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30日(火) ■今日の映画:「再見-また逢う日まで-」(01年、中国、監督:ユイ・チョン) いやぁ、泣けましたねぇ。内容は、両親の死によって離ればなれになった兄弟4人が再会するというもの。 両親とともに暮らしていた頃から別れまで、そして20年の時を経て再会するまでが交互に描かれていく。両親の死後、長男が3人の兄弟を連れて引き取ってくれる家を探すシーンと、その都度訪れる兄弟の別離に胸を締めつけられる思いがした。ところで、成人した長女役を演じたジジ・リョンがすごくきれいだったなぁ。香港のモデル兼女優らしい。 中国映画はこの作品で3本目。どの作品も、貧困が背景にあった。確かにそれは中国が抱えるひとつの問題なんだろうけど、たまには違った映画も観ようかな、と思った。 29日(月) ■成田空港に行こうかなぁ、なんて思ったりした今日このごろ。 見送りではなく歓迎に、だ。ぺ・ヨンジュンと入れ替わり、かどうかは知らないけど、チョン・ジヒョンが来日した。まあちょっと見たいかなと思ったわけ。 韓国では、CM契約数などを考えればトップスターといってもいいほどの女優なのに、ペが「帰った」という話題に消されてほとんど触れられていない。スポーツ紙でいえば「サンスポ」くらいだったか。明日は記事に、って、ペの記事も明日載るのか。 ■ふとしたきっかけで昔のヒーロー戦隊ものの主題歌をいくつか聴いた。 「太陽戦隊サンバルカン」。ああ、懐かしや。懐かしい一方で、「え、そんな歌詞だったのか」という驚きもある。「科学戦隊ダイナマン」も。 28日(日) ■今日の映画:「座頭市」(03年、日本、監督:北野武)。テレビで。 27日(土) ■今日の映画:「ポネット」(96年、仏、監督:ジャック・ドワイヨン) キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! ついに今年100本目の映画。 母親の死を受け入れられない4歳の少女が再び母親に会える時を信じて待ち続けるが、ある出来事を機に現実を受け止めるようになる、というお話。少女の願いとキリスト教の信仰心が密接に関わっているため、「日本じゃ撮れない作品だろうな」と感じた。 でも一方で、キリスト教は単なる媒介に過ぎないとも考えられる。少女の純粋な気持ちとその昇華という部分については普遍的なんじゃないかと。 作品を締めくくる言葉ー楽しむことを学びなさい この言葉を胸に、少女は新たな世界を生きていくのだろう。 ■最近欠かさず観ている「CBSドキュメント」。昨日の内容も刺激的だった。 血液型が一致しなくても、心臓移植が可能なんだって。そんなバカな。 なんでも、抗体が完成しない生後1年くらいの乳児なら可能らしい。イギリスとカナダでは数十に及ぶ成功例があるとかで、番組ではカナダの小児病院をリポートしていた。誰もが知っている医療の常識が通用しないケースがあるなんて。ホント、びっくりしたわ。 26日(金) ■ぺ・ヨンジュンが宿泊するホテルニューオータニ前に集まったファンが、ペ登場の混乱の中で負傷した。それを受け、イベントに登場したぺの表情からは笑みが消え、事態に対する謝罪の言葉まで飛び出した。 今回の騒動を見ながら感じた印象を表すなら「気持ち悪い」の一言に尽きる。まあマスコミの煽り方が常軌を逸していることも大きな原因なんだろうけど。 今後、ペが公の場に姿を現すこと自体が危ぶまれている。そんな話を聞くと、ファンの中には「心配させちゃいけないから、みんな、節度を守って応援しましょうね」などと訴える人が出てきそう。個人的には、こっちの方がもっと気持ち悪いな。 25日(木) ■今日の映画:「セントラル・ステーション」(98年、ブラジル、監督:ヴァルテル・サレス) ■警察庁が「おれおれ詐欺」の名称変更を検討しているらしい。 漆間巌警察庁長官が記者会見で語ったところによると、その呼び方は「あまりにインパクトがあるため名称が一人歩きして、『おれおれ詐欺』と気付かずだまされる例がある」。まあ確かにね。