| 2005/5/2 |
| 『マツの木の王子』 キャロル・ジェイムズ(猪熊葉子訳) フェリシモ出版 1999年 |
| 30年以上前に出版され絶版だった本の復刊。美しい話。装丁もとても美しい。 |
| 2005/5/2 |
| 『れんげ野原のまんなかで』 森谷明子 東京創元社(ミステリ・フロンティアシリーズ) 2005年 |
| これはもう図書館員必読書。なんてうらやましい理想の図書館。こんな図書館で働きたい!ミステリーとしての要素はあまり濃くないけど(というよりあまり出来はよくない?)図書館の話にはいちいちうなずいて読んでいた。人口8万の市に分館があり、そこに専任司書が3人(しかもなんというレベルの高さ!)もいて、全てまかされてるなんて、ああうらやましい。その他洋書絵本100冊。(うちの館は30〜40冊)毎朝開館前にきちんと書架整頓できる時間がとれる…等々ため息がでる。それに比べ開館時に前日の返却本さえまだ書架におさまってない現状…ああ。 ちょっとヘンだなと思うところは、利用者のことをお客様と呼んだり(うちでは呼び出しのときや直接話しかけるとき以外は、職員同士では利用者と呼ぶ)市内在住でなくても広域利用や在勤在学も利用できるはずなのにとか、雑誌や視聴覚資料は置いてないのかとか。でもこれはいってみれば理想の図書館なんだな。そう考えれば納得できる。 目録規則や分類法を勉強していたときは、わたしもしょっちゅう「これは分類番号では〜」と考えていたっけな。懐かしくなって久しぶりに「日本十進分類法」を取り出してきたりした。主人公がノートンやサトクリフが好きなのも親近感がもてる。そうそう、好きな作品のある書架は、素通りできないんだよね。作品中であげられた本はたいていわかったけど、能勢夫人が探していた本がわからない。なんとか見つけ出したい。 |
| 映画 | 2005/5/2 |
| 「ドーベルマン」 ヤン・クーネン監督(ビデオ) 1998年 |
| なんというかちょっと観ていてきつかった。みんな強烈な奴ばかりで、主役のはずのヴァンサンがかすむほど。出だしのアニメからちょっと下品で、最初のころはヴァンサンもモニカも小汚く、モニカなんてどこのケバいブスかと思った。でもこのふたりだんだんかわいくみえてきた。それにつれつまらなかったお話も後半あのイカレタ刑事が活躍するころから、まあ面白くなった。ただわたしはちょっとこの映画は遠慮する。とても好きとはいえないし、二度と観たいとは思わない。 思いがけず嬉しかったのはビデオの冒頭に、あのヴァンサンが謎のサムライに扮して自動車を小さく削るCMが収録されていたこと。あのCMは印象に残っていたが、まさかあのヘンな外人のサムライがヴァンサンだったなんて、最近まで知らなかった。知ってからはぜひもう一度みたいと思っていたが、かなわぬこととあきらめていた。それがこんなところで観られるなんて。思わず娘と奇声をあげて飛び上がってしまった。 |
| 映画 | 2005/5/3 |
| 「恋におちたシェイクスピア」 ジョン・マッデン監督(ビデオ) 1999年 |
| とにかく楽しかった。娯楽作品としてはとても優れていると思う。最初は少しもたもたしたが、中ごろから俄然おもしろくなった。冒頭悪役っぽかったスポンサー(?)が次第に舞台の魅力に取り付かれていき、最後には出演しみんなで舞台を作り上げていくところなどみると、ああみんな舞台を、演劇を愛してるんだなあと思う。現実の俳優たちの思いも重なっているみたいだ。劇中劇の「ロミオとジュリエット」が、本編をしのぐほどの出来栄え。これだけでも見応えある。そして何よりエリザベス女王の圧倒的な存在感。このひとはすごい。ジェーフリー・ラッシュとジョゼフ・ファインズは「エリザベス」にもでていた。まったく違う役柄のジェフリー・ラッシュ、いい役者さんだなあと感心。ジョゼフ・ファインズは顔が濃すぎて好きじゃない。ラブシーンが少し多い気がしたけど、あの乳母さんがいい味だしていた。グウィネス・パルトロウはとてもかわいかった。単なるハッピーエンドでも悲劇でもなく、次の作品「十二夜」に続けていくという心憎いラストシーンがよかった。 |
