●スライム −むかしの・し抄 1972-1985
[*おねがい]
やはり、詩に横書きは違和感があります。
頭のなかで縦書きに直して読んでいただけるとありがたいです。
また、ルビがつけられないので、( )に入れて当該語の後につけました。
これも、あなたの人脳空間のなかで、ルビに直して見てください。
◇◇ 目次 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
町へ出た
スロットマシンの窓から
むねの病い
スライム
三月兎のハイウェイ
STORMY MONDAYのまえの日
GOOD MORNING SCHOOLGIRL
姉小路通り
緑豆のような日没
ピンホールからさす光
綿のうた
フーセンあたま
アップルパイのためのブルース
doggone cool
タスコ
わが街シカゴ
本籍地
登仙
猫拾い
お婆ァちゃんになる
月の光
白桃ジャム
凍土
付記
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1
町へ出た
ひさしぶりに。
ぐるぐる回りながら
破裂する
昼間の花火が光っていた。
やわらかい
唐黍の芯を噛みながら
古い友だちと二人
スレートのかけらが落ちている
路を歩いた。
2
私たちは迷路のなかを
寄り道しながら
目的地からどんどん遠ざかり
もと来た道を
戻りつづけている気がした。
友だちは
あちこちでスケッチをした。
私は
とび跳ねた。
観客のいないところでしか道化ない
素人のクラウンみたいに
ぎこちなく。
3
町から出た。
友だちと別れて。
一日を細い蛇のように
ゆっくりと
呑みこんでゆくあたまの中の
ランプを消した。
(一九七七年十月五日)
目次へ。
一日がとても
果物でいっぱい
ひとつひとつの景色の
皮をすばやく剥くと
果肉にしみ出すおツユ
そしていろんな形状(かたち)の
意匠を凝らした生きものの種が飛びだす
仕掛けは磁石? それともゼンマイ?
手づかみはおろか
網ですくってもすり抜けてしまう
生きてる機械の種が
残すのはベトベトの糖蜜
標本作りはあきらめよう
片目をつぶったり
股のぞきをしたり
後むきに歩いたりしてみるほうが
まだ気が利いているってもんさ
と うそぶいたとたん目の前に
三本のバナナがぶら下がり
金色の河が流れだし
野牛(バイソン)の群れが飛沫(しぶき)をたてて渡河する
水の威勢に
みごとにひっくり返されたぼくは
ジグゾーパズルのように時間をかけてはりつけた
身体じゅうのウロコが
流れちまったのに気づいて
むず痒さに涙を流した
(一九七七年八月八日)
目次へ。
息吸ってあげよ
肺胞にすずしい膿まで
黒目のように吸いだしたげる
螺旋型の涙腺白夜に引き出して
口紅で印をつけてから
目頭にスポイトを差し込んで抜くの
カップ一杯の紅海を
ちょっとした自惚れの上澄みだから
貧血気味のあなたでも大丈夫
膵臓を裏返しにして熊の胃を埋め込んでみたり
マルピーギ小体にまち針を刺したりする区役所にくらべたら
どうってことないわ靴下さえ脱がなくていいあたしのコルセットも外さず
発条(ばね)だらけで抱きあって弾きあうのよ
体腔のなかでおでんを煮るひまもない
一瞬の爆竹 行きがかりの賭博 いわないでその先は琥珀
息吸ってあげよ
かちゃかちゃうるさい言霊まで
鑢(やすり)のように舐めとったげる
くちびる噛んでりゃ偉いってもんじゃないわよ
罐詰鰯みたいな背骨をつっぱって
ほらほら 後ずさりしたら折れちゃう
そこだけ大胆な歯並びは ほとんど銀杏並木ね
しっ しずかに 診療鞄を抱えたヒグマが来るまえに
もいちど
息吸ってあげよ
(一九七一年九月発行の個人誌『叫喚』2号所収)
目次へ。
にょろ にょろ にょろ にょろ
ぼくの中から這いだしてくるもの
イトミミズ
イブをだました蛇
ぬとぬと 緑や赤のスライム
虹のように薄い刃の地球大のナイフで
ぼくから這いだしたものは たちまち
輪切り 千切りに刻まれて
クスクス笑いながら ずんずん透きとおり
くっつき合って空へ揮発する
にょろ にょろ にょろ にょろ
ぼくのアダムの林檎は 芯喰い虫に食われて
中の空洞で
陰気なフェアリィがフラダンスを踊る
(一九八二年五月八日)
目次へ。
"I'm gonna put my tigar in your tank!"
