2000-10-08 クリストとジャンヌ・クロード
00-10-08 NHK 教育TV 9:00〜の新日曜美術館をそれとなく見ていると、あのクリスト(ジャバチェフ)のニュースをやっていました。クリストとジャンヌ・クロードというタイトルでしたから、夫妻で登場のようでした。「議事堂を梱包する」という記録映画ができて、その上映が日本でも行われるという内容でした。
ドイツのベルリンの連邦国会議事堂を1995年に梱包した事象について、はじめにそのアイデアを思い付いたのが1971年、それから24年間の実現までの記録を表したもののようです。許可をめぐって国会での議決まであったようで531名中,299名の賛成とわりと僅差であったようです。200人の労力をかけて梱包、展示はわずか2週間と短いのですが、500万人が見学したとのこと。
建物を梱包することの意味ですが、クリストの友人であった、ウイリー・ブラント元首相の言葉として、「梱包することにより各自が異なる議事堂を見る」をあげていました。
ドイツの議事堂は第二次大戦のベルリン攻防戦の激戦地で有名であり、当方は1979年に分断時のベルリンに行ったことがありますが、ベルリンの壁の傍に荒れ果てた感じで議事堂がたっていた記憶があります。勿論、ナチス政権下での議事堂放火事件も有名ですが。
番組では1991年の米国と日本でのアンブレラ展の写真も一部、写っていました。
これは、日米開戦50年を記念して、太平洋をはさむ両国の地に巨大な傘(高さ7-8m)を多数(1000本以上)を立てるイベント、日本では茨城県の常陸太田市の先の国道沿いで行われ、道路は大混雑だったのですが、当方は早朝、3度も見に行きました。それだけ印象深いものでした。
結局、あのアンブレラ展は、台風がきて傘を閉じるときに1名が転落して事故死、そのまま中止され、米国カルフォルニア州でも傘が風で飛んだりで、さんざんと、不幸な終わり方をした記憶があります。
この9月にあるシンポでのパーテイがあり、そこでの外国人への記念品が風呂敷きであり、これはまさに梱包文化であり、外国人にクリストの国会議事堂を梱包を聞くと知っている人がいました。またNEC基礎研究所の中村泰信氏(32歳)に尋ねてみると、茨城のイベントを新聞記事だが覚えているとのことでした。
クリストが、これだけ長期間、このような展示を続けていけるのは、商業主義とは決別(展示に関して記念品など売ったり残したりしない)してボランタリーの参加者に展示の協力を依存していることが大きいのでしょう。
百科事典より クリスト
Christo Javacheff (1935― )
ブルガリア出身の造形作家。1958年からパリで、64年以降はアメリカで活動して永住権を得た。物体を梱包(こんぽう)したり、ビルや街路を布で覆うイベントで知られる。したがって作品は「できごと」的性格をもち、都市や自然の景観を白布で非在化したり、人工的に変容することで観客に視覚的衝撃を与える。大自然の地形を利用してスペクタクルを演出する計画はしだいに巨大化し、代表作として、砂漠の丘陵地帯を39キロの布製の柵(さく)が走る『走る柵』(1976)、マイアミの海に点在する11の小島をピンク色の布で包囲した『囲まれた島』(1978)などがある。〈石崎浩一郎〉
【本】中原佑介著『クリスト』(1984・草月出版)