| 映画 | 2004/1/4 |
| 「猿の惑星」日本語吹替版 フランクリン・J・シャフナー監督(TV放映) アメリカ 1968年 |
| 懐かしい映画です。上映当時、ストーリーといい猿の特殊メイクの凄さといい、話題騒然の映画でした。昔もテレビで観ましたが、あのラストは聞いて知っていてもやはりすごい衝撃でした。今でこそこういう設定は珍しくありませんが、わたしが初めて接したのはこの映画だったような気がします。 このあと続編も作られて、5作目の「最後の猿の惑星」でこの第1作につながっていくようになっていましたが、無理やり話を作ったような気がして、こういうものは「マトリックス」と同じでやはり1作目でやめとけばよかったのにと思います。 猿たちのメイクは今見ても充分素晴らしい。表情に愛嬌さえ感じられます。昔観たテレビでは猿の女性学者の声を中村メイ子が吹替えてました。猿たちの言葉遣いで、「おいらたち」ってあって、そこだけわざとらしさを感じたんですが、今回は普通に「わたしたち」って言ってました。 |
| 映画 | 2004/1/5 |
| 「サウンド・オブ・サイレンス」 ゲイリー・シャフナー監督(DVD) アメリカ 2001年 |
| 最初からおもしろいはじまり方で期待が高まり、緊迫のタイムリミットまでテンポよく進んだまではよかったのですが、惜しいことにそこからがもたついたように思います。たぶんいろんなことを盛り込みすぎてしまったせいでは。細かいところに印象深いシーンがあるし、重点をどこに置くかはっきりしていたらもっとおもしろかったのに、ちょっと残念。 もともと以前に観ていたはづきがもう一度観たいから借りてきてと言うので、レンタルビデオ屋で借りてきました。パッケージに見たような顔があるのでよくみたら、あらあらショーン・ビーンです。ははん、ボロミー大好きはづきは彼がみたかったのね、とひとり合点していたら本人は「へ?ボロミー?出てたの!?」「違うの?これボロミーじゃん」「嘘!?ええーっ!じゃあ誰だ?犯人か?」はいそうです、犯人しかも主犯です。気づかなかったはづきは落ち込んでいました。しかしショーン・ビーン、いくら悪人でももうちょっとフォローあるかと思ってたら、骨の髄まで悪人でした。宝石にこだわりつづける彼は、まさに指輪に魅入られたボロミーのよう。 ところでこの邦題、原題が「Don't Say a Word」なのに、わざわざ横文字の違うタイトルをつけることないじゃないですか。しかもなんちゅうセンスの悪さ。なんの意味があるのさ、このタイトルに。わが青春のサイモン&ガーファンクルの名曲を安易に使わないでよ。 |
| はづきメモ>…自分はぶっちゃけると俳優の顔をさっぱりおぼえないんである。だから風太に指摘されなかったら、あれだけ毎日ボロミーづけだったにも関わらず、永遠に気づかなかったであろうと思います。同様にフロドでないイライジャ、レゴラスでないオーランド、馳夫さんでないヴィゴなどが登場しても、やっぱりさっぱり気づかず観ていることうけあいです。 この「サウンド・オブ・サイレンス」はいろいろと好みの要素がもりこまれた話なのですが、全体をみると散漫で完成度が高くない印象から、「恩田陸映画」と呼んでいます。犯人のひとりにたちむかった奥さんのシーンは正当防衛とはいえちょっと衝撃で、墓場での銃撃・乱闘はあれあれアクション映画だったのかいというかんじなんですが、基本的に自分は全篇非常にたのしんで観ていました。エリザベスの「みんな見ていたのにだれもパパを助けてくれなかった」って叫びが胸に痛いです。なので乱闘は「?」ですがその結果としてのボロミー(違)の最期にはよしよし、と満足していました。 あと風太と本気で哀しくなっていたのが、最初のほうでボロミー(違)一味に殺されてしまうかわいいおばあちゃん…。ひとりきりでサンクスギビングのちょっと豪華な食事をたのしもうとにこにこしていたおばあちゃん…。殺すことないじゃあないかボロミー(違)…。 |
| 2004/1/8 |
| 『とぶ船』 ヒルダ・ルイス(石井桃子訳) 岩波書店 1966年 |
