| 2002/9/1 |
| 『神々の憂鬱 暁の天使たち2』 茅田砂胡 中央公論新社 2002年 |
| お話はシェラがリィの家族とともに、遊園地に行くところからはじまりました。何だこの暢気な始まり方は?と思いましたが、これは二人が連邦大学へ行く前のことでした。シェラがいろいろこちらの世界のことを学んでいくのにあわせて、私も『デルフィニア戦記』『スカーレット・ウィザード』からの流れをあらためておさらいできました。しかし作者は『デルフィニア』のときから、既にこういう設定を考えていたのか。すごいなあ。しかも『スカーレット』でフェイントをかけておいて、『外伝』でさらっと実はつながってた、と明かすなんて。ファロットの聖霊たちまで登場して、『デルフィニア』がなつかしい。もう一度読みたくなります。黄金の太陽リィ、銀の月シェラ、闇のルゥ、3人がそろうことでいったい何がおこるのか。ああ、また続いちゃった。 |
| 2002/9/2 |
| 『死にぞこないの青』 乙一 幻冬社文庫 2001年 |
| 小学生のマサオはいつも自分と同級生との違いを感じていました。5年生になり新任の担任がやってきて、あるきっかけからマサオを叱り始めてから、マサオの生活はつらいものになっていきます。エスカレートする担任の苛めに自分の存在を否定されていくマサオ。そんなマサオの前に姿を見せるようになったのは、傷だらけで真っ青な顔のアオでした。 自分を否定されることの辛さ、さらにそれを次第に自分でも受け入れていってしまうことへの恐さ。口下手で人見知りで恐がりのマサオの心理が克明に描かれ、息苦しいほどです。この担任の苛めぶりは本当に胸が悪くなります。マサオの感じ方には共感できる部分が多いので、まかりまちがうと自分だって(そして息子や娘だって)こういう目にあったかもしれないと思うと、恐くなります。年少ゆえこの担任の理不尽さに気づくのが遅れたマサオですが、アオの助けを借りながらも自分の力で事態を打開します。頑張ったマサオに拍手したい。 今まで読んだ乙一作品に比べ、切なさよりも辛さと気分の悪さのほうが強かったです。 |
| 2002/9/3 |
| 『天帝妖狐』 乙一 集英社文庫 2001年 |
| 2編収録。我孫子武丸の解説がおもしろい。 「A MASKED BALL」 高校のトイレの落書きからはじまる事件。はたしてカタカナの落書きの主はいったい誰? 実は表題作よりこちらのほうに惹かれてしまいました。読みやすい文章で高校生の様子を自然に描写してあり、さわやか青春小説のような始まりなのに、カタカナの落書きの主の異常さが次第に浮き彫りにされていくあたり、じわじわ恐怖を誘い出していて、うまいなあと思いました。5人の落書きにそれぞれの個性が表れており、解説を読んであわててもう一度読み、ある人のことに気づいたときは参りました。 「天帝妖狐」 行き倒れになっていた包帯で素顔を隠す謎の青年夜木。彼に禍禍しさを感じながらも、彼の居場所を作ろうと親身になる少女杏子。穏やかにつづくと見えた平安な日々がある日崩れ去る。 夜木がこどものころ行ったコックリさんの描写の恐さに震えました。十円玉に指を乗せた時の凄まじい圧迫感、底なしの闇の気配。いつのまにかそれに囚われてしまった夜木の悲劇。そして夜木が杏子にあてた手紙のなんという哀切さ。恐怖と気持ち悪さはこの手紙の最後の部分で、涙にかわりました。 |
| 2002/9/3 |
| 『夏と花火と私の死体』 乙一 集英社文庫 2000年 |
| 「優子」 表題作は北村薫編『謎のギャラリー』で既に読んでいましたが、『天帝妖狐』での我孫子武丸の解説で知った同時収録のこの作品を読みたくて買ってきました。表題作に比べると我孫子氏のいうように確かに地味ですが、これも充分面白かったです。 「夏と花火と私の死体」 もう何も言うことはないほど、絶賛されつくした作品。もう一度読んでもやっぱりすごい。小野不由美の解説もこの作品が与えた衝撃の大きさと、作者乙一への期待の大きさが分かっておもしろい。 |
