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30日(月) 帰りの電車に、ネズミを野放しにしているどこかのテーマパーク帰りの親子がいた。この親子、ぼくと同じ駅で降りたのだが、一緒に行った別の親子(そこでは降りなかった)に対して、電車の窓を叩いて「じゃーね」などとやっていた。「フンッ、バカ親子め」と思いつつその後ろを歩き、自動改札を出ようとしたら・・・ そう、嫌な予感はしたのね。だって、その親子がくっついて改札を通っていったから。 ぼくが定期券を入れると、ピンポン、ピンポン。窪塚洋介がやってきて、映画の宣伝を、するわけない。ピンポン、ピンポンと鳴ったわけ。どうやら駅の利用者100万人目だったらしい。というのもウソで、まあ普通に出られなくなってしまったと。「ちくしょー、あの親子、何かやりやがったか」と思ったら、「券づまりです」とかなんとか表示されていた。「えーっ!」と驚きつつ、とりあえず自動改札機を蹴飛ばしたのだが、そんなことで出てくるわけがない。(その間もピンポン、ピンポン鳴り続ける) 別の自動改札機を通っていく人の訝しげな視線がぼくを突き刺していた。キセルじゃないよ。ぼく何もしてないよ。立ちすくむしかないじゃん。何も出てこないし、自分で取り出すこともできないんだから。 なに?駅員を呼べって? 夜10時くらいになると、ぼくが出入りしている改札口は無人になってしまうのよ。で、どうしたかというと、何かの時のためのインタホンがあったので、それを押してみた。・・・反応なし。おーい、どうなってるんだ。(その間もピンポン、ピンポン鳴り続ける) こうなったら仕方がない。駅員のいる改札まで行こうと走り出した。ホームに降り、ホームを走り、階段を駆け上がり、反対側の改札へ。(その間もピンポン、ピンポン鳴り続けていた) 事情を説明。そして、インタホンを使っても反応がなかったことを伝えた。駅員は内線で連絡を取り、もう大丈夫だ、と言う。 来た道を再び走り、さっきの改札へ。駅員がいた。とりあえず名前を確認して、定期券は無事に返ってきた。そして、ピンポンという音もなくなり、窪塚洋介も姿を消していた。ここでもやはりインタホンの反応がなかったことを伝える。その駅員が言うには、反応がなかったら、改札を出て、駅員室の扉(大型冷蔵庫の扉みたいなやつ)を開けて知らせて下さいとのこと。そ、そんな〜。ピンポン、ピンポン鳴ってるんだからそれに気づいて出てきてくれよ。100万人目の利用者だぞ。 駅から出て思ったこと・・・「怒っていいんだよな」 それからしばらくして思ったこと・・・「日記のネタができた」 そう、最近は何かあるとすぐにこう思ってしまうんだなぁ。 さて、9月も終わりだ。今月は日記の長さが過去最高を記録した。それだけいろいろなことがあったということでしょう。日記以外の更新はかつてないスローペースのような気がするけど。 29日(日) ちょっと遅くなったが、桑田佳祐のアルバム「ROCK AND ROLL HERO」を購入。ところで、ジャケットが2種類(黒地に白の文字/白地に黒の文字)あるんだよねぇ。特に迷うこともなく、白地に黒の文字の方を選んだ。どっちが売れているのか知らないけど、ぼくが選んだ理由は、「指紋が目立たないかな」という単純なもの。あとは、「明るくいこうよ」というよくわからない動機づけを意識して。 曲はどうか。通しで聴いてみたが、悪くない。まだ歌詞カードをきちんと読んでいないので簡単な印象しか書けない。歌詞カードを精読して曲を徹底的に聴いたところで近田春夫のようなことが書けるわけではないけどね。まあ個人的には前作「孤独の太陽」(94年発売)の方がいいかな、と。実際、まさに今、思い出したように「孤独の太陽」を聴いている。これはこれで思い入れのあるアルバムだから、強烈に懐かしい。じゃなくて、「ROCK AND ROLL HERO」の話だった。曲以外でいうと、CDがエキストラ仕様になっている。アルバムのタイトルにもなっている「ROCK AND ROLL HERO」と「東京」のライブ映像をインターネット経由で観ることができるのだ。ちなみに、ノーカットで観られるのは11月27日までとのこと。で、その日はなんと次のアルバムが発売される日でもある。ちょうど2カ月後のリリース。いいんじゃないでしょうか。2枚同時発売だと、ためらってしまうこともあるから。 それにしても、サザンはどうなったんだろう? 大森隆志の脱退以降、なんの活動もしていないのではないか。いや、桑田のアルバムが出て、さらにもう1枚が発売予定の時にそれを言うのは贅沢かな。 28日(土) NHKがやってきた。といっても、もちろん取材ではなく、受信料の徴収に。ここに引っ越してから4カ月になるが一度も来ないので、その存在をすっかり忘れていた。だいたい新聞の勧誘でさえ、たった一度来ただけだ。で、正直に書くと「うっ、ヤバイな」と思った。出費が増えることになるからだ。 最近のNHKの経営は順調で、今のところは黒字経営だったような気がする。ぼくが受信料を払わなくても大丈夫でしょ、とも思うが、払うことにした。いやいや、払うことにしたというより、そりゃ払うさ。「テレビがないんで・・・」とは言わなかったし、ましてや「白黒なんで・・・」と言って受信料を安く済ませようとも考えなかった。でも実際のところは、観念したというのが正確か。 さて、記入用紙を渡す際に「学生ですか?」と訊かれた。どうやら学生だと割引になる制度があるらしい。へぇー、それは知らなかった。残念ながら学生じゃないんで、普通に払うことになったけど。些細なこととはいえ、学生って優遇されているな、と改めて感じたのだった。 27日(金) 「あっ、キックボードが捨てられてる」と驚いたのもつかの間、近づいてよく見ると、ワイヤーロックが街頭の柱に掛かっていた。