Muddy Waters
オン・エアにしてくれ 空気にのせてくれ
馬はいつでもそう語る
すべり落ち化石した汗に跨がる御者は
コーラのトラックを奔(はし)らせて
卵をいくつかひき潰す
よじれた樹の皮をよじのぼる
ゆく手の電柱は薄らいで湾曲し
地層のおもてからバリバリ剥げる
紙屑が矢のように転がって
伏せた耳のうしろで鳴り裂ける
!ぼくの体腔をのぞかないでくれ
それとも石になってくれ
あ あ 輪になってつながる焼けたゴム
腐れおちそこねたアマルガム
人も馬も鉄骨もごた混ぜに
コオモリ傘と吹き違う
あ あ こんなことはいくどもあったことだし
これからも幾度もあるだろう
きれいな頭骨(スカル)を被ろうよ
すこしづつ内耳がずれてゆく
!河へ入るまえにいっとくよ 猫ちゃん
きみのことばはなが・なが・ながいサイレンに聞こえる
ぼくの声はぼくの耳をとおりふたたび口へ
フィードバック シルヴァーバック
渋さ知らずのジョン・シルヴァーのカムバック
もいちど敷石のかけらで 通りを飾ろう
動く秒針の先にバックファイアが舌吐く
しけった大地にも
鏡のような大気にも
この体腔いっぱいの睦言はさらせやしない
亀甲のうえを火箭(ひや)が飛ぶ あ あ なんという鳩
速度を落とそう ちょっとだけ 皆の衆
降りてくるクレーンを眺めよう
眼のなかにゆっくりと黄色のボタン
トォキョで駄目ならどこでも駄目さ
走るたてがみのなかに隠れたタトゥの守り神だけが頼り
ボタンを鍵を弦を叩けアクセルをふかせ伝声管(ホーン)に
ありったけの悪態をほうりこめ
点滅灯いくつも青白い貌いくつも馬の影いくつも轢きつぶし走る
スペアタイヤは耳のなか
たいがぁヲアナタノオ車に
タイガーをきみのタンクに
(一九七三年六月発行の同人誌『立棺』5号所収)
目次へ。
夜から朝にかけてぶっとおしに
食い 笑い 恋をし 心を弾ませるおれたちの背中のほうから
しかめっ面の空が
漏斗(じょうご)のようなその底をつぼめて
心臓に差しこんでくる
仕事は
おれの覇気と精気を
かすめとりながら週末へと霞んで消えた
ペイ・チェック
を後楯に お大尽気どりのブラザーたち
甘くてほろ苦くて かかとにバネがある生き物に
いつでも変わる用意のあるシスターたち
びしょぬれのシーツを
かぶったような
日曜日のおれの拘束衣のなかで
おふくろの声で ラジオの
聖歌隊のソロ歌手が歌う
それからおれは
空がかすかに
ひきずるように呻きながら
雨雲のしたの木造りの教会に
向かってたわんでゆくのに気づく
(一九七七年六月六日/一九八七年九月二八日)
目次へ。
Good morning little schoolgirl
Good morning little schoolgirl
Can I go home with, can I go home with you?
Sonny Boy Williamson
おはよう 小学生
ぼくは天から逆さ吊りになって
これは ほんとは内緒なんだけれど
ふくれあがった前頭葉には
大人のおもちゃが詰まっている
いと高きものや
永遠の話はきみの耳には入らない
グリスのしみひとつないきみの機械は
学校がひけたあとの長い午後とチューインガムを
際限なく噛んでは吐きすてる
(しかし飲んべえのハモニカ吹き 老サニーボーイは
学校に行ったことがあったのだろうか
かれがちっちゃな小学生の女の子にみたものは
ひょっとしたら
自分が持ったことがない《児童期》の輝きではなかったか)
飛行機を買ってやるよ
それにのってディズニーランドへ行こう
きみは返事に
小鼻いっぱいに意味のない軽蔑をつめて吹く
ぼくは『ハスラー』のマンガの主人公みたいな
変態性欲者(チャイルド・モレスター)じゃないよ
だって ぼくもちっちゃな小学生の男の子なんだから
(一九七六年)
目次へ。
耳をとがらせていると
今日のようにまんまるな天気の日には
路面がせりあがってくるよ
二階の床まで
締めきった窓からは蜃奇楼がひっきりなしにくるしね
そして きみ!
きのう気化したはずの
平べったい女の子のきみの静脈が
日だまりの小皿で匂うのは なぜ?
ぼくの耳たぶにきみがピアスした
タチバナのせい? それとも
今日の上天気がまるごと 幽霊だから?
