活動拠点

  愛媛県の東端に位置する、四国中央市。
  2004年に平成の大合併のうちの一つで、伊予三島市・川之江市・宇摩郡(土居町、新宮村)が
  合併し、とても恐れ多い市名になる。賛否両論あるが決まってしまったものは仕方ない。
  ちょうど四国の中央(瀬戸内海側)に位置し、市内には大型ジャンクションもあり交通の便は
  非常に良く四国の主要都市(松山市・高松市・高知市・徳島市)へのアクセスは一時間強でできる。
  国内有数の「製紙産業」が盛んな市で、周りは製紙工場や紙製品関係事業ばかりである。
  瀬戸内の魚、愛媛のみかん、坊ちゃん団子、そしてthe LOOSEが名物である。

   ・四国中央市ホームページ・・・http://www.city.shikokuchuo.ehime.jp/
   ・愛媛県庁ホームページ・・・http://www.pref.ehime.jp/


バンド名について

  『ザ・ルーズ』と読む。
 さて「LOOSE」という単語、辞書によれば・・・
 <loose / ルーズ (形)loos-er ; loos-est>とあり、

   1.放たれた、自由な
   2.結んでいない、離れている
   3.ゆるんだ、締まりのない、だぶだぶの
   4.(土など)ぼろぼろの、もろい
   5.(肉体的に)締まりのない、ぐにゃぐにゃの、下痢気味の
   6.(人が)(精神的に)締まりのない
   7.(人、言動が)(道徳的に)ずぼらな

  などと、辞書には記されている。もちろん形容詞である「loose」に「the」が付くことは
  文法的にありえない。ありえないことがありえるのが「the LOOSE」であり、特に気にしない。
  もともと「ルーズ(日本で言うダラダラみたいな意)」という、響きと、ルーズさがよく似合うので
  勝手に「the」をつけて、バンド名らしくしただけのものである。

  少々こだわりがあるのは「The」が「the」であること。こだわりと言っても、特に意味はない。
  バランス的に良さそうだから。結局、バンド名に関しては特に意味がないということ。
  音楽的には「心地のいいルーズさ」を表現できればと思っている。

 
  このコーナーでは「the LOOSE」の歴史を紹介します。
  10数年ほどの歴史ではあるが、過去数回のメンバーチェンジ、壊滅的な状況を乗り越え
  現在、最強のブルース・マン3人が集結し、精力的な活動をしております。
  それでは波瀾万丈のザ・ルーズの歴史をご覧下さい。






1986
ビリーが初のバンド「THE DOKURO(ザ・ドクロ)」を結成。
ギターやバンドのノウハウを教えてくれた先輩M氏をドラマーとし、卒業記念ライブに出場。
M氏を送り出し直後、「JAIL GUNS(ジェイル・ガンズ)」へ改名。
この時、ドラマーが数名入れ替わる。4ピースのロック・バンド・スタイル。



1987
更にメンバー・チェンジを経て、ドラマーが定着し「BIZIN(ビジン)」と改名。
一方、ふー太郎はパンク・バンド「ちえお○れ」を結成し文化祭などに出場。
その後、高校卒業と同時に両バンドともメンバーが欠けることになる。



1991
音楽を捨てきれなかったビリーが「四国フォーク村」を知人達と旗揚げする。
そこで不運?にもおいやんとビリーが出逢うことになる。

「四国フォーク村」結成時のメンバー



このころ、ビリーの地元伊予三島市(現・四国中央市)では
MISHIMA ROCKS」と呼ばれるコンサート実行委員会が結成され完全手作りのライブ実現へ動き出す。ビリーはこの委員会へ初期メンバーとして加盟。「MISHIMA ROCKS」は
後に5年に渡り年1回のライブ・イベント「Action(アクション)」を企画運営する。
初回はビリーがワンマンで弾き語り出場した。



