サブカルチュア音楽と文化のオートノミー

(柏木博,小倉利丸編著『イメ−ジとしての<帝国主義>』青弓社 1990年 143-157頁)

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 現代のポピュラー音楽は,二重の意味で,資本主義世界システムの産物だといえる。一つには,植民地化と資本の文明化の波というかたちで,西欧近代が世界のすみずみにまで普及してきた過程の副産物の,混血音楽がポピュラー音楽の母体だから。そして第二に,商品化を前提とするポピュラー音楽は,レコードのような複製品のかたちで個々の音楽スタイルを「生んだ」コミュニティの範囲を越え,世界市場に広く流通するから。
 世界のポピュラー音楽の多くは相変わらずローカル,ないしナショナルな市場を意識して製作されているのだろうけど,長期的にみれば,国際的なマーケティングを念頭に置いたポピュラー音楽は増えてきているはずだ。とりわけ,自前の市場が小さい音楽のマネージメントに携わる人びとは,その方途さえ開かれれば,より熱心に大きい市場へアクセスしようとするだろう。英国の音楽関係者にとってのアメリカ市場や,アメリカの黒人音楽関係者にとっての「ポップス」,つまり白人市場のように,かなりの規模の自前の市場をもつ者にとってさえ,より大きい市場への「クロスオーヴァー」は垂涎の的だ。ましてや,トリニダッド(とNY)のソカ(注1)やザイールのリンガラ音楽(注2),米国ルイジアナ州のザディゴ(注3)といったローカル/ナショナル音楽の職業ミュージシャンにとって,国際的セールスはビジネス上の成功と同義語だろう。
 ポピュラー音楽には,二つのヴェクトルがあるように思える。資本の論理に沿っていえば,よいポピュラー音楽とは,たくさん複製商品が売れる音楽だ。より多くの聴衆を得るためには,その音楽は特定のコミュニティや社会的カテゴリーに縛られてはまずい。歌の世界,音楽のスタイルはできるだけ,普遍主義的なほうがいい。歌のテーマとしては抽象的なラヴ・ソングが無難だろうし(といってもほんとはロマンティック・ラヴというのもご承知の通り普遍的どころか近代になって広く制度化されたもんなんだけどさ),言語の壁を越えるためには,いっそ歌詞などないほうがいいかもしれない。こう考えれば,究極のポピュラー音楽というのは,ミューザックとかムード音楽とかといわれるものに極めて近くなる。ほんとは,ロックン・ロールやロックの誕生,つまり先進国の音楽市場でのティーンと若者の「発見」以降,「みんな」の音楽〓究極のポピュラー音楽は凋落して,しかも必然的におじんの音楽になっちゃうんだけど,こうした音楽の在り方をあなどっちゃいけない。70年代のディスコ音楽やクロスオーヴァー・ジャズのある部分はこうしたミューザックの再生だったのかも知れないし,今のクラシックの聞かれ方にもそれくさい部分があるしね。ともあれ,ありきたりの話だけど,ポピュラー音楽のなかには,マス・セールスを求めて,題材やスタイルの普遍化・抽象化へ向かうヴェクトルがあるというのは,たしかだろう。
 そうした上向のヴェクトルとは逆の,下向のヴェクトルも,ポピュラー音楽のなかにはある。コミュニティ音楽への志向,あるいは実際の地域コミュニティが音楽の基盤になりえない中流都市社会の場合なら,特定の経験やライフスタイルや嗜好を共にする人びとの幻想のコミュニティ音楽への志向とでもいえばいいのかな。たとえば,アメリカ黒人音楽のなかでのサム・クックからサザン・ソウル・「リアリズム」への展開や,ジャマイカでのスカからレゲエへの展開などは,集団の仲間意識の高揚とともに下向のヴェクトルが強まっていくという動きの古典的な例だといっていいだろう。あるいは,60年代後半のいっときに蜃奇楼のように成立した先進国の若者世代の音楽も,その一例に数えてもいいのかもしれない。生活世界やライフスタイルと密着したサブカルチュア音楽は,「イン」である人びとには,そこで歌われるのは自分たちの世界だし,音楽が自分たちの使用法に合うように構成されているから,普遍主義的なミューザックへよりもずっと強い感情移入が可能になる。

