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映画 2002/10/2
「陰陽師」
滝田洋二郎監督(TV放映) 2001年
原作も漫画もファンで、晴明が萬斎さんとくれば見ずにはいられません。映画館で見たかったのに見逃していたので今夜はぜひ、と気合入れて眠くならないように頑張りました。おかげで大満足。
萬斎さんはじめ伊藤英明の博雅は思いのほかよく似合ってて、嬉しい誤算。いい男なのに天然で、可愛いったらありゃしない。
真田広之は主役もかすむほどの存在感で大活躍。印を結んで呪文を唱える声がすてきでした。早良親王が去った後、晴明を仲間に誘うときは、変な見方かもしれませんが口説いてるみたいで、ちょっとどきどきしました。だって必要以上に接近してたし、そのときの萬斎さんが男に無理やり迫られて困ってる女みたいに色っぽくて、ラブシーンみたいだったんだもん。
萬斎さんは動きがきれい。かすかな声でも良く響くし、身についた所作の美しさはさすがです。特に青音の命を博雅に移すときの萬斎さんの舞が美しかった。もっと見たいよう!
原作の「生成り姫」「鉄輪」「白比丘尼」などうまく組み合わせて、納得いく出来上がりでした。心配していたほど気持ち悪いシーンもなかったし。導尊は、これはやっぱり道満がモデルなんでしょうね。




2002/10/3
『トマシーナ』
ポール・ギャリコ(矢川澄子訳) 角川文庫
メアリ・ルーダは母親を亡くし、獣医の父親アンドリューと猫のトマシーナと楽しく暮らしていました。ところが重病のトマシーナを父親はあっさりと安楽死させてしまいます。そのショックでしだいに衰弱していくメアリー・ルーダ。獣医のくせに動物に対する愛情も他人にたいする思いやりも持たなかった父親は、溺愛する娘を救おうとあせります。そして彼とは正反対に「愛情」で動物達を癒す「赤毛の魔女」と呼ばれるローリーに出会い…。
ところどころトマシーナの語りが入ります。それによるとトマシーナはあのジェニーの親戚、ジェニーは大叔母だそうです。なんだか嬉しくなる設定です。死後のトマシーナはなんと古代エジプトの女神の化身である猫として登場します。このしかけに実は最初とまどって、この猫が実在するのかどうか迷いながら読んでいました。でもこの猫の語りはとてもおもしろかった。
この父親は登場時からあまり好きにはなれませんでした。傲慢で自惚れ屋、思いやりの心を持たず、病気の動物をただ合理的に治療するだけ。医学的には正しいのでしょうが、動物はもちろんその飼い主の心情をも顧みようとはしない冷酷さです。親の希望で自分の進路を曲げられたことに多少の同情はありますが、それにしたっていつまでもすねている態度には苛立ちます。しかも身近に親身なってくれる友人、牧師のペティーがいるにもかかわらず、耳を貸すことすらしません。メアリを溺愛してはいても、あくまでも自分勝手な愛情です。父親の手で冷酷にも愛する存在を殺されたことに、どれだけ娘が傷ついたかということも分からない。最低です。
と、まあここまで罵るのもそれだけこの作品に引き込まれた証拠なのでしょう。見方をかえれば、彼も愛を知らない淋しい気の毒な人間なのでしょうが。無償の愛情であふれたローリーとの出会いで、初めて彼は自分の間違いに気づき、瀕死のメアリも父親の心も、大きな愛によってようやく救われます。人は一人では生きられない、愛し愛される存在がどれだけ大切で必要かということを、しみじみ感じました。
訳者矢川さんがあとがきで「作者がほんとうにいいたかったことは、現代人の病めるこころの問題であり、愛によるその救済のありかたでしょう」と述べられていますが、それにつきると思います。

この作品の映画化「トマシーナの三つの生命」を検索しました。それによると私がこきおろした父親を、何と!パトリック・マクグーハンがやっていたことを知りました。彼のことはTV「プリズナーbU」を観てから大好きでした。刑事コロンボにも犯人の役で出ていたと思います。とても観たくなりましたが、ビデオにもなっていないようです。残念です。

