2004年10月の出来事



31日(日)
「お茶漬の味」(52年、日本、監督:小津安二郎)を観た。
 小津調といえば、低いアングルと、パンもズームもない固定された画面が代表的。だが、この作品では引いたり寄ったりするシーンが数回ある。
 これはかなり新鮮だった。初期の作品では必ずしも小津調が徹底されていないというが、「お茶漬の味」はぼくが観た小津作品の中で一番古いものではない。でも、そういうシーンは初めて見た気がする。果たして、どんな意味があったんだろうか。これが他の監督だったら気にしないんだけどな。その前に気がつかないか。
■昨日の「サイエンスZERO」を観たせいで、宇宙に関する本を読みたくなった。
 そこで、読みかけの『<不良>のための文章術』(永江朗)を読み終え、本棚にあった『ここまでわかった宇宙の謎』(二間瀬敏史)に取りかかった。ぼくは物理の知識が全くないが、素粒子の話や超ひも理論の解説を何とか読み進めている。まあもちろん、ぼくが分かるほどの内容で書かれてもいるわけだけど。
 それにしても、宇宙、またそれを研究する宇宙物理学っていうのは知れば知るほど面白い。何より、考えることのスケールがでかい。ぼくなんか、宇宙の大きさや誕生について思いをめぐらそうとしただけで頭がぼんやりしてくる。そんなことを日々真剣に考えている人もいるわけだ。ぼくは、憧れと劣等感を認めた上でいうと、数ある学問の中でも宇宙物理学(あとは数学か)を研究している人を特に尊敬するなぁ。
30日(土)
「フェリックスとローラ」(00年、仏、監督:パトリス・ルコント)を観た。
 シャルロット・ゲンズブールが出ているので借りた。作品自体は可もなく不可もなく、かなぁ。
「セッション9」(01年、米、監督:ブラッド・アンダーソン)を観た。
 期待はずれだった。舞台は廃墟と化したかつての精神病院。市庁舎に改築する前に、アスベストを取り除くため業者が派遣される。ロボトミー手術の痕跡や、多重人格者の診療記録、薄暗い地下室などが残るただならぬ雰囲気の中で、5人の作業員はやがて悲劇的な事件に巻き込まれる。
 事件が起こるにあたって、霊や呪いといったオカルト的な要素を排除した点はまあいい。だけど、事件のきっかけとなった「別の人格」がどうやって発露したのかが説明不足だったと思う。サイコスリラーとはいえ、アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」には到底及ばないかな。
■土星を特集するということで、珍しく「サイエンスZERO」にチャンネルを合わせた。土星探査機カッシーニによる観測の成果を紹介しており、これがまあ驚きの連続だった。「すげぇ」と何度言ったことだろうか。
 まず、探査機を土星に向けて飛ばすところからしてすごい。この探査機はさまざまな機器を積んでいるため、地球から太陽の引力を振り切る速度で飛ばすことが不可能だった。そこで一度、金星に接近し、金星の引力を利用して加速(スイング・バイ)。最後は地球の引力を同じように利用して、ようやく土星に向けて旅立ったという。
 そういう方法があるというのも驚きだが、惑星の公転速度を予測して探査機をしかるべき位置に飛ばせることが何よりすごい。よほど緻密な計算がされているのだろう。
 また、大気があり、原始の地球に近い環境を持つといわれる土星の衛星タイタンに探査機を着陸させる計画もあるとか。地球から15億キロも離れている所に! 興奮の度合いで言うなら、裏番組の「 脳内エステIQサプリ 女子アナ秋の学園祭!」なんて比べものにならないね。録画したけどさ。
29日(金)
■キャッシュサービスでバイオメトリクスを採用するという東京三菱銀行のCMがさかんに放送されている。手のひらの静脈で認証するってヤツね。
 東京三菱が最初というわけでなく、スルガ銀行が今年1月に同種のサービスを始めているらしい。うーん、個人認証に身体の情報を使うバイオメトリクスの技術が進んでいて、日常生活のいろいろな局面で採用されつつあることは知っていた。でも、実用化がCMのような形で広く宣伝されるようになると、「いよいよか」という思いと同時に違和感も生じる。
 古くは指紋、そして静脈や虹彩など、これから体のさまざまな箇所が認証に利用されていく。一方、認証に使われるということは、当然それらの情報はどこかのデータベースに置かれるはずだ。もし、これが流出でもしたら・・・。身体そのものの情報だけに、不安の大きさは相当なものになるだろうね。怖いね。