| 2002/9/4 |
| 『邪馬台国はどこですか?』 鯨統一郎 創元推理文庫 1998年 |
| バーテンダー松永の働く地下1階の店の3人の常連客。三谷教授と助手の静香と在野の歴史研究家?宮田。そこで起きる歴史談義がこの作品の中心。 表題作をはじめ「悟りを開いたのはいつですか?」「聖徳太子はだれですか?」「謀叛の動機はなんですか?」「維新が起きたのはなぜですか?」「奇跡はどののようになされたのですか?」という6つの問題について、3人が(主に宮田と静香)強烈なバトルをくりひろげる。 とにかくおもしろい!もともと歴史は好きなのでこういう話は気に入ってますが、これはものすごくおもしろかった!どこまでが本当なのか分からないながらも痛快さに酔ってしまいました。とくに聖徳太子の正体やキリスト復活の謎など、大好き。一番ばかばかしい維新の黒幕だってご愛嬌。 |
| 2002/9/5 |
| 『向田邦子ふたたび』 文藝春秋編 文春文庫ビジュアル版 1986年 |
| 向田さんが亡くなったことを知ったのは、娘を出産した病院ででした。見舞いにきた夫からニュースを聞かされ驚きました。このとき『父の詫び状』だけは読んでいたと思いますが、ほとんどの著作を読むようになったのは、亡くなられてからです。 この本は文藝春秋増刊で出版されたとき、買おうと思っていてそのままになっていました。その後文庫で出ていたのを知りましたが、なかなか本屋でめぐり会わずにいましたが、最近ようやく手に入れることができ、懐かしく読みました。吉行淳之介さんや山口瞳さんなど今はもう亡くなられた方も追悼文を寄せておられて、時の流れを感じました。 この文庫の隣に妹さんの向田和子さんの本もあったのですが、そちらは買いませんでした。向田さんが亡くなった後、弟さんが書かれた『姉貴の尻尾』という本を友人から借りて読みましたが、その中で妹和子さんに対して少し批判した部分があったので、あまり身内の文章は読みたくないと思ったからです。 向田さんが書かれた父親像は、明治生まれの私の父にも通じるものがあり、やはり『父の詫び状』が一番印象に残っています。 |
| 2002/9/8 |
| 『ケルトとローマの息子』 ローズマリー・サトクリフ(灰島かり訳) ほるぷ出版 2002年 |
| ローマがブリテン島を支配下においていた時代、ブリテンの辺境にローマの難破船が流れ着きます。ケルトの部族クノリはそこで赤ん坊を拾い自分の息子として育てます。こうしてケルトの息子として成長した少年ベリックですが、ある年の不作と疫病の原因とされ部族を追放されます。ローマの軍団に入ろうと町に出てきたベリックは、だまされて奴隷として売らてしまいます。ベリックの苦難に満ちた月日が始まります。 主人公ベリックのあまりに苛酷な運命に、胸が痛みました。話が進むほどにベリックの境遇がどんどん悪くなりガレー船奴隷まで落ちていくまでになったときは、なにもここまで辛い運命を背負わせなくてもいいではないかと、作者を恨みたくなったほどです。おそらくいままで読んだサトクリフ作品中一番苛酷な境遇でしょう。その運命の中ふとベリックが見上げる空に野には変わらず美しい風景があり、それがいっそう彼の苦しみを際立たせているように感じました。ガレー船での奴隷の描写「光がゆっくり消えていくように、瞳の奥が徐々にうつろになっていく。ある時期をすぎると、瞳はまったく何ものも映さなくなる。」というところは心が冷える思いがしました。ベリックが「人間の世界はもうたくさんだ」とまで思い込むほどになるのも無理はありません。彼の「どこにも自分の居場所がない」苦しみがようやく癒されるのは物語の終りちかく、暖かい心をもったローマの指揮官や故郷の部族の竪琴弾きとのめぐり会いの後でした。最後にはサトクリフらしい希望のもてる終わりかたで、正直ほっとしました。 ベリックのガレー船の奴隷仲間ギリシャ人の絵描きイアソンが、絵を描きあげた「至福の時」を語る場面で、『ケルトの白馬』のルブリンを思い出しました。 |