道の左右のビルを叩く
石駄の音が
駆け去ったあとのクモの巣に
むかしの空襲警報が掛かって ぐるぐる回る
(一九七三年/一九八六年五月)
目次へ。
─ノースサイド・シカゴ1977年
じゃあ またね と自分に手をあげて
高架駅の鉄階段をスニーカーでぱたぱた叩いて
きみの仕組みの抜け殻が
アパートへ帰る さて その後ろ姿を
見送りながらきみは今日が
一生に幾度という祝日だと いま知った
何をしたって
日没から向こうでは きみの
殻から抜けたての蝉のような
やわらかい肌が傷つく ことはないから
通りに降りたった
きみの目のなかは新鮮だ
世界の細部が意味の連関をはなれ
見なれたことどもの幽霊が
影や模様や光沢や入り組んだ仕掛けの
とぎれ目のないつながりをみせる
見なれた(そしていままで見たことがない)
街路樹の幹の鱗模様
と そのうえの三筋の掻き傷は凶
または吉
赤錆びた消火栓を迂回してあるく蟻のような影と
リカーストアの硝子のドアに埋めこまれた金属の防弾ネットが
きみの視線にそって描くアミダと
肉屋のショウ・ケースのなかで歯をむく燻製の豚の頭に
いちめんに生えた生ぶ毛は
大凶
または大吉 そして・・・
きみにみえない街の深部で
伸びながら絡みあうむすうの景色の地下茎に
びっしりとはりついた蛍のような 気泡 気泡 気泡
気泡 気泡 気泡
のちぎれた小さなかけらが浮かんできたのを きみはてぎわよく
吸いこむ
ひとの顔の輪郭
ひとの姿の輪郭
ひとを呑みこむ街路と四つ角と車と空の輪郭
をオフ・ビートのリズムにあわせて シャッフルして歩く
きみは はだかの関心がつまった壷
からだの内ポケットにしまっておいた帆を引きだして広げ
街のかたちをした風をきみは受ける
歓びをリンパに落として 砂糖のようにかきまぜる
そして緑豆(グリーン・ピー)のような日没は
落ちてゆく 夜に向かって
切れ目のない冒険はつづく
きみはますます透きとおり
行き先をたえまなくなくしながら
たくさんの形象(もののかたち)を拾いつづける
いまと この街の不慮の死とのあいだで
(一九七七年三月四日/一九八八年十二月)
目次へ。
その
むず痒いような悲しさの
止まった独楽の
わたしの身体のかたちの
他人のたしかなうごきの
奈落へむかってのそれぞれの時間の
鍼灸医の白いしわぶきの
扇風機からせり出すリボンの
抜けない乳歯の
その
笑えば冗談になるとおもうゆがんだ卑怯の
女だとはっきりわかる胸の
へしまがった折り詰めの殻の
故人の写真の
なにかをしようとつとめたつらい記憶の
三日まえに飲みさしにしたコップの水の
友だちのかすれた肩の
どこにおいても転がる赤いゴムまりの
あいまいなあしたの予定の
気にしないことにしたきのうの記憶の
光源はたったひとつなのかもしれない
わたしが世界にあいた一つのピンホールだとすれば
(一九七七年八月六日)
目次へ。
幾人もの<わたし>を真っ向から轢き殺したあとでも
始末書を書かされることさえなかった
ドライブインのバーガー屋で 夕ご飯を買い
丘のうえの公園で食べるのが日課だった
わたしがビクビクしなかった とは思わないでほしい
どれだけ遠くへ走っても どうしても
まちから外へは出られなかったし
バックミラーの奥にはいつも
いくつかの犯行現場が映っていた
**
ずいぶん長いこと
雨は降らなかった
ワイパーとフロントグラスの継ぎ目にたまった
ほこりは 石綿のように固くて
つまもうとする指の爪と肉のあいだを刺した
日没を見送ってから
アパートへむかって車を走らせると
きまって道に迷った
袋小路の奥からときおり 手招きする人影が見えた
**
こんなふうにして
わたしは 待機してきた
こんなうたのような うわごとのような文字を
ノートに書きつけ 読みかえしたりしながら
**
あなたの手や目や思念の届かないところでは
<わたし>に 形はない
そこにたしかにあるのは 幾すじかの光る針が
日のしたを音もなくすべるあいだに
内側から強張ってゆく 独楽のような
二つのこめかみだけだ
(一九八四年七月五日)
目次へ。
−My head ain't empty, man. It's full of
helium!
きみの尻尾は クジャクのようにひらく
ぼくの尻尾には キツネのような毛がある
きみはオシャレ ぼくは野暮天
だけども気があう
きみの耳には 小さなカタツムリが住んでる
ぼくの耳からは ときどきバナナが生える
だからこわばった心をほぐそう
コップか湯のみで
(*くりかえし)
フーセンあたまのきみと フーセンあたまのぼくと
フワフワフワフワ風に 吹かれてゆこうよ
フーセンあたまのきみと フーセンあたまのぼくと
フワフワフワフワいっしょに 浮かれてゆこうよ
朝になったら 電気やガソリンじかけの箱に
みんな詰めこまれて 小さな矢印になる
きみは北ぼくは東へ
仕事が(やっと!)ひけたら 心臓でホタルが騒ぐ
ほほえみのほとんど擦りきれた 仏頂面がおかしい
さあ こわばった心をほぐそう
コップか湯のみで
(*くりかえし)
(*くりかえし)
(これは歌の歌詞のつもり/一九八五年九月)
目次へ。
二人の老婦人が
空っぽの相槌をうちながら
脇目もふらず
自分のことを話している
重力がしだいに強まり
巨大な林檎の頂上からみえる
サラダオイルの海には
ほとんど波がない
おおきな銀の匙がひとつゆっくり
湾の底にむかって沈んでゆく
天が落ちてくる
と 眠そうな目をして兎がいう
かたわらにいたイソップの亀が
大あわてで歩きだす
その新しい知らせを
百のことばで話す千人の学者に伝えるために
さて テーブルのまわりには
アリス以外はみんな揃った
サー・ランスロットもバーバ・ヤーガも
罐からとび出した五匹のイワシも
セイウチとその三人の付き人もきた
そして道化師たちは
すすり泣くギターの胴のうえで 一日お手玉(ジャグル)や
とんぼ返りや曲乗りをしたあと
控え室にもどって眠る
おやつの皿を枕にしたりティーカップに頭を
つっこんだりして
いまはまだだれも知らないが
そのうちのひとりは 来週
剥製のイルカに潜望鏡をとりつけた罪で
青林檎のつぶてで 打ち殺されるだろう
マクスウェルはだれも殺さなかった
マクスウェルはだれも殺さなかった!