1992
バンドメンバーを失い壊滅状態の中、ビリーとふー太郎はギターを弾き、歌い続ける。この頃、2人で「The Loose」を結成する。

路上ゲリラ・ライブ、伊予三島商店街。



二人からの「The Loose」がスタートする。





1992
「Action」へバンドとして出場するのが目標だった。
知人で他のバンドで活躍していた、S氏をドラマーとして誘致に成功。
ベーシスト探しに苦戦する。初心者であったI氏を半ば強引に説得し、
4人編成のバンドとしての活動が出来るようになる。
この年、4人編成バンドで「Action'92」に出場。

第一期メンバーでのライブの模様



1993
Action'93」に出場。
SHADY DOLLS」や「STREET SLIDERS」のコピー、オリジナルを演奏。
この頃、絶頂期を迎えていた「四国フォーク村」は恒例の高知・桂浜キャンプを
行なう。その頃よりおいやんとビリーは、新コンビ・デュオで活動し始める。
 
「Action'93」の模様               「四国フォーク村」桂浜キャンプ



1994
この年、「The Loose」のオリジナル・アルバム「タバコと男」をカセット・テープで作成。
フル・オリジナル、6曲収録の完全自主制作。機材を寄せ集めて4トラックのMTRで
録音する、お粗末な内容でした。
Action'94」に出場。この後に「ブルース・バンド」への転換期を迎えることになる。
 
オリジナル・アルバム「タバコと男」        とあるクリスマス・パーティーにて



1995
この年の「Action'95」で、最後の「Action」になる。手作りイベントのため、予算や
出場者達の意識低下が原因か?集客も悪くなってきた。
この最後の「Action'95」に当時の会社の後輩だったトシが「69バーズーカ」で出場。

この年の11月に「四国ロックサミット'95」が伊予三島運動公園・野外特設ステージで
開催され、地元代表として出場。



1986
四国ロックサミット'95」を最後に、ベースのI氏が脱退。
すぐさま、音響屋さんで、ドラマーのS氏ともバンドをやっていたM氏に声をかける。
幸い、フリーだった。二つ返事で加入を承諾。新たに動き出した。

一方、おいやんとビリーはデュオを続け、「甚兵衛’S(ジンベエズ)」などと名乗り、
伊予三島・川之江にゲリラ的に出没を繰り返す。

その名の通り甚兵衛をまとった衣装で演奏



1998
「Action」という目標を失い、さまよっていた頃、ライブのお誘いがかかる。
新居浜市での「クリスマス・ライブ」である。

新居浜文化センター「クリスマス・ライブ」



ただ、これを最後にまた目標を失いさまよう羽目になる。ベースのM氏とも連絡が途絶え、ほぼ脱退状態になる。後にドラムのS氏も家庭の事情で脱退することになる。

また、2人に戻ってしまったザ・ルーズであるが、ビリー&ふー太郎、ビリー&おいやんは音楽活動を維持し続ける。



2001/05
2年の沈黙を経て、いよいよ第三期ルーズとして動き出す。
残ったのはビリーとふー太郎だ。「ギターズ・ミーティング2001」、新居浜市別子山村のゆらぎの森で開催され、ゲストには「木村くん(木村充輝・憂歌団)と有山くん(有山じゅんじ・サウス)」だ。願ってもいないイベントへの出場が決まった。オリジナル「Good Times Rollin'」で審査の末、無事2ヶ月後のファイナル・ステージへ出場決定。



2001/07
ファイナル・ステージはゲストに「沢田知可子」氏を迎え、宇摩郡新宮村の霧の森で、行われた。急遽作成のオリジナル「雨の心斎橋」で望んだが、惜しくも優勝はならなかった。
 
「ギターズ・ミーティング2001」



2002/04
香川県のサークル「趣味仙」主催のイベント、「みろくの里・ライブ」に出場。
ザ・ルーズのユニットのほかビリーとおいやんの新ユニット「TWO PUNKS」として出場。
 
