフvsフランツ・ヨーゼフの家族物なのか。多彩な状況を描いたといえば聞こえは良いんですが、所詮「どれも中途半端」には違いありません。冒頭で書いたように、お馴染みのお話なので、ここはどこかにポイントを絞っていただきたかったかと。そして、この台本だと亜門さんの弱点がモロに出てしまうので、出来れば他の演出家の方が適任だったかと思ってます。。。


2008年05月10日(土)14:00-16:55
新国立劇場オペラ「ツィンマーマン:軍人たち」@新国立劇場 オペラパレス

 C席 7350円 3階-4列-51番 (パンフレット:800円)

 演出:ウィリー・デッカー
 指揮:若杉弘
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 ヴェーゼナー:鹿野由之
 マリー:ヴィクトリア・ルキアネッツ(クラウディア・バラインスキーの代役)
 シャルロッテ:山下牧子
 ヴェーゼナーの老母:寺谷千枝子
 シュトルツィウス:クラウディオ・オテッリ
 シュトルツィウスの母:村松桂子
 フォン・シュパンハイム伯爵 大佐:斉木健詞
 デポルト:ピーター・ホーレ
 ピルツェル 大尉:小山陽二郎
 アイゼンハルト 従軍牧師:泉良平
 オディー 大尉:小林由樹
 マリ 大尉:黒田博
 3人の若い士官:中嶋克彦 / 布施雅也 / 倉石真
 ド・ラ・ロッシュ伯爵夫人:森山京子
 若い伯爵・伯爵夫人の息子:高橋淳
 ラ・ロッシュ伯爵夫人の召使:木幡雅志
 若い見習い士官:青鹿博史
 酔った士官:川村章仁
 3人の大尉:細岡雅哉 / 藪内俊弥 / 浅地達也

