| 2003/12/4 |
| 『闘牛の影』 マヤ・ヴォイチェホフスカ(清水真砂子訳) 岩波少年文庫 1997年 |
| 偉大な闘牛士だった父のあとを継ぐことを、当然のように期待されている少年マノロ。自分の意志とは違う周囲の熱い期待に苦しみながら、闘牛の晴れ舞台の最後の瞬間に、彼は自分の進むべき道を決断する。 自己に忠実であるということはどういうことか、真の勇気とは何かという問いかけが胸を打つ。これもものすごく感動を与えられた作品。 訳者あとがきに、作者がこの作品で1965年度ニューベリー賞を受賞した時の言葉がありますが、これにも心をうたれました。自分らしくありたいと願うすべての人への励ましとなる言葉です。 「この作品で誇りと因習の殻にとじこもる心との戦いについて書いた。他人がなんと言おうとあなたはあなた。あなたはそれを誇りにしなければいけません。そして誇りはときには必要以上に生きていくことに苦しみを与えるものです。でも誇りなしに生きていくことは無意味です」 |
| 映画 | 2003/12/4 |
| 「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」SEE版 ピーター・ジャクソン監督(DVD) 2003年 |
| 期待以上の内容。追加映像に狂喜乱舞。「旅の仲間」でカットされた古森のエピソードや、エント水を飲んでメリーとピピンの背が伸びるところ等々。中でもボロミアは幻想的な水葬シーンとオスギリアスでの兄弟愛あふれるシーンなど、復活ばんざーい。デネソールが出てきたのにもびっくりしたけど、なんといってもエオウィンの手料理シーンには茫然。な、なにあれ?その後驚愕の事実が発覚。アラゴルンの年齢が明らかに。原作読者には周知のことでも、映画ファンにはさぞショックだったのでは。それと森の中でガンダルフに出会ったとき、レゴラスが跪いていたのがずっと不思議に思っていたのが、ようやくすっきりしました。「矢を射掛けてしまって、申し訳なかった」と謝っていたのね。 オーディオ・コメンタリや他の特典映像は、たいてい途中で寝てしまったのでまだ全部は観ていません。 でも今度も隠し映像は観ました。「旅の仲間」に比べれば、まあそれほど強烈ではなかったので、ほっとしました。 |
| 2003/12/5 |
| 『なつかしい本の記憶 岩波少年文庫の50年』 岩波書店編集部(編) 岩波少年文庫別冊 2000年 |
| 中川梨枝子と山脇百合子をはじめとする三組のきょうだい対談や、斎藤惇夫の講演や、目黒考二、瀬田貞二、石井桃子等々すばらしい方たちのエッセイで構成された本。岩波少年文庫の歴史とともに児童書の読書案内にもなっている嬉しい1冊。 巻末に岩波少年文庫書目一覧がありますが、ここにある本全部読みたいと激しく思いました。今では絶版で手に入らないものが数多くあるのがつくづく残念です。せっかく再版されても、またすぐ絶版になってしまうなんてひどすぎる。 |
| 2003/12/5 |
| 『風車小屋だより』 アルフォンス・ドーデ(辻昶訳) 国土社 1990年 |
| 「風車小屋だより」から18編「月曜物語」から2編を収録。「月曜物語」の中に「最後の授業」があったのが意外な驚き。この話てっきり「クオレ」の中に入っていたと思っていました。 |
| 2003/12/5 |
| 『晴れた日は図書館へいこう』 緑川聖司(挿画・宮嶋康子) 小峰書店 2003年 |
| 図書館のことがかなりくわしく、そしてかなり正確に書かれていて嬉しくなりました。ただ主人公しおりの従姉である司書の美弥子が、身内とはいえ少し内部事情を話しすぎかなとは思いました。不明本のリストを渡すことは、いくらなんでもやりすぎです。でもレファレンスのやり方は正確だし、本来こうあるべき。 |
| 映画 | 2003/12/6 |
| 「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」 押井守監督(ビデオ) 1995年 |