| 2002/9/9 |
| 『絵本を抱えて 部屋のすみへ』 江國香織 新潮文庫 2000年 |
| 雑誌「MOE」に連載されていた絵本をめぐるエッセイ。なつかしい絵本がいっぱい。名前だけ知っていた絵本も、まるで知らなかった絵本もたくさんありました。こんなすばらしい言葉で紹介してもらえた絵本たちは、解説にもありますが、何て幸せでしょうか。 それと書名の魅力的なこと。特に「部屋のすみへ」という言葉への共感。私も本を読むときは、気がつくと部屋のすみっこにいました。今でも夫に「なんでわざわざすみっこへ行って読むんだ?」と不思議がられています。 |
| 2002/9/11 |
| 『ANOTHER MONSTER もうひとつのMONSTER』 ヴェルナー・ヴェーバー/浦沢直樹(長崎尚志訳) 小学館 2002年 |
| どうしようかと迷いながら買ってしまいました。 「ヴエルナー・ヴェーバーって誰?本当に実在する人?」と言ったら「いるわけないじゃん」と、はづきから思いっきりバカにされました。でもちゃんと著者近影まであります。ご丁寧に訳者まで。巻末に『めざめるかいぶつ』という絵本までついています。凝ってるというか悪ノリというか微妙です。 テンマの幼なじみの話など本編の補足としてそれなりにおもしろかったです。でもなにもこういう形にしなくても漫画で描いてくれてもよかったのに。 |
| 2002/9/12 |
| 『折り鶴の子どもたち』 那須正幹(高田三郎絵) PHP研究所 1984年 |
| この作品は最初は図書館にある日本図書センター刊行の『「戦争と平和」子ども文学館 第17巻』に収録されているものを読みました。読後これはぜひ持っておかねばならない本だと思い、『折鶴は世界にはばたいた』とともに単行本を購入しました。 「原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち」という副題にあるとおり、広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」の建立にまつわるノンフィクションです。原爆の悲劇として「原爆の像」のことは知っていました。しかしそれはただ「そういう少女がいて、記念碑として像が建てられた」という通り一遍の知識でしかありませんでした。建立のきっかけとなった級友たちがいたこと、すんなり像が建ったのではなかったことなど、さまざまな事情がきちんと書き込まれていて、本当に読み応えのある本でした。 最初はまず元気な頃の禎子の様子が生き生きと描かれています。登場人物たちは広島の方言を話していますが、これがとても素晴らしい。ふつう言葉でかかれると方言の魅力は半減してしまいますが、著者自身広島出身のせいでしょうか、とても自然で心地よく響きます。個人的にも私の父が広島県福山市出身なので、小さい頃一緒に暮らした祖母のあったかい口ぶりが思い出され、涙がでるほど懐かしい思いがしました。 原爆の恐ろしさについては知っているつもりでも、やはりその描写には背すじが寒くなる思いがします。作者は数字をあげ克明に記しています。また禎子が検査を受けたABCCという組織のことも知りませんでした。ABCC=Atomic Bomb Casualty Commission(原爆傷害調査委員会)が被爆研究の調査資料をことごとく没収し、被爆に関する発表を禁じたということ、そして検査はしたけれど治療はいっさいしなかったという事実。このことが、医療体制のたちおくれにつながり、今なお被爆者の命をおびやかしていること、などなど。知らなかったことを恥じる気持ちでいっぱいです。被爆直後の地獄に加え、10年たってから襲ってきた病魔、さらに当時健康保険もなくすべて自費で治療しなければならず、経済的にも重い負担を強いられる。