以前の日記で触れた通り、「おれだけど」と切り出す形はなくなりつつあるようだし。 ちなみに、長官自身は会見で「電話演出詐欺」という言葉を提案している。なかなかいいと思う。できるだけ硬くて抽象的な方がいい。言葉の硬さが犯罪を抑止する一要素になりうるんじゃないか、と今なんとなく感じたから。 そう考えると、暴走族を「珍走団」と呼ぼうとかいう運動はいいアイデアだ。先の道交法改正で、被害者からの具体的な通報がなくても暴走行為を検挙できるようになったらしいけど、それで効果がなければ警察庁はこれまた名称変更を検討したらどうか。 24日(水) ■「百貨店大百科」(92年、フランス、監督:セドリック・クラピッシュ)を観た。 ■一応毎週観ている「トリビアの泉」。追加の「へぇ」でもう笑うなよとか、確認VTRに行く時に八嶋智人はいつまで首を傾けるんだよ、と思いながらも観ている。 今日は、ある確認VTRに「空耳アワー」の常連エキストラが複数出ていた。ネタは、ハイドンの交響曲「驚愕」は演奏会で居眠りをしている人を起こすために作られた、というもの。検証のため、実際に深夜にまで及ぶ長時間の演奏会を開き、観客がほどほどに眠り始めたところで件の曲を演奏する。その会場に、空耳の常連が観客として映り込んでいたのだ。 フジテレビの番組にも出演したということは、テレビ朝日のスタッフではないことがはっきりした。まあそれは前から分かっていたけど。たぶん制作会社の人では? 「タモリ倶楽部」はハウフルズの制作だった。「トリビアの泉」もそうなのかな、と思ったが、最後のクレジットを確認し損ねた。来週は最後まで観るとしよう。 ■細木数子が映画のタイトルにまで口を出し始めた。 いつくかのスポーツ紙が記事にしてはいた。ただ、細木に対する疑問や批判を投げかけていた記事は皆無。「何様だよ」などと書くところがあってもよさそうなのに。 タイトルを実際に変更したとすると、すでに完成した映画のため数千万円の費用がかかるという。各紙は、「関係者は困惑」と書くのがせいぜいだ。ホント、スポーツ紙の芸能記事ってユルいよね。 「週刊新潮」や「週刊文春」がそろそろ細木を徹底的に叩いてくれないだろうか。「噂の眞相」だったら、絶対に本文特集のトップで批判していただろうな。以前も細木に対する批判記事を載せてたし。 「噂の眞相」といえば、ナンシー関が生きていたらどんな文章でぼくらを楽しませてくれただろうか。「モンキッキー」なんて、もう格好の餌食になっていただろうな。ああ、改めて惜しい人を亡くしたと思う。 23日(火) ■「ロッタちゃんとあかいじてんしゃ」(92年、スウェーデン、監督:ヨハンナ・ハルド)を観た。 「ロッタちゃんはじめてのおつかい」に続く第2弾。主役のロッタちゃん役を務めるグレテ・ハヴネショルドの演技がとにかく良い。もはや演技とも言えないくらい自然な動きと台詞回し。だから、スウェーデンの小さな町で繰り広げられるロッタちゃんとその家族の心温まる話に安心して没入できる。 ただ、両親が時折見せる厳しい表情に一瞬ドキッとさせられることもある。子供の世界を単純に描いた作品ではないということだ。 ■東京で木枯らし1号が吹いてから途端に寒くなった、気がした。最高気温が10度を超えているのにこんなに寒がっているのはまずいな、と思っていた。ところが、最近はそうでもない。気候の変化に慣れたからだろうか。季節の変わり目をこれほど肌で感じたことは今までなかったんだけどな。 22日(月) ■NHKはしつこいねぇ。 もちろん、あのナントカ様への紅白歌合戦出演交渉のこと。会長直々にメッセージを送ったとかね。さまざまな団体からの辞任要求を蹴りながら、こういうことには熱心なのか。 前にも触れた通り、NHKの制作能力が低下している中での韓流ブームなわけ。紅白歌合戦にしても、視聴率の低下が報道されて久しい。その度にNHKは、衛星放送やハイビジョンでも放送しているため、視聴者が分散しているのだ、と弁明してきた。 でもさ、そのナントカ様の出演に拘泥し続けているってことは、視聴率回復の切り札であると見なしてる部分があるわけでしょ。