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指輪物語1

『指輪物語』と映画「ロード・オブ・ザ・リング」に熱狂したせいで、関連本やDVDがずいぶん増えた。再読や再鑑賞であちこちに飛んでいる感想をひとつにまとめてみた。

<ホビットの冒険―「指輪物語」の前日譚>
『指輪物語』を読む直前読んだのが原書房の『ホビット ゆきてかえりし物語』だった。これはアップしてないので、自分の覚え書きとしてつけていた読書メモから転載する。

ホビット ゆきてかえりし物語 山本史郎訳 原書房 1997年  (2001/12/29読了)
『指輪物語』へのとっかかりとして再読。以前読んだのは岩波の瀬田貞二訳『ホビットの冒険』だった。子ども向きの楽しいお話だった。こちらは原書の改訂版を底本にして、ダグラス・A・アンダーソンという人の注釈付で訳者も違う。 改版の歴史やトールキン自身の描いた絵、他の国々の挿絵も所々にあって、なかなかおもしろかった。内容は細かいところを忘れていたので、確認するのにはよかった。ただ次に読むつもりの『指輪物語』が 瀬田貞二訳なので、人物や場所の表記など『ホビットの冒険』を読んだ方が統一がとれただろうと思う。もう一度あちらを読もうかな。

☆後にこの本は研究書として読むにはいいが、物語としては日本語訳がなってない、という評判を知った。たしかに「僕チン」はひどいと思った。

ホビットの冒険 瀬田貞二訳 岩波少年文庫 2000年  (2004/3/5読了)
初めて読んだときは図書館から借りた岩波書店の単行本でした。これは岩波少年文庫新版です。内容は変わらないと思います。
その後初めて『指輪物語』を読む前に『ホビットの冒険』も読んでおこうと思い、そのときはためしに原書房の山本史郎訳『ホビット』を読んでみました。資料としてはなかなかおもしろいところがありましたが、なんといってもゴクリの「僕チン」には参りました。やはり「いとしいしと」じゃなくちゃ、と思いました。
やっぱり読むなら瀬田訳につきます。読み始めるとまあおもしろいこと、おもしろいこと。以前もおもしろいとは思いましたが、こんなにおもしろかったのかと感心しました。原書房のが、研究書を読んでいるような気分だったので、以前のおもしろさをすっかり忘れていたのですが、いや本当におもしろい!『指輪物語』はもちろんですが、やはりこの作品もいっしょに楽しむべきだと、あらためて思いました。 そして以前読みとばしていた部分に、ちゃんと『指輪』や『シルマリル』につながる伏線があるのです。少しはつじつまあわせるために書き直しした部分もあるらしいですが、それでもこれだけきちんと世界が構築されていることにいつもながら感心します。冒険を終えたビルボがまともな評判を失って「変わり者」として扱われる、というところでは『指輪』:のフロドのことも考えあわせて少し悲しい気分になりました。 ああこういうこともすべて『指輪』につながっていくのだなと。最後のほうで、ガンダルフといっしょにビルボを訪れるドワーフがバーリンなのも、何かしみじみしてしまいます。
懐かしかったのは裂け谷のエルロンド。わたしのエルロンドのイメージはここからきているので、穏やかで優しいエルフのはずが映画では凶悪な顔なので驚きました。たしかに戦乱を経験しているので優しいだけではないはずなんですが、それでもこんなのエルロンドじゃない、と少しがっかりしていました。
ここで映画の話をはさむのも変ですが、映画のラスト近くのエルロンドはいいです。アラゴルンの戴冠式にアルウェンを伴って現れ、アルウェンにささやきアラゴルンの傍へそっと送り出すところ。2人の様子を泣き笑いの表情で見守るところ、花嫁の父ですね。そして灰色港でビルボを迎えるときの、あの慈愛に満ちた微笑、あれこそがわたしのエルロンドなのでした。


The HOBBIT (英語版)
原書が読みたくなって2004年の4月に買った英語版。今のところ積読状態。これは老後の楽しみにボチボチ読むつもり。ただここでひとつ確認したいことがあった。エルロンドのことである。 最初に岩波版で読んだとき、たしかエルフのことを「妖精小人」としていた記憶があった。だからエルロンドのことはずっと小人だと思っていたのだ。『指輪物語』を読んでどうも違うようだと不思議に思っていた。 今回読んでみたら「エルフというのは、妖精小人のなかでいちばん楽しいひとたちで」とある。妖精小人の一種族のような書き方である。やはり小人に間違いはない。それとエルロンドのことは「小人の王らしい神々しさ」という記述がある。これを原文で確認したかった。
ところがこの「エルフというのは〜」という箇所が原文には見つからなかった。そのあとの「ビルボはもともとエルフが好きでしたが」という文は原文にある。もしかしたら瀬田さんが訳したのはこの英語版とは版が違うのだろうか?それとも本文の違う部分で、あるいは作者トールキンの違う作品や手紙などでなされている説明を、ここで瀬田さんが付け足したのか?
また「小人の王らしい神々しさ」のところは「as venerable as a king of dwarves」となっている。えーと、ドワーフの王と同じくらい神々しいってことか。瀬田さんの訳だとドワーフ=小人で、エルロンドがその王さまみたいに思えるけど、小人の王=エルロンドということにはならないのだな。なるほどエルロンドは小人じゃないのね。やっとすっきりした。でもややこしいなあ。
もしかしたらトールキン自身にも、まだこのときエルフとドワーフの明確な違いは意識されていなかったのかもしれない。この『ホビットの冒険』にしても、後で書かれた『指輪物語』とのつじつまをあわせるため後に改版されたそうだ。書いているうちにイメージが固まった、ということはあると思う。あるいはトールキンのことだから『指輪』を書く前には、もうこういう設定はしっかり決めていたのかもしれない。 エルフもドワーフも元は北欧神話やケルト神話に登場するもので、それらが次第に混合や吸収されていったらしい。そして各地で呼び方も姿形も性格もさまざまだったものが、今ではトールキンが『指輪物語』で描いたイメージが定着しているらしい。つまり今我々が持つ彼らのイメージは、このトールキンの一連の作品から生まれたのだ。 そう思うと少し嬉しい。『シルマリルの物語』ではそのエルフとドワーフの誕生のいきさつも描かれていて、なかなか興味深い。


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