28日(木)
■「自分探しの旅」でイラクに? おいおい、ホントかよ。
 イラクで日本人が武装グループに拘束された。ジャーナリストでもなくNGOの職員でもない。ワーキング・ホリデーで世界各国を回っている男性。イラクの様子を自分自身の目で見たいと、周囲の制止を振り切って入国したという。報道によると、その際の所持金はたった100ドル。そして、バグダッド入りを果たしたものの、多くのホテルで宿泊を断られたらしい。
 軽率だとの批判は避けられないだろう。ぼくもそう考える。とはいえ、邦人救出は国の義務なんだから、無事に解放されてほしいとも思う。
■最近よく聴くCD。今月20日に出たManic Street Preachersの「LIFEBLOOD」。
 最初に通して聴いた時は、いまいち盛り上がりに欠けるアルバムだと感じた。でも、何度も聴くうちにそれぞれの曲のカラーが分かってきて、しだいにのめり込んでいった。目下のお気に入り曲は「GLASNOST」。意味は、グラスノスチ、ってそのまんまか。マニックスらしいタイトルだ。
27日(水)
■NHK、またも不祥事、か。
 職員が制作費を着服したらしい。これも、またかよ。最近、NHK職員の手厚い待遇を週刊誌で読んだばかりなので、「なぜそんなに金が欲しい?」という疑問がいっそう強まった。
 「週刊現代」(10月30日号)によると、職員の平均年収は1,185万円。これは国家公務員の平均年収の2倍近い。また、年2回、4万2千円の「クリエイティブ手当」なるものが支給されるという。この手当は<仕事の英気を養うために、温泉などに行ったり、映画を見たり、レコードを買ったりする手当>なんだとか。民間企業なら構わないけど、視聴者からの受信料で運営してる「公共放送」(よく「国営」放送と言う人がいるが、間違い)なんでしょ。その一部を、こんな風に使っているとはね。
 で、そんな恵まれた待遇とは逆に、制作能力は低下している気がする。その象徴はもちろん、韓流ブームだろう。身も蓋もない言い方をすれば、よそが作ったドラマが当たっただけ。以来、特別番組を作ったり、ニュースでブームの一端を採り上げたり、さも「国民的」ブームのような煽りぶり。果ては「英語でしゃべらナイト」で韓国ロケをしてたもんね。韓国の英語教育事情を探る、というような企画だったと思うけど、調子に乗り過ぎ。公共放送なんだから、冷静になれって。
 韓国ドラマのヒットに比べると、NHKの代表的な番組である連続テレビ小説や大河ドラマは視聴者離れが著しい。要するに、つまらないってことだよね。また、大河ドラマの主役のキャスティングは、安易なジャニ一ズ頼みのように見える。
 なぜNHKはこんなことになってしまったのか。やっぱり、あの会長の支配が影響しているんだろうか。その辺りに迫った本が出ないかなぁ。
26日(火)
■まったく、10月に入ってから火曜日はいつも雨だな。困るな。
「レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う」(94年、フィンランド、監督:アキ・カウリスマキ)を観た。
 「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」の続編。レニングラード・カウボーイズが、メキシコからアメリカ〜フランス〜ドイツ〜チェコスロヴァキア〜ポーランドを経て故郷のシベリアに帰る。「モーゼ」を名乗って彼らを引率するのは、前作ラストでどこかへ去っていったマネジャーのウラジミール。これといったヤマ場はない。キリスト教についての知識があれば、もっと楽しめたのかも。
■昨日放送されたアニメ「ブラックジャック」の内容が、差し替わったという。もともと放送予定だった話に地震のシーンがあったため、今回の新潟県中越地震に配慮したらしい。ふむふむ。
 そんなニュースを知った後で朝のニュース番組を見ていたら、あるコーナーがものすごく気になった。それは、いわゆる「今日の運勢」をカウントダウン形式で紹介していくものだ。
 地震の被害に遭って心身ともに疲労した人に対して、「今日最も運勢が悪いのは・・・」ってなことを伝えるのはまずいんじゃない? 不謹慎なんじゃない? 半分冗談だけど、半分本気だよ。
