音楽世代論
(仲村祥一編『現代的自己の社会学』世界思想社 1991年 172-192頁)
1 世代とポピュラー音楽
ビートルズ以前と以後
明治以降の日本の大衆音楽の歴史は,「洋楽」の仕組みや要素を取り入れ,あるいは換骨奪胎して,日本化・大衆化する過程の連続だったといえる。「洋楽」受容の出発点は,安政年間(一八五〇年代)に設立された西国諸藩の軍楽隊にまで遡るという。以来,クラシック音楽が,オペラが,シャンソンが,ジャズが,ラテン音楽が,ロックが…,という具合に,多種多様な外来音楽がつぎつぎと日本の歌謡・芸能のなかに浸透し,音楽的ボキャブラリーの一部として使われるようになった。よくいわれる,ビートルズ以前と以後,という音楽を基準にした世代の区分も,黒船以後百余年の外来音楽の日本化・大衆化過程(細川周平「西洋音楽の日本化・大衆化」『ミュージック・マガジン』一九八九年四月号〜 )に刻まれた多くの「切れ目」の一つにすぎない,という言い方もできる。
ビートルズ世代とは,戦後のベビー・ブームの世代だ。ビートルズが初めてレコードを出したのが一九六二年末,五百万枚以上売れたといわれる「抱きしめたい」の国際的ヒットが六三年末から六四年にかけてのことだから,十代で同時代人として彼らの音楽を経験した人たちは,ほとんどが第二次大戦後の生まれの,いわゆる「戦争を知らない子どもたち」ということになる。音楽生活を調べてみると,戦後生まれの年齢層とそれより上の年齢層の人たちのあいだには,たとえば次のような違いがみられるという(参考文献に掲げた『消費社会の広告と音楽』所収の吉井篤子「現代人の音楽生活」による)。
現代人は,世代を問わず,比較的若い頃に「音楽の季節」(音楽に熱心になる時期)を通過しがちなのだが,それが十代の出来ごとになったのは,昭和二十年代生まれ以降のことだという。レコード・テープを集め,楽器を演奏し,音楽により能動的に関わるという傾向は,この世代から顕著になった。二十年代生まれは,艶歌からニューミュージックへという嗜好の変化の境目でもある。
そして,現代の青少年音楽への関わり方の特徴である,(1)パーソナルな音楽聴取環境を自分で積極的にデザインすること,(2)演奏や曲作りなどの表現活動の活発さ,音楽的知識・情報の豊富さ,(3)「音楽性重視」,つまり個々人の音楽についての「美学」や「鑑識眼」へのこだわり,(4)言語優位型であるよりは音楽重視型,つまり歌より器楽演奏的な部分を含めたトータルなサウンドへの志向が強いこと,といった傾向はいずれも,戦後生まれの年齢層から顕著になった。
豊かさとモラトリアム
経済成長とテクノロジーの発展のおかげで,若者がより「豊かで能動的」な余暇を楽しむ余裕を与えられたこと。上のような音楽的行動・嗜好の変化の背景を,一言でいえばそうなる。そもそも,「ユ−ス(若者)」というライフステージ自体が, 若年層を「大人」として働かせずに,学校というモラトリアム(役割猶予)施設に入れておける,豊かな「近代」の産物なのだ(ギリス,北本正章訳『<若者>の社会史』新曜社,一九八五)。産業社会は,前近代の諸社会と違って,年齢集団としての若者がコミュニティに統合されずに浮動化する社会だといわれるが(S.N.Eisenstadt,From Generation to Generation, Free Press,1971),個人が<私探し>の時期として活用できるこのモラトリアム期間こ そが,「若者の反乱」の温床にもなったし,また若者が消費資本主義の主要ターゲットとなる条件にもなった。
ビートルズや彼らと同世代のミュージシャンが「生みだした」ポピュラー音楽のジャンルであるロックに引きよせて,音楽と世代をめぐる事情をもう少しつっこんでみてみよう。イギリスの社会学者・音楽批評家のフリスは,ビートルズが登場した一九六〇年代に,「若者」は社会を横断するカテゴリーとなり,社会学的な意味での若者「世代」となったと指摘する(S.Frith,Sound Effects, Pantheon,1981)。その背景には,第一に,一九五〇年〜六〇年代の西側先進国での経済成長と良好な雇用状況のために,若年層を家計のために働かせる圧力が弱まり,彼らに属する社会階層にかかわらず余暇を楽しむ経済的・時間的余裕ができたということがある。それと平行して,中等・高等教育が普及した。大学の大衆化もさることながら,中等教育段階の義務教育・準義務教育化によって,ティーン一般に共通のライフスタイルの基盤ができたことがより重要だろう。