何の罪もない人々がなぜこんな目にあわなければならないのか。涙が出て仕方がありませんでした。 後半は禎子が亡くなった後、かっての級友たちが起こした行動が、思いがけず大きな運動になっていくさま、それにとまどい苦しむこどもたち、そのいきさつが克明に描かれています。大きな事業のためにはきちんとした組織が必要なのは当然で、それが最初のこどもたちの純粋な思いから微妙にずれていくのは仕方ないこととはいえ、つらいことです。作者は丁寧な取材の末、一方的でなく公平に記しています。 児童書という制約もあったでしょうに、決して手を抜かず真摯に描き出してくれた作者に感謝したいと思います。 |
| 2002/9/12 |
| 『折り鶴は世界にはばたいた』 うみのしほ PHP研究所 1998年 |
| 『折り鶴の子どもたち』の後日談ともいえる作品です。ここでも綿密な取材がなされ、まず禎子と折り鶴の結びつきをたどり、さらに「原爆の子の像」をきっかけとして、平和を祈る気持ちがアニメや記念像などの形で世界にひろがっていった様子が、丁寧に描かれています。 禎子の像がかかげる折り鶴、この折り鶴と彼女の結びつきは、名古屋の女子高校生から広島原爆症患者へのお見舞いとして送られてきたことがきっかけでした。さらにこの女子高生達が折り鶴をおるきっかけとなったのが、東京の高校生千葉亮の原爆症発症だったこと。これも意外な事実でした。この少年の級友達も少年のため何かしようとして、自主映画をつくったこと。この映画が今もこの高校で上映されつづけていることには、驚くと同時にとても嬉しく思いました。 そしてTVで見てはじめて知ったモンゴルで歌われている「サダコ」の歌。オユンナさんの歌は聞いたことがなかったけれど、機会があったらぜひ聞いてみたいと思いました。さらにアニメを作るために奔走した女性のこと、アメリカの子供達が自分達で考え募金活動をして「原爆の子の像」の姉妹像として建てた記念像のこと。 この本にかかれたことは何から何まで私には初めて聞く話で、驚きの連続でした。『折り鶴の子どもたち』と同様、感動するとともに自分の無知を恥じる気持ちでいっぱいになりました。知っていたのはうわべだけだったくせに「原爆の話はもういっぱい聞いたから充分知っている」と思い込んでいた浅はかさ。あらためて戦争の悲惨さ、平和の尊さ、それを語りついでいくことの大切さを思い知りました。 二つの作品とも、これだけのものを書くには、大変な取材の苦労、資料探しの苦労があったろうと思います。そしてきれい事だけでなく、きちんと事実を伝えようとする著者の真摯な姿勢に感動しました。児童書ですが子どもに限らず多くの人に読んでもらいたい作品です。 |
| 2002/9/16 |
| 『レディ・ガンナーの大追跡 上下』 茅田砂胡 角川スニーカー文庫 2002年 |
| 自分の描いた絵がもとで、変身能力を持つインシード(人間とアナザーレイスとの混血)の存在が知れ、過激な「人獣撲滅を目指す会」にベラフォードが狙われていることを知ったキャサリン。責任を感じた彼女は「蛇の人」ヘンリーとともに旅立つが、アナザーレイスに偏見をもつ土地で彼女を待ち受けていたのは、恐るべき事実だった。 前作『レディ・ガンナーの冒険』同様痛快さを期待していましたが、これはちょっと辛かった。あまりの人間の非道ぶりに気分が悪くなるほど。そしてどうしても現実の人種問題、民族紛争に思いがいき、つらく暗い気持ちになってしまいました。 |
| 2002/9/17 |
| 『天使猫のいる部屋』 薄井ゆうじ ハルキ文庫 2000年 |
