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2002/12/1
『愛のサーカス』
ポール・ギャリコ(斉藤数衛訳)  早川書房 1978年
きなさまからお借りした本です。
題名の通りサーカスを舞台にした人間模様を描いたお話。サーカスときくともうそれだけで何か不思議な懐かしさと物悲しさを覚えます。ここではサーカスの内部事情が細かく描かれ、そこに働く人々がたくみに書き分けられています。
テレビに押されて次第に入場者が減っていったイギリスのサーカス一座が、起死回生をかけてスペインでの興行を行いますが、運悪く嵐にあいテントは炎上、現地の臨時雇いの団員が死亡したことから窮地に追い込まれます。調査のため警察により活動を停止させられたサーカスは、団長がイギリスに保険金を受け取りに行く間、動物と世話をするわずかな団員だけが残されます。団長がなかなか帰ってこないため、残された団員と動物たちはたちまち困窮します。そんな極限状態で芽生えた愛情、裏切り、献身。やがて新しい団長がやってきて、サーカスが再出発する時、彼らにも新しい人生の出発が待っていました。
どうなるかとはらはらしながら読みました。ローズの純真さ、トービーの若者らしい未熟さ、アルバートじいさんの深い愛情、献身など、登場人物それぞれがみな愛しく感じられました。悪役でさえも憎めずむしろ哀れをさそうのは、作者の優しさでしょうか。




2002/12/5
『ロミオとロミオは永遠に』
恩田陸 早川書房 2002年
近未来、他の国家は新地球へ移住したあと日本人だけが旧地球に居残り、膨大な科学物質や産業廃棄物の処理に従事している。そんな日本の指導者になるためには大東京学園の卒業総代になること。過酷な入学試験レースを勝ち抜いて入学したアキラやシゲルたち新入生。彼らを待ち受ける学園生活とは。

娘にせかされて読み終わりました。ラストがいつもよりもっと失速したみたい。何を書きたかったのだろう?20世紀へのオマージュ?それはいい。でもはっきり言って悪ノリではないか。ああもたくさんごちゃまぜにされるとノスタルジーを感じるひまもありません。 と思っていたら娘は「けっこう笑えた」と言う。なるほどパロディとして楽しめばいいのか?でもねえ。
最後のほうの「新宿」クラスの少年たちには涙。だからこそあの最後のエピローグはよけいではないかと思います。
これなら似ている『バトルロワイアル』のほうがいいと思います。




2002/12/11
『ヒルベルという子がいた』
ペーター・ヘルトリング(上田真而子訳) 偕成社 1978年
重い話でした。障害児であるヒルベルは母親からは見捨てられ、病院や里親やホームを転々としています。周囲に理解者のほとんどいない状況で暮らさなければならなかった彼の様子、彼の心の中を感傷的でなくたんたんと綴っています。彼はばかだと周囲は言います。でもほんとうは彼の頭の中にはあまりにもたくさんの考えや喜びやおそれがつまりすぎているのです。ただそれを上手く表現できず、おとながいうような意味での「きちんとした勉強」が出来ないだけなのに。
作者はあとがきで、みんながヒルベルのようなこどもを理解しようと努力し、根気よく気を付けてやることが大切で、まだ社会がそうなっていないから、「だから、ヒルベルは施設に入れられ、病院に送りこまれ、そして、わすれさられたんだ」と書いています。ここを読んだときは胸が痛みました。この状況は今も多少の改善はみられても、相変わらず同じように思えます。
この本を読んで思い浮かべたのは『わたしたちのトビアス』です。ダウン症のトビアスを家族が暖かく迎え、家族で力を合わせて育てていった過程を描いたこの作品を読むと、ヒルベルがおかれた環境との違いがはっきりして、いっそうやりきれなさを覚えます。




2002/12/12
『風のラヴソング』
越水利江子 岩崎書店 1993年
越水さんの本は初めて読んだのですが、高知生まれの京都育ちとか。そのせいか第1話は高知弁らしい言葉で高知を舞台にした話。これが序章のようになっていて2話からは舞台は京都に移ります。どの話も子どもたちの日常の生活を描いています。でもそういう日常でも子どもにとっては毎日が懸命な戦いの日々のはず。そういうひとりぼっちの幼い戦士たちに、読み終えたあと静かな力になる物語を書きたかったと作者は書いています。第1話の兄の物語をもう少し読みたかったので、ちょっと物足りないという思いもありますが、私にとって新鮮な作品でした。




