[ タイムトンネル ] へ戻る



映画 2003/10/2
「ニュー・シネマ・パラダイス」
ジュゼッペ・トルナトーレ監督(ビデオ) 1989年
ただもうひたすら感動。なんといったらいいのか、本当にいい映画だった。ラストの形見のフィルム、はづきは予想してたらしいけど、わたしはまったく予想がつかなかったので、画面が現れたとたん絶句してしまい涙ぼろぼろ。少年期のトトがかわいい!それがアルフレッドの手の下で突然青年に変身したときは驚いたのなんのって。映像がすごくうまいなあと思うところがいくつもあった。帰ってくるトトを迎える母親の編物の糸がくるくるほどけてピタっと止まるところとか、駅で村を出て行くトトを見送る家族を、抱き合った背中にまわった手で見せるところとか。音楽もいいしアルフレッドをはじめ村の人々が皆いい。
これにも完全版があって1時間近く長いというけれど、こんなに感動したから今さらそちらを見る気にはなれない。自分の傾向としては、だいたい最初に見た方、そして短いほうが気に入るはず。「ロード・オブ・ザ・リング 」は別だけど。
完全版 2004/7/28
再鑑賞 2006/1/9




映画 2003/10/6
「草原の輝き」
エリア・カザン監督(DVD) 1961年
高校のときテレビで観た懐かしい映画。愛し合いながら一線を越えられず、結局別れてしまう主役二人がとても痛々しく思えた。そのときは吹替えだったし、カットされていたので、もういちど見たいと思っていた。
アメリカは性についてすごく進んでいる国という印象があったので、最初に観た時意外な気がしたのだが、今回時代が1928年だったことに気づいて、やっと納得できた。当時のアメリカの高校生ならあんなものだったんだろう。ディニー役のナタリー・ウッドがすごくかわいくて、それも後半どんどんきれいになっていった。ウオーレン・ベイティ(昔はビューティって言われてた)演じるバッドは父親に、ディニーは母親にそれぞれ束縛されていて、お互いいい子であるためにどんどん自分を追い込んでいく。今観てみるとディニーが精神のバランスをくずしてしまったのは、きっかけはバッドにあったにせよ、親との関係が大きく影響していたのだと分かる。昔は若い二人の間の問題だと思っていたのが、実は親子関係のほうがより深い問題だったのだ。あれほど錯乱してしまうディニーもちょっと理解しがたいけど、それほど心の傷が深いのだと考えればまだ同情できる。しかしバッドのほうはまったく情けない。自分の進路くらい自分で親父に言ったらどうだと腹が立って、バッドにはあまり同情できなかった。それより今回は姉ジニーのほうに惹きつけられた。強圧的な父親の最大の犠牲者である彼女が気の毒でならない。
ワーズワースの詩が効果的に使われているが、昔も思ったのだけど、教室で明らかに調子悪そうなディニーに、先生がなんであんなにしつこくワーズワースの詩を読ませたのかわからない。




2003/10/6
『透明人間の納屋』
島田荘司 講談社ミステリーランド 2003年
ジュブナイルでも島田荘司はやっぱり島田荘司。でも北朝鮮の描き方がちょっと類型的、一方的に思われます。ジュブナイルということで制約があるのか、少し消化不良気味。




2003/10/6
『虹の家のアリス』
加納朋子 集英社 2003年
安梨沙と仁木探偵シリーズの第2弾。まあまあ。死人がでないのがほっとします。
巻末のインタビューがおもしろかった。




映画 2003/10/8
「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」CE版
ピーター・ジャクソン監督(DVD) 2003年
最初に観た時は画面が小さいせいか、また期待が大きかったせいか、映画館で見た時より感動が少なかった。でも特典映像を観るともう一度本編を観たくなった。4枚組に追加されている映像の紹介があり、エント水を飲んでピピンの背が伸びるところや、ボロミアの登場シーンも…!SEE版が楽しみ。




2003/10/11
『ZOO』
乙一 集英社 2003年
短編集。ちょっとグロい描写もあるが、全体的にまあまあ。
10作品のうち一番ミステリーっぽいのが「closet」
でも一番好きなのは「SEVEN ROOMS」 うわ〜ここまで書いてきてこのラストなのかー!と悲鳴をあげてしまいました。予想もしなかったラスト。姉の笑い声が耳に残る。涙がとまらなかった。




