観劇日記〜2008年07月〜
06日(日) 13:00 東宝
「デュエット」
シアター・クリエ
06日(日) 13:00 歌舞伎座百二十年 七月大歌舞伎
「高野聖」
歌舞伎座
15日(火) 18:30 宝塚歌劇団花組
「愛と死のアラビア」
「Red Hot Sea」
東京宝塚劇場
21日(月・祝) 13:00 アメリカン・バレエ・シアター
「海賊」
東京文化会館
22日(火) 18:15 東宝
「ミス・サイゴン」
帝国劇場
23日(水) 18:30 アメリカン・バレエ・シアター
「白鳥の湖」
東京文化会館
31日(木) 15:00 パリ国立オペラ
「ワーグナー:トリスタンとイゾルデ」
オーチャードホール


2008年07月06日(日)13:00-15:35
東宝「デュエット」@シアタークリエ

 全席指定 10500円 10列-23番 (パンフレット:1500円)

 演出:(アレン・ベルナップ→井上思→)鈴木勝秀

 ヴァーノン・ガーシュ:(西城秀樹→川崎真世→)石井一孝
 ソニア・ウォルクス:(鳳蘭→安寿ミラ/鈴木ほのか→)保坂知寿
 (1984・1986年日生劇場→1997・1998年アートスフィア→)2008年シアタークリエ

 10年に一度の割合で東京公演されている「デュエット」の原題は「They're Playing Our Song」なのですが、劇中のレストランの場面が象徴的なように、「聞いて、聞いて! この曲、私が書いた曲!!」ってなところでしょうか。原題は曲の完成後をタイトルにし、邦題は曲を作る過程をタイトルにしてるのですが、なかなかお洒落なネーミングですよね。タイトルが長い作品の場合、その一部だけを切り取るのが最近式ですが、80年代はまだ翻訳者にも余裕があったとでも言いましょうか。
 今回の売りは何といっても保坂知寿。劇団四季退団後の初舞台とあって、話題沸騰の作品ではあるのですが、劇団四季時代の作品とはかなりカラーの異なる作品とあって、実はヒヤヒヤしながら観劇を迎えたのでした。「劇団」という枠の中で、勝手知ったるスタッフとの舞台作りとは異なり、昨日初日を迎えたばかりの舞台はまだまだ固さが感じられるものでした。が、ベテランの保坂知寿がここまで初々しい姿を見せるなんて、今後二度とありえないでしょうから「貴重なものを見せてもらった」という気分。
 さて、ストーリーはシンプルです。売れっ子作曲家のヴァーノンは真面目人間、そして新進作詞家のソニアは周囲を困惑させる程マイペースなちゃらんぽらん人間。この二人が仕事を通じてステディな関係になるのですが、ソニアは元彼のレオンとの縁がなかなか切れなくて……というだけ。今もどこかのカップルの喧嘩の種になっていそうでしょ。常識で生きようとするヴァーノンがソニアの突拍子もない言動に翻弄されるのが面白いお話なのですが、はっきり言って今回はミスキャスト。だって、石井一孝がかなりマイペースで舞台をひっかきまわしちゃってて、保坂知寿がイッパイ・イッパイになってるんですもの。今回は残念ながら、良い意味でのイメージ裏切りがなく、ヴァーノンとソニアというより、石井一孝と保坂知寿が全面に出てしまったがゆえに、コメディ色が薄れてしまった気がします。この二人、役どころが逆だったらかなり面白いと思うだけに、もったいないです。
 石井一孝は「ここは帝劇ではありません!」って程に声を張り上げ、汗をまき散らしながらの熱演。タイトルに反して、歌声のハーモニーを無視した歌唱は、余裕がなかったのか、単なる独りよがりかは不明ですけど。それに対し、保坂知寿は意外にも声量がなく、歌詞が聞き取れない状態。たった二人のメインキャストなので、もっと大事に扱って欲しかったと残念になってしまいました。もっとも、保坂知寿は今までの公演も初日の段階では出来が悪く、ケチョンケチョンな観劇日記だったのが、公演回数を重ねるうちに、時にオリジナルキャストを超える名舞台を見せる瞬間もあるという、不器用型のスターなので、これから千秋楽に向けて、かなり化けるのではないかと期待してます。とはいえ、劇団四季とは異なり、今後短期間のステージも増える中、どのようにキャリアを磨いていくのかがちょっと心配。
 でもって、今回の演出・音楽スタッフが二人の個性を無視した作りで、ロック・テイストを全面に押し出したような印象を受けました(実際は知りませんが)。ボーイズ&ガールズにソウルフルな面々を揃え、厚みのあるコーラスを聴かせたものの、それによって、保坂知寿は苦手な低音域がかき消され、石井一孝はとりあえず大声で勝負と打って出てしまったのですから「役者を活かす演出家」という印象は皆無。音楽面の余裕のなさ、芝居の手探り状態もあって、この作品にしてはかなり笑いが少なかったようです。回り舞台いっぱいに「足のないグランドピアノ」が設置され、ピアノの中=部屋の中という舞台装置も企画倒れで、ボーイズやガールズの登場方法の足かせとなり、ただでさえ狭いシアタークリアの舞台なのに、カーテン前芝居程度のアクティングスペースしかないので、結局のところ、歌もダンスも「ミュージカルならではの魅力」をもぎ取られてしまったような感覚。「一回り大きな博品館劇場」といった趣のシアタークリエ、ミュージカルの上演にあたっては、スタッフの熟成が大きな課題になりそうですね。