| これはもう大絶賛!なるほどマトリックスが影響をうけているというのも当然だ。オープニングのあと、クレジットがはさまれながら、サイボーグが生まれる過程を経て、素子が目覚め部屋を出て行くまでの一連の流れには、大げさでなく鳥肌がたった。音楽も映像も凄すぎる! これを観たあと原作も読んだけど、全然雰囲気が違うのにさらに驚いた。これがああなるのか。原作者も監督もどちらもすごい。あとから読んだにしては原作も気に入った。わたしにしては珍しい。 |
| 映画 | 2003/12/7 |
| 「ラストサムライ」 エドワード・ズウィック監督(映画館) 2003年 |
| これまた微妙な。トム君どっか間違えてない?戦闘場面はすごいし渡辺謙はじめ日本人俳優が活躍してるのは嬉しいけど、でもいったい何を描きたかったのか、はっきりしない。もっとも違和感あったのは渡辺謙の最期に、敵方の兵士が敬意を表してなんだろうけどひれ伏したこと。もっとちがう表し方があったろうに、よりによって土下座とは。よっぽど日本人のイメージとして外国に定着しているのかしら。文句つけながらも、しっかり涙は流してきました。 |
| 絵本 | 2003/12/10 |
| 『スーホのしろいうま』『スーホの白い馬』 赤羽末吉(絵)大塚勇三(再話) 復刻版「こどものとも」67号『スーホのしろいうま』福音館 1961年(1996年) 福音館 1967年 |
| 先日のオフ会で行った国際子ども図書館の特別展、国際アンデルセン賞受賞作家・画家展の中に、赤羽末吉さんと安野光雅さんの名がありました。 赤羽さんのコーナーでは『スーホの白い馬』『ももたろう』『王さまと九人のきょうだい』などの絵本が展示してありました。その『スーホの白い馬』のとなりに、原型となった『こどものとも スーホのしろいうま』がありました。 以前NHK人間講座の松居直さんの『絵本のよろこび』のテキストを読んだのですが、その中に「スーホの白い馬ができるまで」という章がありました。そこでは最初に「こどものとも67号」で出した「スーホのしろいうま」は、版の大きさやページ数等の関係で満足いくものではなく、2年後に満を持して今のような形で出版された経緯が説明されていました。子ども図書館の展示で見て、あらためてこの話を思い出し、この「こどものとも」版を図書館で借りてきました。図書館にあるのは出版当時(1961年)のものではなく、1996年に発行された「復刻版こどものとも」です。 赤羽さんの独特な絵、ひらがなだけの少し短めのおはなし。これはこれで感動する絵本でした。でもその後で絵本『スーホの白い馬』をひらいてみたら、ああ、本当にそのとおりだ!と思わず声をあげました。見開きページいっぱいに広がるモンゴルの草原。その色彩、構図、これこそ赤羽さんが描きたかった風景なのだということがよく分かりました。久しぶりにこの絵本をひらいてみたのですが、こんなにも力強く、こんなにも切なく、こんなにも美しい絵本だったのかと、あらためて感嘆しました。いつまでも心に残る素晴らしい絵本です。 |
| 2003/12/11 |
| 『狐笛のかなた』 上橋菜穂子(挿画・白井弓子) 理論社 2003年 |
| この世とカミガミの世の境にある<あわい>。その<あわい>に生まれ、呪者により使い魔にされた霊狐の野火。草木に宿る魂の声さえ聞き分けられる<聞き耳>の力を受け継いで生まれた小夜。出合ったふたつの孤独な心は、隣り合うふたつの国の争いの渦に巻き込まれていく。 書き出しからもうぞくぞくしてきました。澄みきった静謐な世界。こころに深く静かに沁みいってくる、ものすごく好きな世界。「守り人シリーズ」の前、初期の頃の『精霊の木』『月の森に、カミよ眠れ』に似た雰囲気をもっています。実は上橋作品のなかでは、「守り人」よりどちらかというとこれらのほうが好きなのです。さし絵も装丁もすごく雰囲気があっていい。本屋でひと目で気に入り購入。白井弓子さん『いとしのドリー』(風野潮)のときとは、これが同じ人かと思うほど雰囲気が全然違います。お話に合わせて描いていたのだと分かりました。 |
| 2003/12/15 |
| 『ひとすじの光』 マヤ・ヴォイチェホフスカ(清水真砂子訳 挿画・東逸子) 偕成社文庫 1982年 |
| 舞台はスペインの寒村。この世の愛の最大のあかしともいえる名前さえつけてもらえなかった、耳の不自由なひとりの少女。少女と少女をさげすみあわれんだ他の人びとの対比をとおして、人が人として生き成長するために何が必要なのかを描き出した作品。本当に今年はヴォイチェホフスカに出会えてよかった。 現在手に入る唯一の作者の作品。この作品は以前小野木学さんのさし絵で刊行されたそうです。小野木さんは『かたあしだちょうのエルフ』の作者です。懐かしい。 |
