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絵本 2003/4/1
『しばわんこの和のこころ』
『しばわんこの和のこころ 2―四季のよろこび―』

川浦良枝 白泉社 2002年
犬のしばわんこと猫のみけにゃんこが、和風の暮らし方の紹介をしています。きちんと和の作法や季節ごとの行事の意味などの説明がしてあると知って、横着な母親であるわたしは、娘のしつけにもなるかなと購入しました。なんといってもしばわんこがかわいい。あねさまかぶりをしていそいそと働く姿がなんともユーモラス。




2003/4/3
『ず・ぼん 6号』
ポット出版 1999年
特集「児童書は元気かい?」ということで、公共図書館の司書たちによる座談会が興味深かった。注目作家に森絵都、上橋菜穂子、風野潮の名があがっていたのが嬉しかった。




2003/4/4
『かりそめエマノン』
梶尾真治 徳間デュアル文庫 2001年
1年以上本棚に放置していました。いつでも読めると思うと、読まないものです。
地球誕生以来の記憶を受け継ぐ不思議な少女エマノン。そのエマノンに兄がいた?!その兄の視点で物語は綴られていきます。彼が自分の存在理由を求めてもがくところが、年代的に自分と重なることもあり、青春時代の自分探しの物語としてほろ苦さを味わいながら読みました。
でもこの話やっぱり最初の『おもいでエマノン』だけでよかったのかあなと思います。




2003/4/7
『黄金の騎士 フィン・マック―ル』
ローズマリー・サトクリフ(金原瑞人・久慈美貴訳) ほるぷ出版 2003年
サトクリフのケルト神話。アイルランドに伝わる英雄フィン・マックロールと彼が団長をつとめるフィアンナ騎士団の物語。
題材のせいかサトクリフの他の作品に比べ、痛快な明るい雰囲気のお話です。訳者も指摘していますが、『アーサー王物語』に似ています。
楽しく読んでいたのですが、物語の後半グラーニアという女性をめぐってフィンと対立してしまうディアミッドのエピソードには、いらいらしました。『アーサー王物語』でもランスロットとグウィネヴィア王妃の恋という似た話がありますが、それに比べこのグラーニアは二人が争うほど素晴らしい女性だとはとうてい思えなかったのです。ただのわがままな女じゃないか、いいのかあんな女で、と腹立ってきたほどです。でもこれもフィンが聖人君子ではなく、非常に人間的な英雄だということの表れなのかもしれません。




2003/4/9
『魔法使いハウルと火の悪魔 空中の城1』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(西村醇子訳)徳間書店 1997年
魔法が実際に存在する国インガリーの最近の話題は、荒地の魔女と空中の城に住む魔法使いハウル。どちらも恐れられる存在であるこの二人と、心ならずも深く関わってしまったのが主人公のソフィー。魔女に呪いをかけられ90歳の老婆に変えられてしまい、何とかしてもらおうとハウルの城に強引に住み込みます。ハウルの城を動かしているのは、ハウルと契約している火の悪魔カルシファーです。ハウルの助手マイケルは呪文の修行中。これらの人びとに加え、ソフィーの妹たち、行方不明の王子と魔法使い、ハウルの別世界に住む親戚たち、などなどが入り乱れ大騒ぎを繰り返しながら、最後に魔女との大きな対決へとなだれこんでいきます。

2年前初めて読んだダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品がこれでしたが、今回再読してこんなにおもしろかったのか!と興奮してます。
主人公のソフィーがいい。継母に上手く利用されていても腹を立てず、荒地の魔女に90歳の老婆に変えられてもさほど嘆かず「元気なおばあさんでよかったわ」と前向きです。迷惑がられてもハウルの城に入り込み、いつのまにか自分の居場所を作ってしまう。つまり彼女自身かなり強力な魔力の持ち主なのですが、本人がそのことに無自覚で、逆に自分にまるで自信を持ってないのもおもしろい。ハウルやマイケル、カルシファーらが文句をいいながらもソフィーになじんでくるさまもおもしろい。登場人物(悪魔も)みな個性的で魅力的。
なんといっても恒例の次々繰り広げられる大騒ぎがテンポよく、以前はあまりに煩雑でややこしく参ったのですが、こういう展開に慣れたせいもあり今回は楽しく読めました。

