モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲
〜三宅/古川/渡邉/山本
黛敏郎:文楽
〜三宅
山本裕康:ラヴィン・バロック〜チェロ2台のための〜
〜古川/山本
ポッパー:演奏会用ポロネーズ 作品14番
〜古川/渡邉/山本/三宅
(休憩)
ハイドン:チェロ協奏曲 第1番 ハ長調
〜soro山本/渡辺/古川/三宅
サマー:Lo, How a Rose E'er Blooming〜「エサイの根より」の主題による変奏曲〜
〜渡邉
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティ―タ 第2番 ニ短調 BWV1004より“シャコンヌ ”
〜渡邉/三宅/古川/山本
(アンコール)
ヴィヴァルディ:「四季」より「冬」第二楽章
〜渡邉/三宅/古川/山本
オケからソロまで様々な形態の演奏活動を繰り広げているのぼぉちゃんですが、今日はチェリスト四人でのアンサンブル。「話半分、いや、四分の一で聞いてください」という山本氏の説明によれば、ゴルフ仲間によるコンサートらしいですが、なかなかアットホームです。先日の桐朋学園のチェロ・グランド・コンサート程肩ひじ張らず、都響のチェロセクションほどリーダー色は求められず、誰か一人をスター扱いするのでなく、それぞれに主役どころが与えられ、年代的にもテクニック的にも、浮く人のない、仲間とのパーティがそのままコンサートになっちゃった感のある二時間。「シャコンヌ」の早いパッセージの掛け合いが、こんなに対等に面白く聴けるのもそうありますまい。
チェロはメロディも伴奏ももってこいな、音域と音色幅の広い楽器ですが、「フィガロ」のような太陽のように明るく輝く曲より、しっとり落ち着いた曲の方が僕は好み。山本裕康:ラヴィン・バロックは、楽器だけでなく、元々のぼぉちゃんが演奏するという前提で書かれた山本裕康:ラヴィン・バロック〜チェロ2台のための〜など、人数半減なのに、なんでこんなにホール中に音が溢れるの?な、嬉しさに思わずニコニコしちゃう曲あり、ハイドン:チェロ協奏曲 第1番 ハ長調のような、山本さん以外の誰か間違ってソロパート弾いちゃわないの?な曲あり、つい手拍子を入れたくなるサマー:Lo, How a Rose E'er Bloomingといったリズムの鋭い曲ありと、バラエティに富んだプログラム。でもって、ヴィヴァルディ:「冬」でシットリとしめるあたり、非常に満足度が高いプログラムでした。こういった歌モノっぽい曲に関して、のぼぉちゃんは歌いくちが何とも暖かくて好きです。HAPPYな気持ちにさせてくれる演奏家です。
ということで、メンバーも良かったし、プログラムの変化もあり、さらには、お馴染みの曲でも気を抜けない状態というのもあってか、のぼぉちゃんもなかな好調(って書くと可愛くないファンだなぁ。。。) でも、この人は出来不出来が本人の表情だとか、音にも出やすいのでわかりやすいといえばわかりやすいんです。「本気で演奏すると神が降りてくるのに、本気でない時ってホント別人よね」と、のぼぉちゃんファンでない知人がボソリ言ってましたっけ。
今日限定なのか、ここ最近の傾向なのかわかりませんが、のぼぉちゃんの音が逞しくなりました。以前はテクニックに走ると音が痩せてしまう傾向があったのですが、ガツガツ感が消えて、良く響くようになりました。まだまだ変化の渦中で、面白いです。