映画 2003/10/12
「ベニスに死す」
ルキノ・ヴィスコンティ監督(ビデオ録画) 1971年
これも昨年録画しておいたビデオ。映画公開時にも観たかった作品。当時ビヨルン・アンデルセンの美少年ぶりが話題をよんだけど、そのときは「へーあれのどこが美少年?」と思ってた。でも実際の映像でみたら、やっぱりすごくきれいだった。うーんこんなにきれいだったのか。母親役のシルバーナ・マンガーノもすごくきれい。貴族の雰囲気がよく出ていた。主演ダーク・ボガードが熱演。一度は美少年タジオに対する自分の心をもてあましベニスを去る決心をするのだが、手違いがおこると嬉々としてベニスにとどまる。表向き仕方なくホテルに帰る途中の嬉しそうな顔ったら。そこからはもう自分の思いを隠すことなく、あからさまにストーカー。相当あやしい行為だと思うのだけど、誰も注意しないのがちょっと不思議。散歩するタジオの後を追いまわし、その姿を見失ったあと道にへたりこんで、悲しそうに笑う姿がみじめで哀しい。若く見せるために髪を黒く染めるのはまだいいとしても、化粧はやりすぎ。かえってグロテスク。アドバイスした床屋は何考えてたのか理解に苦しむ。浜辺で美しいタジオを見ながら、毛染めが汗で流れ白塗りの顔を歪ませて彼は死んでいく。タジオと彼との対比。若さはまぶしく老いは醜い。なんて残酷。




映画 2003/10/12
「戦艦ポチョムキン」
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督(ビデオ) 1925年
映画史上にのこる名作。断片的には何回か観ていたけど今回初めて最初から通して観た。無声映画だけど公開時は弁士がついたのか?かの有名なオデッサの階段場面、さすがの迫力。1925年作?ちっとも古びていない。白黒であることがかえって効果を上げている。あの乳母車シーンをはじめ、撃たれた子ども、その子を踏みつける群集の足、その子を抱いて群集の流れに逆らって階段を登って行く母親…等々。とにかく画面にくぎづけ。 「ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために」というスローガンが繰り返し出てきた。この言葉「アニメ三銃士」でよく聞いたが、ここから来た言葉なのか?




2003/10/13
『夜が明けるまで』
マヤ・ヴォイチェホフスカ(清水真砂子訳) 岩波少年文庫 1986年
ポーランド人の著者の自伝的作品。最初はこの少女マヤの思考や行動についていけず読んでて疲れてきましたが、読み終わったときは忘れられない作品になっていました。とにかくすごい衝撃を受けた。今年この作家に出会えたことは一番の収穫でした。でも手に入れたくてもいつもながら絶版。ぜひ復刊を!
訳者清水真砂子さんのあとがきがすばらしい。ここに全てが語られています。

「祖国を脱出し、大戦下のヨーロッパを転々とした少女は、意識するしないにかかわらず、こうした歴史の重みを背負い、ポーランド人としての存在の根拠をゆるがそうと挑戦しかけてくるものとけんめいに戦いながら、日々を生きていたのでした。戦時下の一少女の成長の記録であるとともに、お父さん子の娘の肉親との心理的葛藤、存在の根拠をづけを必死に求め、成長しているという実感をわがものにしようとしてのあがき、それがかなえられないあせりと不安… 戦争もひとつの暗黒ならば、さまざまなおそれと不安におののきながら手探りで活路を見出さなければならない、この大人になる前の一時期もまた暗黒といえるかもしれません。戦争とかさなりあった夜があけるまでの自らのこの一時期を、作者は見事に再現した…」




映画 2003/10/13
「会議は踊る」
エリック・シャレル監督(ビデオ) 1931年
なんて楽しい映画!すっかり気に入ってしまった。歴代2位を進呈したいくらい。(不動の1位は「風とともに去りぬ」)
この映画の存在をはじめて知ったのは高校の世界史の時間。先生がウィーン会議のところで教えてくれた。「ただ一度だけ」という主題歌があるということも。そしてこの歌をはじめてそれとわかって聞いたのはNHK朝の連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」だった。太平洋戦争時、写真館の人びとと仲良くなった若い海軍士官たちが「同盟国ドイツの歌だからこれは敵性音楽ではない」といって大声で歌いだす。このときの海軍士官のひとりがまだ新進の役所広司だった。最近では北村薫『リセット』でも使われていたこの名曲は何度か聞いていたけど、映画ははじめて。