「みろくの里・ライブ」



2002/08
伊予三島市のイベント「湖水祭り」に「ギターズ・ミーティング2002」として
ザ・ルーズ企画で市の協力の下開催。このときおいやんをサポートとして迎え3人組ユニットで出場する。MCには南海放送ラジオなどでお馴染みの「林浩彦」氏を迎え、彼自身もギターの弾き語りを披露してくれました。

「湖水祭り」



この頃、ビリーとおいやんは同じ職場で同僚として勤務し、度々音楽について語り合う・・・羽目になる。

二人の音楽への情熱はヒートアップするばかりであった。



2003/03
ある時、トラックの運転手をしていたビリーとおいやんは大型トラックの中で、
熱く語る。「バンド・・・やろうや」と。そうなれば話が早い。丁度ベースに興味を持ち、オリジナルCD「井原節」でもセルフ・レコーディングでベースをプレイしていた、おいやんがベースで加入する。
残るはドラムだが、記憶をたどりトシと連絡を取り、少しブランクがあったがザ・ルーズへの加入を決断。

この時に、バンド名を「The Loose」から「the LOOSE」へと変え、第四期ザ・ルーズが始まる訳である。



2003/07
新たなメンバー誘致へ動く。
ブルース・ブラザーズに影響を受け、ブルース・ハープを吹き始めていた「よさ」。
元々友人であったが、改めてバンドの道へ誘うことになる。よさはすぐに首を縦に振らなかったが、結局バンドマンとしてザ・ルーズの一員になる。

結成以来、初めての5人編成バンドへとなる。

夏の豊浜合宿



2003/10
愛媛県民文化祭の一環「アマチュア・バンド・フェスティバル」への出場が決まり、広告用の写真撮影が行われる。

画像上にポインタを合わせて下さい。
 コラージュ処理された合成写真が見れます。



2003/11
土居町ユーホールにて「アマチュア・バンド・フェスティバル」開催、出場。
このステージを、後にメンバーになるジュンが観客席から見ることになる。
この時のMCがFM愛媛などで活躍の「正岡省吾」氏。さらにゲストが「NSP」で懐かしのフォークソングを聴かせてくれました。

演奏曲は「Sweet Home Chicago」。よさの初ステージ。



2004/01
とうとう、知り合いの夫であった、ギターを弾けるナイス・ガイ、ジュンを迎え入れる。
ふー太郎もギター弾きではあるがヴォーカルに専念し、さらにツインギターの魅力を残したい意志でもう一人のギタリストが欲しい最中の出来事だ。

現在の6人体制になる。



2004/04
ザ・ルーズの本拠地、伊予三島市、川之江市、土居町などが合併統合し「四国中央市」が誕生する。



2004/08
四国中央市(旧川之江市)の恒例イベント「紙まつり」へ参加。
2日間のイベントであったが、台風の直撃を受けて短縮開催。2日目も雨が残る中、なんとか屋外ステージで開催。この時ジュンが初ステージを踏む。

その一週間後に新居浜市のバー「Juke Joint(ジューク・ジョイント)」で一時間ライブを行う。

この頃から黒装束の統一衣装でステージへ



2004/09
旧川之江市の商店街にあるバー「ジャラン・バリ」と意気投合し、以後、ジャラン・バリの箱バンド(専属バンド)として活動することになる。
   (※今後、ジャラン・バリにて定期ライブ、公開リハーサルなどをやっていく予定。)

初回の出演は「有山じゅんじ」氏の前座としてアコギ・バージョンで出演。

ライブの模様と、有山氏との記念撮影



2004/10
オフィシャルサイト「ブルースに魅せられて」本格的に着手。

「ブルースに魅せられて・・・」



2004/11
旧土居町のユーホールにて「ユーフェスタ2004」に出場。
オリジナル曲「Hey Hey ブルースマン」と「列車に飛び乗ろう」を演奏。
MCに「正岡省吾」氏。ゲストに「悠々列車・大澤真知子」氏。

