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佐々木昭一郎―多摩シネマフォーラムレポート


私の佐々木作品との出会いは『紅い花』のテレビ放映でした。そのときは佐々木氏の名前まで気にとめず、つげ義春の名前に反応していました。つげ義春もそのときはまだ作品を読んだことはありませんでした。ただ川を流れる紅い花が強烈な印象を残した作品でした。原作の漫画をその後読んで映像と同じだと思いました。
次に出会ったのは『川の流れはバイオリンの音』でした。このときも佐々木氏の作品という意識はなく、ドキュメンタリーだと思って見ていた記憶があります。
このふたつの作品が同じ佐々木昭一郎監督の作品だということを知ったのは、放送から20年以上たった今年(2002年)の5月に、にこさまの掲示板であるぷさまが、NHKアーカイブスで『川の流れはバイオリンの音』が放送される、と紹介してくださった時でした。あの印象的な映像が同じ人の作品だったことをはじめて知ったのです。
『川の流れはバイオリンの音』の放送をあらためて見て、その映像の素晴らしさに感動しました。また鮎川想さまのHPも見て佐々木作品の多さに驚いていました。

秋、あるぷさまの情報で「多摩シネマフォーラム」の「創るということ RESPECT 佐々木昭一郎U」で佐々木作品の「春・音の光」と「紅い花」が上映されるということを知り、11月23日胸を弾ませて娘と一緒に行ってきました。ところがふたりとも寝不足の上に風邪気味ということもあって、上映中少し記憶が途切れてしまう部分があり、なんて失礼なもったいことをしたのかと、申し訳なく思っています。


「春・音の光」

冒頭赤いセーターを着たA子がスケッチブックを開きます。そこから旅は始まりました。
最初は船の上。船着場で陽気に歌ってる男性。「川の流れ〜」のときも人々はよく歌ってました。船着場からリュックを背に走るA子。そういえばA子はよく走ってます。
調律師の友人ウィリアム。彼は視力を失っています。彼がA子に「私が光を失ったとき…」と語りA子とともに見上げる空。木漏れ日がきれいでした。二人でモーツアルトが暮らしていたという家に行き、壁に手を当てウィリアムが言う。「モーツアルトは太陽だ」
音楽学校にピアノの調律に行ったA子。そこでピアノを練習するウィリアムの息子ロベルトに会います。彼は指揮者を目指しています。「もう少し練習していい?」とA子に聞くロベルト。
音を探しにウィリアムの音の友だち羊飼いのオンドレイを訪ねるA子。オンドレイの振り回す羊を追う鞭の不思議な音色。彼の元へ持っていたピアノの形をしたオルゴール。そこにオンドレイの亡き妻エリザが残した楽譜―厚紙に穴を空けたもの―を通してハンドルを回し音を奏でる。優しい音色。「エリザはこれが聴きたかったのか」と涙するオンドレイ。
オンドレイに会いに行く途中で出会ったラド少年。線路をはさんで並んで歩きながらA子と会話する、赤いセーターの可愛い男の子。ラドの父親はサーカスの道化師。彼は祖母に育てられているようです。彼といっしょに村の教会へ行きパイプオルガンを演奏するA子。そこへ「その音はくるってる」とオンドレイがやってきます。「A子、A音をくれ」とオンドレイが言いA子が音叉を鳴らします。彼がオルガンの前板をはずすとそこに鳩が。そっと捕まえ空に放す。
オンドレイの孫娘ミルカ。彼女に求婚する若者(名前失念)に「自分と同じようにこの鞭を鳴らすことができないヤツに孫はやらん」と頑固にはねつけるオンドレイ。若者が鞭をふってもオンドレイのような音は出ません。ほんとに不思議な音色。
音を探し、オンドレイの友人カウベルを作っている老人を訪ねるA子。カウベルはひとつひとつ音色が違うといいます。
無事ミルカと若者の結婚式が行われ、バイオリンを持って村を訪ねるA子。結婚式のお祝いで音楽があふれ人々は踊ります。美しい田園風景、あふれる音楽、あかるく笑い踊る人々、幸せな光景。なのに翌日なぜか街中を走ってる新郎新婦とA子。駅へ行き汽車に乗り込み「手紙を書くよ」と妻に告げる夫。見送る妻。彼は兵隊に行くという。
別れは続きます。父親に会いに村を旅立つラド少年。「音楽をやりたい」という少年にA子は音叉を渡します。
そして突然のウィリアムの死。ロベルトは希望とおり指揮者になりました。

