たかやまです

第309話 誰も書かなかった 発芽玄米の育て方(その3)

2008.05.04

 発芽玄米に限らず、健康にいいとされる食物なり飲料を摂取してもたちどころに目覚しく体調が好調になるわけではない。これを逆に考えれば、体に悪いとされる食物などを摂取してもすぐさま不健康になるわけではない。

 おいちゃんが考えるに、発芽玄米を美味しく味わうにはおよそ二つの条件がある。

 一つ目は雑味のない真っ白な銀シャリを至高のものとする嗜好を忘れることである。昔のおいちゃんがそうであり、米は研ぐもので洗うものではないと信じていた。
 たしかに精米してから日にちが経つと糠はもとより白米本体(胚乳)が変質して雑味の原因となるが、大事なことではあっても本質的なことではない。

 すなわち、味のこってりしたオカズの取り合わせにはピュアな味の白米が合うという現実である。それは焼肉を食べながら炊き込みご飯を食べるのを想像してもらえれば理解できると思う。
 あまり知られていないと思うのであるが、江戸時代までの庶民で米を常食できたのは江戸・大坂に住む人々(それでも人口の3割近く)くらいであったらしい。百姓は雑穀を常食していたという。その辺りの事情はこのページに分かり易く書いてある。

 さらにこれはおいちゃんの考えこの説明はおいちゃんのオリジナルですであるが、都市部に住む人々の胃袋に食料を効率よくデリバリーするのに米が都合がよかったことである。別の見方をすれば、それゆえに当時の世界で最大級の人口の江戸と大坂が形成されたとも言える。

 明治になり、幕府の禁制が解かれて庶民は米を食べるようになった。徴兵制の軍隊では白米を兵隊に食べさせた。  が、近年になっても昭和30年代までは依然として米の生産性は低く、狭い耕地からの収穫量を増やすには裏作で麦を作らざるを得なかった。
 おいちゃんが育った家では麦を食べざるを得ないほど貧しくはなかったはずであるが、当時の習わしか近所の手前か、麦を1割ほど飯に混ぜていた。これはじつに不味く、刑務所に入ったらこの何倍も麦を混ぜたメシを食わされるのだぞと諭されたことはなかったにしても、麦を入れなくなったときには子供心に嬉しかったものである。

 有名な「貧乏人は麦を食え」と時の宰相が発言したとされるのは昭和25年(1950年)で、おいちゃんはその翌年にこの世に生を受けているが、それでもこの言葉は記憶に刻まれている。それだけ、人々の琴線(逆鱗?)に触れる発言であったのであろう。

 話を戻すと、白米を好むにはそれだけの生活習慣があるわけで、発芽玄米を1〜2割混ぜてご飯を炊くくらいまでは無難としても100%発芽玄米のご飯を常食するには副食の形態を変えざるを得ないであろう。言い換えれば挫折するであろう


 二つ目は「発芽玄米は健康にいい」とあまりに思い込もうとしないことである。

 味覚は脳で感知するし、観念は脳の中にある。ところが食を支配しているのは第二の脳といわれる腸である。
 ストレスで下痢をするような状態を医学では過敏性腸症候群という。観念と腸の働きに関係があるのは間違いない。よく「幸せな気分で食事を摂れば消化吸収がいい」と説かれているように、あるいは自炊している若者が親に「野菜を食べなきゃダメよ」と頭ごなしに説かれても実践できないように、観念で食生活をコントロールすることは出来ない。

 「発芽玄米は健康にいい」と自分に言い聞かせるのは消化吸収を増進すると思う人がいるかも知れない。ゆったりとした気持ちで発芽玄米の言葉(?)を聴いてそう思念するのならそれでいい。
 でも、上の文で"あまりに思い込もうとしない"にアンダーラインが引かれているのを見過ごした人は、強迫観念にも似た自意識が働いているから、腸の意志(?)を脳みそが邪魔すると思う。


 ここまで書いたことはおいちゃん独自の切り口ではあると思うが、まだ「誰も書かなかった」とまでは言えない。
 次回以降はいよいよ本当に誰も書かなかったことを発表する。



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