結局、従来の紅白歌合戦では視聴者離れは避けられないと認めたことになるよね。出演してほしい歌手の投票結果を公表したことも裏目に出ているようだし。ダメダメ。会長を含めてNHKは体制を一新するしかないね。 21日(日) ■あーあ、先日書いたドコモのCM。ちょっと誤解している部分があったようだ。該当箇所を削除しておいた。何らかの作品について、記憶だけを頼りに書く場合は慎重でなければならないな、と。 ■「ロゼッタ」(99年、ベルギー・仏、監督:リュック=ピエール・ダルデンヌ)を観た。 これはちょっと・・・。カンヌ映画祭でパルムドールと主演女優賞を受けた作品らしいけど、それを知らなかったら最後まで観なかったかも。実際、眠くて仕方なかった。固定カメラはあまり使っていないようで、走るシーンとかほとんどの画面はグラグラしていたし。 とはいえ、つらい境遇にある女性のリアリティを独特なタッチで描いている、なんてことは言えるわけで。もう1回観れば、また別の見方もできるんだろうけど、まあいいや。 ■「ドラえもん」の主要声優陣5人が来春、降板することになったという。大山のぶ代も! 後任は未定とのことだが、なんともショッキングなニュースだ。これは山田康雄が亡くなった時に匹敵するね。 20日(土) ■「ドラッグストア・ガール」(03年、日本、監督:本木克英)を観た。 面白かった。特に、柄本明や三宅裕司ら中年組のキャラクターが良い。彼らが主演の田中麗奈に恋心を抱き、彼女がバイトをしているドラッグストアに足繁く通う姿などは、中学生的なコミカルさがあった。 また、宮藤官九郎の脚本もユニークで楽しい。宮藤が手掛ける作品によく登場する荒川良々の演技も印象的。 ■「GO!GO!L.A.」(98年、英・仏・フィンランド、監督:ミカ・カウリスマキ)を観た。 いつか借りようと思っていた作品。今日、TBSの深夜に放送されていたのでつい観てしまった。録画してたのに。 監督は、「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」などで知られるアキ・カウリスマキの兄。そして、この作品にはレニングラード・カウボーイズがたびたび登場する。一番の楽しみはそれだった。 19日(金) ■<フジテレビの人気知的美人アナに初の熱愛報道> 今日発売の「FRIDAY」の報道を紹介した「サンスポ」の記事のタイトルだ。人気・知的・美人ときたか。佐々木恭子がねぇ。いくら同じフジサンケイ・グループだとしても、やり過ぎだよ。 18日(木) ■高橋ジョージ、最近出まくりだな。 これから何かあるのかな、または何かしたのかな。三船美佳が妊娠したくらいでこうはならないだろう。「ロード」がひと区切りついたんで、今度は「ハイウェイ第1章」をリリースしますとか? ここ数年まったく見かけなかっただけに、最近の露出の多さは異常にも思える。もしかしたら、信濃町の方で出世されたんで、そのお披露目だったりしてね。 17日(水) ■加藤あいは騙されたんじゃなかったのか? ドコモのCMで、家族内メールが無料になるというものがある。そのことを伝える最初のCMでは、キャスターに加藤が抜擢されるシーンがあった。そして、リハーサルだか本番だか分からないが、「家族内メール無料」と書かれた紙を示して、加藤自身が驚くという流れになる。 気になったのは、その間、加藤の抜擢を快く思わないらしい女性のカットが挟み込まれること。これが挟まれていたから、例の紙に書かれた「無料」という情報はその女性が仕組んだウソだったのではないかとぼくは思った。だから加藤も驚いた、と。 無料と聞いていたのにどういうことだ!という苦情→加藤は降板→そして彼女が代役に まあそんなCMだと考えていたわけ。ところが、第2弾のCMでは、無料が既成事実化している。どういうことだ。あの女性の存在と、彼女のカットを挟み込んだ理由はいったい何だったのか。分からなくなってきた。これは第3弾を待つしかないのか。 ■アンガールズがフジテレビの「お笑い登龍門」という番組で、ショートコント30連発を披露していた。アンガールズは好きだし、コントはほとんど面白かったからいい。 