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 ここまでなら,話は簡単だ。ところが現実には,下向のヴェクトルをもった「われわれ」志向の音楽が,ナショナルもしくは国際的な,幅広い市場に受け入れられちゃうこともあるから,事態はややこしくなる。たとえば,ボブ・マーリー。ピジン英語(注4)の影を色濃く落としたジャマイカのヴァナキュラーな英語とアフリカン・リズム,そして,千年王国思想的なラスタファリズム(注5)や汎アフリカニズムといった彼のレゲエの道具だてを見れば,アフリカやカリブで幅広く聞かれているというのは頷けても,それ以外の場所でマーリーがマス・アピールをしたのは不思議に見える。この現象は,米英のティーンと若者の世代音楽であるロックン・ロールとロックの核に,アメリカの黒人音楽の諸要素がとりこまれている,という事実を思い出せば,分かり易くなる。話が長くなるから,ロックのロマン主義の尻尾につながるこのあたりの話に深入りはしないけど,レゲエ・ブームは,意地悪な言い方をすれば,ロック(とりわけイギリスの)がアメリカ黒人音楽をいったん「消費」してしまって,より「辺境」の音楽カルチュアへ食指を伸ばした結果ともいえる。いずれにせよ,いわゆる先進国の音楽産業界が新奇愛好症的な「流行」の波のりと,それをバック・アップするマルチ・メディア戦略によってマス・セールスを確保しようとする構えを強めるとともに,「エスニック」なものに限らず,下向ヴェクトルをもったマイナーな音楽の,メジャー,もしくはマイナー・メジャー化が,頻繁に起きるようになる。現代のサブカルチュアはつねに,そうした流通過程を通じてファッション化し,風化する危機にさらされている。ローカルな文化現象はしばしば,ローカルであることと普遍主義的であることを同時に求められ,普遍主義的な構図のなかでローカルを演じるという自己パロディの罠にはまり,固有のダイナミズムを失い「消費」されつくしててしまう。

