白人ア−ティストによるR&Bのカヴァー一覧 1951-1960

Compiled by N.Nakagawa,December,1996

●リストの最後に,[解説]があります。
○カヴァー・ヴァージョンのポップ・チャートでの順位が,オリジナルのそれを凌いでいる場合には,下線をつけました。
★…オリジナル ○…カヴァー

[1951]

[1954]

[1955]

[1956]

[1957]

[1958]
[1959]

[1960]


[解説(つうか,これは何のこっちゃという説明)]

1.これは,「ロックンロ−ルが誕生した」といわれる50年代を対象にして,アメリカ黒人のR&Bの要素が,白人のティン−エイジャ−に普及していく過程を見るための資料として作られたリスティングです。そのため,オリジナル曲は50年代のものに限り(ただし40年代のものやモダン化されたスタンダ−ド,フォ−クロアも若干含まれていますが),カヴァ−曲は1960年代のものまでにしました。)これで完全に網羅したとはいいがたいですが,主要なものはほとんどリストアップされているはずです。)

2.オリジナルとカヴァ−のどちらかが有名だということを,リスト・アップの基準にしました。チャ−ト関係の資料として,Joel Whitbern's Pop Singles Annual 1955-1986.Record Reasearch,1987. Joel Whitbern's Top Rhythm & Blues Records 1949-1971.Record Research,1973. および,John Edwards,Top 10's & Trivia of Rock & Roll and hythm & Blues 1950-1973.Blueberry Hill,1974. を使いました。したがって,記載のチャ−ト順位はすべてビルボ−ドのものです。(見やすいように,POPのトップ20位までには,下線をつけました。)

3.このリストには,後にギター中心のバンドの主要レパートリーになる,ビ−トの効いたいわゆる狭義のロックンロ−ルだけでなく,「ドゥ−ワップ」と呼ばれる四部形式のコ−ラス・グル−プの曲もたくさん入っています。「ロックンロ−ル」ということばを作ったといわれる白人DJ/プロモ−タ−,アラン・フリ−ドのショウの構成を思い浮べてみても,そうしたハ−モニ−・グル−プが,あの時代の「ロックンロ−ル」の重要な一部分だったことは明らかです。
 初期(1954年)の白人によるカヴァ−曲をみれば,むしろ,白人ア−ティストは,そういうグル−プの都会的(ティンパン・アレ−的な音楽様式をけっこう踏まえた)なバラ−ド曲をとっつきやすいものと感じ,そうした曲からR&B曲の模倣を開始した,といえるのではないかと思います。ただし,ドゥ−ワップ・グル−プの曲にもアップ・テンポでビ−トの効いたダンサブルな曲は結構あるのですけどね。

4.R&Bチャ−トでヒットしたオリジナル曲がポップ・チャ−トではほとんどアクションを見せず,同時期に,それをカヴァ−した白人ア−ティストの曲がポップ・チャ−トで大当たりする,というケ−スは,カヴァ−史の初めごろによく見られ,時とともにそうしたケ−スは少なくなってゆきます。1955年にポップ・チャ−トで白人のカヴァ−・ア−ティストをこえる成果を収められたのは,プラタ−ズとチャック・ベリ−だけ。ナツメグズやム−ングロウズ,スマイリ−・ルイスのように,ポップ・チャ−トにまったく登場しないケ−スもあった。つまり,このころまでは,ポップとR&Bの二つのマーケットの間に壁があったのですね。
 ところが,翌56年になると,リトル・リチャ−ドがパット・ブ−ンを凌いだ(かろうじて,だけど)というケ−スが象徴するように,R&Bア−ティストのポップ・チャ−トでの登場と成功がより容易になってきています。57年になると,その時R&B界で流行っている曲を吹き込んでポップ・マ−ケットで儲けるという,パット・ブ−ンやフォンテ−ヌ・シスタ−ズなどが頻用してきたフォ−ミュラは,ほとんど成り立たなくなる。つまり,この頃にはいちはやく,白人聴衆が黒人のオリジナルを受け入れるるようになった(またおそらく,同時に,配給の手配や曲作りなどに関してのR&B製作者側の白人マ−ケットへの対応力も高まった)ということです。パット・ブ−ンなどはそのため,過去のR&Bヒットのカヴァ−という新路線をとることになります。

5.もうひとつ,カヴァ−・ヒットが56年をピ−クにして減っていく理由として,白人のロックンロ−ル・ア−ティストがオリジナルを書いてヒットさせるようになったということが挙げられます。プレスリ−はソングライタ−じゃなかったけど(黒人のソングライタ−,オ−ティス・ブラックウェルが黒子として貢献した),バディ・ホリ−の「ペギ−・ス−('57)やカ−ル・パ−キンスの「ブル−・スウェ−ド・シュ−ズ」('56),ジェリ−・リ−・ルイスの「ホ−ル・ロッタ・シェイキン・グ・ゴ−イン・オン」('56)などのように,ロックンロ−ル・ブ−ムが始まってまもなく,白人ア−ティストは,自前の曲でヒットを出すようになってゆきます。

6.あと,R&Bヒットのカヴァ−といっても,曲の作者が黒人とは限らない,という点も押さえる必要があります。たとえば,この時期に大活躍するレイバ−=スト−ラ−のコンビは,R&B好きの白人(たぶんユダヤ系)コンビでした。彼らの仕事が,ポップだけでなく,R&Bそのものの「ティ−ン化」を促した,という点は注目に値すると思います。 (おしまい)


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