また,産業の機械化が進んで非熟練労働が衰退し,それとともに,そうした職種を基盤とする伝統的な労働者階級の若者集団が衰退したことも,階級横断的な若者文化が成立する前提になったとフリスは指摘する。階級の文化的な可視性が低い現代日本に住むぼくらには,これはやや分かりにくい話だが,エルヴィス・プレスリーや無名時代のビートルズが一九五〇年代〜六〇年代初頭に演奏していた「ロックン・ロール」は,もともとは労働者階級の若者たちのためのダンス音楽だった。
ベビー・ブームとメディアと対抗文化
しかし,社会学では,世代は,こうして一つの出生コウホート(同時期に生まれた人たち)に共通の社会環境があれば,自動的に出来るものだとは考えられていない。マンハイムは,同年齢層の人たちが経験する共通の歴史的な境遇や環境を世代状態と呼び,世代状態を基盤として「同じ世代」としての自覚とまとまりができ,結束して歩調をあわせた行動がとられるとき,それを世代統一と呼んだ。具体的な歴史的事件をきっかけに,世代統一が実現したときにはじめて,社会学的な意味での世代が結晶したとみるのだ。
六〇年代の若者が階級や時には国境の分割線を越えて,若者としての「われわれ」意識をもつきっかけになったのは,公民権運動(アメリカでの人種差別撤廃を目指す社会運動)やヴェトナム戦争,一九六八年のパリの「五月革命」やシカゴで開かれた米民主党大会でのイッピーの「異議申し立て」といった歴史的事件だった。そうした意識に裏打ちされた若者の世代行動は,先鋭的な「反乱」や対抗文化運動というかたちをとった。若者一般の音楽としてのロックというジャンルが,こうした世代の運動の文脈のなかで成立したことは,ビートルズについての何冊かの優れた本(デイヴィス,小笠原豊樹,中田耕治訳『ビートルズ』草思社,一九八七,ウィーナー,原田洋一訳『COME TOGETHER ージョン・レノンとその時代』PMC出版,一九八八,北山修『人形遊びー複製人間論序説』中央公論社,一九八一)に目を通すだけでも分かる。
さらに,フリスはとくに触れていないが,六〇年代の若者の世代意識・世代行動の前提条件としては,その主体となった戦後生まれの人たちがベビー・ブーマー(団塊の世代)と呼ばれる数の上で傑出した出生コウホートだったこと,また,高度に発達した視聴覚マス・メディアによって意識や行動を広く同時的に共有する道が開かれたこと,の二点にも目配りする必要があるだろう。人数は,「豊かな社会」では大きな購買力を意味し,社会的影響力の源となる。いっぽう,メディア・テクノロジーの発達は,マクルーハンのことばを借りるなら地球を巨大な一つの村にし,六〇年代半ばには「ビートルズ現象」を,そして後半には若者の反乱や対抗文化を,同時性のきわめて高い国際的出来ごとにした。
六〇年代は両義的な時代だ。それを自律的・創造的な若者文化が興った「流産した文化革命」の時代と見る論者もあれば,それを消費社会化が堰を切ったように進んだ時代と見,対抗文化とそれにコミットした人びとこそがじつは現在の消費資本主義の繁盛を準備したと説く論者もある。そしてそのどちらにも,一理があるといえる。いずれにせよ,ポピュラー音楽の主流が,「家族で聞く」世代横断的なものから現代版有閑(レジャー)階級ともいうべきティーン・若者をターゲットにしたものへとはっきり移行し,そうした音楽の「文化的価値」が広く認められはじめた六〇年代こそが,ぼくらのポピュラー音楽状況の「現在」の原点には違いない。ビートルズがエヴァーグリーン音楽であるということの意味は,そういうことだ。
2 メディアと音楽世代
社会の音楽化
より能動的に音楽に関わり,音楽を文字に代わる自己表現や<私探し>の手段として使う戦後生まれ以降の「音楽世代」(ちなみにこの聴覚志向の新世代は同時に視覚志向のマンガ世代でもある)の数が増えるのに対応して,一九六〇年代以降加速度的に社会の音楽化が進んだ。
ラジオ・TVで音楽番組が盛んになり(FMラジオ局の誕生はそれを加速した),種々のお店や飲食店から商店街の街路までさまざまな場所にBGMとして音楽が浸透し,都市のサウンドスケープ(耳に聴こえる「風景」)と切っても切れない存在になった。ラジカセやカー・ステレオやウォークマンが普及するにつれて,ますます自在に電子再生音楽を自分が望む場所へ持ちこむことができるようになった。これは,ラジオやステレオが「家族のもの」だった時代が昔のことになり,音楽の嗜好や享受形態の個人化が進んだということでもある。もちろん,音楽化が進行し,そのテコとなった若者世代の音楽〓ロックが,従来の主流のシングル盤ではなくLPのかたちで大量に売れるようになった六〇年代後半以降,音楽ソフト産業の売り上げ高は大きく伸びた。