珍しい光景だ。そりゃまあ店なんかに入るときに持ちながらというのは不便だろうし、無理な場合もあるだろう。理屈としては理解できるけど、なんか変だね。放置キックボードとでもいうのだろうか。 毎週楽しみ、といつも書いていながら最近はきちんと観ていない「The BEAT」。今日の放送はあるかなと思って番組表を見たら、載ってなーい。といっても、今回は許せる。「サマーソニック」のために休止するからだ。「サマーソニック」っていうのは要するに、フジ・ロックみたいな音楽イベント。The Offspringが出ることしか確認しなかったが、「なかには知ってるバンドもいるだろう」と思い、録画。「朝まで生テレビ」と交互に観ていた。 The Hives キタ━(・∀・)━(,,・∀)━( ,,・) ━( )━(・,, )━(∀・,,)━(・∀・)━━ッ!!! weezer キタ━━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━━!!!! てな感じで、Offspringよりも好きなHivesとweezerが出ていた。そして、ぼくが好きな曲をきちんと歌っていた。でも、20組以上のアーティストが紹介されていたので時間的な制約もあるのだろう、フルコーラスでは放送されず、いわゆる1番の部分しか観られなかった。これは仕方がない。潔くあきらめましょう。 ところで、昨日書いた記事を読みたかったら→「oasis“全快”18曲」へ。万が一ぼくがものすごい勘違いをしていたらご指摘ください。 26日(木) ぼくはちょっと怒っている。ごく初歩的なミスに。そして、なにがなんだかわからない記事に。 oasisが来日している。もちろんライブツアーを行うためだ。それを伝えるスポーツ報知の記事(web版)を読んだ。見出しは「oasisu“全快” 18曲 2年半ぶり日本ツアー開始」。なんだよ、oasis“u”って。oasisについてのみ扱った記事なのに間違えるなよ。しかも見出しで。ちゃんとチェックしてるのか? 個人サイトじゃねえんだよ。まずはこれが初歩的なミス。続きを読む。「11月20日にはデビューアルバム『ザ・コーラル』を日本で発売予定。10月23日には先行ミニアルバムを発売する」ときたもんだ。もう一度書く。これはoasisについてのみ扱った記事だ。oasis以外の話は全く出ていない(oasis'u'は別として)。デビューアルバム発売前にワールドツアーを行うのだろうか。さらに見出しには「2年半ぶり日本ツアー」とある。2年半前には何をしに来たのだろうか。なにがなんだかわからない記事とはこの部分のこと。 後者については、さんざん文句を言っておいて実は間違っていなかったということもありうる。だから、可能な限り調べた。イギリスと日本の両公式サイト、ファンサイト、音楽ニュースサイトなどを巡って。しかし、そんな話はどこにも出ていなかった。そもそもぼくは毎日少なくとも3つの音楽ニュースサイト(洋楽とJ-POPを扱った日本のサイトが2つ、イギリスのものが1つ)を見ているけど、初めて聞く話だ。いや、仮にアルバムが出るとしても、「デビュー」とはどういう意味だろう。結局わかったことは、ザ・コーラルというイギリスの新人バンドが存在するということだけ。スポーツ報知の芸能欄は洋楽の話題が比較的多いので個人的に評価していたのに、これでその評価は地に堕ちた。 さて、以上は午前8時半に読んだ記事をもとにしている。夜に確認したら、さすがに「oasisu」は直されていた。でも、デビューアルバムのくだりはそのまま。うーん、ますますわからない。えっ、もしかして、もしかして、oasisが何らかの形で再デビューすることを伝える大スクープ? わ〜、すごーい。すごいよスポーツ報知。ばんざーい。ばんざーい。するわけねえだろ。 それにしても、いろんな意味で気分の悪い記事だ。問い合わせてみようかな。と書いてからスポーツ報知へのメールでの問い合わせ先を確認したところ、「ご質問には住所・氏名・電話番号を明記してください」と書き添えられていた。冗談じゃない。無署名記事でよくわからないことを書いておいて、それに対する質問には身元を確認する情報が必要なのか。傲慢だ。身元を明かさずに質問したら、さらにフリーメールのアドレスを使っていたりしたら、たとえ正当な質問であっても確実に黙殺されるだろう。ちょっとどころじゃないや。かなり腹の立つ話だ。この文章を書きながらだんだん怒りが増幅してきた。文章は、漠然と考えていることをひとつの形にして固定するわけだから、感情が一定の方向を向いていればその感情が積み上げられていくのだろう。だから、メールなんかで感情的なやりとりをするととんでもないことになったりするのだ。おっと、話が逸れた。これについてはまたの機会にどこかで書くことにしよう。今日はもういいや。また長くなっちゃったよ。 25日(水) 浜崎あゆみのPVが映画館で上映されるそうだ。10日間限定で料金は1,000円。いろいろと凝っているようだし、40分もある大作ゆえだとか。あと、制作費を1億円もかけたからかも。いきなり宣伝のようなことを書いてしまったが、この企画自体は別にどーでもいいことだ。ではなぜこんな話を書いたのかというと、共演者が伊勢谷友介だから。そう、浜崎との「熱愛」が報じられた伊勢谷友介だ。だいたい、芸能人同士の「熱愛」なんていうのは半分くらいがあやしいものだろう。もっとかな。ドラマの話題作りとか、事務所のリーク(プロモーションの一環であったり、騒がれて別れさせるためだったり)が背景にあることが多いようだ。今回もそうなんじゃないのかな。だとしたら、露骨な話だ。あーアホらしい。芸能記者の皆さん、きちんと取材しましょう。事務所と仲良くするんじゃなくてね。 不意打ちを食らった。