 どうやら「エビ―タ」のようなお話のようです。身分格差から抜け出そうと、男たちを踏み台にしてのし上がろうとする女=マリーの一生。残念ながら、エビータとは逆に、のし上がるどころか没落一筋なんですけどね。でも、肝心のマリーの書き込みが薄いので、なぜ振られるのか、なぜ没落するのかがわからないんです。そもそも、上昇志向があるのか、単に男にだらしないのかすらわかりませぬ。カルメンのように男を惑わす女なのか、マノンのように男に頼る女なのか、はたまたムゼッタのように男たちと楽しむ女なのか??? とにかく、場面が変わると、相手役が変わっていて途中経過がわからぬまま、そしてマリーの考えすらわからぬまま状況設定だけ変わっていくのがなんとも居心地の悪い台本です。主人公に感情を込められないんです。後先を考えない「馬鹿なオンナ」になり下がった結果、シュトルツィウスも「アホなオトコ」に見えちゃって、とにかく主演コンビに魅力がないのですから仕方ありませぬ。古典オペラのように「この曲を歌うんだから主役も納得」なアリアがあるわけでもありませんしね。シュトルツィウスだって、母親との関係も不明、マリーとの関係だってどこまで進んでいたんだか。もし、違ったらとんでもない間違いなのですが、どうも知恵遅れ(知的障害者)の一生なのではないかと。感情はあるんだけれど、支離滅裂で、外部からの働きかけには一切反応しないあたり、なんとも背筋が冷たくなるオペラです。
 それにしても、ここ最近のオペラは暗くて重いものばかりで、ロマンティックだとか、楽しい笑いは過去の遺物とばかりにされているのが残念な限り。「軍人たち」は、予習なしの初見ゆえ、音楽もお話も初めて触れる作品です。パンフレットに「20世紀オペラが敬遠されるのは、食わず嫌い」みたいなエッセイが書かれていましたが、極力先入観をなくして観た結果……つっまんない作品でした、僕にとっては。進行大規模なオーケストラの不協和音によって幕が上がります(というか、歌舞伎座よろしく、上から幕が落ちてきます)。おそらく、この作品が初演された時にはかなり衝撃的だったことと思います。が、シンセサイザーやらミュージカルやらに慣れた耳には期待していた程の衝撃はありませぬ。おまけに新国は東京文化と違い、優しくまろやかな音響ゆえ、耳に優しいサウンドです。マーラーの千人の交響曲みたいな感じかと思っていたら、肩透かし。とはいえ、複雑怪奇なスコアで、オケの面々はかなり弾き込んでいるようで、緊張感でピリピリ。
 さて、第一幕は場面ごとに登場人物が異なり、そしてなぜだかわからないけれど、登場人物の誰もがイライラ&ピリピリ。マリーとシュトルツィウスは互いに好きあっているのに、何を悩んでいるのかがわからないんです。マリーの父親も、シュトルツィウスの母親も、わが子の恋人が気に入らなくて怒っているのか、わが子の腰の重さに怒っているのか。意味不明のことばかり口走っていて、実は設定がわかりませぬ。と、そこへ、マリーを誘惑しにくるデポルト男爵が登場。マントヴァ侯爵のように女ったらしなのか、本気なのか遊びなのかよくわからないうちに、シュトルツィウスが怒り心頭になるのですが、本当に恋のさや当てで頭に来ているのか、オモチャを取り上げられた子供のように怒っているのかが謎。
 休憩を挟んだ第三幕では、何の前触れもなく、マリ大尉たる軍人が登場。そして、観客がマリ大尉の存在に慣れた頃にはこんどはラ・ロッシュ伯爵が登場。まったくもって、モテモテ女ですが、みなさんマリーのどこに惚れてるの!? このオペラの白眉はラ・ロッシュ伯爵のお母様。黄色の華やかなドレスとロココ調子の桂の素敵な姿で登場するのですが……歌いだしたらカルロッタ。ロイド・ウェバーではなく、コピット版のファントムが「僕はこれから毎日あの歌を聞かされるのか???」と怒り狂う場面がありますよね。歌い方といい、ヘンテコリンなメロディーといい、まさに出雲綾の世界。彼女が声を張り上げる度にゲラゲラ大笑いしてしまいました。オペラのパロディが登場するとはなんとっ!な場面です。このお母様、ヒギンズ教授みたいなところがありまして、マリーの教育を買って出るのですが、イライザのようなスキルアップに対する高い意識など持ち合わせてないマリーのこと、いつの間にやら娼婦へと転落して登場します。この部分の装置は、ウィーン版「エリザベート」のチェスの場面のように、舞台床面がかなり急な傾斜になります。でも、脚本がミュージカル寄りで、場面転換の多さや、同時に三つのストーリーが進行したり、という見せ場が設けられているというのに、演出は全くなしのつぶてなんです。正直、同時進行の件は休憩時間にパンフを読んで初めて知ったのですが、新国の舞台機構からすれば、舞台のセリ上げ、セリ下げを音楽とリンクさせ、身分差をドラマティックに描いてみたり、回り舞台で次から次へと階層社会を表現したり、いっそのこと、盆を回しながらセリ上げ・セリ下げを行うなど、もっとスピーディな転換、踏み込んだ表現が必要だと思うんです。場面ごとのつながりが悪いので、プツプツとストーリーが途切れてしまい、あまりのつながりのなさに「これは何の場面?」とわかりにくくなることも多々。古典オペラのように様式で見せる作品ならばともかく、現代オペラはもっと時代に即した演出が必要なのではないかと思いながら観ていました。このような作品こそ、小池さんや亜門さんの出番だと思うんですけどね。
 バッハからジャズまで、と宣伝していた音楽も、突っ込んだコラボがあるのでなく、入り組んだ話も含めて、何もかもが中途半端なオペラという印象。もちろん、スタッフはよくぞまとめ上げたと思います。ロビーに展示されていたスコアは、眺めただけでは響きが想像できない複雑さでしたし、コーラスは斜め方向に設置された八百屋舞台の上でマスゲームをこなしていましたし、やたらと登場するソリストは、よくぞ歌いだしのタイミングやらメロディを覚えたもんです。僕はクラシックにおける古典音楽は大好きですし、ロックやPOPSなどの現代音楽も楽しんでいますが、どうもクラシックの世界における「現代音楽」は今なお馴染めないんです。あ、コンテンポラリーダンスもですけど。どうも、血を湧かせる音楽でもなく、ロマンティックでもなく、とっかかりが悪いんです。今回も第一幕のあたりでは「吹奏楽コンクールの課題曲みたいな音楽だなぁ」と聴いていたのですが、今になって、どのフレーズ一つ印象に残ってないのですから困ったもんです。(演奏する時はこういうの面白かったりするんですけどね)。とにもかくにも、20世紀の傑作オペラも、僕の前では猫に小判でございました。
 歌手は波こそありましたが、みなさん真摯に歌いこんでました。ゆえに、余裕がなく、どの役も同じに見えた(あ、これは白塗りメイクのせいもあります)のが残念。そういえば、今回のプロダクションの味わいって、浅利慶太の「ジーザス・クライスト=スーパースター」の演出に似ていませんか? 色遣いといい、群衆の無個性的扱いといい、主役よりも脇役の方が美味しかったりするあたりといい。って、今回の観劇日記書きながら「色んなミュージカルのパロディとしてブラッシュアップしたら面白いかも」なんて思っております。