とにかく楽しい楽しい。深刻なウィーン会議なんてどこかへ飛んでっちゃってる。リリアン・ハーベイ演じる手袋屋の娘がこの歌を歌いながら、馬車に乗ってロシア皇帝のいる館へ行く有名なシーンは繰り返し観てしまった。
この他にも好きなシーンがいっぱい。メッテルニッヒが各国代表の話をベッドで朝食をとりながら盗聴するところ。これが糸電話みたいな盗聴器。当時こんなものが本当にあったのかどうかは分からないけど、何らかの手段で盗聴していたことは事実のはず。煙たいロシア皇帝を会議に出席させまいとして、妖艶な美女を送り込むメッテルニッヒ。ロシア皇帝も影武者を使って対抗。この影武者、最初は別の人だと思ってたら、ロシア皇帝役の俳優の二役っぽい。でも影武者の方はちょっとハゲてるし、やや太めに見えるし、控え室で大声で「エイコーラ〜♪」と歌いながら刺繍しているし、どことなく下品。これが二役だとしたらすごいなあ。本物のロシア皇帝は美男子というより、とってもダンディな感じ。影武者はまんまとメッテルニッヒの策にはまり美女にメロメロ。でもロシア皇帝はちゃんと会議に出席。ここらへんのかけひきは笑える。実際はもっと真剣な駆け引きだったのだろうけど、会議そのものが無意味だったんだから、こいういう描き方も楽しんで見ていられる。
おかしかったのはオーストリアの老貴婦人たち。ロシア皇帝のプレイボーイぶりをきいて「じゃわたしも」と浮き立つひとりに隣のひとりが「骨董品には興味ないそうよ」とたしなめる。わはは楽しい♪何とかロシア皇帝を舞踏会場に足止めしようとするメッテルニッヒの意をくんで、「おまかせあれ」とすっくと立ち上がった一人の老貴婦人。「皇帝のキスを売ります」と勝手に宣言。おお〜、いいですねえ。わたしだって役にたつのよ!とばかりに、ここは彼女の貫禄勝ち!たちまち皇帝のキスを買おうと行列する娘たち。最初は影武者にまかせていたロシア皇帝も、行列の最後にあの娘をみつけるやいなや会議なんてそっちのけ、あわてて影武者にとって代わり彼女を連れて会場を脱け出してしまう。あらあら会議はどうするの?
ハプニングではあったけれど、メッテルニッヒの思惑通り会議の結論を出す頃には、ロシア皇帝ばかりか舞踏会に気をとられた各国代表の席は無人となっており、椅子だけが音楽に合わせて揺れている。彼が会議の結論を述べたとたん、その椅子の揺れがピタっととまる!してやったりメッテルニッヒ。
得意満面のメッテルニッヒがダンスに興じていると、一人の汚れた服装の伝令が入ってくる。踊る人々のあいだをかき分け、メッテルニッヒに手紙を渡す。彼がそれをひらくと画面には海が映る。その海に船があらわれ、船上にはナポレオンらしき姿が見えてくる、おおーっナポレオンの脱出だ〜!
一転して舞踏会場、その瞬間メッテルニッヒ一人をポツンと会場に残し、人々がサアーと潮が引くようにいなくなっていく。このシーンもすごいすごい!会議そのものがまったく無意味になってしまい、残されたメッテルニッヒの胸中やいかに。うーんお見事!
ロシア皇帝と娘との別れはあっさりしていて、これもまたいい。だってこれはただ一度だけの幸せな夢なのだもの。
主題歌はもちろん酒場での歌もいい、とにかく音楽が素晴らしい。全編うきうきと楽しいったらない!しつこいと言われようが何度でも言いたい。とにかくすっごく楽しい!
「ポチョムキン」といい、昔の映画の底力を思い知った。図書館で借りたのはビデオだけど、これはDVDで持っていたい。