| 2003/12/16 |
| 『まひるの月を追いかけて』 恩田陸 文藝春秋 2003年 |
| この話ふつうならすごくよかったと思えるはずなのに…。なぜかそれほどこころを揺さぶられなかった。ただ舞台になった奈良の山之辺の道は、前から行きたいと思っていた場所なので、そこの描写には惹かれました。一度は行きたいところです。 |
| はづきメモ>あらすじと冒頭を読むと、はじめに受ける印象はやはり『三月〜』の内側の第二部、「冬の湖」(「夜の話」)みたいなんですけど、読みとおしてみると着地点がまったくちがったようです。いままでの恩田作品とはまたちがった後味のような。作中主人公が感じている、濃密な、だれかに見守られているような空気、気配というものを、読んでいるこちらも感じました。派手さやはったり的部分のない、たいへん静謐な話です。各章末に挿入されてる寓話ですが、「愛のサーカス」というやつ、知りませんでした。…あれ、もんのすごーく、不愉快な話ですよ、ね? むかむかしてしょうがなかったぜ。出典はなんだ。 |
| 2003/12/17 |
| 『誰か Somebody』 宮部みゆき 実業之日本社 2003年 |
| 待望の宮部さんの新刊なのに、なぜこんなに気にいらないのか、自分でも不思議なほどこの作品には違和感、もっといってしまえば嫌悪感すら抱いてしまいました。冒頭から主人公の「語り」が気に入らなくて、彼の気持ちに寄り添えなくて、そんな気持ちで結局最後まできてしまいました。いつもなら主人公の気持ちにすっと入り込めるのに、この主人公にはそれができなかったのです。どこがどうと言えないのですが、なんだか主人公が無理に「幸せ」だと思い込もうとしているような気がして…。途中で何度も「おかしい、こんなはずない。これは本当に宮部さんだろうか」と中断しては途方にくれていました。一気に読むこともできなかった。また登場人物の中でだれも心に響いてくる人がいなかった。唯一自転車の中学生と母親のエピソードだけは、納得できましたが。宮部さんの作品でこんなに気持ちが盛り上がらなかったのは初めてなので、自分でもとまどっています。 |
| はづきメモ>ああ実業之日本社だ。つい最近までそんな出版社があることすら知りませんでした(ケストナー『飛ぶ教室』の高橋訳をはじめにだしたのはここです)。そんで宮部みゆきの長篇なわけです。さきに読んだ母上が、どうにもおもしろく感じられなかったらしく、そのことになぜだー!? と苦しんでいましたが、自分はふつうに読めました。いつもの宮部みゆきでした。ただ、主人公の一人称ですが、その語り口調にとってつけた違和感がなきにしもあらずで、母親はそこがすごくいやでいやでしょうがなかったみたいです。出来もやや小粒。でも自分はもともと宮部みゆきは短篇・中篇のが好きなので、長篇ならこんなところだろう、と。ただこの話、ネタ的にはそれこそ短篇でいっとけばよかったと思うんですが。ここ数年でみょうに長篇筋肉がついてしまったのかもしれませんね。 |
| 2003/12/18 |
| 『レインレイン・ボウ』 加納朋子 集英社 2003年 |
| 最初から「おっ、これはいいぞ」と惹きこまれ、そのまま一気に読了。ああいい話だなあと素直に感動できました。最近の作品がまあまあだったので、少し物足りなさを感じていたのですが、これは久しぶりに楽しく読めました。 「雨上がりの藍の色」が一番おもしろかった。あと「ひよこ色の天使」も。 |