2008年05月18日(日)14:00-16:55
新国立劇場バレエ団「ラ・バヤデール」@新国立劇場 オペラパレス

 C席 4200円 3階-R9列-51番 (パンフレット:800円)

 振付:マリウス・プティパ
 演出・改訂振付:牧阿佐美
 指揮:アレクセイ・バクラン
 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 ニキヤ:スヴェトラーナ・ザハロワ
 ソロル:デニス・マトヴィエンコ
 ガムザッティ:西川貴子
 ハイ・ブラーミン(大僧正):ゲンナーディ・イリイン
 マグダヴェヤ:吉本泰久
 黄金の神像:八幡顕光

 インドを舞台としたエキゾチックな作品ですが、ミンクス作曲の音楽だけだとかなり西洋風。民族舞踊が登場するわけでなく「西洋人がイメージする東洋かなぁ」と。おまけに、主演がザハロワ&マトヴィエンコというロシアン・コンビゆえ、装置や衣装はエキゾティックですが、あまりインドを意識しないで観ちゃいました。とはいえ、モンペ&ブラの組み合わせの女性ダンサーの衣装はかなりセクシー。でもって、お腹のペッタンコ具合が強調されること、強調されること。片手でオペラグラスを構えながら、もう片方の手で自分のお腹をモニュモニュしてしまいました。
 さて、そのザハロワですが「素晴らしい」の一言に尽きます。技術的にも、精神的にも今がダンサーとしてベストの状態ではないでしょうか。元々、腕使いの細やかさには定評のある人ですが、衣装の関係で、筋肉の動きが良く見えて、それが何とも美しいんです。人間ってこんなに美しい動きが出来るんだ、という感動です。おまけに手足が長く、普通の人より手首から先の分位長いんです。足だって、トゥ・シューズの分長い感じ。通常、手足の長いダンサーはそれを持て余してしまい、ゆるい踊りを披露しがちですが、ザハロワの場合、きっちり動きをコントロールしていて、体中の筋肉でスピードや力加減を調整しているのが見てとれ、ピシッと決まる動きに溜息。力まなくても大きな表現が出来てしまうのですから! それでいて、終幕では「本気を出せばこんなもんよ」とばかりに、パワフルにクルクルと踊っちゃうのですから、その代わり身の早さにもオクチアングリです。長い手足を、しなやかにコントロールして見得を切られてしまうと、圧倒的オーラで客席が満たされるってもんです。
 マトヴィエンコは永遠の少年役ダンサーと思っていたのに、いつの間にやらたくましくなり、軍人役も違和感がなくなりました。この人も手足が細長いのですが、ジャンプは高いし、リフトは力持ちだし、何とも超人的。さすがに大柄なザハロワ相手だと「踏ん張ってます」的な場面がリフトの際になかったとは言いませんが、安定したサポートぶり。
 と、主演コンビのプロポーションが良すぎて、ガムザッティ以下、新国バレエ団の面々は割を食ってます。手足が短いので、かなり見劣りするのと、小柄ゆえか力いっぱい踊ってしまい、その結果、一本調子になってしまう方もチラホラ。「白鳥の湖」などではチュチュや豪華な衣装で目立たないけれど、シンプルな衣装ゆえ、ちと目立ってしまいました。だからといって、力を抜いてしまうと、手抜きに見える恐れがありますし…難しいところですね。
 マグダヴェヤで吉本泰久が久しぶりに新国の舞台に登場し、ブロンズ・アイドルは八幡顕光が元気いっぱいに暴れてました。そういえば、ブロンズ・アイドルは裸に金粉を塗りたくる関係で、皮膚呼吸ができず、出番が終わったらすぐにお風呂で洗い流さないと危険なんだとか。ま、全身火傷を負ったようなもんですものね。ダンサーも命がけだぁ!!
 ソロルがアヘンに酔って見る夢=鏡の王国は、シンプルながら延々と繰り返される同じ振りつけで、一人ずつジグザグに設置された坂道を降りてくるのですが、ラヴェルのボレロを聴いている時のような、トランス感覚が訪れるのと同時に「先頭のダンサーにはなりたくないな」とその不変の繰り返しに敬意を感じます。そして、真っ黒だった大道具が、トゥ・シューズにはたきこまれた松脂の粉で真っ白になったのを見て、あらためてバレエ団の面々の神経を張りつめた至芸に感服したのでした。決して派手な振り付けが登場するバレエではありませんが、凄い技術の連続に窒息しそうでした。アップアップです。素晴らしかった〜♪ 先週のオペラとたまたまですが上演時間は一緒にもかかわらず、体感時間は段違い。あっという間の三時間でした。