映画 2003/10/16
「ラストエンペラー」
ベルナルド・ベルトリッチ監督(ビデオ録画) 1987年
これもかなり前に録画しておいた映画。観終わったあと既に観ていたことに気づいた。なんで観ていないと思い込んでいただろう?印象が薄かったからか?最初の紫禁城での拝礼や皇帝の日常生活の描写はおもしろかった。でも乳母のあの髪型は何?後で満州国で溥儀の弟溥傑の妻、浩もあんな髪型していたけど、どうみても日本人じゃないよ。それともあれが中国の貴婦人の髪型で、彼女は溥傑の妻として日本人であるより中国人であることを選んだ、ということを表したかったの?でも皇后とかはもっと普通の髪型だったし。謎の髪型だ。それと僧侶が頭に兜のようなものかぶっていたのも気になる。僧侶の袈裟のようなものか?でも兜に見えてしまう。こんな細かいことにケチつけたくないけど気になるんだもん。要するにこの映画があまり気に入らなかったんだろうと、自分で納得した。英語しゃべってるし。 懐かしのピーター・オトゥールが出てたのは嬉しかった。ジョン・ローンは実物と比べ美男子すぎる。




2003/10/18
『angeles−天使たちの長い夜』
篠田真由美 講談社ノベルス 2003年
建築探偵シリーズの番外編。蒼の高校時代に起きた話。
もともとこういう青春群像を描いた作品は好きなので、これもおもしろく読めました。
はづきメモ>建築探偵の番外というか、独立としても愉しめます、な話。でもやっぱり薬師寺香澄=蒼を知っているのといないのとじゃ、印象ちがうと思いますけど。ああでもそっちから読んでみたかったかも。この薬師寺ってなんだろーなにが過去にあったんだろー気になるなーみたいな気持ちになりたかったかも。
作者のめざした「どのひとりも便宜的な脇役でも殺され役でもない世界」は、ひとまずの成功をおさめているのではないでしょうか。はじめは人物が結城翳の視点でわんさかでてきて、まったく区別がつかないんですけど。
第二章「時計を少し戻して」の「4.居場所の決まらぬひとりとひとり」のフレーズが好きです。ふたり、じゃないんだな。このときのふたりは。
やっぱり高校生が主役のミステリって好きです。まあなんだ、青春ミステリっていうのか。いろいろと。おもしろかったです。さいきんの建築探偵本篇があまり…というかんじなので、京介たちがでてこない世界での蒼の話はもっと欲しいな。
それから同性愛っていうと男同士で、女同士はスルーされるっていうあたりの話はおもしろかったです。納得。




2003/10/19
『ゼバスチアンからの電話』
イリーナ・コルシュノフ(石川泰子・吉原高志共訳) 福武書店 1990年
17歳の少女ザビーネに自分の若き日を重ね、ザビーネの母ロッティに現在の自分の姿を重ねて読みました。苦しかったあの頃、一歩を踏み出せずにいた自分。今なら自分をもっと出せていたのかもしれないのに。父親の姿はこれまた父と夫の姿に重なってしまいます。決して悪い人ではないのだけれど。
現在と少し前の出来事が交互に語られるため、非常に読みにくさを感じました。ときにはいらいらすることも。それでもこの作品の中に描かれている問題は、リアルで読み応えあります。
ヴォイチェホフスカ、ウェストールと並ぶ今年の収穫。




2003/10/19
『ドローセルマイアーの人形劇場』
斉藤洋 あかね書房 1997年
ドローセルマイアーという名に惹かれて(バレエ「くるみ割人形」に出てくるので)読みました。斉藤洋は手堅くおもしろい。
作者のあとがきにある「<やる気はあったが、事情が許さなかった>は、たいていの場合、言い訳にすぎない」の部分は耳が痛い。ごもっともです。反省してます。




2003/10/20
『蛇行する川のほとり3』
恩田陸 中央公論新社 2003年
今回の視点は真魚子。まあだいだい予想通り。終章にきて一瞬誰の語りかわからなかった。時系列が前後したから。
しかしこの薄さ!何でわざわざ3分冊にして刊行したのか。まとめて1冊で読んだらもっとよかったのに。はづき曰く「恩田陸自体思わせぶりなのに、刊行形態まで思わせぶりだ」同感。




