『きまぐれ雑記帳』


2004年3月5日

 Googleで「深谷流」で検索したら、自分のこのページがヒットした!!こんなページを書いていたんだー、ってちょっとビックリ。何にも更新してなかったからね。

 若い頃、エルビス・オン・ステージという映画が大好きで、何度も見た。私がエルビスを知ったのは、この映画からなので、その前の事はよく知らない。たしか20歳ぐらいだったような気がする。この映画のビデオやDVDって無いのかな?と探してみたら、DVDがあった!!欲しいな。

 私が高校生の頃、ビートルズが来日して、九段にある武道館でコンサートをやった。ビートルズの映画でよかったのというと、レットイットビーかな?これも探してみたが、出ていないのか?見つからなかった。

 最近はDVDが多くなってきているみたいだが、私が住んでいる所は田舎なので、レンタルビデオ屋に行っても、あまりDVDはなくて、ビデオが多い。DVDプレイヤーを価格.com で調べたら、1万ぐらいでもあるんだね。友達に聞いたら、ドンキホーテで1万以下で売っていると言ってた。


1999年11月25日

 きのう、妻がぎっくり腰をやった。それに関連して「念」の力について考えさせられた。自己実現という言葉があるが、あれは「念」の力を使っている。「念」には物理的な力がある。私が若い頃、2人の霊能者に「物質的な力を持っている」と言われた。訓練すれば物質化現象を起こせると言われた事もあったが、私は魅力を感じなかったので、やる気にもならなかった。

 ところが鍼灸師になり、神経言語プログラミングを学んで、心の世界を身近に感じたり、自由にコントロール出来るようになって、相手の不調を改善するのに、必ずしも針や灸を使わなくても、苦痛を消せるようになっていった。私は以前から患者さんの脈を取る時に、神経言語プログラミングで言われる「呼吸合わせ」をする。

 今回、ぎっくり腰で横になっている妻のそばに行って、どこが痛いの?と聞いた時に、すでに霊視で腰の悪い部分が見えていた。体には一切触れず、心の中に妻の体をイメージし、イメージの中の腰の悪い部分に手を近づけると、そこから白いエクトプラズムのような物が出てくる。それを指でからめ取っていたら、痛みが無くなり、次第に足の方に痛みが移動していった。そこでイメージの中で足のツボに触れようとしたら、今度は逆に手からエネルギーがそのツボに吸い込まれていった。結局それで治ってしまった。ついでに甲状腺を見てそれでおしまい。こんな事もあるんだなー。


1999年11月13日

 セガのゲームに「シーマン」というのがある。テレビのCMでもやっているけど、体が魚で顔だけが人間になっているね。霊を見たことがない人って多いだろうけど、人間が死んだ後に、残念ながら元いた天国へ帰れない魂がいる。こころの傾向性が同じ魂が一緒にいるのがあの世の世界だから、例えば執念深いと、同じように執念深い魂ばかりが集まっている世界へ行く事になる。

 こころの状態が姿となって現れるのが、あの世の特徴だったりするから、例えば執念深い魂は、体がヘビになっていて顔だけが人間なんだよね。それって、「シーマン」によく似ているんだよなー。ただ冗談抜きで、顔が暗くて陰険だから、会うたびにゾゾ!とする。会いたくないよなー。

 あの世っていうと「お化け」の世界みたいに思っている人もいるかも知れないけど、それって地獄の世界なんだよね。天国の世界を見られる人が少ないから天国の情報が少なくて、地獄的な情報ばかりになっているだけ。天国といってもホントにいろんな世界があるんだけど、天国っていい所だよ。明るくて幸せでみんな優しくて素晴らしい人達ばかり。私もこの世のお仕事が終わったら、天国に帰りたいな。天国へ帰りたければ、天国的な生き方をする事、それしかない。


1999年10月31日

 頭痛に効く漢方薬が見つかった。今まで風邪の初期にあう漢方がなかなか無かったんだけど、息子のアレルギー性鼻炎に小青龍湯がよく効くので、風邪じゃないんだけど、ひょっとして私の頭痛にも効くんじゃないか?と思って試してみたら、これがすごくよく効いた。ラッキー!(^^)/


1999年8月29日

 妻が1週間薬を飲んで、再度血液検査をした結果、白血球や肝臓の数値に特に悪化が見られなかったので、同じ薬を続けて飲む事になった。ところで妻が歯槽膿漏で歯が痛いので、医者に歯医者や鎮痛剤を飲んで良いか?と聞いた所、もう少し待って欲しいという返事だったので、お灸をする事になった。

 妻の体にお灸をするのは久しぶりだ。歯槽膿漏による歯の痛みは、手首と肩などのお灸でスッキリ軽快したので、ついでに甲状腺機能亢進症のお灸もしてみた。沢田流で見ると五行で言う「火」に見えるので、背中を見るとやはり心兪というツボに反応が出ていた。疲労もあるので、膏肓も使い、あとは深谷流の足の裏にある心臓のツボにお灸をしたら、すごく楽になったようだ。何はともあれよかったよかった。(●^o^●)