2008年05月20日(火)19:00-21:10
来日カンパニー「Riverdance」初日@赤坂ACTシアター

 全席指定 12000円 1階-R列-6番 (パンフレット:2000円)

 すでに何回観ているか数えるのが面倒になっている「Riverdance」ですが、日本公演も何度目になるんでしょうか。今回は赤坂ACTシアター公演。この劇場、この春にこけら落としされたばかりの新しい劇場ですが、建て替え前の「赤坂ミュージカル劇場by劇団四季」の雰囲気を踏襲していて、ロビーほとんどなし、客席かなりチープという、なんだか窒息しそうな小屋で、ちと僕の好みではないのですが、ロビーをガラス張りにし、内装と劇場外の階段を同素材・同デザインで統一することにより、圧迫感を和らげる工夫はされていましたが、、、トイレ前の廊下なんて、我が家より狭いかも、と思える窮屈さ。ま、この敷地に良くぞ詰め込んだもんだ!
 登場人数は大差ないと思うのですが、劇場サイズが小さく、セットは簡略化され、舞台上にバンド(こちらは人数激減)が乗り、よって、ダンサーたちのアクティング・スペースがかなり狭いです。客席に迫りくるような動きや、斜めの移動、体全身を使ってのフォーメーションなどは、広い会場での公演を観慣れているとちと寂しい気持ちになります。初日ということもあってか、手抜きではないんだけれど、力を100%出してないような、ちょっとした歯がゆさを感じました。これは、一幕での客席の反応が鈍い原因かもしれません。大きければ良いってわけじゃないけれど、作品にあった会場というのはあるのではないかなぁ、と思った次第です。国際フォーラムで良いやんねぇ。
 が、小さな会場とあって、オペラグラスを使わなくても大丈夫なのは嬉しいこと。中でも、フラメンコダンサーの至芸を堪能する贅沢は国際フォーラムでは無理。もう、この人凄かったです。一瞬たりとも動きが止まらず、そして同じ振りではなく次々と変化している大ナンバーなのですが、動きに余裕があって、プリーツたっぷりのスカートを蹴りあげ、布地が落ちてくる時間をちゃんとコントロールするあたり、ザ・プロフェッショナルでした。蹴りあげるタイミング、強さ、衣装の質感や動きなど、何もかもを計算してないと無理ってもんです。思えば、彼女の場面を持って、客席が熱くなったような気がします。一人舞台だから、舞台が狭いということもなく、ようやくパワー全開の場面となりましたし。
 残念ながら、今回のカンパニーの他キャストはややレベルが落ちている気がします。もちろん、一定の水準をクリアしてはいるのですが、プリンシパルの男性ダンサーは決めのポーズで見得を切りきれず流れてしまいますし、フィドル弾きは踊りながら弾き狂うことができず、一生懸命「歩いて」弾く(って、それだけでも凄いし、今までが別格だっただけなんですけど)ので、余裕がなくなっていたのが残念。僕にとって「Riverdance」の魅力って、超人的な事を涼しい顔してこなし「さ、楽しめ!」と客席に挑戦する事なので、いっぱいいっぱい感が見えてしまうと、気持ちが醒めてしまうんです。オリジナル・キャストに始まり、今まで素晴らしいキャストをさんざん観られたのは好運なことですが、おかげでちょっとレベルが落ちると……ね。
 とはいえ、たぶん、今まで色んなショーを観てきた中で一番好きな作品の一つが「Riverdance」なんです。本当は重いテーマを伴った作品なのですが、似たようなテーマの他国の作品に比べ、悲壮感がなく、ショーアップが垢ぬけているのがポイントかも。あ、。二幕が始まって間もなくの男性ソロですが「レーミーファー」とドラマティックに歌いあげる時はクラシックなのに「ミーレード」と軽く柔らかく降りてくる時は急に軽いPOPSの歌い方になって、多彩な発声も楽しめて面白かったです。アイリッシュ・コーラスも体に響かせるのではなく、芯のないホヤ〜ンとした女声(彩乃かなみっぽい)が何とも身に優しく染み入ります。激しいダンスと癒し系の歌、若さとスピードのダンスと、情感的で人生を感じさせるフラメンコ……なんとも対比のバランスが心地良いショーです。観たいもの、聴きたいものがタイミング良く登場するのですから。