15連発を終えたところで登場した浅越ゴエ。これがとにかくつまらなかった。スーツを着て、「しっくりこないニュース」というテーマで自作のニュースを読み上げる。どこが面白いのか不明。なるべく書かないようにしていることをあえて書くならーぼくのほうがもっと面白いことを考えられるよ。 それにつけても、「ひょんなこと、の『ひょんな』って何?」をまだネタにするヤツがいたとはね。ただ、「ひょんな」の「な」まで入れたのは珍しいかな。もちろんからかってるんだけど。 16日(火) ■「ハリー・ポッター」の最新巻はやはり大量に売れ残っているらしい。買い切りだから、まるごと書店の在庫になってしまうと心配されたが、どうやら版元が5%(入荷分か在庫分かは忘れた)の返品を受け入れるようだ。 そんな中、千葉県のある書店は入荷分をすべて売り切ったという。そしてその背景には、マーケティングを実施した上での冷静な売り上げ予想があったらしい。商品がどんなに人気のある物でも、売り方ひとつで変わるんだね。 ■アラファト死去を受けて、後継者問題とともに彼の妻がクローズ・アップされている。 初めて妻の姿をテレビで見た時、ものすごい違和感があった。イスラム系組織のトップに立つ人物の妻にしては派手だ。しかも、子供と一緒にパリに住んでいるとは。 ありがちな発想として、財産目当ての結婚だったのではないかという噂もあるらしい。なにしろアラファトの資産額は、諸説あるらしいが、IMFが把握しているところでは約42億ドル(約4494億円)にのぼるとか。これはこれで違和感があるね。 15日(月) ■「奇人たちの晩餐会」(98年、仏、監督:フランシス・ベヴェール)を観た。 ちょっとブラックなコメディー。構成もきちんとした作品だったので、かなり楽しめた。 14日(日) ■テリー・ゴディーって3年前に亡くなってたんだね。今さら知ったよ。 ■「あの子を探して」(99年、中国、監督:チャン・イーモウ)を観た。 またも農村部と都市部との違いについて考えさせられる作品。経済的な格差は相当あるようで、その格差が農村部でむしろ顕著な拝金主義の根底にあるような気がする。 ■最近よく観ている番組がある。金曜日の深夜にTBSで放送されている「CBSドキュメント」だ。 おとといの放送では、「物を売られている」という意識を消費者に抱かせないステルス・マーケティングという手法をリポートしていた。 新たに開発されたゲームソフトが入ったノートパソコンをスタッフに渡す。スタッフはカフェなどでおもむろにパソコンを開き、そのゲームをやり始める。そこで興味を持って話しかけてきた人に対して、スタッフは宣伝めいたことは口にしないまま、とりあえず実際にプレイさせ、詳しいことを知りたければメールを送ると伝える。これだけ。対象となった人は、面白いものに偶然出合ったとしか思わないだろう。 ほかに、偽のカップルが街を歩き、写真を撮ってほしいと頼む。そこで取り出すカメラが新商品なのだ。これまた知らぬ間に対象となった人は巧妙な宣伝に取り込まれるわけ。 直接的なメッセージを伴った宣伝をあまり好まない消費者が多い今、有効的な手法だといえる。でも、そうとは知らないうちにセールスの対象になっているという状態は気味が悪い。そして何より、街での何気ないコミュニケーションに相互不信がつきまとうようになってしまうのではないか。 アメリカで行われているということは、日本でも間もなく、いやすでにこのステルス・マーケティングは始まっているかもしれない。 13日(土) ■あまり同情できない「おれおれ詐欺」被害があった。 埼玉県内で開業している男性医師に息子とかたる人物から電話がかかってきた。医療ミスで人を殺してしてしまい、慰謝料や口止め料が必要なので600万円を振り込んでほしい、と。そして医師はその言葉に従ったという。 もちろん、注目すべきは「口止め料」だろう。たった一度の会話で即、金を払ってしまった医師は問題だ。要するに、「金で解決すれば大丈夫」という意識がごく自然のものとしてあったとしか思えない。まったく、嫌な話だよ。 ところで、「おれおれ詐欺」という言葉が人口に膾炙している今、いきなり「おれだけど」などと話す手口は減っているらしい。