有線放送が流れている場所に行くことが少なくなったというのもあるのだが、平井堅の「大きな古時計」を初めて聞いたのだ。流れてきた瞬間、すぐにでも店を出ようと思った。でも、そこは我慢して、半分くらい聴いてみた。やっぱり最後まで聴くのはちょっとね。「チクタクチクタク」の部分が特に耐え難い。何が気になるのかと言われそうだが、まったく同じ感想を持った人をぼくは知っている。それは置いといて、なぜ売れているのだろうか。平井堅が歌っているからではないと思う。これはいわば平井堅の独占市場になっているからだろう。だって、平井堅が歌うことで話題になり、「ああ懐かしいな」と思った人(実際、親が子供に聴かせるために購入するパターンも多いという)がCDを買うとなると、やはり平井堅のCDに回帰するはず。わざわざ「みんなのうたセレクション」みたいなものを探す人もいないだろう。 ところで、「大きな古時計」には続きがあるらしい。そして、これを第二弾としてCD化する予定もあるとか。時計を修理するのかな。それとも新たに買ってデジタルになるのかな。あ、これだとチクタクいわずに済みそうだ。古時計がおじいさんのメタファーだとすると、時計が直ったらおじいさんが生き返ることになっちゃうけどね。正直言ってちょっと興味あるかな。ただ、売れるか売れないかには興味ない。とはいっても、少なくとも泉沙池という歌手が歌う「タマちゃん」(例のアレね)よりは売れてほしい。ちなみに明日(26日)発売だよ。本当だよ。 今日書きたいことをつらつらと書いたらいつもより長くなってしまった。ついでにもっと長くしてみよう。 9月18日付朝日新聞夕刊のコラムが、半年前に掲載された読売新聞に掲載されたコラムの盗用だったことが明らかになった。社外ライターが書いたものとはいえ、非常に情けないミスだ。しかも、よりによって読売新聞からの盗用。なにやってんだか。さて、それを報じた夕刊フジの記事からぼくは悪意を感じた。本文中(約700文字)に「パクリ記事」という言葉が3度も出てくるのだ。全て主語で、「問題のパクリ記事は、朝日夕刊2面」「朝日によると、パクリ記事は」「問題のパクリ記事はペンネーム「伊太郎」氏が執筆」というふうに。まあ弁解の余地がないミスだから、仕方ないといえば仕方ない。「天下の朝日新聞」がこういうことをすると、とにかく槍玉にあがるのだ。おそらく来週の「週刊文春」と「週刊新潮」が噛みつくんじゃないのかな。 24日(火) 特に書くこともないので、本の話を。あ、昨日も本の話といえばそうか。 今日は2冊の本を読み終えた。といっても、もうすぐ読み終わりそうな本を行き帰りの電車の中でそれぞれ読み終えたのだ。はじめは多木浩二の『戦争論』、そしてキース・A・リーダーの『フランス現代思想』。硬めの本が続いた。この辺で読みやすい本を挟んでおこうと思う。「さーて、今度は何を読もっかなー」と迷っている時間はとてつもなく楽しい。読書計画を立てているときはまさに至福の時。そういえば、読書計画を立てていた時期もあったなぁ。達成した記憶はないけど。久しぶりに計画的で体系的な読書をしてみるのもいいかもしれない。読書の秋だしね。今考えているのは、「もう一度読み直そう月間」。以前読んで感銘を受けた本を再読しようということだ。少しは成長したのだから、違った読み方ができるかもしれない。検討しよう。 これで、図書館入りを待つ本は9冊となった。まとめてアップできないこともないが、小出しにしていく。もったいないから。さてと、寝る前に明日読む本を選ばなくちゃ。 23日(月) とうとう『漂流教室』を読み終えた。昨日、HPを更新し終え、寝ようかと思ったのだが、「いや、今読まなくていつ読むんだ」と思い、手に取った。となると最後まで読まないわけにはいかない。読み終えたのは、夜が明けるかという頃だった。本を枕元に置くとすぐに眠った。時間がというのではなく、余韻を残したまま眠りにつきたかったから。 結末はどうだったか。文句なし。結末が近づくにつれて、おそろしいものが次々と出てくるようになった。「次々と」出るのには違和感があったのだが、それはよしとしよう。未来は何が起こるかわからないからね。ただ、それらを生み出した楳図かずおの想像力には驚嘆すべきものがある。そして、さらに驚くべきことは、この作品が昭和47,48年に描かれているということだ。これは、今読んでも色あせないとかいう紋切り型の驚きではない。逆に、高度経済成長のひずみが明らかになったまさにその時代に描かれたということを考慮して読むと、楳図かずおのすごさがよくわかると思う。次は『14歳』でも読んでみようかな。 22日(日) 帰省ラッシュのため、プサンからソウルまで9時間もかかるという交通渋滞の中、ようやくたどり着いた実家。あ、それは今の韓国の話だった。とにかく、昨日からぼくも帰省していた。滞在中のことを考えると「帰省」という言葉がしっくりこない気がするけど、それはいいか。 街に変化があった。第二小学校の入り口に信号が設置された。というのは些細なことで、昔からあった洋品デパートがつぶれた跡地に何やら黒っぽいビルが建っていた。一目見ただけで異様な雰囲気を感じるのだが、聞くところによると、バイオレンス団のオフィス(とりあえず直接的には書かない)らしい。かつて、そことは別の場所にその類のオフィスができるという話が持ち上がったとき、地域を挙げて反対運動が起こり、建設が阻止されたことがあった。しかし、どうしたのだろうか。そのビルはすでに完成しているのだ。さらに、黒塗りの車が出入りしているとも聞く。商店街に建つ異様なビル。いったい何があったのだろうか。道行く人はそのビルに何度も何度も目をやっていた。何事も起こらなければいいが。そして、街に何らかの影響が及ばなければいいが。 そして、秋物の服と心配事(オフィス+α)を実家から持ち帰った、そんな一日でありました。