作者の描く世界の大前提として、パラレルワールドがあります。そのなかには私たちが現実に住んでいる世界も存在しています。でも作者が舞台に選ぶのは、現実とは少しずれた世界です。そこでは魔法が普通に存在し、かわりに科学が未発達。また魔法の存在も公な世界もあれば秘密の世界もある。これらの世界は繋がっていて、そこを自由に行き来できる人物も存在し、その代表が他のシリーズのクレストマンシーです。ここでのハウルも空中の城を使ってそれができる魔法使いです。
最初読んだときにそういう説明がいっさいないので、わけわからず戸惑っているうちに終わってしまった、という印象があります。今回はそれがわかっているので、躓かずに読めました。作者はじつにさまざまな細かい伏線やらお楽しみやらをちりばめているらしいのですが、とても全部はわかりません。でも、”いったいこんな大騒ぎになってどうするのだ!”と悲鳴をあげたくなったところで最後にシュっと収束する、その見事なこと。それがすごい!細かいことなんて分からなくても、きちんと説明つかなくても、おもしろいものはおもしろい。単純な勧善懲悪でもない。とにかくなんでもありのおもしろさ。好みの問題もあるでしょうが、私の中では完全に『ハリー・ポッター』を越えました。
ただわたしの周囲ではジョーンズ作品はあまり評価が高くありません。読みにくい、ややこしい、めまぐるしいと。好みの別れる作家かもしれませんが、もっと多くの人に読んでもらいたいと思います。
この作品はアニメ化されるそうですが、たしかに絵―アニメになったほうが、めまぐるしく動く登場人物と展開が分かりやすくなるかもしれません。
最初に読んだときシリーズ名は『空中の城』になってましたが、アニメ化が決まってからでしょうか、『ハウルの動く城』に変わっています。




2003/4/11
『エルフギフト 上復讐のちかい』『エルフギフト 下裏切りの剣』
スーザン・プライス(金原瑞人訳) ポプラ社 2002年
舞台はブリテン島の南イングランドにあるサクソン王国。王とエルフの間に生まれたエルフギフトが王の後継ぎに指名されたことから、異母兄弟の間で壮絶な戦いが繰りひろげられます。
物語の時代や場所はわたしの好きなサトクリフが描く世界に似ていますが、特定されていません。ゲルマン神話の神々も登場し、現実と異世界が交じり合った荒々しい凄まじい話です。
訳者によると「血と欲望と裏切り、愛と死と再生のダーク・ファンタジー」であり「予想もつかない展開」「想像もつかないエンディング」です。また「『ハリー・ポッター』でにぎわっているファンタジー・ブームのなかに、爆弾を放りこむつもりで訳した」「温かいファンタジ・ーブームの海にぽかんと浮かぶ巨大な氷山のような作品」とも書いていますが、本当に他のファンタジーと一味も二味も違う作品だと思います。その独特の暗く重い雰囲気、血の匂いが漂ってくるような情景描写には圧倒されます。

登場人物については、主人公のエルフギフトよりもむしろ敵役のアンウィンやその妻のケンドリーダなど、エルフギフトのまわりの人間たちのほうの心情に共感してしまいました。そして宗教、民族、身分、境遇、親子、兄弟…それらもろもろの対立要素が交じり合って繰り広げられる人間模様にはとても魅せられました。ただエルフギフトの再生あたりになってくると、ストーリーに神話が突然入り込んできたような、なにか収まりの悪さを感じてしまいました。上巻のエルフギフトが戦女神に鍛えられるところは、さほど違和感を感じなかったのですが。何かもやもやしたものが残る終わり方で、『ゴーストドラム』のように手放しでおもしろいとは思えませんでした。

たぶんわたしがこの時代のブリテンについてはサトクリフの作品に思い入れがありすぎて、どうしても比べてしまうせいだと思います。それと直前に『ハウル』を読んですっかり魅了されていたので、あまりに毛色の違うこの作品に気持ちの切り替えがうまくいかなかったようです。もう少し時間を置いて読めばよかったのかもしれません。




