たかやまです

第312話 誰も書かなかった 発芽玄米の育て方(その6)

2008.05.10

 発芽玄米についてのWebページをあちこち閲覧すると、玄米を洗う(研ぐ)との記述が目立った。

 "発芽玄米の作り方"で検索した上位20のページでは下記の結果であった。5つほどの販売目的のサイトは割愛した。ある意味では販売目的のサイトのほうがより興味深いのであるが。
 同様に"発芽玄米の育て方"で検索してもおよそ似たような結果となるみたいであるが、ここではそこまで挙げない。

 No.1 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.2 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.3 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.4 指先で玄米を軽く洗い、2度ほど水を換え洗米
 No.5 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.6 玄米を研ぐというか洗って、
 No.7 まず、玄米をよく洗います。
 No.8 さっと洗ってタッパにいれる。
 No.9 2〜3回水を替えながら、手でこすり合わせるようにして洗う。
 No.10 玄米をざるに入れ簡単に水洗いします
 No.11 米は軽くすり洗う。
 No.12 なるべく平たいタッパーに 1回に炊く玄米を洗っていれます。
 No.13 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.14 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.15 よく洗った玄米を容器にいれ、
 No.16 洗う(研ぐ)の記述なし
 No.17 玄米の入ったタンクに水を入れ、蓋をして、30回ほど振り玄米を水洗いする。
 No.18 軽く洗うように玄米を水に晒して、
 No.19 玄米の量を計りサッと水洗いします
 No.20 玄米を洗って、ざるで水を切り、

 どうだろう、見事なものである。
 お断りしておくが、そのページに洗う(研ぐ)とあっても発芽玄米について誤った記述をしているわけではない。むしろ、これらのサイトをいくつか読むと何も知らない人でも適切な発芽玄米の育て方が浮かび上がってくるだろう。

 問題とするのは、なぜ、洗う気持ちが働くかである。既に書いたように、それは自分を中心とする発想とリテラシーの欠如である。

 ん? 知識の欠如ということかな?

 玄米は丈夫な生物であるから、胚芽を損傷するほどにガシガシ洗わなければ生命活動を始めるであろう。
 が、どのページにも洗い過ぎないようにとは書かれていない。書かれていないこと自体、玄米についての気遣いがない明らかな証左である(下位ランクの販売サイトに「研がないでください」とあったが、その根拠は書かれていなかった)

 では、なにを目的に洗うのだろうか。たしかに稲が田んぼに倒伏したら籾に土がたっぷりまぶれつく。でもそれは脱穀以降のプロセスで取り除かれる。それよりも稲が台風などで倒れること自体知らない人が普通であろう。

 「病は食から」(沼田 勇 農文協 1978年初版 2003年ワイド版−食と健康の古典1 ;著者は医学博士で元北里研究所員)には、コンバインで刈取・脱穀して熱風乾燥した玄米(すなわち普通の米)は発芽率が低く、発芽しない玄米にはカビが付いて繁殖するとある。白米然り。白米をよく研ぐのはカビを落とすのが目的だと書かれている。
 でもそういう事実はおいちゃんはこの本を読むまで知らなかった。仮に白米に付着しているカビが健康に重大な影響があるものなら、他の書物なりで「実は知られていない白米の恐怖」などと云われているであろうし、旧厚生省が黙っていなかったであろう。
 そういうわけで玄米にカビが付いていることは洗うことの理由ではなかろう。


 なんとなく気持ちがよくないし、ちょっとだけならいいでしょ。そういう声があるかもしれない。人の気分はデリケートなものであるから、おいちゃんは「研ぐな、洗うな」とは書いていない。ただ、人々の思い違いを指摘しているだけである。心得違いとまでは言わない。

 たとえば、春の味覚である筍。土の中から芽を出すタケノコに、洗わなければ気がすまないはずの糠を混ぜて炊く。矛盾してはいないか。

 泥や汚れが気持ち悪くて清浄を求めるなら、大根、人参は必ず皮を剥かなければならない。新ジャガは皮の付いたままで食べられて皮の直下にはビタミンが一杯なんであるが、諦めよう。焼き芋は皮を剥かなければ食べにくいから、まあ、いいか。
 カボチャの皮の黄色い部分は土に触れていた部分であるから削ぎ落とすべき。ほうれん草は根を切り離してから茹でなければならない。
 ましてや、皮付きの牛蒡(ゴボウ)など、トンデモナイ食べ物である。


 もう一度書くが、発芽玄米は作るのではなく、育てるものである。



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