うーん。 21日(土) 意味はわかるけど、というひとつの例。デパートなんぞで菓子折なんぞを買おうと売り場を回っていた。じゃあここで買うか、と決めて並んでいたときのこと。前のおじさんが店員にあれこれ聞いてからこう言った「じゃあ試しにもらおうか」。「試しに」ねぇ。とりあえず「買う」というメッセージは伝達されるので、コミュニケーションは成立する。にしても、「試しに」とはどういう意味なのか。婉曲表現か。考えるだけ野暮なのかな。 その後、電車に乗り、中距離の移動。乗ったのは快速電車。途中、ある駅で乗ってきたおじさんが、ドアが閉まってからしばらくして「あれ、快速か」と立ち上がった。たまにあるよね。ぼくはないけど。そして、前の車両に向かって歩き出した。「すいませ〜ん」と言いながら。おいおい、止めるつもりかよ。乗客たちの視線がいっせいに注がれた。そのおじさんはひとつ前の車両に行くこともなく、同じ車両の前の方で立ち止まっていた。誰かが教えてあげたんだろうか−「快速ですけど、次の駅にも止まりますから、そこで次の電車を待てば同じことですよ」と。だいたい、途中で電車が止まったとしても、そこに駅はない。どこで待つんでしょうか。もしかしてタクシーかバスと間違えた? すごいおじさんだ。結局、次の駅でそのおじさんは降りた。きちんと降りたかどうかを見届けるために、乗客たちの視線が再び集まったことを付け加えておく。 で、ぼくはそもそもどこへ行ったのかというと、実家など、と書いておこう。あとは、長くなったんでいいや。 20日(金) 行きの電車がつらい。座れることはほとんどない。だから、ドア側の寄りかかれる場所で本を読んでいるのだが、最近は立っていても眠くて仕方がない。今日などはやはり立っていたのにウトウトしてしまい、ふと気づいたら、そこは自分が思っていた駅と一駅か二駅ずれていた。電車が止まったことに気づかなかったわけだ(もちろんドアが開かない方に立っていた)。こんな感じだから、「きょう一日だいじょうぶかなぁ」と心配するのだが、これが意外に平気だったりする。結局、仕事を終えて家に着いたのは、まさに「フレンズ」が始まったその時だった。そう、11時半。やれやれ。 ところで、金曜日の夜中に郊外へ向かう電車ってにぎやかだね。「コンサドーレはラフプレーを売りにすればいいかもね」「ユニフォームを真っ黒にしてね」なんていう会話を聞きつつ、ぼくは(本の内容に)顔をしかめながら多木浩二の『戦争論』を読んでいた。皮肉なことに、帰りは眠くないんだよなぁ。少なくとも立っている時は。 さて、明日から3連休だ。こいつの影響で今週は忙殺されていたが、休みとなればそれを十分に満喫することにしよう。とりあえず『漂流教室』は読み終えないとね。あとは・・・そうだ、京都行こう。いや、行かない。 1週間くらい遅れてふれるのもどうかと思うが、思い出したついでに書いておこう−窪塚くん、義務感みたいなものを感じる必要はないし、ましてやそれを語る必要はさらにない。やめといたほうがいいよ。変わってしまったのか、前からそうだったのか。 19日(木) やはり新聞は読み比べると面白い。各紙の第一面と社説およびその周辺を読んでみたが、論調の違いは明らかだった。細かいことを書く時間がないので、簡単に触れておく。一番冷静だったのは毎日。ただ、これを「どっちつかず」ととることもやぶさかでない。そして、北朝鮮批判の程度は、意外なことに産経よりも読売の方が強かった。一方、朝日はというと、例えば「天声人語」を読めばわかるが、「政治の『非情』」という言葉を持ち出して問題を一般化し、北朝鮮への批判を避けている。「朝日らしいな」と思って、読みながらニヤリとしてしまった。 というふうに読み比べたのは久しぶりのこと。かつて雑誌の読み比べをしていた時期もあったが、ひとつの出来事に対する様々な意見を目にするのは面白い。また何か大きな関心事があったらやってみようと思う。それがアメリカによるイラク攻撃でないことを願うが。 18日(水) 大手4紙(朝日・読売・毎日・産経)をまとめて購入。さて読み比べよう、と思ったが、今週はかなり忙しかったのだ。今日改めて感じた。ということで、今のところほとんど読んでいない。ただ、ぼくはもともと日付に構わずじっくり新聞を読むタイプなので大して気にならない。ひとまず、各紙の一面トップの大見出しを比べてみると、計ったかのように二分される。 朝日は「拉致、8人死亡 5人生存」、毎日が「拉致 8人死亡 5人生存」。 一方、読売は「拉致の8人死亡」、そして産経は「横田・有本さんら8人死亡」となっている。 あえて単純な図式を持ち込むと、左派系の新聞は死亡と生存を併記し、右派系の新聞は死亡のみを掲げている。と、指摘するだけにとどめよう。即断は避けたい。社説や解説記事をよく読み比べてからでないと。 話は変わって、沖縄での出来事。中学2年生(14歳)をスナックのホステスとして雇っていた経営者が書類送検された。で、ここからが面白いのだが、その中学生、実は男だったのだ。経営者はまったく気づかなかったという。面接の時は自前のスカートとかつらで変装し、見事採用された。年齢を19歳と偽り、名前は本名の末尾を「子」に変えていたとか。うーん、見破れないものかねぇ。ここでやはり考えてしまうのは、なに「子」だったのかということだ。容易に思いついてなおかつリアリティがあるのは「和男→和子」「純一→純子」「洋平→洋子」あたりだろうか。いや、願望を込めてさらに考えるなら、「健司→健子」「拓也→拓子」「総一郎→総一子」「光太郎→光太子(こうたいし?)」「大三郎→大三子」というのもありだろう。ないか。経営者「君はずいぶん珍しい名前だね」 中学生「ええ、まあ」 経営者「珍しい名前の方が早く覚えられて指名がすぐにかかるぞ、ワッハッハ」なんてやりとりがあったかもしれないのに。