2003/4/13
『神の守り人 来訪編』 『神の守り人 帰還編』
上橋菜穂子 偕成社 2003年
タンダといっしょに<ヨゴの草市>にやってきたバルサは、人買いに売られそうになっている幼い兄妹チキサとアスラを助けようとする。だがロタ王国のタルの民であるアスラには、恐ろしい神を招く能力があった。ロタ王国を揺るがす陰謀に、否応なく巻き込まれていくバルサとタンダ。アスラを連れて逃げるバルサに追っ手がせまる。 ロタ王国の建国にまつわる伝説。<おそろしき神>タルハマヤとタルの民の謎。アスラはサーダ・タルハマヤ<神とひとつになりし者>になってしまうのか?

一気に読みました。今回はロタ王国が舞台です。この国の建国から現在の状況、そこに住む人びとの言葉や食べ物、着るもの、信仰など、いつもながらていねいに描かれているのに感心します。為政者により歴史が都合よくゆがめて伝えられることは、よく見かけられます。伝説により虐げられてきたタルの民が、違った解釈に希望を見出す気持ちもわかります。許せないのはそういう人びとの気持ちを利用して、自分の野望を果たそうとするもの、人を駒のように動かそうとする存在です。
バルサがアスラに幼い日の自分のつらい記憶をだぶらせて見ているところに、バルサ自身の心の傷の深さを感じました。人を殺すことの闇の深さを誰よりも知っているからこそ、アスラをどうすれば救えるかと苦悩するバルサ。アスラの勇気ある選択は、アスラを思うチキサやバルサの思いが、アスラの心に届いたからだと思います。
闇の中に光の見えるラストシーンの美しさに涙がでます。生きるほうがつらいかもしれない、でも人は生きてこその喜びがあることを、誰よりもアスラに知ってほしいと思います。




2003/4/16
『魔法がいっぱい』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(田中薫子 野口絵美共訳 佐竹美保絵) 徳間書店 2003年
「クレストマンシー」シリーズの外伝の短編集。ひとつひとつが短いのでごちゃごちゃした感じが少なく、長編より読みやすくてとても楽しかった。

「妖術使いの運命の車」
<なんでもや妖術使い>の不運な一日。おかしくてちょっぴり気の毒。

「キャットとトニーノの魂泥棒」
シリーズの中でもわたしのお気に入りは『魔女と暮らせば』『トニーノの歌う魔法』ですが、ここではその主人公キャットとトニーノが登場。トニーノが来たことで、なんとなく自分の立場を取られたような気分になり、すねるキャットがかわいい。

「キャロル・オニールの百番目の夢」
自分の夢を売って人気者になったキャロルが、百番目の夢を見られなくなったことからクレストマンシーの治療を受けることになる。トニーノの魔法が一役かう。

「見えないドラゴンにきけ」
これまでのパラレルワールドと少し違ったスイ―ルという神々のいる世界が新鮮。あらためて作者の想像力の豊かさに脱帽。




2003/4/17
『バッテリーX』
あさのあつこ(佐藤真紀子絵) 教育画劇 2003年
ようやく巧と豪のバッテリーが練習で復活する。3月の最終日曜日の横手中との試合が近づき、元キャプテン海音寺は練習の場に横手中の瑞垣を招待する。

前回巧や豪だけでなくまわりの少年たちの心が描き込まれていて、話の進展はなくてもおもしろいと思ったのですが、今回はやたらと会話が多く感じられ、読んでいて疲れました。特に瑞垣、前回登場しその屈折したキャラがけっこう好きだったのですが、今回はしゃべりすぎ。そして海音寺や門脇とのわざとはずしたような会話にいらいらしました。だから巧に挑発され興奮して、呼び方も「姫さん」から「原田!」になったところでほっとしました。そうそうそのほうが少年らしいよ、と思ってしまいます。
少年たちも少しずつ成長し変っていきます。巧でさえ最初のひりひりするような鋭さが、しだいに丸くなってきて驚きました。
今回母親が入院中で、巧との緊張感のあるやり取りがなかったのは残念です。彼女の巧との接し方感じ方に親近感を覚え、それに対する巧の反応にいちいち新鮮な驚きを感じたものでした。そんなぴりぴりした雰囲気をいつも救ってくれたのが、巧の弟青波です。青波が登場すると本当にほっとします。兄のことが大好きな青波に「大嫌い」と言われて落ち込む豪が気の毒で、でもかわいかった。
次回こそ試合になるでしょう。巧と門脇、瑞垣との対決が楽しみです。