10年ぶり(!)になる翻訳版「RENT」が登場。とはいえ、2000年@文京シビックホール、2002年(GALA)@赤坂ACTシアター、2004年@厚生年金会館、2006年@東京厚生年金会館。2007年@東京国際フォーラムホールCと、5回もの来日公演はあったし、映画版の公開もあったりして、何かとお馴染みの作品です。今回のカンパニーは、ミュージカルにご縁の薄い方々を中心としたキャストながら、それぞれの分野で活躍している(らしい)人材が揃ったのですが、持ち歌ではなく、よそ様の歌を聴かせる難しさを強く感じました。元々一人で歌うのに慣れているせいか、アンサンブルやハーモニーの魅力はほとんどなく、個々の魅力が勝負。……今日のハシゴは昼夜でなんとも対照的な公演のカップリングとなりました。
演出・美術・歌詞は、以前の翻訳公演とは一新されました。舞台装置はバズ・ラーマンの「ラ・ボエーム」や「ムーラン・ルージュ」を思わせる、屋上の小屋。貧乏よりも愛らしさが際立ちます。この小屋がグルグル回って、内部と外を行ったり来たりするのが新鮮で、何とも小奇麗なイメージ。衣装も全体の色合いが明るくなった気がします。歌詞は……音が割れて聞き取れない&音響さんがバンドと歌唱とのバランスを取ってくれなかったので全然わかりません。もしかしたら、ボロ隠しとしてわざと?…であれば凄いことですが。
前回のプロダクションも初日近くはコンサートもどきでしたので、今回も覚悟はしていましたが、とにかく芝居はおざなりです。みなさん歌うのに必死。残念ながら、歌や存在感で圧倒する人はいなかったみたい。大人たちやホームレスなどはアンサンブルメンバーが務めるのですが、セリフ(歌詞)とメロディ、リズムがこなれて泣く、粒が立たないので、何とも居心地が悪いです。全体的に演出家が「言葉を大切にしていない」印象が強いです。外来スタッフなので、そのあたりは限界があるのでしょうが、日本側スタッフがもう少し頑張ってほしかった! モーリーン:望月英莉加のショーは観客を放り出して、一人で盛り上がって勝手に終了。見せ場が多いエンジェル:田中ロウマも、女装のみが際立ち、キーパースンとしての芝居の盛り上がりはナシ。ポイント、ポイントとなる一言が全部滑ってるんです。「まじめに生きてる!」をリフレインする掃除夫、「I love boys」とコリンズがボソっと入れる合の手、モーリーンが「ラ・ヴィ・ボエーム」で堅物オヤジに「姉妹なの」と言い放つ鋭さ、エンジェルの死のシークエンス、マーク・コーエンの機関銃のごとくまくしたてる留守電、「seasons of love」でのアンサンブルの聞かせどころなどなど、見事に外しまくり。余韻がないなぁ、と。笑いも感動もいま一つです。観客と舞台が一体化せず、ひたすら舞台の焦りが伝わってくるのがいたたまれません。
ショーアップはかなりされてます。とにかく、ダンス・ダンス・ダンス。マーク:森山未來なんて厚着&長髪にもかかわらず、歌うか踊るかで、汗びっしょり。(濡れた髪の毛が「増えるわかめちゃん」状態でうざったい位!!) でも、こちらも各自が勝手に舞台を暴れているだけで、カンパニーとしてのパワーに至っていません。ミュージカル中心の方たちでは上演できない作品ですし、様々なジャンルの音楽が入り混じり、さらにはメッセージがあれこれ込められている作品なだけに、ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」じゃないけれど「あちらを立てればこちらが立たず」な難しさのあるミュージカルです。でも、だからこそ、カンパニーが一丸となって、どこかの一点を目指さないと空中分解しちゃうんですよね。今回はまだ目指す先を模索中な状態。本公演というより、舞台稽古を観に来ちゃった、そんな気分で劇場を後にしました。一部Wキャストなので、比較は難しいのですが、次の観劇予定は千秋楽近く。約二か月の公演で、どう進化するかを楽しみにしています。せっかくの異種混合カンパニーなので、ぜひご覧になった方に「ミュージカルって良いねぇ」と思っていただけるような状況になってほしいです。今は……どちらのファンにも不満足かと。。。