| 2004/3/4 |
| 『終わらざりし物語』上下 J・R・R・トールキン(クリストファー・トールキン編 山下なるや訳) 河出書房新社 2003年 |
| トールキンの遺稿集。原題の副題に「ヌーメノールと中つ国に関する未完の物語」とあるように、ほとんどが未完。でも『指輪物語』『シルマリルの物語』本編では詳しく語られていないエピソードや、本編とは内容の異なるおそらくこれから推敲する予定のエピソードがあり、とても興味深い内容でした。 特に上巻の「ガラドリエルとケレボルンの歴史」ではガラドリエルの髪についての記述があり、これを読むと彼女がギムリに髪の毛を与えたことがどれほどすごいことなのかがわかります。ギムリが申し出たときに周りの反応がやたら大げさだと思いましたが、なるほどそれもそのはずです。 また下巻の「イスタリ」では、中つ国に渡ってきた5人のイスタリたちのうち不明だった残りの2人の名前と消息が明らかになり、イスタリの起源についても記されているのがとても嬉しかった。 上巻の大部分を占める「フーリンの子らの物語」は『シルマリルの物語』の中でももっとも悲惨なフーリン一族の話なので、正直読むのがつらかった。このフーリンという名前は『指輪物語』追補編では、ゴンドールの執政の家系の名になっていますが、単に名前が同じだけなのか何か関係はあるのかはわかりません。遠い先祖をたどれば同じ血が入っているのかもしれません。気の毒なボロミアとデネソールの最期を思うとちょっとこのフーリンという名前に,強い思い入れを持ってしまいます。 この作品はもうずっと以前からトールキンの研究をしてきた「トールキン研究会『白の乗り手』」内部で訳されてきた私家版翻訳を元にしているそうです。そして訳者の山下なるやというのは実は一人の人ではなくて、翻訳作業に関わった会員全員を表す名前だそうです。各章の詳細な註釈、参照される『指輪』や『シルマリル』の頁の明示など、この気の遠くなるような作業をなしとげたメンバーの方全員に敬意を表したいと思います。 |
| 2004/3/5 |
| 『ホビットの冒険』 J・R・R・トールキン(瀬田貞二訳) 岩波少年文庫 2000年 |
| 初めて読んだときは図書館から借りた岩波書店の単行本でした。これは岩波少年文庫新版です。内容は変わらないと思います。 その後初めて『指輪物語』を読む前に『ホビットの冒険』も読んでおこうと思い、そのときはためしに原書房の山本史郎訳『ホビット』を読んでみました。資料としてはなかなかおもしろいところがありましたが、なんといってもゴクリの「僕チン」には参りました。やはり「いとしいしと」じゃなくちゃ、と思いました。 やっぱり読むなら瀬田訳につきます。読み始めるとまあおもしろいこと、おもしろいこと。以前もおもしろいとは思いましたが、こんなにおもしろかったのかと感心しました。原書房のが、研究書を読んでいるような気分だったので、以前のおもしろさをすっかり忘れていたのですが、いや本当におもしろい!『指輪物語』はもちろんですが、やはりこの作品もいっしょに楽しむべきだと、あらためて思いました。 そして以前読みとばしていた部分に、ちゃんと『指輪』や『シルマリル』につながる伏線があるのです。少しはつじつまあわせるために書き直しした部分もあるらしいですが、それでもこれだけきちんと世界が構築されていることにいつもながら感心します。冒険を終えたビルボがまともな評判を失って「変わり者」として扱われる、というところでは『指輪』:のフロドのことも考えあわせて少し悲しい気分になりました。ああこういうこともすべて『指輪』につながっていくのだなと。最後のほうで、ガンダルフといっしょにビルボを訪れるドワーフがバーリンなのも、何かしみじみしてしまいます。 懐かしかったのは裂け谷のエルロンド。わたしのエルロンドのイメージはここからきているので、穏やかで優しいエルフのはずが映画では凶悪な顔なので驚きました。たしかに戦乱を経験しているので優しいだけではないはずなんですが、それでもこんなのエルロンドじゃない、と少しがっかりしていました。 ここで映画の話をはさむのも変ですが、映画のラスト近くのエルロンドはいいです。アラゴルンの戴冠式にアルウェンを伴って現れ、アルウェンにささやきアラゴルンの傍へそっと送り出すところ。2人の様子を泣き笑いの表情で見守るところ、花嫁の父ですね。そして灰色港でビルボを迎えるときの、あの慈愛に満ちた微笑、あれこそがわたしのエルロンドなのでした。 |