やっぱりないか。 17日(火) 『漂流教室』、昨日のままでまったく進んでいない。だって、家に帰ってからずっと日朝会談のニュースを見たり読んだりしていたから。 誰も予想しなかった展開になった。あんなにあっさりと拉致問題を認め、謝罪するとは。そして、行方不明者の安否までもが明らかとなった。いや、本当の意味で明らかになったと言うのは早い。むしろここからようやくまともな交渉が始まると言うべきだろう。そして、より一層の慎重さを持って交渉を進めていかなければならない。話が抽象的だなぁ。明日の新聞各紙に目を通してもうちょっと考えてみることにしよう。 これを書いている合間にアサヒ・コムを見たら、山下智久Pが男にシンナーのような液体をかけられて軽傷を負ったらしい。その男は山下Pにかけた液体をその場で飲んで倒れたとか。病院に運ばれたが重体とのこと。さて、ワイドショーはどう扱うんでしょうか。日朝会談の影に隠れるんでしょうか。 まあそれはいいや。日朝会談に加えて、イラクが国連の査察を受け入れることになったというニュースもあった。この1日で世界が大きく動いたな、と感じますねぇ。ただ、イラクに関しては、アメリカによる攻撃のリスクが回避されたとは言えないだろう。査察拒否を「ひとつの」口実にしていただけで、とにかくフセイン政権を崩壊させたいのがアメリカの望みなんだから。 16日(月) あー、とうとうできた。昨日書いた、メモの整理のこと。すでにここで書いたり、用済みになったものを捨て、しかるべき情報は専用のメモ帳に書き写してというふうに整理した。どうにも分類できないものは、ひとまずパソコンに入力しておくことにした。ところで、ぼくがここ以外に管理しているHPのFTPサーバのIDやパスワードを書き付けたものがメモの中から出てきた。こういうのがあるから、まとめてゴミ箱へというわけにはいかないんだよなぁ。 ふぅ、とうとう読み始めた。『漂流教室』のこと。ずいぶん前に読むつもりだと書いたが、手つかずのままだったのだ。文庫本全6巻のうち、第4巻の1話目まで読み終えた。なるほどすごい話だ。人間の本質というか、人間集団の本質が異様なリアリティを持って描かれていると思う。最後がどうなるのか気になって気になって。ガッカリさせないような終わり方を望む。ちなみに、今回から初めて付箋紙を要所要所に挟みながら読み進めている。読み返したい箇所や、重要な指摘を含んだ部分がすぐに探せるように。メモの件も同様だが、情報へのアクセスを速くするには、分類やチェックをこまめにしていく必要があるな、と。 15日(日) 3連休? 何それ? タマちゃん、かわいそうだったねぇ。月見団子をもらえなくて。これはもちろん「ちびまる子ちゃん」での話。ということで、これからはもう例のアザラシについては書かない。今日は今日で大岡川にいたらしい。もうウンザリだ。アザラシ自体は別として、それに関わる人たちが。「川が汚れているからかわいそう」−何言ってやがる。よっぽどおかしなことになったら何か感想を書くかもしれないが、川を移ったくらいでいちいち反応することはしない。いい加減飽きた。でも、お役所の偽善的寛容さだけは、ことあるごとにあげつらっていこうと思う。 休日を利用して、やろうと思っていることがいくつかある。そのひとつが、メモの整理。キーボードの周辺には、レシートの裏などに何やら書き付けたものが散乱している。もうすぐ出る本の書名と発売日やこの日記のためのネタ、ふと思いついたことなどが無秩序に書かれているのだ。具体的なものを抜粋してみよう。これは、さっき書いたばかりのもの−「"ルーラ"を覚えて生じるトラウマ」。ぼく以外は誰もわからないだろう。暇なときに考えようと思ったことだ。詳細は割愛する。とにかく、分類して、(メモ帳などの)しかるべき場所に書き直さなければならない。いったん始めればすぐに済むことなのだろうが、「あとでいいや」で1ヶ月経過という状態。じゃあ今日の更新を終えた時点で取りかかるとしよう。あ、でもけっこう遅い時間になってしまった。うーん、明日でいいか。 14日(土) 今のところ固定電話の料金だけはコンビニで払っている。特に理由はない。で、今日、払いに行った。用紙をビリビリと引き離し、店員は領収書をぼくに渡そうとした。その時に言った言葉・・・「お先に失礼します」 えっ? びっくりした。仕事の途中で帰るのかと思ったよ。おつりより「先に」領収書を渡すということらしい。それにしても、だなぁ。さらに、おつりを渡す時も「失礼します」だって。怒るというより、「ふーん、こんなふうに使う人がいるのかー」と感心してしまった。客が江国滋や高島俊男じゃなくてよかったね。あ、江国滋は故人か。 錠の話に移ろう。先日、全国的に普及している数種類の錠が「カム送り解錠」と呼ばれる手口で簡単に開けられてしまうことがわかったという報道があった。「カム送り解錠」というのは、錠の「カム」という部分を動かして開ける方法。鍵穴に工具を突っ込んだりしないため、痕跡が残らないという。まあ細かい説明はいいや。心配になったので、部屋の錠をチェックしてみた。該当の錠とメーカーこそ同じだったが、刻印を見ると型式が異なっていた。ふぅ、よかった。そもそも該当していたらここには書かないけど。不安な人は確認してみては→ここでね 13日(金) ナンバーズの当選番号が「911」というのはできすぎだろう。ねぇ。でも、どーでもいいや。 宇多田ヒカルの結婚発表から1週間。予想通り、週刊誌などでは相手の紀里谷和明の人物像についての記事がいくつか見られた。やれ家が金持ちだとか、中学を中退し、渡米してうんぬんとか、経歴はもちろんどの記事でも同じだった。異なるのは周囲の評判というヤツだ。たしか「週刊文春」は、プレイボーイではあるがちょっと変わっていて、とかなんとか周囲の評判はよくないという内容だった。