2002/12/13
『ふるさとは、夏』
芝田勝茂 パロル舎 1996年
ひと夏を父親のふるさとで過ごすことになった小学生のみち夫。そこでの伝統行事の夜、どこからともなく飛んできた白羽の矢の謎を追ううち、みち夫の前に村のたくさんの神様たちが次々姿をみせます。
都会のもやしっこが田舎でたくましくなるというよくある話かと思ったら、ちょっと違いました。なじみのない方言も風習もこまかい説明がなく、そのせいで読んでるこちらもみち夫の戸惑いに共感できました。方言がわからないというみち夫に従姉の沙奈が「犬でも猫でもちゃんと顔見てしゃべったら、何ゆうとるかくらいわかる」ときっぱり言った言葉に、まいったなあと思いました。不思議なことにずっと住んでいる沙奈たちより、みち夫のほうが村の神様たちを見ることができます。村のたくさんの神様がそれぞれ個性的でおもしろい。日本古来の八百万の神という感覚は、私自身とても好きで身近な感覚でした。




2002/12/14
『ホーン岬まで』『少年時代の画集』
森忠明 くもん出版 1990年 講談社 1985年
これは、何といったらいいのか、とにかく衝撃的な作品でした。おそらく作者の自伝的要素が強いのでしょうが、このふたつの短編集に収められた、私より5歳ほど年長の作者の小中学生時代は、ほとんど私の思い出と重なります。内容は楽しい子供時代なんてものではなく、暗く重い。でもそれが本当のことではないか。子どもだからといって、いつもいつも楽しく暮らしていたかというとそんなことはない。忘れかけていたし、無理に小さなこととして記憶していた、あの時代の苦しさ切なさが胸の奥からあふれてきました。子どもは子どもなりに生きることのつらさを肌で感じていたはず。今になってこんなにあのころのことを思い出すことになろうとは。どう言葉で表していいか分からないのですが、こんな作品があったなんて、やはり児童書は奥が深い。




2002/12/16
『埼玉の童話 愛蔵版県別ふるさと童話館11』
『京都の童話 愛蔵版県別ふるさと童話館27』

日本児童文学者協会編 リブリオ出版 1999年
『愛知の童話』に続いて、現在住んでいる埼玉と子どものころ過ごした京都の童話を読みました。それぞれたくさんの作家さんが書いています。
『京都』では私の子供時代の一番印象に残っている地蔵盆についての話が懐かしく、『埼玉』では自然と動物を描いた作品に心があたたかくなりました。




2002/12/18
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』上下
J・K・ローリング(松岡佑子訳) 静山房 2002年
前巻までは学園モノの趣が強かったのですが、全7巻予定のちょうど折り返しにあたるこの巻は、いよいよ舞台が魔法界ひいては全世界へとひろがってゆく転換点になっています。冒頭の場面から思いがけない場所で始まり、登場人物も増え話が複雑さを増し、痛ましい犠牲もあり、ハリーもロンとのいさかいや淡い恋心など、より大きな試練に襲われます。
それにしても確実にヴォルデモートが復活してしまったというのに、お役人は動きません。どこの世界も役人は腰が重いようです。
シリウスはもう少しハリーの助けになるかと思いましたが、案外にそうでもなく、精神的支えのほうが大きいようです。いちずに彼を慕うハリーがいじらしい。ハリーとロンのいさかい、どちらの気持ちもわかるだけに読んでてけっこうつらかったです。ハーマイオニーとロンの仲も少しは進展したようで、(ロンがまだまだ鈍いけど)ハリーの恋の行方も気になります。
でも「もっとも失いたくないもの」がハリーはロン?いや、もちろんロンでいいんです、いいんですけどね。フラーの妹はいいとして、あとの二人は好きな女の子なのに…。誰が決めたんでしょう?
今まで読んできてもよく分からない点があり、謎はたくさんあります。ダンブルドアも、スネイプ、ハグリット、肝心のハリーでさえまだまだ謎です。こんな大騒ぎされるほどの傑作かなとは思いますが、それなりに伏線もあり、ハリーの成長を追いながら周囲の人々も描き分けられているので、たしかにおもしろいです。ただあのダーズリー一家の描き方はいただけません。なんでああもおおげさなのか。わざとにしても気分悪くなります。




2002/12/19
『アリューシャン黙示録 母なる大地 父なる空』上下
スー・ハリソン(河島弘美訳) 晶文社 1995年
読み始めたらおもしろくって止まらなくなりました。
時代は紀元前7000年という気の遠くなるような昔。舞台は極北の地アリューシャンの島々。ここで暮らす「第1等族」の少女<黒曜石>が一族全てを殺されながらもひたむきに生きていく、壮大な愛と冒険の物語。
まず名前が魅力的。<黒曜石>や<青い貝殻>はとてもきれいな響きですが<アザラシに忍び寄る>とか<古に遡る>とか敵役の<殺し屋>なんてのもあります。名前がずばりその人の特徴をあらわしているのも面白いです。<筋肉><曲がった鼻><太った妻>とか。
<黒曜石>の運命を追いながら、、当時の暮らし振りが生き生きと描かれています。住居、狩りの仕方、獲物の扱い方、祈りのささげ方、などなど。作者は言語、考古学、人類学、地理学などの調査研究に3年費やし、さらに4年かけて書き上げたそうですが、さすがに詳細な描写です。
そして登場人物も現代とは違う倫理観世界観で生きているとはいえ、どこにでもいるさまざまなタイプの人間たちを活躍させています。逆境に負けず自らの手で運命を切り開き、幸せを手にした<黒曜石>に拍手を贈りたい。