こうした社会の音楽化の流れを,小川博司は,(1)言語的コミュニケーションから非言語的コミュニケーションへ,(2)視覚的コミュニケーションから共通感覚的コミュニケーションへ,(3)非時間拘束的コミュニケーションから時間拘束的コミュニケーションへ,という三つの側面に区分して整理する(『音楽する社会』勁草書房,一九八九)。これは,おおざっぱな言い方をすれば,電子メディアの発達とともに,文字と書きことばという一元的で超時間的な情報メディアから,音響ソフト・TV・映画・ヴィデオ・大規模なコンサートなどのような,話しことばと音声(サウンド)に依拠し,非言語的な視覚情報を伴う総合化された時間制約的な情報メディアへと,コミュニケーションの重心がシフトしていったということだ。
メディアの脱近代
こうした見方の背景には,一種の「脱近代化」論ともいえる歴史認識がある。マクルーハンは,文字より顔をつきあわせた対面的コミュニケーションに頼った前近代はクールなメディアの時代であり,活字文化全盛の近代はホットなメディアの時代,そして電気メディアの発達した現代はふたたびクールなメディアの時代だという。とすれば,近代化(あるいは文明化)の過程で,(1)(2)(3)とは逆の方向に,いわばコミュニケーションの非音楽化(もしくは非身体化・非パフォーマンス化)とロゴス化が起こり,その後,現代になって電子テクノロジーの力を借りて,疑似「村」(=前近代)的コミュニケーション状況が地球大の規模で成りたつ可能性ができたということになる。
音楽の歴史にも,たしかにこの三段階論が当てはまるようにみえる。ウェーバーが『音楽社会学』(安藤英治他訳,創文社,一九六七)で述べたとおり,西洋のクラシック音楽の歴史は,「合理的」な音階と「客観的」な記譜法(音楽の書きことば)の発達を契機に進んだ,音楽を生みだす社会組織の官僚制化の歴史だった。西洋音楽は儀礼や演劇・舞踏や,ついには歌唱からも離れて「純粋化」され,身体性が大幅に削りとられた。規範性を帯びた作品=「曲」の楽譜を書く作曲家(芸術家にして商品としての「曲」の所有者)を頂点に,演奏についての意志決定の階統(ピラミッド)が確立され,その階統は標準化された技能訓練と高度化された分業によって支えられた。しかし,電子メディア時代の音楽状況は,こうした音楽の書きことば優位を掘り崩しつつある。複製音楽ソフトの再生音を聴くこと(「第二次聴覚性」)を通じて,楽譜ぬきで演奏や歌唱をコピィすることが可能になり,そのことの影響は,ポピュラー音楽だけでなくいわゆるクラシックにも及んでいる(小川,前掲書)。
タイム・トリップとメイズ(迷路)
マクルーハンは,電子メディアが空間的な同時性を地球大に広げるという点を強調したが,同じようなことが時間軸に沿ってもいえる。ハイ・ファイな,つまり精度が高くノイズの少ない映像/聴覚メディアは,過去の出来ごとを同時的なもののように再現し,それを通じてぼくらは,レノンやプレスリーやジミ・ヘンドリックスの死後に彼らと知りあい,そのファンになることもできる。
音楽の場合,レコードが出てくるまでは(ちなみにそれがアメリカの大衆市場に出回るようになったのは一九二〇年代),演奏とはその場かぎりのものだった。それ以降に集積された音楽演奏の記録は,莫大な量にのぼる。社会の音楽化にともなって集積のペースは加速され,しかも集積される記録は録音・再生の両面で飛躍的に精度と永続性を高め(CD化はもちろんその両者についての新たな一歩だ),また映像を伴う場合も少なくなくなった。民俗社会が忘れる社会だとしたら,電子メディアの時代は世代を越えて憶えつづける時代,そしてノスタルジアがテクノロジーと産業によって構造的に現在の一部に組みこまれた時代(デイヴィス,間場寿一,萩野美保,細辻恵子訳『ノスタルジアの社会学』世界思想社,一九九〇)だといえる。
その結果,少なくとも理屈の上では,複製音楽商品を売ろうとする新しいミュージシャンは,同時代のライヴァルだけでなく,自分の音楽のジャンルの過去の総体を相手に競争することになる。これはもちろん音楽的なイノヴェーションを生みだす圧力にもなるが,しかし,たとえばロックという新ジャンルに限ってみても,二十数年の歴史のなかでさまざまな試みが行われ,システマティックに「新しいこと」をする余地は(西ヨーロッパ=アフロ・アメリカ音楽文化圏外の音楽の要素を「エスノ」や「ワールド・ミュージック」というラベルをつけて導入するのでなければ)小さくなっている。こうした状況下で,なお新しい商品を産出し,売りこむ戦略はいくつか考えられる。とくに頻繁にとられる戦略に,衣服のファッションと同じように,流行のモードを作って過去をそっくり陳腐化することや,複製技術の発達の結果失われたとされる「アウラ」に似た何か,たとえばミュージシャンの「スター」としての個性や出来ごと・パーフォーマンスの一回性を売り物にすることがある。