一方、「夕刊フジ」では、頭がいいとか、好意的な評判ばかりを紹介していた。結局のところ、これらの記事を読んでも本当のことはわからないので、どっちでもいいや。ただ、灘高から東大に進もうと考えていたが、日本の教育に疑問を感じ・・・なんていう過去を語るのはどうかと。面白くないんだよね。これは報道ではなく、紀里谷和明に向けた言葉だけど。 12日(木) 結局、ビン・ラディンとかオマルはどうなったんだろうか。アフガニスタンに無数の爆弾を落とし、ミサイルを撃ち込んで得られたものは何だったのか。テロの犠牲者を追悼するのは当然のことかもしれないが、今も続くこの現実にも目を向けるべきだろう。アメリカ人は特に。 はい、アザラシが再び現れましたねぇ。今度は帷子(かたびら)川だって。読売新聞のウェブ版では、「帷子川に来たので、今度は『ビラちゃん』」という小学生のコメントが紹介されていた。おいっ、「カタちゃん」だろ。命名法を統一しろよ。という大人げない反論をしつつ思うのは、人間がもてあそばれているなということ。別に、もともとアザラシが人間より下等だというのではなく、単に人間がバカなんだね。共同通信によると、横浜治水事務所は24時間体制で川のパトロールを行うらしい。本当に何様なんだか。 さっきまでイライラしてまして。近くというか、向かいにカラオケスナックがあるらしいのだが、そこから歌声が聞こえてきてうるさかったのだ。今までこれほどうるさいことはなかったのに。特にはっきりと聞こえたのは、島谷ひとみの「亜麻色の髪の乙女」を歌う中年男性の声。いや、ヴィレッジ・シンガーズの「亜麻色の髪の乙女」(昭和43年)と言ったほうがいいか。若い人が知っている歌があってよかったね、と思っていたら、しばらくして同じ歌声が聞こえてきた。今度は「高校三年生」だ。やれやれ。しかもそんなにうまくなんだよな。まったくもう。 11日(水) アメリカでの同時多発テロから1年。テレビ各局は特集を組み、改めて事件の悲惨さを伝えていた。しかし、シリアスな内容にもかかわらず、CMをまたいでその内容を引っ張るという手法は相変わらずだった。細かいことかもしれないが、テロ自体ではなく、テロ後の社会を見る上でのサンプルにはなるだろう。実は、ほとんど何も変わっていないのだ。 去年の今頃の日記を読み返してみた。その日あったことをその日に書くという原則が生きている気がする。そして、思ったことを文章にすることで、思考が具体的な形となって保存されている。おかげで、自分の「立場」もある程度明確になった。ブッシュや共和党こそが「悪の枢軸」であるとか。ぼくにとって、テロ事件が明示した最大の事実は、グローバル・スタンダードという名の「アメリカン・スタンダード」が危険きわまりないものであるということだ。単にアメリカが嫌いだとしても、決して無視しちゃいかんのだな。と、自分に言い聞かせる。 10日(火) さーてと、明日は早いんで、短めに済ませよう。9月に入ってからの日記はなぜか長めだったんで、この辺で小休止するのも悪くないだろう。一応、「小劇場」には追加したことだし。ふと思いついたヤツをね。はいはい、それでは久しぶりにビートルズでも聴きながら寝るとしよう。また明日。 9日(月) 例のアゴヒゲアザラシ、あれ、いなくなったらしい。国土交通省京浜工事事務所が発表した。まったく大した身分だな。 ところで、TBSのサイトには「タマちゃんの肖像」というページが設けられている。多摩川編と鶴見川編に分けてその映像を紹介しているのだが、そのページにはこんなことが書いてある。 は〜い。ぼくタマちゃんです。テレビでとりあげられて、突然人気者になってしまいました。鶴見川まで見に来られない人のために、少しだけぼくの姿をおすそわけです。 何を勝手にしゃべらせているのだろうか。きちんと取材したのか? TBSにどんな権利があるというのだろう。鶴見川でTシャツなどのグッズを販売するヤツよりはましだが、それにしても節操がない。たかがアザラシ一匹で。ひねくれたことを付け足しておくと、こういうときだけ寛容な態度を見せる行政の偽善こそに目を向けるべきなんじゃないの。じゃあ一応、タマちやんファンのために→「タマちゃんの肖像」をご覧あれ。ちなみにぼくは映像を観ていない。3年たったら観てもいい。 話はまったく変わるが、今日の買い物帰りのこと。顔見知りの男女が偶然会ったのか、すれ違ったあとに言葉を交わした。男「どこ行くの?」 女「家〜」・・・ものすごい違和感。揚げ足というか、言葉の正当な用法に従うなら、この女性は自分の家ではなく、誰か他人の家に向かっているということになる。まあどっちだって構わないんだけど。ただ、こういう何気ない日常会話をつきつめるとけっこう面白いんだよね、というひとつの例ではある。言葉自体が意味するものと、言葉が発せられた状況が意味するもの。これがズレることがよくあるわけだ。そして、この「ズレ」が面白い。そして、何が面白いって、言葉ほど面白いものはない。「言葉」というのも言葉であるし、それを説明するのに使うのも言葉。人間は言葉の外に出ることができない、とロラン・バルトも言っている。いや、何もそこまでいかなくてもいいや。 8日(日) あー、だるい日曜日だったなぁ。 日本の新聞ではなく、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙が報じたところでは、2005年にプレステ(以下、PS)3が発売されるのではないかとのこと。プレステは世界的な商品なんだと再確認。そして、PS3はどんなものなのかに興味を引かれる。いや、ゲームにはほとんど興味がないのだが、実際にやらなかったとしてもどんな技術が駆使されているのかは知りたい。しかも、2005年ときた。どんな新技術が核になるのだろうか。ちなみに、処理速度はPS2の1,000倍だという。