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絵本 2004/4
『プンク マインチャ』 こどものとも傑作集
秋野亥左牟(絵)大塚勇三(再話) 福音館 1992年
ネパールの民話です。
プンクマインチャはお母さんが小さい頃亡くなって、継母につらくあたられ暮らしています。そんなプンクをやさしく慰め食べ物をくれていたのは、狐と山羊のふたつの頭をもつ不思議な山羊ドーン・チョーレチャでした。でもいじわるな継母はその山羊を食べてしまいます。悲しむプンクは山羊が前もって言いつけていたとおり山羊の骨を木の下に埋めました。そこへおにが現れてプンクはさらわれますが、ねずみの助けを借りて宝物をいっぱいもって帰ります。それを羨んだ継母は自分の娘にもプンクと同じことをさせようとするのですがー。

『狐山羊』という民話がもとになっているらしいのですが、残酷すぎる部分など少し言い方をかえてあります。昔話によくある展開ですが、絵でもわかるようにちょっと珍しい不思議な雰囲気をもっています。秋野亥左牟さんは母親の秋野不矩さんといっしょに、インド、ネパールに滞在していた経験があるそうで、絵にもその雰囲気がよくあらわれています。素朴な力強さが感じられる絵本です。

10年以上前にネパールに滞在していたことがあるのですが、こういう昔話を聞く機会がなかったことが悔やまれます。





絵本 2004/4
『かぐやひめ』 復刊・日本の名作絵本2
秋野不矩(絵)円地文子(文) 岩崎書店 2002年
1967年発行の絵本の復刊です。
絵といい文といい一流の作者による贅沢な絵本のシリーズ。
『プンクマインチャ』の秋野亥左牟さんの母親である秋野不矩さんの絵本も読みたくなって図書館で見つけました。
おなじみのストーリーですが、まるで平安時代の絵巻物をみているような美しい絵本です。
こどもたちにこそ本当に美しいもの、すぐれたものを読ませたいという熱意が感じられます。





絵本 2004/4
『九月姫とウグイス』岩波の子どもの本
武井武雄(絵)サマセット・モーム(文)光吉夏弥(訳) 岩波書店 1954年
武井武雄さんのことをバーバままさまのサイトで知り、あらためて手にとりました。
表紙のお姫さまの絵がとても印象的。黄色と赤の色使い、お姫様の砂時計のようなシルエット、一度見たら忘れられません。お話の舞台がタイということで、この絵がよく合っています。カラーページと白黒ページが交互にあって、それぞれ趣があっておもしろい。お話がモーム作だということも驚きです。





絵本 2004/4
『武井武雄絵本美術館』
フレーベル館、1998年〜
武井武雄の絵本をもっと読みたくなって図書館を探して見つけました。
武井さんの作品は1975年ライプチヒの「世界で最も美しい本」賞グランプリをとっているということですが、これらの絵本もとても美しい絵本です。本文や表紙だけでなく、裏表紙、見返し、タイトルページ、どこをとっても丁寧にお話に合ったカットが描かれていて、ため息がでてきます。絵本というより画集のよう、ほんとうに美術館という呼び名がふさわしい。手元におきたくなりました。

『にしきのむら』 山本和夫・文 1998年
『きりたおされたき』 吉田弦二郎・原作 宮脇紀雄・再話 1998年
『ぬけだしたジョーカー』 こわせたまみ・作 1998年
『うらしまたろう』 槇皓志・文 2001年





2004/4
『武井武雄絵 思い出の名作絵本』
河出書房新社 2001年
これは絵本そのものではなく、武井武雄の作品の紹介です。でもカラーページでみるその多彩な作品の数々には見とれてしまいます。
この人の作品と気づかずずいぶんお世話になっていたんだなあと、今になってわかりました。
絵本だけでなく、玩具や版画や刊本作品(素材や文字、装丁、印刷までこだわった本)も手がけていてそのどれもが素晴らしい。