マニアックな音楽の聴き手にとっては,この大量に蓄えられた音楽情報の記録は,いわば巨大なメイズだ。迷路を歩きながら,自前の地図を作るという批評的な遊びは楽しいが,それは万人向きとはいえない。そこで,大量の音楽複製情報を網羅するカタログやディスコグラフィー,何十撰・何百撰といったたぐいのガイドへの需要が出てくる。クールで時間制約的な音楽情報は,大量に集積されると,かえってホットな文字メディアによってインデックス化され,モノ化されがちだ,という逆説的な事態があるのだ。さらに,大量の情報を縮減し,手ばやく取捨選択するために,聴き手=消費者は,マス流行やカルト的なスタイル,音楽評論家やコピィ・ライターが紡ぎだす種々の「神話」に依拠することにもなる。(注1)
リアリティの多層化と細片化
電子メディアは,空間的・時間的にぼくらの感官(のうちの二感)を広げるだけではなく,ぼくらの現実のフラグメンテ−ション(細片)化・重層化を促す働きもする。日常会話や文章の入れ子構造や空想・白日夢などの現象をみても分かるとおり,ヒトにはもともと,自分のリアリティ,つまり「現実」として経験される世界のフレイム(枠組)を多層化・多チャンネル化して,それを使いこなす能力がそなわっている(E.Goffman,Frame Analysis, Harper & Row, 1974)。メディアのテクノロジーは,そうした能力を発揮することを助けたり,ときには強いたりする。
テレビ,ビデオ,レコード・プレイヤー,CDプレイヤー,カセット・デッキ,FM/AMチューナー,ファミコンをつないだシステムは今では珍しくない。そうした複合系では,一つでも多チャンネル的な電子メディアはさらにマルチ・チャンネル化され,自在かつ瞬時に切り替えられる。あるいは,音楽の「ながら聴取」や「音の壁紙」としての使用,映画やTVドラマなどでの「状況描写」のための効果音・BGMとしての音楽利用を思い浮かべてほしい。聴覚経由で伝わる複製音楽は,視覚に頼って行われる作業や情報伝達と比較的容易に重なりあうことができ,リアリティを多重/多層化する。そもそも,ポピュラー音楽の歌の多くはメロディがついた数分間のドラマであり,たとえば通勤の途中渋滞した高速を通り抜けるあいだに,ぼくらは,カー・ラジオやカー・ステレオでさほどの注意を払うことなしに十も十五ものドラマを経験できる。
こうしたメディア状況のおかげで,多元的リアリティという発想が,ずいぶん親しみやすいものになったはずだ。テレビやマンガの笑いをみても分かるように,一般に世代が新しくなるほど,人はフレイムについて意識的(frame-conscious)になってきている。し かし,リアリティの複数の層やチャンネルのあいだをこまめに往還したり,それらに同時的にアクセスしようとすれば,一定の認知的緊張を余儀なくされ,単一のリアリティへ深く没入(engloss)できにくくなる。
浅田彰の「ノリつつシラけ,シラけつつノル」というコピィは,電子メディア機器を駆使してリアリティのコラージュを作る音楽化第二世代が,フレイムを意識しながら(たとえば音楽をエアー・チェックやダビングするときに,録音レベルや曲の配列,テープに収まり切るかどうかなど編集作業に気を配りながら),同時にそのフレイム内のリアリティに没入しようとする(再生される演奏・歌唱に「ノろう」とする)努力の形容と読みかえることもできる。他者ではなく,複製情報を扱う限り,ぼくらは多様・多層なリアリティのストリップ(切片)を思いどおりにコラージュしてハイパーリアルな日常経験を構築することができるが,そうした「おたく」的生活は,それが退行的でなく批評的なものであっても,単一のリアリティ内の事柄を深く多面的に味わう能力を衰弱させはしないだろうか。また,単一の「強力な」リアリティへ手放しで没入することへの飢えを育みはしないだろうか。
電子メデイアの両義性
先に触れた音楽の近代化/官僚制化は,他の労働の分野で起こったのとよく似たことを,音楽を作りだす現場にももちこんだ。おおざっぱにいえば,前近代は「芸」の時代だった。音楽(それはまだ「純粋」化されず儀礼や芸能に埋め込まれていたが)をなりわいとする身分の者が幼時から伝統的な型を「見習い」「身につける」修業をし,言語化されない暗黙知であるそうした型にそってワザを磨き,各自の芸のスタイルを身体化した。近代的な音楽組織では,そうした芸は,微分化・標準化された互換性の高い技能(テクニック)に置きかえられた。