2008年07月09日(水)19:20-20:45
歌舞伎座百二十年 七月大歌舞伎「高野聖」@歌舞伎座

 一幕見席 1500円 4階-2列-40番 (パンフレット:1200円)

 女:玉三郎
 宗朝:海老蔵
 薬売:市蔵
 次郎:右近
 猟師:男女蔵
 百姓:右之助
 親仁:歌六

 帝劇あたりだったら、休憩を入れて一夜の演目にしそうな作品を、歌舞伎座は平気で一幕物としてノンストップ上演してしまうのですから、毎度のことながらシャッポを脱ぎつつ、お尻が痛くてヒリヒリ。そして、一幕見席のチケット購入のために並んでいる時から「飲み物は控えておこう」と。
 今宵の出しものは、泉鏡花の代表作「高野聖」です。タイトルはかなり有名ですが、舞台で観るのは初めて。ストーリーは「ヘンゼルとグレーテル」みたいな感じで、お菓子の家ならぬ、山の中の一軒家に足を踏み入れたら最後、動物に姿を変えられてしまうという、夏にぴったりの怪談もどき。歌舞伎座はやたらと間口が広い舞台ですが、ほとんど海老蔵と玉三郎の二人芝居。求心力のある二人で、舞台のスカスカ感じはほとんどないのがサッスガ。
 かつてはお姫様役者として名を馳せた玉三郎ですが、ここ最近やビッチな女やら、妖怪もどきやら、すっかりイロモノ役者として定着している印象があります(たまたま僕が観ている作品がそうなだけなんでしょうけど)。今日も、女:玉三郎がやりたい放題です。「一泊させてください」という宗朝:海老蔵が「一人で行きます!」と言ってるのに、水浴び場までついてきて「さっさと服を脱ぎなさい」と逆お代官様〜をやっちゃうわ、ようやく一人くつろいで水の中で「ふぅ〜」とリラックスしていると、いつの間にやら裸になって一緒に水の中にいたりして、初対面の人にこんなことされたら、思わず「ひぃぃ〜」ですよ。思いっきりドン引きの宗朝:海老蔵相手に、これでもかって迫る女:玉三郎の怖いこと、怖いこと。そこんじょそこらの怪談顔負けでした。


2008年07月15日(水)18:30-21:35
宝塚歌劇団花組
「愛と死のアラビア−高潔なアラブの戦士となったイギリス人−」
「Red Hot Sea」
@東京宝塚劇場

 当日B席 2500円 2階-16列-11番 (パンフレット:1000円)

 演出:谷正純(愛と死のアラビア)/草野旦(Red Hot Sea)

 トマス・キース:真飛聖
 アノウド:桜乃彩音
 ムハンマド・アリ:星原美沙緒(専科)
 アミナ:邦なつき(専科)
 デジュリエ大佐:夏美よう
 アッバス長官:大伴れいか
 アジズ:眉月凰
 イブラヒム:大空祐飛
 マブルーカ:絵莉千晶
 ザイド:悠真倫
 トゥスン:壮一帆
 ドナルド:愛音羽麗
 アブ・サラン:未涼亜希
 オスマン:貴怜良
 ナイリ:桜一花
 アル・マリク:華形ひかる
 ジューバ:真野すがた
 ラシード:紫峰七海
 スレイマン:日向燦
 アリ・ジム:朝夏まなと
 ヤシム:望海風斗
 サミーラ:白華れみ
 侍女サラーン:天宮菜生
 メドヘッド:嶺乃一真
 侍女ファハマ:野々すみ花