イルフ童画館―いつかは行ってみたいところになりました。





2004/4
『黄昏の百合の骨』
恩田陸 講談社 2004年
『麦の海に沈む果実』の理瀬の後日談。短編『睡蓮』で理瀬が過ごした祖母の家が舞台になっています。
祖母亡きあと遺言により久しぶりにその屋敷に住むことになった理瀬。家には正反対の気質の叔母たちが暮らしていて、家は近所から「魔女の館」と呼ばれているらしい。理瀬は屋敷の秘密を探し当てられるかー。
前作で自分の進むべき道を自覚した理瀬ですが、やはりまだまだ甘い。彼女が「悪の大輪の華」を咲かせるようになるまで、この物語は続くのでしょうか。理瀬の述懐「悪は全ての源 善など悪の上澄みにすぎない」という考えは、まあ一面の真理ではあるのでしょう。
相変わらず雰囲気作りは上手いけど、どうも屋敷の謎がありきたりのような気がするし、叔母の行動も唐突過ぎるようで、ちょっと拍子ぬけしました。やっぱり舞台が学園だった『麦〜』のほうがおもしろかった。
はづきメモ>こういう題名をつけられるという点で、やはり恩田陸はすごいのだと思う。『麦〜』の続きだと思って読むせいもあるけれど、空が青く太陽のひかりが白い世界を書いていても、どこかあの濃密な闇の気配がしている。母は『麦〜』ほどじゃないという評価だけれど、自分はおなじくらいにおもしろかった(おなじくらいにおもしろくなかった、という表現もできてしまう恩田陸。まあ、こんなもんでしょう、というか)。
しかし「同性愛者(レズビアン)か」という認識につづく理瀬の思考回路がおもしろいんですが。「なるほど男に容赦がない」って……じゃあヘテロセクシャルは同性に容赦ないのかなーそうなのかなー。目の前に見ず知らずの他人が男女ひとりづついて、自分が生殺与奪を握っていて、一方しか助けられないっていわれたら、「自分と同種」の女のひとを助けちゃうけどなー。それはそれとして、意外に未熟さを露呈していた理瀬、ファイト。





2004/4
『紺極まる』
長野まゆみ 大和書房 2003年
ひさしぶりの長野さん、心地よい読後感。やっぱり好きな作家のひとりです。
『千年王子』『猫道楽』の時はどうなることかと思ってたら、これくらいならまあ許容範囲。
はづきがしきりに嘆いていた「バイでリパーシブル」発言もすらっと読めました。
はづきメモ>「紺碧」「紺一点」シリーズの続篇がついにでた、と思ったらなんで大和書房から…いやそれよりも、極まっちゃいましたよ。そして中身はタイトル以上に極まってました。

バイでリバーシブルなんだけど。

バイでリバーシブルなんだけど。

バイでリバーシブルなんだけど。

長野まゆみにいったいなにが起きたんですか。
ほんとにこれ長野まゆみが書いた文章ですか。
てかリバーシブルって腐女子御用達の用語じゃないんですか
↑の真偽はともかくとして、自分としては真木ってほんとにそうだったんだ…ってほうが問題だったんですけど。あからさまに男同士の恋愛をあつかうのは「白昼堂々」シリーズだけでいいんだけどな…。どうもタガが外れたみたいですね。しめなおせ! 『千年王子』とか、ああゆう世界ではいくらでもきわどいもの書いていいからさ! せっかくこないだ『ユーモレスク』とか上梓したんだから、もっとああいうテイストのものをね! たのみます。ええ。心から。





2004/4
『博士の愛した数式』
小川洋子 新潮社 2003年
ほうぼうで絶賛されていて、友人からも強力に薦められたので思い切って購入。
読んでよかった。なんてしずかで美しくかなしい話。そうとしかいえません。

博士が毎日毎日自分の記憶が80分しかもたないことを、否応なく確認し続けなければならないこと。40代の若き才能にあふれた学者のはずなのに、毎朝目覚めたとき鏡に映る老人が自分だということを認めなくてはならない。その残酷さ。その絶望。そんななかでも幼いものに限りない愛情をそそぐ優しさを失わない。博士の存在そのものが奇跡に思えます。
素数、友愛数、完全数―数字がこんなにも美しいものだなんて。
そして阪神ファン村山ファンのわたしにとって、嬉しいシーンの数々。
博士と作者にありがとうと言いたい。