一方、それで警戒心が薄れて被害に遭う人もいるというのだから話はややこしい。 12日(金) ■メキシコ人とチャットをした。相手はメキシコシティ近郊に住む男性。 オンライン対戦できる簡単なゲームがあったので、挑戦してみたところ、オプションのような形でチャットがついていた。1対1ということもあり、せっかくなので挨拶代わりに「hi」と入力。すると、相手はぼくがどこからアクセスしているのかを尋ねてきた。ぼくはjonとかいう適当な名前を名乗っていたので、適当な国を挙げることもできた。でも、正直に答えたね。japannって。タイプミスしちゃったよ。 で、相手はメキシコシティうんぬんと答えたわけ。あとは性別や職業について簡単なやりとりを少々。職業については、21歳の学生ってことにしといたけどね。一方、相手の職業はprofessionist。…といわれても、そんな単語は聞いたことがない。実際、一般的な辞書には載っていなかったし、英文科の大学生に訊いてもはっきりしたことは分からなかった。まあいいや。今後会うわけでもないんだし。というより、会っても分からない。 メキシコシティってものすごい人口だよね、などいろいろと訊いてみようとも思ったが、何せメインはゲームなのだ。間もなく、ぼくの惜敗によってチャットは自動的に打ち切られた。チャットをしたのは数年ぶりだけど、うーん、ありかも。 ■「キャラバン」(99年、仏・ネパール・英・スイス、監督:エリック・ヴァリ)を観た。 舞台はヒマラヤの高地。麦と交換するために塩を牛に載せて運ぶキャラバンのドラマだ。文明化の波が押し寄せる中、キャラバンの伝統を記録しておこうと制作されたという。撮影はオールロケで、ヒマラヤの雄大な景観に圧倒されることは間違いない。 中盤、占いで導かれた吉日を無視して一足早く出発した若者グループに追いつくため、長老グループが非常に危険とされる湖の脇道を通る。一歩間違えば湖(エメラルドグリーンの湖面がとてもきれい)に転落し、助かる望みはない。人間は引き返せても、牛には不可能なほど細い道。しかも、途中で道が一部崩落していたりするんだよね。このシーンはかなりヒヤヒヤした。 11日(木) ■いつの間にやらMARK X、か。 珍しく車の話題を。MARK Xとは、トヨタが発表した新車種。おおよそ見当がつく通り、MARK IIの後継車種だ。ってことは、MARK IIは生産中止になったわけね。ちょっぴり悲しい。 高級セダンの新車種がターゲットにしているのは、もっと若い世代の消費者。「もっと」と書いたが、なんでもMARK IIの購入者の平均年齢は58歳だとか。(テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」より) でも、「平均年齢はそんなに高いか?」って思っちゃうんだよね。 ぼくが一番、車に詳しかった時代。中学時代のことを思い出そう。「ピットイン」という雑誌を購読していて、NSXの発表に胸躍らせたっけ。CHASER、MARK II、CRESTAが一斉にモデルチェンジしたっけ。あと、最終ページに出ていたレースクイーンの中に1人、ものすごくかわいい人が・・・と、そんなことを思い出すんじゃなかった。 当時、MARK IIは全盛期で、街でも見かけることが多かった。いま記憶に浮かぶ範囲でいうと、友人の父親(当時40代)、学校の教師(当時20代)が乗っていた。あとは、いわゆる族車でもMARK IIの使用率は高かったような(ただ、ほとんどが中古車かも)。そんなイメージがあるため、平均年齢58歳は高すぎると感じるんだよね。ここ10年くらいで変わったんだろうか。 あ、そうそう。マーク・「ツー」だから、読み方はマーク・「テン」かと思いきや、マーク・「エックス」なんだって。 10日(水) ■「ブリキの太鼓」(79年、西独・仏、監督:フォルカー・シュレンドルフ)を観た。 いやー、すごい映画だった。3歳で自ら成長をやめてしまったオスカルの目に映る1927年から45年までのドイツの様子が描かれている。時代はもちろん、ナチス台頭から敗戦まで。