| ピーターが手に入れた魔法の「とぶ船」によって四人のきょうだいたちは、さまざまな国、時代へと冒険の旅に出ます。 すごくおもしろかった。これが1939年に発表されたとは、さすがイギリスです。希望すれば好きな場所だけでなくタイムマシンの役割もするとぶ船ですが、普通(?)のタイムマシンと違って言葉も服装もその時代、場所にちゃんとあったものに変えてくれるのですごく便利です。 こどもたちはさまざまなところへいきますが、神話の世界にまで行ってしまうのは驚きでした。その神話が北欧神話だったことで、イギリスではこの神話が浸透していることを感じたのと同時に、イギリスには独自の神話がないのでトールキンが「指輪物語」「シルマリル」などを書いた、ということが真実味をもって感じられました。 また征服王ウィリアムの時代に行った子どもたちが、行く前に当時住んでいたノルマン人とブリトン人のどちらを選ぶのか話し合う場面がありましたが、ここらへんはイギリスの歴史の勉強にもなりました。サトクリフでおなじみのブリトン人という言葉が、ここではサクソン人の意味として使われていたのも興味深いことでした。サトクリフの描くローマンブリテンの世界では、ブリテンに攻め込み先住のブリトン人を征服したサクソン人が、時が移って今度はノルマン人に征服されるという逆の立場になっています。歴史のおもしろさを感じました。 |
| 2004/1/11 |
| 『グリーン・ノウの煙突』 L・M・ボストン(亀井俊介訳) 評論社 1988年 |
| グリーン・ノウ物語の第2巻。ふたたびグリーン・ノウを訪れたトーリーが、今度は以前よりもっと後の時代のグリーン・ノウに生きた少女スーザン、ジェイコブズと出会います。トーリーはオールドノウ夫人が屋敷を手放さないですむように、スーザンの時代に火事で行方不明になった宝石を見つけだし役立とうとします。 前作より冒険の要素が強くなりました。イギリスの田舎の自然、古い屋敷、キルトや小物などにも心惹かれますが、スーザンの両親など人間の描き方も興味深い。 |
| 2004/1/11 |
| 『グリーン・ノウの川』 L・M・ボストン(亀井俊介訳) 評論社、1970年 |
| グリーン・ノウ物語の第3巻。オールドノウ夫人留守の間に、貸家になったグリーン・ノウにやってきた三人の子どもアイダ、オスカー、ピンが、グリーン・ノウの川で出会うふしぎな出来事の数々。前2作とちょっとちがったにぎやかで楽しい雰囲気があります。子どもが三人ということと、舞台が屋敷の中から外へ移っているので、より躍動感がありわくわくした楽しい気持ちになってきます。 |
| 2004/1/12 |
| 『テラビシアにかける橋』 キャサリン・パターソン(岡本浜江訳) 偕成社 1968年 |
| 絵を描くことが好きな少年ジェスは、隣に引っ越してきた少女レスリーとテラビシアと名づけた秘密の遊び場所で友情を育んでいく。 誰にも立ち入らせない自分たちだけの秘密の遊び場所、テラビシア。こどものころこういう秘密基地に憧れたことを思い出しました。ジェスは絵を描いていきたいと思ってはいても、男の子だから何となく恥ずかしいと思っていて素直に言えないでいる。こういうところ今も昔も変らないと思います。なんでピアノ弾いたり絵を描いていると男らしくないと見られて、サッカーなどスポーツやってるともてはやされるのか。理解者を得たジェスのために喜んでいましたが、まさかこんな展開―レスリーの死になるなんて予想もしていませんでした。この結末はかなりきつい。ジェスの成長には必要だったのかもしれませんが、ここまで描かなくてもと思ってしまいました。でもたとえ少年期であっても「死」というものは容赦なく存在するわけで、そこをあえて書いた作者には敬意を表したい。あとがきによると作者の息子の友人の事件を元にしているとか。作者にとっては避けて通れない問題だったのでしょう。 再読 2006/1/13 |
| 2004/1/12 |
| 『北極星をめざして ジップの物語』 キャサリン・パターソン(岡本浜江訳) 偕成社 1968年 |