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 じゃあ,サブカルチュアはもうダメなの。めっけた・めっけたのアバンギャルド(前衛)ごっこ,つまり,「ひたすら逃げろや逃げろ」がスローガンの資本の運動とのおっかけっこしか道はないの,という話になるわけだけど,こと音楽については愚直なヴ・ナロード派の私は,必ずしもそうは思わない。
 現代のサブカルチュアのポテンシャルを示す,近年の好例がニューヨークのラップやワシントンDCのゴーゴーだ。ご存じの通り,ラップは,NYのとくにブロンクスを揺籃の地とし,黒人やスパニッシュのティーンを主な担い手とするアーバン・ストリート・ダンス音楽だ。ディスコで,あるいはオーディトリアムや広場に設営された会場で,ファンク・ビートにのって早いテンポでくりだされる即興的なMCのラップ(脚韻をふんだしゃべり)は,DJのブレイク・ミックスやスクラッチといった技芸(注6),アクロバティックなブレイクダンシング,そうした踊りに似合ったスポーツ・ウェアのファッション,そして街頭でのグラフィティ(落書き)・アートなど並んで,ヒップ・ホップと呼ばれるサブカルチュアの一構成要素だった。ラップの背景には,トーストやダズンズ(注7)といった黒人口承文化の豊かな伝統がある。また,ラップのMCのチーム(クルー)を組んでの対抗試合は,十代のストリート・ギャングのケンカが,平和的なかたちに変わったものだともいわれる。
 ヒップ・ホップ文化の原型は70年代後半には成立していたが,それを初めて「外」へ紹介したのは,七九年のファットバック・バンドやシュガーヒル・ギャングのヒット・レコードであり(そのあとボビー・ロビンソンやシルビア・ロビンソンといった先駆者の手でラップのレコードが雨後の筍のように作られた),あるいは『ブレイクダンス』や『ワイルドスタイル』といったヒップ・ホップ映画だった。シュガーヒル・ギャングらのヒットから十年のうちに,ティーン音楽であるラップは,MCの急速な世代交替を繰り返しながらスタイルを多様化させ,従来の「歌」中心の黒人大衆音楽を大きく塗りかえた。それは,『ビルボード』(米音楽業界誌)に独立したラップ・チャートが載るほどに広がり,ポップス(白人)市場にもかなりクロスオーヴァーした。スタイルの多様化とともに,その一翼として社会派のメッセージ・ラップ(その皮切りがグランド・マスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴの「ザ・メッセージ」)も登場し,ついにはパブリック・エナミー(公敵)・ナンバー・ワンを自称する,ブラック・ムスリムや黒人民族主義の影響を受けたラップ・グループのアジテーション・アルバムが,チャートの頂上へ届くマス・セールスを記録しさえした。
 ラップのバックグラウンドでかかる音楽は,生バンドよりも,リズム・マシンや,DJの手になる(あるいはサンプリング・マシンを駆使した)60年代・70年代のファンクやソウルのコラージュである場合が多く,だから彼らの黒人大衆音楽に対する姿勢は脱構築的だといえないこともない。しかし,より大切なのは,BBC製作の『英語についての9章』(88年にNHKで放送,それをもとにした『英語物語』という本が最近出た)の黒人英語の回に描かれているように,ラップは,標準白人英語への同化の圧力に抗して,黒人英語を維持・発展させていくモメントをもつということである。もちろん,それは単に復古的なものではなく,カッコイイ新しい「われわれ」のことば(たとえば def, fly, fresh, crush などが「外」に出て白人にも受容された従来の hip や cool といった形容詞に代わる)を生みだして,都市黒人流のヒップ・トークの求心性を更新する働きもする。
 ラップが与える教訓の一つは,サブカルチュアが幻想か,それとも現実の生活世界とライフスタイルという「底」を持つかが,それがファッション化と風化に耐え,独自のダイナミズムと創造性を確保できるかどうかの別れ目になるということだろう。だからといって,そうしたサブカルチュアが,システムに対抗し攻撃をしかける存在だと一概には言えない。ラップ運動はビジネス・レベルでは,そのかなりの部分がコロンビア(ちなみにLLクールJ,スリック・リック,パブリック・エネミーなどのスター・ラッパーのレコードを配給するこの大手の老舗はいまでは日本のソニーの子会社である)やRCAのようなメジャーのレコード会社と連動し,大きな利益をメジャーに与えている。200ドルのスニーカーを履き,金の鎖を身につけたスター・ラッパーの多くは,「暴力を止めよう」運動やクラック(=麻薬の一種)追放運動に熱心なだけでなく,ビッグ・マネーを掴むのにも熱心であるだろう。「労働者階級の英雄」のブルース・スプリングスティーンだってマルチ・ミリオネアなのに,黒人がそうなっちゃいけない訳なんてないもんね。
 生活世界への支配集団のヘゲモニーを拒み,自分たちに自由になる資源を使って自分たちのやり方(スタイル)でグッド・タイムを作りだし,確保すること。つまりは,そうした黒人の若者の文化的オートノミーの実現が当面,ラップに象徴されるヒップ・ホップ・サブカルチュアの射程内にある。そしてそれはそれだけで,かなりたいしたことなのだ。    