■松浦亜弥の新曲「渡良瀬橋」。アレグリア2のテーマ曲なんだとか。
 ふーん、この歌は「不安や困難に直面しても人々の精神は不屈であると訴え、古い習慣や体制を見つめ直し、一緒に明るい明日を創ろう」(アレグリア2日本公演の公式サイトより)っていうメッセージに沿うような内容だったんだー。知らなかったー。
 ちなみに、アレグリアとはスペイン語で「歓喜」という意味。「渡良瀬橋」ってそんなモチーフも含んだ歌だったんだー。知らなかったー。
 今でも神社では「あなたのこと」を祈り、願い事が叶うとしたら「あの頃に戻りたい」と。単にノルタルジックな歌かなと思っていたんだけど、違うんだね。読みが浅かったー。
25日(月)
■この日記をブログにしようかどうか、以前から考えている。
 確かに更新は今より楽になるし、あわよくばコメント付きの日記が出来上がるだろう。でも、ホーム以外はフレームで分割しているし、デザイン的にどう処理していいものか。そこが思案のしどころ。
■宇多田ヒカル改めUTADA、ダメじゃん。ビルボードのアルバム・チャートでは登場2週目にして200位圏外。日本のマスコミが期待値を上げ過ぎたのかな。でも、「週刊新潮」によると、この結果は、同じく全米デビューを果たしたピンクレディーや松田聖子に及ばないものだという。
 それはそうと、今さらながら触れるが、「EXODUS」のカタカナ表記はなぜ「エキソドス」なんだろう? 一般的には「エクソダス」でしょ。「ウルティマ 恐怖のエクソダス」とかね。あ、これは一般的な表記の例としては不充分か。じゃあ、英和辞典で発音を確かめたら、やはり、だった。
 とはいえ、違和感はある。実際、多くの人が疑問に思っているようで、ネット上ではそのことを取り上げた日記などを数多く読むことができる。説得力のある意見を目にすることはないけど。
 たぶん、レコード会社が、今回は宇多田ヒカルではなく、あくまでUTADAなんだと通達を出したように、曲名の表記も強いプッシュがあったんじゃないかな。
 ところで、宇多田ヒカルがデビューした当初、「すでにアメリカでレコードデビューしている」とかいうのが売りじゃなかったっけ? Cubic Uね。これはぼくが気づいたことじゃなくて、伊集院光の深夜のラジオ番組でリスナーが指摘していたこと。あの番組のリスナーは鋭いね。
24日(日)
■えっーと、災害救助の際には情報が集まらない地域(情報空白地域)ができるのはまずいから、そうした地域にいる人は情報をどんどん発信してほしい、と。日本テレビの朝の報道番組で、あるコメンテーターが言ってた。
 アホか。そもそも通信インフラが寸断されているから情報が発信できないわけでしょ。逆に考えれば、そういう状態にいる人たちに向けて、テレビで偉そうなことを言っても無駄じゃん。この人の頭の中には、セオリーがあるだけで、現実はすっぽり抜け落ちているらしい。ヘリから撮影した山古志村の中継映像が流れた後なのに。名前をチェックしておけばよかったなぁ。
「キプール」(00年、イスラエル・英・仏、監督:アモス・ギタイ)を観た。
 1973年の第4次中東戦争を舞台にした作品。
23日(土)
■東京に住み始めてから一番、いや今までの人生で一番揺れたんじゃないだろうか。しかも一度きりではなかった。
 すぐにテレビをつけると、中越地方では震度6強という恐ろしい揺れを観測したという。その時点からテレビはずっとつけっ放し。インターネットも繋ぎっ放しのままにしておいた。
■さて、ここでテレビの特別編成について。「2ちゃんねる」を見ると、楽しみにしていた番組を潰すな、などという意見がいくつもあった。日本の一部地域で起こっていることなのに、ほぼすべてのチャンネルが一斉に同じ内容を放送する必要はない、と。
 全国をカバーする「マス」メディアであるテレビが、大きな災害を一斉に放送するのは当たり前のこと。そのせいで観たい番組が潰れようとも、それは仕方のないことなのだ。「ドラえもん」が途中で報道番組に切り替わっても、あきらめるしかない。
 テレビ東京系? 新潟では見られないし、視聴できない地域の方が多い。フルネットでも8局しかないもの。
 まあ一番簡単な反論は、「テレビを観なければいいじゃん」だね。だって、災害と関係のない場所にいる人にとっては、娯楽や息抜きを求める手段は他にもたくさんあるんだもの。思うのは勝手だけど、それをわざわざ書き込む必要はないんじゃないの?