 お芝居のオープニングは黄金に輝くピラミッドを囲むように、これまた黄金のオバQのような格好をした男役たちによる群舞で幕あき。このキンキラ感はいかにも宝塚ですが、ピッカピカな色彩の中から、砂埃がたちこめそうな、そんな雰囲気作りの上手さは宝塚ならでは。舞台のキャリアとしてはほんの数年の子がほとんどだというのに、なんでこんなマジックが可能なのか、宝塚の七不思議です。
 ストーリーは男の友情、異文化の衝突と理解、カースト制度、ラブストーリー、兄弟愛・親子愛、権力者が権力に屈する無力感などてんこ盛り。一つ一つに見せ場があるので、台本の交通整理がつかず、結局のところ、山場のない平坦な作品になってしまったのが残念。どのトピックスも時間切れ、書き込み不足で物足りないんですもの。そして、ミュージカル・ナンバーに耳に残るもの、印象の強いものがなく、盛り上がりに欠けたのもつまらない原因。あらすじは面白いのに、舞台にかかるとこんなにもつまらなくなる作品も珍しい。。。
 生徒たちは張り切ってます。トップお披露目のトマス・キース:真飛聖は、主役経験の少なさから、いっぱいいっぱい感が漂ってますが、就任から2〜3年で大化けするのが、宝塚トップスター。太い声は魅力的だし、コスプレはさっすが星組出身だし、今後に期待です。月組時代は、霧矢大夢とW二番手格だった、イブラヒム:大空祐飛は、花組に来てもトゥスン:壮一帆とW二番手状態ですが、兄貴キャラの大空と、弟キャラの壮のバランスが絶妙。実は(って、かなり公言してますが)、僕が苦手とするタカラジェンヌのお二人なのですが、−×−=+を照明するかのような、見事なコンビネーション。出番は少ないものの、舞台の要所をキッチリ締める大空と、時に暑苦しい位力いっぱいの壮。砂漠が舞台のこの作品は、通常の芝居だと衣装やスケールに負けてしまうので、賑やかぶりが映えました。
 アノウド:桜乃彩音はお嬢様→奴隷への身分の変化が見せ場なんでしょうが、砂漠の男たちのドラマの中に「お兄様♪」と少女漫画の世界を持ちこんでしまったのに違和感。宝塚の娘役の限界を感じる役でした。その反面、二番手格のナイリ:桜一花は、ヒロインという足かせに縛られることなく、まるでアイーダにおけるアムネリスのようなアッパレなじゃじゃ馬ぶり&貴族としての誇りを失わない滅びの美学を披露。設け役でした。
 ショーは、これまた主題歌がひどいんです。サビの部分で、男役として限界までの低音をもってきたので、声を張り上げたいのに張り上げられず、モゴモゴと沈んでしまったことと、歌詞とメロディーがかみ合わず「レッ"ド"・ホッ"ト"・シー」と、本来なら出さなくても良い部分を強調した、言葉をないがしろにした作曲。「ダンシング・スピリッ"ト"〜(古いっ)」に引き続き、オープニングから思わず爆笑。まじめに歌わざるをえない生徒たちが何とも気の毒。大空祐飛だけが、フィナーレのパレードで、何とか言葉と音を一致させようと工夫してましたが、原曲がひどいのですからお話になりません。
 ただ、ショーも、シンガーやダンサーのスペシャリストなスターがいない花組では、生徒一人一人の頑張りは伝わるものの、ショーとしての魅力が客席に届くかというと、それはまた別問題。舞台上の運動量と、客席に届くエネルギーが比例せず、空回り状態。かといって、若葉マークトップの真飛聖にスター性だけで酔わせろ、というのも酷な話。ま、新トップお披露目のショーはこんな感じでしょうか。今後、真飛聖が、唯一無二という自分の売りをどう作り上げていくかが楽しみです。そして、この成長の過程を眺めるのが宝塚の楽しみでもあるんですよね。ショーもプロローグとパレードの群舞(青い羽根をわらわらさせて、まるで波の上にトップが登場するように見せた演出は素晴らしかった!)は素敵でしたが、組子全員が束になってもかなわないような、そんなトップに成長していただきたいものです。今後に期待といたしましょう。今の段階では(作品の良し悪しもあるけれど)、つっまんね〜な公演でした。