| グラフィック・デザイナーの野見山ツトムは、貝塚修、さち子夫妻の依頼によりコンピュータ画像の猫を製作することになります。猫の動きばかりでなくその「死」までもプログラムされた「本当に生きている猫」のソフトは、修=サムの悲願でした。妙な依頼に最初はとまどっていたツトムも、打ち合わせを重ねるうちサムに惹かれ、この仕事に熱中します。サムの急死のあと売り出された猫のソフトは天使猫とよばれ大ヒットしますが、サムを失った喪失感からたちなおれないツトムは…。 この作品の刊行は1991年だということですが、この中で描かれた天使猫という電子ペットには驚きました。たまごっちが話題になる何年もまえに、この作品が書かれていたなんて。天使猫の完成とサムの死で終わるのかと思っていましたが、むしろその後のサムを失ったツトムのどうしようもない喪失感のほうが主だったのかと思います。サムもあくまでも「死」にこだわっていました。ツトムばかりでなく、さち子も柏もみなサムを探しもとめていました。そのなかでも一番深く求めたのがツトムでした。必死にサムを追い求めるツトムの姿は、傍から見ると痛々しく、たまらなく切なかった。 |
| 2002/9/18 |
| 『ヒーローのふたつの世界』 マーガレット・マーヒー(清水真砂子訳) 岩波書店 1997年 |
| ラッパー家の次女、12才のヒーローは自分に暗示をかけ一言もしゃべらない日々を送っています。彼女の生活は彼女の名づけた「現実の世界」と「真実の世界」を行き来するものでした。ヒーローの語りで物語が進むにつれラッパー家の状況が次第に明らかにされます。教育書がベストセラーになり、精力的に仕事をこなす大学講師の母。その母を支えるため主夫に徹する父。母の教育書の実践例として、かって華々しくマスコミに取り上げられた姉ギネブラと兄アソル。妹サップは「稀語珍語辞典」持ち歩く。そんなことばのあふれた華やかな家族の中で、自分の存在を自分で確かなものにするために、彼女は沈黙を選んだのです。とはいえ彼女のなかでことばはあふれ、空想の羽ははばたいていました。ある日彼女は隣家のクレデンス屋敷のミス・クレデンスと知り合います。彼女もある意味有名人で、高名な父親を持っていました。どこか謎めいたこの女性から屋敷の庭の手入れを頼まれるヒーロー。屋敷に出入りするうち次第にどこか変だと思い始めます。ヒーローが見た屋敷の秘密とは。 最初読みにくいと感じましたが、途中から引き込まれてしまいました。この作品の原題『The Other Side of Silence』にあるとおり、沈黙とその対比である言葉。ここでは言葉が非常に重要な意味をもっています。ファミリーネームからしてラッパーです。そして読み直してみると、最初読みとばした言葉が実に周到に使われていることが発見できて、驚きました。 家を出ていたギネブラが帰ってきてから、この家族のなかでの親子の葛藤が浮き彫りにされていきます。ギネブラもアソルもそれぞれ、親の影響下から逃れ、本当の自分を見つけようとしてもがいていたことがわかります。それでもギネブラが反発しながらもやはり最後に帰ってきたのは、この家族の元でした。そこには最後の最後までは子どもを追い詰めなかった両親の愛情があったからでしょう。 それにひきかえだんだん明らかになるミス・クレデンスの異常さ。ついにヒーローがつきとめた彼女の秘密は驚くべきものでした。そこには偉大な父親の影響下で育ち、その価値観を無批判に受け入れてきた結果、父親の価値観の転換に翻弄され精神を壊されていく痛ましい子どもの姿があります。 親子、家族のあり方について深く考えさせられた話でした。これだけのページ数に、ギュっと詰め込まれた内容の深さに感心しました。訳者あとがきに「米粒の一粒一粒がしっかりと立った御飯のようだ」とありますが、そのとおりだと思います。 |
| 2002/9/21 |
| 『西日の町』 湯本香樹実 文藝春秋 2002年 |