といわれても、ぼくはもうお手上げ。想像がつかない。オンラインゲームで、ものすごいグラフィックスの映像がスムーズに動くようになるということか。2005年にはブロードバンド環境がどうなるのかさえ予測できないから、やっぱりお手上げだ。まあすごいんでしょう。 あれこれと書いてきたが、ソニー・コンピュータエンタテインメントによると、「次世代機の研究はしているが、何も決まっていない」とのこと。そりゃそうだ。ただ、ソニーに期待と注目が集まっていることは明らか。楽しみにしていよう。出てもたぶん買わないけどね。 7日(土) 『彼氏彼女の事情』第14巻を買った。読み終えた。 「いつまで続くのだろう」とか「どうやって終わるのだろう」というのはどの作品を読んでも考えること。13巻の最後に出てきた登場人物によってさらにストーリーが長引くのではないかと思ったが、14巻の流れを見ると、有馬総一郎を縛り付けていた過去の出来事たちが明らかになりつつある。過去が明らかになり、宮沢雪野を始めとする周りの人たちに偽りなくそれを伝えることができた時、その時がこの作品のひとつの区切りになるだろう。もちろん、スムーズに進みはしないが。逆に、14巻では有馬の葛藤が増幅されてしまった。わーどうなるんだろう?と思ったところで、15巻が出るのは5カ月くらい先。うーん、もどかしい。 6日(金) さて、宇多田ヒカル結婚、である。ニュース速報で知ったのだが、本当に驚いた。でも、年齢などを考えたとしても、納得できない話ではないかな、と。 帰宅後、ニュースサイトを見て回る。アサヒ・コムの記事がまず気になった。2人のなれそめを書いた部分だ。 2人は2年前の冬、2作目のアルバム「ディスタンス」のジャケット撮影で知り合い、昨年出したシングル「ファイナル・ディスタンス」以降のビデオ制作などを通じて交際を深めてきたという。 他の、例えばスポーツ紙の記事を見ると、上のような書き方はしていない。この記事を書いた人は「ディスタンス」という言葉に深みを持たせているともとれる。OKなんじゃないでしょうか。 一方で、急いでいたから?と思うような記事もあった。nikkansports.comの速報記事での、結婚相手・紀里谷和明(本名・岩下和裕)のプロフィールがそれだ。様々なアーティストのCDジャケットを手がけてきたその例として、大黒摩季やMISIAなどの名前があり、その中にザザンオールスターズと書かれていた。ザ、ザザンオールスターズ? いや、もしかしたらぼくが知らないだけで、有名なグループなのかもしれないと思い、Googleで検索。23件ヒット。で、どうやら「真夏の果実」とか「愛の言霊」という歌を歌っているようだ。ふーん・・・おいおい、やっぱりサザンオールスターズじゃん。 あとは、紀里谷は本名でないのに、気を利かせたのか宇多田のプロフィールを「本名・紀里谷光」と書いていたところもあった。これなんかは「かわいそうなフライング」だと思う。 続いて、宇多田の公式サイトでメッセージを読む。結びの文章にはこんな事が書かれていた。 でもなにが起こるか分からない世界なら、全ての確信は希望であり、また希望こそが最大の確信でもあると思うのです。 全くもって同感。浜崎あゆみにこんなことが書けるだろうか・・・という人もいるかもしれないけど。 そうそう、木村拓哉がこのニュースを知ったときに口にした言葉、ぼくはこれを多大な自信を持って予想しておこう−「マジで?」 もうひとつだけ記しておくと、宇多田ヒカルのおかげで、田村亮子が年内結婚をほのめかしたなんていうニュースが吹き飛んだ。ありがとう、宇多田。そして、ちと残念。 5日(木) このところ、先日書いたメールアドレス宛に見知らぬメールが頻繁に届いている。その全てが英文のメールだ。いったいどこの誰が送っているのだろうか。 珍しいものとしては、訳すと「もしイスラエルの環境運動について情報をお持ちなら」という件名で、BBC(英国放送協会)に数時間でそれを伝えるから情報を送ってくれ、というものがあった。おかしなことに、文章の最後に「HELP」と書かれていた。当然、無視した。知るかそんなもん。 もうひとつ。これはちょっと奇妙だなと思ったもの。本文の最初に、大きく「あなたは監視されている!!!」とある。面倒なのできちんと読んでいないが、つまりは、「インターネットを使ってどんなサイトを見て回ったかというのは、履歴やキャッシュなどで記録されています。家族や上司に見られたら嫌ですよね。それらを消去する"Internet Eraser"というソフトがあるんです」ということらしい。これも当然、無視している。ただ、気になるのは、送信者のドメインが"ibm.com"なのだ。あのIBMがこんな宣伝メールを(おそらく)ランダムに送るのだろうか。調べてみたら、"http://www.interneteraser.com"でまさにそのソフトを扱っている。IBMはまったく無関係のような気がするのだが。真相は如何に。 最後に付け加えると、アダルトサイトの広告メールも相変わらず届く。中には、思わず笑ってしまうバカらしい件名もある。ここでその件名を紹介したい衝動に駆られているのだが、日本語はともかく、英語のままの件名を書くのも断念しよう。知りたい人は・・・いないか。寿司の味がするとか・・・。 4日(水) 賞味期限切れの「ベトナム風蒸し春巻き」などを販売していた神戸の会社が立ち入り検査を受けた。例によって社長が記者会見に臨んだのだが、この女性社長は「賞味期限が切れていると言われたが、食べたらおいしかったので出荷を指示した」と言ってのけた。もちろん、人々の口に入る食品を扱う会社のトップとして許されることではない。ただ、別の視点から見ると、実は興味深い会見なのではないか。というのは、(質はともかく)事の真相が明確になっているからだ。