| 2004/3/ |
| 『いじめ 14歳のMessage』 林慧樹 小学館 1999年 |
| 第18回パレットノベル大賞 審査員特別賞受賞作品。その内容の重さから最終選考会で大議論をまきおこしたという。なるほどこれがパレット文庫ではなく、ハードカバーで出版されたのも納得できます。文章はまだ稚拙だし構成にも粗が目立つけれど、それでも執筆当時主人公と同じ14歳だった著者の、実体験をもとにしたといういじめの内容はリアル感があり、苦しみ悩みついに自殺にまで追い詰められる過程は痛々しくて悲しくてなりません。作品の中ごろで主人公が投身自殺を図る展開には驚かされました。この主人公は結局死んでしまうのですが、意識不明の重態のころから主人公の意識は肉体を離れ、周囲の人々の間をさまよいます。その結果イジメの張本人のクラスメートは大した罪の意識もなく、逆に主人公を本当に愛していた両親や、主人公を励まし続けた友人や、いじめに荷担したことで悩み苦しんでいた友人が、主人公の死により傷ついてしまう事実を知り衝撃をうけます。 この作品の特徴はこの主人公の死後を描いたことにあると思います。一歩間違えばこの主人公は著者自身であったはずです。いじめる側にもいじめられる側にも向けた著者のメッセージが、痛いほど伝わってきました。 巻末の著者の言葉が胸をうちます。 ”イジメで自殺した人のニュースを聞くのは、もう絶対嫌だ。それについて適当にコメントする大人達の言葉を聞くのも、もう嫌だ。もし、いじめている人がいるのだったら、もうやめようよ。そんな事したら相手だけじゃなくて、自分もたくさん傷つくよ。だから、もっとお互いを尊重しあうことを、まず覚えようよ!” |
| 2004/3/ |
| 『約束 大姫・夢がたり』 倉本由布 集英社コバルト文庫 1996年 |
| 源頼朝の娘大姫と木曾義仲の息子義高の悲恋は、けっこう好きな題材だったので期待して読み始めましたが、はずれです。やっぱり永井路子の作品と比べると、どうしても見劣りがする。いやその前にもう文章からしてだめ。それほどひどくはないのだけど、もう若くないわたしにはきつかった。この人といい、藤原眞理といい、題材はいいのにどうしても文章が受け付けない。でもこの作品ですこしでも歴史に興味をもってくれたら、そして他の本へ手をのばすきっかけになってくれれば、そう思って出版されているのでしょうか。そうだと思いたい。そういう役割を担っているのなら、ティーンズ系文庫も存在意義があるのだと思います。 でも須賀しのぶや『ブギ―ポップ』は好きです。結局好みの問題でしょうね。 |
| 2004/3/ |
| 『女神の花嫁 後編』 須賀しのぶ(船戸明里絵) 集英社コバルト文庫 2004年 |
| コバルトで読めるのはもうこの人くらいかな。真堂樹はしょうもないもの書いてるし。でも前田珠子やひかわ玲子は1作読んだだけだけどわりと読めたから、未読の中には宝石があるのかもしれません。しかしもういまさら開拓する元気もないので、当分コバルトはこの人くらい。 ラクリゼとサルベーン、ようやく2人のこれまでの確執が明らかになる。エドもカリエも幼い姿を見せ、なんとバルアンまで登場している。このラクリゼ編を読んだ後、本編を最初から読み直すときっとおもしろいだろうな。次回からまた本編に戻るので楽しみ。 |