| 2005/5/4 |
| 『だいじょうぶ だいじょうぶ』 いとうひろし 講談社 1995年 |
| やさしいやさしい絵本。声にだして「だいじょうぶだいじょうぶ」とつぶやくだけで涙がでてくる。 |
| 2005/5/4 |
| 『蒼路の旅人』 上橋菜穂子 偕成社 2005年 |
| よかった。読み終えて深い感動がこみ上げてきた。どうして上橋さんの作品はこんなにも心をゆさぶるのだろう。チャグムの踏み出した長い道のり。その先を早く読みたい。 |
| 2005/5/5 |
| 『いつかパラソルの下で』 森絵都 角川書店 2005年 |
| 森絵都さんはもうジュブナイルを書かないのだろうか。少し淋しい。この人の筆力からしたらもちろん一般書で通用する。内容は一般書だが、文体というか雰囲気は児童書『DIVE!』のノリに近い。だから深刻な内容なのに重くならない。こういうふうに軽みのある文章を書けるのはすごいと思う。ただ性についてあまりにもあけすけに書かれているところだけは、どうにも受け入れ難かった。娘は平気らしいが、たしかに下品になるぎりぎりの線ではあるが、わたしはもう少し抑えてほしかった。 |
| 映画 | 2005/5/10 |
| 「Shall we Dance?」 ピーター・チェルソム監督(映画館) 2005年 |
| 日本版が完璧だったので、なんでいまさらこれをリメイク?と思っていた。とても日本版にはかないっこないと最初からあまり期待していなかった。ところがこれがおもしろかったのだ。思ったよりずっとうまく出来ていた。全体的に日本版より軽妙で明るかった。そこが大味で情緒がないといえばいえるのだが、逆に湿っぽさがなく爽やかに仕上がっていた。日米文化の違いなので、どちらもそれぞれよかったと思う。ラストはむしろこちらのほうがよかった。なにしろ日本版では泣かなかったのに、リチャード・ギアがタキシードに身を包み赤いバラを持ってあらわれたときは、思わず涙がでてきた。格好よすぎる!さすがはギアさま。また一度はダンスをやめようとした彼が、息子に会ってもう一度始めようと決心して駆け出していくところが、とてもよかった。「そうだ!踊りたいんだ!」と少年のようにかけだしていく彼が、かわいいのなんのって。ダンス場面もみんな本当に楽しそうだった。 |
| 2005/5/12 |
| 『蘇乱鬼と12の戦士』 本木洋子(藤田勝治絵) 童心社 1985年 |
| これはおもしろかった!日本でもこんなファンタジーがあったのか、と驚いた。ちょっと『水の精霊』に似ている。著者は民俗学が専門。日本を舞台にした作品「勾玉」シリーズや「月神」シリーズ、さらに同じ民俗学専門の上橋さんによる小綺麗なファンタジーと比べると、ものすごく土臭く泥臭い。ちょっとめずらしい土着のファンタジーだ。舞台が出羽三山、月山地方なのもこの物語の舞台にリアリティを与えている。ただ蘇乱鬼を実体として見せていることはちょっと不満だった。ここはもっと象徴的でもよかったのではないかと思う。誠二が死んだことは最大のショックだった。圭一に重いものを背負わせていくために必要だったのかもしれないが、あまりにも過酷ではないだろうか。生命の泉会、降魔教団については、オウムを連想させるが、あのオウム事件の10年も前に書かれていたことが凄いと思う。誠一の死因がサリンや農薬を連想させ、そこがこの作品を絶版にしているひとつの原因ではと思った。とてもおもしろいが、子どもたちに積極的に勧めるには少しためらいもある。民間信仰、山伏信仰などの知識があるともっとおもしろく読めると思った。 |
| 2005/5/15 |
| 『最後のユニコーン』 ピーター・S・ビーグル(鏡明訳) ハヤカワ文庫 1979年 |
| 裏表紙にある「水晶のような感性とリリカルな文体が紡ぎだすモダン・ファンタジーの最高傑作」という言葉になるほどと納得させられる。なんといえばいいのか、ただもう美しく不思議な幻想ファンタジー。全編静謐で透明なトーンに彩られ、しずかな透明な哀しみがひたひたと心に沁みいってくる。「指輪」が壮大な叙事詩なら、これは美しい叙情詩と呼べる。 |