| 1800年代後半、アメリカヴァーモント州。幼いときに馬車から落ちたところを拾われたジップは、町の救貧農場で暮らしていた。貧しくても懸命に働きその生活に特に不満もなかった彼が、「あばれモン」と呼ばれるパットとの心のふれあいや、学校へ通うようになることで新しい世界を知り始める。同じ頃ジップの出生の秘密を知る者の手が、彼を追い詰めてくる―。 アメリカの歴史の中に、この作品の舞台になった救貧農場というものがあることを初めて知り、びっくりしました。しかもこの時代は奴隷制度が完全になくなっていたわけではなかったのです。ジップの出生の秘密もそこにありました。ジップが感化を受ける学校の先生が女性であることも、まだこの時代のこの地方の人々の中では奇異なことだったようです。ジップが奴隷として連れ戻そうとする手から逃れて、自由に生きることを求めて旅立っていくラストが感動でした。このいわばアメリカの歴史の暗部ともいうべき時代背景を児童書で描いたことも驚きですが、それでいて決して重苦しくないところにも強く惹かれました。作中パットが歌う賛美歌「すべてよし」が心をうちます。ジップの逃亡を助けるリディ先生が『ワーキング・ガール」の主人公だそうで、この作品もいずれ読んでみたいと思います。 |
| 映画 | 2004/1/13 |
| 「日の名残り」 ジェイムズ・アイヴォリー監督(ビデオ) アメリカ 1993年 |
| アンソニー・ホプキンスといえばレクター博士の顔が浮かぶ。もう彼は何をやってもレクター博士にしか見えないのでは…。という心配は無用でした。見事に執事でした。 イギリスの田舎にある貴族のお屋敷の暮らしをささえるのは、大勢の使用人とその頂点にたつ執事。頑固一徹な執事と気の強い女中頭(エマ・トンプソン)は、反発しあいながらも惹かれていく。互いに思いを寄せながらもどうしてもすれ違う感情、やむをえぬ別れ。時がたち屋敷の持ち主が代わり、もしかしたらまた一緒に働けるかもしれないという期待に、少年のようにうきうきしている執事かわいい。事情がかわり、彼女が働けなくなったと告げたときに見せた、あからさまにがっかりした顔。彼が自分の感情をあんなに正直にあらわしたことは、たぶんあとにもさきにもないのだろうと思います。雨の中の二人の別れの場面が美しく切なかった。 この貴族のご主人が家柄はいいのですが、社会的にはどうもあまりうまく適応できないようで、後にこの屋敷の持ち主になるアメリカ人(クリストファー・リーブ)が言った「あなたたちは素人だ」という言葉が印象的でした。しろうとだからどろどろした駆け引きには向いてなくて、結局身の処し方を間違えてあとで世間の糾弾をあびる。その主人の間違いに気づきながらも、身分をわきまえるあまり忠告することも出来なかった執事。主人に忠実な執事の鑑のような彼ですが、そのことにはやはり悔いが残っているようでした。 この映画では貴族の暮らしを垣間見ることが出来ておもしろかった。使用人たちがいやに狭い廊下を行き来しているので、お屋敷といってもそんなに広くないのかと思っていましたが、あれは使用人専用の通路だったのかな、とあとで思い当たりました。ご主人様やお客様の前では、その存在すら感じさせないで動くために、あのような通路があったのかなと推察したんですが。階段の踊り場や書斎の本棚が隠し扉になっていたのには驚きました。からくり屋敷みたい。全体に少し暗い画面ですが、これがイギリスの風土なんでしょう。主演二人の名演が光る、静かで美しい映画でした。 |
| 映画 | 2004/1/13 |
| 「パイレーツ・オブ・カリビアン」 ダリウス・ウォルスキー監督(DVD) アメリカ 2003年 |
| 昨年映画館で観たのですが、はづきと観るために友人から借りました。登場シーンからかわいいジョニー・デップにふたりしてきゃあきゃあ言いっぱなし。わたしは途中で寝てしまいましたが、はづきは最後まで喜んで観ていました。ひたすらジョニー・デップを愛でるための映画。 |
| はづきメモ>か、かわいい…!! ジョニー・デップ演じるところのジャック・スパロウがそりゃあもうかわいくてかわいくて、ただそれだけの143分。ああかわいい。震えがくるほどかわいい。特に絶品は登場シーン、そこだけもういっかい観てしまった。なんたるかわいらしさか! このエキセントリック・チャーミングからなにをどう落とせばギルバート・グレイプになるのか。自分は役者の顔を記憶識別する機能が極端ににぶいですが(あらちょっと民江さんみたい…)、そうでなくともこれは印象が格別にちがう。すごいひとだ!と俳優ジョニー・デップに興味をもちましたが、そんなこといっといて風太が友人さんからかりてきた映画雑誌の写真をみて「これだれ?」「…だからジョニー・デップでしょ!」なんて会話をくりひろげているありさまです。 あ、話の筋ですか? そんなものはありませんでした。 ちなみにオーランド・ブルームの出演が鳴り物入りでなく、かつだれからも指摘をうけなかったら、最後までウィルがレゴラスであることに気づかなかったと思います。 |
