平和新聞 第18回 2001年11月25日
黒島伝治『武装せる市街』
同胞の日本人が惨殺された。掠奪された。天井裏の板一枚まで剥ぎ取られた。と、彼等は、その現象だけを問題とした。そして、一人が殺されたその倍がえしをせずにいられない、憤怒と、情熱と、復仇心を感じた。
『武装せる市街』は一九三〇年十一月に日本評論社より刊行された。
この小説の舞台は中国山東省の省都済南市である。当時、中国では国民革命が進行中であった。日本は北上する北伐軍をはばもうとして、二度にわたって山東省に出兵した。
一九二八年四月、張作霖の支配下にあった軍閥張宗昌が敗退すると、居留民の保護を名目に、日本軍が進駐した。やがて、国民軍が入城したが、ふとした事件をきっかけに、日本軍は中国軍と交戦し、増援部隊を派遣して、済南城を占領した。この戦闘で、一般市民を主として五千人にのぼる死傷者が出たといわれる。
『武装せる市街』は済南に進出した日本のマッチ工場を描き、七つか八つの少年少女を酷使し、賃金の不払いに抗議する中国人労働者に残酷なリンチを加えるなど、日本軍の権威を背景に、横暴をきわめる搾取の実態をあばきだしている。
中国では、日本、アメリカ、イギリス、ドイツなどの帝国主義諸国がきそいあっていた。国民軍の軍事力は、アメリカの資本家の援助で強化され、軍閥勢力を打ち破った。
国民軍が北上し、共産党や総工会の影響がつよまると、中国人労働者のあいだに動揺がおこった。進駐してきた日本軍は、一般の日本人居住者を守るのでなく、日本人が経営する工場だけを守った。そして日本軍に守られた工場では、中国人労働者に対する乱暴な攻撃が行われた。
軍閥の軍隊が敗退して、国民軍が入城し、日本軍が進駐している済南は、さまざまな力が衝突しあう一触即発の場所であった。
黒島はまた、麻薬の密造・密売をしているうちに、自分自身がすっかり麻薬にやられて廃人になってしまった老人や、軍に情報を売る密偵など、植民地支配のかげにうごめく腐敗と暗黒の世界を描き、日本の中国支配の現実を暗部から照らし出した。
そして、戦争はふとしたことからおこった。軍閥とむすびついてうまい汁を吸ってきた大陸ゴロが、済南を逃げ出すにあたってはたらいた略奪行為ががきっかけで、国民軍が押しよせ、日本軍がかけつけて撃ちあいになり、「まるで、用意をして、待ちもうけていたもののように」全市的な市街戦に拡大していった。
在留日本人の被害は誇大に、扇情的に報道された。殺されたのは十四名だったが、二百八十名がが虐殺されたと報じられた。「婦人を裸体にして云うに忍びざる残酷ななぶり方のあと、虐殺した」などと新聞は書いた。
こうして憤怒と情熱と復仇心を煽りたてられた日本軍は、市街戦で殺された日本人の約十五倍の支那人を血祭りあげ、死体を蹴飛ばした。
また、この戦争のどさくさにまぎれて、同じ労働者として中国人労働者に同情し、中国人の殺戮に反対する兵士たち五人が、一将校の手で殺された。
『武装せる市街』は帝国主義的侵略の現実を多面的に描き出し、その本質に迫る作品だった。そのため、戦後も米軍の占領時代には、その出版が禁止された。
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