■そういえば、今週発売の「週刊現代」に<「雲でわかる」次に来る巨大地震>という記事があった。
 今月6日に関東で起こった、茨城県南部を震源とする地震。その予兆と見られる「地震雲」が、9月19日と地震の当日に関東各地で目撃されたというのだ。
 詳細に続いて、琉球大理学部の木村政昭教授のコメントが紹介されている。木村教授はその中で、千葉県銚子市や茨城県つくば市を震源とする直下型地震への警戒を促し、さらに「新潟県内陸部」と長野県中部での地震発生にも注意を喚起している。
 また、同記事では地震の翌日つまり7日にも地震雲が目撃されたことに触れ、今月19日と24日は警戒が必要だと締めくくっている。
 予測と1日違いで今回の地震が起きたわけだが、これは単なる偶然だろうか。そして、地震雲と地震の発生との間には科学的な根拠がどれだけあるんだろうか。興味深い。
22日(金)
「トレイン・スポッティング」(96年、英、監督:ダニー・ボイル)を観た。
 まさに常軌を逸したドラッグ依存者の日常。これで最後と思いつつ、決して最後にはならない悪循環。常人にはシュールにしか映らない禁断症状のシーンは、観ていて気が滅入った。
 また、主要な登場人物の個性が際立っており、その人間模様も見応えがある。
■一場靖弘、モテモテだなぁ。果たしてプロになれるのかね。
 巨人が高橋由伸を獲得した際の疑惑も持ち上がっているし、まあ最近出てきた問題じゃないんだろうな。
21日(木)
「どつかれてアンダルシア」(99年、スペイン、監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア)を観た。いいタイトルだ。
 スペイン版の「どつき漫才」で国民的な人気を集めるようになったコンビ、ニノ&ブルーノ。その人気の影で、2人は激しく憎しみ合っていた、と。憎しみがエスカレートしていく様が面白い。最終的には「殺してやる」というところまでいくんだけど。
20日(水)
「彼岸花」(58年、日本、監督:小津安二郎)を観た。
 小津初のカラー作品。ということで、見どころは色遣いにある。色といっても、ほとんど「赤」だけに注目すればいい。
 居間の畳の上に置かれたやかん、洗濯物、作品中には観る者の目を奪う赤が多く現れる。この手法はアキ・カウリスマキら外国の映画監督に少なからぬ影響を与えたという。確かに、あの赤は独特の使われ方をしていると思う。
 と、そこまでは多くの人が言及していること。さらにぼくが気づいたは、緑もまた多用されていることだ。しかも赤と対称をなすかのごとく。例えば、銀座のバー「ルナ」がある裏通りのカットが2回ある。最初のシーンでは、通りの向こうに赤い車が見え、次のカットでは薄い緑の車が止まっている。また、ラスト近くでは、2人の娘が並んで映るカットがある。そこでは、姉が赤いYシャツ、妹が緑のYシャツを着ている。さらに、父親らの同窓会のシーンでは、卓の上に赤い漆器と緑の灰皿が置かれている。
 インターネットで調べた限りでは、緑にまで触れた評論・感想は見当たらない。赤と緑、これはまさに「彼岸花」を表しているとぼくは思うんだけど。どうなんだろう?
■「レッドセックス」キター !!!!!
 「トクダネ!」で笠井信輔が言ってた。ケッ。
19日(火)
■やっと「パリ滞在記2004」のページを新設することができた。旅行に行ってからすでに3カ月が過ぎている。いやはや。
■今日の「サンスポ」。<サトエリ、メガネベストドレッサー賞にノーブラで登場>というくだらない見出しの記事があった。
 佐藤江梨子は普段はメガネをかけていないが、「今後かけてほしい人」に贈られる特別賞なるものを受賞したのだという。ただ、もともと視力は0.3と悪いためコンタクトレンズを付けている。表彰式にはもちろんメガネをかけて登場した。と、そこまではいい。「サンスポ」は、それに続けて突然こんなことを書くのである・・・

 衣装はメガネに合わせ「実はノーブラ」だったとか。

 ゼノンの矢のパラドクス、ポアンカレ予想、クォーク閉じ込めの問題など多くの難問に挑戦してきたぼくでさえ、この文章の意味がさっぱり分からなかった。常識的に考えれば(何の常識だ?)、メガネをかけている状態はブラジャーを付けている状態と似ているといえる。でも、記事はその逆のことを書いているし、テレビで映像を見たところ佐藤は普通のフレームのメガネをかけていた。
 あっ、ノーブラってノー・ブランドの略? 衣装もメガネもブランド物ではない、と。これだと辻褄が合うなぁ。でも、「デイリースポーツ」によると<ちなみにドレスの下は「ノーブラです」と言い切った>んだって。はい、ますます分からなくなった。というよりそもそも、真剣に考えるような問題じゃなかった〜。終了〜。
 結論ー意味の分からん文を書くな! でも、今日のワーストは「東京中日スポーツ」の見出し<今井絵理子スピード出産>(恐ろしく言い古された言葉だし、早産だと誤解されるだろ)だったから、これ以上、文句は言わない。
18日(月)
「コーカサスの虜」(96年、カザフスタン・ロシア、監督:セルゲイ・ボルドフ)を観た。
 レフ・トルストイの小説を、現代のチェチェン紛争に敷衍した作品。ロシア人兵士2名が、チェチェン人の捕虜になる。そして、ロシアに拘束されているチェチェン人の捕虜と交換する交渉が始まるが・・・というもの。
■コンビニで「週刊文春」を立ち読みしていた時のこと。
 ぼくの背中越しにレジでのやりとりが聞こえてきた。
 1人の男性が、おでんと唐揚げを買い求めた。そこで女性店員が品名を聞き違えたらしく、その男性は文句を言い始めた。以下は、その後のやりとり。

 店員:えーっと、じゃあ○○でいいんですね?
 男性:「ですね?」じゃねーだろ。「ですか?」だろ。
 店員:あ、失礼しました。○○でいいんですか?
