| 2002/8/1 |
| 『時をさまようタック』 ナタリー・バビット(小野和子訳) 評論社 1989年 |
| 「時をさまよう」というタイトルから、タイムトラベルものだと思っていましたが違いました。時は時でも<永遠の時>をさまようタック一家の物語でした。だれもが願う<不老不死>を偶然に手に入れたタックたちは、でも決して幸せではありません。タックが秘密を知った少女ウィニ―に話す「わしらのように死をもたないで、ただ生きるだけというのは価値のないことだ」という悲痛な叫びは胸を打ちます。ひとは必ず死ぬ、その約束があるからこそ毎日をせいいっぱい生きられる、生きなければならない。それが許されない自分の身を彼はどれだけ嘆いたのでしょうか。まだ彼の言葉を充分に理解できないウィニーが、タックの息子から預かった<不老不死>の秘密を、結局どう使ったか。予想されたラストでしたが、そのときのタック夫妻の気持ちは悲しみと安堵両方だったでしょう。萩尾望都の「ポーの一族」を思わせる物語でした。 |
| 2002/8/2 |
| 『天の夜曲 流転の海第4部』 宮本輝 新潮社 2002年 |
| あとがきを読むと第1作「流転の海」が出てからもう20年だそうです。完結まであと2巻、さいわい私は作者より年下なので完結まで見届けられそうです。 この作品を読むことは実は辛いことでもあります。主人公松阪熊吾が作者の父親をモデルとしているので、エッセイや他の作品から彼のこれからの転落が分かっているからです。それでもこの強烈な個性をもった男の話には引き込まれてしまいます。 熊吾が自分を裏切った男について考えたこと、そして息子伸仁に教え込んだ言葉に共通するのが「自尊心」という言葉です。これがとても印象的でした。 「己が目指そうとしているものが大きければ大きいほど、自分の自尊心などは取るに足らないものになっていくはずだ」「自分の人生に、目指すべき大きな目的を持っていない人間の自尊心を傷つけてはならない」 「自分の自尊心よりも大切なものをもって生きにぁいけん」 また居酒屋の主人と客の会話として、野菜の花の美しさを述べた部分にも心惹かれました。 「野菜の花の美しさは、人々に季節の味や栄養をもたらし、人々の役に立つ働きとか使命とかを担っているが故に天から与えられた徳のような気がする。そうとでも解釈しなければ、あの野菜の花の可憐な品の由来は説明できない。そして人々を楽しませ、人々の役に立ち、人々を癒すために生まれたからこその品格が小さな花にも厳と存在するならば、人間もまた同じではあるまいか。そしてそれは見事なまでに人相にあらわれるのではないだろうか」 野菜の花の美しさを見事に表した言葉と、自分の生き方を問われたような言葉に目が覚める思いです。 まだ今のところ決定的ではないにせよ、熊吾の転落を予感させる出来事はすでに起こっています。もっともっと読むのがつらくなるでしょうが、最後まで読み続けたいと思います。 |
| 2002/8/3 |
| 『マレー鉄道の謎』 有栖川有栖 講談社ノベルス 2002年 |
| この作品以前から出る出ると話題になっていましたが、ようやく出ました。火村編の長編です。相変わらず火村と有栖のコンビが楽しい。作者には申し訳ないけれど、ほとんどこのかけあい漫才を見たいが為に読んでいる感じです。目張り密室のトリックはわかりませんでした。でも状況からして犯人と動機は目星がつきました。 火村の<影の部分>を表すのに、何も無理に有栖に議論をふっかけさせる必要はないんじゃないかと思います。とってつけたような不自然な感じがします。それより楽しく有栖のヘボ推理を聞いていたほうがいい。最初の頃はハラハラして「有栖、やめろ!絶対その推理間違ってる」と叫んでましたが、最近は「はいはい、どんどんしゃべってね♪」と楽しみになっています。 |
| 2002/8/5 |
| 『失踪HOLIDAY』 乙一 角川スニーカー文庫 2000年 |
| 2編収録。 『しあわせは猫のかたち』 人とうまく接することのできない「僕」が独り暮らしをはじめた家には、幽霊と猫が住んでいた…。3者の静かな同居生活はしだいに心地よいものになって、不器用な生き方しかできない「僕」の心を、光へ向けていきます。それでもやはりその生活は思いがけない形で崩れ、そこに少しミステリーがからんできます。最後に「僕」に残された写真と手紙には、本当に心を打たれます。なんて優しく切ない物語だろう。作者が「切なさの達人」といわれるのも納得できました。 『失踪HORIDAY』 作者のあとがきは、かなりおもしろいので気にいってます。あとがきを先に読んでいて笑えました。それによるとこの題名はある本から頂いたということ。もっとも原題は「疾走〜」だったそうです。 大金持ちの一人娘ナオはある日継母と口喧嘩の末家出し、なりゆきで自分を「誘拐」されたことにします。そこからおこる一騒動、全て終った後の意外な真実…。14歳のナオの言動が元気よく活動的なのが楽しい。でもいくら元気でも作者の描く他の人物同様、ナオもやはりどこか居心地の悪さを感じ自分の居場所を求めています。少しミステリー風で明るい結末はさわやかな後味でした。乙一の作品の中では珍しくコミカルな味付けで、羽住都の絵が雰囲気を盛り上げています。 |