2003/4/18
『ユーモレスク』
長野まゆみ マガジンハウス 2003年
周子(ちかこ)の8歳下の弟真哉(まさや)は6年前遠足に行ったきり戻らなかった。その弟が好きだったのが隣家から聞こえてくる「ユーモレスク」のピアノの音。

長野さんがはじめて書いた「わたし」で語られる物語。大好きな『八月六日上々天氣』『鳩の栖』にも通じる澄明な切なさに何度も泣けてきました。最近の『千年王子』や『猫道楽』に戸惑っていたので、なんだかほっとしました。やっぱり長野さんにはこういう物語を書いてほしい。
たんたんと綴られる日常のなかに、ふとまぎれこむ弟の記憶―永遠にかえらぬ愛しいもの。ありふれた題材といえばいえるのですが、それをこんなふうに描けるのは長野さんならではと思います。いいです、本当に。
哀しさ切なさだけでなく軽快さもあり、明るい未来を予想させる終わり方なのもまたいい。現実的な話を描いても、どこか幻想的な雰囲気が漂うのが長野さんの作品でしたが、ここにはそれもなく新しい長野さんの魅力を感じました。




2003/4/19
『教室二〇五号』
大石真 講談社文庫 1979年
体育館の中に見つけた小さな地下室。6年生の友一、健治、洋太、2年生の明はそこを「教室二〇五号」と名づけ、自分たちの秘密の教室にします。かぎっ子の明、継母との関係に悩む洋太、足が不自由な友一、勉強が苦手な健治。主人公の少年たちは誰も悩みを持っています。そんな少年たちがこの教室で自分の居場所をみつけ、友情を育てそれぞれの欠点を克服しようと力を合わせます。跳び箱が飛べるようになった友一、初めて算数で100点を取った明。ところがその喜びは明の交通事故で一転します。

驚きました。『チョコレート戦争』を再読したときは、正直大石真はもう古いなと思っていました。ところがその前に書かれたこの『教室二〇五号』は、今も少しも古びていません。少年たちがもつ悩みも今に通じていますし、ふつうなら100点とってめでたしめでたしとなるところを、事故に遭うという残酷な展開にするところなど、すごいです。しかもこの事故は母親の働いている店に答案を見せに行って、母親に冷たく追い返された挙句の事故です。母親の身勝手さにやりきれない怒りを覚えます。そのあとも友一と洋太の家出騒ぎがあり、徹底して大人の理不尽さと戦う子どもたちが描かれます。大人社会への痛烈な批判に充ちた感動作です。
あとがきで著者は、出版当時(1969年)書評から無視された、家出とか交通事故死など当時の児童文学ではまだ扱わなかった問題を取り上げたためだったのかもしれない、と書いていますが、本当にこれは相当衝撃的な内容だったと思います。




2003/4/19
『目こぼし歌こぼし』
上野瞭 講談社文庫 1978年
下級武士の息子七十郎は、仲良しのおたまちゃんの家業の居酒屋「とろろ」で起きた殺人事件に巻き込まれます。突然の父の死。むりやりあだ討ちに旅立たされた七十郎は、「とろろ」で手に入れた古地図を元に、藩の政治の醜いからくりを知ることになります。

これまた読み応えのある作品でした。読めば読むほど巧妙にしくまれたからくりの非道さに、嫌悪感を覚えます。特に「こぼしさま」のしくみはおぞましさで身体が震えるほどでした。けれどこういうしくみは、今も自分たちの知らないところで巧妙に機能しているかもしれないのです。それを思うと空恐ろしくなります。ここでは主人公たちが立ち上がり皆で協力して非道を正す、という劇的な展開にはなりません。かろうじて追っ手を逃れ藩外へ逃れ、人間らしく生きていこうとするだけです。藩では今も何も変らずにいる。やりきれないことですが、こういうことはいつの時代でも、どこにでも起こり得ることでしょう。すでに1974年(あかね書房)にこういうものが児童文学として書かれていたなんて驚きです。