 男性:ったく、なんで「タメ語」なんだよ。殺すぞテメェ。

 というものである。男性は明確な疑問文が敬語の1バリエーションだと思っているらしい。公衆の場で全くの他人に「殺すぞ」と脅迫罪に相当する言葉を軽々しく吐くことも含めて、バカなヤツだとは思う。さらに、後で見たら、その店員というのは5、60代の白髪の女性。端的にいえば、弱い者いじめだ。
 帰り道、ものすごーく暗い気分だった。肩を落とし、下を向いてとぼとぼ歩いた。ぼくがもっと強かったらなぁ、と考えもした。いや、腕力が強くても、今やナイフを持ち歩いているヤツもいるからなぁ。昨日も、名古屋のコンビニで立ち読みを注意した男性が刺殺されたもんなぁ。でも、でも、あんなのが許されていいわけないじゃないか。悔しい。
17日(日)
「散歩する惑星」(00年、デンマーク・ノルウェー・スウェーデン、監督:ロイ・アンダーソン)を観た。
 架空の惑星に住む人々の絶望した生活を描いた寓話、らしい。舞台設定がよく分からず、最後まで観るのがつらかった。はっきり言って退屈。
 ただ、メイキング映像を観てちょっと好感を持った。というのも、CGや特撮がいっさい使われておらず、背景となる街の景色はすべて絵だったのだ。また、そもそもこの映画を選んだひとつの理由だったのだが、元ABBAのメンバーであるベニー・アンダーソンが音楽を担当していることを思い出した。で、音楽に注意しつつ、いくつかの場面を見直す。
16日(土)
■今日付の日刊スポーツに「あやや、ヒラリーと初対面で意気投合」という見出しが。
 松浦亜弥とヒラリー・クリントンが何を「意気投合」したのかと不思議に思った。で、記事を読むと、ヒラリーとはヒラリー・ダフのことだった。はぁ〜、考えてみりゃそうだよな。だいたい、クリントンの方だったらヒラリー「夫人」って書くはずだもの。
「秋刀魚の味」(62年、日本、監督:小津安二郎)を観た。
 小津の最後の作品。例によって、年頃の娘が嫁に行くとか行かないとか、まあそういうストーリーである。独特のローアングルは不変だし、日本家屋の作りや居酒屋の提灯までもが「東京物語」などとほぼ同じ。
 そんなことを書くと、退屈したように感じるかもしれないが、さにあらず。ぼくがこれまでに観た小津作品の中で、「小津らしさ」を最も強く感じた。台詞回しも含めて、それらを存分に堪能することができた。登場人物も、愛すべきキャラクターばかり。ぼくは特に、東野英治郎が演じた「ひょうたん」こと佐久間先生が気に入った。
15日(金)
■今日読み終えた『痛快!憲法学』(小室直樹)より。

(…)裁判官は被告人を裁くのではない。検事が不法な捜査や取り調べをしていないか、そのことを徹底的に調べあげるのが裁判の主たる役目であって、事実を明らかにすることが裁判の目的ではない。(P.247-248)

民主主義にも憲法にもゴールはない。それを求める努力こそが、本当の民主主義です。(P.271)
14日(木)
■高島彩は、なぜメガネをかけていたのか?
「アザー・ファイナル」(02年、オランダ・日本、監督:ヨハン・クレイマー)を観た。
 2002年、日本と韓国との共催で開かれたサッカーW杯。決勝戦が行われた日に、当時のFIFAランキング最下位(203位)のモントセラトと、その1つ上(202位)のブータンの代表選手が試合をした。この試合が実現するまでを追った作品である。
 何より、アイデアが面白い。そして、それまで互いの国のことを全く知らなかった人々がサッカーを通じて交流を深めていく様子が感動的だ。まあもちろん、大国中心主義に対する批判という見方をしてもいいんだけど。
 ところで、この作品の原題は"THE OTHER FINAL"である。それをなんでまた「アザー・ファイナル」という邦題にしたのか? 定冠詞があるのとないのとでは、意味が違うでしょ。確かに、映画のタイトルやバンド名などをカタカナ表記する際に定冠詞を取る場合が多いことは承知している。でも、意味が変わってしまっては本末転倒だろう。
「マッチ工場の少女」(90年、フィンランド、監督:アキ・カウリスマキ)を観た。
 一言でいうなら、奇妙な映画だ。マッチ工場で働く1人の女性。何の魅力もなく、楽しく生きているようには決して見えない。そんな彼女が、出たばかりの給料でドレスを買う。いつもは相手にされなかったダンスクラブで、ある男性に誘われ一夜をともにする。しかし後日、彼が遊びだったことを告白。さらに、彼女は自身が妊娠していることを知る。彼にそのことを伝えるが、彼は「処理しろ」とそっけない。ついに彼女は殺鼠剤を購入し、彼の家に向かう、と。
 そんな感じのストーリーが、少ない台詞で展開していく。一見すると暗くて、救われない作品だ。でも、深さは感じられる。その深さを知る手掛かりは作品中、女性の家にあったテレビに映っていた天安門事件のニュースだと思う。ただ、それをストーリーとどう繋げたらいいのかは、すぐには分からない。
13日(水)
■シリーズ「現代思想の冒険者たち」の1冊、『デリダ』(高橋哲哉著)を読み直し始めた。
12日(火)
■ようやく、今年読んだ本を「図書館」に追加することができた。ちょっとだけ本棚を整理したこともあって、「図書館」入りを待って積み上げられいた本を早く棚に収めたかったというのがその理由。
■また集団自殺が連続しているようだ。
 実は、嫌な予感がしていた。先日、集団自殺のニュースを目にして「ん、なんだか久しぶりに起きた気がするな」と思った。そして、「これで普通のニュースとして報道されたら、自殺が連鎖するんじゃないか」とも。
 自殺報道と自殺の連鎖との関係は、かなり前から問題になっているはず。統計的な根拠もあるんじゃなかったっけ。が、テレビでも新聞でも、ほかのニュースとの扱いの違いは見られない。いいのか?
