2004年9月の出来事



30日(木)
「女は女である」(61年、仏・伊、監督:ジャン=リュック・ゴダール)を観た。
 とてもコミカルな作品。で、ぼくはカトリーヌ・ドモンジョが出ていると知っていて、それを楽しみにしていた。が、発見できず。これはもう一度見直さなきゃならんのかいな。
■8月に就任したシンガポールの首相、その名をシェンロンという。あぁ、せっかく5個まで集めたのに、なんでシンガポールに出現しちゃうんだよ。
 ぼくが持っているのは、ん?もしかして偽物か! えーい、こんなもの! ・・・ガッシャーン・・・割れちゃったよ。ってことは、ただのガラス玉か。ちくしょー、やられたー。
 ってことは、シンガポール人が7個集めたってことかい。悔しいのー。でも、まだ消えてないわけだから、誰も願い事を言ってないのか。まだチャンスは、ないだろうな。
29日(水)
「勝手にしやがれ」(59年、仏、監督:ジャン=リュック・ゴダール)を観た。2回目。いや、3回目かな。
 なるほど、普通の映画と比べるとコマの切り方が変だ。ジャン=ポール・ベルモンドはタバコ吸い過ぎ。でも、カッコいい。
28日(火)
■斎藤貴男の書き下ろし『安心のファシズム』(岩波新書)を読み終え、次は斎藤と高橋哲哉との対談『平和と平等をあきらめない』(晶文社)を読み終えた。
 新自由主義と新国家主義がリンクした今、それらの思想を前提とした教育基本法と憲法の「改正」が進みつつある。個人のための国家ではなく、国家のための個人が作られようとしている状況でありながら、マスコミをはじめ世論は驚くほど無関心でいる。それはなぜなのか、そしてこのままではどんな社会ができあがってしまうのか。
 ジャーナリストとして人間の自由と尊厳を追究してきた斎藤と、フランス現代思想を専門としながら日本の戦後補償などについて積極的な発言を続けている高橋の未来像は一致している。
 それは太平洋戦争を引き起こした軍国主義への回帰であり、そのために多くの国民が「国のための犠牲」として使われる社会である。
 そんな社会を実現させていいのか。公立学校の式典において、起立しての国歌斉唱を事実上強制し始めた東京都の動きや、上毛新聞のアンケートで教育基本法改正に賛成する回答が過半数を占めた群馬県の現状を見ると事態は切迫しているように思える。
■ボブ・ウッドワード『ブッシュの戦争』(日本経済新聞社)を読み始めた。9.11テロ直後の米政府高官らの動きをたどった(1年以上前の)ベストセラー。長らくツンドク状態だったのだが、これを読まないで「華氏911」を観るわけにはいかないと、ようやく手に取った。
 ああ、もっと早く読んでいればよかった。これは面白いぞ。
27日(月)
「アカルイミライ」(02年、日本、監督:黒沢清)を観た。以上。
■最近、「めざましテレビ」を見る機会が増えた。で、思ったのは「大塚範一、もう引退していいんじゃない?」。ニュースに対するコメントが何だか「危うい」気がしてねぇ。考え方が、というんじゃなくて、言葉の出方が。
 「めざましテレビ」で思い出した。トルコにワン湖という湖がある。って、もうお分かりかと。そう、「きょうのワン湖」。これを当HPのコンテンツの1ページに加えようと思い立った。でも、「きょうの…」を検索したら、すでに誰かが(文字としてだけだが)書いていた。はい、やめた。まあ誰でも考えつくわな。
26日(日)
「突然炎のごとく」(61年、仏、監督:フランソワ・トリュフォー)を観た。
 男性2人と女性1人の関係、一昔前なら「ドリカム状態」とでも呼んだであろう不思議な関係が描かれる。ぼくはジャンヌ・モロー演じるカトリーヌの心情がよく理解できなかった。
 そうそう、この映画には因縁めいたものがあったんだ。フランス映画の名作だから、ぼくは観る優先順位を高めにしていた。でも、確かテレビから録画したものは観ずに消してしまい、さらにこれまで2度借りて、1度も観ないまま返却。そして、ようやく今日、観ることができた、と。ただ、その割には、と思ったりして。
25日(土)
「晩春」(49年、日本、監督:小津安二郎)を観た。