| 2004/1/14 |
| 『年とったばあやのお話かご』 ファージョン作品集1 エリナー・ファージョン(石井桃子訳) 岩波書店 1970年 |
| くつしたの穴をつくろいながらばあやが毎晩語るお話。大きい穴のときは長いお話、小さい穴のときは短いお話で、ちょうどくつしたをつくろい終わる頃にお話も終わります。なんてすてきな場面!もうこの説明だけでわくわくしてきます。そしてお話の中では、どこの国でもいつの時代でも、ばあやはいつもばあやなのです。いったいいくつなの?ばあや。そのお話ときたら、とにかくナンセンスさがたまらなくて、本当におもしろい。ああ、もうたまらなく好きです! こういう話なら子どもは寝る前にいくらでも聞きたがるでしょう。この巻は特に小さい子ども向きで、語りに適しているように思います。わたしもばあやのお話が聞きたくなりました。 |
| 2004/1/14 |
| 『ぼくと<ジョージ>』 E・L・カニグズバーグ(松永ふみ子訳) 岩波少年文庫、1989年 |
| 両親が離婚し、母親と弟と三人で暮らすベンジャミン(ベン)。彼はもう一人の自分<ジョージ>を自分の中に持っている。そのことは弟しか知らない。彼にとってジョージはお互い協力しあう大事な存在だった。だがそのうちベンはジョージ以外の友人を求めるようになる―。 ベンジャミンにはいろいろ試練が訪れます。離婚した両親、父親の再婚、さらに学校の実験道具盗難の疑いをかけられ、義母からは精神分裂症と疑われ治療をすすめられる―。何もかもがベンを追い詰めているようで、読んでいて胸が苦しくなりました。結局ベンはジョージの協力で事態を打開するのですが、そのさいの騒ぎが校内での覚せい剤密造というとんでもないことで、これには心底驚きました。 これはとても重いテーマをたくさん扱っています。それなのに暗くならず、これだけさらりと書いているなんてすごい。こどもより大人が読んだほうがいいとさえ思えます。 |
| 2004/1/16 |
| 『なぞの娘キャロライン』 E・L・カニグズバーグ(小島希里訳) 岩波少年文庫 1990年 |
| ウィンストンとハイジの兄妹の前に、父親の前妻の娘でずっと行方不明だった姉キャロラインが突然あらわれる。彼女は本物のキャロラインなのか? キャロラインと過ごすうち少しずつウィンストンの周囲が変ってくる。 各章のはじめに大人になったウィストンともう一人の人物が、キャロラインの思い出を話しあっている場面があり、それに続いてキャロラインと過ごした日々が本文で語られます。このもうひとりが誰なのか最初は分かりません。それに加えてこの家族に最初に感じた違和感、ハイジの描き方の疑問、キャロラインとは何者なのかという謎を引っ張りながら回想が進んでいきます。最後に現在と過去がつながり、すべてが解き明かされる構成は見事でした。謎解きのおもしろさもあって、どきどきしながら読みました。キャロラインによって、あたらしい世界に目覚めていくこどもたちの姿に、ほっとしました。それにしてもこの母親のなんて勝手なこと。 |
| 映画 | 2004/1/16 |
| 「ファインディング・ニモ」 アンドリュー・スタントン監督(映画館) アメリカ 2003年 |
| もともとピクサーの絵は好きじゃなかったのに加え、主人公の魚が人面魚みたいでちっともかわいく思えず、観にいきたいとは全く思っていませんでした。それが大晦日に観てきたはづきがえらく感動して、もう一度観たいからいっしょに行こうとしつこく誘うので、それではと重い腰をあげて観てきました。 なんとこれがすごくおもしろかったのです。まず映像の美しさに目をみはりました。こういうCGの画像は本来苦手できれいだと思ったことなかったんですが、これはすごかったです。とにかく海の中の魚たちの動きがすごく自然で美しかった。この絵柄は人間を描くよりも、こういう魚のほうが向いているんだなと感心しました。大学の水産学部在籍の息子を持つ友人に話したら「息子も、これは水産学部からのオススメだよ、と言ってる」ということでした。 映像のことばかり感心している、とはづきに怒られましたが、お話も単純でわかりやすくおもしろかった。ニモの声がすごくかわいい♪子どもを救うために全力でぶつかる父親マーリンの姿に涙。親子の愛情の深さ、絆の強さに感動しました。マーリンに協力する忘れんぼ名人のドリーや、ニモを助ける水槽の仲間たちもみな愉快でした。特にギルが渋くて素敵♪その他禁煙ならぬ禁魚中のサメや、海流の乗り方を教えてくれるカメなど脇キャラもみんなおもしろい。字幕版で観るつもりで時間を調べたら、吹替え版ばかり。字幕は夕方と夜しかありません。子ども向けとして吹替えを優先しているのでしょうが、もう少し字幕を増やしてほしいと思いました。 |