いわゆるクラシックが世界的に普及したのには,おそらく,西欧による帝国主義支配の歴史とともに,便利で「客観的」な記譜法と,テイラー主義の科学的管理法と精神が似通った「合理的」で標準化された(したがって学校での普通教育になじむ)訓練システムが与って力があったはずだ。標準化された西洋音楽の複雑化・分業化とともに,職業演奏家は高度な専門技能家になった。ロックをはじめとする産業社会のポピュラー音楽には,こうした専門技能家へのアンチ・テーゼとしてのアマチュアリズムの体現という面もあるが,同時に,たとえばアドリブのギター・ソロの指さばきを競うというようなかたちで,独自の技能志向をもってもいた。
しかし,電子テクノロジーは,技能崇拝を解体する。最近の録音スタジオでは,歌や演奏のミスを除去し,アドリブの最良の部分をつなぐ,といった編集作業がたやすくできる。シンセサイザーやサンプリング・マシンといった電子楽器を駆使すれば,演奏の技能訓練を受けていない「作曲家」が一人であらゆる器楽パートの音を作りだし,一線級の演奏家にもできない複雑な演奏の音を合成することもできる。
したがって,電子メディアが,近代化の結果失われた身体性を回復させると一概にはいえない。電子メディアは,情報の送り手が受け手の身体に「感じさせる」力を質・量ともに増大させるが,しかし同時に,たとえばプログランミングされたシンセサイザーだけが並ぶステージを思い浮かべれば分かるように,送り手の側の「感じる」身体を「合理化」し取り去ってしまえるようにもする。マクルーハンの「地球村」のイメージには,電子マス・コミュニケーションは双方向的なものという想定が含まれているはずだ。双方向的なコミュニケーションでは,「感じさせる」側は同時に「感じる」側でもあり,したがって身体性の省略には限界がある。しかし,そうした双方向性は,あるいは電子メディアにとって本来的なものかもしれないが,いまのところ,「自由ラジオ」やパソコン・ネットワークのような萌芽的なかたちでしか実現していない。
「どんな音でも出せる」電子楽器の普及にもかかわらず,比較的保守的な制度であるポピュラー音楽では,サンプリング(音の引用)を用いたコラージュの手法で従来の「曲」の概念を解体するラップのような試みもあるとはいえ,既存の楽器のパートを音色に趣向をこらした電子音に置きかえるという以上の大きな音楽構造の転換は,今のところ広く起こってはいない。電子音楽化はかえって,ヴォーカルの表出性や,プログラムされない一回的なパフォーマンス,演奏のショー的・ドラマ的性格といったものに逆説的に脚光をあて,つまりは近代音楽の作品志向と用具主義的な技能志向を相対化して,技能をより前近代の芸に近い,パフォーマーと聴衆の身体的な「共振」を実現するための方法として捉えなおすきっかけになるかもしれない。しかしそれはあるいは,聴き手の感性を組みかえ,装置と共生するサイボーグの傾きを強めた現代人の日常生活に応じた,身体性から離れた無機的音声への嗜好を作りだす運動であるのかもしれない。
3 音楽世代の現在
若者世代の逆説とロックのロマン主義
先に,一九六〇年代に西側の産業社会では,ヴェトナム戦争や若者の異議申し立てなどの歴史的事件を契機に,アクティヴな若者世代が成立したと述べた。「三十才以上の人間を信じるな」というアメリカのイッピー(政治化したヒッピー)の警句は,当時の若者の気分をよく映すと同時に,「若者世代」というものの逆説的な性格を示してもいる。若者はいつまでも若者のままではいられない。今日の青年も,ほんの十年か十五年後には三十を越えてしまう。
産業社会の若者は,制度的に大人の役割を猶予されてマージナルな社会的位置にあり,既得権益を比較的少ししか持たないために,エスタブリッシュメント(既成の社会制度とそれがもたらす秩序)への根本的な批判・異義申し立てや,既成の枠に収まらない文化的イノヴェーションを行いやすい。しかし,ある世代が「若さ」を世代のアイデンティティの主要な基盤にし,より上の世代(「オトナ」)をネガティヴな準拠集団にして成り立つとすれば,その世代意識は,若者がエスタブリッシュメントのなかに配置され,そのなかで既得権益を積み上げながら「大人になる」につれて拡散せざるを得ない。エスタブリッシュメントとそれを支える大人のあり方に異議を申し立てるだけでなく,自分たちの価値観に釣り合う,より望ましい別の(オルターナティヴの)大人の役割イメージを生みだし,それを実現するための活動を組織することができなければ,モラトリアム期にかたち作られた世代運動は,その時期を越えて持続しないだろう。