この博士と似た症状を以前「脳と心」というテレビ番組で見たことがあります。
やはり将来有望な学者(たぶん)だった青年は、ある日倒れるかどうかして脳の記憶をつかさどる部分に損傷をうけ、以来新しいことを記憶できなくなりました。青年は歩く時も携帯テープレコーダーを肌身離さず、ひっきりなしに今の自分の行動を録音しています。そうして記録をとっておかないと自分が何をしたか忘れてしまうからです。家の台所にはメモがあちこちにはってあります。料理をしながら手順を確認しないと、どこまで調理したかわからなくなるからです。インタビューに答えていた青年がしばらく絶句したのち「さっきの質問なんでしたっけ?」と途方にくれたように取材する人にむかって尋ねるところで映像が終わっていました。そのときの彼のきょとんとした顔が今も忘れられません。
この作品のあらすじを読んだときすぐこの青年のことを思い出しました。彼の場合は博士と違って積極的に外にも出ています。その後彼がどのような生活を送っているのか気になります。
はづきメモ>ほんとうは数学をはじめとするいわゆる「理系」の分野って、文学的なんだなあと森博嗣を知ってから思っていたのだけれど、これはそれを実証している。登場人物のだれにも固有名詞はあたえられていない。ひたすら透明な結晶のような、きれいなきれいな愛情の話。






2004/4
『続あしながおじさん』
ウェブスター(北川悌二訳)偕成社文庫 1985年
「『あしながおじさん』は『続』のほうがおもしろい!」という話をきいていたので、いつかは読みたいと思っていた作品です。
前作よりおもしろい、というほどではありませんが、たしかにおもしろかったです。前作の主人公ジュディの親友サリーが、ジュディに頼まれジュディの出身孤児院の院長として赴任し、懸命に孤児院を良くしようと奮闘する話です。書かれた時代が20世紀はじめということで、今とは社会情勢が違うこともあり疑問に思う部分もありますが、孤児院の改革に情熱をそそぐサリーの姿はとても好ましい。
岩波少年文庫版 2004/9/10





漫画 2004/4
『ダーリンは外国人』1、2
小栗左多里 メディアファクトリー 2002年 2004年
外国人の夫トニーと暮らしている著者のエッセイ漫画。異文化コミュニケーション、バンザイ。ほのぼの笑えます。やっぱりトニーの人柄のせいでしょう。
一番うけたのは2にある<トニーの名言> 「抜かれるなら度肝がいいよね」でした。





漫画 2004/4
『バジリスク 甲賀忍法帖4』
せがわまさき 山田風太郎原作 講談社 2004年
はづきが友人から借りてきていた漫画。あの山田風太郎の原作の漫画化ときいて驚きました。4巻なんて中途半端だから読むのはやめようと思っていましたが、結局読んでしまいました。途中からなので登場人物とか話の筋とかがまるで理解できていなかったのですが、それでもこれがものすごくおもしろかったのです。さすが山田風太郎原作です。
ありえないような忍術でたたかう伊賀甲賀の忍者たち。忍術、忍法というよりほとんど超能力か特異体質じゃないか?と思うほど荒唐無稽。そしてなんとももったいことに次々とあっさり死んでいく。これだけの技(?)を繰り出すなら、少年漫画ならこの5倍くらい(はづきによると10倍)時間かけてるんじゃないかと思います。 一番驚いたのが天膳です。あんな復活の仕方あり?
どこまで原作に忠実なのか原作読んでいないのでわかりませんが、エグい描写のわりには不思議と嫌悪感がないところ、かなり山田風太郎の世界そのままではないかと思います。これは作者の画力が優れているということもあるのでしょう。