「ユーフェスタ2004」土居町ユーホール




2005/03
インターネットラジオ「Radio OSSAN」の収録に参加。
アコギで即興演奏。



2005/04
有山じゅんじライブ・ショウ、四国中央市「ジャランバリ」にて。
アコギスタイルの体制でオープニング・アクトを務める。

ポスター



2005/07
西尾まさき「ON MY MINDツアー」、新居浜ジューク・ジョイントにて。
ビリーがピンで乗り込み西尾氏とセッションでギターを演奏。

西尾まさきin新居浜市



2005/09
有山じゅんじライブin四国中央市。「四国中央ドットコム」にて。
四国中央市川之江栄町にある四国中央ドットコム特設会場にて開催。
またまたオープニング・アクトを務めさせて頂きました。
オリジナルの新曲を中心に30分のライブを。後半では有山氏とのセッションも。

名曲「可愛い女と呼ばれたい」          氏を囲んでの記念撮影



2005/11
「the LOOSE Official Web Site」サイト移転に伴い、新装オープン。

リニューアルしたトップページ



11/27 「Radio OSSAN開局一周年記念公開ライブ&録音会」
川之江町、ジャランバリにて。Radio OSSANの強力なスタッフの方々とのセッション。

Live in Jalan-Bali




2006/04 04/26 「有山じゅんじライブショー in 四国中央・ジャランバリ」
恒例の有山じゅんじ春の四国ツアー、川之江駅前ジャランバリにて。今回は交友のある地元ミュージシャン“馬之助”氏とのダブル前座で。




2006/11 11/05「ユーフェスタ2006」in土居町文化会館。
2年ぶり2回目の出場。持ち時間は10分と短めだが、スタッフや会場に充実したライブで素晴らしいイベントです。
今回はブルース・カバー曲「Stormy Monday」「Got My Mojo Working」の2曲を演奏。バンマス・ビリーが直前に右足首の骨折によりギプスを装着しての記念すべきライブとなった。
司会に「藤田晴彦」氏、ゲストには「ミゾオチ」が出場。


「ユーフェスタ2006」




2007/03 3/9 「有山じゅんじライブショー in 四国中央・ジャランバリ」
恒例の有山じゅんじ春の四国ツアー、川之江駅前ジャランバリにて。
「LOOSEのRock'nRoll」「Stormy Monday」「Key To The Highway」「Dust My Bloom」「Got My Mojo Working」の5曲を前座としてプレイ。
メンバーの調整がつかずBilly、MASA、ふー太郎の3人アコギ編成で。
最後には有山氏と馬之助氏、the LOOSEでセッション。


有山さんいつも楽しいステージを
ありがとうございます。



2007/04 4/22 「Oyaji GIG '07」 四国中央市川之江会館大ホール
今年で2回目の地元開催のライブイベント。メンバーに一人でも30歳以上の人がいるというのが条件。何の問題もなくクリアしました。今回はHarpのYOSAが都合で不参加のため5人での出場。


ふー太郎のアフロが大きくなった。



2007/07 7/15 「四国中央市・寒川ビーチオープニングイベント・前夜祭」
四国中央市に新しく誕生した人工ビーチのオープニング前夜祭にアコースティック編成(ふー太郎・MASA・ビリー)で出場。久々の野外ライブに興奮。最後には先輩バンドのFATMAN BLUES BANDの方々とセッションで大盛り上がりで幕を閉じる。


夏の野外・・・虫との格闘。



2007/10 10/29 「第四期ルーズ、最終リハーサル」
いつも使用している貸しスタジオ「GIGA MAX(四国中央市)」にて第四期メンバー全員そろっての最終リハーサル。ギターをつとめたJUNが海外赴任のためこの日を最後に脱退。


アホな男たち・・・


JUN、お疲れ!
腕を上げて待ってるぞ!