 この作品と「東京物語」「麦秋」は、原節子がともに“紀子”という役名であることから、紀子三部作といわれるらしい。ぼくはこれでようやく、その三部作を見終えたことになる。順番はメチャクチャだけど。
 「晩春」で特筆すべきは、コメディエンヌとしての杉村春子の存在だろう。熊太郎という名前をどう呼ぶかについて笠智衆に語る場面、鶴岡八幡宮で財布を拾う場面、どれも印象深く面白い。
 難点を挙げるなら、台詞が聞き取りにくかった。また、時代特有というか、「なんじゃそれ」と思う単語が出てくることもあった。妊婦を指して「ラージ・ポンポン」って・・・。途中からオプションの字幕を使用したくらいだ。
24日(金)
「トラフィック」(71年、仏、監督:ジャック・タチ)を観た。
 コメディーということは分かっていたので、感想に「抱腹絶倒」なんて書けたらいいなぁ、と期待した。果たしてその期待は現実のものに。
 パリに本社を置く自動車メーカーのトラックが、アムステルダムで開かれる自動車ショーにキャンピングカーを輸送するため当地へ出発。しかしトラックはガス欠になったり、渋滞に巻き込まれたり、エンジントラブルに見舞われるなどさまざまな困難に遭遇する。
 主役であり、監督も務めたジャック・タチのとぼけた演技がなんともいえず良い。これまで何本もの映画を観てきたが、ようやく「フランス映画らしい」という形容の意味が分かったような気がした。
■月末になり、ようやく来月分の番組表を載せた雑誌が発売され始めた。そこで気になるのは、先日終了した「ワールドダウンタウン」がリニューアルスタートするのかどうか、だ。
 番組改編期ならではのイレギュラーものが入ってくるほか、「24」のパート2が一挙放送されるため、10月の半ばまでは新規の深夜帯レギュラー番組はなかなか登場しない。不安に思いつつ日を追うと、19日に「考えるヒト」という番組が始まるらしい。出演はダウンタウン、とある。うーん、枠自体は継続するようだが、タイトルを見た限りではどんな内容なのか不明。小林秀雄をパロディー化した番組、のはずはない。まあ何かが始まる、という期待だけで今はよしとしよう。
23日(木)
「es」(01年、独、監督:オリバー・ヒルツェヴィゲル)を観た。
 2回目。今回はテレビ東京「木曜洋画劇場」で。ストーリーはもちろん、考えるべきテーマも分かっているつもりだったので、観なくてもいいかと思った。でも、見始めたら結局、最後まで観ることに。
 初めて観た時は、人間の性格なんて状況に応じて変化する相対的なものなんだ、ということを感じた。たぶん去年の日記に感想が書いてあるだろう。
 米スタンフォード大学で実際に行われた心理学実験を再現している作品が、なぜドイツで制作されたのかが気になったということもあって、今回はナチスのことを思い浮かべた。特に、ユダヤ人絶滅計画に加担したアドルフ・アイヒマンを。職務に忠実な人物が、その過剰さ故に思わぬ残虐行為に走る、と。作品に登場した人物でいうと、看守側にいたベレスがそれにあたる。
 まあ、あとは、脇が臭う人に「お前臭いんだよ」なんて言っちゃいけないと改めて思った、とか。
22日(水)
■栃木で、男性が同居人男性の子供2人を殺害した事件。ぼくは、一連の報道でひとつ気になって仕方がない部分があった。
 それは、子供がまだ行方不明の段階でのこと。容疑者の男性が被害者となった子供にたびたび虐待を加えていた、という報道があった。近所の人の証言などを交えて。
 行方不明の時点なんだから、子供たちはまだ生きている可能性があった。なのに、そんなことを世間に発表していいの? テレビには何度も顔写真が出たわけだし、もし無事に戻ってきたとしても、虐待を受けていた事実は広く知れ渡ってしまっている。それが2人の子供たちにどんな影響を及ぼすかについて、配慮があったと言えるだろうか。
 事件の結末がどうであれ、「これだ」と思ったら突っ走ってしまうマスメディアの危険性を感じる。
21日(火)