| はづきメモ>自分いままで「女」神の花「嫁」ということばの不自然さをぽっくりみのがしていました。これはクナムの子として生まれながらも女であった、「異端」であったラクリゼを示す語だった。ラクリゼとサルベーン(すなおに猿ベーンと変換してくれたぜこのパソ)の関係が軋みだすところから、ギウタの滅亡まで。須賀しのぶはこういう話がほんとにうまいなあ、と思う。キャラクタの「歴史」と物語の「歴史」、どちらもがうまい。どうしようもなくねじ伏せられてしまう、圧倒的な時間のうねりを描くのがうまい。 そんななかで、今回アデルカがひとり笑いを提供してくれていました。彼がラクリゼのためにした「契約」、あのままずっと家族のもとで暮らしていて、ある日いきなりそのときが訪れるんじゃないかと思っていましたが、ここで発動してたとは。それとエドはそういうことでしたか。サルベーンはエジュレナにうっすら懸想してましたか。カリエの養父母の身元は、ラクリゼの現在のカリエへの献身は、そういうことでしたか。とかいうもろもろをぶっとばす威力の持ち主大砲とか火器とか大好きな15歳のマヤル・バルアン。 15歳!15歳!!(落ちつけ。) これっぽっちも直接にはでていないんですけどね、バルアン。ラクリゼの単騎突破シーンも、ひとめぼれシーンだ!と視点をすりかえてにまにま。これのまえにもすでにマヤルの兵と一戦交えていますが。でも惚れたのはここなんじゃないかなあ、とか。んで、このときは騎乗のラクリゼのみが意識にあったんだろうけど、じつはすぐそばに将来のマヤラータが麻袋入りなんだとか。とにかく未来へ繋がる要素のいっさい、読むたびに萌えてしまってしょうがない。これぞ過去篇の醍醐味!15歳マヤル!←しょせん関心のありかはここなのか。流血女神伝はこのつぎはザカール篇ですか。どうあってもバルアンがおっ死んでしまう気がしまくるんですけれど、たのしみに待っております。 |
| 2004/3/ |
| 『文体練習』 レーモン・クノー(朝比奈弘治訳) 朝日出版社 1996年 |
| 八方美人男さまが書評していらっしゃるのを読んで、興味をもち図書館にリクエストしました。 こんなとんでもないものを書いた著者も著者ですが、いやあほんとにこれを訳した訳者には感服しました。どう考えても文章になってないのや、暗号じみた文章まであり、さすが99通りは半端ではない。そのなかでもいんちき関西弁や枕草子を使ったものなど、訳者の工夫が随所に見られ、楽しい。でもこれ誰が読むんだろうと思っていたら訳者のあとがきに「フランス語を学ぶ外国人のための教科書として使われることもある」とあって、へえ〜とこれまた感心してしてしまいました。 |
| 2004/3/ |
| 『家守綺譚』 梨木香歩 新潮社 2004年 |
| 読んだのは2月だったのに、映画「王の帰還」にかまけていて、すっかり感想書くのを忘れていました。 死んだ親友の家の留守番として住むことになった私。その家では掛け軸の中から親友が現れたり、庭のサリスベリの木に惚れられたり、不思議なことがつぎつぎ起こる―。 同じく2月に放送されたNHKラジオのインタビュー番組で、著者が「この世とあの世のあわいに立つ家」と言ってました。ちょっと今市子の漫画『百鬼夜行抄』に雰囲気が似ています。男性の一人称は著者の作品としては珍しい(というよりはじめてか)ので、最初少し違和感がありました。でも不思議なちょっと怖いこの雰囲気は好きです。いとも簡単に怪異現象を受け入れてしまう主人公も、隣の主婦もただものではない、と思います。 |
| はづきメモ>梨木さんの男性一人称をはじめて読んだ(『からくりからくさ』で神崎の書いた手紙があったけど)。それだけが理由ではなく、いままでの著作とすこし趣きが異なった印象。というよりも、彼岸と此岸の境界のあいまいさを特化したかんじか。たいへん好みのところではあるのだけど、この種の傾向に関しては漫画(↑のやつ)でわりと充足していたので、梨木作品の新作を読んでいるというのに新鮮さがなかった。特に起承転結をつけない話のせいもある。そしてそこも好みだ。 と、はじめの印象は「せっかくの新作なのに、この傾向としては目新しさがない」だったのだけれど、そこは梨木さんで読めば読むほど胸にしんしん沈んでくるものがあって、ああ、と思う。「異世界とのほのぼの交流」などではなく、たとえば高堂はむこうがわに惹かれたあげく自分からボーダーをこえてしまった(=こちらがわの概念でくくれば「自殺」した)趣きがあるし、ほかにもサルスベリの根元に魚の臓物を埋めてやるだとか、ちょっとぎくりとするような生臭さが、また恐くていい。 |