このあと、きなさまのご好意でビデオに録画した映画を観ることができました。きなさま、ありがとうございました。→2004/12/12




2002/10/5
『好きよ』
柴田よしき 双葉社 2002年
「好きよ」と一言だけ遺書を残して2年前自殺した津田愛果。同期の先家菫子(さくやとうこ)はあることから彼女のことを思い出す。あの言葉は誰に向けて残されたのか…。菫子の周りで何かが起こり始める。
たしかにおもしろい。おもしろかったんですけど、なんかなあ。愛果が誰を好きだったかについては想像つきました。それをメインにしてサイコサスペンス風になっていくのかと思っていたら…。できればこういう風に進めてほしくなかった。島にまつわる話、巫女、などはとても好きな設定なのですが、その話がこう広がってくると私の理解の許容範囲を越えてしまいます。
『少女達がいた街』かと思って読んでいたら『炎都』になり、『禍都』『遥都』にいってしまったような感覚です。あのシリーズはついていけなくなって『宙都』からは読んでいません。『炎都』はそれはもう、すごく好きだったのですが。




2002/10/10
『わらの女』
カトリーヌ・アルレー(安堂信也訳) 創元推理文庫  1964年
今回テレビで映画版の放映があり、それを機会にもう一度読むことにしました。結末がわかっているので衝撃は薄いのですが、でもわかっているからこそあらためてそのすごさに圧倒されました。あまりに見事な完全犯罪、ヒロインの描き方の容赦なさに茫然としてしまいます。




2002/10/11
『嫁洗い池』
芦原すなお 文藝春秋 1998年
最初この書名に思わずホラーだと思って手をださないでいたのですが、『ミミズクとオリーブ』の続編にあたるというので、安心して読みました。
八王子の郊外に住む作家(あまり売れていなさそう)「ぼく」の語りで話が進みます。少々情けない「ぼく」に比べ、料理上手で裁縫もこなす奥さんは推理上手でもありました。ぼくの友人の警察官河田の持ち込む難事件を、居ながらにして解決してしまいます。いわゆる安楽椅子探偵ものなんですが、この作品は推理そのものより、この夫婦の日常のやりとりや掛け合い漫才風な河田とぼくのやりとりなど、そのほんわかした優しい雰囲気が一番の特徴でしょう。夫婦や河田の郷土料理が毎回出てくるのも楽しみです。これが実においしそう。