2002/12/20
『アリューシャン黙示録 第2部 姉なる月』上下
スー・ハリソン(行方昭夫訳) 晶文社 1996年
感動の第1部終了から、そのまま一気に第2部突入です。
今度のヒロインは<黒曜石>の息子<ナイフ>と相愛ながら、もう一人の息子<血>と結婚した<誰>です。彼女は父親である<灰色の鳥>により長い間名前も付けてもらえず、やっとつけてもらえたのがこの名前です。今はもちろん当時としても変な名前です。この父親と弟が自分勝手の見本のような人物で、<誰>はふたりにひどい目にあわされ続け、挙句に弟の手で別の部族の男に売られてしまいます。
<誰>のことは実は読み始めたころは前作のヒロイン<黒曜石>にくらべ 父と弟の言うなりになっている情けない少女かと思って少し嫌いだったのですが、読み進むうち、自分の運命に無力に流されているように見えながら、実は逆境に耐え決してあきらめない、たくましさ賢さを持つ女性だということがわかりました。
天災、策略、裏切り、などで貴重な命が失われ、他の部族も登場し前作よりスケールアップした物語のなかで、真実の愛を貫こうとする<誰>の強さ、けなげさに感動しました。




2002/12/22
『アリューシャン黙示録 第3部 兄なる風』上下
スー・ハリソン(行方昭夫 河島弘美訳) 晶文社 1997年
前作の最後で再び愛する<ナイフ>と引き離された<誰>は、我が子を抱え氷原を歩き、自分の部族の元へ帰ろうとします。
第2部よりさらに登場する部族も増え地域も広がります。野望に燃え策略をめぐらす男たち、生きるために知恵を絞る女たち、それぞれの思惑が複雑に絡み合って最後の戦いになだれ込みます。これだけの登場人物がみな生き生きと描き分けられ、自然や日常生活の描写も詳しく、読むうちにすっかり物語の世界に引き込まれてしまいました。
困難に打ち勝ち愛する人との幸せを手に入れた<誰>。その傍らで孫にせがまれ<黒曜石>が昔語りをはじめます。その物語こそ『母なる大地 父なる空』の最初の部分でした。「ああこれで終わったのだと」と深い感動がこみあげてきました。




2002/12/26
『黄色い目の魚』
佐藤多佳子 新潮社 2002年
もうもうほんとうにおもしろかった。というよりとてもいいものを読んだなあという幸福感でいっぱいです。このひとの作品はとても好きです。文庫になったら買おうと思っています。あとがきに「今回は若い人たちの話になったのでオールダーたちが寡黙になった」とあり、そちらの話をまた書いてくれそうな予感です。でも10年後なんて言わずに、ぜひもっと早くに。




2002/12/28
『革命の鐘は鳴る 炎の蜃気楼37』
桑原水菜 集英社コバルト文庫 2002年
いやーもうびっくりしました、冒頭部分。どこよ?!だれよ?!いつよ?!思わず叫んでしまいました。うーんおそるべし桑原水菜。前巻の「大玉転がし」「くさや」にずっこけて、作者の言葉のセンスって?とちょっとあきれていたのですが、この巻は見直しました。なんかもう設定とか構成とか関係なく、ぐわっーと引っ張り込んでいく、気迫と情念に参りました。なんだかんだいってもやっぱりすごい。これはもう最後まで見届けるしかありません。




2002/12/30
『シャボン玉ピストル大騒動』
ポール・ギャリコ(高松二郎訳) 早川書房 1977年
9歳の少年ジュリアンが父親を見返すため、自分の発明した「シャボン玉ピストル」の特許をとろうとして、内緒でワシントンDC行きのバスに乗ります。乗り合わせたベトナム帰還兵、恋人同士の高校生、ソ連のスパイ、殺人犯などがからんで、大騒動がまきおこります。ジュリアンは無事に特許を取れるでしょうか。
これもきなさまからお借りした本です。すごくおもしろかった。登場人物それぞれの描き方に、相変わらず作者の人間を見る目の温かさを感じます。



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