| はづきメモ>アニメーションなんだし、いちど字幕で観たんだからつぎは吹替で、という手もあったのですが、やっぱりニモの声と、マーリンの”No, please, no...! ” を風太にきいてほしかったので。しかし「人面魚」なんて思っていたんだね風太さん…。べつに鼻と眉毛があるわけじゃないわよ! ところで自分は笑顔のニモよりもむすっと拗ねている顔が好きです。具体的には、はじめにマーリンの制止をふりきってボートに触るシーン。吹替では「ボート」が「おケツ」になってしまうあたりをどう処理しているのでしょうか。あと動きではやっぱり”Lucky fin ! ”のハイタッチ。ぴろぴろした動きがかわいい。 |
| 映画 | 2004/1/17 |
| 「スリーパーズ」 ジェイムズ・アイヴォリー監督(DVD) アメリカ 1993年 |
| 4人の少年がある罪で少年院へ送られ、そこでは看守による陰湿な虐待が行われていた。時は流れ成長した4人のうち2人はやくざになっており、偶然見かけた元看守の一人を撃ち殺してしまう。ここから話は裁判へうつりますが、裁判で検事をつとめるのが4人のうちの一人で、裁判を利用して元看守たちに復讐しようとする。彼ともうひとり新聞記者になっている1人は(彼が語り手)、裁判に酔いどれ弁護士や、子どものころからみんなを父親のように見守ってきた教区の牧師、町のボス、子どもの頃からのガールフレンドなどをまきこんでいく。 結局復讐は果たせるのですが、はたしてこれでよかったのかと苦いものが残ります。だってひとを殺すのはやっぱり悪いことじゃないでしょうか?でもあの刑務所での日々がなかったら、あの2人がこんな道を歩むことはなかったかもしれないし、そう考えると無理もないかも。 出所をひかえた少年たちが「このことは誰にも言いたくない、忘れたい」と話し合うところ、検事役のブラッド・ピットが 「夜、部屋を暗くして眠れるか?」と聞くところなど、少年たちの心身の傷の深さを見せられて痛々しい。このブラピが熱演で、こんなに演技ができるなんて初めて知った。今より若くてかわいい♪ ケビン・ベーコンがジャケットの中では一番上に名前がでていたので、主役の少年だろうと思っていたら、なんと看守だったので驚きました。残虐な看守をすごくうまく(つまり憎たらしく)演じていました。ロバート・デ・ニーロが、身体を張って教区の少年たちを守ろうとする牧師役で、さすがにすごい。この牧師さんに出所後にでも打ち明けていたら、彼らのそれからはまた違っていたかもしれません。弁護士役のダスティン・ホフマンもボス役の人もそれぞれよかった。考えてみればすごい配役です。 少年時代の貧しいけれど未来に希望をもっていた明るい日々と一転して刑務所内での暗い絶望の日々、その対比は印象的です。でもこの前半部分が長かったので、後半の裁判部分とのバランスが悪いように思いました。もう少し前半を削って後半に焦点を絞り、牧師やガールフレンドに語るところなどで、回想として刑務所内のことを見せたほうがよかったのではないかと思います。逆に友人はこの部分が長いから裁判の部分が生きてくると主張して、わたしとは意見が分かれました。もともと『ミスティック・リバー』を観にいく前に「ちょっと似てるから」と言ってこの友人が貸してくれたDVDです。子どもの頃の悲惨な思い出を、大人になったときも主人公たちがそれを引きずっていること、そのことがメインの事件に深く関わってくるという意味では似てるかもしれません。 |
| 2004/1/20 |
| 『エンゼル・マイク』 レギーネ・ベックマン(松沢あさか訳) さ・え・ら書房 2002年 |