2008
5人になった(戻った)。
心機一転再スタートの年。


さてどんな年を迎えられるのだろうか・・・



2008/01 1/31 「西尾まさき、吟醸倶楽部ライブ」
西尾まさき氏を四国中央市・吟醸倶楽部へ迎え入れてオープニング・アクト。
馬之助氏とも競演。今回はビリー、ふー太郎、MASAの3人アコースティック編成。ブルースナンバー「Key To The Highway」と名盤ぼちぼちいこかから「可愛い女と呼ばれたい」のメドレーバージョンを演奏。2008年第1弾を無事終了。




2008/9 9/27 「UNPLUGGED NIGHT Vol.1」ライブ
馬之助主宰<COBRA-TWIST>企画ライブ、四国中央市居酒屋「いちりき」にて開催。
今回も3人アコースティック編成で参加。

ライブ会場限定10枚でアルバムを販売。即日完売。
アルバムタイトルはリスペクトする馬之助氏への敬意を表して
 「ブルースが聞こえる」とする。全8曲入り。




2008/11 11/15 「馬之助ライブin吟醸倶楽部」
四国中央市「吟醸倶楽部」にて馬之助単独ライブのオープニングアクトで
出演。吟醸マスターなどとのコラボレーションもあり、楽しい夜でした。

これに合わせてシングルCD、2曲入りを緊急作成。
「雨の心斎橋」を会場限定で発売。





2009/1 1/1 「アンプラグドナイト Vol2」
前年の大晦日より開催されたアンプラグドナイト。
仕事のためふー太郎が年が明けての登場。 即興セッションを。





2009/6 6/13 「吟醸倶楽部 シークレット・ゲリラ・ライブ」
パーカッションにミスター・ジュニアを加えてのアコースティック編成で。





2009/7 7/4 「アンプラグドナイト Vol3」
今回でプレライブを含めて4回目の「いちりき」ライブ。
ふー太郎、MASA、よさ、ビリーの4人に今回もミスター・ジュニアを加えて
5人編成でのライブ。

オリジナル曲中心に7曲演奏。





7/11 「THE BOSSライブ」 in宇多津kesera
初めての会場でのライブ。香川県に遠征。
THE BOSSのオープニングアクトとして8曲演奏。
今回は4人でのアコースティック編成。

             




7/19  「法皇祭り ビーチコンサート」 in寒川海水浴場
二年ぶりの寒川ビーチ。今回は5人フルメンバーでのバンドスタイル。
バンドライブは実に2年3ヶ月ぶり。降水確率が高かったが大雨にはならず
無事にライブを終了するも、暑さと強風におじさん達はふらふら・・・



夏の野外イベントで今回は自由衣装。
ふー太郎はアフロからリーゼントに!

持ち時間25分を目一杯使い5曲を演奏。



2009/10 10/31 「シークレットゲリラ・ライブ 吟醸倶楽部」
今年6月に次いでの2回目のこのライブ、シークレットながら告知する。
4人のアコースティック編成に今回もミスタージュニアをジャンベプレーヤーとして
ヘルプ参戦。演奏曲は新曲「しんどいブルース」と「ナウいあいつ」を加えた
7曲を演奏。





2009/11 11/15 「ユーフェスタ2009」
四国中央市土居町文化会館(ユーホール)でのアマチュア芸能祭典。
2004年、2006年に続いて三度目の出場。
ドラムレス・アコースティック編成で、「でまかせブルース」「雨の心斎橋」の
2曲を演奏。ゲストは本夛マキさん。





11/28 「アンプラグドナイト Vol4」
居酒屋いちりきでの恒例ライブ、4日目の今回はフルメンバーでの出場。
オリジナル曲中心に11曲演奏しました。バンドでの1時間近い演奏は
久しぶりでおじさん達はクッタクタに・・・・