2008年07月21日(月・祝)13:00-15:45
アメリカン・バレエ・シアター(ABT) 「海賊」@東京文化会館

 E席 5000円 5階-R2列-35番 (パンフレット:1500円)
 演出:アンナ=マリー・ホームズ
 振付・台本改訂:コンスタンチン・セルゲーエフ
 原振付:マリウス・プティパ
 指揮:デイヴィッド・ラマーシュ
 管弦楽:東京ニューシティ管弦楽団

 コンラッド (海賊の首領):ゲンナジー・サヴェリエフ
 ビルバント (コンラッドの友人) :ミハイル・イリイン
 アリ (コンラッドの奴隷):アンヘル・コレーラ→エルマン・コルネホ
 ランケデム (市場の元締め):サッシャ・ラデツキー
 メドーラ (ギリシャの娘):ジリアン・マーフィー
 ギュリナーラ (パシャの奴隷):マリア・リチェット
 セイード・パシャ (コス島の総督):ロマン・ズービン

 「世界一ゴージャスなバレエ」という素敵な肩書きの来日公演です。ABTの場合は何がゴージャスかというと、出演者がゴージャス、これにつきます。いかにもニューヨークならではと言いましょうか、多国籍、多人種、バレエのメソッドも人それぞれ。多彩なバレエ様式保持者の中から最強を選ぶ、バレエ界のK-1とでも言えるカンパニー。そして、ニューヨーカーの好みゆえか、スター・ダンサーがずらり(これはメトロポリタン・オペラも同じ)と並ぶのが壮観。そして「海賊」という演目が、主役級ダンサーだらけなので、このバレエ団にピッタリ。何しろ、男性ダンサーの超テクニシャン、それもスター性あるダンサーを四人揃えないといけないので、そうそう上演できる作品でないこと、おまけに、あまりに超絶技巧の連発ゆえ「怪我人続出」な危険な作品でもあるのです。
 同じ超絶技巧作品でも「ドン・キホーテ」はストーリー性が強く、ダンサーもまだ「どう?スゴイでしょ!」という余裕があるけれど、「海賊」に関しては、運動能力100%使用で、バレエという芸術を観ているというより、オリンピックか何かの試合を眺めているかのような緊張感が漂います。でも、舞台と客席が一緒に息をつめ、成功とわかると割れんような拍手が「爆発」するのですから、ライブならではの一体感を感じたい方にはぜひオススメ。シルク・ド・ソレイユや中国雑技団関連の方々と似たような力技も登場し、バレエ・ファン以外の方でも楽しめること請け合い。
 とはいえ、まるでガラ・パフォーマンスのような、超絶技巧が連発のこの作品。そりゃ、プリンシパルがズラリなのですから、若手や下っ端による息抜きのナンバーがないので、1幕あたり30分前後という短さですが、それでも酸欠状態になります。体調整えないと、エネルギー吸い取られてしまいますので、休憩時間はしっかり栄養補給が必要です。そして、あまりロマンティックな方面は盛り上がらないバレエかも。。。
 さて、ABTの前回の来日公演では、スティーフェルが怪我により休演でしたが、今回はコレーラが休演。まさか、この作品のリハーサルが原因ではないとは思うけれど、今日の公演ではアリ (コンラッドの奴隷)がアンヘル・コレーラからエルマン・コルネホになっての代役公演。登場してからしばらくは見せ場がないので「コレーラで観たかったな」と思っていたのですが、第二幕の有名なパ・ド・トロワにて、客席のハート(もちろん僕も)を鷲掴み。コンラッド:サヴェリエフやメドーラ:マーフィーと三つ巴になってのダンス合戦。三人の実力が拮抗していて、あまりの嬉しさに涙ちょちょぎれの名場面。この場面を観られただけでも、今日劇場に来た甲斐がありますっ!