漫画 2004/4
『ジョジョの奇妙な冒険』20、21巻 
荒木飛呂彦 集英社文庫 2004年
第4部『ダイヤモンドは砕けない」編の3、4巻。
いよいよ『ジョジョ』と初めて出会ったころのエピソードが出てきました。その記念すべき「ジョジョ初体験」は「やばいもの拾ったッス」の巻、透明の赤ん坊の話です。
最初は「なんて変な話だろう」と思っていましたが、それがこれほど気になる作品になるとは。なんと言われようと「ジャンプ」はこの作品がなければおもしろさ半減です。早く「スティール・ボール・ラン」再開してほしい。
この杜王町の話は、単なるバトルだけでなく、息抜きになるようなちょっとした日常生活が(スタンドがらみだけど)描かれていて、わたしやはづきは気に入っています。それにしても岸辺露伴が初登場時はあんな悪役だったなんて意外でした。





映画 2004/4
「ダイヤルM」 
アンドリュー・デイビス監督(ビデオ) アメリカ 1998年
ヴィゴがでている―ただそれだけのために観た映画。
もともとわたしは映画「ロード・オブ・ザ・リング」での野伏の馳夫さん(決して王様アラゴルンではない)が好きなのであって、ヴィゴ本人が好きなわけではない、と言い続けてきました。それが初主演映画「オーシャン・オブ・ファイヤー」のプロモーションのために来日したヴィゴの記者会見の様子をみて、素顔のヴィゴを初めてかっこいいと思いました。柄にもなくときめいてしまったのです。ほんとにあのトシであんなに可愛くていいのか。それ以来無性に彼の出ている以前の映画を観たくなって、とりあえず図書館にあるものを借りてきました。

昔の映画『ダイヤルMをまわせ』のリメイク版のこの作品、ヴィゴはヒロインの愛人の画家。どうも最初はしょうもない男に見えて(事実しょうもない男ですが)こんなヴィゴ見ていたくないのでやめようかと思ったほど。でもときどききれいにみえるときがあって、我慢してずるずる見ていました。以下ネタバレあり。

ヒロインの夫から過去をネタに妻殺しを持ちかけられたヴィゴは、あっさり承知する。ここまではほんとしょうもない男だったんですが、殺害予定の日に彼女に昼食をすっぽかされ彼女が夫と会ってるところを見てからの、ヴィゴの演技が見応えありました。それまで完全に金目当てで近づいていて、夫から妻殺しをもちかけられてもあっさり引き受けたのに、そのとき初めて彼女に本気で惚れていた自分に気がついた。そういう男の乱れた心をうまくあらわしていました。これはヴィゴが自分でも絵を描く(この画家のアトリエの作品も全てヴィゴ自身の作品らしい)ことが、うまく心理描写に使われていたと思います。ヴィゴが一番きれいにみえたのは、彼女が殺されたと思いこんで彼女を思って泣く場面。(泣くくらいなら断わればいいのに、ほんとしょうもない男)その後今度は逆の立場になり夫をゆすり出してからのヴィゴは、小悪党ぶりを憎らしく出していました。ただそこにチラっと本音というか彼女を思う心をのぞかせ、しようもない男なりの純情を感じさせてくれました。
この作品自体は、サスペンスとしても三角関係の愛憎劇としても、たいした出来ではないと思います。ヴィゴ以外わたしにとって見所のない映画でした。同じ三角関係なら『運命の女』のほうがおもしろかった。そしてヴィゴにひとこといいたい。あの髪型は似合わない。





映画 2004/4
「G.I.ジェーン」 
リドリー・スコット監督(ビデオ) アメリカ 1997年
これもヴィゴ見たさに借りてきたビデオ。
よく知られたストーリーですが、まさかデミ・ムーアをしごく上官がヴィゴだとは思いませんでした。だってまるで別人です。髪型も短く時に短パン姿のヴィゴは、筋肉質の精悍な軍人そのものでした。あのぼそぼそしたしゃべり方もここではシャキっとしてます。そしてただの筋肉マンではない、エリオット詩集などを愛読するインテリです。いい役です。こういう短い髪のほうが清潔感があって似合うのかもしれません。わたしの胸をときめかせた記者会見のときも短かったし。