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 さて,ローカル/サブカルチュラル/ナショナルな複製音楽商品は,その出生地を離れて世界市場に流通する。その結果として,先進国の「帝国主義的な文化収奪」をめぐる倫理上の問題が出てくる。たとえば,今を去ること3年前の,竹中労と中村とうようの『ミュージック・マガジン』誌上でのやりとりには,その点をめぐる議論が含まれていた。しかし,それはいささか尻切れトンボなものだった。二人のやりとりの本題は同誌での竹中の連載についてで,文化収奪の話はいわばサイド・ストーリーだったから,それもやむを得なかったのかもしれないけれど。竹中の,小沢昭一が携わったアジアの放浪芸紹介の催しが「いきなり花でも手折るように,海外諸芸を狩り集め,旦那ズラする夜郎自大。それが根づいた風土からひき剥がし,『これぞ土着』というナンセンス。」(『マガジン』八六年九月号)といった調子の批判に対して,中村は,文化収奪については自戒し,気をつける必要があるが,「かといって,日本人であるわれわれがインドネシアの音楽を愛したりアフリカの音楽を愛したりすることを全面的に禁じてしまうのが正しいとは,どうしても思えない。」と反論する。中村は,「あいまいにごまかしているように受け取られるだろうが,腕づくで横取りするのでなく,あなたたちの音楽をぼくたちにもお裾分けしていただけないでしょうか,という控え目な姿勢で,出来るだけのお返しをしながら,そしてその文化に充分な敬意を払いながら,享受させていただく,という以外の方法は考えつかない」。ポピュラー音楽が,ヨーロッパによる第三世界の植民地化の過程でヨーロッパとアジア,アフリカ音楽が出会い,融合した結果生まれたものだとすれば,ポピュラー音楽にとって文化収奪はむしろ不可避の現象だと,彼は説く。「従って問題はどんなやり方で収奪するかであって,竹中さんみたいに大東亜共栄圏だの風見鶏と同じだのと斬り捨ててしまわれては,それじゃどうしろってんですか,と開き直るしかない。」(いずれも『マガジン』八六年十月号「とうようズトーク」より)
 結局,「開き直り」をさておけば,ここで提示されているのは「謙虚な気持ち」という精神論のように見える。余談だが,その精神論のレベルでも,最近『ノイズ』誌に,「最近のサルサの落ちこみようはヒドい。かって自分も旗振りをした責任上,現状への率直なコメントをする責任がある。(サルサ愛好家の某氏が)他の音楽分野を見ずサルサだけを見て現在のサルサ・アーティストを讃めるのは無責任だ」という趣旨の一文(『ノイズ』2号,1986年,「toyo the watchman」)を書いた中村に,そうした謙虚さがあるのかどうか疑いたい気がしないでもない。NYラテン・コミュニティ内の聴衆の耳より自分の耳を上位に置く大胆さもさることながら,コミュニティ・タイプのサブカルチュア音楽の聴衆の生活世界は,多くの場合そのコミュニティに縛られており,その音楽の「パワー」が上がっても下がってもとにかく,その音楽とともに生きていかなければならないという事実への心配りが,この一文にはまったくみられない。私たちが居ながらにしてサルサを楽しめ,また,自由自在に他のコミュニティ音楽に乗り換えられるということは,私たちが金満ニッポンのミドル・クラスである(そのうえ中村の場合音楽評論や音楽雑誌の編集を生業にしている)ことと無縁ではない。自己の存在被拘束性を括弧に入れて,普遍主義的批評が成り立っているように見せる人を,近代主義者っていうんじゃなかったっけ。
 それはさておき,文化収奪についての議論は,さらに深められる必要がある。たとえば,そもそも文化収奪とは,経済的搾取の問題なのか,相手の文化的コンテクストを無視した音楽文化の移入なのか,あるいは,巨大な市場の力で相手の音楽文化自体に干渉することなのか。「彼ら」の音楽が私たちに禁じられるということは,果たしてあり得ないのか。また,「彼ら」の音楽を「好く」ことは,倫理というか仁義のレベルで,精神論を越えた何かを私たちに課しはしないのか。
 これはまだ思いつきの域を出ないけど,私は,私たちと「彼ら」のあいだに非対称的な関係があるとき,「彼ら」への仁義には大乗と小乗の二つの道がある,と考えてみたりする。小乗の道については,以前に「フィールドワーク型のアプローチ」という言い方で『クリティーク』誌上で述べた。できるだけ「彼ら」になろうとすること,とそれを,言い換えてもいい。大乗の道の仁義は,「彼ら」のライフスタイルの一部である音楽を,ファッションとして「消費」しきったり,「趣味」や「学識」の世界に囲いこむのではなく,せめてこちらも自分のライフスタイルに組みこみ,それをバネにしたサブカルチュアを作り出すこと(なんか大乗のほうが大変な気もするな)。もちろんそうした仁義を守ったからといって,彼我の位置関係の非対称性が氷解するわけじゃないのだけれど。資本主義世界システムの準中核に成り上がったこの国での,昨今のエスノ(あるいはワールド・ミュージック)・ブームは,そうした仁義の問題にどれほど敏感なのだろうか。人のふりより我がふりを直すほうが先とは分かっていても,ついつい気になってしまう私ではある。