■斎藤貴男の『安心のファシズム』(岩波新書)を読んでいる。第1章「イラク人質事件と銃後の思想」で引用されている識者や政治家の発言は、許しがたいものばかりである。西村眞吾(衆院議員)のような極右がなぜ国会議員になれるのか、不思議でならない。石原慎太郎だって、なぜあんなに人気があるのか。本書で引かれた発言を読んで彼らの危険きわまりない思想を多くの人が知ってほしい。
 まあ他にも監視カメラや携帯電話なんかが人々にどんな影響を及ぼしており、それらが今後どんな社会を作り上げる危険性があるのかが考察されている。斎藤貴男を読み始めるとしたらこの本だと思った。
■元「おさる」のモンキッキーが、ある番組にゲスト出演していた。「改名して何か変わりましたか?」との質問に、モン…は「今日ここへ来る時に信号に一度も引っ掛からなかったんですよ」と答えていた。大したご利益だね。っていうかホント、バカじゃん。
20日(月)
「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(87年、スペイン、監督:ペドロ・アルモドヴァル)を観た。
 ヒステリックな女性たちが繰り広げるコメディー映画。といっても、大笑いするような話ではない。ぼくが一番面白いと思ったのは、たびたび登場するタクシーの運転手。
19日(日)
「道」(54年、イタリア、監督:フェデリコ・フェリーニ)を観た。巨匠フェリーニの代表作。で、えーっと、感想はパス。ジュリエッタ・マシーナ演じるジェルソミーナが、とてつもなく魅力的(美人というわけではなく、人間的に)な女性に見えたということだけは書いておこう。
■プロ野球のストを受けて、さまざまな意見を耳にする。その中で「国民は」という主語が多いことに気づく。ぼくはこういう発言に違和感を抱く。「ファンは」で充分じゃないか。確かに大きな出来事であり、野球は一応「国民的スポーツ」であることは否定しない。でも、「国民は」ってことは、今回のストに興味のない人や特に意見のない人は「非国民」かい? 嫌な感じ。
18日(土)
■JR東日本の湘南新宿ラインに導入されたグリーン車の2階に乗った。
 10月のダイヤ改正まで普通車扱いだから、通常の切符のみで利用できる。通路を挟んで2席ずつのシートは柔らかく、リクライニングも可能。快適だ。そして、もちろん普段よりも高い位置からの眺めを堪能できる。ぼくなんか興奮して、目的地までの1時間半、一睡もしなかったくらいだ。前夜に1時間強しか眠らなかったのに。
 とまあ、ここまで良い事ばかり書いてきた。それらを認めた上で、批判もしておこう。
 まず、網棚がない。そもそも、グリーン車を利用する人のほとんどは長距離の移動を目的としているはず。確率的に考えて、大きい荷物を持った人が多いのではないか。確かに足下にはそれなりのスペースがある。とはいえ、それは荷物を置かないことで保証される広さに過ぎない。とすれば、やはり網棚を設けてそこに荷物を置き、座席のスペースを活用してもらうのがサービスというものだろう。
 一方、グリーン車と比較したときの普通車の問題がある。JR東日本は、2年ほど前から新車両の導入を進めている。で、この新車両のシートが固いこと。30分座っていれば尾てい骨が痛みだすこと受け合いだ。改良点として、ゆったりとしたバリアフリーのトイレを設置したことは評価したいが、このシートのどこが改良なのか。そこから考えると、グリーン車のシートは柔らかすぎると言っていい。これは痛みという具体的な体験があるために、かなり腹立たしい。
「イン・ディス・ワールド」(02年、英、監督:マイケル・ウィンターボトム)を観た。
 アフガニスタン人の少年と、もう1人の男性がパキスタン・ペシャワルからさまざまな国を経てロンドンに密入国しようとする話。実話であると同時に、主人公の少年ジャマールを本人が演じている。
 大きな危険を冒してまで密入国を企てる人が絶えない発展途上国の現状。そして、過酷な道程が描かれる。個人的には、ペシャワルや テヘラン、イスタンブールなど、2人が立ち寄った各都市の様子が特に興味深かった。そうそう、パキスタンとイランで映り込んだ車はことごとくトヨタ車だったなぁ。
17日(金)