グロテスクな場面も多いが、それこそが時代の本質を表しているのだろう。マージナルな存在だったオスカルだからこそ、見えてくるものが多かったに違いない。 一番印象に残ったのは、ナチスの集会が大勢の支持者の参加の下、行われるシーン。オスカルはステージの下に潜り込み、太鼓(3歳の誕生日にもらったブリキの太鼓)をたたき始める。すると、ナチスの幹部を迎えるために演奏していた楽団の曲が、徐々にヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」に変わってしまう。さらに音楽に合わせて、壇上で演説をぶっていた党員を除く人たちがみな踊りだしてしまうのだ。なぜだか分からないが、ぼくはこの場面で目に涙がにじんだ。 オスカルを演じた少年の演技、そして眼差しも見事だった。 ■被爆者の写真を肝試しの際に使用した熊本県の小学校教師が停職6カ月の処分となった。当然だ。 いや、待てよ。免職処分じゃないのか。時事通信の配信記事によると<県教委は「人権教育の教材を目的外に使うのは言語道断だが、教職員に対する熊本市教委の人権教育の研修が十分でなかった面などもあり、停職で最も重い6カ月とした」と説明した>という。 え?研修受けなきゃ分からないの? 熊本県はそんな人たちを教師として採用してるの? 熊本県の人だったら、水俣病の被害を身近に感じていたはず。だから今回の件は決して些末なことじゃないだろう。教師が持つべき最低限の認識が欠如していたわけでしょ。やっぱり免職処分が当然だよ。もう59歳なんだし。まあ逆に考えれば、こんな教師が長きにわたって教鞭をとっていたなんて恐ろしい。 9日(火) ■立花隆の『東大講義 人間の現在1 脳を鍛える』を読み終えた。 先日書いた『ここまでわかった宇宙の謎』の読了後に取りかかったのだが、意図せず宇宙論に関する知識を復習することにもなった。 「何でも屋」を自認する立花だけあって、講義内容は文系・理系を問わず幅広い。本書はどちらかというと理系、中でも物理学の内容が多かった。現代社会において、サイエンスとテクノロジーについての基本的な知識は欠かせない、と立花は強調する。もちろん、文系だからという言い訳は通用しない。東大での講義だから、将来、知的な職業に就く人に対して語っていると考えることもできるけど、まあ指摘はその通りだろう。 ぼくは読んでいて、自分の教養のなさを思い知った。高校は文系クラス、大学は文学部だったとはいえ、一般教養として物理をはじめとする基本的な科学の知識が欠如していることをこれほど痛感したことはない。例えば熱力学の第二法則。知らなかった。学校で習ったっけ? あとはアイソスピンの保存則とか。いや、これは一般教養じゃないらしい。 とにかく、物理の基礎くらいは知っておいた方がいいなと思った。そうしないと、相対性理論とかパリティの非保存の発見(この2つの解説については講義の中で多くの時間が割かれている)とか、科学の大転換があったときについていけないもんね。少なくとも、宇宙論を理解するために必要なくらいの知識は身につけたいな。 8日(月) ■最近、ABBAの曲を聴き直している。 きっかけは、ちょっと前に読んだ「ノエル・ギャラガー、『アバの大ファン』」(BARKS)という記事。oasisのNoelがテレビ番組で「アバの大ファン」であることを告白したという。そして<自分もアバのヒット曲「SOS」「Waterloo」「Super Trouper」のようなトラックを書くことができればいいのにと話をし(略) 純粋に、ソング・ライティングの立場から言うと、彼らはほど素晴らしいアーティストはいない。>と持ち上げたんだとか。意外だ。でも、うれしい。この記事を読んで再びABBA熱が高まった。 そうそう、もうひとつきっかけがあった。先日書いたManic Street Preachersの最新アルバム。そのライナーノーツに、メンバーが最近よく聴いているアルバムとして「ABBA GOLD」が挙げられていたのだ。これも意外だった。 U2のBonoもABBAを評価していることを考えると、ABBAっていうのは本当にすごいグループだったんだなと実感する。