2008年05月23日(金)13:30-16:30
「WIEN MUSICAL CONCERT」@梅田芸術劇場

 S席 13000円 1階-16列-25番 (パンフレット:2000円)

【第1部】
●TANZ DER VAMPIERE(ダンス・オブ・ヴァンパイア)より
♪Fur Sarah サラへ ルカス・ペルマン
♪Draussen Ist Freiheit 外は自由 ルカス・ペルマン&マジャーン・シャキ
♪Totale Finsternis 愛のデュエット マテ・カマラス&マジャーン・シャキ
♪Tot Zu Sein Ist Komisch死んじゃうなんて マヤ・ハクフォート
♪Die Unstillbare Gier 抑えがたい欲望 マテ・カマラス
●ROMEO UND JULIA(ロミオ&ジュリエット)より ♪Der Balkon バルコニー ルカス・ペルマン&マジャーン・シャキ
♪Herrscher Der Welt 世界の覇者 ルカス・ペルマン&マテ・カマラス&アンドレ・バウアー
♪Siehe Da, Sie Liebt 見て、彼女は恋してる マヤ・ハクフォート
♪Mein Liebes Kind いとしい我が娘よ アンドレ・バウアー
♪Liebe 愛 ルカス・ペルマン&マジャーン・シャキ
●REBECCA(レベッカ)より
♪Prolog プロローグ マジャーン・シャキ
♪Ehrlichkeit und Vertrauen 正直さと信頼 アンドレ・バウアー
♪I´m An American Woman 私はアメリカン・ウーマン マヤ・ハクフォート
♪Gott, Warum ? アンドレ・バウアー
♪Jenseits Der Nacht 夜が明ける ルカス・ペルマン&マジャーン・シャキ
♪Rebecca レベッカ マヤ・ハクフォート
(休憩)
【第2部】
●MOZART!(モーツァルト!)より
♪Schliess Dein Herz In Eisen Ein 心を鉄に閉じ込めて アンドレ・バウアー
♪Irgendwo Wird Immer Getanzt ダンスはやめられない マジャーン・シャキ
♪Dich Kennen Heisst Dich Lieben 愛していれば分かりあえる ルカス・ペルマン&マジャーン・シャキ
♪Gold Von Den Sternenn 星から降る金 マヤ・ハクフォート
♪Wie Kann Es Moglich Sein ? 神よ、何故許される マテ・カマラス
♪Wie Wird Man Seinen Schatten Los ? 影を逃れて ルカス・ペルマン
●ELISABETH(エリザベート)より
♪Wie Du パパみたいに アンドレ・バウアー&マジャーン・シャキ
♪Kein Kommen ohne Geh’n 愛と死の輪舞 マテ・カマラス
♪Der Letzte Tanz 最後のダンス マテ・カマラス
♪Ich Gehor Nur Mir 私だけに マヤ・ハクフォート
♪Elisabeth, Mach Auf Mein Engel エリザベート、開けておくれ アンドレ・バウアー&マヤ・ハクフォート&マテ・カマラス
♪Wenn Ich Tanzen Will 私が踊るとき マヤ・ハクフォート&マテ・カマラス
♪Wenn Ich Dein Spiegel Ware 僕はママの鏡だから ルカス・ペルマン
♪Die Schatten Werden langer 闇が広がる マテ・カマラス&ルカス・ペルマン
♪Boote In Der Nacht 夜のボート マヤ・ハクフォート&アンドレ・バウアー
♪Der Schleier Fallt 愛のテーマ マヤ・ハクフォート&マテ・カマラス