| 2005/5/17 |
| 『妖女サイベルの呼び声』 パトリシア・A・マキリップ(佐藤高子訳) ハヤカワ文庫 1979年 |
| この作品タイトルで絶対損している。「妖女」ってまるで妖怪みたい。これは単に魔法使いとか召喚師とかにすればいいのに。このタイトルのせいで長いこと手に取らなかったことを後悔している。こんなにおもしろいとは思わなかった。なんといってもサイベルに呼び出される幻獣たちがすばらしい。この作品をもとに岡野玲子が「コーリング」という漫画を描いているそうだが、機会があれば読んでみたい。 |
| 2005/5/18 |
| 『シーセッド・ヒーセッド』 柴田よしき 実業之日本社 2005年 |
| 花咲さんシリーズだが、いつのまにこんなにとぼけたキャラになったんだ?登場人物説明では「ハナちゃん」とまで呼ばれている。あの外道の山内練でさえどことなくほのぼのしてしている。これはやっぱり保育園と赤ちゃんのせいだろう。ハードボイルドではあっても、「リコ」シリーズのような暗さ、グロさ、エロさがなく、たとえきつくても未来への希望が見える。赤ちゃんは偉大だ。今回初登場の探偵助手「えっちゃん」がこれまたいいキャラ。まるで作者の分身みたい。 |
| 2005/5/19 |
| 『The MANZAI』1、2 あさのあつこ ジャイブ(カラフル文庫) 2004年 |
| 1999年に岩崎書店から単行本で刊行された『The MANZAI』を加筆訂正して出版された。けっこうおもしろくて好きだったので、「2」が刊行されたのでついでに「1」も再読した。 |
| 2005/5/19 |
| 『ある日どこかで』 リチャード・マシスン(尾之上浩司訳) 創元推理文庫 2002年 |
| たしかにおもしろいんだけど、それほどでもないなあ。たぶん映画のほうがおもしろいんじゃないかと予想してしまった。時間旅行のやり方は『ふりだしに戻る』と同じ。ただこちらは恋愛が原動力になっている。そこがちょっと鼻につくというか、あまり感動できない。その点『ふりだしに戻る』はやっぱりいい。著者のあの時代への憧れがまずあって、それと主人公サイモンの心情が重なり合い、郷愁を誘っていた。この「ある日どこかで」は愛の物語であるのは確かなんだけど、どうも陳腐に思えてしまった。 |
| オペラ | 2005/5/19 |
| 「三大テノール世紀の競演」 パヴァロッティ ドミンゴ カレーラス (ビデオ) |
| 「オペラ座の怪人」のCDを聴いているうちに本当のテノールの声を聴きたくなって図書館からビデオを借りてきた。この三大テノールのことは名前はもちろん知っていたが、実際に歌うのを聴いたことはなかった。もともとクラシックには詳しくないし、オペラなんて違う世界のことだと思っていた。それがわざわざ聴いてみようという気になったのだから、何がきっかけになるかわからないものだ。1990年7月7日、ローマのカラカス浴場に特別にしつらえた舞台での公演を収録したビデオ。そういえばニュースになったことは覚えている。新聞記事も読んだっけ。指揮者もズービン・メータというこれまた有名な(わたしでも名前だけは聞いたことのある)指揮者。そりゃあ話題になるだろうと思う。 クラッシックもオペラもまず第一に音楽的素養にかけるわたしなので、まともな感想はかけないが、それでもすごいなあと感動した。いい意味で一番期待を裏切ったのはパヴァロッティ。あの風貌から重厚な低音を想像していたのだが(もちろんテノールなのだから低音のわけはないが、なんとなくそんなイメージだった)一番澄んだきれいな高音だった。そしてなんといっても笑顔がめちゃめちゃかわいかった。あんなごつい体なのに、少年のような笑顔でとても楽しそうに歌う。ほんとに天真爛漫という感じ。そしてドミンゴはものすごい艶っぽい声だった。