1999年8月19日

 お盆休みで遅れたが、やっと妻の血液検査の結果が出た。病名は甲状腺機能更新症。あと肝臓の数値も余り良くないそうだ。手術という方法もあるが、とりあえず薬をもらってきた。医者から薬の副作用を聞いたらしいが、よく覚えてないというので、NIFTY の DRUGINFO で検索したら、ホントに副作用が出た場合は、結構あぶないらしい。本人は「やりたくないから、その言い訳として、疲労感がが出ているのかと思っていたけど、本当に体が疲れていたんだ」と言っていた。正直言って心配です。妻のために私は何が出来るんだろう。


1999年8月6日

 朝、雨戸を開けたら、ベランダでこんな色のアサガオの花が咲いていた。前日の夜に水をやった時、つぼみに気が付かなかったので、ちょっとビックリ!だけど、すごーくうれしかった。(^o^)

 妻に「牛を見たい」と話していたんだが、妻が近くの病院に行く途中で、牛を見つけたという。そこでさっそく散歩がてら、自転車で行ってみたら、いましたいました。(^^)/
 牛小屋に黒い牛が何匹もいて、牛も暑いのか?牛小屋の天井付近には大きな扇風機が何台も設置されていた。牛と一体感を感じたくて、牛に意識を向けて呼吸をあわせたら、うんうん、伝わってくるよ〜。何というか言葉ではうまく表現できないが、牛はのんびり生きているような気がした。牛が生きている時間は人間とは違うのかも知れない。しかし牛はでかい!これから時々、牛を見に行く事にしよう。どこかで牛乳をしぼるのも体験したいな。


1999年7月30日

 ここの所、妻の体調がよくない。更年期障害だと思っていたが、ふと顔を見たときに、目がギョロッとしているのに気が付いた。あれ?バセドウ病かなと思って、いろいろ症状を聞いてみると、動悸もしているし、疲れやすいし、ピッタリという感じ。そこでバセドウ病に定番の炙甘草湯を、薬局を回って探してみたが、この漢方薬は薬局では販売されていないとの事。

 仕方ないので、いろいろ調べて、バセドウ病や更年期障害にも使われる加味逍遙散を飲んでもらった。そしたら、今までほとんど家でゴロゴロしていたのが、元気が出てきて、外出できるようになってきた。もしかしてバセドウ病じゃなくて更年期障害だったかな?と思って、喉を触ってみたらやっぱり甲状腺が腫れている。病院へ行った方がいいかな。


1999年7月20日

 昨日の夜、ふと『もう生きるのに疲れた…』という言葉が口から出た。その時、となりにいた妻が「無理しなくていいんじゃない?」と言ってくれた。正直言って、救われたような気がした。そうだ、無理しなくていいのかも知れない。ここの所、いろんな事があって、あれやこれやと散々もがいていたけど、したくない事は決してしないようにしようと思えた。今は体もだるいし、何もする気がしないので、部屋でゴロゴロしている。うつ状態ってこんななんだろうか?ふと、この状態を雑記帳に書きたくなって、パソコンを立ち上げた。


1999年7月11日

最近撮った写真



1999年7月9日

 深田恭子ちゃんが好きで、TBSの『to Heart』を見た。キンキの剛くん、かっこい〜!(^^)/
しかし深田恭子ちゃんって、息子より歳が若いんだよなあ。

 ところで今日もデジカメを持って、自転車で買い物に行った。スーパー等で買い物をした後の帰り道で、写真を撮った。写真大学を出たので、ついいろいろ考えてしまうが、大切なのは「自分がどう感じたか?」という事だなあと思った。それがあって「どう表現するか?」というのが必要になってくるような気がした。写真が趣味になるかも。


1999年7月7日

 7月7日は私の誕生日だったりする。今年で50歳なので、お祝いという感じはしない。最近は体力も落ちて、歳だな〜と感じるようになった。誕生日を記念して…という訳ではないが、実験的にチャットを公開する事になった。まだ手を入れたい所はいっぱいあるんだけど…。

 牧場へ行って、牛を見たい。牧場で働けるほど、体力がある訳ではないが、とりあえず気に入っている事は情報を収集をしようと思って、タウンページを開いてみたら、自転車で行けそうな距離に牧場があった。きょうはいい天気だったので、デジカメを持ってさっそく自転車で出発した。ところが結構、距離があったので、無理をするのは止めて、途中まで道順を確認してきた。

 話しは違うが、散々テレビでやっていた、ノストラダムスはどうなったんだろう?まあ、いろんな考えがあっていいと思うが、人類が滅亡するとはどうしても思えない。人類はまだまだ生き続けるような気がする。だから、私がその最後を見届ける事は、おそらく出来ないだろう。

 私はいま50歳、これから後、何年生きられるのかわからないが、100年後に私が生きているとは思えない。神経症の人の中には「死」を怖れる人がいる。でもよく考えてみると、人間は全員死ぬ。100%間違いなく死ぬんだったら、その対策を考えなくてもいいと私は思うようになってきた。

 そうすると大切なのは何か?『今日をどう生きるか』それだけなのかも知れないな。


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