人々との出会いと別れ。スケッチブックに残る彼らの絵。そっと閉じたスケッチブックでA子の旅は終わりました。

冒頭赤いセーターの中尾幸世さんを見た時「あれ、中尾さん太った?」と思いました。記憶にあるA子より、いくぶんふっくら見えたのです。でもA子の旅が始まるとなつかしいA子の姿と声が甦りました。全編を流れる音楽。現地の普通の人々だという出演者の表情の素晴らしさ。すべて「川の流れはバイオリンの音」と同じでした。でも今回A子のせりふも長く、よりストーリー性もあったように思います。ラド少年の可愛いこと。普段着ている服装のままだという、赤いセーターが印象的でした。A子が彼に音叉を渡す場面。パンフレットの中尾幸世さんによると、このとき「川シリーズはこの作品で完結するのか」と思ったそうです。そして羊飼いオンドレイ。鞭を振って鳴らす音の不思議さ。オルゴールの音をきき涙する彼。村の教会のパイプオルガンの中に入っていた鳩をそっと捕まえる彼。彼の孫娘の結婚式。その翌日兵隊としてあわただしく旅立つ新夫。(この汽車に乗る場面のとき、ソ連兵の行進を突っ切った場面はカットされたそうです)調律師ウィリアムの死。ここでも死は容赦なくやってきました。ただ私の予想では、死ぬとしたらオンドレイだと思っていたのですが。

上映後中尾幸世さんから声のメッセージがありました。「今『春・音の光』のビデオを見終わったところです」とのこと。オンエア以来始めてみた、ということからはじまり、撮影の裏話をあの魅力的な声でゆっくりと語りかけてくれました。
会社を1ヶ月休んで撮影に行ったこと。前2作と違って事前に言葉の勉強ができなかったこと。ラド少年が一所懸命せりふの練習をしていたこと。作品にでてきたカウベルは今も自分の部屋にあること、ウィリアム役は現地のスタッフだったこと等々。もっとずっと聞いていたい思いでした。ホールに昨年の「トーク」に出演した写真が展示してありましたが、当時の姿とほとんど変わりない様子に驚きました。今回はご自身の活動の朗読の準備のため、会場にはこられなかったそうですが、もし来年もこのような機会があれば、ぜひ実際の中尾さんにお目にかかりたいと思いました。


「紅い花」

草野大悟演じるつげ義春が、空襲の夜離れてしまった妹に思いを馳せます。空襲を逃れ川に飛び込んだ兄妹。そのとき手を離してしまったためそのまま行方がわからぬ妹。
自分の作品で彼は妹に川をさかのぼらせ、山の集落で暮らしている少女キクチサヨコとして登場させます。時代は戦時中。サヨコは身元が分からず山の小さな店の老人に拾われ暮らしています。腕白なマサジとの交流。サヨコが川へ入り紅い花が流れ、それをみて驚くマサジ。この紅い花が川を流れるシーンの息を呑むばかりの妖しさ、美しさ。老人はサヨコを拾ったいきさつを打ち明け死にます。そこには重大な秘密がありました。老人の野辺送りに流れる賛美歌の不思議な響き。今後のことを案じるマサジに森へ行こうと誘うサヨコ。最初はマサジがおぶっていたのに、いつのまにかサヨコだけ駆けて行き、とり残されるマサジ。

次に少女が現れるのは違う集落。村に迷い込んだ青年を自分の部屋に泊める少女。前のサヨコと同じ紅い花模様の短い浴衣を着ていますが、まるで別人のようです。不思議な少し怖い雰囲気をもっています。名前もでてきません。変わったしゃべり方をするこの少女はそれを青年に指摘され「いろんな人のところで暮らしていて、こういうしゃべり方になりました。せつないことです」と言います。そして「夜になると蛇が首をしめにくる」と不気味なことを告げたりします。少女を引き取っている夫婦のいさかいがあり、夫が少女の元へ夜な夜な通っているらしいことがわかります。夫を責める妻。翌日この夫に脱走兵と間違われた青年は、山の中で村の連中に撃たれてしまいます。おそろしい話でした。