ロックという音楽ジャンルは,英米のベビー・ブーマーたちの手で,若者世代の文化の一部分として生みだされた。そのため,そのスタイルと歌の世界のなかには,「大人になりそして年老いてゆく」ための順路は整備されていない。ケニストンは,六〇年代に異議申し立てをした若者たちを調べて,彼らは外面的な社会的位置は学生や大学院生のようなモラトリアム状態にあっても,内的には成人としての自己を確立していたと述べたが,栗原彬は,それとは逆に,仕事を持ちうまく大人の役割を演じていても,内面的にはそうした役割にコミットせずに非決定なままでいつづけるモラトリアム人間の像を提示する。若者の意識の「現代化」を前者から後者への移行として捉えたい誘惑にかられるが,それはさておき,ロックという音楽の世界は基本的には,後者の「延長されたモラトリアム」に相通じる。ブルーズ・シンガーや娘義太夫語りのような「前近代」の芸人は,十代から大人の声で大人の世界の出来ごとを歌ったが,ローリング・ストーンズのミック・ジャガーは五十才を前にしても若者のマナーで歌う。SF作家ラッカーの近未来SFには,老いてなおドラッグや対抗文化のライフスタイルを生きつづける人びとが登場するが(黒丸尚訳『ソフトウェア』早川書房,一九八九),これは,ベビー・ブーマーズの横顔のかなりうがった戯画だ。
ロックの世界の価値の中核はヘドニズム(快楽主義)なのだが(フリス,前掲書),それを修飾する「反抗」や「ドロップアウト」,「日常性の超越」のようなオーセンティックなロックの「神話」は,多くの場合ロマン主義の変奏曲だといえよう(R.Pattison,TheTriumph of Vulgarity: Rock Music in the Mirror of Romanticism, Oxford University Press,1987)。ロマン主義的な主体性や「絶頂の体験」についてのレトリックは,近代社会のエスタブリッシュメントを支える官僚制とその合理主義・実証主義のアンチ・テーゼだが,それはいいかえれば,官僚制的なものの存在を前提にしてはじめてロマン主義(あるいは「男のロマン」でもいい)が成り立つということでもある(ブラウン,安江孝司・小林修一訳『テクストとしての社会』紀伊國屋書店,一九八九)。そうしたロックのロマン主義は,ましてそれが盛り場やコンサート会場などの「第三空間」,若者の個室やTV・ラジオの音楽番組のなかに囲いこまれていれば,エスタブリッシュメントにとって「商売の種」でこそあれ,さほどの脅威ではない。
対抗文化から消費文化へ
一九七〇年代に対抗文化の退潮とともに,次第に,若者のライフスタイルとその音楽は消費文化に強く彩られるようになった。とりわけ,オイル・ショック後の一時期を除いて類を見ない好況が続いた日本では,少産化の追い風も受けて,若者はますます「豊か」なレジャー階級になった。彼らの消費を促す企業宣伝と音楽産業の流行音楽作りの企画とがクロスオーヴァーし,商品・企業の「イメージ・ソング」や企業の冠コンサート,ミュージシャンのCMタレントとしての起用にみられるように,ポピュラー音楽は消費資本主義の文化戦略の懐深くに取りこまれることになった。最近のテレビ・タレントの多くが身につけている,「豊かでファッショナブルな消費生活」のオピニオン・リーダーや「モデル」や「売り子さん」としての姿勢と表出のスタイルは,当然,ポピュラー音楽の歌手やミュージシャンにも浸透する。
演歌(艶歌)からアイドルのポップス歌謡とニューミュージックへ,さらに,しばしば横文字のタイトルのついた和製ロック/ポップスへ,という日本の流行歌の流れからは,歌からサウンドへ,という力点の移行だけでなく,歌のドラマの中身の変化が読みとれる。中島みゆきの作品のように例外はあるが,七〇年代以降おおざっぱにいえば流行歌は「明るく」なり,悲しみや孤独,怒りなど「苦しい」感情を扱うことが以前より少なくなった。歌にも,演劇やカウンセリング,宗教的儀礼などの場合と同じように,カタルシスをもたらす働きがある。聴き手は,そのドラマ世界へ適当な距離を置いて感情移入することを通じて,日常生活のなかで半ば無意識のうちに表出を抑圧された「苦しい」感情経験を解発してその経験にケリをつけることができる(T.J.Scheff,Catharsis in Healing, Ritual and Drama, University of California Press, 1979)。