| はづきメモ>若竹七海『スクランブル』から毒と棘をぬいたらこうなるのかな、と思わせる連作です。それぞれ社会にでた、あるいは家庭にはいった、高校時代のソフトボール部員たち。そのなかのひとりが死に、通夜に集まった面々。各自の生活のなかのちょっとした事件や謎、もめごとや悩みが1話ごとに語られ、全体をとおして解き明かされるのは故人の死にまつわるある物語。それがやわらかく、でも軽やかさをまじえた筆致で描きだされます。『月曜日の水玉模様』の陶子が登場するのですが、じつをいうとこの『月曜日〜』は加納朋子作品のなかでいちばんの「外れ」と思っていただけに、今回の出来はうれしいです。まあ難をいうのなら、これなら「加納朋子」じゃなくても、と思ってしまうのですが…。 はじめに『ななつのこ』を読んだ北村薫既読者ならだれしもちょっとめんくらうと思うのですが、彼女の登場は自分にとっては「へたくそな北村薫」でしかありませんでした。『掌のなかの小鳥』でやや評価は上向き、『いちばんはじめにあった海』でしっかりと「加納朋子」作風が定着した、とみています。それから『月曜日の水玉模様』、これはいい意味での彼女の「癖」がぬけてしまっていて、あーあ、と落胆。しかしその後の『螺旋階段のアリス』『沙羅は和子の名を呼ぶ』『ささら さや』などを経て、「へたくそな北村薫」節はもうとうに払拭されて、なかなか好きな作家のひとりとなっています。で、『レインレイン・ボウ』は物語としてはいままででいちばんおもしろかったんですが、やや『月曜日〜』よりで、加納朋子っぽいか、といわれたら、うーんと…。でもおすすめですよ。 「ひよこ色の天使」と「雨上がりの藍の色」が好きで、特に後者はむちゃくちゃおもしろかったです。主役の性格も大好きだし、山本3人組+4号もいい味だしてる。 |
| 2003/12/20 |
| 『ムギと王さま 本の小べや1』 『天国をでていく 本の小べや2』 エリナー・ファージョン(石井桃子訳 挿画・アーディゾーニ) 岩波少年文庫 2001年 |
| 昔買った旧版の岩波少年文庫では『ムギと王さま』1冊しかなく、単行本『ファージョン作品集第3巻 ムギと王さま』の半分ほどしか収録されていませんでした。それがこの新版では嬉しいことに全作品を2冊に分け収録してあります。ただ編集しなおされているため、以前の『ムギと王さま』とでは収録作品が違っているので、2冊とも購入しました。 昔読んだときもおもしろいとは思っていました。それが今回はもう以前にもましておもしろくておもしろくて、さっさと読むのがもったいないくらいでした。ひとつのお話を読むたび、本を置きほおーっと空を仰いで余韻にひたっていました。なんて豊かな物語世界なんだろう。読むたびに、目の前で世界がぱあーと広がっていくのを感じます。いつまでもひたっていたい世界です。ファージョンがこれほど素晴らしい物語の語り手だということに、うかつにも今まで気がつきませんでした。こうなったら彼女の作品を全部読み直したいと思っています。 『天国を出ていく』の最後に収められた『パニュキス』、山岸涼子に同名の漫画がありますが、これはファージョンをモデルにしていると以前聞いたことがあります。なるほど石井桃子さんのあとがきによるファージョン像と、山岸作『パニュキス』の主人公ネリーの姿は重なります。 |
| 2003/12/21 |
| 『カニグズバーグ作品集4』 E・L・カニグズバーグ 岩波書店 2002年 |
| カニグズバーグは『クローディアの秘密』と『魔女ジェニファとわたし』しか読んでいませんでした。ここに収録されているのは2つとも歴史ものです。歴史ものが好きだったことと、「誇り高き王妃」が本邦初訳だというので興味を持ち読んでみました。 作者の視点がおもしろく登場人物、時代背景などの描写がすばらしく、夢中で読みました。 カニグズバーグもファージョンと同じく、こんなおもしろかったことにあらためて気づかされた作家です。 『誇り高き王妃』」(小島希里訳) 12世紀ヨーロッパ、まずフランス王ルイ17世の妃となり、後にイングランド王ヘンリー2世の妃となった女性エレアノール。悪名高い彼女を作者は知的で美しく、したたかでたくましい女性として描いています。歴史年表をかたわらに置いて読んでみるのも、また楽しい。カニグズバーグ自身による挿画もあり。 『ジョコンダ夫人の肖像』(松永ふみ子訳) ジョコンダ夫人の肖像=モナリザ。レオナルド・ダ・ヴィンチはなぜ、貴族の肖像を描かないで無名の女性の肖像を描いたか―?最初に魅力的な謎が投げかけられ、ダ・ヴィンチと弟子サライ、ミラノ公夫人ベアトリーチェの3人の関係を描きながら、話が進んでいきます。この3人がそれぞれとてもいい。芸術とは真の美しさとは何かを考えさせてくれる作品。 |
| 2003/12/22 |
| 『四季 夏』 森博嗣 講談社ノベルス 2003年 |