2003/10/20
『ユウキ』
伊藤遊 福音館 2003年
作者はじめての現代ものということで、興味あったのですが、はっきりいって期待はずれ。まるでおもしろくなかった。やはり平安朝もののほうがいい。




2003/10/23
『彼の名はヤン』
イリーナ・コルシュノフ(上田真而子訳) 徳間書店 1999年
第2次大戦末期、ポーランド人の青年を愛したドイツの少女レギーネ。彼女がかくまわれた農家の屋根裏での日々と、その前の回想が交互に彼女の語りで綴られます。時間通りに進まないのは『ゼバスチアンからの電話』と同じ。読みにくいけれど、題材のせいで緊迫感がすごい。絵に描いたような軍国少女から、恋人ヤンによって真実にめざめていくレギーネ。ヤンと出会ってからの1ヶ月の回想が、現在進行中の潜伏状態の半年間と平行して語られ、彼女がどう変ったかがよく分かります。以前の彼女を見ていると、戦時中の日本や今の北朝鮮の姿が思い起こされます。
おそらくヤンはもう生きていない。彼の遺した「足跡を残す」という言葉が胸にしみる。そのことを身をもって示した農家のヘニングのおかみさん。この人がとてもいい。戦地へ赴く息子に、女性との思い出を作ってやろうとする母親の気持ちを、誰が責められるだろう。おかみさんの娘ゲルトルートとフランス人捕虜モーリスもいい。当時のドイツにもこういう考えの人がいたのが新鮮な驚きでした。




映画 2003/10/23
「若者のすべて」
ルキノ・ヴィスコンティ監督(ビデオ) 1960年
暗くやるせない。優しく純粋な三男ロッコ役のアラン・ドロンが若くてきれい。この家族にしては彼一人きれい過ぎる。それにドロンはちょっと悪が入っているほうが似合うと思う。もともと若い頃のドロンの美貌はわたしの好みではない。この映画もずっと昔テレビで見たけど、吹替えだったし大幅にカットされていた。兄弟それぞれの章があるけど、やっぱりメインはロッコ。母親の存在感がすごい。




映画 2003/10/23
「十二人の怒れる男」
シドニー・ルメット監督(ビデオ) 1957年
文句のつけようのない名作。すごくおもしろかった。莫大な制作費をかけたスペクタクルでなくても、低予算でこんないいものが作れるという見本。冷房がない部屋でだんだん陪審員たちのシャツに汗じみが出来てくるところなんか、時間の経過と彼らのイラつく様子がリアルに読み取れる。12人もいて見分けられないんじゃないか、と思っていたらちゃんと分かる。それだけ描き分け方がうまい。これには感心。 陪審員制度自体よく分からないから、いろいろ疑問もあった。必ず全員一致で「有罪」か「無罪」かださなくちゃいけないのか。ここでは無罪になったけど、じゃあ真犯人はどうなるのか。ここで議論された証拠くずしは警察の参考になるのか。…とか。




映画 2003/10/23
「踊る大捜査線 THE MOVIE」
本広克行監督(ビデオ) 1998年
夏に見た映画2もそうだけど、非常に良く出来た娯楽作品。文句なくおもしろい。2よりこちらのほうがおもしろい。音楽の使い方、「天国と地獄」へのオマージュなどぞくぞくする。キョンキョン恐いよ〜。