2008年07月22日(火)18:15-21:05
東宝「ミス・サイゴン」@帝国劇場

 B席 4000円 2階-I列-7番 (パンフレット:1500円)
 演出:ニコラス・ハイトナー

 エンジニア:筧利夫
 キム:ソニン
 クリス:原田優一
 ジョン:岸祐二
 エレン:浅野実奈子
 トゥイ:石井一彰
 ジジ:池谷祐子

 四年ぶりの「ミス・サイゴン」です。プリンシパルの半分位は前回と同じメンバーですが、アンサンブルの多くが入れ替わり、今回は今回で新鮮な感動を受けます。やはり、舞台は生モノですね。
 さて、今回のキャストは全般的に技術が安定してます。広い音域や、音の飛躍も軽々とこなします。残念ながら、帝劇は音響が抜群に悪く、シンバルはジャーンと響かずに、オモチャ屋でサルがたたいているベコベコのシンバルのような間の抜けた音ですし、弦楽器なんて音がブレンドされずにスカスカ。舞台上の歌唱も、音の響く場所が皆無の、まるで海岸で歌っているかのような感じ。とにかく、音が遠く、スカスカに抜けてしまうのですから、帝劇の音響も困ったもんです。でも、それでも上演しなくてはならないのがキャストの面々。響かないのに絶唱されてしまうと、気の毒で気の毒で、聴いているこちらのノドが痛くなります。
 公演が続くと、アンサンブルからプリンシパルに昇格する人も登場するのですが、改めて思うのが田中路子のお言葉。「主役を狙う人は脇役として出演しちゃダメなのよ」と。もちろん、彼女が受けた教育であり、彼女の新年だったのでしょうが、舞台という特殊な空間で夢を売ることを商売としている世界では、あながち笑えない教えではないかと。良く「スターは作られる」と言いますが、スターとして英才教育を受けてきた人たちは、アンサンブル出身者とは格が違います。下手でも華があるんです。振り向いた時の表情や、ちょっとした仕草が、アンサンブルとして抑えて生きてきた人と、スターとしてアピールすることを求められてきた人とは、同じ役を演じていても異なります。もちろん「レミゼ」や「ミス・サイゴン」はスターを生み出す作品であり、アンサンブルが売りではあるけれど、華に関しては難しいなぁ、と。実際、これらの作品出身で、プロフェッショナルなミュージカル役者は沢山いらっしゃいますが、スターとなると意外と少ない気がします。(ま、このスターの定義は人それぞれなのでどう感じられるかは自由ってことで)。
 本日のキャストで素敵だなと思ったことを忘れないうちに書き出しておきましょう。別格の上手さだったのはキム:ソニン。舞台の上での生きざまといいましょうか、おどおどしていたキムが、スイッチが入ると急に強く激しく情熱的に変貌するのが実に魅力的。キムの壮絶な人生と、押さえつけられてきた圧迫感が浮き彫りになって、実にドラマティック。クリス:原田優一は歌も芝居もまだの〜んびりと坊ちゃん風。張りのある歌声は魅力的ですが、まだ楽譜が目の前に浮かぶような、カウントしながらの歌唱って感じ。でも、サイゴンからヘリで脱出する際の「キムッ!」の叫び声と、キムが自害した際の「キムッ!」の叫び声は非常に感情的で、勝手に「叫び声役者」と名付けちゃった程。素晴らしいです。トゥイ:石井一彰は執拗にキムを追いかけるストーカーではなく、アジア人としての誇り高さからのアプローチ。説得力のある役作りが、アジア人として魅力的。
 エンジニア:筧利夫は、どうしちゃったの?マイク故障??と思えるほど、声が飛ばず、セリフは聞こえない、音は当たらないんです。もともと音域が狭いので、高音域はセリフに変え、低音域は絞り出してますが、初・ミュージカル主演の前回公演では、破れかぶれな勢いある芝居が魅力的だっただけに、今回は余裕がでちゃったのが僕としては今一つ。元々、ミュージカル畑の方でも、大劇場芝居の方でもないので、テクニック的にはかなり見劣りするのですが、異ジャンルのスターならではの、客席を納得させてしまう大きさが魅力だっただけに、小さくまとまろうとしている今回はかなり不満。が、アメリカン・ドリームで急に化けました。派手なジャケットでダンサーを従えて、客席に振りむいた瞬間、レビュースターの誕生。この一瞬にかけましたの顔演技は、ツレちゃんに匹敵します。パッと舞台の空気が変わるのですから、スターは凄いな、と。
 今まで、日本版「ミス・サイゴン」は人種問題が薄まってしまう点が不満だったのですが、今回は、人種に関係ない「愛の物語」としてクローズアップされている気がして、すんなりと作品世界に入り込むことができました。僕の劇場客席での気分もありますが、出演者が異なると、クローズアップされる個所が変わってくるのは、音楽もお芝居も一緒。これがあるから劇場通いはやめられません。でもっと、芝居のアンサンブルだけでなく、歌のアンサンブル、セリフのアンサンブルも楽しみたかったなぁ、と帝劇の音響への不満に戻ったところで、本日の観劇日記は幕。