| 昭和45年、西日のさすアパートで離婚した母と10歳の僕は暮らしていました。そこへ、母の父親「てこじい」が長年の放浪の果てに現れます。「てこじい」はそのまま一緒に暮らすことになるのですが、過去については母も「てこじい」もあまり話しません。家族を顧みず放浪していた「てこじい」。僕との会話、母とのやり取り、時に母の弟を交えてかわされる会話から「てこじい」の生涯が浮かび上がってきます。 この作品は芥川賞候補になったということですが、今までの『夏の庭』「春のオルガン』『ポプラの秋』とは少し雰囲気が違います。今までの作品が少年少女を主人公として、彼らの視点で描かれていたのに比べ、小学生の少年の視点で描かれているとはいえ、現在の話ではなく、いまや成人して40代になった「僕」の思い出というかたちで、つづられています。ときおり今の「僕」の視点からも語られます。私より少し年下の「僕」の思い出は、当時の風景や雰囲気などたまらない懐かしさを誘います。 その懐かしさのなかで、家族の触れあい、肉親ゆえの感情のもつれなど、人間の、生きていくことのたまらない悲哀が感じられます。文章が淡々としているぶん、よけいきわだつような気がします。特に「てこじい」の臨終の場面は見事でした。 ただ今までの作品と同じ雰囲気を期待していた私には、少し戸惑いがありました。読者のわがままでしょうが。 |
| 2002/9/22 |
| 『十八の夏』 光原百合 双葉社 2002年 |
| 久しぶりの光原さんの「花」にまつわる連作集です。本文がパールがかった光沢のある紙で作られています。それだけでなんだか嬉しくなってきました。 「十八の夏」 浪人生の三浦信也は、川のほとりでスケッチする女性蘇芳紅美子と知り合う。彼女に惹かれた信也は受験勉強のために同じアパートを借り、しょっちゅう彼女を訪ねるようになる。 伏線にまったく気づかなかったため、ラスト近くからの話の展開には驚きました。ミステリーなのですが、さわやかな心地よい文章でかかれており、切ない青春小説として読みました。 「ささやかな奇跡」 妻を亡くし息子とともに妻の実家の近くに越してきた私が、ある日書店で目元に寂しい影のある、笑顔の暖かい女性と知り合う。 この作品のささやかなトリックにはすぐ気がつきました。それにしても男ってのは「肝のくくりかた」が足りませんね。 「兄貴の純情」 役者をめざして定職につかず、バイトと劇団の裏方で明け暮れる僕の兄貴が恋をしたらしいが、その相手は。 これもトリックといえるほどのことではないが、でもこれはこの兄貴のキャラクターで読ませる作品。作者も気にいっているらしく、「書いていて楽しかったキャラクター」とあとがきで言っています。ぜひもういちど彼にお目にかかりたい。 「イノセント・デイズ」 妻の実家の学習塾で講師をしている浩介のもとへ、かっての教え子史香がやってくる。数年前の彼女の一家の悲劇が思い出されて。 一番ミステリ度が高い作品。この作者にしては珍しく、人間と世間の暗い部分が描かれ、そこで苦しむ少年少女の姿が痛々しく切なかった。でもこの作品が一番心に残りました。 |
| 2002/9/23 |
| 『スタジアム 虹の事件簿』 青井夏海著 創元推理文庫 2001年 |
| プロ野球パラダイスリーグ(パ・リーグ)の万年最下位球団東海レインボーズ。しかし毎年優勝チームにだけは勝ち越し、個人タイトルも誰かが何かを獲得するという不思議なこの球団は、真実野球を愛する熱狂的ファンに支えられています。球団オーナーは夫の急死のあとを継いだ野球音痴の未亡人。これは彼女が観客席で観戦しながら同時に謎を次々解き明かす連作ミステリーです。 毎回レインボーズの試合で試合の進行にあわせ未亡人が発する初歩的な質問、それにヒントを得た彼女の鮮やかな推理。ミステリーとしてはもちろんですが、本当に観客席にいて応援している気分になり、野球の試合まで楽しむことができました。未亡人虹森多佳子さんがとてもチャーミング。女性オーナーということもあり、川原泉の『メイプル戦記』を思い出しました。 |
| 2002/9/25 |
| 『砦』 モーリー・ハンター(田中明子訳) 評論社 1981年 |