| 絵本 | 2004/3/10 |
| 『ワニ』 梨木香歩(出久根育絵) 理論社 2004年 |
| 『ペンキや』につづく梨木さんと出久根さんコンビの絵本。 「ジャングルの憂鬱 草原の無関心」という副題がすべてを語っているよう。これはもうなにやら哲学的ですらあります。うっそうと繁るジャングル。そこで営まれる生。ラストの衝撃。この話はもうこの絵でなくてはならない。 |
| はづきメモ>やられた。 生きてある、死んでいく、ということの、なんという凄絶さ。出久根さんのもったりした画風、「ジャングル」「草原」の豊かで深い色彩、どれをとっても鳥肌ものである。それなりに生きてきてそれなりに鈍ってきた人が読むのにふさわしいです。そしてまだいとけない、やわらかい心を持った子どもの手のとどかないところに保管しましょう。 |
| 2004/3/ |
| 『新版 指輪物語』全7巻 J・R・R・トールキン(瀬田貞二・田中明子訳) 評論社 1992年 |
| 2年ぶりの再読。最初は新版で2度目は旧版で読み、今回が3回目。 しかし2年前に2回も読んだのに、もうずいぶん忘れていて焦りました。そして記憶の空白にしのびよってしっかり根をおろしているのが映画です。やはり映像の印象は強く、それに引きずられないようにするためにも、定期的に読み直す必要がありそうです。 今回気がついたのは、映画の台詞がかなり正確に原作からとられていたことです。映画での効果をあげるため使われる場面や使う人を変えてはいますが、そこを発見するたび感心して唸っていました。脚本は本当に原作を読み込んだ人が、練りに練って作り上げたのだということがよく分かりました。 当然ですが映画では描ききれなかった部分も多く、原作の距離感があまり映画では出ていませんでした。原作は丁寧に丁寧にフロドたちの旅の過程を描いています。何日も何日もかかって通り過ぎるところを映画は一瞬で通ってしまいます。時間の制約のある映画ではそれは仕方ないことでしょう。逆に原作ではあっさり描かれている戦闘場面などは、映画では見せ所なので派手に描かれています。そういうところやはり原作のほうが深みがあると思います。 ただ映画ではどうやらサムは西方には行かないという描き方なので、追補編がある原作より、映画のラストのほうが悲しい気持ちになりました。 映画は本当に素晴らしかった。でもやはり原作が好きです。この精緻に築き上げられた世界が大好きです。 参照 2002/1/8 2002/3/16 |
| 2004/3/ |
| 『指輪物語 フロドの旅』「旅の仲間」のたどった道 バーバラ・ストレイチー(伊藤盡訳) 評論社 2003年 |
| 『指輪物語』の詳細な記述を元に、正確な地図とそこにフロドたちのたどった道筋を日付入りで挿入した、大変な労作です。各ページに月齢までのっています。著者は地図の専門家ではないのに、原作を読み込んでこの詳細な地図を書き上げました。こういうものを作リ出す気を起こさせるところが、またこの原作のすごいところだと思います。訳者により各ページに原作の解説がついているので、地図をみながら話のあらすじが理解できてとても便利です。 |
| 2004/3/ |
| 『「中つ国」歴史地図』トールキン世界のすべて カイン・ウィン・フォンスタッド(琴屋草訳) 評論社 2002年 |
| 時代別、地域別、各作品別、主題別、と大まかに分かれ、トールキンの描いた世界を全て網羅してある、とにかくものすごい地図です。特に「シルマリル」時代の地図があるのが嬉しい。 ミナス・ティリス、エドラス、ヘルム峡谷…映画はこの地図を参考にしたんだな、と納得します。 原作を読んだだけではイメージしにくかったそれぞれの場所が、この地図を見ているとものすごくよくわかります。眺めているだけでうれしくなってくる本です。 |