| 2002/8/7 |
| 『君の夢 僕の思考』 森博嗣 PHP研究所 2002年 |
| この本は小説ではありません。今までの作品の中から、編集者が言葉を選び出し、それに森さんの写真とメッセージがついています。懐かしい題名がいっぱい出てきます。でも引用された文が、どんな時に誰が言った言葉かまでは覚えていません。そういえばどこかで見たなあと思うだけです。 |
| 映画 | 2002/8/12 |
| 「バニラ・スカイ」 キャメロン・クロウ監督(DVD) 2001年 |
| 上映時映画館で観てきたはづきが、とても気に入った映画。DVDを見つけたので思い切って買いました。はづきにせかされて鑑賞。ところが途中で寝てしまい、終わり頃に目ざめました。はづきの機嫌の悪いこと。「うんたしかにおもしろいね」と言う私に「途中で寝るなんて最低。しかも後で起きてきて最後のほうを観て、おもしろかったなんて言ってほしくない。観るなら全部観て、寝るならずっと寝てれば良かったのに」と手がつけられません。悪かったよ、邪道な観方して。結局また観直しました。はづきの機嫌のせいばかりではなく、私自身観たかったからです。 音楽がとても効果的に使われています。どこまでが夢でどこまでが現実かわからない、そんな世界をさまよう主人公。最後の彼の選択は納得いくものでした。あの美しい顔をゆがめてのトム・クルーズの熱演。でも自業自得のような気もします。愛しているのにストーカー呼ばわりされる恋人を演じたキャメロン・ディアスが、いじらしくて、これは完全にトムのほうが悪い。ソフィアを演じたペネロペ・クルスはとても可愛くて魅力的です。最後のほうに挿入される昔の映画の場面に懐かしい顔を所々みつけました。一瞬のうちに次々に挿入されるのですが「アラバマ物語」グレゴリー・ペック「突然炎のごとく」ジャンヌ・モロー、「007」ショーン・コネリー、その他オードリー・へップパーンの1カットなどなど。「赤い風船」のカットもありました。ジャンヌ・モローが輝くように美しかったです。これらの映画は実際見たわけではありませんが、名作として紹介されるので見覚えがありました。主人公の思い出の映画という設定らしいです。 |
| 2002/8/13 |
| 『きみにしか聞こえない―CALLING YOU』 乙一 角川スニーカー文庫 2001年 |
| またも切なさにやられました。3編収録されています。 「Calling You」 友達もなく携帯も持たない少女リョウは、孤独の中でいつか頭の中に携帯を思い描くようになる。そんなある日鳴るはずのないその携帯が着信音を鳴らし、リョウと同じさみしさを抱える少年シンヤとリョウの、頭の中の携帯を通じた交流が始まる。 淋しいもの同士が鳴らした心の携帯電話。現代をもっともよく映し出す携帯というアイテムを、こういう形で取り入れるなんて感心しました。結末がまたいい。 「傷―KIZ/KIDS」 家庭環境のせいで問題児扱いされ、特殊学級に入れられた「オレ」はそこでアサトと出会う。アサトには他人の傷を自分の体に移行させる特殊能力があった。 やさしさゆえに無垢なゆえに傷つくアサト、すべてを引き受けようとするアサトの傷を、ふたりで分け合おうとする「オレ」。「だれも傷つかない世界が、早くやってくるといい」という「オレ」の祈りが胸を打ちます。一番弱く傷つきやすいこどもたち。本来保護されねばならないはずのこどもたちが、ここでは懸命に体を張って人を癒そうとします。「オレ」の祈りに応える義務が私たち大人にはあると思います。 「華歌」 事故で愛するものを失った「私」は、失意の日々を送る病院の裏庭の森で不思議な花を見つける。それは少女の頭を持つ歌う花だった。病室に持ち帰った「私」や同室の患者は、この花の歌に心慰められていく。やがて花の寿命が訪れた時、「私」は花をふるさとに返してやろうとする。 少し今まで読んだものとは文体も雰囲気も違います。どことなく不思議な妖しさの漂う作品。花から少女の頭がのぞいていたら気味悪く感じるかもしれませんが、それがほんとに可憐に描かれています。花の秘密が解き明かされた時、私の胸の絶望にも少し光がさしてくるというところがよかったです。 「この世に生まれるということは、なんと辛く、そして光に満ちているのだろう」 主人公はじめみんな力強く生きていって欲しいと願います。とても好きな作品です。 |