[文献]

●中村とうよう『大衆音楽の真実』ミュージック・マガジン,一九八六年。(→植民地化と資本の文明化の波が地球を覆いながら混血音楽を産みだしてきた経緯の概説書)
●中河伸俊「テリン・イット・ライク・イット・イズ−黒人大衆音楽の歌詞についての一試論」『黒人研究』五九号,一九八九年。(→クックからサザン・ソウル・「リアリズム」への流れとその意義に触れたエッセイ)
●中河伸俊「ドリフティン・ブルーズー「大衆音楽」論の落し穴」『クリティーク』一一号,一九八八年。(→小乗の道,つまりフィールド・ワークへの招待を含む)
●マクラム,クラン,マクニール『英語物語』文藝春秋,一九八九年。(→黒人英語についての一章あり)
●北中正和「ワールド・ミュージックブームは日本の音楽状況を変えるか」『ミュージック・マガジン』一九八九年六月号。(→最近のエスニック音楽ブームについての紹介と論評)
●遠藤斗志也「岐路に立つ,アフリカ音楽の欧米への進出」『ブラック・ミュージック・レ ヴュー』一九八九年九月号(→欧米資本主導型の「国際化」がアフリカの大衆音楽に及ぼす負の影響について指摘)。
●David Toop, The Rap Attack: African Jive to New York Hip Hop, Pluto Press, 1984. (→ラップの生成発展とその文化的・社会的背景を概観した本)

[注]

(1) ソウル・カリプソの略。カリブ海のトリニダッド島を中心に展開したカリプソが,米国黒人のソウル・ミュージックの影響を受けて七〇年代にできた音楽で,アロウやヴェテランのマイティ・スパロウがその旗手。なお,こうしたローカル・ミュージックをめぐる事情については,本稿執筆後に出たウォリス,マリム『小さな人々の大きな音楽』(現代企画室,1996年)が示唆に富む。

(2) 現在アフリカン・ポップスのなかでもっとも幅広く聞かれ演奏される,主にリンガラ語系のことばで歌われる音楽。ザイールのキンシャサがその一大拠点。パパ・ウェンバやザイコ・ランガ・ランガといったミュージシャンが来日している。詳しくは,大林稔の『愛しのアフリカン・ポップス』(ミュージック・マガジン,一九八六年)参照。

(3) 南西ルイジアナに住むフレンチ・ケイジャン(フランス系白人)の影響を受けた,同地域の黒人音楽。フランス語で歌われる。巨匠,クリフトン・シェニエは近年亡くなったが,その衣鉢をつぐバックウィート・ザディコが,世界市場に進出し始めている。

(4) 英語を母体とした,通商などに使われる混血語。「ピジン」は「ビジネス」の中国語なまりだという。ピジン英語は,米国やカリブ海の黒人英語(クリオール語)のもとになった。詳しくは,『英語物語』参照。

(5) ジャマイカで生まれ,カリブ海域に広がった,ユダヤ=キリスト教系の新宗教。マーカス・ガーヴェイのアフリカ帰還運動のモチーフを受け継ぐ,黒いシオニズムともいうべき教義をもち,エチオピアの故ハイレ・セラシエ帝をメシアとみなした。ラスタファーライの近代的自我批判(?)や反人種主義の哲学は,レゲエの歌詞に深い影を落としている。

(6) ブレイク・ミックスは,ソウルやファンクのレコードの間奏(ブレイク)のドラム・ソロをつないだり,重ねあわせたりしてかけること。スクラッチは,ターンテーブル上のレコードを手のひらで押さえて回転数を操作し,種々のファンキーなノイズを作り出すこと。

(7) いずれも脚韻を踏む伝統的な口承文化。前者は物語的,後者は相手とその家族(とりわけ母親)を誇張した表現でくさす悪口ゲームである。
「プライベートルーム・1 音楽関係」目次へ。
中河伸俊のホームページへ。