時期的には『ダイヤルM』とそれほどかわらないはずなのに、なんでこれほど違う印象なのか。ヴィゴがそれだけ役になりきっているためでしょうが、逆にそれがヴィゴがここまでメジャーに縁遠かった理由なのかもしれません。作品によってガラリと違う役になりきれる。でもそのせいでヴィゴ本人の印象が残らないのではないか。もともと絵とか詩とか自分を表現する手段を他にもっているせいで、あまり役者としてハングリーになれなかったのかな、とも思います。まあこれも勝手な推測です。
でもヴィゴをアラゴルン役に抜擢した人は、ほんと見る目があったと思います。アラゴルンの髪型にして野伏の衣装を着けたヴィゴをみて、本人はもとよりまわりにいた人たちも驚いたんじゃなかろうか。あまりにピッタリはまってて。





2004/4
『百まいのきもの』 岩波の子どもの本
エリノア・エスティーズ(石井桃子訳)ルイス・スロボドキン(絵) 岩波書店 1954年
ワンダ・ペトロンスキーが学校へ来なくなった。かわった名前、貧しい家、そしていつも同じ着古した青いきものを着ているのに「百まいきものをもっている」と言ってしまったことから、みんなのからかいのまとになってしまったワンダ。ワンダをからかっていた一人であるマディーは、それがはじまった日のことから思い出していきますー。

いじめる側、いじめられる側両方の心理が、発端から反省まで丁寧に描かれています。「百まいのきもの」と言ってしまったワンダの気持ちも、優しい子なのにいじめに加わってしまったマティーの気持ちも、どちらもとてもよくわかります。ちょっとしたことでいじめがはじまってしまう怖さ。無意識のうちに自分達とはちがったものを排斥しようとする気持ち、そのことが結局はいじめにつながっていくのだということ。とても大切なことがこのちいさな作品には語られています。昨今の陰湿なイジメの話とは違って、かなしいけれどほっとするとても優しいお話です。





漫画 2004/4
『石の花』全5巻 
坂口尚 講談社漫画文庫 1996年
5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字をもつ国家ユーゴスラビア。1941年のナチスドイツのユーゴ侵攻から第2次大戦終結までのユーゴを、パルチザンの少年クリロを中心に描いた作品。
ユーゴのことはボスニア内戦のころから気になってはいました。でもこの国がこれほど複雑で悲惨な歴史を持っていたとは知りませんでした。自分の無知をまたもや思い知らされました。人間はなぜ憎みあうのか。正義とは。平和とは。深く考えさせられる作品でした。そしてこれほどの犠牲を払ったのに、終戦から時を経てまたもや内戦が起こったこと、ユーゴだけでなく世界各地で今も民族紛争が続いていることを思うと、やりきれない気持ちになってきます。





2004/4
『天の瞳 あすなろ編U』
灰谷健次郎 角川書店 2004年
おふみばあさんが亡くなったことでシュウちゃんの今後の身の振り方について倫太郎たちは話し合う。「施設」でなくシュウちゃんとみんなが共に学び生活していける「学校」という考え方で探そうとする倫太郎たちは、庵心籐子の知り合いの社会福祉法人を見学する。

倫太郎たちの成長を楽しみに読みながら、自分の生き方を問い直されている気になります。自分は倫太郎たちに信頼される大人だろうかと、反省させられます。
長く続いているので、最初のほうの話をかなり忘れてしまっています。文庫で『あすなろ編T』まで買ってあるので、いつか読み直したいと思っています。





2004/4
『農夫ジャイルズの冒険―トールキン小品集
吉田新一・猪熊葉子・早乙女忠(訳)ポーリン・ダイアナ・ベインズ(さし絵) 評論社 2002年
「農夫ジャイルズの冒険」(吉田新一訳)
ハム村の農夫ジャイルズが思いがけず巨人や龍をやっつけて、最後には王になるという冒険物語。『ホビットの冒険』を思わせるテンポのいい楽しいお話。

「星をのんだかじや」(猪熊葉子訳)
村の祭りのケーキに入っていた妖精の星をのんだ少年は、かじやとなり美しい作品を作り出す。美しいファンタジー。

「ニグルの木の葉」(猪熊葉子訳)
画家のニグルは大きな「木」の絵を完成させようと頑張るが、いつも邪魔が入りとうとう完成しないうちに「旅」にでることになる。―寓話的な話ですが少し難しかった。