2008年07月23日(水)18:30-21:10
アメリカン・バレエ・シアター(ABT) 「白鳥の湖」@東京文化会館

 E席 5000円 5階-L2列-32番 (パンフレット:1500円)
 振付:ケヴィン・マッケンジー
 原振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
 指揮:チャールズ・バーカー
 管弦楽:東京ニューシティ管弦楽団

 オデット/オディール:ジュリー・ケント
 ジークフリード王子:マルセロ・ゴメス
 王妃:ジョージナ・パーキンソン
 家庭教師:クリントン・ラケット
 王子の友人:サッシャ・ラデツキー
 ロットバルト:アイザック・スタッパス、デイヴィッド・ホールバーグ

 たまに例外はあるけれど、来日公演の定番作品というと「白鳥の湖」が筆頭でしょう。ほとんどの団体が日本でも上演しています。元の音楽と振り付けが不動の評価を得ているだけに、上演団体による個性が浮き彫りになるのが楽しいところ。そして、ストーリーも振り付けも「これが決定版!」というのがないのがバレエならでは。おかげで「また白鳥観に行くの?」と言われようとも、楽しいんです、毎回。
 さて、今回はアメリカのバレエ団らしく、エンターテイメント性にこだわってます。そして、メトロポリタン・オペラで上演しているプロダクションなだけに、装置が立体的で、階段の多様や、高さを活かした美術と、遠目でもはっきりわかりやすい作りになってます。メイポールダンス(柱のてっぺんにリボンが何十本もついていて、そのリボンを持ってグルグル柱のまわりを回るやつね)まで登場。なかなか華やかです。そして、登場人物は、細やかな表現よりも、ダイナミックさを全面に打ち出し「格調のヨーロッパ、細やかな日本、ダイナミックなアメリカ」と勝手に僕は思っているのですが、期待通りのステージを見せてくれたのでした。正直、ソリストもコールドも雑です。腕の動きなんて優雅さの微塵もありません。でも、集団での迫力、動きの大きさは、他バレエ団にはないもの。唯一無二の個性を持つ団体って、何とも魅力的です。
 普段は新国贔屓の僕ですが、現在上演されている牧阿佐美版は実は気に行ってないんです。序幕でオデットが白鳥にされる場面はちゃちな仕掛けだし、ルースカヤという唐突なダンスは入るし、クライマックスはロットバルトの羽根をもぐだけであっけないし。ところが、ABT版の「白鳥の湖」はロットバルト版なのが特徴。序幕でオデットが思わずロットバルトに惚れて白鳥にされてしまうのは、ロットバルト(スタッバス)がイケメン(ホールバーグ)に変身してウブな王女を誘惑するというドキドキの展開と、紗幕や二人のロットバルトの入れ替えなど、歌舞伎座も真っ青な瞬間的な場面転換で表現。ルースカヤの場面は、ホールバーグのロットバルトが宮廷に集まった各国の姫たち(それどころか王妃まで)を誘惑する大ナンバーとして登場。挿入されるタイミングといい、ナンバーの大きさといい、説得力があります。そして、クライマックスは、谷へと身を投げるオデットとジークフリード王子。助走と見事な飛び込みフォームによって、終曲のドラマティックな音楽と実にマッチ。このあたりの盛り上げ方は、さっすがショービジネスの街のバレエ団! ロットバルトを通すとすべて納得なのに気づいた演出家はエライッ! そして「風と共に去りぬ」におけるスカーレットとスカーレットIIのように、二人のダンサーがロットバルトを演じるのがこれまた素晴らしい発想。