2002/10/14
『魔の山』
モーリー・ハンター(田中明子訳) 評論社 1978年
この作品の舞台はスコットランドの北部にあるペソ・マクディという山―これが魔の山です。この地方に昔から伝えられている風習に「いい人の畑(クロフト)」というのがありました。「いい人」というのはこの地方に住む「シー」という妖精で、このシーを怒らせないために自分の農地の一隅に彼ら専用の畑をとっておかねばならないというものでした。ところがマカリスターという頑固な男がいて、ペギー・アンという娘に恋をし「自分の畑を自分で耕せないのはおかしい」と、ついにこの土地を耕しはじめます。心配する村人の忠告にも耳を貸さず、度重なるシーの妨害や恐ろしい仕返しにも屈しなかったマカリスターは、ついにペギー・アンと結婚します。ファーガスという息子も生まれ幸せに暮らしていましたが、息子が5歳になったころ、マカリスターは突然行方不明になります。村の占い老女スキーリー女がペギー・アンに告げたことは、彼はシーに捕らえられ奴隷として働かされ7年後には生贄にされるということでした。そして7年後12歳になったファーガスは父を救うため、老犬コルムを連れ恐ろしい魔の山に向かいます。
まず、シーという妖精の存在に目をひかれました。普通妖精という言葉から受けるイメージは愛くるしいものですが、ここで紹介されるシーは恐ろしい存在で、日本でいうなら各地の土着の神々、山や川の神様というイメージが近いかと思います。こういう妖精はメリングの『妖精王の月』などでもお目にかかりましたので、このことからケルト伝説を元にしていることがうかがえます。そして「シー」という本当の呼び名をはばかって「いい人」と呼ぶのも逆説的でおもしろかったです。
最初このマカリスターがしきたりを破って畑を耕し始めた時、これはしきたりを無視した愚かな男が酷い目に会って改心するという話になるのかと思っていたら、違いました。ファーガスにより助けられたマカリスターは、犠牲になったコルムのなきがらを例の畑に葬ることでシーの怒りをとき、親子で平和に幸せに暮らすのです。額に汗して正直に働くことの尊さ、家族の絆の強さ、試練に負けない勇気などのテーマが、飾りのない力強い簡潔な文章でつづられ一気に読ませてくれました。
ファーガスが父親を救うための試練―なにがあっても手を離してはならない―というのが古今東西の伝説の主人公が受ける試練、苦難に似ていて(古事記やオルフェウスの絶対ふりかえってはならないとか、杜子春の絶対口をきいてはならないとか)おもしろかったです。ここと、老犬コルム(ゲール語でアン・クウ・モル=大犬)がファーガスをアン・フェルラ・モル=灰色大人から我が身を犠牲にして救う所がクライマックスでしょうか。
マカリスターがシーを撃退するのにキリスト教のお祈りや十字架を使ったことも、この時代にキリスト教が次第に民間に浸透していったことがうかがえて、なかなか興味深かったです。かたやケルト信仰のシーやいけにえという認識も存在している。またシーの母親と人間の父親との間に生まれたスカリー女のような存在もあり(彼女の存在もなかなか興味深い)いろいろな伝承が混在しているような感じを受けました。ところどころ首を傾げる箇所もあるのですが、たぶんそのせいではないかと思います。




2002/10/15
『トム・ゴードンに恋した少女』
スティーヴン・キング(池田真紀子訳) 新潮社 2002年
初めてキングを読みました。お話はトリシアという9歳の少女がピクニックの最中母と兄とはぐれ、道に迷い9日間(!)森の中をさ迷い歩き、ついに脱出するくサバイバルストーリーです。文章のテンポがよく読みやすく、表現の巧さに感心しながらぐいぐい引き込まれて読んでしまいました。冒険の始まりで、かなりリアルで気持ち悪い表現もあったのですが、(虫や蛇の感触など思わずぞっとしました)都会っ子のトリシアが次第に慣れていくうち、読者の私も慣れていき、トリシアに声援を送りながら読み進めました。酷い状況なのにユーモアのある文章で時に笑わせながら、(日本人は毎日のように生魚を食べているなど)そして不気味な「あれ」の存在を常に意識のすみにおきながら読まされてしまい、その緊張感がついに最後に最高に盛り上がるあたりなど、息が詰まりそうでした。それにしてもこの最後のトリシアの行動の凄いこと!最初から年の割にはしっかりしていたトリシアですが、知恵と勇気で生き抜いてきた彼女はよりたくましく成長していました。その心の支えが実在のプロ野球選手トム・ゴードンで、彼と幻の会話を交わしながら、夜にウォークマンで野球中継を聴き孤独を癒し活力を得ていたトリシア。章立てが「試合開始前」「1回」〜9回裏」「試合終了後」になっているのも楽しい趣向でした。最後には壊れてしまった家族の絆の修復が予想され、ほろりとさせられます。




2002/10/22
『ファイアスターター上下』
スティーヴン・キング(深町真理子訳) 新潮文庫 1982年
望んだわけでもないのに超能力を持ってしまったアンディとチャーリー父娘の苦悩と悲しみに胸が痛くなりました。超能力の秘密を探ろうとする組織からの逃亡生活、拘束されてからの精神的なかけひき、クライマックスの攻防、細かい描写は時にしつこく感じるほど息苦しいものでした。勝手に実験しておきながら、その悲惨な結果はもみ消し、能力だけは欲しがる組織。彼らに翻弄される親子が哀れです。宮部みゆきさんがキングが好きで影響を受けていることは聞いていましたが、たしかに宮部作品を思い出させる表現を随所に見つけました。追い詰められたチャーリーの最後の選択が、はたしてどのような結果になったのか記述はありませんが、どうか『クロスファイア』のかおりのように、理解ある人たちに保護されてほしいと思います。