「トム・ボンバディルの冒険」(早乙女忠訳)
『指輪物語』に登場するトム・ボンバディルが好きで、彼のことをもっと知りたくてこの本を読み始めたのですが、実はこれはお話ではなくトムのことも含めた『指輪物語』に関連する15の詩を集めた作品でした。この中にブリー村踊る子馬亭でフロドがとっさに歌った「牝牛が月を飛び越した」という詩も入っています。訳者がちがうので雰囲気も少しちがいます。まえがきの部分がトールキンらしくて楽しい。


以前『トールキン小品集』として出版されていたものですが、装幀とタイトルが変わりました。巻末に訳者による各作品の解説があります。それを読むとそれぞれの作品がより深くわかります。でもちょっと難しいと感じました。
この作品のさし絵は本当に素晴らしい。お話にぴったりで絵を見るだけでも楽しくなってきます。





2004/4/21
『語り女たち』
北村薫 新潮社 2004年
ちょっと怖い話、切ない話、優しい話等など17話おさめられています。
どれもいいのですが、『夏の日々』に涙し、『水虎』にクスっと笑わされ、『あむばるわりあ』で胸がきゅんとなりました。
北村さんが帯に書いていますが、物語の原点は語るということにあり、この作品は女性たちの「語る」話をひとりの男性が聞くという形になっています。この男性がまあ高等遊民というかいいご身分で、本を読むのにあきてじかに語る話をききたいと思ったことが、物語の発端。本来物語は語るもの、そして語り手は圧倒的に女が多いとのこと。なるほどと思わされます。
かなり装丁に凝ったつくりで、そちらも楽しみな本です。
一人暮らしの男性のもとに語るために訪れる女という設定が、少し梨木香歩『家守綺譚』に似ているように感じました。語られる話が少し不思議な要素があることが、『家守』の一人で家にいる男性に次々と不思議が訪れる話と通じるような気がします。実は『家守綺譚』を読んだときもどこか北村さんに似ているなと感じました。どちらも好きな作家なので、そう思ってしまったのかもしれません。
はづきメモ>「さんずい」に「鳥」の字の話が、以前どこかの掲示板で話題になっていたのを読み終えてから思い出した。読んでる最中は強烈な既視感(この単語がどうして一発変換できないのだ?)に「おかしーなーこれ単行本になってからはじめて読んでるはずなのになー」とふわふわ不可思議な気分を味わえたので、ちょっと得した気分だ。こういう起承転結のないこまかな話のつめあわせというのは、おまけにそれが北村さんの筆致で語られる極上の物語とくれば、このうえないぜいたくな一冊である。うっとりしながらページをくくる。ときどきぞくりとくるので、酩酊してばかりもいられないのだけれど。そこがまた快感である。





映画 2004/4/27
「オーシャン・オブ・ファイアー」
ジョー・ジョンストン監督(映画館) 2004年
案の定すいてました。予想通りですがやっぱり淋しい。
思っていたよりはおもしろかったのですが、やっぱり手放しでおもしろいとは言い難いです。

主役はヴィゴというより馬のヒダルゴ(原題)です。とにかくかわいい♪馬があんなに演技ができるとは知りませんでした。友人はCGじゃないかと疑ってましたが、本物らしいです。
ヴィゴは馳夫さん以上に汚れっぱなし。最後にきれいな格好になるのですが、これも案の定似合わない。つくづく汚れた姿の似合う男です。そしてここでも歌う…。エルフ語ならぬネイティブアメリカンの言葉で。ここらへんは余計だと感じてしまいました。
砂漠の自然は素晴らしかったし、お馬さんはかわいいし、ヴィゴはまあかっこいい。だからそれなりにおもしろかったんですが…。
この映画単なる冒険アドベンチャーではないんですが、いっそそれに徹したほうがまとまったんじゃないかと思います。砂漠とアメリカの大地、純血種と混血、アラブ文明と西洋文明、いろいろ対比させて描きたかったらしいけど、ちょっと印象が分散したのが残念です。
最初の方のフランクが「ラストサムライ」のオールグレン(トム・クルーズ)にかぶってました。
懐かしのオマー・シャリフがさすがの貫禄。