| ドイツの高校生サンディは夏休みヒッチハイクで知り合ったマギーに誘われてイギリスのウェールズ地方のマギーの家に滞在する。そこに現れた親戚の少年マイクは、宮廷道化師になるのが夢のちょっと変った美少年だった。マイクとレギーネはウェールズを一緒に旅することになる。 実は読書会用の本だったのですが、手違いで前日にようやく手元に届き、あわてて読んだため、あまりこころに残りませんでした。マイクが自分で「善行」と呼び押し付けるズレた親切。彼は「7つ善行を積んだらロンドンへ行って皇太后の宮廷道化師になる」と宣言しています。ウェールズの古本屋で見かけた赤い龍の模様。アーサー王伝説にも取りいれられているウェールズの赤い龍と白い龍の伝説。サンディが好きだというカポーティの『クリスマスの思い出』(この話はわたしも大好きです)「シャイニング」と思われる映画の話。ニール・ヤングの音楽…etc。ひとつひとつには魅力ある事柄もあったのですが、文章のせいかさらっと読めてしまい、心に訴えてくるものがあまりなかったのです。 ところがレポ―ターの人の詳しい説明で、深いものをもつ作品であることがわかりました。特にマイクの「7つの善行」の7つということにキリスト教からの影響がみえる、ということを聞いたときは感心しました。うっかり読み飛ばしていました。そういう目で読み直してみると新しい発見があるかもしれません。またいつか再読してみようと思います。 |
| 映画 | 2004/1/21 |
| 「ミスティック・リバー」 クリント・イーストウッド監督(映画館) アメリカ 2003年 |
| 不幸な事件に巻き込まれた3人の少年、ディブ、ジミ―、ショーン。一緒に遊んでいた彼らのうちディブだけが男達の車に乗せられ、犠牲となってしまう。25年後ジミ―の娘が殺され、3人は思わぬ再会をする。ディブは容疑者として、ショーンは刑事として―。 設定だけでも痛いのに、この3人が皆上手いだけによけいやりきれませんでした。どんどん追い詰められていくディブ。全てが彼に不利に働いてしまう。ジミーに詰問されたディヴの答えが切なかった。「自分にはなかった、自分が過ごすはずだった青春がそこにあった」それは彼の本当の気持ちだったと思います。 ラストは予想を裏切る展開で茫然としました。冒頭の少年期のシーンに重なるように、ジミ―とショーンが道路に並んで、去っていく車から彼らを見ているようにカメラが後ろへ引いていくシーン。「ああここで終わるのか、切ないよねやるせないよね」と思っていたのですが…。 その後でジミ―とジミ―の妻との会話があり、その内容に驚いていると、パレードの場面になり、ジミ―と妻は平然とパレードを見ている様子がうつります。ショーンも別居中だった妻と赤ん坊と一緒で、なんか幸せな家族に見えます。泰然としたジミ―夫妻に比べ、落ち着かない様子のディブの妻が必死で息子に手を振っています。ひどい!なんでこんなラストなの! どうしても納得いかないラストでしたが、一晩寝て考えが変りました。わたしの予想したラストなら、ひどいけどよくある話で終わってしまう。あのパレードの場面でもっと複雑な深い暗い闇をあらわしたのだと。明るいパレードなのにやりきれない思いでいっぱいになります。原作もそのとおりだということですが、こんな救いのない話なんですね。 少年期をかなり長く描いていた「スリーパーズ」に比べて、こちらはすぐに現在の事件になります。構成としてはこちらのほうが好きだし、効果もあると思います。でも「スリーパーズ」が好きな友人は、逆にもっとそちらを長く描いてほしかったそうです。でも後味が悪いという感想は一致しました。 ディブを演じたティム・ロビンスが、ゴールデン・グローブ賞の助演男優賞を受賞したのが何よりの朗報でした。だって映画の中の彼はあまりにも気の毒だったから。『ショーシャンクの空に』といい、わたしは彼の演じる役にかなり入れ込んでしまうようです。ジミ―のショーン・ペンも見事主演男優賞でした。娘の死を知るシーンはすごかった。「スリーパーズ」の看守役だったケビン・ベーコンが今度は刑事役。 |
| 2004/1/22 |
| 『アーノルドのはげしい夏』 J・R・タウンゼント(神宮輝夫訳) 岩波書店、1972年 |
| イギリスのさびれた村に住む少年アーノルドが、自分の生活の中に突然現れた謎の男と激しくぶつかりながら、自分が何者でどういう生き方をするべきかを見つけていく話。謎の男が次第にアーノルドの生活に入り込み、彼の居場所を奪っていく様子が不気味でこわかった。アーノルドの出生の秘密や謎の男の正体など、ミステリー調に展開するのがおもしろく、最後の大波の様子が映画のシーンみたいではらはらしました。町からきた姉弟との交流が、意外とあっさり終わってちょっと拍子抜けしました。結局人は自分の居場所をそんなに変えられないということでしょうか。 冒頭「海、砂、岩、空」とはじまり、最後もやはり「海、砂、岩、そして空」という印象的な言葉で終わります。 |