■日本のプロ野球史上初のストライキ決行が決まった。
 ふーん、前の会社にいたら相当キツい状況に立たされていただろうな。結論が出るのが2時間延びたというから、余計に。
16日(木)
■そりゃないよ、と思った。
 21時からテレビ東京系で「ボウリング・フォー・コロンバイン」が放送されていた。これはもちろん録画。CMなしで録ろうとしたら、裏番組が爆笑問題出演の特番だった。21時から23時。もろにかぶってるじゃん。加えて、22時からは「ダウンタウンDX」がある。こっちは別に観なくてもいいか、と思ったらゲストが高田純次。外せない。
 結局、映画の方は予約録画に。あーあ。
 ただ、23時からの20分ほどはCMをカットしながら録画した。え、CMカット機能? そんな名前の恋人もいました…あ、パクっちゃった。坂口憲二と極秘旅行って、旅行に行くことをいちいち公表するのかって。
 話がそれた。録画したものを少し観た。吹き替えだけど、まあいいや。ぼくがこの作品で特に印象深いと思う場面は、銃による歴史的悲劇の映像をバックにルイ・アームストロングの"What a wonderful world"が流れるところ。日本語タイトルでは「素晴らしきこの世界」として知られるこの名曲。なぜか悲劇的な映像にぴったりハマる。ベトナム戦争を舞台にした「グッドモーニング・ベトナム」でも、爆撃のシーンで流れたっけ。そっちもやはり場面の印象を強くしていたと思う。
15日(水)
「沙羅双樹」(03年、日本、監督:河瀬直美)を観た。
 気味が悪いくらい各人の演技が自然だった。
 監督の出身地である奈良の街の細い路地を、走って、あるいは自転車で駆け抜けていくシーンがいくつかあった。どういう意図なのか不明だが、ハンディで撮っているように画面が揺れる揺れる。酔いそうになってしまった。
■ぼくが居住する建物に隣接する焼肉店前のベンチにて。2人の老婦人が歩き疲れたらしく、そのベンチに座ろうとしていた。「弥次さん喜多さんだね」と一方。どこから来たんだ? とからかう気持ちはなく、なんだか微笑ましい場面に立ち会ったような気がした。
14日(火)
■キャッシュカードを交換しようと思って、銀行に行ったんです。いや、使えなくなったわけではありません。ヒビが入ってしまって、いつ使えなくなってもおかしくない状態だったんです。
 窓口に近づき、行員にカードを交換したい旨を伝えました。ところが、手続きに必要な印鑑を忘れていたのです。自分のバカさ加減にあきれることしばし。
 というのも、手続きができなかったのはこれが2回目。前回は印鑑を持って行ったのに、身分を証明する物を持っていなかったのでした。今回はその逆。いやはや、情けないです。出直しです。
「ロジャー&ミー」(89年、米、監督:マイケル・ムーア)を観た。
 16日にテレビ東京系で「ボウリング・フォー・コロンバイン」が放送されるので、その前にムーアのデビュー作を観ておこうと思ったのだ。
 取材の仕方や構成はデビュー作でほぼ完成されている。おっとその前に、この作品が批判の矛先を向けているのは、世界最大の企業、GM(ゼネラル・モーターズ)。安い労働力を求めてメキシコに工場を建設し、そのあおりで閉鎖されたミシガン州フリントの工場労働者の姿と、荒廃していく街の様子を追っている。突撃取材の相手はGMの会長、ロジャー・スミス。GMの本社に乗り込んで断られたムーアは、潜り込んだ株主総会でついに発言の機会を得るが・・・。
 大きな権威に向かって行くムーアの姿勢はさすがだ。また、チャールズ・ディケンズの言葉を引きつつクリスマスを称揚する会長のスピーチとともに流れる、失業者の姿。こういう手法はムーアの真骨頂だと思う。
 さて、日本でトヨタ自動車を批判できるメディアがあるだろうか? 一部の書籍に散見されるくらいで、広告収入に頼るメディアは全滅だよな。
■「ワールドダウンタウン」、ついに最終回。最後だということに一言も触れず、新キャラが登場し、"See you next week."と締めた。うーん、次のクールで復活するんだろうか? これで本当に二度と放送されなかったら、ぼく怒っちゃうよ。