映画 2004/4/27
「KILL BILL」
クエンティン・タランティーノ監督(DVD) 2003年
はづきがDVDレンタルしてきて、夜に観ました。
うわ〜すごい!!!なんてモノつくるんだ、タランティーノ!!おもしろいよ――!!と、「ヒダルゴ」なんてどっかへ行っちゃいました。
まず音楽がとてもよかった。最初にあの歌「バンバン」にやられちゃって、もうそれからは画面くぎづけ。
それから一番ウケたのはやっぱり「青葉屋」。
料亭なのかディスコなのかわからん場所で、 女将なのかホステスなのかツアコンなのかわからん女性がいて(風祭ゆきなんですね、なつかしい) 障子あけたら異世界で、(時空をこえたかエスパーオーレン・イシイ) なぜか日本語の応酬で、とどめは梶芽衣子の歌。
本来スプラッタは苦手なんですが、 これはあまりにあっけらかんとしているので大丈夫でした。 映像も音楽もいい。最後の「恨み節」なんて昔好きな歌だったので、思わずこぶしまわしながらいっしょに歌っちゃいました。原作「さそり」もちょっと読んでました。
これはもう早く続きが観たい!

DVDとサントラも購入。毎日のように観るはづきにつきあい、あげくの果てにヤクザ組長会での、オーレン・イシイの啖呵とソフィの同時通訳ごっこまで二人でやりだす始末。もう誰もとめられない。
そしてサントラ聞いてびっくり。青葉屋のオーレン・イシイとの一騎打ちの音楽は「悲しき願い」でした。はづきと車で買い物に行くときの音楽にこれを聞いています。
タランティーノは初めてでしたが、自分でもどうしてこんなに受けるのかよくわからないんですが、音楽のよさと元ネタ知らなくても十分楽しめるハチャメチャさが楽しかったからでしょうか。 監督自身がものすごく楽しんで作ったのが伝わってきます。
はづきメモ>なんだこの映画、おもしろすぎる。まさか「王の帰還」VHS(US版)待ちのあいだ、これで生きていけるとは思わなかった。
まじめな話、もっとかわいた失笑とともに観賞することになるとばかり思っていた「キルビル」ですが、終わってみればごくまっとうに感心し、ごくまっとうに大笑いした113分。サントラを聴いてから本篇を観るとまた、つくづく挿入曲セレクトの妙にうなります。なるほどこれが世界に絶賛される、タランティーノのセンスのよさか。たしかに2次創作になによりも必要なものはセンスだよ。
場面と曲の組みあわせもすばらしいのですが、それにもまして巧いのはその曲をぶったぎるタイミングかと。おおお!とこっちが曲にのってきたところで、あああもっと聴きたいもったいねえ!と思わせるタイミングで、「はいおしまい」と断ってしまう。「どこで止めるか」というのはあらゆる事象において重要なポイントで、キルビルは視覚的には悪趣味にずびずばーっとやりまくりですが、曲の使いかた切りかたはいさぎよくストイックでさえあります。
なんでこんなに誉めてんだあたし。





2004/4/28
『炎の蜃気楼40 千億の夜をこえて』
桑原水菜 集英社コバルト文庫 2004年
ついに最終巻。感無量。予想していたとはいえ高耶さんの死の場面では涙がでました。直江は絶対いっしょに死ぬ気だと思ってましたが、こういうかたちの最上もあるんだな。それもやっぱり愛。
はづきメモ>懺悔の値打ちもないけれどさきにあやまっておきます。これ読んだその日の晩に↑キルビル観ちゃいました。ブライドが障子スパーン!ってやった瞬間「時空縫合……!」と母娘でハモっていました。

前巻ラストから、とてもおだやかな気持ちでこの最終巻を待っていました。まさかこんなにすなおにラストを受けいれられる心境になるとは、38巻段階では思ってもみなかった。この物語を育ててきた作者の力量に、あらためて感服します。覚悟していたこととはいえ、当然ぼろぼろ泣いたのですが、じつはこの最終巻読んでから読む37巻冒頭がいちばん泣けるかもしれません……ていうか泣ける。なんて思いなんだろう。



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