というわけで、ぼくが持っているアルバムの中から「これは」と思う曲を選び出してiTunesに放り込んだ。その数37曲。これでパソコンでの作業中に好きなだけ聴ける。よしよし。でも、今聴いているのはチャイコフスキーの曲だったりする。 7日(日) ■「やかまし村の子供たち」(86年、スウェーデン、監督:ラッセ・ハルストレム)を観た。 自然に囲まれた「やかまし村」に住む6人の子供たちの一夏が描かれている。ああ、やっぱりハルストレムはいいなー、と実感するようなほのぼのとした作品だった。 事件なんて何一つ起こらないけど、笑顔あふれる子供たちの姿を追っているだけで充分だ。そして、「そう、こんな時代もあったんだよな」と、懐かしさに浸ることもできる。いい映画だよ、ホント。 ■今日の「報道特集」(TBS)はショッキングな内容だった。 最近、高速道路での逆走事故が増えているらしい。番組内で採り上げていたのは、約9キロもの距離を逆走した例。なんでも、インターから入ってきて本線に入る地点でUターンしたんだとか。逆走中、対向車(もちろん逆走した車から見て、だけど)と1度だけミラーが接触した程度で事なきを得たという。ただし、ミラーが接触したのとは別の対向車が急ブレーキをかけて、後ろから来た車に追突される事故が起きてはいる。 この例を導入部分にして番組がテーマにしたのは、痴呆老人の運転。軽い痴呆の状態にある老人の事故が(先の逆走事故を含めて)問題になっているというのだ。 痴呆の状態にある場合、自分の症状を自覚していないため、車を運転しないように説得するのが困難らしい。逆に、強引に運転をやめさせたら、暴力的になったり症状が加速してしまったケースもある。 アメリカでは痴呆に関して専門医が適性検査を行い、不適格とされた場合は免許が剥奪されるとか。日本でも早く対策をとらないと深刻な事態になりそうな気がする。 6日(土) ■「北京ヴァイオリン」(02年、中国、監督:チェン・カイコー)を観た。 中国の映画をきちんと観たのは初めてかもしれない。この映画は、ヴァイオリンのコンクール出場を機に北京にやってきた父と息子の物語。沿岸部と内陸部との格差など、今の中国が抱える問題が垣間見える。 ■突然だが・・・「歯ぶらし」 「世界ふしぎ発見」にチャンネルを合わせたら、板東英二のこんな回答が目に飛び込んできた。ここ数ヶ月の間で、一番面白い言葉だな。だって、歯ぶらし、だよ。 他のものに当てはめるなら、百円らいたー、紙こっぷ、着めろ、となるってことだからね。でも、「歯ぶらし」という字面には到底及ばないみたい。 こりゃいい言葉に遭遇したもんだ。気に入ったよ。大書した紙を床の間に飾りたいくらいだ。床の間があれば、の話。 5日(金) ■「カッコーの巣の上で」(75年、米、監督:ミロス・フォアマン)を観た。 ■細木数子センセイがまたレギュラー番組を始めました。例によって、人々が抱えるさまざまな悩みについてアドヴァイスしていくという内容のようです。 好奇心から、いや、細木センセイの素晴らしいお言葉を拝聴しようと思い、少しの間ぼくはチャンネルを合わせてみました。 センセイはそこで、億万長者になる秘訣のようなことを話しています。いわく、今の若者は公私混同が激しい。趣味の延長で仕事をしたいという人が多い、と。そして、そもそも趣味の延長で仕事をして成功するのは「万に1人」と続けます。が、ぼくはそこである啓示を受け、泣く泣くチャンネルを替えました。 啓示の内容: (゚Д゚)ハァ? 趣味の延長だろうが、そうでなかろうが、成功するのは「万に1人」じゃねーの? ■ブッシュの再選より、アラファトの容態が気になる。 報道陣の前で病状を報告していた医師は、"M. Arafat n'est pas décédé."(ムッシュ・アラファ・ネ・パ・デセデ)と強調していた。「アラファト氏は亡くなっていない」という意味。 ふーん、アラファトは「アラファ」か。フランス語らしい。で、décédéはmortの格式語にあたるわけね。ちょっと勉強になった。なんて思いつつ、今後の中東情勢がどうなるか不安だ。 