 ウィーン劇場協会の面々によるミュージカル・コンサートです。ウィーン・ミュージカルの代表作(&なぜかフランス・ミュージカルの「ロミオ&ジュリエット」)が登場するのですが、どれもこれもかなり丁寧に紹介されていて、一つ一つの作品の世界にどっぷり入り込むことができる反面…何とも長大な構成となってしまいました。今日は3時間でしたが、日によっては3時間半の日もあったとか!! 都内の公演だったら嬉しいけれど、帰りの飛行機の時間があるので、かなりヒヤヒヤものでした。
 前半は2006年に帝劇で上演された「ダンス・オブ・ヴァンパイア」、今年の5月に上演される予定だった「ロミオ&ジュリエット」、そして、今年の4月から上演中の「レベッカ」と旬の作品が揃った……と思っていたのですが、何でも、大阪はどれも上演されてないんだとか。字幕にて、丁寧にストーリーが解説されていました。もちろん、キャストの面々の熱演により、大きな拍手がわきあがりましたが、コンサートならではの役替わりも、微妙に盛り上がりに影響を与えるものでして、キャストはやや固く、そして、客席もお遊びについていけない様相を感じました。微妙な空気ってお互いに伝わるものです。とはいえ、その微妙な部分をキャストが楽しんでいるのが客席に伝わってきて、一緒に嬉しい気分になってしまうのですから、役者って時に凄いことをしてのけますね。
 でも、やはり白眉は「モーツァルト!」と「エリザベート」が登場する後半のようです。字幕不要なほどに浸透している作品ということもあって、客席のボルテージが上がります。マテは「愛と死のロンド」を日本語で歌っちゃうし、「最後のダンス」の最後はなぜか「エリザベーーート」と新歌詞を作っちゃうし、ちょこちょこと遊びがあるのですが、そんなちょっとしたお遊びに客席も大喜び。ここ数年の来日公演で、すっかり日本のファンを獲得し、黄色い声や熱い(暑い?)歓声がそこここで沸き上がってました。フィギュア・スケートのキャンデローロじゃないけれど、技術やルックスではなく、芸風で客席を熱くできる貴重なスターさんです。そういえば、最近の日本のミュージカル界はスマートな芸風の方が増えていて、この手のタイプは新鮮ですね。でも、マテがどんなに客席を盛り上げようと「主役はワタシよ」とばかりにマヤが涼しい顔で登場し、見事な歌唱力で大ナンバーを歌いあげれば「ごもっとも」とばかりに客席がひれ伏すのでした。素晴らしい貫録です。
 制作サイドの構成といい、出演者たちの熱演やインタビューでのはじけっぷりで、非常に楽しい舞台ではありましたが、個人的には「ロミオ&ジュリエット」は上演時間の面からも、舞台構成の面からも蛇足だったような気がしてます。ロメジュリのブロックとしては良かったんですけどね。全体のバランスを崩していた気がします。そして、梅芸だけでなく、ぜひ東京公演も実現していただきたかったです。各作品の上演状況を鑑みると、大阪よりも東京で公演すべきコンサートだったのではないでしょうか。ま、梅芸主催ですので、難しいんでしょうけど。


2008年05月27日(火)18:30-21:35
宝塚歌劇団月組「ME AND MY GIRL」@東京宝塚劇場

 A席 5500円 2階-9列-63番 (パンフレット:1000円)

 演出:三木章雄

 ウイリアム・スナイブスン(ビル):瀬奈 じゅん(剣幸→天海祐希→唐沢寿明→井上芳雄)
 サリー・スミス:彩乃 かなみ(こだま愛→麻乃佳世→木村佳乃→笹本玲奈)
 パーチェスター:未沙 のえる(未沙のえる→汐風幸→武岡淳一→武岡淳一)
 マリア公爵夫人:出雲 綾(春風ひとみ→邦なつき→初風諄→涼風真世)
 ジャスパー卿:北嶋 麻実(汝鳥伶→大峯麻友→花房徹→花房徹)
 ヘザーセット:越乃 リュウ(星原美沙緒→真山葉瑠→丸山博一→丸山博一)
 ジョン卿:霧矢 大夢(郷真由加→久世星佳→村井国夫→村井国夫)
 バターズビー卿:一色 瑠加(愛川麻貴→葵美哉→山賀教弘→阿部裕)
 ジェラルド:遼河 はるひ(桐さと実→姿月あさと→本間憲一→本間憲一)
 ブラウン夫人:美鳳 あや(邦なつき→夏河ゆら→有希九美→伊東弘美)
 ワーシントン夫人:天野 ほたる(朝みち子→梨花ますみ→家塚敦子→浅野実奈子)
 ジャッキー:城咲 あい(涼風真世→真琴つばさ→涼風真世→純名りさ)
 ソフィア・ブライトン:明日海 りお(朝凪鈴→風花舞→一倉千夏→高塚いおり)
 バターズビー夫人:憧花 ゆりの(京三紗→夏妃真美→白木美貴子→福麻むつ美)
 ※2008年月組(1987年月組→1995年月組→2003年東宝→2006年東宝)