この人もすごく体が大きいのだが、その体で身振り手振りをまじえ情感たっぷりに歌う。いやはや色っぽくてうっとりしてしまった。カレーラスは二人に比べ小柄だし、白血病を克服したということを聞いていたので、聴くまえは一番贔屓にしていた。実際聴いてみると前の二人に比べいくぶん声が硬い印象を受けた。底抜けに明るいパヴァロッティ、艶っぽいドミンゴに対し、切ない感じの声だった。曲のせいもあるのだろうが、彼が眉を寄せて歌っていると、物悲しくて胸が苦しくなってくる。何だか守ってあげたくなってくるのだ。本当に三人三様、世界を代表する三大テノールなんだなあと思う。誰が一番いいかなんて、とても比べられない。 しかしこれでオペラに目覚めたというわけではない。普段耳にする歌謡曲やポップスとは、メロディも歌手の発声法もまるで違う。だからメロディも聴きなれないしイタリア語の意味もわからない。罰当たりな感想だが、どうしてもちょっと退屈に感じてしまった。これがもっとオペラに親しんでくるとまた違うのだろうが、今のところミュージカルのほうがわたしには楽しい。 |
| 2005/5/20 |
| 『工学部・水柿助教授の逡巡』 森博嗣 幻冬社 2004年 |
| 水柿君シリーズ第2弾。小説です、と何度も断ってあるが、水柿君が著者であることは誰がみてもわかる。須磨子さんがささきすばる氏。今回は水柿君が小説を書き始めたきっかけと出版され人気作家になったことが書かれていて、おもしろかった。ラストのふたりでバーベキューをしながらの述懐「何が大切なのかさえ忘れなければ、きっと大丈夫だろう」という言葉がとてもよかった。 |
| 映画 | 2005/5/20 |
| 「オペラ座の怪人」 ルパート・ジュリアン監督(ビデオ) 1925年 |
| 「オペラ座の怪人」は何度も映画化されたがこれは1925年に作られた最初の映画化作品。あの哀しいエリックが単なるホラー映画の怪物扱いされているようで、最初はとても観る気にはなれなかった。それが図書館でビデオをみつけパッケージの写真を見ているうちに、怪人の容貌が原作に近いことに興味がわいてきて、とりあえず観るだけは観てみようと思った。 サイレントなのでもちろん画面はモノクロ。台詞も字幕で出るだけだ。だがこの映画はオープニングからわたしをひきつけた。まずオペラ座の地下らしいところを男が明かり片手にやってくる。そして怪人の影が大きく壁に写り、それをみつけて男は驚き恐怖に震える。この怪人の見せ方はうまいなあと思った。白黒画面も気にならなかった。むしろおどろおどろしい感じはこの画面のほうがよく出ていると思った。 そして白黒映画なのに、仮面舞踏会のシーンだけ少し赤っぽいカラーになっていたのがまた驚きだった。この効果はすごい。 主演はロン・チャーニー。このひとのことはまるで知らないので、素顔がどんなだか分からないのだが、舞台や映画と違い顔やマスクは一番原作に近くてこれには感心した。そう怪人はこうでなくちゃいけない。CDや映画では登場しないラウルの兄も登場したし、ペルシャ人も設定は秘密警察の人に変えてあるがちゃんと登場し、ラウルと一緒にクリスティーヌ救出に地下へ向かう。こういうところも一番原作に近い。映画としては今回のミュージカル版よりわたしは好きだ。 ただ怪人の扱いはかなりひどい。クライマックス、地下の住処へオペラ座の裏方たちがブケーの仇だといって大挙して押し寄せてきて、怪人はいやがるクリスティーヌを無理やりつれて馬車で逃げ出すという、原作とは違う展開になる。馬車の上で狂ったように笑うところなんて悪人そのもの。その後馬車が転倒して群集に追いつかれ、クリスティーヌとラウルは手に手を取り合って無事を喜び、怪人は群集の手で川に投げ入れられて死ぬ。このラストの展開には唖然とした。怪人のなんと哀れな最期。クリスティーヌとのあの美しい接吻がないばかりか、これではあまりにひどすぎる。秘密警察の捜査官が(原作ではペルシャ人)が怪人の正体を「脱獄した犯罪者」だとみなに告げていたし、それもひどい。怪人を哀れな存在として描いてはいない。