映画 2003/10/24
「ショーシャンクの空に」
フランク・ダラボン監督(ビデオ) 1994年
まずひとこと。わたしの感動を返せーっと叫びたい。
いや途中までは傑作だと思ってたし、事実とてもいい作品であることにかわりはない。でもてっきりアンディの無実が証明されると思っていたので、この展開にはびっくりした。
こつこつと少しずつ刑務所の中を快適に変えていくアンディが大好きだった。屋上でみんなにビールを配って、自分は呑まないで嬉しそうに皆を眺めるアンディ。「フィガロの結婚」のレコードをうっとり聞くアンディの幸せそうな表情。しつこく手紙で陳情し、とうとう図書館の本を充実させるアンディ。ああなんていい映画だろうと感動にひたっていたら…
ポスターの裏側のぽっかりあいた穴を見た時は、それこそ口ポカーンだった。アゴが外れるかと思った。本当にびっくりしてしばらく茫然としていた。たぶんこの脱獄で自由を得たアンディの歓喜の表情が、クライマックスなんだろうけど、詐欺にあったような気がして、素直に喜べなかった。さっそうと銀行に現れる彼を見てると、それまで抱いていたアンディのイメージが崩れていく。でももともと彼はエリートだったんだから当たり前なんだ、ここは彼の鮮やかな手並みに拍手しなければ、と心を奮い立たせるのだが、どうしても「こんなのアンディじゃない!」と思ってしまう。ここで終わったらほんとに脱力もんだったけど、最後にレッドが仮出所してからのエピソードがあったので救われた。ああ、ありがとうレッド。白状すると、アンディに裏切られた(勝手な思い込み)わたしは、レッドが掘り出すのが拳銃じゃないかと思ってヒヤヒヤしたのです。そこまでアンディは極悪もんじゃなかったので安心した(まったく勝手な思い込み)。
レッドのモノローグで終わるかと思ったら、アンディの笑顔と青い海があらわれ、このアンディの顔は元通りのアンディだったのでほっとした。ラストとしてはレッドのモノローグで終わったほうがいいと思うけど、あのアンディの笑顔を見られたことで気持ちがすっきりしたので、このラストでいいと思う。
「汚れなき悪戯」を見ているつもりが、途中で「スティング」になってしまった。そんな気分。
あとから原作はスティーブン・キングの『塀の中のリタ・ヘイワース』だということを知った。




2003/10/25
『今日からマのつく自由業!』 『今度はマのつく最終兵器!』
喬林知 角川ビーンズ文庫 2001年
気にはなっていたけど、わざわざ買ってまで読もうとは思わなかった「まるマシリーズ」。はづきがえらく気に入って買ってきたので読んでみたら、うん、たしかにおもしろい。少々このスピードについていけないところありますが、キャラクターの魅力と設定のおもしろさで読ませる。コンラートがすてき♪




2003/10/25
『青い図書カード』
ジェリー・スピネッリ(菊島伊久栄訳) 偕成社 1979年
不思議な青い図書カ―ドをめぐる4つのお話。それぞれの主人公の名が章題になっている。
「マングース」「ブレンダ」「ソンスレイ」「エイプリル」 その中でも図書館での読み聞かせがもとで母の愛を知る「ソンスレイ」の章がよかった。




2003/10/25
『クレージー・マギーの伝説』
ジェリー・スピネッリ(菊島伊久栄訳) 偕成社 1993年 
これは感動した。特に第2部は切なく美しい。スピネッリでは一番好きかも。




2003/10/29
『ひねり屋』
ジェリー・スピネッリ(千葉茂樹訳) 理論社 1999年
表紙を見てるだけでおそろしい。そして1ページ目から気持ち悪い。現実にこういう町があるというのだからなおおそろしい。どうもダークすぎて苦手。




2003/10/29
「まるマシリーズ」3巻〜9巻
喬林知 角川ビーンズ文庫 2001〜2003年
一気に読んだが驚きました。4巻までのギャグ調が、5巻の特別編を経て6巻からガラっと変る。なるほどこれは「ちょーシリーズ」に近い。シリアス面が現れてくると、ややこしかった前半のもたつきも、伏線を張りまくっていたのだとわかりました。

『今夜はマのつく大脱走!』
『明日はマのつく風が吹く!』
『閣下とマのつくトサ日記!?』
『きっとマのつく陽が昇る!』
『いつかマのつく夕暮れに!』
『天にマのつく雪が舞う!』
『地にはマのつく星が降る!』
はづきメモ1巻〜2巻>おともだちからかりた本。いっき読み読み。さっさか読める文章だしね。で、ひとことでいって、萌え(いってしまうのかそれを)。
ポイント1.主人公最強
ポイント2.主人公愛されまくり
ポイント3.ボーイズラブではない
はい、ポイント3、重要重要。アンダーライン。腐女子萌えに必要なのはこれです。原作は原作なんです。いくら主役が抱きついちゃうほど保護者に懐いていようと、婚約者が尻軽尻軽ゆってやきもちやこうと、BLでない。はいはい萌えどころ萌えどころ。すみません原作のテンションにつられていますか。いますね。いえーい。すでに1巻読んだ段階でコンユリだかコンユーだかで検索かけただなんてもうそんなこと。あははん。2巻以降読んでみたらユーリ&ヴォルフのほほえましいなかよしこよしっぷりをみていっきにフォンビーレフェルト卿に全財産とかそんなこと。いいな、なかよしは。