 宝塚としては13年ぶりの再演になる「ME AND MY GIRL」です。今回の演は三木章雄となっていますが、故・小原弘稔のプロダクションを踏襲してます。ロンドン→ヘアフォードへの貴族たちの大移動を背景画の水平方向への巻き取りで、セリや回り舞台を効果的に使ってのヘアフォード家の門→玄関→居間へのすべるようになめらかな転換、大テーブルのカバーを外すと、一瞬にして舞台が地下のキッチンの調理台に変身するあたり、ランベスの街のセットが飛んで幻想シーンになるものの、ダンスナンバーに合わせてもとの街のセットに戻るあたり、ビックリするような変化ではありませんが、音楽とセットの見事な融合はは「これぞミュージカル!」な魅力に満ちてます。古い作品なので、音楽はノスタルジックで、最近はやりの「全編音楽」の作品ではなく、割と「音楽担当」「芝居担当」「ダンス担当」とスペシャリストに分かれた作りなのですが、芝居から歌への移行が突然ではなく、また曲の作りも、じわじわと伴奏→導入部分→本編と三段階の作りが多いので、観ていて「ここで歌って!」と思う箇所にタイミング良く音楽が入ってくるのが何とも心地よいです。レビュー・芝居の両方で舞台展開に定評のあった小原弘稔ならではの名演出ではないでしょうか。
 前回上演された、建て替え前の東京宝塚劇場と現在の東京宝塚劇場では、舞台のサイズもオケピのサイズも異なります。劇場建替え後の宝塚のオーケストラはかなり人員削減があり、今や弦楽器奏者はほとんどいないのですが、それに伴い、音楽の与える印象がだいぶ変わっています。シンセサイザーの代用を行っているとのことですが、音の味付けは機械には不可能なので、正直「盛り上げるべきところで盛り上がらないなぁ」という演奏。PAの調整も「なんでここで管楽器しか聞こえないのさ」的部分が多々で、結構のんべんだらり。お芝居のメリハリのなさって、実はこの演奏も影響しているのではないかと密かに思ってみたりもしてます。せっかく、音楽にリンクした演出が施されているのに、オケのレベルダウン(て建替え後はあまりにひどい状態が続いてますけど)にはただ涙するしかありません。
 でもって、オケの編曲を新しくしたのであれば、歌部分も直せば良いのに、と素人は思ってしまうのですが、男役と娘役のキーが滅茶苦茶で、特にサリー:彩乃かなみはかなりの難題を突き付けられてます。ビルのナンバーを男役のキーに合わせた結果、デュエットは超音波だし、ランベス・ウォークでは男役も真っ青な低音(よって、途中から音が取れずに叫んでごまかしっ)など、なまじ歌える人なだけに余計に編曲の粗が出てしまったみたい。その分、男役は歌いやすいキーです。あぁ、男上位な宝塚。
 さて、ロンドンのお芝居を宝塚で上演するとなると音楽以外にも問題は山積みです。脚色者がなくなっているので、初演から20年を経てるといても変えるに変えられないのでしょうが、階級社会や地域・歴史問題、他の有名ミュージカルからのセリフの引用など、シニカルな笑い(このあたり、ブロードウェイ・ミュージカルとは違うなと感じる部分です)は完全にスルー。どの役も華奢な女の子(一部女の子じゃないけどww)が演じるので、貴族と庶民の差、金持ちと貧乏人の差、地方と都会の差など「コメディだけれど、実は階級と差別のお話」というこの作品のベースを表現するのは難しく、正直、このあたりは「宝塚なんだし」と割り切って、バッサリ無視。このあたり「出演者を活かす」という意味で僕は嫌いじゃないのですが、その割にいかにも英語を直訳したな、というセリフが登場するので、結構気になってしまうもんです。宝塚にはスミレ・コードたるものが存在してはいますが、観客も見事に「この部分の笑いは無視しよう」とばかりに、クスッともしないのは何たる統率! 政治的台詞、セックス絡みの台詞は演じる側もちょっと引いているのですが、観客も腫物を扱うかのよう?
 さて、肝心のビルとサリーですが、ビルは貴族修行を始めればサリーの気持ちはそっちのけ、彼女がいなくなれば、こんどは手がつけられなくなるんだから、男って不器用。じつはこのあたり、満員電車での男たちの動きと似ているかも。一方、サリーは状況判断も、レディ修行も飲み込みが早いですね。ビルよりも一枚上手です。貧乏で教養はなくても、彼女なりにマナーを心得ているし、思いやりに満ちてます。昨今の日本のネエチャンたちのほうがやさぐれてるかも。下町の姉ちゃんで品も教養もないけれど、イイ女です。ビルがぞっこんなのも無理はありませぬ。