クリスティーヌが自分勝手な女にしか見えなかったし、この描き方には納得がいかなかった。 でもだからこそこの怪人の哀れさが引き立つのかもしれない。それにこの怪人は主演のロン・チャーニーの演技によって、充分哀しみを感じさせてくれた。シルエットだけで見せていた怪人が初めてクリスティーヌの前に姿を見せるとき、鏡の中に誘い込んで後ろからクリスティーヌの肩に手をおくのだが、その手は最初ためらっておずおずと置かれる。(この見せ方もとてもうまい)その手の動きがとても優雅で美しい。その他の場面でも大きい体に似合わず繊細な手の動きが美しいと思った。だから悪人だけどそれだけでなく、哀れさも感じられた。 クリスティーヌはかわいかったが、この作品の彼女はただただ怪人を恐れているばかり。ラウルと愛し合っているくせに「やっぱり歌を捨てられない」というところなど、カルロッタの代役で成功し喝采を浴びた後なので、名声を捨てるのが惜しくなったように見えてちょっと嫌だ。そして怪人の素顔を見た後はただもう怖がり嫌い、怪人との約束は平気で破る。そりゃ無理やり攫われ、恐ろしさのあまりの無理やりな約束だったにせよ、少しは怪人に情けをかけてもいいではないか。怪人の音楽に惹かれている様子が全然見えなかったのも気に食わない。どうみても腹のたつ女に思えてならない。しかし原作でも途中まではちょっとそういう感じを受けたのも事実だ。だからその面を強く出したのかもしれない。クリスティーヌの視点からみれば、恐ろしい怪人から機知と度胸で逃げおおせたと考えられるのだから。でもそう考えてもなおこのクリスティーヌは本当に嫌な女に見えた。 ラウルはちょっと貫禄ありすぎ、20歳にしては老けすぎだ。かえって兄の伯爵のほうが年下に見えた。その伯爵を怪人が湖で襲うシーンを入れていたのには驚いた。ここは原作通り。原作読んだときも思ったのだが、誰かがやってくるごとに出向いてやっつけていたらさぞ怪人も疲れるだろうに。このシーンを入れてるくせに、接吻場面を入れないのは解せない。あとクリスティーヌを地下へ連れ出すとき、途中まで馬を使っていたのに驚いた。今年のミュージカル映画でもこの馬のシーンは使われていたが、この映画に倣ったのかもしれない。それほど良く似ていた。その他の事件も手際よく見せているところなど、たぶんこれ以降の「オペラ座〜」作品の参考になった画期的な映画だったのだろうと思う。 |
| 映画 | 2005/5/23 |
| 「ダイ・ハード」 ジョン・マクティアナン監督(DVD) 1988年 |
| ブルース・ウィルスの出世作。見事なアクション映画。とてもおもしろい。出演者にアラン・リックマンがいるのが嬉しい。相変わらず素敵なお声。でも若いなあ。あと一人、テロリストの中に「刑事ジョン・ブック」にでていたひとがいた。アレキサンダー・ゴドノフ。 |
| 映画 | 2005/5/23 |
| 「ムーラン・ルージュ」 バズ・ラーマン監督(DVD) 2001年 |
| 最初はあまりのテンションについていけなかった。ギャグかパロディか?でも中盤からおもしろくなった。やはりウェットな展開がわたしの好みなのかな。リチャード・ロクスバーグが出ていたが、「ヴァン・ヘル」の伯爵とはまるで違う。公爵だが。あまりにみんながハイテンションなので彼のテンションが目立たない。でもこれはこれでかわいい。あとで気づいた。この映画の彼はゲイリー・オールドマンに似ていた!ユアン・マクレガーが歌の上手いのに驚いた。そして彼はトビー・マクガイアに似ていた。ニコール・キッドマンはとてもきれいでスタイル抜群。こんなコミカルな演技もできるんだ。 |
| 映画 | 2005/5/25 |
| 「ティファニーで朝食を」 ブレイク・エドワーズ監督(ビデオ録画) 1961年 |