2002/10/23
『聖なる黒夜』
柴田よしき 角川書店 2002年
「リコ」シリーズで登場した印象的なふたり、麻生と山内。その二人の出会いと愛憎の軌跡を描く待望の1冊。たしか『月神の浅い眠り』の最後で、山内の過去の事件について再調査する動きがあったように記憶しています。ここでは事件当時の取調べのこともくわしく述べられています。あの時きちんと事件の解明がなされていたら、山内の転落はなかったはず。なんだかんだいっても実は山内が気にいっているので、30過ぎた男のくせにすねた口調なのも可愛いく思えてしまいます。「リコ」シリーズ、「花咲」シリーズの登場人物が何人か顔を出していて、懐かしい気がしました。この作品ではまだ花咲さんとの接点はありません。




2002/10/25
『「ミステリーの館」へようこそ』
はやみねかおる 講談社青い鳥文庫 2002年
名探偵夢水清志郎シリーズ。引退したマジシャン、グレート天野の作った「ミステリーの館」に招待された夢水たち。そこで繰り広げられる消失マジックを夢水探偵は解き明かすことができるか。
今回は二重の袋とじという豪華なつくり。作者は本当にミステリーが好きなんだなあ。三つ子や周りの人たちの様子が楽しくて、いつもあっという間に読んでしまいます。今回亜衣とレーチとの中が少し進展しているのがおもしろかった。




2002/10/26
『赤緑黒白』
森博嗣 講談社ノベルス 2002年
それぞれ赤、緑、黒、白と塗られた4つの死体。連続殺人の犯人は?
思いっきりネタバレしてます。

Vシリーズもこれで完結。最後に特大の衝撃が待っていました。何より関心があった「へっ君」については、前もって情報があったのですが、まさかと思っていました。先に読み終わったはづきも、私も茫然としました。思わず『今夜はパラシュート博物館へ』を借りなおしてきて「ぶるぶる人形にうってつけの夜」を読み直しました。やられました。彼女は萌絵じゃない!とすると問題は『捩れ屋敷の利鈍』ですが、こちらは貸し出し中だったため未確認です。このシリーズなんども語り手保呂草さんが、編集と演出があると書いてありました。参りました。こういうことだったんですね。へっ君のイニシャルはS.S。そして七夏には娘がいる。祝儀袋の名前。最後の紅子と向き合う少女の名前。―もういちどVシリーズとS&Mシリーズを読まなきゃという気になってきてしまいます。




2002/10/27
『オーディンとのろわれた語り部』
スーザン・プライス(当麻ゆか訳) 徳間書店  1997年
「オーディンは死と、詩と恐ろしい魔法をつかさどる神、トールは人々の家と暮らしを守る神、女神フレイヤとその双子の兄フレイは、トウモロコシを育て、羊に子を生ませ、男と女に子どもを授ける神だった。千年の昔、アイスランドの民は、こうしたすべての神々に祈りをささげていた。」
こういう書き出しではじまる、北欧神話を元にアイスランドを舞台にした物語。
北の国の女王と結婚したいため、アイスランド1の物語の語り手「ネコのトード」に自分をたたえる話を語らせようとする魔法使いクヴェルドルフ。女神フレイアを信じるトードは断るが、クヴェルドルフはオーディンの力を借り、魔法で死霊を使いトードを襲わせる。トードは無事逃れられるか。
すべての神々に祈りをささげていた、というところは日本の八百万の神々と似ているなと感じました。トードは語り部としての武器「言葉」でばけものと戦うのですが、そこが「魔法」の本質を表していて面白いと思いました。みかけは小男のトードですが、誰よりもこころ優しく勇敢で正直だったわけです。



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