すこし落ちついて3巻〜8巻>活字倶楽部の特集で気になっていた作品です。きっと野梨原花南「ちょー」シリーズみたいな感じなんじゃないかなーと思ってましたらギャグとどたばた度は「ちょー」よりうえでしたね。主人公の1人称なぶん(ときどき視点が変わりますけど)、ノリツッコミも激しいし。読んでて吹きだすこともしばしばです。まだいろいろとわからんのですが…ジュリアの魂=ユーリの魂っていうんなら、『最終兵器』冒頭(たしか)のコンラートの独白「きみが生まれ変わったら云々」の意味が…うーん。それでいてやつは『トサ日記』の短篇ラストであの魂に「ジュリア」とか呼びかけてるんだぞ。
ええと、魂の核はおなじだけどそこに人格はないってことか。魂ってのは肉体と結びついて個人を形成するってわけで、器が滅んだらその人格もなくなって、ただ純粋に核だけのこる、っていうか。つまり魂は実体変化せず形相変化してジュリアやらユーリやらになるってことで、ジュリアの魂inだからってユーリがジュリアってわけでなくって…
コンラートがユーリをジュリアの生まれ変わりだからって護ってるのは非常に不愉快なのでいろいろぐるぐるしています。てかすでに名まえの由来が気に喰わないからな! Juli に a つければジュリアじゃねーか。いやつまり逆だな。Julia の a をとってユーリだ。ゆるせるかこれが! コンラートはドイツ語読みしてるのになんでジュリアは英語読みなんだ!
ところでコンラートという名が非常に好きです。木原敏江『摩利と新吾』ではじめてみたときは、あまり人名という感じがしなかったんですけど。なんか音が硬くて。でもそのうちきれいな名だな、と思うようになり、新堂樹「スラムフィッシュ」シリーズの甲斐の名まえとしてもなじみがあり。しかし一般的にはアデナウアーのファーストネームとして知られていると思われる。むだにきれいな名だなアデナウアー!(やつあたり) いやアデナウアーでよかったと思うべきか。ゲーリングとかじゃ印象悪すぎるか。どうでもいい話でした。
で、きょう読んだ3冊はそのどたばた喜劇(つってもおさえるところはおさえてたんですが)から一転してハードな展開になりました。しかし左腕落とされて頬に血をあびて凄絶に笑っていたウェラー卿にどきどき☆ノックダウンとかそんなこといってみてもいいですか(だれだこの文章書いたのは)。ついでに美女アマゾネスを従えてマジシャンポーズのムラケンにもはげしくときめいてみたとか(ほんとは黒髪黒目のめがねくんver.が好きなんですけど)。
そんですてきに敵方復活してくれた(腕も生えた)次男坊について、その行動背景を予測。やっぱりここは「あなたに勝ちたい…ッ」でなく(それは作品がちがいます)、ユーリの「絶対人間と戦争はしない」宣言をうけた行動なんだろうなと思う次第。ユーリがしたくなくても、相手が攻めてきちゃどうにもならない。律儀にユーリのいうこときいて反撃しなかったら魔族全滅。ユーリ上様も討ち死に。それをふせぐために、人間側の懐にもぐりこみ、いずれは王になろうとしてるのかもしれない。そしたら魔王と人間王のあいだでぶじ「永世平和条約」が締結されるって寸法ですよ。そうにちがいない。これ以外の理由だったらゆるさないぜ次男。


9巻>まさにアーダルベルトさんのような状態であってほしくないわけですよ。すてきな変わり身っぷりはそれなりに愉しませていただきましたが(でも親切な警備兵さんに剣をふりまわす必要がどこに…)、そんなにジュリアが好きか!! コンラートはちがうんだと思いたい。
フリンさんとユーリのやりとりが大好きです。ユーリかっこいいー。やはり主人公は男前でなくてはね。てかイラストのフリンさん、お若い。こんなに若いんだっけか。だれかと思った。
さて今回いちばんのヒット作は「待っていたのに」(p.172)です。これでおなかいっぱいです。ごちそうさまでした。またあした(混乱気味)。