これを三井物産社長の会見に敷衍してみよう−「贈賄にあたると言われたが、受注したらおいしかったので看過した」という感じだろうか。これはこれで「説明」という言葉に背かない発言だから、今あるような批判は受けなかったかもしれない。ただ、はっきり説明したらしたで批判を浴びるのだ。世論というのはそういう傾向がある(「そういうもんだ」とは書かないよ)。 ワイドショーはこの女性社長を叩くかもしれない。また、そうなりそうな雰囲気なんだよね、外見が。そうなったら、いっそのこと開き直ってもらいたい。「賞味期限切れ? ああ、だって春に巻いたものですからね」とか。あとは、「揚げても真白春巻き」なんてのが同じように販売されていたらしい。これだと、「過ぎても・・・」か。暇だったら考えてみてください。 3日(火) 漫画家の内山安二が亡くなった。と聞いてピンとくる人は少ないだろう。実はぼくも「誰それ?」と思った。しかし、その作品を知って驚いた。『コロ助の科学質問箱』や『できるできないのひみつ』がそれだ。と書いてもピンとくる人はやはり少ないのかもしれない。かつて学研が刊行していた「学研まんがひみつシリーズ」の数冊を彼が描いていたのだ。さきほど挙げた2冊は、その中の代表作というわけ。 このシリーズは、小学校時代のぼくの愛読書だった。自然科学の基礎知識や歴史上の出来事・人物など、いわゆる一般常識を得る上でこのシリーズがどれだけ役立ったか。小学生でも原子の半減期や米ソの宇宙開発、ケルビンの絶対零度といった事柄に対して大まかな知識を得ることができたのだ。そして、その延長線上に、雑多な知識を好む今のぼくがあると言っていい。そう考えると、作者自身に対する思い入れはなくとも、何だか悲しい。 「2ちゃんねる」にはさっそく追悼スレッドができていた。本の表紙やその中の1コマをスキャニングした画像、登場人物の名前、すごく懐かしい。もちろん、ぼくが持っていた「学研まんがひみつシリーズ」は全て捨てずに取ってある。今度実家に帰ったら読み返してみよう。そして、ちょっとノスタルジックな気分に浸ろう。 2日(月) 今日発売の「週刊ポスト」に、(あえて名前は書かないが)例のアザラシが現れたのは地震の予兆か、という記事があった。普通は北極海の辺りを泳いでいるアザラシが南下して多摩川までやってきたのは、いわゆる異常行動かもしれないというもの。え、北極海から来たの? そりゃご苦労さん。ということは、十勝川に現れて「トカちゃん」になる可能性もあったわけだ。戯れとはいえ、指摘してみるもんだなぁ。そうそう、結局のところ地震の予兆だとは断定できないらしい。ひどい記事だ。でも、アザラシが複数現れるようになったら可能性は高まるという。うーん、複数現れたら、か。待てよ、多摩川にもう一匹現れたらどんな名前が付くのだろうか? 公募? あ〜、増えろ、アザラシ。 南アフリカで開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(わかりにくい名前だ。ちなみに英語だと、"the World Summit on Sustainable Development")。テレビのニュースでは、小泉首相の英語によるスピーチが放送されていた。相変わらずうっとうしい英語だった。"f"も"v"もあったもんじゃない。発音の下手さでいうと小泉以上だが、大江健三郎のスピーチの方が親しみを持てる。 いわれてみれば参院議員だった大仁田厚が、公開討論会で教育について熱く語ったとか。「今、徹底的にやらなければならないのは感性の教育だ」(「スポーツ報知」より)だって。感性なんて教育できねーよ。教えるもんじゃねーんだよ。今必要なのは、いろいろな感性の差異を認め合うことだろ。仮に教えられるとしても、いったい誰が教えるのだろうか。まあ少なくとも大仁田には無理だね。ついでに言うと、大仁田に国会議員は務まらないね。そんなこと、言うまでもないか。 1日(日) 田中康夫が圧勝か。そりゃそうだろうな。「独善的な手法」(まあ当たらずとも遠からず、という気もするけど)だとはいえ、とにかく公共事業を見直していかないことには仕方がないというところまで来ているのだ。長野だけでなく、日本全体が。 それにしても驚いたのは、羽柴秀吉こと三上誠三が9,000票余りを獲得したことだ。ほとんどが「オレは秀吉に入れたぜ」という話題作りに利用したのだと信じたい。ただ、選挙ポスターが一番盗まれたのは羽柴秀吉らしいから、やはり彼はある種のネタとして消費されたのだろう。NHKのニュースでアナウンサーが「羽柴秀吉、○○票」と言ったときは思わず笑ってしまった。あ、やっぱりネタなんだな、彼の選挙活動は。羽柴企業グループ社主としての道楽なんだね。 さて、勝手に海外のアダルトサイトに登録されたりと、いくつもの迷惑メールの対象となったぼくのメールアドレス(のひとつ)だが、どうやらそのメールサービスが9月いっぱいで有料化されるらしい。".mac"のサービスのことなんだけどね。何度も書いているように、ぼくはここのアドレスを、おそらく世界で数百人が取ろうとしたであろう有名な文字列で取得している。それを手放さなければならないのは非常に残念だ。そう、有料化反対。ネット上では、有料化阻止を求める署名活動が広がるまでになっている。だって今時、フリーメールのサービスなんて掃いて捨てるほどあるでしょ。容量が大きいとか、その他の付加価値があっても、年99ドルはつらい。そもそもぼくはすでにhotmailで2つのアカウントを取得しているし、その他3つのフリーメールアドレスを取得して使い分けていたりする。だとしても、"@mac.com"というドメインを失うのは忍びがたい。しかもこの"@mac.com"のアドレスは、携帯に来たメールの転送先にもなっている。まったく、面倒なことをさせるなよ、apple社。 |