なぜ近年そうしたカタルシスの歌が減り,また感情移入を誘う情緒的な「泣き節」が不人気になって「エンカの死」さえ取り沙汰されるようになったかというのは,アメリカ黒人音楽におけるブルーズの退潮といった他の事例とも比較しながら,検討すべき研究課題だ。ここではそれについて,以上にみてきたことに関連する二つの仮説を挙げておく。一つは,流行音楽のおもなターゲットが「苦」の経験の少ない社会的位置にいる若者とティーンに移ったため,その種のカタルシスの歌が求められなくなったというもの,もう一つは,消費社会化/サーヴィス社会化に伴って,先に述べたような「売り子さん」の表出上の規範が歌の世界(そして実生活)に広がり,「豊かな消費生活」のイメージにフィットしない「苦しい」感情経験は「ダサイ」ものとして,流行歌の世界から排除されるようになったというものだ。いずれにせよ,一九六〇年前後の歌謡曲を分析して見田宗介が述べた「現代人は『幸福』であることを強いられている」(『近代日本の心情の歴史』講談社,一九七八)ということばは,七〇年代以降の消費文化の時代になって,ますます当を得たものになったようにみえる。
消費という名の労働
メディア・テクノロジーの発達は,視聴覚メディア機器が大衆市場の花形になったという事実と切っても切り離せない。もともと,エリート主義的なオーディオ・マニアにはカー・マニアと同じようにハードという手段自体の性能を自己目的化する傾向があったが,視聴覚メディアが普及するにつれて,ステレオ,ラジカセに始まり,ウォークマンやCD,ハイファイ・ヴィデオからホーム・カラオケにいたるハードが表示する微細に差異化された「価値」とライフスタイルが消費の「主」になり,ソフトは「従」になる(CDプレイヤーを買ったから何か手ごろな音楽のCDを買う)といった倒錯が大衆化される。メジャーの音楽ソフト会社は,親会社がハードを作る家電メーカーである場合も少なくなく,したがって,「資本」の側にも,ハードを売るために「宣材」としてソフトを作るという,同じような倒錯が成り立つ余地がある。
日本でのハード産業主導のビジネスの動きを象徴するのが,カセット・レコーダーやビデオなどの複製機器の普及だ。複製機器は,著作権を保護する法システムが未整備な日本ではとりわけソフト産業の収益を脅かすが,しかしハード・メーカーに大きな収益をもたらす。複製機器が普及したおかげで,ぼくらは音楽により能動的に接触できるようになったが(彼女にプレゼントするテープの選曲だって大げさにいえば一つの批評行為だ),同時に,新しい「仕事」を抱えこんだ。流行の,あるいは自分の「こだわり」に合いそうな曲やアルバムをエア・チェックしたりレンタル・ダビングしたりし,週間テレビ番組表をチェックしては「気になる」番組や映画を録画して,精出して複製品を溜めこみながら,しかしその多くをせいぜい一度か二度再生するだけであったりすると,複製機器に自分が使われている,あるいは,「豊かな」消費とはじつは企業の商品生産を補完する「社会的工場」のなかでの労働なのだという認識(小倉利丸『支配の「経済学」』れんが書房新社,一九八五)が,にわかに現実味を帯びてくる。
4 音楽化社会の課題と可能性
身体のテクノロジーへ
つまり,メディア・テクノロジーの「革命」とそれを背景に進んだ社会の音楽化は,両義的な性格を帯びている。それは,コミュニケーションの双方向性と身体性を回復する力にもなりうるが,同時に,未曽有の規模の一方通行のコミュニケーションの達成や,トータルな身体性の視聴覚情報によって構成された擬似的な身体像への置き換えといった現象の基盤にもなる。メディア機器と複製視聴覚ソフトを通じて,人は多くのリアリティの選択肢を持つようになるが,それは異質なものとの出会いの可能性を高めると同時に,自分にとって興味のない事柄をノイズとして排除しながら諸リアリティを編集し,世界を「正真正銘の閉じたミクロコスム」にしてしまうことを可能にもする(渡辺潤『メディアのミクロ社会学』筑摩書房,一九八九,また,近年「アイドル」・ファンに,「アイドル」との直接的接触よりもカメラのファインダーや複製メディアを通じた間接的な「所有」を好む傾向がみられるという証言を紹介した,稲増龍夫『アイドル工学』筑摩書房,一九八九も参照)。