と 毛むくじゃらの顔の男が悲しそうにいって
紅茶のポットを片付ける
そして 二人の老婦人は
イチゴとイチジクのジャムを
つぼめた口から拭って林檎の皮をむきはじめる
(一九七七年十月)
目次へ。
ひぇーっ
なんて天花粉のなかを
ちりめんじゃこみたいに透明で
お腹をすかした顔してきやがんだ
餓えてる奴ぁ好きだよ
ランプの芯に指をつっこまねえからな
ぜんたい
針金でじぶんの領土を吊して
王道楽土を探すふりして
そのじつ糞袋にいっぱい キンメダイを匿してる奴らの
こすいったらないぜ!
まぁ
俺の髪毛んなかじゃ
味噌倉に火ぃつけることも出来ねえけどさ
夜中にごそごそ起きだして
背中を這いまわるベッドだけはないからよ!
(天窓からのぞいて笑うんじゃねえよ)
(一九七四年一月発行の同人誌『立棺』7号所収)
目次へ。
だれひとり夢にもみずに秋の宵
1
遠雷が照らしだす雲の暗さ
稲妻が駆けても
音はきこえない
澄んだ
夜更けの時雨のあとの
タスコの大気が伝える
さまざまな音
(いく色もの耳慣れない虫の音・車と犬の吠え声)
鼻のおくにしがみつく分厚い花のかおり
かすかにまたたくようにもみえる街の灯
(皮膚にひややかな大気の移動)
ポーチで
ぼくは山を背にして
木の椅子にふかく沈没した
景色の広がりの波打ちぎわに
ひとくれの粘土(つち)のように凝まり
アステカ暦の太陽神をまねて 短い舌をつきだした
2
山国タスコの八月は
ぼくには秋
タクシーの運転手は
昔シカゴにいたと どじょうひげを揺らす
広場の雑踏の向こうで
カーニバルがはじまり
聖人の形をした花火が燃える
鐘が鳴る
街頭の明かりのコケインのような涼しさ
そして風
バンドの演奏や花の香のリキュール
稲妻のショウを溶かしこむ透明なタスコの大気が
ぼくをどんどんしらふにする
時をドアからとれた把手の束に変える
(一九七六年八月六〜七日)
目次へ。
夢の中で、僕は質屋の飾り窓のガラス越しに、手を伸ばしていた。ノース・クラーク・ストリートの西側、グランド・アヴェニュからワン・ブロックほど北よりにある店だった。銀色のトロンボーンに手を触れようとしていたのだ。飾り窓の中にあるほかの物は、ぼんやりとかすんで目に入らなかった。(フレドリック・ブラウン『わが街シカゴ』より/永井淳訳)
早春のコイルに巻かれた湖のほとりを 乳母車を追いこす
ジョギング・シューズの脛のながいやつら
わたしは見なれた景色しかあいせない
油のしずくを垂らしながら 網にすくわれるフレンチ・フライ
舌を焼く熱い嘔吐 まだるっこしいコーヒーの匂い
タイルをデッキブラシで鋤きながら
足をひきずって進んでゆくわたしの母の幻し
拭いても消えない泥靴のあとに
額をこすりつけて懺悔したくなる
週に二三度づつ通っていても
リンカーン通りのBERGER CHEFは見知らぬ土地だ
わたしはここで
あるいは缶詰工場の大食堂で
あるいは旦那さん(ミスター)の家の台所や洗濯機のまえで 母に
人生は楽なもんじゃないよ と背中でしゃべらせてしまった
それからはおまわり(コップ)との競争さ 勝ったり負けたり
いつの間にか空にいくつも濁った目が見開き
わたしは乳母車を押していた曾祖母の顔の輪郭だけを思いだす
しかし きみ
シティカレッジで東洋史の授業をいっしょにとった
わたしと似てるけども もう少しおしゃれだった
このニアノースのバーガー屋で働いてたことがあるアジアからの留学生のきみは
同郷の別の友だちの話では
帰国後 くにの大学でデモに参加して
国粋主義者の武闘団〈赤い野牛〉に撲たれ首を吊られたあとナイフで裂かれて
きみでなくなったあともまつげの長い片目を開いていたんだってね
ほんとうの空腹は吐き気そのもの
マクドナルドは通算一六億個もバーガーを売りました
(という2階立ての高さの胸糞のわるい看板)
数えるな アメリカ人
せめて数えないでよな BERGER CHEF
時の回廊を過去から未来へ流れる 挽肉の大河のことを思うと
一六億個の挽肉の塊を焼く鉄板
一六億個のバン、一六億枚のバーガーを包む薄紙を思うと
三千万回はあっただろう屠殺の場面を思うと
肉二枚(ダブルミート)のバーガーをオニオン、トマト、マスタード、ケチャップ入りで、それから揚げ玉葱(オニオンリング)とペプシを とお願いし
2ドルでお釣りをもらうわたしの鼻歌「64歳になっても」と
牛の頭に激しく振り下ろされるハンマーとのつながりをわたしはどう整理すればよいのか
メメント・モリ
人は食事のときになぜ死を思い浮べない
人の首が綱で絞められる 人の顔が油をかけて焼かれることもある
人はなぜ牛の焼かれる匂いは好きで人の焼かれる匂いは嫌いか?