11/28 第五期ルーズ閉幕。
アンプラグドナイトを最後に第四期から参加のドラムスTOSHIが諸事情で脱退。
事実上、このライブがTOSHIのラストライブになりました。
この日のメンバーはかっこよかったです。



第五期メンバーでの最後の記念写真

「TOSHI、お疲れさん!」






2009/11
第五期、TOSHIの脱退により4人になる。
ルーズの新しいスタイル、アコースティック編成での再スタート。
次なるライブ、そしてアルバム作成に力を入れて精力的に活動を決意。


2009/12 12/23 「四国中央市 冬夜市2009」
第六期、スタートは冬の野外ライブでスタート。
4人ルーズにMr.Jrをパーカッションサポートで5人でのライブ。




寒い!




2010/07 7/18 「私をしこチュウビーチに連れてって」
半年ぶりのライブ。また、まったりとしたバンド活動。例年の寒川ビーチでのイベント。
去年はバンドで参加、今年はアコースティック4人編成での出場でした。
オリジナル曲「雨の心斎橋」「しんどいブルース」「GOOD TIMES ROLLING」「イニシナ」
「MOJO WORKING」を演奏しました。梅雨明け直後の海は暑い!




スペシャルゲストはなんと

「TCR横浜銀蝿RSR」

まさか同じステージに立てるとは・・・
夢のようだ。




2011/04 4/29 「がんばろう!日本 in しこチュービーチ」
2011/3/11におきた東北関東大震災の復興支援チャリティーライブ。
the LOOSEも光栄なことに参加できました。愛媛県、大阪府などから
実に15グループの参加。ゲストは愛媛から発信の「ひめキュン フルーツ缶」が。
いつもの選曲とはかえて洋楽カバー中心にセットリスト作成。いい感じの演奏が出来ました。そして何より多数のご来場があり感謝します。

がんばろう!日本!


 

夏の野外ほどではないけれど、でも暑かった。
寒川ビーチから想いは届いたのだろうか・・・



2011/06 6/25 「the LOOSE ACOUSTIC BLUES NIGHT Live in 楊柳木」
新居浜市にあるカフェギャラリー楊柳木さんで初のワンマンライブが
実現しました。おかげさまで満員のお客様で大変盛り上がってくださいました。
セットリストは11曲にアンコールもいただき12曲を演奏しました。



 

ギャラリー兼カフェにはン千万もする絵画も・・・・
楊柳木さんもお客様も最高でした。



2011/07 7/17 「私をしこチュウビーチに連れてって 2011」
毎年恒例になった寒川ビーチ海開きイベントに参加。
今回はエレキを加えた3人編成で8曲演奏しました。
また、ライブに合わせてTシャツも作成しました。



 

去年のゲスト「横浜銀蝿」を真似て。
「ぶっちぎる?」






2011/07
第六期が夏の寒川ライブの後にYOSAが脱退のため終了する。
飲食業界に身を置くYOSAが今後の活動との両立が難しい理由。
結局、先月の新居浜「楊柳木」でのライブがYOSAの最後のライブになった。

仕事が落ち着き、演奏面でレベルアップして復帰を願う。
2003年7月から丸8年間お疲れ様でした。

BILLY、ふー太郎、MASAの残った3人で第七期をスタートする。
エレキ、アコギ、ボーカルの三つ巴スタイルを確立させる。


2011/07 7/30 「第34回 四国中央紙まつり」
元々3人で話を進めてきたライブ。改めて七期の初っぱなのライブに。
紙まつりは2004年以来7年ぶりの参加になる。

会場は川之江栄町駐車場特設ステージ。
しこチュウビーチのセットリストを一部変更して8曲、30分のライブ。



 

エレキを入れた3人スタイル、結構面白い。
しかし、夏の野外は暑い。





 







これからも応援よろしくお願いします。
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the LOOSE