コミュニケーションのパフォーマンス化の趨勢は,感じる身体の肯定にもつながるが,いっぽうでは,感じることを演じる感情表出の操作(emotion work; A.R.Hochschild,TheManaged Heart, University of California Press, 1983参照)の訓練にもなる。ロック やポップスのコンサートでの「総のり現象」を観察すれば分かるように,「のる」という社会的場面が課す義務の履行に長けることは,実際に深く「のる」能力を身につけるのとはまた別のことである。
ポピュラー音楽とは,基本的には快楽を実現する方法だと,筆者は考える。その快楽は,認知的であると同時に生理的でもある身体性(感じる身体)に裏づけられている。人は,それほど複雑な機械や装置を使わなくても(ましてや脳の快楽中枢を直接刺激するシンクロ・エナジャイザーのような快楽マシンを利用しなくても),歌唱や器楽演奏,演技,踊りなどへの参加や感情移入を通じて自らの身体性を操る技法に習熟してさえいれば,たやすく脳内に快楽物質を作り出し「気持ちよく」なることができる。そうした技法に習熟するという意味での身体性の回復があってはじめて,「メディア革命」はぼくらの感性の拡大に貢献したといえるだろう。今の日本のライヴ・スポットやコンサートは,あるいはディスコは,どの程度そうした身体のテクノロジーの教習所として機能しているだろうか。
語りの回復へ
ポピュラー音楽の曲の多くには,歌がある。その歌唱は多くの場合,日常の話しことばが一定のルールにそって変換されたものと考えられる。したがって,そのメロディやリズム,アクセントは,言語の音声的な仕組み(抑揚やアクセント,音韻構造など)と一定の対応関係をもつだろう。しかし,日本の場合,初めに述べたように,明治以降のポピュラー音楽の歴史は,次々に入ってくる輸入音楽の「日本化」の歴史であり,その「日本化」の出発点にはほとんど不可避的にことばと曲との肉離れがあった。一九六〇年代以降の流行歌の英米ポップス化・ロック化は,そのため起こる肉離れを,ポップス/ロック的要素の「日本化」(グループ・サウンズやニューミュージックがその例)と歌詞のポップス/ロック化(小川の前掲書の二章参照)の二つの方向で埋めようとしてきた。
しかし,どれだけ歌詞のリズムやライム(脚韻)に気をつかっても,あるいは日本語の歌詞の音声的な弱点を英語の語句を差し込むことで補おうとしても,それだけでことばとサウンドの肉離れを埋めることはできないだろう。必要なのは,ぼくらが取り入れた新しいサウンド感覚に対応するかたちでの日常会話の再音楽化であり,日常の相互作用の再身体化である。節談説教や講談,浪曲,落語などの伝統的話芸の衰微・混乱と新世代のコメディアン,バラエティ・タレントたちの「話下手」ぶりをみてもわかるように,「一次的ことば」(岡本夏木『ことばと発達』岩波書店,一九八五)に立脚したヴァナキュラーな語りの従来の型はほとんど壊れ,しかも,それに代わって頼りになるものがまだ出てきていないようにみえる。日本語の「英語化」が云々されてはいるが,日本語が旧植民地諸国のように欧米語とクリオール(混血)化する兆しはもちろんなく(起こっているのは相変わらずの和魂洋才の試みだ),ぼくらは日常,一部のポップスの歌詞のような英語まじりの会話を交わしてはいない。今後,若い世代が日本語の「ことば起こし」を通じて話しことばの新しい音楽性を確立し,彼らのポップス/ロック曲がそうした話しことばと自在に行き来するようになったときはじめて,ぼくらは英米のポップス/ロックと肩を並べる,言文一致ならぬ言・歌詞・曲一致のポピュラー音楽を手にしたといえるだろう。
(注1)小倉利丸は近年,音楽消費のこうした側面に注目して,文化=情報資本主義の市場行動を支える「パラマーケット」という新しい概念を提唱している。
[参考文献]
●姫野翠『芸能の人類学』春秋社,一九八九。
●桜井利枝『豊竹團司の一世紀』ミネルヴァ書房,一九八九。
●G・マーカス,三井徹訳『ミステリー・トレイン−ロック音楽にみるアメリカ像』第三文明社,一九八九。
●林進,小川博司,吉井篤子『消費社会の広告と音楽−イメージ志向の感性文化』有斐閣,一九八四。
●M・マクルーハン,栗原裕,河本仲聖訳『メディア論−人間の拡張の諸相』みすず書房,一九八七。
●細川周平『レコードの美学』勁草書房,一九九〇。
●粉川哲夫『バベルの混乱−マスメディアは過激になれるか』晶文社,一九八九。
●O・E・クラップ,小池和子訳『過剰と退屈−情報社会の生活の質』勁草書房,一九八八。
●K・ケニストン,高田昭彦,高田素子,草津攻訳『青年の異議申し立て』東京創元社,一九七七。
●佐藤良明『ラバーソウルの弾みかた』岩波書店,一九八九。
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