それは単なる習慣の問題なのか(そうとも、とサド侯爵ならいうだろう)
わたしのアジア人の友だちの弟は幸運にも あの留学生のように殺されずにすんだ 警察に裸にされ逮捕されいい尻だといわれ五日で釈放された ほとんど けがもなかった
その友だちはしかし学生には批判的なのだそうだ 彼はフランス・レストランのウェイターをしてて最近華僑の娘と結婚した 先月あったそいつの結婚式の主賓はアメリカに派遣されている軍事政権の情報部の大佐だった
から どうだというわけでもないのだが
BERGER CHEFはあいせない 見知らぬ土地だ
だから ひょっとしたらここがわたしのフルサトかもしれない
あいまいに笑いながら週に二三度ここへくるのがわたしの不可能への里がえり
なのかもしれない
お金を払ってしまえばハンバーガーができるまで
わたしは有無をいわせずこの場所に帰属する
ソンザイ論的不安を異化作用を通じて宥める 地のはての軽食店のカウンターのまえに立つと ストローと紙ナプキンのホールダーにそれぞれわたしのゆかいに歪んだ立像がうつる
レジの赤・青・白のユニフォームの白人(コケージャン)の少女がわたしの異母妹でないという保証はない(そうじゃないかい とうさん?)
しかし バーガーの袋を受け取ると事態が変わる
そこにいつづければわたしは不手際なフクロネズミ
わたしが先頭にいた列はたえまなく新陳代謝をつづける蛇
見知らぬ明るい明後日の方角からきたかりそめのフルサトはあっけなく消える
(ほかに何かいりますか、お客さん(エニシング・エルス、サー)?
ああ あの じゃあ ミルクシェイクを)
乳母車の幌がばさりと落ちてくる
いいじゃないか
わたしもこのバーガー娘もいつかは死ぬのだ
とはいえ
不意をつかれ熱いというより真っ白な第一撃を頭にうけ横ざまに転がって第二の棒を避けようとしたら右脇を蹴りあげられ息を詰める間もなく腹と胸と鼻と股間と右目と額と膝と背中に棒を受けて骨折や内蔵破裂よりむしろ打撃で急性ショック死したところを吊されて切り裂かれる
といった あの眉が濃くはにかみながら笑った留学生のような死に方を
わたしやこのバーガー娘がすることはおそらくないだろう
フー・ノウズ? そうならないってどうしてわかる?
というバーガー娘のことばは わたしの空耳
彼女のミルクシェイクを渡す手にはむすうの金色のうぶ毛が生えている
彼女とダブルバーガーとペプシとオニオンリングとシェイクとこのBERGER
CHEFと そしてこのだまし絵のようなわが街シカゴを
まるごとのみこんで 消化してしまいたい!
バーガーの包装をせかせかとほどくあいだにも食欲は肥大して観念と手を携える バンの背はほんのり暖かい
メメント・モリだよね
牛は沈黙の死者たち
あそこでは死者たちは石けんやランプのシェードや肥料になったとか ああこれは戦時下ドイツの強制収容所での話だが
合理的精神にとむ収容所長は なぜ死者を食用に加工することに思いいたらなかったのか(奴隷の道徳に縛られていたから、とサド侯爵ならいうかもしれない)
死んだ牛は
皮を剥がれ血と内臓を抜かれ四肢を切り外されさらに細かく切り分けられて
固まりのまま包装されたりスライスされたりミンチにされたり高圧で煮られ
缶に詰めこまれたりして 牛でなくなる
死んだ人間は この国では
よく拭かれ血を抜かれ防腐液を入れられ衣類を取りかえられ化粧され顔のよく
みえるお棺のなかに置かれ花を飾られて観覧に供され 葬儀のあと棺ごと墓
地に埋められて細菌と虫とに委ねられる
それが永遠の眠りなのだとか
牛の遺体の大きな一部分であるローストビーフをパーティで銀の大皿に飾って
シェフが来客に切り分ける儀式と
人の遺体を麗々しい寝棺に飾ってみんなで花を手向け土の底へ送りこむ儀式と
どちらがより人間的なのか
牛と人とを取り替えて二つの儀式をしたら
どちらの場合のほうが大きな罪になるのか
わたしの父はむかし養鶏工場に働きにいっていた そこはほんとに農場ではなく工場だった
孵化したひよこのうち雄やひよわなやつ、ござってしまったやつはみんな挽肉にして仲間のひよこの餌に混ぜた
やつら柔らかいからカンタンなもんよ ゴリゴリゴリで骨まで挽けちまう ま
卵と大差ないさ なかまを挽いたのを混ぜた餌はやつらのお気にいりだったよ 飼料箱がひよこ臭くなって往生したけどな なんだい そのナチスの収容所長って奴も、自分で食べるのがいやなら収容所や刑務所のやつらに食わせりゃよかったんじゃないか 挽いちまえばわかりゃしないさ いっそブッディストがいう功徳になるかもしれんぞ
と酒乱の父は 酒場にユダヤ系の人がいたら刃傷沙汰になりかねないことをあたりをはばからずに言って それから「ブッダに自分の身体を焼いて与えた兎」なんて故国でガキのときに聞いた教訓談をまくしたてたものだった