| 2002/8/19 |
| 『アクアリウムの夜』 稲生平太郎 白馬書房 1990年 |
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高校生の「ぼく」広田を語り手としてすすみます。2年生になったある日友人の高橋に誘われて、ぼくは野外劇場の「カメラ・オブスキュラ」という奇妙な出し物を見に行く。その日を境にしだいに高橋の様子がおかしくなってくる。幼馴染の良子も3人でやった「コックリさん」の結果から高橋を心配する。なんとか原因を探ろうとするぼくと良子には、教師遠藤の研究が何らかの鍵であるらしいことが感じられる。そのうち正気を取り戻し学校に復帰した高橋が、文化祭で無残な死体となって発見される。事故として処理された高橋の死の謎を探るべく、ぼくと良子は夜の水族館―アクアリウムに潜入する。 読み終ったのはだいぶ前ですが、感想をまとめられませんでした。最初はすごくおもしろいと思っていたのに、途中からどうもなあと思う部分が出てきて、クライマックスのところはかなりややこしくてめげました。エピローグ的な最終章は好きなのですが。 わたしは基本的に学園ものが好きです。特に舞台が高校となるとつい自分の高校時代を思い出し、郷愁もあってその世界にのめりこんでしまいます。だから最初はぞくぞくするほどこの作品に惹かれました。 ごく普通の平和な高校生の日常。不思議なカメラ・オブスキュラ。その広告が高橋の鞄にいつのまにか入っていたこと。つまり彼が最初からターゲットだったのではないかということ。そして高橋の得意なアナグラム。コックリさんの文字をみた彼や良子の不安。コックリさん自体は私は嫌いなのですが、ここでの使われ方はアナグラムと一緒になっていて許せます。しだいに狂気をおびてくる親友をそばでながめているぼくの不安や心配が、恐怖へと変わるさまがリアルに描かれているところ。さらに遠藤先生の研究。こういうちょっとあやしげな宗教、邪教が絡んでくる話。藤村さんと英子さんの昔のエピソード。ひとつひとつがけっこう好きなものでした。 こういう要素がいろいろ絡み合って、しだいに日常の世界を異形の世界へと誘っていく雰囲気もまた好きなのです。ここまで「好き」があるのにもかかわらず…だからこそここで○○○をもってきたことが、最大の不満です。なんでえ〜!と悲鳴をあげたくなりました。これは単に私の個人的な好みなので、理由を求められても困るのですが、このせいでアクアリウム潜入からはこの作品のクライマックスのはずですが、どうも今ひとつのれなかったのです。正直いってわかりませんでした。盛り込みすぎてまとまっていないのでは?という違和感がどうしてもぬぐえませんでした。最初がとても魅力的だったので、残念です。でも最終章はこれまた好きなのです。いまだにどう位置付けていいかわからない不思議な作品でした。 |
| 2002/8/25 |
| 『痛快 世界の冒険文学12 アーサー王物語』 阿刀田高 講談社 1998年 |
| 講談社が当代の人気作家による翻案で出版した児童書のシリーズです。全24巻は、眉村卓の『タイムマシン』菊地秀行の『吸血鬼ドラキュラ』などすごい顔ぶれです。 その中の一編である本書は『アーサー王伝説』を読みやすく編集書き直してあります。サトクリフの『アーサー王』もよかったけれど、こちらは有名な話を選りすぐってあり、巻末に図解もついていて子どもにわかりやすいように配慮してあるぶん、より読みやすくわかりやすかったです。 最近このシリーズをもとに再編集された、一般向けの『シリーズ 冒険』全8巻『シリーズ 古典』全8巻も刊行されており、それをみてこのシリーズのすごさが改めて感じられ、読む気になりました。 |
| 2002/8/27 |
| 『ちょー戦争と平和』 野梨原花南 集英社コバルト文庫 2002年 |
| 魔王捕縛を阻止できなかったサリタ(自称)とオニキス、サアフィア、宝珠はそれぞれ戦争を止めるため、ジークフロード教室とトードリアへ向かう。 なにやら術式が間違っていた結果、起動した魔王が暴走する可能性があるみたい。大変なことらしいけど、宝珠がそれにどうかかわってくるのか。次巻あたりではっきりするような気もするのですが、まだよくわかりません。いいかげんサリタが本名をなのってくれないとややこしくて仕方がない。リブロ女王かっこいい。今回ダイヤとジオの出番がなかった。 |
| 2002/8/31 |
| 『Pure―ピュア―』 ごとうしのぶ 角川ルビー文庫 2001年 |
| 「タクミくんシリーズ」の最新刊。といってもかなり前の発売です。登場人物の中では三州くんはお気に入りのキャラですので、この作品はよかったです。おおや和美さんの絵もぴったり。かわいい作品です。でも彼らはいつになったら卒業するのでしょう。 |