2003/4/21
『わたしの中に何かがいる』『時を超えるSOS』『髑髏は知っていた』
あさのあつこ 講談社青い鳥文庫 2001年 2002年 2003年
『テレパシー少女「蘭」事件ノート』シリーズの3〜5巻。
テレパシーや念動力など、ふたりあわせると増幅される超能力を持った中学生の蘭と翠。蘭の能力を知りながら協力する兄凛、蘭のボーイフレンド留衣。彼らの前に次々と不思議な事件が起こる。
久しぶりにこのシリーズを読みましたが、なぜだか今回は『バッテリー』同様登場人物の会話文が多いのに閉口しました。以前はおもしろいと思った漫才のようなやりとりも、多すぎてうるさく感じられます。せめてはやみねかおるのシリーズくらいに抑えてあるといいのですが。




2003/4/29
『落日の剣上 若き戦士の物語』『落日の剣下 王の苦悩と悲劇』
ローズマリ・サトクリフ(山本史郎 山本泰子訳) 原書房 2002年
副題に「真実のアーサー王の物語」とあるように、アーサー王のモデルとされる人物とその周辺を描いた歴史小説。

ここでアーサー王のモデルとされるのは、『ともしびをかかげて』にもでていたアルトスです。話の流れも『ともしびをかかげて』の後になり、あのアクイラやフラビアンも登場して、サトクリフの「ローマンブリテン」シリーズファンには嬉しい物語でした。
『ともしびをかかげて』のあとがきに、サトクリフはアンブロシウスのことを「アーサー王の原型だったかもしれない」ということを書いていました。だからてっきりアンブロシウスが主人公かなと思って読み始めましたが、彼ではなく甥のアルトスでした。アルトスの回想という形でアンブロシウスの即位のころから話は進んでいきます。
最初『ともしびをかかげて』と『サトクリフ・オリジナル アーサー王と円卓の騎士』をかたわらに置き、本書と読み比べながらアーサー王のこのエピソードはどこに出てくるのだろうか、などと余計なことを考えていたので、なかなかはかどりませんでした。併読をやめた上巻の終わりごろから、物語に没頭することができました。サクソン族の侵攻からブリテンを守るため、自分の騎士団を形成して、戦い続けるアルトス。戦闘場面の迫力はすさまじく、人物の描写もこまやかな力作です。作者は「伝説から事実を逆算しながら物語を作り上げている」(訳者あとがき)のですが、作者自身のあとがきによると作者の想像だけでなく、ほとんどすべてのことにそれなりの根拠、典拠があるということです。イギリスの歴史について詳しくは知りませんが、作者の豊かな想像力と確かな筆力のおかげで、この時代のことを多少は知ることができました。

『ともしびをかかげて』の最後で「いずれはブリテンはサクソンの闇にのみこまれるだろう。それでも闇の中にまた光あふれる朝が来ることを信じて、ともしびをかかげる」という部分がありました。同じようにこの作品でも、勇ましくサクソンを打ち破ってはいても、サクソン侵攻の流れをせきとめることはできないと、アルトスにはわかっています。それでも後の世に何かを残せるなら、と戦い続けます。これだけ戦いを描いていながらも、この物語に勇ましさよりも哀切さを感じるのはそのためだと思います。滅びゆくものが、なお何かを残そうと命をかけて戦う。そういう彼らの姿が、後に伝説として長く語り継がれることになったのは、当然のことだと思われます。

出番は少なかったけど、やはりアクイラが出てくると嬉しかったです。特に年老いて死を覚悟した戦いに赴く前、あの指輪を息子フラビアンに託すところは胸にせまりました。そのフラビアンもまた最後の戦いの前に、自分の息子に指輪を託しました。その指輪が『剣の歌』の指輪に繋がっていると考えると、また楽しくなります。



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