 報道の影響が実際にあったとしても、被害者は自殺しちゃうわけだからマスコミは抗議を受けることがない。だから、あまり気にしていないとか。まさかね。
11日(月)
「蝶の舌」(99年、スペイン、監督:ホセ・ルイス・クエルダ)を観た。
 1936年、内乱直前のスペイン。8歳のモンチョ少年が、大好きな学校教師との交流を通じて成長していく姿を描く。
 共和派と王党派とか、スペイン内乱についての知識があった方が見やすいかもしれない。ぼくは映画を見終えてから、世界史の用語集でスペイン内乱の項を確認した。なるほど、国際義勇兵にはアーネスト・ヘミングウェイやジョージ・オーウェルも参加していたのか、なんて。
 登場する教師は退職間近の男性。彼は共和派支持であり、映画を観る限り、おそらくコミュニストなのだろう。そのことが作品のラストに影響してくる、と。最後は泣ける。
10日(日)
「ゲロッパ!」(03年、日本、監督:井筒和幸)を観た。
 これはもう単純に楽しめる映画なんじゃないでしょうか。
■夜の10時頃。この時間にしては珍しく、家の電話が鳴った。
 いつものように名前は告げず、ただ「はい」とだけ言って出る。すると、初老と思われる女性が早口で言葉を連ねてきた。前半は何と言っているのか聞き取れない。そして後半、「そういうのが気に入らないのよ」と言い残してプツリと切ってしまった。
 えっ、何? 「そういうの」にあたる部分が聞き取れなかったから、どういうことなのかさっぱり分からない。すぐ切ったことを考えると、満を持しての抗議(に近い嫌がらせ?)だったのかな。だとしても、全く心当たりはない。抗議の間違い電話なんて、いやはやタチが悪い。
9日(土)
「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」(89年、フィンランド・スウェーデン、監督:アキ・カウリスマキ)を観た。
 ソ連と思われるツンドラ地帯に住むバンド仲間が成功を夢見て、アメリカへ。しかし、彼らの初めての仕事はメキシコで行われる結婚式のバックバンドの仕事だった。車でニューヨークからメキシコに向かう彼らの珍道中が描かれる。
 面白かった。特に、「俺たちは第39集団農場にいた」という歌詞が印象深い。ソフホーズとかコルホーズとか、ぼくは中学校の地理でぎりぎり習った世代だけど、今や死語だもの。懐かい言葉が聞けて妙にうれしかった。
■深夜、今日の最後のニュースチェックをしようと、アサヒ・コムへ。すると、「仏哲学者のジャック・デリダさん死去」という見出しがあるではないか。思わず「あっ!」と声を上げてしまった。
 急いでフランスの有力紙のサイトを覗く。"Nouvel Obsevateur"では、ジャック・シラク仏大統領のコメントが掲載されていた。現代最高の哲学者の1人だから、哲学者が尊敬されるフランスではまあ当然のことなんだろう。
 ぼくの知識や理解力では到底歯が立たないため、デリダの著作を読むことはこれまでなかった。しかし、フランスを中心とした現代思想の話題には割と注意を払ってきたから、デリダが偉大な哲学者であることは充分承知している。雑誌「現代思想」が追悼号を出すのは確実だから、それを読んで彼の位置づけを改めて確認しよう。
 それにつけても思い出されるのは同じくフランスのクロード・レヴィ=ストロースの現況である。1908年生まれ、20世紀後半の思想の大きな源流である構造主義を打ち立てたこの人類学者はまだ存命なのだ。
8日(金)
「春にして君を想う」(91年、アイスランド・独・ノルウェー、監督:フリドリック・トール・フリドリクソン)を観た。
 老いること、死を待つこと、アイスランドの幻想的な風景の中で紡がれるファンタジー。中盤、ちょっと泣いた。
■今、テレビにはAIGジャパンオープンテニスの 「女子シングルス・準決勝」が映っている。ちと考えるところあって2ちゃんねるの実況板を覗いてみた。案の定、そこは「シャラポワたん」についての書き込みがひしめいていた。そんな中、関西地方では台風情報のためフル画面で観られないらしく、「台風氏ね」という書き込みが。うーん、面白い。
 ところで、シャラポワはなんであんなにテカってるの? 若いから? それとも何か塗ってるの?