| 時代と舞台はサトクリフの著作でも取り上げられた、ローマがブリテンを属州にしていた頃のスコットランド北部のオークニー諸島です。この地方にはここだけにみられる「ブロッホ」という石で出来た頑丈な「砦」があり、これはローマ軍の奴隷狩りからの防御として建てられたものらしいのです。作者はこのブロッホの設計のユニークさに着目して、ひとりのケルトの若者の話を作り上げました。 ケルトの一部族「猪族」の青年コルは、幼い頃ローマ海軍の襲撃で、父を殺され母を連れ去られ、自身は重傷を負い片足が不自由になりました。古代ケルト社会で、体に障害を持ち戦えない男は価値のないものとみなされ、そのことは彼も自覚していました。しかし彼は「力」のかわりに明晰な頭脳を持ち、長年攻撃を完璧に防ぐ頑丈な砦の設計を考えつづけていました。そしてとうとう画期的な砦の構造と工事の方法を見出します。 そんなころ、族長とドルイド僧がローマ撃退のやり方で対立し、ローマから逃げ帰った野心家のタランも絡んで権力争いが起き、コルの慕う族長の次女ファンドがいけにえに選ばれてしまいます。なんとか彼女を救おうとするコルの頼みは、幼い頃母親の機転でローマの船から逃がされ、ドルイド僧として育てられた弟ブランでした。 登場人物が主人公はじめそれぞれ皆魅力的でした。族長ネクタン、その妻アヌや長女クロダ、コルの親友ニアル、ドルイドの長ドムナル、それぞれが生き生きと描かれていて、どの人物にも共感してしまいました。悪役のタランさえも、サトクリフの『ケルトとローマの息子』に似たどちらにも居場所のない孤独な心が、権力への強い憧れとなったのだろうと同情すら覚えるほどです。またブランを思うと『ケルトの白馬』を思い出し涙がでてきます。古代ケルト社会の様子も、ドルイドの宗教的儀式などくわしく描かれていて、とても興味深く読みました。 歴史上スコットランドはローマの支配下に置かれなかったことは、以前知りました。このブロッホによりそれが可能だったのだろうと思うと、自分の知らない歴史がまだまだたくさんあることを思わずにはいられません。 この作品は河合隼雄さんの『子どもの本を読む』にも取り上げられています。とにかく読み応えのある作品でした。 |
| 2002/9/27 |
| 『DIVE!!4 コンクリート・ドラドン』 森絵都 講談社 2002年 |
| いよいよオリンピック代表権をかけた選考会当日。見守る人々の前で夢をかけ知季、飛沫、要一の三人が飛ぶ。はたして600点を越え優勝するのは誰か。 相変わらずのおもしろさ。少年達が生き生きとしていて素晴らしい。テンポのよい文章、臨場感あふれる「飛び込み」の描写、笑いながらも真剣に勝負の行方を見守るうちに、あっという間に読み終えました。前3巻は三人のそれぞれの視点で書かれていたのに、今回は各章ごとに視点が変わり、三人やコーチの夏陽子、知季の弟弘也、飛沫の恋人恭子、要一の父敬介の思いも描かれます。各章の終わりに、決勝のそのときまでの順位が書いてあるので、順位の変動にハラハラさせられました。最後はやっぱり三人の渾身のダイブ。要一の「SSスペシャル”99」飛沫の「スワンダイブ」知季の「前宙返り3回半抱え型」文章でこれを説明できるのはすごい。各巻の副題がそれぞれの巻の主人公の少年の技になっていて、この最終巻では少年達の活躍の舞台、知季がそう名づけた飛び込み台そのものになっているのもいい。 あとがきに「物語の勢いを優先させ、到底ありえない設定のまま突っ走ってしまった」とありますが、そのおかげでとても楽しませてもらえました。 |
| 2002/9/29 |
| 『大極宮』 大沢在昌 京極夏彦 宮部みゆき 角川文庫 2002年 |
| 大沢オフィスの公式サイト「大極宮」は毎週チェックしているので、ネタそのものはもう読んでいましたが、時折入る三人の突っ込みを読むのが楽しかった。巻末にイラスト付きでスタッフの日常がかかれていて、まるひさんの奮闘ぶりがうかがえます。 |