| あの『すべてがFになる』で語られていた、四季の両親殺害事件の真相。Vシリーズの紅子さんはじめなつかしい人物がいろいろ出てきて楽しかった。このシリーズを読むようになって無性に『すべてがFになる』を読み返したくなりました。いっそ買おうか。 |
| はづきメモ>これ全巻そろったら買いますよ。ひとまず『すべてがFになる』では四季さんの語りでしかあきらかにされなかった事件の真相が…真相…真相…って、なんだろう…。それより、各務って保呂草に惚れてたの!? とか、犀川と四季がニアミスしてる! とか。やっぱり『四季』は作者が書きたかったものでもあるんだろうけど、「S&Mシリーズ」と「Vシリーズ」読者へのサービス色がつよいよね。てか「Vシリーズ」だけ読んでるひとにとっちゃ、『赤緑白黒』とかつまらないじゃん。まあ自分もラストを読むまで「ぶるぶる人形にうってつけの夜」や『捩れ屋敷の利鈍』の事情に気づかなかった口なんですけど。それ以前に「へっくん=犀川」といううわさをきいていたのに、「そんなわけないじゃん」と一刀両断してたもの…睦子さんが練無に名乗ってくれないのがわるいのよ。だまされたよ。ああちくしょう。おもしろいな。 |
| 2003/12/23 |
| 『わんぱくきょうだい大作戦』 マヤ・ヴォイチェホフスカ(清水真砂子訳) 岩波少年文庫 1997年 |
| オートバイのハーレー・ダビッドソン・モーターサイクルが大好きな父親によって、ハーレー。ダビッドソン、モットと名づけられた三兄弟。(この名づけ方のものすごさ!)母親は亡くなっています。母親になってくれる人を探そうとする兄弟が引き起こす大騒動。ゆかいな中に、こどもにとって母親がいないということがどういうことなのか、実にわかりやすく書いてあります。こどもたちそれぞれの性格もしっかり描かれています。 |
| 2003/12/23 |
| 『天使の舞闘会 暁の天使たち6』 茅田砂胡 中央公論新社C★ノベルス 2003年 |
| 全員集合。やっと序章の完結編。このシリーズは好きなんだけど、どうもラー一族を出すのは反則じゃないかと思ってしまう。だってこんな無敵な存在、こんなのあり?まあそもそも『デルフィニア戦記』の冒頭のリイの登場からして、最初からこの設定が考えてあったんだろうけど。そういえば『デルフィニア』でシェラのことを予言していたエピソードもあったし。ラー一族と敵対する奴らも登場してきて、これからどんな展開になるのか?またまた長いシリーズになりそう。 |
| 2003/12/24 |
| 『まぼろしの子どもたち』 L・M・ボストン(瀬田貞二訳) 偕成社文庫 1983年 |
| 『グリーン・ノウの子どもたち』(亀井俊介・訳 評論社)の前に、瀬田さんがこの訳を出していたことが、『グリーン・ノウの子どもたち』のあとがきに書いてありました。この瀬田さんの訳のほうが柔らかい感じ。でも亀井訳でシリーズが出ているせいか、先に亀井訳を読んだせいか、この物語の雰囲気には亀井訳のほうが合っているように思います。瀬田さんはどうして続きを訳さなかったのでしょうか。 |
| 2003/12/26 |
| 『リンゴ畑のマーティン・ピピン』上下 エリナー・ファージョン(石井桃子訳) 岩波少年文庫 2001年 |
| もともと30歳の男性を読者として書かれたものらしいですが、なるほどそれでメインのストーリーも、陽気なピピンの語るひとつひとつのお話も、ロマンスなのか。ひとつのお話がけっこう長く読み応えあり、それぞれにおもしろい。この作品に限らず、ファージョンは読むのもいいですが、語りで聞いてみたい気がします。 |
| 2003/12/28 |
| 『くつしたをかくせ!』 羽住都(絵)乙一(文) 集英社 2003年 |
| 英文対訳のクリスマス絵本。スニーカー文庫でおなじみの羽住都さんとのコンビ。 相変わらず作者本人による著者紹介がふざけてておもしろい。 |
| 2003/12/30 |
| 『光草 ストラリスコ』 ロベルト・ピウミーニ(長野徹訳) 小峰書店 1998年 |
| なんて美しい話。難病の少年と画家の描き出す風景が目に浮かぶよう。外に出られない少年だけど、誰よりも豊かな風景を見ることが出来た。ストラリスコという音の響きが美しい。 |