7日(木)
■ボブ・ウッドワードの『ブッシュの戦争』をようやく読了。500ページもあるので、他の本も挟みながら少しずつ読み進めた。
 本書ではブッシュをはじめ、パウエルやラムズフェルドら長官級の人物、アーミテージやウォルフォウィッツら副長官級の人物などの生の声がふんだんに紹介されている。国家安全保障会議における彼らのやりとりは、彼らが9.11テロに際してどんな対応を協議し、どんなプロセスをたどってタリバン掃討を決断したのかを知る上で貴重な資料となるだろう。また、アフガニスタンにおけるCIAの作戦にも焦点が当てられており、興味が尽きない。アタッシェケースにドル札を詰め込んで・・・なんて、ホントにあるんだなぁ。
 ただ、この本は「気をつけて読まなければならない本」だと思う。というのも、テロ発生に至るまでのアメリカの外交政策やアフガニスタンを攻撃することの是非については全く触れられていない。つまり、批判的な視点が皆無なのだ。だから注意しないと、さまざまな難問を乗り越えて国家の危機に立ち向かった大統領たち、という正のイメージを抱いてしまう。かくいうぼくは、途中で「あ、アフガン攻撃が当然の結論のように思えてきちゃった」と気づいて、軌道修正した。
 まあ、政権の中枢にいる人たちに肉薄してるんだから、批判的な視点がないのも分かる。要は読み手しだい、かも。
6日(水)
■10日ほど遅いタイミングの話をひとつ。
 例のライブドアが、新球団名をウェブ上で募集した。多くの投票があったが、ほとんどすべての名前が使えないものばかりで、間もなくページは閉鎖されたという。では、投票で1位になった球団名は何か。それは「仙台ジェンキンス」。・・・確かに使えないよな。
「東京画」(85年、西独、監督:ヴィム・ヴェンダース)を観た。
 来日したヴェンダースが、敬愛する小津安二郎の墓を訪ね、小津映画を通して醸成された自らの東京へのイメージを現代の東京の姿と重ね合わせていく。ドキュメンタリーのようなもの。1983年当時の東京の様子が外国人映画監督の目を通して描かれる。
 個人的に一番面白かったのは、テレビのチャンネルをランダムに回していたらちょうど「タモリ倶楽部」のオープニング(現在と変わらない)が流れたこと。ヴェンダースが当時の東京に小津映画のイメージを見いだせなかったように、この作品を観る日本人も、当時の東京と現在の東京に隔たりを感じざるを得ないだろう。でも、「タモリ倶楽部」は不変なのである。
 そのほか、多くの小津映画に出演した笠智衆と、カメラマンを務めた厚田雄春へのインタビューも、映画に対する小津のこだわりを知る上で興味深かった。
 あ、そうだ。ヴェンダースはドイツ人なのに、自らが担当したナレーションはフランス語だった。これはどういうことなのかよく分からない。ちなみに、字幕翻訳者として松浦寿輝が名を連ねている。
5日(火)
■何かの拍子に首をひねったのか、痛くてたまらない。眠ろうにも姿勢が定まらず、ちょっと動いただけでも痛む。そんな状態で朝の6時過ぎまで眠れなかった。4時半くらいにテレビをつけると、「めざにゅ〜」という「めざましテレビ」の親戚みたいな番組が放送されていた。
 アナウンサーの杉崎美香が時刻を告げる時に言ったことー「これからお休みになる方も、すでに起きた方も、4時29分です」。そりゃそうだろ。
■千葉県柏市で、市内の公道での喫煙を禁止する条例案が提出されるという。すべての公道で禁止するのは全国初なんだとか。ちなみに罰金は1万円。
 いよいよ厳しい囲い込みが始まったな、と。せっかくなので、柏市のHPで条例案の詳細を見ることにしたが、ないみたい。条例案は載らないか。そこで、市議会の議事録を読んでみることにした。
 うーむ、この条例案はちょっと問題があるんじゃないのかな。条例案提出のきっかけを語っていると思われる同市環境部長の発言を引こう。空き缶などのポイ捨てを条例で禁止し、成果が挙がったという発言に続くものである。

 しかし、たばこの吸い殻のぽい捨てについては依然目立っておりまして、まちの美観を大いに損ねております。そこで、路上喫煙を何らかの形で規制することによって吸い殻のぽい捨ての根絶といいますか、減少、ひいては安全で衛生的な公共空間の確保を図ることができないかにつきまして前向きに取り組んでまいりたいと思います。

 条例案が目指しているものは、タバコのポイ捨てをなくすことによる街の環境美化らしい。しかし、そのために路上「喫煙」を禁止するのは飛躍ではないのか。