4日(木) ■テレビで多用されて久しい字幕。強調したい部分だけでなく、話される言葉を逐一表示するケースも多い。はっきり言って、うっとうしいことこの上ない。 そんな中、最近特に気になるのが字幕の間違いだ。テレビだからそれほど厳密にチェックする必要もないだろう。まあそう言って開き直られても困るけど。とはいえ、基本的な部分はきちんとしていてほしい。例えば、予想に反してという意味の「意外」。これが「以外」になってたりするんだよなぁ。何度か見かけた。 文章を書き、そして時には他人の文章を校閲する仕事をしていた身からすると、信じられない間違いだ。いや、それ以前に一般常識のうちでも最も基本的な知識だよ。変換ミスであることは容易に想像できるが、入力したものに一度くらいは目を通しているだろう。それで発見できないはずはない。ただ漫然と字幕を入れているんじゃないかと疑われても仕方がないんじゃないだろうか。字幕が邪魔だと批判されれば、耳が不自由な人のためなんて言ったりしてさ。ウソつくなって。どこの番組も入れるようになったから入れてるだけだろ。 昔、「朝日ジャーナル」という雑誌が世の中の「いらないもの」を採り上げる連載をしていた。今も続いていれば(そもそも「朝日ジャーナル」は廃刊になったけど)確実にこの字幕が槍玉に挙がっていただろうな。 3日(水) ■ブッシュが再選されるのかな。オハイオ州しだいってことだけど、現時点ではオハイオ州でもブッシュ優勢とのこと。うーん。 テレビでは午前11時頃に各局が特番を放送した。それぞれの番組では、両候補の獲得選挙人数を棒グラフにして伝えていた。過半数である270でグラフを二分し、両側に候補者の名前を置いて、過半数に近づいていくというような形のグラフ。ほとんどの番組が左側にブッシュの名を置く中、なぜかテレビ朝日だけは左側がケリーだった。 単なる偶然と言えばそれまで。だけど、テレビ朝日「だけ」が、というのが妙に引っ掛かった。どんな解釈ができるんだろうか。 2日(火) ■新札発行か。ぼくはまだ直接目にしてないけど。 20年ぶりというから、前回は1984(昭和59)年。「ロス疑惑」の報道が加熱した年だったんだね。全然覚えてない。同年に流行った禁煙パイポのCMはよく覚えているのに。 ロサンゼルスオリンピック。あー、カール・ルイスね。ぼくの回りでも、走り方をまねしてたヤツがいたなぁ。 都はるみが引退したのもこの年か。歌い方をまねしてたヤツは・・・いなかったな。 ソ連ではアンドロポフ書記長が死去して、チェルネンコが書記長に就任した、と。ニュースで次期書記長の候補者が紹介されていて、なんとなく「あ、この人が選ばれるな」と思った人がまさにチェルネンコだったっけ。 懐かしい記憶がいろいろと呼び覚まされてしまった。紙幣にはまったく関係のない話ばかりだけど。 ■買い物を終え、スーパーから出てきたときのこと。ぼくが止めておいた自転車のすぐそばに大きな犬が。 ぼくは犬が大嫌い。近づきたくないし、触りたくもない。大きければなおさら。幼少の頃、隣の家が大きなアフガンハウンドを2匹飼っていて、それがかなり凶暴だった。その経験が基で、いまだに恐怖心が払拭できないのかもしれない。まあできなくてもいいや。 というような事情があったので、すぐに自転車に乗ることはできなかった。どうしよう。考えること数秒。スーパーの脇の道に入り、飼い主が買い物を終えるまで待つことにした。分かってもらえないかもしれないけど、とにかく近くに行きたくなかったの。 こういうとき、携帯電話は便利な存在だ。画面を見て指を適当に動かしていれば、何事かをしているように見えるから。結局、それほど待つこともなく、無事に自転車に乗ることができた。ふぅ。 1日(月) ■「クジラの島の少女」(02年、ニュージーランド・独、監督:ニキ・カーロ)を観た。 ■いつの間にか「容疑者」になっていた。ビン・ラディンのこと。 先日公開されたビデオで、アメリカ同時多発テロへの関与を認めたことが「氏」から「容疑者」に変わった理由だろう。テレビも新聞も、申し合わせたかのように、いや、申し合わせてるんだろうけど、一斉に変更してた。 |