番外>まるマをさらに2冊購入ー(※当初はかりてきて読みました。母御ははづきが買ってきてから)。K★O★N★R★A★D!(ウェラー狂) ちなみにW★O★L★F★R★A★Mでも可。わがままプーとユーリのコンビも大好きさ。グウェンダルはグレタとのツーショットが好きです。外見ユーリよりも父親っぽいし。ユーリとヴォルフとグレタの家族もいいかんじなんですが。てかむしろグレタの初恋グウェンの方向で! それを知ったユーリはスーパー上様モード発動で男親のジェラシーを爆発させグレタに「だいきらい!」とか涙ながらにいわれちゃってギュンターなみの号泣を…だめだ妄想がとまらない。
そいや三兄弟はグウェンダルだけ苗字ふくめてフランス名なんですか? ヴォルテールだから。ついでにグウェンのつづりを確認しようと検索かけたら、アニシナ&グウェンダルってフランスのアイスダンスのペアだったよ。氷上を踊るのか赤い魔女と長男。苗字といえばコンラートのウェラーはあれ英名だよな、ヴェラー卿コンラート、もしくはウェラー卿コンラッドじゃないのはどうしてだろう、などなどなど、どーでもいいことばかりかんがえて暮らしています。小説としては粗がめだったりするんですが、ノリだノリ! すべては勢いとコンラートだ!!


番外2>合点した。わかったぞ。きょう「地マ」読みかえしてたんですけど、答えは目のまえにあったじゃないか! Weller Konrad がヴェラー・コンラートでもウェラー・コンラッドでもない理由。ヴェラーじゃないよ、ベラールなんじゃん。ベラールから改姓してウェラーって、書いてあったじゃん。ベラール=Weller=ウェラーじゃん、ベラール・コンラート、苗字の読みだけ異国風にしてウェラー・コンラート、なんだそっかー!ということをあいかわらずドイツ語の時間にかんがえていたので、はいもういちど(前回のは消えたけど)。眞魔国はドイツじゃなくてドイツ風異世界です。ふー。ヴォルテールのドイツ綴りも判明したからあと魔族見た目似てねえ三兄弟では「グウェンダル」だけが問題だね!(治ってません)

※この時期(2003年10月〜11月)のはづき日誌はマまみれであったのです。そこから抜粋。




2003/10/30
『炎の蜃気楼39 神鳴りの戦場』
桑原水菜 集英社コバルト文庫 2003年
いよいよあと1巻で完結だそう。そのせいなのかとても静かだ、直江も高耶も。どう決着つけるか分からないけど、信長に換生されちゃった礼だけは助けてほしい。




2003/10/31
『オレンジ党と黒い釜』
天沢退二郎(林マリ絵) 筑摩書房 1978年
いよいよオレンジ党シリーズに挑戦。
『闇の中のオレンジ』と登場人物が重複するのでこっちが本編であっちが外伝というか番外編という扱いだと思われます。
ファンタジーという言葉から連想されがちな甘い雰囲気なんてかけらもない、暗くてこわい話。とても子どもの読む物語とは思えません。まずこの物語世界をどうとらえていいのか迷ってしまいました。異世界ファンタジーというのでもない、突然異世界に巻き込まれるというのでもない、現実の世界と魔法の世界が重なりあっている世界。そういう点でアラン・ガーナーの物語に似ているように思えます。(あちらも突然イボ小人なんか出てきてぎょっとした)ただその世界の説明や主要登場人物の背景の説明が、いまひとつ不足のように感じられ、わたしの頭では正確に把握できなくて、どうしてももどかしさのような落ち着かない気持ちがつきまといました。それなのにいやおうなく作品世界にひきこまれる、不思議な力を持った作品。こういう物語にそんな説明は不要なのかもしれないなあ、と思わせてしまう、そこがすごい。作者はもともと詩人ということなので、それも関係しているのかもしれません。



戻る