そのくせ 自分は臓器提供なんてとんでもないって野郎で
まちがってもそんなことにならないように身体じゅうを酒と不摂生で潰したうえに
クレーンの落下事故でぷっくりしたお腹のあたりの皮膚以外はぜんぶズタボロにして死んだ
わかったよ わたしは母親にバーガーひとつ買ってやったことがない
向こうだって祖国ひとつ買ってくれたことがないけどな
母親のかじかんだ歩き方をみれば(その傾いた腰で赤いコートを着るなよ かかとの高いブーツを履かんでくれ お願いだから!)
トロンボーンを買うから二〇ドル貸してくれなんてとてもいえなかった
だから わたしは質屋で足を使った
ニアノースでじゃないよ 昔むかしもっとウェスサイドのほうでのことさ
撃たれるとは思わなかったなあ 当たらなかったからいいけど
どうにかしてシティカレッジにもぐりこんで 我流のトロンボーンでは誰とも 演奏できないのを知った
カレッジの会議室のまえで、左翼の学生団体のやつらが 昔アメリカが肩入れしたアジアの政権が倒れて亡命してきた元軍人の学生たちと殴りあうのをみた 元軍人たちは強かった ユダヤ鼻や黒い鼻を折られ潰されたトロッキー(あるいは毛首席?)の殉教者がいく人も出た
BERGER CHEFの肉は熱い 吐き気はやまない わたしは血のにじんだレアが好きだ
乳母車に子犬をのせて坂道を落としたことがある 曾祖母の悲鳴
いま嚥下したものはたぶん噂のような鼠の肉でもハムスターの肉でもない
わたしが食事の証拠をトラッシュ入れに威勢よく湮滅すると
ポケットで残りすくない硬貨がジングルベルを歌う
おしりのやつはいう 別のフルサトを探しにいこうぜ
血の毛の多いあたまは 高架環状線(ループ)のなかのどこかで今夜あたりいんちきメシアがひとり昇天しそうだと 出鱈目なはなしを作る
両手はポケットのうえから 風の街(ウィンディ・シティ)ががかっぱらって
いこうとする古着屋経由のコートを押さえる
なんにせよ スー・ウォンの店でわたしのチップ漁りが始まる時刻まで
二、三世紀近くも間があることだけはたしかだ
(一九七七年三月)
目次へ。
米つぶのあいだを 虫のように
小さい人が 歩いている。
生け垣の椿のあくび。
石のしたでは どくだみの
白い根がみみずの檻になる。
くすんだ陽 萎れかけた鶏の
とさかが揺れる
餌箱のぬか と魚粉のうえで。
草を刈る。
ざくざくと 生い茂った指を刈る
掃き浄めた 庭に面したほの暗い仏間で。
とてもなつかしい
だけど見知らぬ伯父が
脱穀機を 納屋の奥にしまう。
日に焼けたその顔に ぴったり
なめらかな土間の黒土が
貼りついて動く。
(一九七七年四月下旬)
目次へ。
ほとけさまのようになってしまってから母は、にこにこ笑いながら膨れるばかり。
三日目に二階へ食事をもっていったときには、からだじゅうに青い血管をはりめぐらせた白い象のようにふとんからあふれ出し、やっぱりにこにこ笑っていた。
五日目には主治医がドアから押し戻されたほどで、”困るよかあさんそんなに膨らんじゃ””ご近所のてまえだってあるのにおかあさま”などととり乱した家族のものがかき口説いても、目を縫い針のように細めてそれこそ慈母のようにほほ笑むだけ。
七日目には部屋に満ち満ちて、右肩のあたりを南向きの窓から、左足のさきをドアからはみださせて、これ以上大きくなったら部屋をつき破るしかないとだれもが思った。
母をどうしたものかと兄夫婦、私、妹、となり町のおじ、保健婦の西さんの六人で拡大家族会議をしていると、二階から”コーイチ、コーイチ”とゼリーの海のなかで鳴くアザラシもどきのかすかな母の声がしたのだ。
三あしか四あしで階段をかけのぼり母の部屋のまえへいくと、”包丁を持っておいで”と妹を輩下に台所を仕切っていたころの有無をいわせぬ母の声、”もってきたら、はしごをかけて、窓からこっちの手にもたせて”。
窓の外からのぞくと、よくはみえないけど母の顔はやっぱりほとけさまのようににこにこしているみたいで、いわれるままに母の愛用の先の欠けた菜っ切り包丁を手渡すと、とつぜん意気地なく腰が抜けて私ははしごをすべり落ちた。
ポスンという鈍い音が二階でして、ちょっとだけ風が吹いた。意外に乾いた風だった。
あとはただただ静かで、私たちが二階へ上がってみると、母はきれいにはじけて、たるんだ布きれの大きな切れはしが散らばっているだけだった。
部屋のまん中に落ちている包丁を、だれも拾おうとはしなかった。
(一九七二〜四年ごろ)
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深夜の角ごとに白い腹をみせている猫を 拾っては背なかのリュックに入れて進んだ。
どの猫も一文字に腹を裂かれ その中には緑の豆が詰まっていた。