13日(月)
「俺たちに明日はない」(67年、米、監督:アーサー・ペン)を観た。原題は"BONNIE AND CLYDE"。
 ついに観た、という感じ。川本真琴の歌にその名前が出てきたりしたこともあって、ずいぶん前から気になっていたのだった。
 期待は膨らんでいたものの、それほど共感できる作品ではなかった。確かにウォーレン・ビーティはカッコいいし、2人の関係も興味深いし、最後のシーンは衝撃的だ。でも、と、ここでものすごい正論を吐くけど、罪のない人を殺しちゃいかんよ。野暮な感覚とはいえ、ぼくは確かにそう感じ、少し冷めてしまったのだから仕方がない。
 アンチ・ヒーローものの先駆けとかいわれているようだけど、罪のない人を殺さないルパン三世の魅力には敵わないね。
12日(日)
「麦秋」(51年、日本、監督:小津安二郎)を観た。
 2回目。初めて観たのは5年前だったか。細かい部分は覚えていなかったので、ほとんど初めて観るような感覚だった。
 この作品の方が先だが、「東京物語」(53年)との類似点がいくつも見られた。一方、「お、これは下ネタか?」というような台詞があったのがとても新鮮だった。
11日(土)
■『カラシニコフ』(松本仁一著、朝日新聞社)という本を読み始めた。先日観た映画「カンダハール」にカラシニコフ自動小銃が出てきて興味を持ったのと同時に、どこかの書評を読んで面白そうだと思ったので購入。早速、目を通してみた。
 100ページ弱を一気に読み進める。ロシアで開発されたカラシニコフ自動小銃(AK47、AMK、AK74の3タイプある)はアフリカ各国の内戦で使われており、扱いの容易さは多くの少年少女兵を生み出すことになった。本書では、重火器ではなく、この自動小銃が内戦で使われ、国家が崩壊したシエラレオネの悲惨な事例が紹介されている。また、著者はロシアを訪れ、開発者であるミハイル・カラシニコフへのインタビューを行った。いったいどんな経緯でカラシニコフ自動小銃が開発されたのかをうかがい知ることができる。
 と、読んだのはそこまで。アフリカの現状や武器輸出の実態など、考えさせられることばかりである。
10日(金)
「昭和歌謡大全集」(03年、日本、監督:篠原哲雄)を観た。
 原作は村上龍の同名小説。原作は読んだことがないけど、本の発売当初からそのタイトルが気になってはいた。
 ストーリーを一言でいうと、おばさんvs少年の世代間闘争。昭和を彩った歌謡曲を各章のモチーフに据えながら凄惨な暴力の応酬が続く。そして、いい意味でメチャクチャな結末。また、台詞も面白い。
 「おばさん」と「少年」。この2つは、戦後という時代が生み出した、きわめて共通項の多い種族なのではないか。この辺り、よく考えてみる余地がありそうだ。
 付記。尾崎紀代彦の「また逢う日まで」があんなにいい曲だとは知らなかった。
9日(木)
■お笑いコンビ、坂道コロコロ改め坂道コロンブスの片割れが強制わいせつ容疑で逮捕。
 このニュースを読んで思い出した事がある。それは、「さまぁーず」や「くりぃむしちゅー」など、今売れている芸人は改名してからブレークしたとかいう記事だ。一読して「そんなもん、関係あるか!」と思ったが、やはりその感想は間違っていなかったようだ。改名なんかしなくても海砂利水魚はもともと異彩を放っていたし、さまぁーずがブレークするきっかけを作ったのは岡村隆史である。その逆に、改名しても坂道コロコロは鳴かず飛ばず、そして今回の事件が起きた。
 最近も、「おさる」が「モンキッキー」に改名したとかいう話があったなぁ。なんでも、細木数子のくだらない番組で強く勧められたんだとか。まあ、おさるは信濃町系だから、真に受けちゃったのかもね。バカだね。
「死ぬまでにしたい10のこと」(02年、スペイン・カナダ、監督:イザベル・コヘット)を観た。
 ペドロ・アルモドバルの監督作品かと思っていたら違った。アルモドバルはエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しているらしい。それって、作品にどの程度関われるんだろうか?