 通常の「白鳥の湖」のストーリーの唐突さは、この演出によってかなり解消。オデットが浮気したジークフリードをいとも簡単に許すのは、自分も過去に過ちを犯しているから。そして、第三幕でジークフリード王子はオディールをオデットと間違えるのではなく、これまた確信犯としてオディールに求婚。その時々で、相手が欲している者を提供するロットバルトは、恐ろしきSMプレイヤーです。そして、王女も王子も(王妃まで)完璧な人間ではなく、時に取り返しのつかない失敗を犯してしまう、というとっても感情移入しやすいストーリー。中世ヨーロッパのおとぎ話ではなく、時代を超越した男女の物語、アダルトな味付けになっているのがいかにもNYじゃありませんか。
 ということで、まずはロットバルトですが、スタッバスは野性的で本能的な野獣をエロティック演じ、ホールバーグは都会的で知的なプレイボーイをキザに決めてくれました。どちらも見得の切り方が大きくて、その迫力が魅力的です。マントさばきの鮮やかさも加わり、そのキャラクターの書きこまれ具合もあって、時に王子よりも魅力的な役に見えたほど。
 でも、ジークフリード王子:マルセロ・ゴメスだった負けちゃいません。長身でがっちりした大柄な体躯と、優雅かつ力強さに満ちた物腰で、歩くだけで注目株。一歩踏み出すその姿が何とも優雅。バレエに登場する王子役ってしどころのない役が多いのですが、ひざ下の長さを存分に活かし、タメのある動き、軽々と相手役をリフトする頼もしさ、ガッチリしているのに「肉体労働者」ではない体格など、納得の王子役です。大きな動きやジャンプはメト・サイズでスケールが大きい!!
 オデット/オディール:ジュリー・ケントは正直期待外れ。オデットは動きがガサツな上、体が固くて足が上がらないし、かといって、オディールの切れ味もいま一つ。32回フェッテはフラフラするわ、音楽に遅れるは(回数減ってない?)で、ふた役の面白さも表現しきれてなかったような。。。もっとも、この役については、ザハロワに慣れ親しんでしまっているため、目が肥えちゃってるのです。本日はキャストを調べずに日程だけで観劇を決めたのですが、ジュリー・ケント狙いを思われる観客は熱狂していたので、彼女としては良い出来だったのかと。でも……ごめんなさい、僕は彼女のオデット/オディールはパスです。もちろん、劇場も上演版も、本拠地の観客の好みも違いますので、あくまで僕の好みじゃなかったということで。細かな事は無視して、力いっぱい踊るという意味では良く踊ってました。大きな劇場に慣れているせいか、水面を滑るように移動するシーン(両手をバタバタさせながら横移動するアレです)のスピードは圧巻でしたし。
 とはいえ、色々なヴァージョンを観ていると「この場面は○○版が好き」「この踊りは△△さんが好き」など、見比べる楽しさがありますね。そして、僕の好き嫌いはともかくとして、それぞれのスタイルに自信を持ち、観客を酔わせてくれるプロダクションを愛します。今回は、オデット&白鳥たちの細やかな心理描写ではなく、ロットバルトにより翻弄される男と女の物語に作りかえてのバージョン。マシュー・ボーン版のように「マッタク別物」ではなく、プティパらによる古典の枠の中で、説得力ある舞台を作り上げたスタッフ&キャストに拍手!です。