| わたしはこの映画どうしても好きになれない。冒頭のティファニーでの食事(原作では比喩として使われていたはず)、ラスト(これも原作とは違ってハッピーエンド)、それはまあ許せる。日本人の描き方も、とても不愉快だが、日本だって外国人を描くときは正確な描き方をしてないし、これが欧米人の持っている日本人のイメージなんだと納得もいく。だが図書館と雑貨屋のシーンだけは許せない。図書館の本にサインさせようとするホリーもホリーだが、それは彼女の性格として描いているのだからまだいいとして、作家である彼がそれに従うなんて考えられない。それまでの自分を解放したかったという理屈をつければつけられるが、それでもどうしても許せない。あげくに「ティファニーの方が親切だわ」とは何だ?この女本気で一発殴ってやろうかと思った。そして雑貨屋。ああ、いやだいやだ。観ていて気分悪くなった。万引きは罪じゃないとでもいうのか?単なるいたずらですまされるのか?とても不愉快だった。この映画はそんなところに目くじらたてる種類のものではないかもしれない。たしかにそんなこと言ってたら犯罪映画なんて観られない。「キルビル」大好きなんて、人格を疑われかねない。でもこの映画でのあのシーンは、どうしても許せないのだ。 オードリーはとてもかわいくファッションはおしゃれで音楽もいい。彼女のプロモーションビデオだと思うしかない。 |
| 2005/5/27 |
| 『心地よく秘密めいたところ』 ピーター・S・ビーグル(山崎淳訳) 創元推理文庫 1988年 |
| 設定はおもしろいのだが、どうも退屈だった。「生きていることと死んでいることは同じかもしれない」というテーマは宮本輝『錦繍』でもあったが、これをわずか19歳のとき書いたことには驚かされる。 |
| 映画 | 2005/5/27 |
| 「ある日どこかで」 ジュノー・シュウォーク監督(DVD) 1980年 |
| やっぱり原作より映画のほうがおもしろかった。主演のクリストファー・リーブは「日の名残り」でもいい感じだったが、ここでも恋に一途な青年を熱演している。いや考えれば一目ぼれのストーカー(しかも時を越えての)という危ない男とも言えるけど。彼はガタイのいいトム・クルーズという感じで、例によって顔の見分けのつかない娘は「トム・クルーズじゃん」と言っていた。ヒロインのジェーン・シーモアはとても美しい。くっきりした目鼻立ちの美貌がこの時代によく合っている。冒頭の老婦人(この人がとても品のいい、若い頃はさぞ美しかったろうと思える素敵な雰囲気を漂わす)のエピソードには感心した。このほうが展開が自然だ。ラストもわたしはこれでいいと思う。 |
| 2005/5/28 |
| 『はなはなみんみ物語』 わたりむつこ(本庄ひさこ絵) リブリオ出版 1980年 |
| 小人族の双子、はなはなとみんみの物語。かわいいだけでなく現代社会や過去の歴史への痛烈な批判が描かれている。 |
| 映画 | 2005/5/29 |
| 「ある殺し屋」 森一生監督(ビデオ録画) 1967年 |
| 市川雷蔵主演の現代劇。美しい美しい雷蔵さま。子どもの頃なんて美しいお方かと憧れていた。でもお肌は荒れている。忙しかったのかしら。途中から過去に飛んだり時空列が乱れるのは、タランティーノみたい。この時代にすでにこういう手法をとっていたのはおもしろい。おかしかったのは小林幸子が出ていたこと。当時14歳。そういえばこのころテレビの「特別機動捜査隊」にもでていたっけ。「青い太陽」はこの翌年だ。 |
| 2005/5/31 |
| 『ゆらぎの詩の物語』 わたりむつこ(本庄ひさこ絵) リブリオ出版 1982年 |
| 小人族の双子、はなはなとみんみの物語の第2巻。出版年が第3巻より遅いが、これは再版されたせいだろうか?たどりついた島が小人族の島だったことに気づいた衝撃。「猿の惑星」みたい。 |
| 2005/5/31 |
| 『よみがえる魔法の物語』 わたりむつこ(本庄ひさこ絵) リブリオ出版 1981年 |
| 小人族の双子、はなはなとみんみの物語の第3巻で完結編になる。今回の魔法は「なげる」。言葉をなげる、というのがおもしろかった。せっかく外の世界に出てこられた小人たちのその後が、かわいそうでならない。そういうふうに単にめでたしめでたしで終わらせないところがすごいと思う。 |