 で、タイトルから容易に察しがつく通り、余命いくばくもない人間(若い女性)が残された人生をどう生きるか、という話。詳しく書く気がしないので、興味がある人は作品を観てください。ちょっとだけ書いておくと、不倫の話にあんなに時間を割かなくても、とぼくは思った。
 あ、そうそう。この作品を選んだ理由は、レオノール・ワトリングが出演しているから。今作では中盤以降に登場する。髪がかなり短くなっていた。「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグなみ。でも、やっぱりきれいな人だったなぁ。
8日(水)
「なまいきシャルロット」(85年、仏、監督:クロード・ミレール)を観た。
 当時13歳のシャルロット・ゲンズブールを主役に、思春期の少女のいら立ちが描かれている。シャルロットの表情が定まらないのがいい。笑っている時も、素直に笑っているようには見えない。思春期という時代の中で新たな様相を見せる世界を前に、喜怒哀楽のどの感情を出していいのかわからず戸惑っているかのようだ。いら立ちはそこから生まれる。
 「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」も良かったけど、少女時代のこの作品を観たことで彼女の評価がさらに高まった。
■「事実をどう感じるかを求められる番組で、自分の意見を求められるのは初。そこがNHKとは違う」。これはTBS「ブロードキャスター」のレギュラーが決まった久保純子の言葉(サンスポより)。
 えーっと、これはNHK批判と解釈していいんだろうか? NHKの報道番組なんてしょせん官報をたんたんとこなすだけ、と言いたいんだろうか? だとしたら、クボジュン、なかなかのやり手である。たぶん違うと思うけど。
7日(火)
■時代が進んだのか、あるいはぼくが遅れているだけなのか。
 とある都市銀行の支店で通帳を記帳した。ここ半年、記帳には行っておらず、通帳を新たに作らなければならないことは明らか。待つのが面倒だなと思いつつ、ATMに通帳を差し込む。しばらくして、画面に「新しい通帳をお作りしています」との文字が。ほぉ、そんなことまでしてくれるんだ。
 ATMが通帳のページを勝手にめくってくれるんで楽になったなぁ、と思ったのは何年前だったろうか。それが今や新しい通帳まで自動的に作成してくれるとは。いやはや、時代は知らぬ間に進歩しているんだね。
6日(月)
「ベルリン・天使の詩」(87年、西独・仏、監督:ヴィム・ベンダース)を観た。
 旧ベルリンを舞台に、人間をそっと見守る天使の姿を描く。天使といっても、おっさんだけど。で、その天使の1人が人間になろうとする、と。
 詩的で美しく、傑作の誉れ高い作品。ぼくもそれなりに美しいと思った。ただ、内容に対して、上映時間が長すぎる。特に人を引き込むようなストーリー展開でもないので、途中でやめようかと思ったくらいだった。
 とはいえ、旧ベルリン(もちろん西側)の街の様子が窺い知れたのは良かったかな。
5日(日)
■さて、昨日の朝、またも一睡もできぬまま夜明けを迎えた。
 先週同様、テレビをつけたが、「チンプイ」も「百歳バンザイ!」も放送されていなかったような。早朝だからっていい加減な編成でいいと思ってるのか。