2008年07月31日(木)15:00-20:30
パリ国立オペラ「ワーグナー:トリスタンとイゾルデ」@オーチャードホール

 S席 58000円 1階-30列-5番 (パンフレット:3000円)

 指揮:セミヨン・ビシュコフ
 演出:ピーター・セラーズ
 管弦楽:パリ国立オペラ管弦楽団

 トリスタン:クリフトン・フォービス
 マルケ王:フランツ・ヨーゼフ・セリグ
 イゾルデ:ヴィオレッタ・ウルマーナ
 クルヴェナール:ボアズ・ダニエル
 ブランゲーネ:エカテリーナ・グバノヴァ
 メロート:サムエル・ユン
 牧童/若い水夫・船乗り:アレス・ブリシャイン
 舵手:ユリ・キッシン

 開演が15時と伺い「5時=17時じゃないんですか?」と確認しちゃいました。平日公演でこの時間、そしてこの料金、ちゃんとお客は入るものかとヒトゴトながら心配してしまいましたが、意外と客席が埋まっていて、日本のオペラ・ファンの熱意にビックリです。とはいえ、独り観にせよ、グループにせよ「なぜか男性ばかり」なワーグナー作品にしては、女性客が多かったのは公演スケジュールゆえか、はたまた「パリ」の威力なのかは僕にはわかりません。
 パリ・オペラ座の初来日公演ともなると、通常の感覚だと、お国もののフランス・オペラを持ってくるのでしょうが、そこはアヴァンギャルドが売りのオペラハウス。「アリアーヌと青ひげ(フランス)」はともかく、「トリスタンとイゾルデ(ドイツ)」「青ひげ公の城(ハンガリー)」「消えた男の日記(チェコ)」と、国際色豊かな、そしてマニアックな作品が勢ぞろい。何でも「好きな作品を持ってきても良い」ということで、今回の来日公演が決定したんだとか。それにしても、スゴイ自信です。入場料だって、58000円〜20000円という設定。強気です!! そんな今回の来日公演の千秋楽となるのが、本日の「ワーグナー:トリスタンとイゾルデ」です。フランス人によるワーグナーの第一印象は「響が爽やか!」に尽きます。弦楽器はもちろんのこと、管楽器が吠えまくっても重々しいのではなく、空気が抜ける感じ。地続きだし、隣の国だというのにここまで個性が違うって、ヨーロッパとは不思議な地です。
 さて、今回の「トリスタンとイゾルデ」の主役は演出。舞台装置はさながら映画館。カーテン前に巨大なスクリーンが下され、様々な映像が終始流されます。出演者はスクリーン下のスペースで、黒子のような衣装を着て棒立ちで歌うだけ。感情あるお芝居なんて今回はどこにも登場しませぬ。スクリーンがなかったら演奏会形式!?な状況。で、そのスクリーンが明るく、歌手が真っ黒なので、気付くと、生演奏付のVTR鑑賞会。歌手のお芝居が全然印象に残ってないんです。せっかく、生身の人間が歌い演じているのに、何とももったいない。そして、どうせ歌手とは別の俳優の映像を使うのであれば、せめて映像に登場する男女は、観客が感情移入できるような美しいカップルを起用してほしかったです。猥雑にならないように、という配慮なのかもしれませんが、ショービジネスは見た目も大切。「お願い、脱がないで、脱がないで、あ、脱いじゃった(泣)」なカップルの映像を延々と見せられては、恋に落ちる場面も、魂が浄化されて昇天する場面も「どうぞご勝手に」と思わざるを得ません。そりゃ、オペラですので、ルックスばかり前面には出しにくいでしょうが、もっと観客の想像力を信じて欲しかったと思います(もしくは、想像の余地をなくすほど酔わせてくれるとか)。元・ロイヤルバレエのアダム・クーパーは日本公演の際、日本の観客に合わせて、体のお手入れをしてきますが、今回もそのような気遣いが欲しかったかですわ。それにしても、ワーグナー作品って、ルックスを気にしないというか、あえて汚い姿を披露する率が高い気がしませんか? ファンタジックな「リング」や、高貴な「トリスタンとイゾルデ」のプロダクションが上演されるんだったら通っちゃうんですけど。大金払って、汚い姿を見るのってあまり心地良くない。。。いっそのこと、美しい俳優による映像に合わせて歌うとかで良いやん。(スミマセン、演出意図は違うのわかってるんですけど、相性悪くって…)。あ、新国の「子供のためのオペラ」で上演されるワーグナーはSFロマンしてて、好きです。
 さて、映像以外にも演出家は観客を飽きないようにあの手この手を駆使します。ソリストを客席バルコニーで歌わせたり、合唱団を立ち見スペースにこっそり入れて、いきなり歌わせて観客をビックリさせたり(このコーラス、てんでバラバラで凄かった!)、客席中央通路にマルケ王が登場させたり、エトセトラ、エトセトラ。でも、宝塚の客席降りじゃあるまいし、劇世界から現実へと連れ戻されてしまうこの手法がオペラとして有効かどうかは疑問。音響的には面白いものがありましたけれどね。思うに、今回の演出だったら、オーチャードホールではなく、サントリーホールで良いやん。客席数も増えるので安い席を設置できるし、文句なしのプロダクションになったのではないでしょうか。なまじ「舞台上演」となると、期待するものが違ってきます。って、全然アヴァンギャルドに対する適応力が僕にないのがアリアリですねっ!!!
 そんなわけで、観劇中はあまり満足度が高くなかったんです、演出面に。でも、最後の最後にそんな文句を引っ込めさせてくれたのが、イゾルデの「愛の死」。壮大でドラマティックなメロディライン、何時間もドラマティックに歌い続けているにも関わらず、最後の最後に余裕を持って歌いあげたイゾルデ:ヴィオレッタ・ウルマーナの歌唱力に脱帽です。彼女以外のソリストも声の厚みが素晴らしく、悔しいけれど、日本人歌手とは響きが段違い。体格が違うので仕方ないのですが「あぁ、このような体格・声の歌手が余裕綽綽と歌うために、ワーグナー作品は作られたんだな」という悲しき現実も感じてしまいました。もちろん、そのギャップを埋めようと、日本のアーティストが努力しているのは確かですが。これはオペラに限らず、ミュージカルでもお芝居でも感じることですけどね。そんな中から「唯一無二な私の魅力はこれっ」と魅せてくれる公演やアーティストだと僕は脱帽し、菅藤するのです。今回は、せっかく素晴らしい声を持っているのに、演出で遊んだのが蛇足になったプロダクションだと思ってます。