スーツを着た人たちが足早に行きかう昼間のこの通りには 猫の影さえささなかったはずだ。
二十匹めの猫をリュックに入れながら いったいこの猫たちはどこから来たのか こいつらの腹を裂いたのはだれかとふと考えた。
だけどわたしが猫を拾っているのだって すべすべのまるい白い石を拾ってポケットに集めていた子どものころと同じで 深い理由はないのだから 猫や猫裂きのほうにも 特段の事情も理由もないのかもしれない。
さすがに背骨のきしむ荷物に なんとか歩調をたもって 山門の仁王のような足どりで四つ角を曲がると 突然ま昼になった。
投光機をま正面からあびせかけられ いく十人かの怒号が飛びかい ”すくんでるぞ””アミだアミ””くそったれ猫が”といった四方からの叫びを解読するひまもないままに おそろしい力で背中がグワンと引っぱられた。
ああ リュックのなかの猫は みんな死んだまねをしていただけなんだ。
罠にかけられたのに気づいて一目散に逃げだそうとしているんだ。
と 思った瞬間 リュックの肩紐がちぎれ つづいて大きな投網(とあみ)のようなものにわたしはからめとられて クラクラした頭のままもがきにもがいた。
駆け寄ってきた顔の見えない一団のうち だれかのどこかを掻きむしったらしく 手足を押さえつけられたときには 爪が暖かいものでヌラついていた。
”殺せ 殺せェ 殺せせェェ”と泣きわめく声が聞こえたが そういっているのが自分なのか他人なのか わからなかった。
その声とくらべると まるで氷水のようにゆっくり冷徹に わたしのお腹に刃物がめりこんできた。
そうか これが猫裂きなんだな。
おれはとうとう猫裂きにとっつかまってしまったんだ とやっと気づいた。
おれも街角に白い腹をさらすんだ だけどはたして だれか拾ってくれるやつがいるんだろうか と考える速さよりいくらかゆるゆると わたしは なつかしいまどろみのなかへ滑りこんでいった。
(一九七二年夏頃)
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歯が抜けたキヨコが 生け垣の隙間を潜りぬけ 洗濯を干していたお隣のおばさんに 親指と人差し指でしっかりつまんだ歯をみせて ”キヨコ歯が抜けたよ”というと お隣のおばさんがニコニコ笑いながら ”キヨコちゃん どんどんどんどん歯が抜けて 歯のないお婆ァちゃんになっちゃうよ”といったので キヨコは 自分が”歯のないお婆ァちゃん”になるというのがなんだかおかしくて ”キヨコお婆ァちゃんになっちゃう!”とケラケラ笑ったけど お隣のおばさんはあいかわらずニコニコしながら ”キヨコちゃん ほんとうにお婆ァちゃんになっちゃうよ どうする どうする”といいつづけ だんだん”歯のないお婆ァちゃん”になるのが恐くなってきたキヨコは とうとう生け垣の前で泣き出してしまった。
(一九七二年夏頃)
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”代償(まど)うてくれ 代償うてくれ”といわれて鼠は ”してしまったことは仕方がないじゃないか”と ドブ板の端で口ひげをふるわせたけれど 月はしろい貌でそのまま睨みつづけ 中空のその位置から動こうとしない。
”わかったよ” 鼠はしょんぼりとうつむいて尻尾の先からすこしづつ解(ほど)けはじめ 全身を一本のねずみ色の毛糸の紐にして月にわたした。
けさがた どこでどうしたものか 妹がもつれたその紐を膝のうえにのせて カマボコ板に巻きとっていた。
(一九七二年夏頃)
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あたしはお鍋のそばで白桃のジャムが煮えるのを待ってて
白桃のジャムはお鍋のなかであたしがよそ見をするのを待ってて
古くなった蛍光灯のぶーんという音が気になって
あたしが天井のほうをちらっと見たすきに
ジャムのやつ みんな蒸発して天にのぼってしまった。
空鍋をかかえて あたしは笑い転げた。
(一九七二年夏頃)
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■凍土(つんどら)
私たち子どもは、凍土の上に小屋を立てて住んだ。
おとながどこに行ったのか、だれも知らなかった。
白くぼやけた太陽は、上がったり下がったりして、いつまでも沈まなかった。
小屋の隅っこに大きなコンロがあった。
日が低くなると、その傍にみんな集り、重なりあって眠った。
私たちが着ている白い薄い、前をひもで縛って留める着物は、手術のときに着る服だと、だれかがいった。
私たちのひたいや首のうしろや胸には、うす桃色の膨らんだ長いすじが何本かあった。
それが手術の痕らしかった。