 路上喫煙は、吸い殻のポイ捨ての必要条件に過ぎない。このロジックを使えば、缶ジュースを飲みながら歩く人も規制の対象にしなければならなくなるだろう。前言撤回。ちょっとどころではない、非常に問題のある条例案だ。否決されることを強く願う。
 喫煙者の言いがかりだと思わないでほしい。ぼくが問題にしているのは、多数の人を縛る条例が稚拙な論理で作られてしまうことであって、それ以上でもそれ以下でもない。
4日(月)
「少女の髪止め」(01年、イラン、監督:マジッド・マジディ)を観た。
 具体的に書くとネタバレになるのでほどほどに。この作品は、アフガニスタンに対する世界の態度を提案していると思う。ストーリーは、イランの建設現場で働くイラン人青年が、出稼ぎとして同じ建設現場でいるアフガニスタン人にうんぬん、というもの。ぼかし過ぎかな。
 とにかく、この青年の行動が国際社会のとるべき行動を象徴しているように思える。
 タイトルにある「少女」。ぼくは、この少女が福原愛に見えて仕方がなかった。
■「スーパーニュース」で、住宅地でスズメバチが増えて問題になっている、という特集をしていた。どこかの局と似たような特集をしやがって、と思いつつ観る。
 巣の除去を終え、中にいた女王バチを手袋も付けていない手の上に載せているシーンがあった。手の主は、確かアマチュアのスズメバチ研究家。画面の隅に、すかさずテロップが現れる。
 ※危険ですので、絶対にまねをしないでください。
 するか! というより、そもそも女王バチを簡単に取り出せるのかよ。あのテのテロップの大半は視聴者をバカにしてるような気がする。
3日(日)
「用心棒」(61年、日本、監督:黒澤明)を観た。
 黒澤作品を観るのは初めて。「七人の侍」は長いし、常にレンタル中なので、この作品を選んだ。有名なラストのシーンはもちろん、三船敏郎演じる桑畑三十郎の立ち回りが圧巻。
2日(土)
■ちくしょー。スペースキーが利かなくなった。ノートPCではなく、ノートの方につないでいたデスクトップPCの方のキーボード。まあかなり前から同じ症状があったんだけど、ここ2年くらいは何ともなかったんだよな。
 ということで、変換がまったくできなくなってしまった。仕方なく、今はノートPCのキーボードで入力している。ちょっと不便なくらいだから我慢するか。
■昨日だったか、世界の億万長者を紹介する番組が放送されていた。事業に成功したことは言われなくても分かるが、その人の会社で働いている人は満足な待遇を受けているんだろうか。そういうのを無視したまま、豪邸やら、大金をつぎ込んだ趣味の世界やらを見せられてゲストも喜んでんじゃねーよ。
 貧富の格差が拡大しつつあるアメリカ、それを後追いする日本、という図式がある中で呑気なもんだ。負の部分も放送しろ、と言いたいのではなく、ゴールデンで放送するに値しない番組だってこと。
1日(金)
■スズメバチに刺された、と思ったところで目が覚めた。
 刺す前に噛むらしい。あごの力が強いから、かなり痛いらしい。そんな知識があったので、夢の中でもまず噛まれた。
 まったく、松戸市の「すぐやる課」がハチの巣退治に追われているとかいうテレビのリポートを見た影響だろうな。
 テレビをつけて時刻を確認すると、午前6時すぎ。嫌な時間に目が覚めたもんだ。でも、その時にふと思い出した。記録達成がかかったイチローが出場する試合中継をやってるんじゃなかったけ。しばし観戦。でも、あと1本というところで止まってしまった。あれま。
「メルシィ!人生」(00年、仏、監督:フランシス・ヴェベール)を観た。
 初めて観た気がしなかった。そもそも、レンタルビデオ店で借りようとした時に1度観た感覚があったくらいだ。
 それもそのはず。ぼくはかつて、この映画の紹介記事を書いたことがあったのだ。えっ、紹介記事を書いたことがあるのに映画を観たことがないってのはおかしいんじゃないかって? いや、観なくても書けますぜ。
 という話は置いといて。会社をクビになることを知った主人公が、アパルトマンの隣室に引っ越してきた初老の男性の助言に従ってクビを撤回しようとする。助言とは何か。それは、主人公がゲイであるという噂を社内に流すことだった。
 噂を聞いた、ジェラール・ドパルドュー演じる人事部長の変わりようが見もの。そういえば、ドパルドューってあんなに大柄だったか? 「シラノ・ド・ベルジュラック」の時とは大違いだ。



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