2008年05月30日(金)18:30-20:15
東京藝術大学「学生オーケストラ演奏会I」@東京藝術大学奏楽堂

 全席自由 無料 10列-8番 (パンフレット:無料)

 指揮:現田茂夫

 ラヴェル:マ・メール・ロワ
(休憩)
 シューベルト:交響曲第8番 ハ長調「ザ・グレイト」D.944

 今年の芸大オケ初お目見えです。今年は男の子のコンサートマスター。芸大=プロの舞台人養成学校というイメージが僕の中にはあるのですが、今年の学生オケはどこかの一般高校のオーケストラ部のような印象で、かなり素人くさい空気が漂います。これは、コンサートマスターのオドオドとしたステージマナー、女の子たちの大半が「素敵!」よりも「素朴」というタイプが多いことが影響しているのかも。今までの芸大オケ、特に弦楽器セクションは「芸大生の看板背負ってます」とばかりに、挫折を知らぬ自信に充ち溢れていただけに、かなり肩透かし。太っているのにさらに太って見えるブラウスやパンツを選んでいる女の子や、スーツをだらしなく着崩した男の子など「クラシックの世界で、人から見られる」修行中としては、微妙なんですよねぇ。ヴィオラには「お前はどこの企業のおっさんだっ!」な方もいましたし、チェロなんて仏頂面での演奏。芸大の花形(と僕が勝手に思っている)ヴァイオリンも、弓の真中部分だけしか使わず、動きを極力小さくした演奏スタイルの人あり。舞台人=見た目も大切だなぁ、と改めて認識。芸大も授業の一環として、ビューティーレッスンやウォーキング講座が必要なのかも。
 さて、一曲目は難曲です。フランス音楽って、音の微妙な混ぜ合わせや色の調合など「テクニックだけでは演奏できない」部分があるじゃないですか。同居人曰く「恋してないと演奏できない音楽」なのですが、まだ高校生にすら見える若者たち、そして、色気ナシの子たちの演奏なので…かなり退屈。また、テクニックの面でも、管楽器を中心にボロボロと…。でも、新年度早々のオケでの演奏ということを差し引くとかなり立派なもの(って、いつから編成されて、どの程度リハーサルしているのかは存じませんが)。それに、プロと違って「得意なものを聴かせる」のではなく、「苦手なものも含めて一通り演奏してみる」のもこのオケの使命と考えると、あえてハードルの高いこの曲を演奏を取り上げるのにも意味があるんでしょう。でも、学生のオケだと、不思議とボロが出てても飽きないんですよね。舞台の見た目は突っ込みどころ満載だし、時折「おぉっ」な演奏も登場し(今回はヴィオラ首席の子が実に素晴らしかったです)、とりあえず技術だけでねじ伏せようという学生ならではの若さもプロでは出会えないあおさが初々しいです。
 休憩を挟んでの後半は「楽譜通りに演奏すれば、とりあえず盛り上がるロマン派」ということと、弦楽器が活躍する千曲ということもあり、前半の固い演奏とは打って変わって、のびやかな演奏。楽章が進むにつれ、ヴァイオリンの1stプルトから徐々に狂乱していくのが見もの、聴きもの。この状態になれば、もう独断場。熱くて集中力があって、何とも瑞々しい演奏。曲順がラヴェル→シューベルトで良かったです。逆だったらと思うと…おぉ、オソロシイ。。。