| 2004/1/22 |
| 『失はれる物語』 乙一 角川書店 2003年 |
| 全6話のうち最終話の「マリアの指」だけが書き下ろしです。あとの作品はスニーカー文庫に収録されていて既読でした。このシリーズでの作者の紹介が「せつなさの達人」でした。 「Calling you」携帯電話を使っているのがうまい。 「失はれる物語」なんてひどい話。昔観た映画「ジョニーは戦場へ行った」を思いだした。 「傷」痛々しくてとてもかなしい。 「手を握る泥棒の物語」これは愉快な話でした。 「しあわせは子猫のかたち」切ないけどほっと暖かい。 「マリアの指」意外にもこれはミステリーでした。 著者のあとがきに、「ライトノベルは業界においてまともな小説として受け入れられていない」とあり、驚くやら納得するやらでした。たしかに人によってはあのイラストに拒否反応がおきるかもしれません。『十二国記』も『デルフィニア戦記』ももっと多くの人の手にとってもらうためには、普通の文庫として刊行する方がいいのでしょう。そういえば荻原規子『西の善き魔女』もハードカバー化されましたが、これについては個人的にはノベルスのままでよかったのではないかと思っています。 |
| はづきメモ>あとがきで作者が「一種の敗北」と述べている、ライトノベルからの再録集。スニーカー3冊のなかから選ぶのなら、なるほどこれらの作品だなというラインナップなのですが、個人的には「傷」をぬかして「華歌」をいれてくれれば、はづき的スニーカー乙一傑作選でした。でも書きおろしは特筆すべき出来というわけではありませんので、いくら装丁がすばらしくても買わないぞー、と自分にいいきかせています。ええ、いくら装丁が気にいっていてもスニーカーぜんぶ持ってるんだし…でも「華歌」はいってたら買ってしまっていたかもしれない、おそるべき蠱惑の装丁。気にいっているのは表紙よりも、むしろ本文の仕様です。 乙一の作風をいろいろと味わえて、はじめて読むひとにもいいのではないか。ホラー要素はぬけているけれど。スニーカー文庫で乙一作品には「せつない系」とか称される分野ができたわけですが、そちらだけを評価して『GOTH』がいやがられたり、逆に『夏と花火と〜』テイストが好きなのに「せつない系」とはなんじゃ、というかたちで読者が二分されてしまったとしたら、もったいないと思います。さまざまに味わえても、本質はどっちもおなじ乙一です。 |
| 2004/1/24 |
| 『イタリアののぞきめがね』 エリナー・ファージョン(石井桃子訳) 岩波書店 1970年 |
| 作者がイタリア旅行した体験をもとにした話。 ブリジェット一家がイタリアに住んでいるときに、イギリスから訪ねていった「わたし」がお話をしたり、パーティをしたりして楽しくすごしたことが書かれています。イタリアの風物や食べ物など実際の楽しい出来事と、それから想像がふくらんだ「お話」とが交互に語られ、両方楽しめるところがいいです。あいかわらずそのお話のおもしろいこと! この作品が翻訳されたときは、まだイタリアの食べ物がこんなに日本に広まってなかったんだなあ、とそのこともとてもおもしろく感じました。 |
| 映画 | 2004/1/25 |
| 「クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア」 マイケル・ライマー監督(DVD) アメリカ 2002年 |
| レスタト役のスチュアート・タウンゼントが当初「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役だったと聞いたので、彼をみたくて借りました。そしてただそれだけの映画でした。 いったいこれは音楽映画ですか?アクション映画ですか? なんとコメントしていいかわからない我々母娘は「あっ、この角度の彼(レスタト)はきれい」とか「女王アカーシャさすがの存在感ねえ」とか「ジェシーが鍵なのよきっと」とか「マリウスかっこいいわ」とか苦しい感想をポツポツ述べ合っていました。 このスチュアート君がなぜ最初アラゴルン役に決まったんだろうと不思議でしたが、特典映像での素顔をみると、映画ほど耽美的美貌でもなく体格もいいので、アラゴルンやってもそれほど違和感なかったかもしれないと思い直しました。でもしゃべってる彼、少し軽いんです。やはりアラゴルンやるにはやや重厚さが足りません。ましてショーン・ビーンのボロミアと並んだら、明らかに貫禄負けしそう。「亡国の王子」という線を狙ったにしても、既にエルフのレゴラスという美しき王子がいるので、これにも競い負け。かくてヴィゴの出番となったのでは、と勝手に想像を膨らませました。スチュアート君ごめんね。 |