そのなかには、少し白っぽくなってきているのもあった。
私たちの顔は、おたがいにとてもよく似ていた。
私たちは、体の大きさのわずかな違いと、手術の痕の場所や数や色の違いでおたがいを見分けた。
でも、だれがだれかを見分けることは、それほど大切ではなかった。
私たちはいつも同じ場所にいて、いつも同じようなことをし、きっと同じようなことを考えていたから。
私たちは、眠りに入るまえには体を寄あい、目がさめたら伸びをし、思い思いに身づくろいをした。
起きたときにはたいてい、お腹のなかに、小さな氷のかけらがあるような気がした。
私たちは、小屋にひとつしかない大きなガスバーナーを、力をあわせて戸外に引っぱり出し、それで足のしたの凍土をあぶった。
凍土の表面が溶けはじめると、私たちは、かじかんだ指で土を掘った。
少し掘ると、地面のなかのほうは、赤い肉だった。
私たちはその肉を、爪やガラス片やとがった金具で、一口の大きさに削って食べた。
肉は凍っていたけど、口のなかにふくんで噛んでいると、だんだん溶けて、なつかしい血の味が広がった。
お腹がふくれると、私たちは、ガスバーナーを片づけ、小屋のまわりでふざけあったり、体を伸ばして小屋の床に寝そべったりした。
ときには、そこから眺めれば凍土の向こうもその向こうもずっと凍土だとわかる、見晴らしの丘のほうまで歩いたりもした。
たまに、ほんとうにたまにのことだけど、小屋のまえにみんなが集まり、ゆっくりゆっくりと、私たちの頭のつむじに似た輪を描いて踊ることもあった。
日が下がってくると、私たちはとたんに眠くなり、重なりあって眠った。
目がさめたとき、だれかがいなくなったような気がすることもあった。
でも、だれがいなくなったのかは、よく分からなかった。
それが私でないことだけは、たしかだったけど。
私たちが眠っているあいだに、私たちがガスバーナーであぶって掘った場所は、もとどおり盛り上がって凍り、跡かたもなくなっていた。
小屋には、コンロやガスバーナーの燃料が入っているボンベが七つあった。
三つは空で、一つは使っている最中、そして、あとの三つの口はまだ開いていなかった。
ボンベがぜんぶ空になったら、私たちは、コンロを燃やすことも、凍土を解かして掘ることもできなくなるだろう。
そうなったらどうしよう、と、ぼんやり考えることもあった。
でも、そうなるのは遠い遠い先のことような気がして、すぐに考えるのをやめた。
私たちの時間はいつも、上がったり下がったりする白い太陽の輪郭と同じように、ぼんやりしていた。
ぼんやりした日々のあれこれのなかで、たしかなのは、口の中でだんだん溶けてゆく肉のあのなつかしい血の味だけだった。
***[Fin]***
(1970前後に着想/’02-10-05に思い出して京阪特急車中で/’03-11-23に推敲)
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[付記]
これは、中河が学生時代にペンネームで個人誌(タイプ印刷のものだけでなく謄写版のを毎月作ったりもしました)や同人誌に出したり、またその後、公開のあてがないまま書きためていた、詩みたいなものの山の一部です。
これが上澄みですから、底のほうのひどさは、推して知るべしでしょう。思潮社の現代詩文庫シリーズなどで、天沢退二郎や鈴木志郎康、堀川正美、岩田宏、吉岡実といった人たちの作品を読み心酔したものですが、ごらんのとおり、アウトプットは、それらとは似ても似つかぬものでした。
たぶん、このあと時間があったら、なんか物語(を、こわしたような物語)を書こうとしただろうと思います(高校のとき最初に書こうとしたのも、SFショート・ショートでしたし)。実際には、アメリカ合衆国で非日本語と格闘する破目になったため、そんな余裕などなくなってしまったのですが。
考古学者は、発掘した土器の破片を組み立てているとき、自分の「創意」を発動してしまいたい、という誘惑にはかられないのでしょうか。私は、正直な考古学者にはとてもなれそうになくて、ここに収録されたものの大半には、大なり小なりあとから手が加えられています。
目に余るほど下手糞なとこや「青すぎる」ところは、どうにも放っておけなかったのです。もちろん、ことばを紡ぎだすための核みたいなものには、極力手を加えないように気をつけたつもりですが。
読ませるため、というより書くために書いた、このページの詩・のようなものが、だれかの感興をいくらかでも引き出すと知ったなら、私は、スロットマシンのバナナが三つ揃ったみたいな気分になることでしょう。
[1997年12月25日]
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