 とそんな中、ガチャピンとムックを目撃。そのまま「ポンキッキーズ21」を観る。2人というか2匹というか、彼らはカシマスタジアムで少年たちとPK対決などをしていた。で、ぼくが目を奪われたのは2人の背番号。ガチャピンは「88」、ムックは「69」だった。ムックのそれを見て一瞬、「おいおい、子供向け番組でなんちゅう数字を使ってるんだよ」と思ったが、「ムック」の語呂合わせであることに気づくのにそれほど時間はかからなかった。しかし、だ。ガチャピンはなぜ88なのか? どう強引に考えても語呂合わせとは思えない。フジテレビの「8」ではないか、と考えるのが妥当だろうが、真相はいかに。
 ちなみに、映画「藍色夏恋」でグイ・ルンメイ演じるモン・クーロウが作品中で着ていたTシャツにも「88」という数字が書かれていた。ただそれだけ。
4日(土)
「藍色夏恋」(02年、台湾・仏、監督:イー・ツーイェン)を観た。
 青春、か。何もしなかったと思っても、何かが残る。そんなふうにして大人になっていく。
 台湾の都市の様子や高校生の姿が新鮮。おいおい、そんなところを自転車で走るのか。みんな携帯電話を持ってるんだね。木村拓哉、って、ホントに? と、ストーリー(ネタバレになるから書かないけど)以外にもいろいろと見どころはある。総じて、良い映画である。
3日(金)
■映画とは別に、本も読まなければと、ひとまず、刊行ラッシュでたまった斎藤貴男の著作などに手を付け始める。
2日(木)
■久しぶりに東京で自転車に乗る。ここ1年くらい乗っていなかったので、タイヤの空気は抜け、車体はかなり汚れていた。整備を済ませ、いざ街へ。
 とりあえず、少し離れたTSUTAYAに行ってみた。思っていたより近い。いつも利用している店からこちらに乗り換えようかな。今年の4月から会員証が全国の店舗で利用できるようになったことだし。
 てなわけで早速、店内を観察。ああ、旧作はジャンルごとの分け方しかしてないよ。監督ごと、俳優ごとに並べていないのだ。例えば、フランソワ・トリュフォーの映画でも観ようと思っても、どの作品を観るかが決まってないと探しようがない。前の店はそういう並べ方をしていたのに。ちょっとつらいかな。でも、扱っている作品の点数を考えれば、乗り換えるだけの価値はある。
 ところで、店内を走り回っている子供がいた。その子供は何度か「のれんの中」へ…。ぼくは「お母さん、早く来てー」と心の中で叫んでいた。
1日(水)
■「バラの香りは本当に女の人をきれいに見せるんだよ」。メトロポリタンプラザのエスカレーターで数歩先に乗っていた女性が連れの女性に話していた。ああ、そうですか。
■真心ブラザーズのトリビュート・アルバム「真心COVERS」を購入。参加アーティストは、奥田民生、スネオヘアー、ハルカリ、東京スカパラダイスオーケストラ、忌野清志郎ほか。なかなか豪華な顔ぶれだと思うんだけど。そして、YO-KINGの妻であるYUKIも「BABY BABY BABY」を歌っている。
 トリビュート・アルバムを買ったのは今回が初めて。名曲ぞろいだから、どんな風にアレンジされても大丈夫だろうと思ってはいたが、期待ほどではなかった。
■書店では、今日発売が解禁になったハリポタが山積みになっていた。ほとんどが返品可能な書籍の中にあって、ハリポタは買い切り。つまり返品できない。売れ残れば書店の在庫になる。そして、分売不可で、ご丁寧にもビニール包装されている。あれじゃビニ本だという文句も聞かれるが、まあ確かにそうだ。ベストセラーならではのわがままが見えるね。ぼくは許容範囲を超えていると思うけど。



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