次はもっと川を下った町の古本屋。少女は店番をしています。季節が秋から冬に近いせいか、もう浴衣ではなく長袖の洋服です。この少女はこれまでの少し変わった不思議な雰囲気をもった少女たちと違い、ごく普通の女の子のように感じられます。やはり名前はでてきません。この古本屋には老店主がいて、お客の中にお金がなくて毎日少しずつ目当ての本を読みにくる学生がいます。一度は人手に渡った本ですが、少女がひそかに学生のために本にはさんだお金と手紙のおかげで、その持ち主から学生に念願の本が譲られます。幸せな気分の学生の部屋に、その本が危険思想の本だということで警察が踏み込みます。かけつけた少女の足元に無残に踏み散らかされた本。とぼとぼ古本屋にもどった少女の目にうつったのは、老店主の姿もなく荒らされた店です。少女はひとりで本を燃やします。

ここで作者つげ義春が「よし、おまえたちを山へかえしてやろう」といいい、またサヨコとマサジが登場します。二人は今度は仲良く戯れながら道をかけていきました。
そしてたびたびうつる流れる川の映像。重なるドノバンの歌。「隅田川にはたくさんの川が流れ込んでいる。あの日妹と離れた川がどの川かは分からない」とナレーション。

なんとも散漫な説明ですが、私の貧相な筆ではとてもあの映像を伝えられません。少しでもイメージが伝わればいいのですが。
この『紅い花』を最初に見た衝撃は忘れられません。もう26年前のことです。川を流れる紅い花のイメージがあまりに強烈だったので、他の場面はほとんど忘れていました。映像を見ながら記憶を呼び覚ましていたのですが、最後の「よし、おまえたちを山へかえしてやろう」というせりふで記憶が蘇りました。たぶん当時難しくて全部はわからなかったため、視覚的にとても印象の強いあの場面が記憶にしっかり刻み込まれたのだと思います。いまでも全て理解したかというとこれまたよくわからないのですが、草野大悟さん演じるつげ義春(全く覚えていなかった)が、空襲の夜川で手を離してしまった妹を探しつづけ、妹の居場所を求めているらしいということがわかりました。ここでも川が重要なテーマになっていました。

ドラマでサヨコの物語に入る前、つげ義春が自分の母親のことを思い出す場面で、金太郎飴をポキッ、ポキッと折って二人で見せ合い、別れを告げるというところがあり、私は忘れていたのですが「この場面漫画で読んだ。怖かったよう」と娘が言いました。あとで確認したら、この場面「ねじ式」にありました。
サヨコのでてくる最初の話が、原作の「紅い花」ですが、ドラマにあったサヨコの身元や老人の秘密、マサジの兵隊帽の秘密などは、原作にはありませんでした。
そしてつぎの一番怖かった話ですが、どうもこれは「もっきり屋の少女」というのが、もとの話のようです*。ずいぶんちがう話になっていましたが。

古本屋の話は「古本と少女」という作品からでしょうが、原作は警察が踏み込むこともなく(時代が違うので当たり前ですが)学生が幸せな気分になるところで終わっていました。

印象に残ったのは紅い花の流れるシーンの他、つげ義春が電車にのって空襲のとき自分が住んでいた町を探すところです。ここではカメラが都電の路面をずっと映していきます。そしてやはり川。隅田川でしょうか。この川の流れる映像もずっと川面を映しているのです。パンフレットには佐々木氏の言葉で<つげ義春の原作に私の「川」を強靭にこじ入れた70分>とありました。
音楽も綿密に考えられ、ドノバンの歌はもちろん老人の野辺送りに賛美歌が流れていたのも驚きでした。

当時難しくてよく分からなかったものの強烈な印象を残したドラマでした。こうして何年もたった今、また再び見ることが出来て、こんな嬉しいことはありません。ネットをしていなければ佐々木作品であることさえ知らずにいたことを思えば、不思議な縁を感じます。あるぷさま本当にありがとうございます。

パンフレットによると昨年はチケットが売り切れたということでホールを拡大したそうです。それでも上映時はほとんど満席でした。前売りチケットを買っておいて本当によかったです。
上映後佐々木昭一郎さんのトークがあったのですが、頭痛がひどくなったためと、全部聞いていると帰宅が遅れるので、やむなく欠席して帰りました。また来年こういう機会があれば、今度は最後まで参加していたいと思います。


* 「沼」という作品が大枠でおなじだと情報をいただき、図書館で全集をかりてきて読んでみました。映画はこれに少々「もっきり屋の少女」テイストといったかんじでしょうか。

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