| はづきメモ>自分は中学のとき「インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイア」を観て、レスタトのうつくしさにきゃあきゃあとはしゃぎました。俳優がトム・クルーズだということもめずらしくチェックしました。おなじ年「ミッション・インポシブル」を観る機会があり、トム・クルーズってあのレスタトのひとね?とうきうきしながら画面をみつめ、「…?」となった記憶が鮮明でございます。 「うーんと、このひとどう見てもちがうな、えっと、トムってもうひとり有名な俳優さんがいたよね、ああきっとこれはクルーズじゃなくてハンクスのほうなんだわ」とあたまをひねらせて得た解答を修正する機会は、大学はいるまでありませんでした。修正完了したあとも、「レスタトってトム・クルーズじゃなかったんだっけかなあ…」とか記憶の改竄寸前でした。去年に風太と「インタヴュー・ウィズ…」を観ることになり、パッケージをあらためて眺め、これぜったい顔ちがう顔ちがう!とさわぐ自分に、風太はだまって「バニラ・スカイ」DVD表紙のクルーズの頬の一部を、顔がほそくなるよう手でおおいかくしました。…レスタトでした。 そういえばレスタト役の俳優はそのためにダイエットしたって話をあのころきいたなあ…。ついでにルイがブラピであったことにもはじめて気づいた。ところで「クイーン・オブ…」ですが、これはまるきり歌詞で不必要に死だの血だのを強調して反社会的な気になっている音楽的には未熟もいいとこなしょうもないバンドのプロモーションビデオのようでした。 |
| 2004/1/26 |
| 『町かどのジム』 エリノア・ファージョン(松岡享子訳)学研 1965年 |
| デリーの住む町かどのポストのそばには、いつもミカン箱にすわったジムがいました。元船乗りだったジムがデリーに語る冒険談。これがかなりナンセンスなほら話だけど、やっぱりすごくおもしろい。町の人びととジムのやりとりもほのぼのしていてとてもいい。そしてこのジムの暮らしが町の人びとの好意で支えられているということが、この作品をとてもあったかいものにしています。8歳のデリーと80歳のジム。こどもと老人はこの世で一番のパートナーのような気がします。 |
| 映画 | 2004/1/26 |
| 「運命の女」 エイドリアン・ライン監督(DVD) アメリカ 2002年 |
| なんて陳腐な題名だろうと思い、内容もあまり期待していなかったのですが、意外によかった。リチャード・ギアはやっぱり素敵だったし。 よくある三角関係でよくあるサスペンスの味付けがなされるのだろうと思っていたら、そうはならずに終盤夫婦の絆がより深まっていくという、そこが見せ場になっていることが新鮮でした。これはふたりの愛の物語なのでした。 夫を演じたリチャード・ギアの愛人との対面場面は、まさかああいう展開になるとは思わなかったのでびっくりしました。そのきっかけがオルゴール。これ奥さん悪いよ、絶対に。そりゃ夫が「もう耐えられない」と感情を爆発させるのも無理はないと思います。ここの場面のリチャード・ギアはよかった。妻役のダイアン・レインは最初のうち幸せだけど生活にちょっと疲れた感じで、そのうち若い男に惹かれて次第に溺れていく過程をうまくみせていました。そしてとてもきれいでした。オルゴールの中の意外なメッセージをみつける場面では、観ているほうも涙が流れてしまいました。 ラストシーンも余韻があってよかった。特典映像で「もうひとつのラストシーン」があったけど、これでもいいけどやっぱり本編のほうが好き。 でもどう考えてもこの題名は変です。いったい誰が誰の「運命の女」なんでしょう?原題通り「不実な妻」とかでいいじゃないかと思います。 |